2011年10月21日

福島県議会が県内の原発10基の廃炉の請願を採択 (原発は一地域のエゴで決められない)


福島県議会が県内の原発10基の廃炉の請願を採択

(原発は一地域のエゴで決められない)

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島県議会は20日、福島県内にある東京電力の原子力発電所10基すべての廃炉を求める請願を賛成多数で採択しました。原発が立地する道や県の議会が、原発の廃炉を求める請願を採択するのは全国で初めてです
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111020/t10013402201000.html


原発はそもそも30キロ圏とかで被害は区切られない、今回の事故でいかに広範囲に被害が広がるかわかった。それはチェルノブエリでもわかっていたことでありそういうことを想定していなかった。
事故が起きないことを前提としていたのだからそういうことを知らせもしないし報告もしなかった。SPEEDIの結果をあとで公表したが遅かった。最初に事故が起きた時、政府と東電の考えたことは混乱させないことであった。正確な情報を流すことではない、この時も原子力の隠蔽がつづいていたのである。そもそもそういう体質で原発は推進されてきたからそうなった。危険なものだから常に隠蔽されなければならない、真実は知らされないのだ。それは事故の後もずっとつづいているのである。
SPEEDIの予測は正しかった。飯館の方に放射能雲が流れたのである。ところが浪江町では山の方が安全だと思い町民を津島に避難させた。この時政府からも東電からも何の指令もなかったのである。

SPEEDIを公表していればすぐにわかったことである。飯館村も避難したのはずっとあとのことである。その間かなり被曝したのである。自分もテレビばかりみたから放射能などわからないから安全だというし外にでていた。幸いここはほんの一時期高いレベルだったがあとはすぐに低くなった。飯館や福島市や郡山市はかなり長い間高いレベルがつづいたのである。その高いレベルの時放射性物質は堆積したのである。

原発は事故が起きたとき本当に広範囲に影響する。国全体にも影響する。世界にすら影響する。現実に海は広く汚染されたからである。それなのに原発を造るときは非常に狭い範囲で決まるのである。

「原発の深い闇2」でも書いてあるように実に狭い範囲を買収することが第一要件になる。だから金がばらまかれるのは10キロ圏内とかが一番多く恩恵にあづかる。公聴会に参加したのも小高までであり原町区や鹿島区は参加していない、現在小高区は20キロ圏内であり仮設住宅に避難生活をしている。小高と原町と鹿島が南相馬市として合併したのは最近である。その前に小高町は東北電力の原発を建てることが決まっていたのである。その交付金を南相馬市がもらうようになったが今度の事故で断った。そして公聴会には前の原町市では参加していない、ということはそこまで原発の利権も及ばなかったとなる。多少は交付金を得てもたいしたことはなかった。東電からの恩恵はほとんどなかったのである。ただなぜ南相馬市立病院があれだけ立派なものを建てられたのか?その財源がどこからでたのかというとよくわからない。


双葉町などの役所は実に立派であるから原発資金でうるおっていることが一目でわかる。そして事故後も原発なしでは町はやっていけない、原発を増発しろとか東電には世話になったから責められないとか言う人がかなりいる。それを新聞とかにでてくるしテレビでも言っている人がいた。そのことは東電を擁護している、原発はまだ必要なのだと宣伝させているという人もいる。福島民報でもそのことをのせている。そういうこともメデアで操作される場合がある。原発を10キロ圏内の地権者や漁業権者で決められるのか?そこだけに害がに及ぶならかまわなっかった。その被害の範囲は広いのである。だからずいぶん身勝手だなと今は全国の人が思う。

「お前らが恩恵受けたんだからお前らの自己責任であり被害にあってもしょうがない、自業自得だ」と責められてもしょうがない立場になった。結果的因果応報なのだろうか、公聴会に参加した20キロ圏内までは避難地域の警戒区域になった。公聴会といってもこれも゛やらせであり原発推進を承認する公聴会にすぎなかった。ただその結果責任をこうした公聴会に参加した範囲の人はとらされたのである。この公聴会には飯館村や福島市や郡山市や二本松市は参加していない、そこには被害が及ばないと政府と東電では想定していたのである。


それにしても「東電のおかげでいい思いしたから責められない、原発なしでは町は成り立たない、もっと原発を再稼働してもっと増発しろ」こういうことを堂々と言う10キロ圏内の町村はその回りの被害にあった市町村のことを全く考慮していないのである。要するに東電側であり原発ある市町村は明かに東電の準社員化しているから東電側につくことになる。東電なしでは生活が成り立たないとなっているからである。でもその回りの人は迷惑になるから今は県単位で反対する県が多くなった。事故が起きたら県全体の存亡にかかわるし国全体にも世界にも影響するのだ。一地域エゴで原発を決められるのかとなる。だから漁業権をもっていた人達は津波で被害を受けたのは天罰だとか言われている。請戸では5000万もらっていたと報告した人がいた。別に自分が言っているのでない、地元の人も言っている。地元の人でも利益を受けている人といない人がいる。全般的には受けていてもその差はあるからだ。


ともかく原発はとても一地域の狭い範囲で許可できるものではなかった。一地域の財政が苦しいとしてもそれで原発を必要なんだ、回りのものは黙っていろとは言えない、被害かその地域に限定されるならかまわない、南相馬市は今やがたがたである。医療は崩壊してゆく、産業は衰退する、福島県全体が人口は減ってゆくとその影響は広範囲であり余りにも大きかったのである。一地域の狭い範囲のエゴで未だに原発は必要だとか増発しろとまで言っていることは許せないのだ。どうして回りがこれだけ被害を受けたのにそのことを考慮しないのか?多少は申し訳なかったという気持ちがないのか?

なぜメデアにそういうことが堂々とのせられるのか?双葉町の人は避難先で評判が悪かったというときそういう回りを考慮しないことにあり被害者だということを前面にだしすぎた。もっと謙虚になる必要があった。あなたたちにも責任があったのですよ全国の人に言われる。それは原発を立地している所は一旦事故が起きたらそういう目で見られる。そういうことを前提にして覚悟で原発を建てるほかない、嫌な奴は他に移るほかない、ただ被害者面したら全国の人から非難される。福島県全体も非難されている。それで議会で全部の廃炉を決定した。事故の前までは共産党をのぞいて全部が原発推進だった。これだけの被害にあえば当然の結果だったとなる。つまり一地域のエゴで原発の設置を決めてはいけないということなのだ。そのリスクはあまりにも大きすぎたのである。

posted by 老鶯 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連