2011年10月20日

原発の深い闇2(宝島社)を読む (オウム-創価-東電の共通性)

 

原発の深い闇2(宝島社)を読む

オウム-創価-東電の共通性

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●インタ-ネットの意見を集める


出版社にとって、広告収入は販売収入とともに
経営の基盤。

広告ページの表現、内容にかかわらず、広告主
、スポンサーとの関係はレギュラー(年間契約)
なら大切な収入源、お客様です。


東電は、電事連などのダミーをつかって、直接
圧力をかけたりしませんが、広告代理店経由で
原発事故や不祥事が記事として書かれることを
防いでいます。

書いたら、広告出稿を止める!と脅しをかければ
記事にはなりません。原子力安全神話化の成り立
ちには、広告が果たした大きな役割がありました。
http://www.asyura.com/11/genpatu16/msg/181.html


事故前の2009年度、東電の広告宣伝費は約245億円、販売促進費約240億円、さらに中部電力などの各電力会社、その連合体である電気事業連合会などを含めると年間2000億円にものぼる巨大な電力マネーがメディアに流れているのだ。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/139.html


潮、婦人公論、文藝春秋、ダイヤモンド、新潮、ウェッジ…原発広告漬けのダメ雑誌ランキング
http://www.mynewsjapan.com/reports/1477


それとも個人的には疑問や不安を感じていても、「社の報道方針」が決まれば、それに従い書き、論じることができるのだろうか。私にはやはりわからない。
http://tombo1960.exblog.jp/13273535/


ジャーナリストの寺澤 有氏が「電力会社は警察署長らの優良天下り先 脱原発運動の取締で活気づく『警備・公安警察』」と題してルポを掲載している。警察署長の天下り先一覧も添えられている。 これを読めば反、脱に関わらず、電力会社と一体となった国家権力は原発に異議を唱える側をいとも簡単に身柄勾留することがよく分かる。
http://nipponism.net/wordpress/?tag=%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%81%AE%E6%B7%B1%E3%81%84%E9%97%87

一方で原発に反対する人を暗殺する指令が出されたこともあったらしい。
電力会社も恐ろしいが利権政治家(原発族議員)による国家統制の恐ろしさもこの本から伝わってくる。電力会社は警察官の有力な天下り先だという。
http://iwate-guide.seesaa.net/article/216475182.html


福島県知事の佐藤雄平は、福島県民が放射線被曝検査を受けられないよう、さまざまな裏工作をしてきた
http://hiwihhi.com/yukiko_kajikawa/status/109503097541361664


●メデアの大罪


1位―読売新聞
2位―産経新聞
3位―朝日新聞
3位―日本経済新聞
5位―毎日新聞

新聞のランキングで何といっても特筆すべきはワースト1位の『読売新聞』である。

同紙は原発広告数が11と突出しているのが特徴である。広告の中身も異様を極めている。
なんと同紙では井川陽次郎という現役論説委員が顔写真アップで大々的に原発をPR。

さらに驚くべきなのは、同紙の原発広告のうち5割の広告主になっている「フォーラム・エネルギーを考える」という団体の背景である。
これは1990年に、エネルギーについて「生活者の立場」から考えるために発足した団体で、メンバーには松田英三(読売新聞論説委員)、東嶋和子(元読売新聞記者、科学ジャーナリスト)、舛添要一(参院議員)、山谷えり子(同)、山名元(京大教授)、木場弘子(キャスター)、露木茂(フリーアナウンサー)、大山のぶ代(声優)、今井通子(登山家、医学博士)、ダニエル・カール(タレント)、ケント・ギルバート(同)、増田明美(スポーツジャーナリスト)、出光ケイ(同)、小松左京(SF作家)、小泉武夫(東京農業大学名誉教授)、堺屋太一(評論家)、吉村作治(早稲田大教授)といった面々が名を連ねている。



なぜかこれは創価とかの権力掌握とにている。テレビに出演する芸能人は創価関係はだんとつに多いし創価グル-プになっている。宣伝用に使われているのだ。創価だけではないカルト宗教団体は芸能人を利用する。大衆を洗脳するには一番効果的だからである。ともかくむずかしいことを言っても人はついてこないのだ。大衆を洗脳するには知性などは必要ない、むしろ人間を自ら考えなくさせることなのである。人間は必ず疑問をもつ、その疑問をもたせないことがカルトの手法である。それはナチズムに通じていた。いかに大衆を導くかを徹底していた。嘘も百回しつこく言えば真実になる。

大きな嘘をくりかえせとゲッベルスは言った。原子力の安全神話もそうして作られた。権力者が大衆を洗脳するときどうするか共通していたのだ。宗教とそれが何関係しているかとなるが原発も一つの宗教とすら化していた。安全神話の宗教である。それに逆らうものは実際に警察や検察に罰せられることにすらなった。それほど強力なものとして安全神話は作られたのである。東電は有力な官僚の天下り先であり50人も天下っているし警察関係でもそうである。東電と関係ある会社の数も凄い,何らか取引がありそこで権力を持つようになる。


創価も財力が東電よりは小さいにしても大きい。また大衆を手なづけるにはどうしたらいいか知ってナチスの手法をとる。題目を唱えれば何でもかなえられるはハイルヒットラ-とたいして変わりがない。ともかく自主的に考えることをさせないのである。あれだけの数を集めればそれだけ巨大な権力と化している。その数で恐怖を社会に植えつける。そして絶えず権力掌握に精をだす,外務省にも司法にも創価大学で人材を育て送り込む。それは草だとか言って情報を流すし国家権力を掌握するための先兵として働かせる。次に掌握すべきはマスコミである。ここにも東電と同じ様に湯水のように金をそそぎこんできた。福島民放も聖教新聞を刷っているし地方新聞は刷っている。大王製紙が問題になっているけどあそこにも聖教新聞を作る紙を作らせて実権を握ろうとしていた創価大出身者がいた。新聞は膨大な紙を消費するから利得と関係する。新聞は紙の消費する一番のお得意先なのである。池田大作は金日成だったのである。宗教によって大衆を奴隷化して権力をもつ、その落日の日も近い。遂に介護状態になり認知症化してゆく、それが人間の定めだった。組織は瓦解してゆきただ奴隷の墓としての無数の墓標が残された。それらはやがて見捨てられるだろう。それは非人間化した番号のようなものだろう。組織化の文明はみんなそうなるのである。数にしかすぎないとなる。


大成建設が創価と関係が深くなったのは正本堂を建てたのが大成建設でありその時利害関係で結びつくようになった。それで団地の大成建設の社員の家が活動の拠点になったこともあった。東電とも創価は結びつき会員を獲得したらしい。そういう利害関係から権力を掌握する手法をとる。権力を掌握する手法は東電も同じだった。ただそれが巧妙に大衆の目に見えないように行われていた。それは原子力というのがそもそも大衆にとってはわかりにくいものだからそうなった。なんとなく危険を感じてもその危険をしりえようがないのである。今でもその危険がわからないのだ。放射線計測器で自分で計ってはじめて放射線を実感した。このわかりにくいことが原発マフィアにとっては好都合だったのである。


オウムも異常な団体だと思っていたけどあういうものもやはり現代文明の鬼っ子として必然的に生まれたのだとわかった。なぜなら東電は国家とも結託したオウムだったのである。安全神話を作り出してサリンより猛毒の放射性物質をばらまいたのである。オウムを異常だとは責められるだろうか?国家自体がオウムだったともいえるのである。現代では科学が権力や力の源になりやすい、だからこそオウムでもサリンを製造したのである。それは毒だけだった。原発は利得をもたらしたのは違っていた。その利得も毒でもあったのである。現代の権力の源は科学であり技術であるからこそオウムが生まれた。アメリカの裏側にはロックフェラ-とかの会社があり今回の事故でもGE制の古い型の原子炉を使ったことが自己の大きな要因となっていた。でもアメリカの押し付けでも半場植民地となった日本は逆らえないのである。アメリカが嫌なら今度は中国につくのかと責められる。前門の虎後門の狼である。これが外交というものであり世界史は弱肉強食だったのである。アメリカと手をきれば後門の狼、中国とロシアが虎視眈々と日本をねらっているのだ。


●国家的詐欺が暴かれた


それにして国家までもとりこんだ詐欺だったことには驚いた。これを暴いたのは人間ではない、津波だったのである。もし津波が来なければわからなかった。ただいづれは事故は起きた。それにしてもなぜこれほどの大がかりな詐欺か国家的詐欺が公然と行われたのか?その歯止めがなくなっていたのはなぜなのか?それはこの世の中すべてが利権、利得で動くということであった。一見正義とか公正とかを追求していようでも利権が利得が第一であり正義とか公正などは第二義的なものとなる。ましてや宗教のように真理を追求することや覚りを追求するようなカルト宗教団体はない、ただひたすらここも利権であり利得でありご利益しかない、だからこそあれだけの数となっている。カルト宗教団体だけではない、様々な団体は利権団体なのである。その筆頭が官僚団体だったのである。その官僚はアメリカに負けてからはアメリカの意向に従うようにされた。検察もそうである。だから公安は反原発のものを取り締まろうとしている。そしてこの世の中は今やあらゆる団体の一員であり個は存在しないのだ。実際に会社の一員自体がすでに会社という団体に属しているのであり会社の利益や意向に逆らえなくなる。江戸時代なら職人は個々の職人であり独立していたのである。腕一本でやっていけたのである。明治以降会社社会になったとき大きく変化した。かえって皮肉なことに民主主義だ自由だというが自由が団体によって制限されることになったのである。江戸時代の方が人間は自主的で自由があったと見直されるのもそのためである。人間は会社とか巨大なカルト宗教団体とか国家に使役される奴隷と化していたのである。社蓄といわれるようになったのもそのためである。そういうことが自主的に判断できるようでできない状態を作り上げたのである。


マスコミを通じてしか意見が反映されないとなるとマスコミの力は強くなる。マスコミが第三の権力だというのもそのためであった。だからマスコミを通じて出される表にでてくる人間はうさんくさいのだが内容は関係なくたちまち有名人になるのである。中味がなくてもいいのである。大衆にとって中味などどうでもいいのだ。そこまで深く考えて読む人などいないからである。これみんな読んでいるから読まなきゃならないのかとなる。みんな入って宗教なのよ、悪いわけないじゃないの、偉い人もみんなやっているのとか見なさいよ、有名な芸能人や学者も推薦しているでしょう、あなたもやりなさいよ読んでみなさいよとなる。仏教のことを言っている有名人がいたとしてもそれも仏教界の団体の代表として言っている。


戒名や観光の商売団体としてその利権を守るために仏教界の団体として言っている。出版もそういうところだからできる。出版も必ず背後にそうした団体があってできることなのである。それも大衆の洗脳にはいい、本も一つの権威を作っていた。書店はその出先機関なのである。PHPなども財界の大企業の代表として日本の技術を称賛する本を出している。日本の技術がすべてで優秀かというとそうではなかった。テレビもそうであるし新聞も雑誌もそうだった。NHKすらそうである。NHKだってそうした団体の推薦する者を出すのである。そういう圧力がかかっているのだ。在日の人が権力を握っているというのもそのためである。NHKも偏向した団体の出先なのである。そういう所にカルト宗教団体や東電は目をつけて権力を掌握する。その資金は十分にある。今でもそうなっているのはそもそもこうしたマスコミも利得団体なのだから利益が得られないと成り立たないのだからそうなる


●人類への裁きの日が近づいている


いづれにしろこれほど闇が深く、その闇が暴かれたことはない、その闇を暴いたのは人間ではない、津波であり自然であり神だった。今社会で高いとされたものがみんな低くされたのである。社会のエリ-トと言われる人が実際は犯罪者だということが劇的に目に見えて断罪されたのである。高いとされていたものが低くされたのである。すべてそれらは社会にとって優秀だとされた人達である。権力者だった。その権力者が低くされた。学者の権威も失われた。会社の権威も失われた。国家の権威も失われた。これは一体何なのだと思う。これは天罰であり神の裁きだったということも実感した。現実に神の裁きが今起きたということを実感した。この世でいかに大きいとされたものが高いとされたものが低く小さいものとされたか?それは人間の奢りにすぎなかったか、人間の奢りなど簡単に打ち砕かれる。津波の防波堤も役に立たず、原発のずさんな管理も津波で打ち砕かれ明るみに出された。それは人間が成したことではない、神が成したことである。誰が最も高いものなのか、神か人間の奢りを打ち砕いたのである。文明は神によって崩壊させられる。そういう力をもっている。そういう恐るべき力を見たのである。これは文明の崩壊という大きなものに直面した事件である。エジプト文明が終わりマヤ文明も終わりイ-ス-島の文明も終わった。そして明治維新から近代化した百年の文明も終わる。そういう場に直面しているのだ。日本が文明の転換期の先駆けとなっているのかもしれない、そういう大きな局面の認識が必要となっているのだ。


主は命を絶ち、また命を与え
陰府に下し、また引き上げてくださる。(*5)

主は貧しくし、また富ませ
低くし、また高めてくださる。サムエル記一2章1-10


まさにこれである。個人的にそうすると思っていたが社会全般にあてはまっていた。地位あるもの学識あるもの、富めるもの、力あるものが低くされたのである。文明そのものが人間の奢りの産物だった。神はだから文明も打ち砕く、文明を支配してしいたのは誰か?その人たちが低くされたではないか?専門家の科学者の権威は失墜した。原子力は極めて人間の知能の産物である。石油はもともと地下にあったものであり原子力とは違っていた。原子力は人間の知能が作り出したものである。それが事故でその誇った知能が崩壊したのである。それはあたかも認知症とにていた。認知症は優秀な人がなると悲惨である。そして優秀な人がなりやすい病気かもしれない、その特徴は人間の知能の崩壊だったのである。原子力もまさに高度な人間の知能の崩壊でありその修復ができないのである。原子力は人間の奢りの産物だったのである。そして今や最後の審判の時が来ているのかもしれない、日本というだけではない、人類全体への裁きの日が来ているのかもしれない、限りない欲望の追求の資本主義は崩壊する、次なるものは何なのか?それはもはや人間の手で業では作れないのである。人類滅亡の日は近いのかもしれない、人類が滅亡して新たな神の世界が生まれる。そういう約束の日が近づいているのかも知れない、その前兆が日本に現れたのかもしれない、津波や原発事故はその前兆であった。

posted by 老鶯 at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連