2011年10月18日

柿なる風景(原発事故でそこなわれた日常)


柿なる風景(原発事故でそこなわれた日常)


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この家は広い・・・こんな家から仮設住宅に入ったら狭くて嫌になるだろう

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庭広くたわわに柿や旧家かな

蔦からむ孟宗竹や柿なりぬ


大原に残れる老人柿なりぬ


大原に知る人ありて柿なりぬ


村にある御堂一つや柿なりぬ


秋の朝イタチ横切る山の道


イノシシの出てくる里や山あざみ


橲原に一つひびけり残る蝉


残る蝉聞いて去りにき橲原を


道の辺に飛ばすとまれる秋の蝶


秋の蝶交わり静か休むかな


この辺り今日も休むや秋の蝶



今年は結構柿が豊作なのか、その柿もこの辺では食べられない、そもそも田園は前のように回復するのか?放射線量は0・1-0・2と低いのが意外だった。田畑でもそうだった。樋とかは別にしてそのくらいならたいして影響ないのではないか?大原にゆく途中の家にも柿がたわわに実っていた。普通なら別に変わったことはない、今はその前は荒地となってしまったから違っている。普通にある風景、日常の営みが消えた世界は異様になる。柿そのものを食糧とできないのだから異常である。つまりありふれた平和な風景がこの辺では失われたのだから何か俳句とか短歌にするのもそぐわなくなる。

芸術も平和でなければありえないものだった。もちろん戦争のときは戦争の絵を描いた画家もいるがそれは普通の世界ではない、芸術は平和であってこそ成り立つものである。それは別に芸術だけではない、すべてがそうである。たわわに柿が実っている、そこに大きな旧家がある。そこに安らぎがあったのだ。今は仮設住宅にいる人もそうした広々とし所に悠々と住んでいた人が多いのである。
仮設住宅はやはり仮りの家であり落ち着かないのである。何か定着しているものでないから外から見ても落ち着かないのである。だから樹が立っていてもその樹のように長い年月の感覚がでてこないのだ。一時的であり消えてしまうのかと考えるからそうなる。


ともかく田畑でも人が耕しそこに生活がなかったら芸術もありえない、その基盤の上に芸術もありえる。普通に何でもない故郷がこんなに変わるとは思いもよらなかった。もちろん避難している仮設に住んでいる人は余計にそうである。だから生活全般が落ち着いたものとならない、除染とかばかりしているのも異常である。田畑があっても荒地になっている風景は異様である。柿がなるというとき田畑も普通に人の営みとしてあるときそうなる。全体の一部として調和してありうる。その全体が田畑が消失して荒地になったら柿なるのどかな農村風景も失われた。第一柿すら食べられないというのだからがっくりくるだろう。農家のありふれた営みが断たれたのである。


橲原は奥座敷としてぴったりでありあそこに茶室を作れば一番あっていた。蝉が一つ確かに鳴いていたのも橲原らしい。この時期にはもうどこでも鳴いていなかったからだ。だから茶室や何かそれと同じ様なものがあるのにふさわしい。それも今の状態ではそんな気分にもなれない、放射線量が大原の半分にしても橲原はそれなりに高い。橲原渓谷の道は落石などがあり3・11以来通行止めである。自転車だと別に通れる。そこに山あざみが咲いていた。イノシシが出るにはふさわしい。橲原辺りでもでてくるだろう。


鼬(イタチ)が山の道を横切った。自分の父親はイタチとりしていたことがあった。イタチを飼っていたこともあったがイタチは絶対に人には慣れなかった。イタチの皮をはいで売っていたことがあったのだ。戦後何にも仕事がない時だからそんなことをしていたのだ。仕事がなければ人間はどんな子とてもするようになるのかもしれない、そういうせっぱつまった貧乏をまだ経験していない、戦後生まれの人は特にそうである。ともかくこうした異常な状態から日常にもどるのはいつになるのか?
それがなければここに住むことは異常性が日常になってしまう。住めなくなるよりはいいにしても何か落ち着かないし嫌になるのだ。

 

南相馬市原町区の仮設住宅は立地が一番いい (人間の住環境を考える-樹の必要性)


南相馬市原町区の仮設住宅は立地が一番いい


人間の住環境を考える-樹の必要性

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360度バノラマ




南相馬市原町区に最近避難区域解除で建てられた仮設住宅は一番立地がいいとみんなが言っている。道の駅が近くにありス-パ-もすぐ近くでありレストランも多くある病院も近くに見える。
ただこの病院は今は建物だけが立派になり医師や看護師が半分いなくなったので機能しなくなった。ここには一か月入院していたので見晴らしがよく気持ち良かった。そのことを前にも何度も書いてきた。病院は総合的なものとしてあり回りの環境も影響する。ここはあまり考慮されていない、大都会だったら眺めのいい場所にはない、ただ中都市だったらそれなりの眺めのいい場所はある。
やっぱり住みやすいのは中都市なのかもしれない、相馬市立総合病院と建物が古く環境もあまり良くない、南相馬市立病院はそういう点ではまさっていたのだ。

建築というとき建物だけに目をそそぐが実際はその回りの環境も大事なのである。回りの環境は自然なのである。建物が自然と調和するときなんともいえぬ安らぎを与える。仮設住宅を建つまでは樹に注目していなかった。一本の樹があるだけで人間の住居に何か安らぎを与える。それは人間が住むことによってその樹が活きてきたのである。原自然とは違う、人間が住んで活きてくる自然もある。
樹と人間が一体化する。その時は樹も原自然の樹ではなく人間化した樹になっているのだ。庭の石や樹も人間化したものとなってるのと同じである。


実際にあそこにまず三本の樹があることに気づかなかった。あそこに仮設住宅が建設されてここにも人が住むようになるということで注目したのである。三本の樹があるだけでここが建物だけではない安らぎを与えることになる。自然は人間のモラル的象徴であることを詩にしてきた。樹は信頼して三本そこに建っている。互いに信頼しあい住む人間も象徴している。ただここはあくまでも仮設だということでそういう象徴にはなりにくいのが残念である。人間の住む所には必ず樹や石が必要である。それを個々の家の庭で作るとなると狭い日本ではむずかしい、すると公共的な場所に樹を植えることが好ましい。街路樹はそうだがまた別に樹が必要なのである。

相馬市では長屋風の高齢者向きの仮設ではない、そこに住み続ける家を建てるというのはいいアイデアだったし神戸地震でもそれは実行された。つまりもう津波被害にあった所には家を建てられない人がかなりいるしするとどこかに仮設ではない、ずっと住み続ける家が必要になってくるのだ。それも個々に一軒一軒建てることは今はコストがかかりすぎる。だから集合住宅的なものが必要になる。高齢化社会でもありみんなが施設にも入れないのでそういう場所や家を提供すれば入る人はいると思う、自分なんかも入りたいなと思う。
施設ではないにしろそれに近いものである。そこでは高齢者に気を使うようにできていればいい、今は高齢者は孤立しやすいからそういう場所が必要になっている。


ともかく原町の道の駅の仮設住宅は本当に立地が一番いい、高齢者の施設は街から離れるのはいい施設ではないというときそうである。自然があるからいいとはならない、別に10万以下の都市なら回りに自然はまだある。むしろ都市機能が充実している所が今は住みやすいのである。みんなが見ている、街の活気にもふれられるところがいいのである。

posted by 老鶯 at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連