2011年10月01日

磯部の津波の被害にあった人の話 (津波警報の出し方に問題があった)


磯部の津波の被害にあった人の話

(津波警報の出し方に問題があった)

磯部の人と原町区の火力発電所の所であって話を聞いた。磯部は一軒も家が残らなかった。土台だけであり相馬市で五百人ほど死んで半分は磯部の人だった。死体がここに流れ着いたんですよと聞いたときは生々しかった。その人の話では津波がどうしてやってきたか説明していた。突然に大きな津波は来ない、テレビの映像だと突然に大きな津波が巨大な波飛沫をあげて襲ったように見えるがそうではなかった。まず警報がでたとき海がどうなっているか見に行ったという、写真にとろうとして見に行った人もいた。あんな巨大な津波が来るとはそもそも思いもよらなかったのだ。防波堤は6メ-トルあるから大丈夫だとかここは津波が来ないとかまるで津波に対する警戒心がなかった。だから津波を写真にとってみようかとかなる。珍しい津波がくるから記念にとっておこうというくらいの意識しかなかった。九十才くらいの老人でも津波を警戒していなかった。そもそも津波の経験がないのだから歳には関係なかった。チリ地震の津波もあったがそれもたいしたことなかたことが警戒しないものになっていた。この心理は三陸とかでも同じだった。あそこでは何度も被害にあっていたのだからもっと警戒してもいいき思ったが同じだった。防波堤がありまずそれに安心していた。それからチリ地震の津波くらいだと過少評価していた。その大きな原因が最初の津波警報にあった。


3メ-トルの津波が来る
6メ-トルの津波が来る


つまり最初に出された水位がそんなものだった。自分は6メ-トルとテレビで見たとき驚いた。そんな高い津波警報が出たことがなかったからだ。津波注意報はしょっちゅう出ていた。津波警報はめったに出ないものである。でもこの津波警報の出し方が大きく影響していた。6メ-トルといってもそれほどでないと思う人がいた。最初から10メ-トル以上の津波が来るといったら対応の仕方も違っていたかもしれない、10メ-トルとなればかなりの衝撃を与える。磯部では地震の時、停電してテレビを見れなくなった。それでも海を見たいたら水はひいたという、それから第一波がやってきた、それは最初たいしたことがなかった。水が堤防を越えてきたのであわてて車で逃げたという、ええ、水が来てから逃げられたのかと思った。テレビではものすごい勢いで波が高く打ち上がっていたから見ただけ恐ろしかった。水があがってから車で逃げて助かったのか?近くの磯辺小学校の所に逃げて助かった。第二波、三波が来るまでそれなりに時間差があり助かったのだろうか?第二波、三波は巨大なものであり家が吹き飛んだのを見たという、それから凄い音がしたという、何かに爆撃されたような状態だった。


ともかく津波警報の出し方が大きな問題があった。今はテレビの情報を頼りにしている。人間の経験とか五感ではない、川の水がひいたからとか海の水がひいたからとかで危険を感じるのではない、テレビの情報に頼っている。ただそこに錯覚が生まれたのである。3メ-トルか6メ-トルかとその数字を見てたいしたことがないと判断した人もいる。現代は人間の五感とか経験を頼りにしていない、テレビの情報を頼りにしている生活でありそれが習慣化しているからとっさの危険の場合もそうなった。そこが盲点ともなっていたのだ。テレヒだけに頼るということが実は危険をまねいていた。誰かが今度の異変は普通とは違う、大きな津波が来るぞと予感してもそのことを言っても従う人はまれだったろう。テレビで気象庁から科学的な根拠のもとで発表するものだったら信じる。人間の五感とか第六感とかとっさの危機感よりテレビの気象庁の科学的根拠を基にした情報に従う。そのことがかえって今回裏目に出たのかもしれない、防波堤を作ったということでも安心していた。それも裏目にでた。また停電したり携帯が使えなくなったりすると情報も遮断されるからそういう日頃便利なものが一旦使いなくなったときどうにもならなくなる、各地で停電が起こり携帯が使いなくなったからだ

このことは原発事故でもそうである。気象庁とは誰かといえば原初力専門家委員であり政府でありマスコミでもあった。そういう所の情報を信じていたし放射能については地元の人も知らないから突然の事故に対処する方法がなかった。事故には全く備えていなかった。安全だと気象庁から言われていれば信じる。それは科学的根拠に基づいているから信じると現代でなっている。つまりかえってそういう情報の権威が一方的になっているとき他の情報をとり入れる方法がない、今でこそすべてのマスコミが原発が危険だと言っているけど事故の前は全部が安全神話を作る方だったのである。それは戦争と同じだった。戦争前は日本は勝つという情報しかださない、負けたとたんにアメリカ一辺倒になった。だから信じられなくなった。今回の原発事故でも「原発は危険だ」という情報が極めて少ない、原発は安全だという情報が圧倒的である。するとどうしても原発は危険だということから考えることがない、はじめに危険ありきから考えられないのである。現代ではマスコミが危険を知らせる役目をになっていた。しかしその役目を果たせなかった。だから津波の水が来てから逃げていたというのも他からは考えられないがそれでも助かっていたのである。津波は第一波ではなく第二波や第三波が巨大となり怖いということである。ともかく津波警報は今では6メ-トルくると言っても恐れない、10メ-トル以上の津波来ると言ったらその効果は相当違っていた。とっさに逃げる人もいた。つまりNHKの情報の出し方が問題だった。津波警報だけでは人々は即座に避難しないのである。


10メ-トルの津波来るぞ


こういえばかなりの効果が出ていたかもしれない、情報がテレビ時代となり危険を察知するのもテレビだけとなるとやはりそこに問題が生まれたというのもあった。それは津波の情報だけではない、様々な問題でテレビだけから情報をとっているとそういう間違いを犯しやすいのである。政治的判断でもテレビを見てばかり判断しているとそうなる。増税はやむをえないという発信ばかり聞いていたらそうかなといつのまにか思ってしまう。増税は役人や官僚がしたいのであり都合がいいからそうなる。国民が痛んでも官僚や役人は痛まないからそうなる。増税が震災復興のためにはどうしても必要なんだというときしかたがないとかなる。それもやはりマスコミがそういうとしかたがないのかともなる。いづれにしろ情報は出し方と受け取り方によってずいぶん解釈も違ったものとなる。テレビでもマスコミでも出される情報がすべて信用していいものではないしそのまま受け取っていいものでもない、独自の分析が必要になったりする。津波のような危険情報の時はそういう考える分析する余裕もないから情報が出す方が責任がある。その時人々の生死がかかっていたからである。



地震発生から1〜2分以内にあるいは発生後揺れが収まらない内に津波が到達することもあり、今後も警報・注意報の発表が津波到達時刻に間に合わない事例の発生が考えられる(現実に、津波警報等の発表の時点で第1波の到達予想時刻が「すでに到達と推測」となっていたケースは1999年以降でも幾つか存在する)。ゆえに海岸付近の住民は揺れを感じたら津波警報の発表を待つまでもなくすぐに津波の襲来を考えて、安全な高台に避難する事が第一優先といえる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E8%AD%A6%E5%A0%B1

市役所のアナウンスに全然危機感ない所に役所のクソっぷりが出てるな 
津波が腰まで来てんのに「大津波警報が〜、高い津波が観測〜」ってバカか 
「沿岸部で今車押し流されてっからすぐ逃げろ!!!」くらいに煽れよバカ 
そういう呑気な警報だから逃げ遅れるんだろうがクソ役所



こういうこともあった、役所の人はこういうことある、普通の時はいいがこんな緊急事態だと対応できない

機転がきかない、そういう場に遭遇した経験もないから普通のような対応していた


波がきてからでも助かっていた人はいた、第二波、第三波でのまれ死んだ人が多かった


posted by 老鶯 at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係