2011年09月16日

故郷とは何なのか? 原発事故で故郷を離れた人に問われる故郷


故郷とは何なのか?


原発事故で故郷を離れた人に問われる故郷



あなたが死んだら、そこは故郷ではない。
何の思い入れもない、ただの土地です。
あなたがいるから、あなたに愛されている。
あなたがいなくなった時、それは終わる。
http://ameblo.jp/c-dai/entry-10923929878.html



故郷とは何か?そのこと自体故郷に住んでいてもわからない、故郷が自分だけのものでもないし故郷は自分が死んでも継続している、土地はなくならない、故郷は継続している、長い歴史があるのが故郷である。一代で終わるのは故郷ではない、歴史とはそういうものである。日本の歴史にしてもそうである。歴史は継続しているから意味があるのだ。長い時間の中で作られてきたから意味があるのだ。自分が死んだら消えるものではない、土地は永続している。そこに土地の意味がある。そもそも万葉集が日本の古典というとき奈良という土地が継続してあるから万葉集もありえる,土地が消失したら万葉集は理解できないのだ。土地の命は人間一代の歴史よりずっと長い、土地は太古からもつづいている。だから奈良の盆地がかつて海だったということも書いた。それほど長い昔にさかのぼるのが土地の歴史である。人間一代の生はわずかにその土地に記すだけなのである。すると人間より土地の方が価値がずっと高いともなる。
土地というものがあって長い歴史が形成されるからだ。土地に人間の歴史は刻まれている。人間の血と汗がしみこんでいる。例えば不毛の地を開拓した土地とかなるとそうである。そこに先祖の労苦が刻まれているのだ。

確かに自分という存在が消えればすべて終わりだというのも真実である。この世のことは終わってしまうからだ。でも歴史で語っているのは死んだ人であり何百年とか千年前とかに死んだ人も語られる。死んでも終わるとは限らない、何かが継続される。受け継がれるのが歴史である。

それは土地と共にある。でも土地がなくても人間のことは受け継がれる。それは土地と結びつかなくても人間として受け継がれるものがある。人間の心が受け継がれることがある。すべてが土地を通じて受け継がれることでもない、聖書はイスラエル人はユダヤ人は故郷を失ったがユダヤ人は今も残っている不思議である。そして二千年後に故郷に帰還して回復されたという不思議がある。それほどまでに一民族が故郷を離れ維持できるのかとなるとこれは例外的なものである。多くの民族は歴史から消えているのだ。人間の故郷が天にあるというとき別に土地にこだわる必要はない、一時的な場所として地はあるだけである。これは遊牧民的発想である。結局人間は旅人でしかないとなる。異邦人にすぎない、これは芭蕉にも通じている。


しかし一方で人間のまともな思想は天地がなくして地がなくして形成されるだろうか?大地があり岩があり樹があり山があり川があり野があり花が咲き種々の生物が嬉々として活きるところに人も和して生きるのである。日本の万葉集の時代はそうだった。だから人間は東京などのように自然がないところに生きていることが異常に思える。そこに一千万も自然がないところに生きることが異常に思える。自然がないところに故郷はない、自然とは土地である。火星のような所で食糧があっても誰も住みたくないし故郷とはなりえない、しかし東京のような所に住んでいる人は自然とは切り離されている、だから人間は別に自然がなくても住める。都会での思想形成は回りがビルとか車とか密集する家の中で形成されるから自然から離れた異常なものになる。


ただ故郷は


埋骨何期墳墓地        骨を埋づむる何ぞ期せん 墳墓の地
人間到処有青山        人間(じんかん)到るところ青山あり


これも真実だから生まれた土地にこだわるたとはない。故郷が自然のあるところならどこにでもなりえるというのも本当である。だから自分の生まれたところにこだわる必要はないのだ。ただ長く生きているところが故郷となりやすい、老人はその土地の土になり死に場所となる。だから離れられないのである。
老人は10年後に癌になると言ってもすでにその頃何かしらの病気になる。放射能でなくても癌になっているのだ。だから今更放射能を恐れてもしょうがないとなる。慣れた土地に住んでいた方がいいとなる。ただこれも個人差があるからいろいろである。別に特別故郷がいいくて住んでいるとは限らない、自分もそうである。自分は東京のような所でなかったら自然がある田舎だったらどこでも良かった。だから別に自然があればどこでもいいと言える。こんなふうになると落ち着かないから嫌になる。もっと落ち着いたところで老後を過ごしたいとなる。だから故郷を追いやられて落ち着かず住んでいる人は悲劇である。老人はどこでも平穏で落ち着きたいからである。

会津の仮設住宅に住むようになった人も不思議である。会津の城で桜をみて今は秋になりつつある。


会津の城に花散りはや秋となりて故郷思ふ人もがな


新潟県と埼玉県に避難した人が一番多い。会津は福島県だから同じ県人としての意識となるのか?会津は会津人であり浜通りとは歴史的に地理的にも別な意識になる。でも会津でも他の県に避難するのとは違ったものとなるだろう。そもそも人間の一体感は江戸時代300年ありその長さのなかで培われたものが基礎にある。だから福島県になってから百年であり福島県の一体感は薄い、福島県は大きいから地理的にも一体感がもてないのである。ただ原発事故で福島県全体が問われたことは福島県人の意識を高めたことは皮肉であるがそうである。知事を選ぶにももっと真剣に考えれば良かったとか原発は中通りまでも影響すると思わなかったから遠い所のものとして関心がなかった。30キロ離れていても影響が大きいのが原発事故だった。
福島県の歴史でこれほど大きな事件はなかった。百年目で最大の危機に瀕したのである。

いづれにしろ人間は何か突然に事件が起きて激変することがある。故郷に住めなくなる故郷が消失するなど考えた人もいなかったろう。しかしそれが今の現実なのである。


限りあれば 吹かねど花は 散るものを 心短き 春の山風 蒲生氏郷


風は吹かなくても花はちる・・・それなのに春の山風が吹いて桜は散ってしまった。山風というのが会津らしい、浜通りだったら春は東風であり海から吹いてくるからだ。人間の命は短い、思わず命は散ってしまう。当時だったらみな寿命は短いから余計にそうなる。蒲生氏郷は近江の人であり会津に生まれた人ではない、ただ思わずに人間は死ぬのは長生きでもそうではないか?津波で死んだ人達がそうだった。そんなふうにして死んだことが信じられない、でも思わずに死んでしまったのである。津波、原発事故は本当に思わざるさとだったのである。そういうことが歴史や人生にはつくづくある。

posted by 老鶯 at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連