2011年09月01日

万葉集の萩の歌の鑑賞


万葉集の萩の歌の鑑賞

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萩の素材はここより拝借
http://www.hagaki.skr.jp/hana/modules/tinyd3/index.php?id=7


娘女らに行相(ゆきあい)の早稲(わせ)を刈る時になりにけらしも萩の花咲く


宮人の  袖つけ衣  秋萩に匂ひよろしき  高円(たかまど)の宮    
                          大伴家持


秋萩を散らす長雨の降るころはひとり起き居て恋ふる夜ぞ多き


鶉鳴く古りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも


秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の経ぬれば風をいたみかも



高円の地は、風流人の逍遥の地であるとともに、人々にとって忘れ得ない土地でもあった。高円の宮、あるいは峰上の宮などと呼ばれた聖武天皇の離宮が置かれたところでもあるからだ。
http://t-isamu.web.infoseek.co.jp/kosyaji-4.htm


行相(ゆきあい)行合道とかあるときそれは大和言葉だから地名は古いものとなる。早稲は今も作っているけど今は機械だからそうした風景は消えた。人の手で田植えしたり稲刈りしている姿は絵になっているがもはやない。万葉時代の風景は失われた。娘女らに行相(ゆきあい)という情緒もない、娘(おとめ)が農作業している姿も見かけない,そもそも農民自体が嫌われているしそういう野良仕事は醜いものとして今は見ているのだ。ホパ-ル辺りで娘が畑で仕事している姿が万葉の時代かと思った。着ているものは野良着だけど若いから美しいと感じる。若い人が農業にたずさわっている姿が今は見えない、この辺は放射能で今年は稲の実りはない。
ここでは早稲が実るとき萩も咲きだすという季節感が絶妙なのである。


次の高円の宮というのは天皇の宮だった。それで大伴家持が歌にした。宮人の  袖つけ衣  秋萩に匂ひよろしき・・・・とぇさに宮廷人らしい歌になる。萩は袖にふれやすいのである。昔の着物の袖は野を歩いているとふれやすい、高円の宮では聖武天皇の離宮が置かれたからその時世を偲んで歌にしている。匂ひよろしき・・・というのは萩の匂いと故人の聖武天皇の匂いよろしきにもなっている。みちのくではそうした古い歴史をたどることができない、聖武天皇の時代がありそのゆかりの場所に行けば歴史は身近になるのだ。それがみちのくではできない。東北の歴史は古代はない、蝦夷の時代だから歴史が抹殺されているからだ。


秋萩を散らす長雨の降るころは
・・・・こういう歌は当時の時間感覚にならないと鑑賞できない、江戸時代の時間感覚でもある。また言葉の感覚大事である。長雨という時、秋の雨でも長くふっている雨の感じになる。言葉の感覚が大和言葉を万葉集では味わうことが大切になる。


珠洲の郡より舟を発し、治布に還る時に、長浜の湾に泊り、月に光を仰ぎ見て作る歌一首

珠洲の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり 大伴家持


長浜というとき長い浜でありこれによって悠長の感じを出している。何かのびのびした感覚になる。かなりの距離を船をこいだことは確かである。漕ぎ来ればというとき人の手で漕ぐのだから実際は遅いのである。能登と月は今もあっている。長浜の浦というのが要点としてこの歌で生きているのだ。月が照って清涼感を出している。ここに見えるのは海と月と長々とした浦しかなかったのである。今はいろいろありすぎて原初の自然の美が損なわれているのだ。 ここは月の光だけに欲している気持ち良さがあるし万葉時代はみんなそうである。全体が自然の美の中につつまれているのだ。

次の鶉鳴くというのも鶉自体が今はいない、何かこの鳥によって素朴な感覚になる。
鶉鳴く里というか村というかそこはのどかな村であり村人は互いに知り合って気心が知れている。何でもないといえば何でもないがそういうのどかな村の風景が喪失したのが日本なのである。


秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の経ぬれば風をいたみかも


こういう歌も今は作れない、秋萩は見ていても下葉が紅葉する、紅葉色に変わるという細かいところまで見ていない、そういう変化を見ていたのはやはり自然と一体化して暮らしていたからそうなった。あらたまの・・・というときまた季節が変わってくる、荒い風が吹いてくる゛秋が深まってゆく、そういう日本の季節の移り変わりを絶妙に歌っている。そういう日本独特の季節感を喪失している。ただそうした日本人独特の細やかな感覚がもの作りに活かされているといとき伝統は活きているとなる。万葉集でも江戸時代でも時間感覚が違うから、鑑賞するには現代のせわしい時間感覚では鑑賞できないのである。

継続する時間感覚の喪失が原発の事故の要因にも (農業や林業など自然から離れた時間感覚の危険)

 

継続する時間感覚の喪失が原発の事故の要因にも
(農業や林業など自然から離れた時間感覚の危険)

江戸時代の人が言わなかった口癖の一つは「時間がない」。こういう言葉は江
戸の頃にはなかったのです。時間は無尽蔵にある。自分が生まれる前からあったの
だし、死んだ後もずっとあるのだと。
http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/sugiura56.html


こういうことは今信じられない、ということは現代が時間感覚でもどれだけ違ったものになっているかを示している。「時は金なり」という感覚も資本主義がはじまったときの時間感覚である。時間を効率的に使い生産力をあげる、金も土地もそうだが時間も資本なのである。江戸時代に効率的時間の使用方法が問題にならないこと自体想像もできない、現代は分刻みで効率化を目指しているのとは大違いである。つまりそれほど江戸時代は異次元の世界になっている。

社会が無数の部品化されるとき時間も断片化されている。時間は継続しているものであり土地も継続しているものでありそういう感覚がなくなっている。その感覚は農民的自然的感覚であった。農家は三代にして農家になるというのもそのためであり林業にしても木が50年で育つとなると一代だけの時間感覚では仕事が継続できないのである。江戸時代の時間感覚はだから子々孫々を考えて生活していた。それは農家であれ山の林業であれ工業的時間感覚とあまりに違っていたからだ。もちろん今の時間給などという感覚とはまるで違っている。人間は今は時間も搾取されている、奪われているのだ。工業的効率的時間の追求になったのはやはり自然から離れた生活が主流となってしまったからである。それは一般的に世界的にも近代化したとき世界共通の時間感覚になった。絶えず時間に追われる生活になった。時間がない、時間がないの生活である。時は金なり、あらゆるものが金なり金なりの生活になったのである。それが工業的資本主義の時代である。


そういう時間感覚が子々孫々のことなど関係ない時間感覚を作り出す、今時間を消費すればいい、今あらゆるものを消費する時だとなる。子々孫々のことを考える余裕もない、今の時間にすべてが費やされるのである。その中では過去の時間も失われている。今という時間があっても過去は消失している。過去からの時間がない、歴史的時間、継続の時間を生きている感覚が消失した。だから慶長地震の津浪がこの辺にあったのは400年前くらいだとするとその記録はあっても全く忘却されていたのである。その津浪は初めて津浪と表記されたから何か津浪を別なものとして認識した時だったのである。継続した時間もない、子々孫々を思う時間感覚もない、ただ今がいいければ今が豊であればいい、あとは野となれ山となれという感覚が今の時代である。だからこれだけの膨大なエネルギ-を消費している。原発に対する考え方も子々孫々のことまで考えない、目先の利益を追求するだけになる。確かにそこには農民も漁民も住んでいたがすでに資本主義的工業的時間感覚になっていて農民すらとても江戸時代のような自然感覚、時間感覚をもつことはできない、時間感覚は単に時間が別個にあるものではなく大地とか自然と一体化して時間もあり、その大地とか自然から離れた生活になったとき時間感覚も変わってしまった。みんな目先の富を求めて急ぐだけなのである。


急いで得た富は減る、少しづつたくわえる者はそれを増すことができる


はじめに急いで得た資産はその終わりが幸いではない-箴言-20-21


欲の深い人は急いで富を得ようとする、かえって欠乏が自分のところに来ることをしらない
箴言-28-22


結局原発問題にしてもそういうことが言える。急いで富を得ようとした。原発そのものが急いで建てたものである。その技術も未完成であり危険はわかっていても目先の利益が大きいから原発に頼るようになった。子々孫々まで考える余裕はない、時間感覚はないのである。それは世界に共通している。中国すら高速鉄道で急ぎすぎて失敗した。大陸的時間感覚の国ですら今はそうなっているのだ。文明の時間感覚はだから意識しなくても危険な要素をもっている。

自然から遊離した時間の中でいきているとおそらく時間にも復讐される。歴史をかえりみなかったのも歴史に復讐されたためでもあった。自然を考慮しないものは自然にも復讐される。それが津浪でもあった。漁業権をもっていた漁師は海を原発のために東電に売り渡した。そして金を得た。その漁業権をもっていた海岸沿いの集落は壊滅的な打撃を受けた。それで天罰だったというとき海を守るべきものが簡単に金で売り渡したということにもあった。 海に復讐されたのである。原発によって自分たちの住んでいる土地も山も海も奪われた。それはあまりにもありふれたもの自然への感謝やつつしみなどが喪失したためだろう。目前の富にまどわされたのであく。 そして子々孫々に残したのは核の廃棄物になってしまったのである。

posted by 老鶯 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連