2011年08月28日

鎮魂の野馬追い (NHK-復興を願い今年も野馬追い)


鎮魂の野馬追い

(NHK-復興を願い今年も野馬追い)

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亡き妻に法螺貝鳴らしもののふの役目を終えて今年も帰りぬ

朗々と法螺貝鳴りぬあわれかなあの世の妻にひびく音なれ


養いし愛馬にも傷津浪にも助かりにつ出陣果たす


馬一頭津浪に流され野馬追いに今年はいでず無念なるかな

 


野馬追いは今年も開催されたけど6分の一だから迫力なかった。それでも特別の野馬追いになった。NHKで放送していたのは海老村だったようだ。あそこは高いのだけど村がほとんど壊滅した。墓所のあるところは高いから残った。高くても海に接していれば被害が大きかった。崖の上でも何人か死んだのには驚いた。


おくさんがいろいろ世話して毎年野馬追いに出ていた。それでおくさんへの思いが深かった。
墓であれ津浪に流された家の跡や村の跡で法螺貝を吹いた。それが今回は鎮魂の法螺貝なった。一段と思いのこもるものとなった。他でもなんとか祭りをしようしたり津浪の被害はいろいろでありとても語りつくせない、烏崎に水葵が咲いたのも驚きだった。津浪で上の土が流されてそれで下の土から水葵が咲いたというのも不思議である。これは自然現象だけど人間的なものとしてもいろいろなことがあった。馬まで流されて足に傷があった。一頭は助かったが一頭は死んだ。馬も無念だったとなる。


野馬追いは侍-武士(もののふ)の伝統を残すものだけど作法として残っているだけで侍の精神というのは何なのかわからなくなった。でも作法でも伝えられていればそこから侍とは何か学ぶものはある。武道などは型から入るし型を徹底的に教え込まれる。つまり精神より形から入るのが武道なのである。本当の戦になったら型など関係なくなる、でも平和時になれば戦闘でも型として教えることになる。だから野馬追いでもそれぞれの役目があって型があってだいたいその通りにする。いづれにしろ野馬追いでは侍の姿を見ることができるが侍とは何であったか今となるわかりにくい、武士道と言っても明治以降は別なものになっていたのだ。それでも実際の姿として侍を見るのは野馬追いであり貴重な祭りなのである。


いづれにしろ今回の野馬追いは津浪の被害を受けた人には特別なものとなった。何とも悲しいというか切ないとういかそういうものを見ただけで感じた。野馬追いは今や本当に雲雀が原で集結してやれるのかとなる。相馬藩というのが崩壊の危機にたたされた。もちろん相馬藩はなくなったのだけどその伝統の祭りの維持も危機にたたされたのだ。

ご冥福お祈りします


がれきから救出の馬も津波被害にあった南相馬市では、厩舎のがれきの下から3週間ぶりに馬が助け出だされ、出場を目指めざして練習に励んでいます。復興の願いを込めてつけられた名前は「日の出」を意味する「サンライズ」です。
http://mainichi.jp/life/edu/maishou/kousaten/archive/
news/2011/06/20110607kei00s00s009000c.html

posted by 老鶯 at 18:25| Comment(3) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

福島県や原発周辺はこの先どうなるの? (放射能被害の閉塞感の大きさ)


福島県や原発周辺はこの先どうなるの?

(放射能被害の閉塞感の大きさ)



▼しかし当の福島県民にとって、穴蔵に閉じ込められたような現在の閉塞感はいかに
腹立たしくやりきれないものか想像を絶するものがあるだろう。当地を訪れた人々が
「現地を見ないと悲惨さを実感できない」と語るように、原発事故被害地を見れば
その深刻さが肌で感じられるだろう
▼福島県全体の現在を語ってくれた当地来訪団の面々によると、放射能汚染警戒区域
だけでなく避難の輪はその周辺から外側にどんどん広がり、手が付けられない状態
だという。安全を求めて県外へ移住する動きは増幅するだけで、「何より子どもを持つ
母親たちの不安がそれを加速させている」という
▼何より商売柄身につまされたのは、福島県紙についての動向だ。ここには「福島民報」
と「福島民友」の2紙があるが、いずれも読者が激減して減収を余儀なくされ、
幹部らが退陣しているという。やり場のない怒りがひしひしと伝わってきた。
http://jishin.ldblog.jp/archives/51722385.html


原発事故の影響は広範囲である。福島民報や民友も読者が激減した?自分はいろいろ情報をとるためにやめていたのをまたとった。前は母が読んでいたからとっていた。こんなところまで影響していたんだ、でもさ、民報とか民友とかで原発の情報を出していた、反対しなくても原発がどういうものか県民に知らせていた?財界ふくしまのようにプルサ-マルを最初避難してあとでやめた。それは東電を恫喝して金をまきあげるためだったとか、県民を主体にしたものではなく、自分たちの会社の利益優先だろう。それは他で同じでも結局原発事故の被害は福島県の報道機関にもあった。それも自己責任だった。福島県に住んでいる人は責任あったと言われる。
報道機関の責任は重いのだからしかたないよ、福島県の住民なんだから福島県民を守るために情報を出すというのが地元紙の使命なんだよ,もちろん福島県民だけではない、原発は国策なんだから国民にもみんな責任がある。それで税金をはらってもしょうがないと言っている。
原発事故はみんな被害者であり加害者でもあったんだよな・・・・
本当に福島県は特に浜通りは何か閉塞感が大きいんだよ、交易ル-トは断たれ先の見通しはたたない、ただ原発が廃炉のモニュメントととして建っている、マヤの遺跡のようになるのか?
マヤは別に環境は汚染されていないから観光地になっているけどここはなれない、核廃棄物の処理場としてしか利用価値がなくなった、悲しい・・・・



いわきの知り合いに聞いたが
仲間内で話す時は「仕事が無い」とか「これからどうなる」とか
そんな話ばっかりで死んだようだって言ってたよ


空洞化ってのはそういうものだからなぁ
人が減るとあらゆる産業が成り立たなくなっていく


今後、人口減はあっても増はなし。
原町区は2万人程度の町になるだろうな。しかも、大半が老人。
そんな町で産業か成り立つはずがない。
したがって俺は移住(^-^)/~~


商工会もあれ程大型店の出店を反対していたのに、今は結局大型店頼りなんじゃないですかね?
住民は一部の良心的なお店を除き、震災時に足元をみて暴利を働いたお店には、もう騙されませんよ。



経済活動だけをとれば人口は目安なんだよ、一人ふえれば貧乏人でもそれだけ消費はするから、モノを買うからな、経済活動は活発になるんだよ

商店街はすでに頼りにならないものになっていた?ス-パ-がなければ生活していけない、ス-パ-開いたときは本当に安堵したよ、商店だけではもう成り立たなくなっている。一番街にとって痛手なのは若い人が去ってゆくことだよ、南相馬市が2万くらいになって半分が老人だったりしたら悲惨だよな、老人は誰かの助けがないと生きていけないんだよ、もう今のような手厚い介護などできる人手がいなくなるよ、若者が住みたくない街はすたれてゆくんだよな、あとに残されたのは老人だけ、姥捨山のようになってしまうのか?



本当に今でも住んでいます。泌尿器科病院で透析患者の面倒を見ています。
経済が衰退しようが何だろうが、生まれ育った土地に対する尊敬と愛情は、そんなに簡単に消え去るものではありません。風評や不便な生活に耐え、「住めなくなる」という外野の声にめげず、復興を目指しています。


お世話になっています゛土地への尊敬と愛情をもっているということよほどその土地に愛着ある人でないと言えないでしょう。自分もこの土地で生きてきたから自然と一体化しているから年もとればここがいいとなる、でもこういう人は若い人では少ないよな、若いときは外に憧れるからな、その土地の良さはわからないもんなんだよ、会津は雪だし、中通りは福島市などは夏は蒸し風呂でくそ暑いし気候的に嫌だという人が避難した人達にいることがわかるよ、いわき市に移り住みたいとう人が多いのもわかるよな、自分も気候的にはここがいいし自然もいいし今は何か特別欲しいものもないしここで創作活動をつづけたいんだよ、

老人になると外面的なものより内面的価値の方がずっと大きくなるんだよ、芸術が外面的なものから自然があるから生まれるものでもない、美しい自然に囲まれていても何ら反応しない人もいる、その人は内面が心が汚れているから美しいものでも心に映らないんだよ、内面的にモノが自然が見えてくるのはやはり老人になってからだな・・・天才をのぞいてはそうだよ、どんな才能ない人でも老人になると内面的哲学的宗教的になるからな・・・俳句なんか実に単純なものだった、でもその単純なものの意味や深さを知ることができなかった。芸術はそれだけ奥深いものなんだよ、それはどの分野でもそうだろう。なかなか一つの道を極めることはむずかしいんだよ、それはつまらない趣味だってそうだからな、でも積み重ねてゆくと見えてくるものがあるんだよな


医者や看護師は大事だった、看護師にはてぐさめられたな、看護婦のやさしさにいやされた、若い看護師がいないということは老人にとっては辛い、もっとも住みにくい地になるよ、その土地に尊敬と愛情をもっている人ってすくないと思うからな・・・


かくて日本国は領土の一部を失うことになった。失った面積が、政府による借り上げ可能な範囲に収まったことを天に感謝すべきだろう。これ
からも原発を推進したい人たちには、ぜひ福島の政府借り上げ地に居住することをお薦めしたい。そして身をもって放射線は怖れるに足りないことを実証していただきたいものである。その医学データは、今後の放射線対策の貴重な資料になるだろう。



放射線の影響ってどれくらいあるんだろうか?未だにそれがどう理解していいかわからないんだよ、目に見えるわけではないし、放射能にばかりおびえて暮らすこと自体、閉塞感がますます高まる、そこに住む人はそれだとやりきれないよ、毎日毎日放射能の話しばかりでもう嫌になってしまうよ、そうした風評被害とか精神的圧迫が大きいのが放射能問題だった。自分はもう放射能を余り気にしたくないんだよ,放射能が高い山でも森でも行きたい、自然は何ら変わっていないのが不思議なんだよ、でも森に入ると放射能たまっているから放射線をかなりあびる、森には放射性物質が集積している、なんかそいう話を聞くと精神的に嫌になる、放射能でも老人ならあと10年後にガンになると言ってもみんな何かしら病気になる人多いよ、そうなると放射能にびくびくして暮らすのが嫌なんだよ、そんなにびくびくしていたらそもそも生活を楽しめないだろう。子供は影響が受けやすいからと外で遊べないというのも悲惨だよ、どれくらい影響するからわからないということが一番困っているんだよ、実験デ-タ-にされる・・・・それって今後の原発の開発に役立てるのの、廃止してしまえば不用なものとなるだけじゃない、放射能は目に見えないからどう対処していいかわからないから一番困るんだよ・・・


まあ、自分は残り少ない人生だから放射能を気にしていたら貴重な時間を無駄にしてしまう、津浪のあとでも放射能で耕作されない土地でも楽しめるよ、草原化した自然は水田とは違う気持ちいいもの感じたんだよ、津浪の跡でも水葵が咲いたし自然は美しいものを提供しているんだよ、とをもその辺が神戸の都会型の災害とは違っている。自然が全く喪失することはない、だから美は残っている。かえって湿原化して北海道のような原初の自然がもどっている不思議があるんだよ、こんな経験生きているうちにするとは思わなかったよ、だから今のところ毎日興奮するんだよ、別世界に変わってしまようなったから・・・・田んぼ作れなくてどうするんだと農家の人にはなるが別に飢死するわけではないから飢饉よりはましなのかな、お前は以前としてノ-テンキなやつだと言われるかもしれんがそれが偽らざる現在の心境なんだよ、ただこの辺は何か

放射能の雲が厚くたれこめおおわれている。それは放射能の被害というより放射能がわからないからその心の不安がそういう閉塞感を作り出してしまっているんだよな・・・

 
 
 
posted by 老鶯 at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連