2011年08月18日

ひまわりの詩


ひまわりの詩

突然向かいの庭から塀をこえて
大きなひまわりが伸びて咲いた
らんらんとこちらを向いて咲いている
その曇りなき不純なき大輪の花
その生命力の強さをじかに感じる
ミンミンはひまわりに向かって一心になく
蝉の声をひまわりは受けとめて大らかに咲いている
ああ この大きなひまわりの燃え上がるような力よ
ひまわりはアメリカ産だから
もっと大きな広い大地と空に咲くのににつかわし
その花は世の汚れを一新するような大きな花だ!
あなたもこのような大輪の花たれ
すべての穢れを払うようなこの花の力強さ
太陽の光を存分に吸収して
灼熱の大地に立ちて咲き開く
あなたの未来はひまわりのようであれ
ただ未来に向かって咲き
太陽に向かってひたすら咲く
らんらんとひまわりは今咲いている命のかぎり
天真爛漫の大輪の花よ
そをとがめるは誰や
大輪の花を萎縮さすなかれ
あなたはこのように力強く咲き命尽きる
あなたの命は全うされた
さらなる大いなる未来が来るだろう
自然は神は汝よりはるかに大きいもの
あなたはその神の力をまだ知らない
百才を生きてもその齢は短い
青春の日はさらに余りに短い
またたくまに消失する
神を自然のすべてを知ることはできない
限りなき命の輝きよ
再生の日は激しい夏のようにやってくる
青春は蘇り新しい日は織りなされる
それが人間の歴史である。

posted by 老鶯 at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般

大きいひまわり


大きいひまわり


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三色の夕べ芙蓉のゆうたりと
ミンミンのひまわりにひびく一心に


ひまわりの向かいに大きく塀を越ゆ


不純なきひまわり大きく向かい咲く


ひまわりの生命力の強さかな


復興のシンボルにあれひまわりは



芙蓉は津浪を受けても咲いていた。前からここに咲いていた。向こうの小学校まで津浪が来た。芙蓉は花が大きいからゆったりとした感じになる。個性豊かにゆったりと花が咲くような時がもどってねしいとなる。今の状態は異常である。仮設住宅に閉じ込められていては余裕は生まれない、もともと広い庭とか前が田んぼとかに住んでいた人が多い。団地のような所に住んでいた人達ではないからだ。

このひまわりにはひっくりした。塀を越えてにょきにょき伸びた。写真だとそれほど大きく感じないが実際はその大きい向日葵がこっちを向いて咲いている。向日葵の生命力をじかに感じた。ひまわりってすごいなと感じた。なぜそう感じたかというとすぐ目前に大きく圧倒するように咲いていた。遠くからだと感じない、花でもどこに咲くかで感じ方が違っている。ひまわりはやはりアメリカ産だとするとアメリカのような広大な平野にふさわしい花である。これだけ生命力を感じる花はない、自然は不純なものがない、人間社会は闇である。今度の原発事故でもいかに闇が深いか津浪で明かにされた。自然に感動するのは人間のように不純なものがないことなのである。そこにミンミンが盛んに鳴いている。


ひまわりは田んぼにも植えられている。セシウムを吸収するからと田畑にひまわりが植えられるからどこもひまわり畑になってしまうかもし
れない、放射能に汚染されても花は花であり花が咲かないということはない、森だって元のまま森なのである。じも森に入ったらセシウムを吸収する。目に見えないがそうなる。だけどもったいない、森自体は何も変化ないように見えるからだ。
ひまわりは復興のシンボルになる。でもセシウムを吸収したひまわりをどこに処分するのだとかまたなる。ただひまわりはひまわりである。放射能と関係なく同じひまわりであり何ら変わっていないのである。


今になって暑くなった。夜も熱帯夜である、去年よりは今年は楽だが今になり暑い、ク-ラ-が二つあるが新しいき下にあり二階の古いのは使っていない、こう暑くなると知的活動ができなくなる。頭がぼ-としてくる。だから真夜中に書いている。