2011年08月14日

戦争と原発事故(特攻隊の大和魂の再現)

 
戦争と原発事故(特攻隊の大和魂の再現)

原発事故が何であったのか、そもそも自分など放射能のことなどわからないから逃げようともしなかった。逃げられない事情もあったが放射能の怖さを知らなかった。広島長崎の原爆はその恐ろしさを即座にわかった。十万も死ねばその恐怖にうちのめされる。しかし今回の原子力事故はそういうものではなかった。即座に爆発して人が多数死ぬということは起こっていない、確かに一人も死んでいない。でも放射能の危険を知っていた人はその現場で働く人だった。

爆発したときは相当に危険だったしどうなるかわからない危機感があった。もしあの爆発した現場にいたらさらなる大爆発が起こり原爆のようになるとさえ思った人がいた。だからこそ東電の社員も大勢逃げた。それは放射能の危険を知っていたからだ。放射能の危険を知らないものは簡単に逃げない、津浪でも津浪の恐ろしさを知っていたら即座に逃げた。そういう危機感がないものは逃げない、放射能の恐ろしさを知って逃げなかった50人が称賛されたのはそのためである。その時は死ぬのではないかという恐怖に襲われても残っていた。30キロくらい離れていれば爆発してもたいして害はないと考えていた。そういう人が結構多かったが郡山市や福島市まで放射能の影響があった。それは意外なことであった。


そしてその後の経過をみると爆発してまた爆発して黒煙があがった。あれば原爆のキノコ雲のように見えたから恐怖があった。そしてこれからどうなるのだろうと毎日テレビに釘付けになり見ていた。というのは逃げられないしそのあとどうなるのかが見当つかなかったからである。最悪爆発したらどうなるのかと戦々恐々して見ていた。自衛隊や消防隊の決死隊が来て消化活動したときはなんとかおさめてくれと祈るような思いで近くの人は見ていた。それは離れている人にはわからない危機感だった。人間はそうして被害を受けない限り被害を受けたものの気持ちはわからない、ただ事件でもテレビで第三者として高みの見物になる。その時大和魂の特攻隊の再現だというときこれが特攻隊なのかと当時の戦争のことがリアルなものとして共感した。

戦争のことは家族にも従軍看護婦としてシンガポ-ルに四年間いた人がいて死ぬまでその話を聞かされていたので身近なものではあった。しかし戦争という異常事態を理解することはむずかしかった。それは余りにも日常生活とかけ離れたものとなっているからである。しかしこの時
大和魂は死んでいないとかなったとき戦争のことも理解した。日本が危機に瀕したとき日本を救うために命をかける人達がいた。それは自分たちの命も守ることでもあったからよりリアルなものとしてあった。人間は直接的に自分の利害に関係しないものは関心がもてない、自分の命が危うい、その命を守ってくれのが今命をかけて消火活動している人達だとなると祈るような気持ちになった。一挙一頭足を注意してみていた。


特攻隊も戦争の原因は何であれわかりにくいにしろ特攻隊を志願した人や強いられた若者でも日本を救う日本の危機を最後に救おうとして自分の命を国のためにささげたことは間違いない、それは大和魂に通じるものであった。日本はぎりぎりになったときそういう人達がでてくる。一方で官僚や政治家のようにただ一身の安全を計り暴利をむさぼるものもいる。これは明治時代からそうなった。人間は危機のとき真価が発せられるのは同じである。戦争というのは今になっても何かわかりにくい、全容をとても理解できない、人間の弱点は今の時点からしか理解できないからである。今の時点からしか過去を考えることができない、そこに過去に対する誤解がいろいろと生まれてくる。それはどうしようもないことである。特攻隊についても国のために犠牲にされた気の毒な人達だったというのもわかる。その責任は誰にあるのかともなる。ただ特攻隊の若者の心は純粋でありただ国のために命をささげた。最後のぎりぎりのところでそうなった。それは今回の原発事故のことでわかった。日本中がなんとか原発事故をおさめてくれということでは一致していた。日本国が滅んでしまうとかの危機感すらあったからだ。もうチェルノブエリのように決死隊で収めるほかないとまでなっていたからだ。現実にチェルノブエリでは30人くらい死んだからである。その人たちは今は英雄として祀られている。


本当に国のために民衆のために働くものは誰なのか?それは官僚でも政治家でもなかった。
消防隊やら自衛隊やら警官でもそうだった。官僚や政治家や学者は率先して津浪でも原発事故でも救助にあたらなかった。自衛隊では三人死んでいることでもわかる。そういう過酷な現場で働いた人は官僚ではない、そして原発事故でも残った50人をのぞいてはそうではなかった。保安院とかは一番あてにならない、危険のさい何の役にもたたなかった。だから不安院と呼ばれた。日本人の強みは危機にさいしては一致団結して最後にぎりぎりになったら大和魂で国のために命を捨てる人がでてくる。そういう国であることが今回の津浪と原発事故で起こった。

ただ津浪などでは火事場泥棒が横行したから暗黒面はあったからすべて称賛はできない,特に現代はそうした日本人的モラルは喪失していた。金だけを追い求めるのが常態だったからこうしたこが起きても普通のことである。ただ一方で危機のときには日本人は一致団結して協力するということはまだあった。そういうことを身近で目の当たりにした。戦争というのは未だに何なのか理解できない、それはあまりにも日常から離れすぎていて理解できないのである。そこには平和な日常でありえないことが普通に起こっている。殺人が日常だという世界がとても今の世界からは理解できない、だからなかなか戦争は何だったのかということが語れないのである。


みくにのため命ささげる若人のたぎる思いや鬼百合の咲く

posted by 老鶯 at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連