2011年08月01日

きりのはな(桐の花)-詩




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きりのはな


みそらにたかく

あるとしもなく

つつしみふかく

ちりもつかずに

みなもにひそか

かげうつし

ちりにけるかな

たれかしる

みそらにつきや

かげうすく

ひるしずか

しんとして

そこはかとなく

かみのみむねに

そのはなの

さきてきえにき



posted by 老鶯 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩全般

万葉集にある津浪の死者を思うこととにかよった歌


万葉集にある津浪の死者を思うこととにかよった歌


夕霧に 千鳥の鳴きし 佐保路をば 荒しやしてむ 見るよしをなみ 


ゆふぎりに ちどりのなきし さほぢをば あらしやしてむ みるよしをなみ

http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/6812768.html

これは死者を偲ぶ歌だったのか。これは不思議な歌である。万葉集は本当に理解しかねる不思議な歌がある。これは津浪の跡の風景にもにている。荒しやしてむ・・・・・これは荒寥とした津浪の跡でありそこに死んだ人が多数いる。家の跡も残っている。千鳥が鳴くというとき自然に還ってしまった砂浜があり死んだ人は消えた。そこで死んだ人をもう見ることができない、そんなふうにも解釈できる。万葉集の解釈にはいろいろありその人の心象風景によっても違っている。これも死者を偲ぶ歌として秀逸なものとなる。万葉集には生きている人ではない、死んでいる人を思っている、偲んでいる歌がかなりある。死んだ人を思うことこそ偲ぶことこそ最も深いものがある。ただ恋だけだとすると何か浅薄なものとしかならない、そんなことありふれたこととなるからだ。


本当に磯部などでも一軒の家もない、砂に埋もれた原始の砂州に還った。荒しやしてむ・・・・
と死んだ家族を思っても見ることはできない、そういうことが過去にも万葉集時代からどこでもあった。思う人、愛する人、・・・が消えてしまった。ただ自然に戻りそこは砂州となり海の鳥が歩くようになる。万葉集時代だと自然が今とは違って残されているから余計に荒しやしてむ・・・という光景がいたるところにあった。荒野が広がりやすいのである。津浪の跡はこの辺では荒野に、原野になってしまった。でも現代でこんな原野になることなど滅多にない、いづれにしろ万葉集は何を思って歌にしたのか不可解なのが実は多いし謎が多い、その謎は何か今になると解明できない、でも現代に通じるものがある。これも津浪の跡の荒廃した自然と通じている。

ともかくこれほどの人間が死んだことは経験していないし一人の死者を弔うのではない、万人の死者を弔うことは戦死者を弔うのとにている。戦没者慰霊祭みたくなってしまう。今年のお盆はそうなっししまう。


万人の死者を弔う盆にあれ死者の無念を深く思うべし


みちのくの津々浦々に万人の死者の霊浮かびけるかも


まだまだ死者の霊が津浪の被害の跡にはただよっている。突然のことだから死者も浮かばれないということもある。やはり非業の死とか突然の死は無念でありその怨念ではないにしろ無念が残る。国民の鎮魂が必要となっているのが今回の津波の被害だった。

posted by 老鶯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係