2011年07月31日

夏の蝶(草原化した自然は北海道になった)


夏の蝶(草原化した自然は北海道になった)

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夕風や草原に眠る夏の蝶

草原に若き恋人夏の蝶


広々と草原暮れぬ夏の夕


津浪と原発事故で不思議なのは自然が変わり草原化している。この風景は本当に北海道である。いながらにして北海道にいる感じになる。自然はやはり旅したくらいではわかりにくい、毎日観察しているとわかる。揚羽蝶が二羽番いなのか眠っている。普通なかなか揚羽蝶が眠っているのを見たことがない、ここを恋人が行き来すると何か本当に広々として気持ちいい北海道なのである。やっぱ北海道の自然が気持ちいい、心が開放されたような大きくなる気分になる。空気まで違っている、それは水田がない独特の風景だからである。草原と水田とは違いすぎる。モンゴルの平原などもあそこに住んでいれば気持ちいい、夏は特に気持ちいい、どこまで草原であり自由に馬で行き来できる。きれいな小さな湖がそちこちにありそこに花々が咲き鳥がさえずり牛や馬が放牧されている。それはなんともいえず気持ちいい世界なのだが時間的に楽しめない、そうした余裕が旅ではもてないのである。自由に行動もできないのである。


写真は今やデジカメで新しい芸術となった。今度買った富士フィルムのfinpix F550EXRは買い得である。2万5千円では安い、逆光とかに強い、画質もいい、夜景がとれることが強みである。今までのは夕日とかがうまくとれなかった。今度のはとれる。一眼レフは重たくて使い物にならなかった。カメラはデジカメで面白くなった。写俳という新しい分野ができたのもそのためである。このカメラは360度のパノラマ写真がとれる。やはり光に強い、白飛びしないのがいい、今回の一枚でも写真にすると不思議な感覚になる。これは明かに北海道の風景でありここは北海道だよと言ってもわからない、草原化している自然の不思議である。米を作る所はみんなこんな風景になっている。立入禁止区域には入れないが同じような風景だろう。原野化しているのだ。自然が変わると人間の感覚も変わってくる、北海道人のようにのびのびししてくるかもしれない、モンゴルのような平原に育てば心も変わってくる。吹いてくる風の感じも違ってくる。
ただ草原と言っても日本では雨が多いから湿地帯化しているから鷺も来ている。なんらか餌が蛙などがいるのだろう。


ともかく遠くに行けなくても近くで北海道の自然を味わえるとなると気持ちいい、今年は北海道のように気候も暑くなく今日も夏にしては寒いくらいだった。それも北海道とにていたのである。

山百合(命のかぎり咲く花)

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これはダイサギであり大きい、普通の鷺は小さい
くちばしが黄色なのも違っている




ダイサギの一羽来たりぬ田もなしに餌を探しぬしばしあれかし


山百合と山帽子我が庭に今日も咲き暮る他は知らじも


山百合の今日一輪また咲きて健やかなれと我が祈るかも


山百合に雨打ち降りて雷鳴りぬ健やかにも咲きにけるかも


健やかに山百合二輪今日咲きにけりその命かな


その花の命のかぎり尽くしつつ咲きて散りけり何か言わなむ



尼鷺が一羽田んぼだったところにきていた。餌があるのか、蛙などいるのか、今年は蛙の声もあまり聞こえないし蝉の声も聞こえない、蝉の声は全国的らしい。去年の猛暑が影響しているのかもしれない、蝉が鳴かない今日は寒いくらいである。今年はあまり暑くならないのか?


小高の人がコンビニとかで働いている。ここでは働き場所がない、千人も来ても働く場もきもとなかった。それで困る人は相当いる。なんらか働く場所をふやす必要がある。それが一番むずかしい。相馬の方ではアメリカのソ-ラ-発電のためにパネルが寄付された。南相馬市はまだ避難区域田からそういう企業の誘致もできない、そして相馬市と福島市を結ぶ高速道路の計画の予算が出る。南相馬市は隣だ小高で立入禁止区域なのだから何か交通的に不便である。
飯館村も立入禁止区域になったら交通は相馬市-福島市になる。そこから中央と結びつくことになる。六号線や常磐線が中央と東京と直結したル-トだったがそこが断たれたのだからそうなる。その影響が大きかった。相馬市に会社を移した人もいる。相馬市はこれから発展してゆくが南相馬市は衰退してゆく。現代はグロ-バル化とか広域経済になっているのだから交通は大事なのである。それが断たれると衰退するのである。


病気になってからは健やかなことを願う、人間も60すぎたら金ではない、健康が一番大事である。健康なくなったら巨万の富があってもなんにもならない、ただ病床で苦しむだけである。
そして金で病気は直せない、老後は金が必要なのはわかるが金より大事なものがあることに気づく、若いときは金の力は大きい、しかし老後は金ではない、金では買えないものが大事になってくる。愛もそうだし知識でもそうしたものは時間の積み重ねで習得できるものである。ところが時間がなくなるからいくら金があってもできない、一億円の本や知識になるものを買ってもそもそもも時間がないから消化できないのである。時間は買えないのである。旅するのだって苦しくなる。まあ、船で世界一周などはできる。つまりもう何かするのにも時間切れなのである。


健やかに咲いている山百合、そうして健やかに咲いている時間は長くはない、今健やかに咲いている姿は明日はないかもしれない、それは花だけではない、人そのものがそうなってくる。
今生きている命はそう長くはない、健やかな日は長くはない、だからこそ今咲いて生きることは命なのである。


http://ryokeiji.net/howa/in-oninochi.html


ここで弥陀の光の中に生きる命を短歌にしている。そういう境地とにている。



命二ツの中に生きたる桜哉
芭蕉(野ざらし紀行)


年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけりさやの中山  西行



ここにでてくる命(いのち)をライフとかしたら重みがでてこない、命(いのち)という大和言葉にしてその重みがでてくる。今見ている桜、それは今世でもう二人して見ることはない桜である。
あなたとともにこの桜を見る人がいるだろうか?桜は今は盛りと美しく咲いている。その前で二人はその美しい限りに咲いている桜を見ている。まさにそのことの中に二つの命があることの喜びがある。しかし本当にそうした美を見る二人がいるかとなるとこの世にはいない、人間が追い求めているのはそうした自然の美ではない、ただ欲ばかりである。二人して桜を見るということはなかなかないのである。ここではただ二人ということが力強く凝集した句の力となっている。
大和言葉の命(いのち)がその力強さを作り出しているのだ。


西行の命なりけりもそうである。命という言葉に特別のものが託されている。最後の命であるからこそその歌ができた。人間は最後はみんなそうなってゆく、老後に金があっても心が汚れた人は悲惨になるだろう。最後の命がけがれたらかがやくことはない、弥陀の光も見えない、暗黒の世界になる。最後まで金だ金だと追われ求めている人も見えない、それより大事なものが最後にある。最後に見るべきものは美しい清浄なるものであるべきだし接する人もそうである。
だから最後に孫に財産残すとか孫が生きがいだというのはわかる。すでに息子娘は財産だけを欲しいとかこの世の汚れに染まりすぎている。でも孫はそうではないからそうなるのだ。


人間は本当は最後の日を知り生きれば充実した生を生きることができた。それは誰でもふりかえって思う。そうなると真剣に生きるし本当に価値あるものを求める。一つの花を見るにしてもこれを見るの最後だとなると見方が違ってくる。人間は最後は死刑囚であり刻々と死が近づいてくる。それを自覚していない人もいるけど現実にそうなってゆく、もう元にはもどれない、ただ死があるだけになる恐怖の世界になるのだ。人間は死ぬ時はやはりキリストの光でも弥陀の光でも後光につつまれて死ぬのが理想である。死はあまりにも無惨なものとしてしかない、人間がどんなに栄華を極めても死によって無惨に打ち砕かれる、それが耐えられないのだ。死んだら病院ではモノのように早くかたづけてくださいとかあとはモノのように焼かれて灰になるだけである。それが耐えられないのである。本当に病院でも身近でも余りにも人間の死が無惨すぎる、それがショックなのである。ともかく命の限りに生きて花なら咲いて散る、それで一生は終わる。
そういうふうに生きる人は少ない、それを悟ったと時間は消失しているのが人間なのである。

 

牛肉はそんなに食べる必要があるのか?(食生活は文化の根元)


牛肉はそんなに食べる必要があるのか?
(食生活は文化の根元)

魏志倭人伝には、「その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲なし」とありそもそも日本人は牧畜民族と違って肉食はあまりしていない民族であり文化だった。縄文時代でも貝塚で発見されるのはまさに貝であり入江や浦や干潟や遠浅の海で貝を一番とって暮らしていたのである。日本はそもそも海の恵みで暮らしていた。今回の津浪でわかったことは本当に興味深いものだった。
宮城県から福島県の海側は深く海が入り込んでいた。そして縄文時代に海だった所がわかった結果、その海沿いに貝塚があったし昔の街道もまた津浪をさけるような所に道ができていた不思議があった。そしてこの貝塚がある地点は縄文人も住みやすい場所だったというのもうなづける。宮城県の松島辺りでもそうである。貝塚が多いのも地形的にわかる。縄文時代からあの辺は住みやすかったのである。


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貝塚のあるところまで津波が来ていた

日本人の暮らしは食生活は海の恵みから成り立っていた。昆布とか若布とか海苔は外国では食べない、韓国で海苔を生産したのは日本をまねて作った。韓国は一時モンゴルに支配されたりしたから肉料理が基にしている。肉の料理がうまいのはそうした歴史的伝統があったからだ。中国と韓国に明かに遊牧民の文化が根付いていた。相馬氏の氏神の妙見信仰も北斗七星だから方向を見るものであり遊牧民にとっては移動するのに方向が一番大事だから自然とそうなった。世界最古の天文台が韓国にあるし中国にしても羅針盤を発明したのは方向を知ることが不可欠だったからである。中国の最初の国、秦の始皇帝は中国史初の皇帝であったが、その強大な力を利用し大きな陵墓を建てたる)。これが秦始皇帝陵である。1974年に地元の住民により発見された。また兵馬俑坑はこの陵を取り巻くように配置されており、その規模は2万m2余におよぶ。西安(長安)は西域と接して遊牧民の国であり遊牧民が最初の国家を作った。
これはインドでも同じでありそれでイスラム教が古来のヒンズ-教と混合してしあるのだ。 そこに文化的重層化された大国の厚みがある。

日本の国は島国でありそうした重層的文化の厚みはない、でも日本文明が独自にあったというときそれなりの世界的に独自の文明を作っていた。特に食文化は文化の基本なのである。

cultureは耕すから来ているからその土地と密接に結びついたものとして文化がある。土地によって食するもの料理が違ってくるのは当然だった。江戸時代に旅行したらそうなっていた。文化は風土によって作られるというとき最近の原発事故でもヨウ素は日本人は海草類から十分にとっているからチェルノブエリのように甲状腺ガンにはならないだろうというとき何か科学的なことに無知でも納得する。風土の影響が文化の影響がその土地の影響がこういうところにもあった。放射能汚染で救われたのは浜通りでは海に大量に放射性物資が流れて意外と汚染度が低くかったことである。チェルノブエリでは大陸だから全部の放射性物資が大地に降りつもったのである。何事文化の相違は今でもある。そういう文化の相違をないがしろにして国造りをするとき自然からのその国の神からの復讐を受ける。こんなに地震や津浪が多い国に原発を作ることもいかに危険なものかわかっていたことである。風土あったものを探求すべきだった。


食生活にしても明治維新後に奈良時代のように選別することなく何でもとり入れた。風土にあったものでなくても古来の文化にあわないものでもとり入れた。それはあらゆる面にわたっている。そうした選別なしの西欧化の弊害が今生じている。牛肉だって牛乳は必要でもそんなに食べる必要があるのか?となると疑問である。自分は食べないから牛肉に関しては困らない。飯館村で牛と別れる牛に生かされたきたとか言って泣いて村を出た人がいる。でも肉牛だったらいづれ肉にするのだからそれも矛盾していると思った。なぜこんなに日本人は何でも食うようになったのか?その貪欲さに驚く、これは日本だけではないグロ-バルに起こったことである。コカコ-ラとかが世界に普及したのはアメリカ企業のグロ-バル戦略でそうなったのであり世界の食生活を破壊してそうした一様化した食品も売れるからだ。肉食にコ-ラは向いていたことはある。日本人の食生活には向いていたとはいえない、そもそも資本主義は宣伝であれ人間の欲望を刺激して拡大化させる。資本主義にとっては会社にとっては本当に必要なものでなくても買ってもらわないと困るからそうなる。つまり牛肉でも実は牛肉を食べる必要がそれほどないにしろ売る方にとって死活問題になる。牛肉はいらない、コカコ-ラはいらないと言われることは生産者にとって死活問題になるからそうなる。


薬だってやたら宣伝して売り込もうとする、そもそも薬なんか宣伝して売り込むものではない、病気になれば誰でも求めるからだ。でも宣伝によって買わされることが多い。薬屋と医者とか病人がふえればふえれほど商売になるからわざわざ病気にしているのだという人もいるのもそのためである。病気もすべふてではないにしろ故意に作られている面もあるのだ。そういうことが現代には多すぎる。電気だって電気なくなったら脅迫される。それは電気をみんながそれほど必要しなくても電気を生産する方にとって電気を使ってもらわないと困るからそう言う。だから現代は本当に必要なものを生産するより無駄なものを生産しすぎるのである。戦前でも卵も食べられなかった時代からすると食生活は今は貧乏でもあらゆるものを食べている。だからそんなに食べる必要があるのかという疑問がある。そうして肉食というのは倫理的に罪悪感を感じるものでありさらに無駄に生命を殺すことは抵抗を感じる。だからこそ自然から神から口蹄疫とか放射能はまた別にしても牛肉が汚染されて食べられない、殺してしまうということは何か自然からの神からの警告であった。津浪と地震で原発も破壊されたのも神からの自然からの日本人への警告だった。
その風土に見合った文化を作るのがその国の神から与えられた使命なのである。それを無視するとウィルスの蔓延とか自然災害とかそういうもので国土は傷つけられ復讐を受ける。



確かにイギリス人の食糧は牛肉である

と認めなければなるまい

イギリス人は戦争愛していると

それはあらゆる享楽と同じ

彼らの大好きな気晴らしなのだ

クレタ島の人々もそうだった

牛肉と闘争、この二つとも

イギリス人から学んだのだ


バイロン(ドン、ジュアン)


日本人が中国から奈良時代に宦官の制度を入れなかった。外国のものがすべでいいものでないし風土や文化にあわないものは入れるべきではなかった。それが明治時代に無差別に入れてしまったのである。その弊害は今になってもうとりかえしつかないものとなっている。それはあらゆる所に及びもはや日本は日本なのか日本は日本人なのか?日本人とは何なのだとかまでなっている。日本人はもはや日本人ではない、日本に住んでアメリカ人や中国人やヨ-ロッパ人なってしまった。日本人が日本人たる所以が見出せなくなっているのだ。その根幹に食文化の変化があったことにまちがいないのだ。


牛肉と闘争、この二つとも

イギリス人から学んだのだ


明治時代以後の日本人が好戦的になったことや拝金主義になったことや日本人的モラルの喪失もすべてヨ-ロッパであれアメリカであれあらゆるものを無差別に無分別にとり入れたためなのである。

 

参考にした本

日本の都市は海から作られた(上田篤)


ベジタリアンの文化誌(鶴田静)


文章は明かにインタ-ネットでもそうだがいろいろなものから編集することである。その中には自分の体験もあり他人の体験もあり本からもある。特に他人の引用した詩や短歌や俳句が役に立つ、その人の特別の関心からそうしたものに興味をもつから引用でも違っているのだ。そういうことを簡単に出せるのがインタ-ネットなのである。


放射能汚染より怖い肉牛の飼育
http://kokoroniseiun.seesaa.net/archives/20110730-1.html

やっぱ今の家畜は病気を作っている、人間の欲望で家畜は病気にされ人間も病気にされるのは当然だとなる
自分の意見と共通している