2011年07月28日

津波の跡が湿地帯化して原初の自然がもどる


津浪の跡が湿地帯化して原初の自然がもどる

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草の種類が違っている


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海よりの風のそよぎて涼しかな沼地に水のさざなみよせぬ


嬉々としてトンボ飛ぶかな新しき沼地を見つけアメンボウ来る


新しき沼地の生まれ生き物のさとく見つけて集る夏かな


草原に風のそよぎて草なびき揚羽蝶舞い燕飛ぶかも


草原に雷の鳴りにきまっすぐに道は海へとつづきけるかも


塩沼池の形成(植物が塩分の濃度を調節



西表島においては,海側にオヒルギが優占するマングローブ林が分布し,内陸に入りますとヤエヤマヒルギが優先する林になります。何故
樹種が変化するのかには諸説があり,土壌のpH,塩類濃度,耐塩性の違いなどが挙げられます。
http://www2u.biglobe.ne.jp/%257egln/13/1347.htm


マングローブ林を構成するヤエヤマヒルギやアエギアリティス・アンヌラタ(イソマツ科)
は,外界の塩分濃度が高いときには塩を排出し,低いときには蓄積すると云った,植物
体内の塩分濃度を調節する働きを持っています

ある種の塩生植物は植物体の一部をゴミ箱のように使い,溜め込んだ塩を体外に捨て
て,体内の塩分濃度を調節しています。イグサ科のユンクス・ゲラルディやユンクス・マ
リティムスは極めて耐塩性が高い。これらは,高濃度の塩分を古い葉の中に集積し,葉
内の塩分濃度がある程度以上になりますと葉を落とし,直ちに新しい葉を展開し,より
高濃度の塩を吸収するようになります。



沖縄ではマングロ-ブの林がある。絶えずここは塩分の潮水にひたっていても植物として生きているから塩分があくからと植物が育たないということはない、今回の津浪ほど不思議を経験したことがない、この辺の自然は500年前の自然に還った。津浪をかぶった所は湿地帯だった。松原もなにもなかった。そして津浪の後にどうなっているかというとその500年前の自然状態の復元を日々している。海岸に近い方では草が生えないが離れると草がぼうぼう生えて湿地帯化して草原化している。あるところは沼地化している。そこにトンボが飛んで来たりアメンボウが飛んできたりと原初の自然に回帰した。嬉々としてこういう沼地に生き物は生きていた。

海岸近くは塩分が深く浸透した。それで草も生えない、一方海岸から遠い所は津浪の浪も浅く深く浸透しないので草が生えた。その種類も違っている。

原発事故で田畑が荒地化してそこにも草が生えている。ある所は風にそよぎきもちよく草がなびいている。草原地帯の気持ちよさがモホンゴのような平原の気持ちよさが一部に現れた。その風になびく草原に揚羽蝶が飛んでいる。一羽だけだが白鷺も沼地化したとこたろに飛んできた。沼地化すればそこに生き物が集る。蛙なども住むが餌となる虫も寄ってくるからだ。ここに現れた新しい自然は本当に不思議である。これは生きた理科の教材になる。理科は苦手だがそれでもこれには興味をもつ、塩分をふくんだ塩沼湖がやがて淡水化してくる過程をここで実際に見れる。500年前の自然に逆戻りした自然が見れる。人間は空間を旅すらなら今では地球の果てまで旅することができる。しかし過去にはできない、それでも過去こそ最も興味深い世界である。江戸時代にもどれたらなと何度も思うし想像して江戸時代のことを郷土史で書いてきた。自然にしてもそうである。それで八沢浦が元の入江にもどったとき驚いた。これほど驚いたことはない、たぷたぷと水にひたされた深い入江になり浦浪が春の光をうけて奥深い岸辺に寄せてきた。それはまさに奇跡だった。ただ八沢浦は明治に開拓されたのだから遠い昔ではない、今回の津浪は遠い昔の自然が再現したのである。


ある田んぼに今度は雨がふり水がたまる、その水が透明でありさざなみが海からの風でよせる。それかなんとも気持ちいいのである。他ではまだ津浪の跡は泥で汚れているがここは透き通った水でありそれが沼地化して光がさしてよせてくる。こういう風景は北海道にある。北海道には頻繁に行ったから一番思い出深い場所である。その北海道の風景を眼前で見れるというのも不思議だし津浪の被害者に悪いが気持ちいいのである。実際に今や白砂青松の風景は失われていた。松原はあったにしろ白砂の風景はどこでもない、防波堤に荒い浪が打ちつけるだけでありこれも荒寥としていた。この辺には入江や浦がないから特にそう感じていた。でも500年前は入江や浦や湿地帯が海岸地帯の風景だった。それは今の北海道の風景だったのである。磯部も砂州にもどったしまさに北海道の海岸地帯の風景である。


だから津浪の被害者には申し訳ないけど津浪の跡が湿地帯化するとそこは釧路湿原の小規模な自然が再現される。そこが観光になるようにここもそうなりえる。水田はどこにでもあるから見飽きている。しかし500年前の自然が再現された光景の不思議はつづく、津浪というと何か瓦礫の山やら汚泥やら荒廃した情景だけだが一部はそうではない、美しい原初の自然が再現されている所がある。原初の自然がどれだけ美しいものだったかいくら想像してもそれはしりえないが津浪でそれが一部再現したのである。

posted by 老鶯 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係