2011年07月22日

風の詩(放射能の思わぬ行方)

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風の詩(放射能の思わぬ行方)

風よ、定めない流れのなかに

刻々と生まれ、死ぬものよ

ぼくの日々はすぎてゆく一陣の風にすぎない

(ロランドルランク-ル)




風は何人もとらえられないもの
明日は明日の風が吹く
まことに明日の風は今日とは違う風


刻々と風は変わっている
変幻自在千の風
風は自在に遊んでいる


今日は嵐の風だった
明日は明るい日の中のそよ風
風の調べは常に変わる


風は遠くから吹いて
遠くへ吹き去ってゆく
風はどこにも留まることない


風の神になり風にのり
どこでも自由に吹いて
留まることをしらない


人生もとらえがたく
明日のことは知り得ない
風のごときもの


風は思わぬ所に吹き
思わぬ遠くに運ぶ
風を知る術はない


風は今日どこに向くのか
それは誰もしりえない
心もまた風のままに吹く


尽きることのない風の魅惑
捕らえがたい気まぐれな魅惑
瞬間瞬間に浮かび消えるもの


人も自然も刻々変化している
昨日と違ったステップで踊り
その時喜びに一時満たされる


その喜びも一瞬にして消え
新たな風のステップを試す
風の妖精のダンス




また、放射能汚染が最も深刻だった事故当初の風向きは、北東への風と、南南西への風。
これで最初は宮城の牡鹿半島の方向へ向けて、次は関東地方全域へと向けて、放射性物質は拡散した


風の吹く所はしりえない、だから牡鹿半島から宮城県の登米とか栗原に放射能を運び、一関まで運んだ。南々西の風が吹き北東の風が一関に放射性物質を運んだことになる。一旦海に吹いた風が一関の方まで今度は吹いて放射能を運んだ。風はとらえがたい、風はつくづく自在であり人格化すればギリシャ人ののように神にすれば風の神をいくら追っても追いつけない、その変化は激しく予測がつかない、つまり風を追うことはできない、放射能の追跡を風からしたがそれができなのはそのためである。一旦海に出た風が海風となって一関まで吹いた。その風の流れはダイナミックなのである。そんなところまで良く吹いたと思うように意外なのである。


牡鹿半島から一関に吹いたのは明かに海の東風である。海だと障害がないからこの時期に東風が吹く、それが吹き抜けて一関まで吹いたのである。これも大きな風でありダイナミックだから予測し得ないのである。ともかく海風は大きな風になる。その大きな風の流れが放射性物質の流れにも影響したのだ。喜多方にも吹いたのはやはり吾妻山の山頂から雪から放射線量が
かなり高く発見されたことでもわかる。山を越えて風は吹き喜多方にも流れたから牛に食べさせる藁にセシウムが積もったのである。


人間の心も風である。どこに吹いてゆくかわからない、そういうものが本当の旅である。今日はここに行こうなど目的を設定して行くのが旅ではない、道があったらその道をどこまでも行き別れ道があったら気のむくままに選ぶ、それが本当の旅だった。そんな旅している人はもういない、定められた旅しか今はない、レ-ルの上を高速道路の上を車で計画した通りに行くだけである。阿武隈高原辺りは道が複雑でありそこを自転車で気ままに行っていた。それで風と放射能の関係を書いたのである。

ボレアースは冷たい冬の空気を運ぶ北風で、ノトスは晩夏と秋の嵐を運ぶ南風であり、ゼピュロスは春と初夏のそよ風を運ぶ西風であった。東風のエウロスはいかなる季節とも関連付けられておらず、ヘーシオドスによる『神統記』や、後代の『オルペウス賛歌』の中で言及されていない唯一の上位のアネモイである


ヨ-ロッパだと風の向きは逆になっている。北風は同じでも秋になる風が南風とは日本ではならない、春と初夏の風がゼピュスであり西風なのはこことは逆である。ただ東風は季節と関連されていないというのはやはり海から吹いてくる風になるからか?地中海でも東風は海から吹いてくるからかもしれない、大西洋から吹いてくる風が西風になる。


冬の大地のニンフ・クロリスが春の西風ゼフュロスに触れられて唇から花を出し、堂々と歩む花の女神フローラに変身する情景が描かれている。

古代ギリシアでは、西風は穏やかで良い風とされ、しばしば冬を運んでくる冷たく厳しい北風の神であるボレアス(Βορέας, Boreas)と比較されました。
 また、イギリスでは、西風と云えば春の軟風です。西風は、メキシコ湾流(Gulf Stream)の流れる大西洋の波の上を吹き抜けてくる風で、暖気と水分を含んで柔らかく感じられると云うことです。
 http://ch08180.kitaguni.tv/e961328.html


ここのプログは放射能のことや文学や詩のことを書いているし翻訳もしている。インタ-ネットには実際はいろんな人がいる。寺田寅彦ににた人もいるということか?なかなか見つけられないのが難なのである。


いづれにしろ風はそもそも土地によってこれだけ違っている。北風は世界共通でも他は違っている。風はとらえることができない、確かに放射性物質の流れはおおまかには風に左右されたことは言える。でもまだまだ全体がわかったわけではない、だいだいの見取り図のようなものは見えて来ているのかもしれない、0・5マイクロシ-ベルトの一関は南相馬市と変わりない、だからそんな遠くまで放射性物質が飛んだことに驚くがこれもチェルノブエリで予想されていたのである。

posted by 老鶯 at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連