2011年07月17日

オウムとにていた原発事故(専門化した知識人の犯罪だった)


オウムとにていた原発事故(専門化した知識人の犯罪だった)

http://musubu.jp/jijimondai42.html#oom(時事問題深層42へ)


http://musubu.jp/jijimondai-41#tunami
のつづきで同じテ-マで書きました。

今回の原発事故が盛んにオ-ムのテロと同じだとインタ-ネットで騒いでいる人達がいた。
インタ-ネットだから何の責任もなく烏合の衆が騒ぐだけだとなるが何かそれでもヒントを得るのだ。人間一人の知識はたかがしれている。やはり千人一万人集ると情報も集るのだ。
オウムのテロだ、これはテロだなどと言う人はマスコミではいない、でもこれは明かにオウムの犯罪とにていた。オウムはサリンを隠れて作っていた。東電も原発は絶対安全だとして危険な
原発を推進した。それに加担したのは今の指導層全部だったのである。

政治家から官僚から検察から警察から専門家の学者からマスコミから全部そうだった。この人たちが全部犯罪人だった。これも戦争の時と同じように誰も裁くことができない、検察も犯罪者の一味だったからである。裁いたのは津浪という自然であり神だったとなる。
オウムも小さい団体にしても暴力化してサリンまで製造する怖いものとなっていたし本当に異常に暴力的だったことに驚いた。ヤクザなみだった。そしてタブ-化したとき危険が隠された中で増大していた。タブ-化して危険を育んだのである。カルト宗教団体とか創価でもそうである。
もう巨大化してタブ-化したら批判できなくなる。そしてその時それらは批判されないから思うがままにふるまうことができる。「絶対安全なんだよ」「お前らは低能は口だすな」とか傲慢になっていた。政府まで加担して一体化したときもう誰も批判できない、危険はその時ますます増大していた。でも誰も危険だからもっと慎重にやれとかも言えなくなっていた。それは極端化した
オウム集団と同じだった。検察や警察が東電に天下りして用心棒になっていたのだ。
これはオウムよりたち悪いものだった。政府-検察(警察)や官僚やマスコミが一体となりテロ集団になっていた。サリンのようにあからさまな毒をふりまくというのではないにしろそれ以上に危険な毒をふりまくものだった。放射能という毒が出ることは専門家は知っていたのである。

結局これは知識人であった専門家集団の犯罪だった。今や科学者が聖職者であり崇められる。その権威の象徴が原子力だった。それが津浪の一撃で崩壊した。そしてその権威は偶像は地に堕ちた。偶像は津浪の一撃て倒された。人間の作ったもの文明などそれだけもろいものだったのである。現代の聖職者の奢りは簡単に砕かれた。その権威をとりもどすことはもはやできない、なぜなら聖職者たる科学者も原子力を操作できるものではなかった。原子力の科学者がもっと核を操作することに畏れをもつべきだったという発言はわかる。人間の知識や知恵や技術はたかがしれている。想定外のことが起こるのである。絶対安全などということはない、それでも百万年に一度しか事故が起こらないとしていたのだからあきれる。どんな計算でそうなったのか?ただ科学者の数学遊びだった。それほど傲慢になっていたのである。


一つのテ-マで書くのにはホ-ムペ-ジの方がいい、ただここだとどのペ-ジがアクセスされたかわからなくなる。プログだと何が読まれているかわかりやすいからいい、自分の場合これだけ記事が多くなると整理する必要が出てきた。整理するのはホ-ムペ-ジの方がしやすいので徐々にしていこう。

posted by 老鶯 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

夏らしい夏


長々と木蔭の道のつづきつつ藪の深きに鶯の鳴く


青鷺の二羽の飛びゆく悠々と我が見上げつつ大きく息す


少女子の微笑むごとく合歓の花風にさゆれてここに咲くかな


この家に人の気配もなく静か黒揚羽一羽舞いつつさりぬ


立葵その色際立つ今日もまた陽のまばゆくさしにけるかな

今年の夏は去年と違って普通の夏である。暑いのだけど三十二度くらいまではク-ラ-なしでいられる。暑くても夏らしい夏だから気持ちがいい面がある。去年は病気になってしまうような暑さだった。浜通りは海からの風であんなに暑くならない。去年は異常だった。

仮設住宅に人はまだ半分も入っていないだろう。それでもたりないというからその数がすごい。

南相馬市の大半は立入禁止区域になった小高から入る人達である。ス-パ-でも道でもよその人が目立つようになった。地権者が土地を貸さないというのは仮設は二年くらいで終わりになるとすると一時的なものとなり村作りとか町作りとか市作りにならないからだ。二年すぎたらみんないなくなるというのでは街作りにはならないからだ。そういう点中途半端になるから将来の計画がたてられないのである。これもみんな原発事故の集束がいつになるかわからないからなのだ。集束がはっきりすれば市町村の建て直しもできるのである。


畑にも田んぼにも人はいない、そういう風景もありえないことだから不思議である。それでも花は普通に咲いているし木蔭は気持ちがいい、夏らしい夏なのだ。体の方も今年は異常は感じない、病気なことは確かなのだが今はほとんど感じない、病気は食欲ないとき感じる。だから胃腸が悪いとき一番病気を感じる。食欲があると病気を感じないのである。


青鷺は良く河原でみかける、河原に餌があるからだろう。白鷺は水田にいるからみかけない、気持ちよく大空を飛んでいた。コンビニに自転車で旅していた老人がいた。どこから来たのかわからなかった。その人はほとんどしゃべらなかった。ホ-ムレスだったかもしれない、持ち物からするとそう見えた。六号線は途中閉鎖されているか東京から来る人はみかけない、六号線が閉鎖された影響は鉄道が閉鎖されたより大きかった。物流が車になってたからである。アマゾンの通信販売なども南相馬市には配達されない、古本も配達されないから困る。