2011年06月25日

仮設住宅入居優先順位

 
原発から北へ15キロの南相馬市の沖合い3キロの海で、プルトニウムが検出されました
松川浦ではいつ漁が開始されるのか?避難した人で再開しようとするやる気のある人はいた。原釜の人だった。ただとっても放射能で売れないから困る。5年位したら放射能が薄まると東電で発表した。その頃は正常化するのか、それまでも待っているから魚はとって売られる。結局放射能に余りにも神経質になるのも問題である。原発を作ったのは全国民の意向が反映したものだというとき多少の放射能汚染されたものを食べることはもう運命というほかない、自分だけは食いたくないという人は外国に逃げるほかないのだ。福島県だけが汚染されたから福島県を差別しているがこれも間違っている。原発は事故になれば必然的に全国に影響する。今は福島県でも次はどこかの県がなり全国に影響するのだ。だから多少の放射能汚染した食物を全国一様に食べざるを得ない、それが原発を作った国の運命でありその運命を共有せねばならない、犠牲を福島県だけにおしつけるのはずるいのである。これは全国民の問題であり責任だったのである。


仮設住宅入居優先順位


東日本大震災の影響により、自宅が全壊、全焼、流出してしまった世帯、および福島第1原子力発電所の事故による警戒区域、計画的避難区域に居住地がある世帯で、自らの資力により住家の確保が困難な世帯等となります。 


優先世帯(次のいずれか)に該当する世帯

 ・乳幼児(3歳未満)のいる世帯
 ・妊婦のいる世帯
 ・3歳以上15歳未満の児童が3人以上いる世帯
 ・高齢者(75歳以上)のいる世帯
 ・重度の障がい者のいる世帯


東日本大震災の影響により、自宅が全壊、全焼、流出してしまった世帯


半壊ではない全壊の人しか津浪の被害者は入れない?半壊の人が入れないのは厳しい。
半壊の家が多いからだ。半壊でも住めない人がかなりいるだろう。その間仮設に入りたいという人もいる。


・高齢者(75歳以上)のいる世帯
・重度の障がい者のいる世帯


原発関係では子供のいる所帯とか老人とか障害者が優先される。千倉体育館の校庭には中学生の女の子とかいたし車椅子の人を原町のデイケアセンタの車が迎えに来ていた。ハッピ-ケア-では自分も介護士用品を注文したことがある。原町区の人がここにも入っている。原発関係の小高の人はまだ入っていないのか?橲原の人が仮設に入りたいというのもわかる。
子供とかいるとみんな避難するようになるからだ。鹿島区には10カ所くらい仮設建ったのか、今三カ所はわかっている。桜平山と西町と六号線の千倉である。西町が一番戸数が多い。でもここは1・5マイクロシ-ベルとあり4・8ミリシ-ベルトに一年ではなる。あそこに保育所があるが問題ないのか?子供を仮設に入って大丈夫なのか?きめこまかな対応が必要になってくる。


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千倉の体育館の前

きめこまかなというとき今回の放射能問題は放射線量が狭い範囲で違っている。浪江の請戸でも原発の見える所でも0・2とかで低い、海側は海に放射性物質が流れたので低い。小高区などでも放射線量が低いから立入禁止区域の解除してくれという要求を出したのは当然だった。山側は高くても海側はみんな低いのである。だから津浪の被害にあった海側になぜものものしい防護服で警察などが死体を探したのか?そこが疑問である。政府にすると20キロ圏内と区切ると管理しやすいというだけなのか?それでは住民は困る。原町区の緊急避難準備地域の指定は本当に変だ。仕事がなくなり人が流出してゆく。鹿島区に人が集ることで鹿島は土地の値段とか空家の値段が上がった。30キロ圏内は下がった。そういう価値の変動も起きている。


廃業する人が増えた


橲原の風穴の湯はボイラ-が地震で破壊して廃業した。自分も温水器の配管が壊れて三週間風呂に入れなかったのは苦しかった。近くの整形の医院も廃業した。ここも高齢化が一因である。家族が東京なので帰ってこない。広い屋敷が残っている。新しく建てた診療所も残っている。鹿島区では他にも廃業している所がある。一般的に漁業でも三陸の方でも高齢化が廃業の大きな原因である。
原町区の大原の農家の人も大病して80にもなったら5町ある田をつづけることはできない、原発の補償があるとしたら補償して避難した方が楽である。ただまだ橲原でも勧奨地点として指定されても政府から避難地区に指定されないと仮設に入りたくても入れないということがある。そういう要望が大原や橲原地区で出ている。


今回の放射能問題など身近に起こったことはやはり身近に住む人のきめこまかな対応が望まれた。だからニュ-スも報道も地元のきめこまやかな報道が望まれたのである。例えばそれは福島県だけでもむずかしい。福島県となるとやはり広いからだ。元の相馬藩内でのきめこまやかな報道が必要とされたのである。その点相馬郷土史研究の範囲内ということで自分のプログも参考になった。昨日のNHKでも放送していたがおそらく磯部の人だろう。60才の人が孫も妻も失い一人になって避難所に取り残されたのは悲惨だし子供だけ残して家族が全部死んだとか悲惨である。ただ写真だけを見て思い出している。

 
 
posted by 老鶯 at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連