2011年06月23日

夏雲雀(放射能汚染で水田がない自然)


 

夏雲雀(放射能汚染で水田がない自然)

夏の蝶飛ぶも線路に電車来ぬ


雨ぬれて夕べしきりに夏雲雀


今日もまた夕べ雲雀の鳴きにつつここにとどまる我が老いぬれば


紫の菖蒲を見しあと鮮やかに黄色の菖蒲夕べ見るかな

 


北海道から九州にかけての広い範囲の、草丈の低い草原や牧草地、河川敷で多く繁殖している野鳥です。ひらけた草原や川原、そして麦畑などに巣を作り、


田がないとか畑も耕されないとかこの風景は何だろうと思う。殺伐としているといえばそうなる。電車もすでに3か月来ない、線路にそって夏の蝶が飛ぶ、その線路は電車が通って活きていたものだっ。ただ北海道のように廃線にならないだろう。六号線の西側に迂回した路線を作る計画がある。それも数年かかる。するとこれから電車が来ない日がつづくのだ。田んぼないから白鷺も来ない、青鷺は河原にみかける。青鷺は川や沼の魚を餌にしているのだろうか。白鷺は田んぼの蛙などを餌にしている。青鷺は見かけるが白鷺は見かけない、生態系の変化のためだろう。田んぼがなくても雲雀は鳴いている。雲雀はそもそも水田とは会わないものだった。
白鷺はぴったりとあっている。雲雀は広々とした草原にあっている。北海道のような風景にあっている。そういう広々としたところで鳴き声がひびきわたる。水田がない草原になっても雲雀にとっては住みやすい場所になる。水田の蛙などを餌にしていないからだ。


食性は植物食傾向の強い雑食で、主に種子を食べるが昆虫、クモなどを食べる 地表を徘徊しながら採食を行う

雲雀の餌は燕とにている。水田とは関係していないのだ。もし雲雀の声も聞こえなかったら淋しいだろう。水田は第二の人間が作った自然である。縄文時代は水田はなかった。原っぱはあったから雲雀も鳴いていた。不思議なのは蝶は草むらを飛んでいる。その草むらは放射線量が高い。そしたら遺伝情報のDNAに影響して奇形が生まれたりするのだろうか?草むらは放射線量が高いからかなりの放射線をあびる。飯館辺りだとさらに10倍もの放射線量をあびる。その結果はどうなるのだろうか?津島で耳のない兎が話題になったが今の時期にそうした奇形は現れない。もっとあとからだろう。ただ明かに動物や昆虫に影響する。動物は放射線ををあびやすい所に生息しているのが多いからだ。そんなこと考えもしなかんたけどまず異常な世界である。


菖蒲だたらこれも梅雨の季節にあう、雨がしとしとふるときにあう、でも自然の文目は乾燥地帯に咲いている。土手辺りに咲いていた。菖蒲(しょうぶ)は水にあう花である。日本は湿地帯が多いから菖蒲があうのだ。湿地帯だから地盤が軟弱であり地震で液状化になった。
土を切って平らにしたところは液状化しなかったが盛り土した所は液状化した。土を切り取ったところは下の土が自然のままで残っていた。盛り土は元の自然の状態の土ではなかった。そういうのが液状化してしまった。何でも自然を人工化するときやはり危険なものになってゆく。それは津波で破壊された。


人間の生活は余りにも人工化してしまったのである。自然がないとき人間にも生きる喜びは湧いてこない、自然から余りにも離れた結果、自
然の大きさも自覚できなくなった。それが今回の津波で自然がいかに大きなものか自覚させられた。文明など簡単に亡ぼせる威力を自然は持っている。まさに「想定外」の力を秘めていたのが自然だった。それは神の力にも通じていたのだ。自然に逆らうものは自然に復讐される。それが津波でもあった。ともかく俳句でも自然がなければ普通は作れないだろう。もちろん都会に住んでもいい俳句を作っている人はいる。でも俳句でも短歌でも詩でもいいものは作れないだろう。自然を深く知らないものは自然と一体化しないものは詩は作れないだろう。詩にもいろいろあるが荘厳な自然を背景とした詩は作れない。自然から霊感を受けなければいい詩は書けるはずがないのだ。そうするとどうしても長く田舎に住まないと自然に通じることはできない、その地元が放射能汚染になったからショックだった。でも見た限り木が枯れたり花が咲かなくなったり蝶が飛ばなくなったりしないからあまり自然が破壊された感じないのだ。広島や長崎の原爆はあまりにも凄まじいからその恐ろしさが焼き付けられた。しかし今回の放射能汚染はそういう自然も人工物も破滅させたようなものを感じないから放射能の恐ろしさを本当に知ったとは言えないのである。それが何十年後に現れるとなるがその頃死んでいるからまたわからないとなる。

南相馬市原町区大原はなぜ放射線量が高い?


南相馬市原町区大原がなぜ放射線量が高い?


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3カ月間と一年の放射線量が図のようになっている。大原がなぜこれほど高いのか?大原でも八木沢に近い地蔵木は一番高い。そこで雨樋を計ったら113マイクロシ-ベルトあった。それはおそらく本当だろう。それだけこの辺は危険地帯になった。ストロンチウムも発見されたということでさらに危険になった。これも風が影響したのだろう。八木沢峠から北風が吹いて大原地域と橲原渓谷を通りぬけて橲原村に放射性物質が流れた。なぜ大原がそれほど高いのか、八木沢の麓の地域は飯館に近いし風が吹き下ろす真下にあった。それから平らな大原地域まで風通しが良かったのである。地形が影響したのである。そこからさらに台畑が高くなったのも地形の影響である。風がここまで運んだ。運びやすい地形になっていたのだ。信田沢も半分くらいに低下するが高い。この辺が高くなったのは風が運びやすい地形だったからである。

八木沢の麓の地蔵木から吹き下ろした風は橲原渓谷へも吹いた。それは大原より多少低いのは橲原渓谷はうねり曲がっていてそれなりに距離があった。一方で地蔵木から坂を越えて大原の前田の方に吹く風は通りやすかった。それが台畑まで風で放射性物質が運ばれた原因だった。

栃窪が低いのは大倉へは結構山で阻まれた。飯館の草野から八木沢へ出る坂道はそれほど高くない、吹き抜けやすい、大倉へは多少高くなって障害となったかもしれない、確かに風の影響が放射性物質の拡散には相当影響したのだ。

山側に近いほど放射線量は高くなる。鹿島区の西町では六号線の西側では1マイクロシ-ベルトだが六号線の海側になる鹿島小学校では0・5である。半分に減っているのだ。海側になるほどどこでも放射線量は減っている。鹿島中学校は鹿島小学校よりは倍は高いことは間違いないだろう。


伊達市でも小国が高いのはこれも地形だった。ちょうど山を下ると山に囲まれた平らな小盆地になっていた。小国というときそうした山間の小さな小盆地になっているような地形である。だから小国という地名は全国的に多い。あういう所に放射性物質はたまりやすい。それは福島市は大盆地だけどやはり盆地ということで放射性物質がたまったのである。

この図で見るとやはり年間で10ミリシ-ベルと以上になると危険が相当に増してくる。そこは避難地域になっている。10ミリシ-ベルが目安になるのか、5ミリシ-ベル地帯も相当にでている。
伊達の霊山地域は10ミリシ-ベルト以上になっているから避難した。


ともかく大原地域が高いことは意外だった。あそこの農家の人とは病院で知り合った人がいた。でも大病しているのだから5町の田などもうつづけることができなかった。だからかえって東電に補償してもらった方が得だったともなる。息子は市内に住んでいるのだから移り安いということもある。大原地域の山側は避難して人がいなくなってゆく。橲原でも避難した人がいた。子供がいる家は自主避難もしている。

 

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今回のことで火事場泥棒もでてきたし弱者を食い物にするものもでてくる。戦国時代みたくなる面もあるのだ。いい面としては協力することもあり悪い面では人間の醜さが露骨に現れるのもこうした混乱して無秩序になると時である。人間が野獣化する。人間はそうした恐ろしい側面をもっているのだ。食うか食われるかが戦国時代だったから油断も隙もない、下克上でもある。
そうして犠牲になる人もいる。三陸では津波の被害で身売りした女性もいたとか過去にあった。そういうこともすでに起こっているからやはり同じようなことか大災害では起きてくる。


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介護されているような人が避難したら死ぬ率は非常に高くなる。実際に自分も親を介護しているがここを出なければならないと言った時体がふるえていた。そのまま避難していたら確実に死んだ。放射能被害でもチェルノブエリでは老人で避難した人はかえって死んだり寿命を縮めたのである。だから老人は移動しない方がいいのだがインフラがたたれるといられなくなる。老人にとっては過酷である。弱者はこういうとき苦しい、病人もいるしそういう人はやはり死んでいった。30キロ圏外であり避難しなかったから命が伸びたとも言える。


 

posted by 老鶯 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連