2011年06月10日

夏の花(アクセスが急激に増えた相馬郷土史研究)


夏の花(アクセスが急激に増えた相馬郷土史研究)]


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花に花そえて新し夏は来ぬ


一鉢に夏菊咲いて雀来る


遠くへと行きて帰りぬ夏燕


老鶯の日陰の長き森に鳴く


屋敷林農家囲みて黒揚羽

非常事態では俳句でも短歌でもゆっくり鑑賞したり作ったりできない、そんな風流に遊ぶよりなんとか苦しいのだから助けてもらいたいとか今なら原発関係で放射能のことをもとしりたいとかなる。それで自分もなんとか役にたたとうとして科学にはからきし弱くても書いた。ただ強みは地元だから地理に詳しいことが他と違っていた。あそこで放射線量が高いというとき具体的にイメ-ジできる。浪江の赤字木(あこうぎ)と言っても外部の人は浪江としかわからないから街の方だと錯覚している人がいるだろう。地理はなかなかそこに住んでいないとわかりにくいのだ。

最近津波やら原発事故で思ったことは相馬とか浜通りで地元の人が情報を発信する必要があった。外部からと内部から発信するのでは伝え方も伝わり方も違ってくる。自らが被災者になればさらにそうである。発信する情熱も違ってくる。最近毎日ニュ-スでも福島県でも浜通り中心であり南相馬市のことでも毎日伝えている。そうすると今注目されているのが自分たちの住んでいる身近な所なのである。それが毎日ニュ-スとなっているのだ。身近なところでも本当はわからない、被害にあった人の数も多いからだ。避難している人の数も多いからそういう人たちどうなったのか全部知ることはできない、ただ毎日は全国のニュ-スでも必ず身近な所が話題にならない日がないのだ。普通だったら全国で話題になるのは野馬追いくらいなのである。

それがフクシマ自体、世界でもその名が悪名が知られるようになったのである。チェルノブリと同じである。アクセス数も「相馬郷土史研究」は普通はユニ-ク数が百くらいでペ-ジビュが400とかくらいである。今は訪問者がユニ-ク数で400を越えていた。本プログは300くらいである。あわせると700人になるから多い。インタ-ネットだと全国の人がやはり相馬に関心をもって読んでいるのだ。ペ-ジビュ-1000くらいであり本プログとあわせると2000になる。相当関心をもって読まれている。また書くことも多いのである。

明かに相馬とか浜通りの郷土史を基礎にした雑誌の発行なども必要なのである。ただ雑誌の発行は個人ではできない、そして毎日報告することは雑誌ではできない、インタ-ネットだからなんとかやれている。今は結構インタ-ネットで情報を得ている人も多いから注目されることにもなる。今は普通だったら何でもない人まで話題になる。みんななんらか伝えたいことがあるからだ。それでそうした人たちの要望を反映した情報誌が必要になってくる。それを相馬郷土史を基礎にして発信する必要もありインタ-ネットでしている。科学には弱いし自分一人ではそうしたことは無理である。でも地に足をついた発信をするのには地元からでとないと伝わらないものがある。地理に関してはそうだった。風がどういうふうに吹くかなどなかなか地元でないとわかりにくかったろう。他にも地元でないとわかりにくいものがある。単に情報を伝えるだけではない、なんとか復興していこうという気持ちが地元ではあるのだから外部から見ているのとは意識が違う。

マスコミでは報道しても全部が地元のためにとはならない、何か面白いことがないかとか話題がないとか売れる記事やテレビでもやはり視聴率を稼げるのを放送しようとかなる。しかし地元だったらそういう興味本位よりなんとか今の苦しい状態をともにきりぬけようとかの意識がでてくる。こういうことはやはり被害者にならないかぎりどうしても外部だとただ自分たちには関係ないから面白い見せ物のように見る場合があるのだ。だから地元からの発信は違ってくる。
広島と長崎があれだけ深刻な被害にあっても遠いと現実味がない、神戸地震の時もそうだった。今や自分たちも原爆ではないにしろ放射能の被害で共通の被害者になったのである。


NHKでも磯部小学校のことをやっていたけどテレビや写真の画面では高低がわからない、あの小学校はかなり高い所にある。磯部村は海岸に接して壊滅した。あれだけのショック受けたら子供だったら病気になるのもわかる。大人だってショックから立ち直れない、一軒も家なくなったのだからショックである。でも学校は一番高い所にあった。平地には作らなかった。高台にも家はあるがほとんどの家は平地にあった。小学校だからやはり高台に作ったのか、作るときそういう配慮があったのか?それにしても本当に津波にはあまりにも無防備だった。それが悔やまれる。あそこでも校庭で遊べないのか、やはり放射線量計ってそうしているのだろう。あそこはそんなに高くないと思うけどやっぱり
原発事故の影響も受けていた。


 

八木沢峠でストロンチウムが1000検出された (南相馬市鹿島区の地蔵木は避難すべきか?)


八木沢峠でストロンチウムが1000検出された
(南相馬市鹿島区の地蔵木は避難すべきか?)

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危険派
ストロンチウムは内部被曝に限って言うと、10倍?100倍の危険がある。魚、海藻、貝類には多く蓄積される。魚等の放射能は、海水中の濃度よりも必ず高い濃度になる。

今おっしゃったのはkg当たり570Bq。
ストロンチウムというのは、セシウム134あるいは137に比べると、
内部被曝という事に限って言うなら、たぶん10倍100倍の危険があると思います
http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/05/09/tanemaki-may9/

 

安全派



ストロンチウムについて
http://tnakagawa.exblog.jp/15214540/


http://www.janjanblog.com/archives/41617


http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2011-04-07


八木沢でストロンチウムが1000というのは高いだろう。500を越えると基準値を越危険になる。
八木沢峠を下ってすぐに地蔵木がありその辺は放射線量が高く避難地域に指定されるべきだ、住んでいる人は計画的避難区域 に指定されて保証されて避難したいとあった。ストロンチウムがやはり1000も出たということは危険地帯である。ストロンチウムというのは危険を言う人は-危険派は大変な危険を言う、それほどでないとんう安全派を言う人の意見を読むとそんなものかと安心ししてしまう。結局のその幅が大きすぎるから不安になる。危険派の意見を言う人を聞いていれば極端な話、東日本は終わりだ、住めないとか言うし何で福島県人にみんな脱出しないのだとか盛んに面白がって言っている。そんな簡単にみんな脱出できないのだ。そんなに簡単に脱出できるなら放射能の問題は解決できる。脱出できないからこそどうしていいかわからなくなる。広島でも長崎でもそこに住み続けるほかない人はたくさんいた。放射能と共存して生きてきたのである。


南相馬市内でも飯館とか浪江の赤字木(あこうぎ)に近い山側は本当に放射線量が高い。だから子供をもっている人は避難する必要があるのだろう。30キロ圏から1、2キロ離れている乳幼児をもつ母親も脱出した。30キロ圏外は保証がないとか嘆いていた。30キロ圏外でも田畑は耕せないということで被害を受けている。そもそも緊急避難準備地域というややこしい設定が疑問なのである。いつ緊急事態が発生するかわからないというけどそんなに今福島原発が危険な状態にあるのか?爆発する危険があるのか?爆発してからすでに3か月だっているしそれなりに改善している。それほどまだ危険なのだろうか?避難させるのなら避難させるべきだが緊急避難準備地域という設定が不自然なのである。ここに住んでいいのか悪いのかもわからない、ただ病院やら学校やらが正常化しない、入院も制限されている。それも緊急避難準備地域に政府で指定したからでありその意図がわからないことを書いた。それは30キロ圏内をチェルノブリのように将来的には立入禁止区域にするためではないか?緊急避難準備地域にしていれば住みにくくなり自発的に住まなくなり保証しなくてもいいとなる。郡山市や福島市は南相馬市より放射線量が高いのに避難区域にしないのは政治的判断であり保証できないからだ。保証する範囲は20キロ圏内としてそこを核の処理場とする。飯館村にもそういう計画があった。そういう政府の画策があり緊急避難準備地域というあいまいなわかりにく設定となった。


南相馬市の八木沢から下った地蔵木では雨樋から114マイクロシ-ベルの放射線量が出たのは嘘ではない、雨樋を計ると10倍くらい高くなっている所が他でもあった。側溝でもそうである。雨で流れた放射性物質が側溝にたまっていた。それがさらに泥とか一緒になり汚泥となり下水処理場に流れた。森とかは葉につきやすく放射性物質がたまりやすい。放射性物質は消しようがない、循環している。元素として30年とか消えず循環している。この辺りで井戸水とか利用しているとストロンチウムがこれだけ出たら危険にならないか?水道水でも井戸水でも水の放射線の情報はあまりない、調べられていないのか?水は毎日飲むものだから不安になる。
地蔵木辺りの川の山女を調べたら放射性物質はどうなっているのか、ヤマメはとっても食べられないのだろう。あの辺の水は澄んでいたけど今も水は汚れていないけど放射性物質に汚された。


水もそうだが土にたまったら消えないから土から取り去るのは大変な作業になる。20年は人が住めないというのは浪江の赤字木(あこうぎ)辺りだとそういわれてもしかたないのだろう。でも他ではそうともいえない、放射線量は一マイクロシ-ベルトにも満たないとしたらその影響はどれだけあるのか?立入禁止区域でも南相馬市でも大半は一マイクロシ-ベルトにも満たない地域なのである。ただストロンチウムでも雨などで水に溶けて八木沢峠から橲原渓谷を流れて真野川に流れてくる。田の水を取水しているところもある。とすると危険になるのか、水に関してはあまり調べた報告もない、水を飲んだりすると内部被曝するから危険性が高まる。橲原でも子供がいるから避難したいという人がいた。結局その判断がわからないからむずかしいのだ。

そうして心配すればきりがなくなる。そしてあきらめるほかないとなる。50、60以上はそうなる。だからまだ千人近く飯館村には留まっている。でも生活しにくくなるからインフラも電気もとめられたりすると結局出ざるをえない、そして無人化するとそこは政府の思い通りになる。核の廃棄場として使用できるともなる。ただ保証の問題があるからそんなに住民を避難させてどうなるのかという問題がある。ただ保証にしても約束したわけではないし法律で決まっているわけでもない、非常事態だから平時とは違う。その責任もうやむやにさるかもしれない、

ともかく事態は日々変化している。ストロンチウムを計るのは時間がかかるからやっと出てきたのでありもっとこれからも出てくるのだろう。放射性物質の全容は誰もわからないのだ。素人なら余計に何を判断の基準としていいかわからないのだ。
posted by 老鶯 at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

アメリカのハリケ-ンでのカトリ-ナ被災と同じになる南相馬市 (30キロ圏内は人を住めなくさせるのが目的)


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アメリカのハリケ-ンでのカトリ-ナ被災と同じになる南相馬市
(30キロ圏内は人を住めなくさせるのが目的)

●政府は公的機関をつぶし住民を排除する


アメリカのカトリーナ被災でも同じで、際立って進められたのは徹底的な住民排除と公的機関の民間への売り飛ばしだった。救援隊を送らず、被災地を長期間放置したので、避難所の体育館に何体もの遺体が横たわっているテレビ映像は世界中を驚かせた。食料供給がないため避難民が店などを襲って略奪しはじめたところに軍隊を出動させ、反発する住民を撃ち殺した。その後、ほとんどの住民を州外に追い出し、黒人貧困層の多いニューオーリンズ市では、人口が被災前の約半分にまで減っている。


南相馬市でもこれとにたようなことが起こった。20キロ圏内は立入禁止区域にされ30キロ圏内は屋内退避にされ放射能を怖がった業者が物資を運ばなくなった。それで一時窮乏した。自分もなんとか地元から米をもらい食いつないだ。


救援隊を送らず、被災地を長期間放置したので、避難所の体育館に何体もの遺体が横たわっているテレビ映像は世界中を驚かせた


南相馬市で10人餓死したとか自殺した人が3人いたとか地元の国会議員が追求したのもそういう背景があったからだ。窮して南相馬市長がyoutubeで世界に訴えた。軍隊を主導させ反発する住民を撃ち殺した・・・・20キロ圏内の立入禁止は突然になされて住民は着の身着のままで追い出された。そして家に帰ることもできなくなった。警察官が入り政府が管理するようになった。同じ手法がとられている。その後、ほとんどの住民を州外に追い出し・・・正に20キロ圏内から南相馬市はそうなりつつあるのだ。住民追い出し政策がとられているのだ。公的機関も病院、学校なども30キロ圏内の南相馬市では使用禁止にされつつある。なんとか自力で病院を復興しようとしても県から通達で75日間しか入院してはいけない、病床は5つとか制限している。これも南相馬市の住民を追い出し作戦なのだ。放射線量もそれほど高くないのに何か理不尽であり急激すぎる。住民を説得することもしていない、強権発動であり政府の思いのままにされる。


●非常事態では考える余裕がないから政府にとっては好都合


大災害とか戦争とか大事件が起きたらそれをチャンスにして、人人が動揺している隙に、一気に政府、財界主導で市場原理改革をやるという手法だ。アメリカの新自由主義の旗手である経済学者ミルトン・フリードマンが提唱してきたものだ。1973年のチリのクーデター、2003年のアメリカによるイラク侵攻、2004年のスマトラ沖地震、2005年のアメリカ本土を襲った大型ハリケーン・カトリーナなど、世界各地の災害対応で実際におこなわれてきた。その乱暴さから「ショック・ドクトリン」ともいわれる。

人々が動揺しているときに一気に政府財界指導で主導権を握ってしまう。その時住民は動揺しているし抵抗できない、放射線が危ないから逃げるほかないですよと言われれば従わざるを得ない、もちろんそういう危機的状態になったことは確かである。しかしその後の対応を見ていると不自然なのである。海側は放射線量はすぐに低くなって飯館村のように山側と違いたいして問題にする必要はないものだった。だか異常に危険な地帯として外部にものものしい防護服を着させてみせつけるそこは一マイクロシ-ベルトにもなっていなかったのである。20キロ圏内を特別危険地帯とするために意図的に政府で芝居をしたともとれる。あんなものものしい格好する必要はなかったのだ。浪江の山中の赤字木(あこうぎ)ならわかる。でも浪江の街中でも2マイクロシ-ベルトとか海側で一マイクロシ-ベルトの所もあった。地理を知らない外部の人は浪江は高いなと思うからその20キロ圏内の浪江に入っているからあんなものものしい防護服を来て入るのだろうと納得する。20キロ圏内は特別危険なのだと印象づける。しかし外部の人でも見ている人は見ている。憲法違反だという人もいる。



原町区に運よく見付かった物件だったのに、30キロ圏内の緊急時避難準備区域内と言うだけで家賃援助もないのです。
30キロ圏外だから、放射線は大丈夫と言われ実際は危険だったり、
30キロ圏内だから、家賃補助は出来ませんと言われる・・・

http://fisco-tyokusenn1500.seesaa.net/archives/201103-1.html


原町区に運よく見付かった物件だったのに、30キロ圏内の緊急時避難準備区域内と言うだけで家賃援助もないのです。 これも南相馬市に人を住まわせたくないから政府で援助しない、政府の意図でそうなっている。いつまで経っても、なぜ同心円にこだわるのでしょう?・・・・こう疑問に思うのは当然である。この人は最近飯館で農業するために移住した人である。南相馬市は崩壊しているのではない、政府によって崩壊させられつつあるのだ。鉄砲で住民が撃たれるまではないにしろ強制退去はそれとにている。民主主義の世界だったら議論したり討議したりいろいろ手続きがあって成されることになる。でもそういう余裕がない、非常事態だから政府の一方的命令が容易に通ってしまうのである。お前たちここにいたら死ぬぞ、早く出ろとなる。それに抵抗することはできない、最後まで双葉町に残った老人がいた。でも電気は断たれる水道も使えないとかなり暮らしていけなくなる。住めなくさせるのだ。あとでもうここは20十年住めなくなると管首相が言ったというとき本音が出た。20年も住めなくさせるというのが本音だった。そしてそこを核の処理場として永久的に政府が管理して利用することである。それが目的でそういうことを言ったのである。


●30キロ圏内は人を住めなくさせるのが国策


30キロ圏内は人を住めなくさせる、人が住んでない方が政府にとって好都合だから政府では住めないように画策している。そうみるとなるほどとその謎が溶解するように理解できるのだ。
これは南相馬市だけではない、宮城県でも三陸でも政府指導が発揮しやすい状態にあり、うちひしがれている住民だから抵抗もない、政府や財界やアメリカ主導にもっていきやすいのである。土地でも漁業権でもとりあげやすい、そうするとどうなるのか、原子力発電所などはさらに建てやすくなるのだ。反対する住民がいなくなるからである。政府はアメリカ主導のもとに原子力発電をやめるとは限らない、外堀が覚めたころにまた原子力発電をはじめるかもしれない、現実に地元にしてもやめられたら困るとなっているからだ。また原子力発電に国民すべてが反対というわけではないからだ。犠牲になる人たちとならない人たちの差もでてくる。犠牲にならない人たちは他人事になる。自分も広島とかの原爆は長崎は他人事だった。今になると浜通りは原爆の被害者と同じになりつつあるのだ。あの悲惨な状態からも放射能をあびつつも復興したように浜通りも飯館村も実際は復興できる。でもそうさせないようにしているのが政府主導の国策だというのはあながち偏った見方ではない、当事者になったときそういうことかと納得することが多いからだ。


予測されたルイジアナ洪水のための堤防強化の資金をカットした。被災者は全米に棄民され今も復興していない。黒人とともにヒスパニックも棄民されている。いい就職先は軍しかない。三章は医療保険がなく、高額な医療費で破産していく中間層が貧困層に転落して行く実態である-堤未果「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書、2008年)。


これからも浜通りは就職先は原発しかない、農業すら土地を放棄させられている。放射能汚染が低くてもである。黒人とともにヒスパニックも棄民されている・・・棄民化させられている。
仮設住宅にしても玄関まで必要なかと疑問に思ったがそれも大資本の会社を潤す公共事業である。


仮設住宅は無駄だ
http://d.hatena.ne.jp/manybook/20110423/1303528524


こういう様々な問題が今回の津波や原発事故にはある。つまり緊急なことだから人々はじっくり考える余裕もない、だからこれは何だろうとか思っているうちにあれよあれよという間に悪条件を受け入れ成すがままになっている。仮設住宅がいらないというのではなく、別な地元の人の意向にそった金の使い方があるのだがそれがうちひしがれているから考えることもできないのである。それで政府や利権をねらう大企業やアメリカの思う壺になってしまっている。非常事態では考える余裕がない、混乱状態のなかで黒人とともにヒスパニックも棄民されているという状態になる。30キロ圏内や南相馬市はそうなっているのだ。

参考にしたプログ(他にも同じようなことを言う人は多くいた)
http://lemon69.cocolog-nifty.com/kurobune/2011/06/post-a6b8.html

posted by 老鶯 at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連