2011年06月01日

JRの代行バスで仙台まで行く(浜吉田駅まで津波が来ていた)


仙台まで行く(浜吉田駅まで津波が来ていた)

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向こうに見えるのは磯部の海である。かなりの段差があることがわかる。津波で土地の高低がはっきりしたし地盤沈下もしたので水がたまりやすくなっている。


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山下駅から海までは壊滅していた。六号線まで津波がおしよせた。山下町の被害は大きかった。この津波の被害は写真だけではテレビの映像だけでも実感としてわかりにくい。物見遊山で行くのもなんだが実感として知るには現場をじかに見ないとわからない、そして津波の被害にあった人に直接話を聞くとさらに実感する。テレビで見るより生々しくなるのだ。そうすると本当に共感することができる。ただそういうところにはボランティアなどしないと行けない、ボランティアは無駄ではない、ガレキをかたづけ泥をかき分けてみると被害にあった人たちと共感できるのだ。ただ写真だけをとりに行くようだと嫌がられるかもしれない、ただ実感したいなら現場に行かないかぎり本当の共感は生まれないだろう。宮城県でも海岸沿いが実際に行っているからどうなったのか知りたいのでまた行ってみよう。

 


今日仙台に行ってきた。相馬の道の駅があるところから磯部の方を見ると嵐で大雨になった水がたまって津波きて水に満たされた同じ状態になっている。そして六号線からみると磯部に近い方はかなり低い。地盤沈下してさらに低くなったのかもしれない、それであんなに湖のように水がたまってしまった。おそらく海の潮水が入り雨水がたまり淡水湖のようになる。それは北海道に多い。海の近くの湖は淡水湖になりやすいのは潮水に雨水がたまるからである。どうして湖ができたのか原初の状態が再現されたから不思議である。今回の津波はいろいろ興味深いことが解明された。次のサイトが面白い。

先人たちは、津波をよけて街道・宿場町を作った
http://tokyotimetravel.wordpress.com/2011/04/24/
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本当に意外と相馬から亘理から岩沼とかまで津波は奥深く押し寄せていた。そして昔の宿場となっているところまでは津波は来ていない、昔の街道には津波は来ていない、相馬から原町宿までもなぜ鹿島の一石坂のような急峻な坂を上る街道になったのかわかりにくい。でもあの坂を上らないで山裾を回った所は津波が来ていたのである。不思議に津波をさけたような山裾の道を旧街道になっていた。浜街道は六号線のように津波が来るような道を通っていなことは確かである。

新地駅-坂本駅-山下駅-浜吉田駅まで津波がおしよせてきたし亘理でも駅近くまでおしよせた。あの辺は海が見えないので海を意識していなかったが近かったのである。浜吉田も浜とついているから近かった。あの駅まで津波が押し寄せた。


壊滅した線区では駅舎はもとより路盤から築く必要があるので、新線を敷設する
のと同じくらいの規模の工事になります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1058670280


常磐線は当分開通しない、それも何年とかなると長い。代行バスが出るようになった。亘理まで30分間隔とかで出ているから便利である。切符も相馬から千円にもならず仙台まで行けるから仙台までの足は確保できた。ただ原町から鹿島の便は少ない、それから快速でないと昔の駅の所に停まるので時間がかかる。快速だと亘理まで50分でありすぐに亘理駅から仙台まげ行けるから便利である。だから仙台に行くのそれほど不便を感じないだろう。
当分はバスの利用であり本当に開通はいつになるのか?その先は長くなるし開通するのかどうかすらわからなくなっている。

posted by 老鶯 at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層