2011年06月22日

津波、原発事故は天罰だった? (漁業権者の責任は重かった)


津波、原発事故は天罰だった?
(漁業権者の責任は重かった)


漁師は何かあればすぐに漁業補償と言ってくる
海がいつから漁師の物になったんだ?
漁師が海をつくったのか?
漁師にもっと厳しい行政になってもらいたい


漁協組合員一人一人の原発に対する賛否の意志はもちろん、家族構成から、姻戚関係、影響力のある知人や友人まで、
プライバシーを細部にわたって調べあげ、「どうすれば、その組合員を原発賛成派として説得できるか」まで結論づける激しいものであった。
http://simanto114.blog116.fc2.com/blog-entry-520.html

 


原発がどうして作られたのか?それは非常に狭い範囲で決められていた。原発利権者同士の権利で決められていた。原発を建てる場所の地権者と漁業権者が実際の権利者だった。それに県知事の許可があればできる。でも逆に漁業権者が反対すれば原発は建てられないともなっていた。だから漁業権者の責任は重いものだった。そしてそんな狭い範囲で原発が建てられることが今回のような事故につながっていた。福島県の漁業は盛んではない、まず三陸のような入江が少ないから港になりにくいのだ。小名浜が一番大きな港だった。小名浜は常磐炭田の石炭の積み出し港から大きくなった。漁業はそれほど大きなものではない、この辺が三陸と事情が違っている。双葉町の海岸が塩田であったし松川浦もそうだった。漁業より塩田として活用されていた。その塩を東京に売っていたのである。森林資源に地方が活用された歴史がある。いたるところにある森林鉄道がそうである。浪江でも葛尾(かつろう)村まで通っていたことに驚く。かなり急峻な坂がつづくからである。

なぜこの漁業権について考えるようになったかというと今になると盛んに外部から東電から福島県は多額の金をもらっていただろうと批判されるからだ。では具体的に東電の金はどのうように流れたのか?そういうことはその金に直接関わらない人はわからない、直接交渉でかかわるのは地権者と漁業権を持っている人なのである。そこがまず買収されて突破口が開かれる。

漁業権が財産権であり国でも東電でも簡単に奪うことができない、ここで反対されると東電でもあきらめることになる。でも福島県の浜通りは漁業がそれほど盛んではない、むしろ農家が多い。でもその少数者が権利を持っていたのである。それで双葉だけではない、請戸は金持ちが多かったというとき漁業権をもっていて東電から補償金をもらっていたことはまちがいない、浪江は東電から何ももらっていないというが漁業権をもっていた人には金が回っていた。だから病院にいた磯部の人が磯部には立派な家が建っていた。原発でもらった金で建てたと言っていた。30キロ圏外でもそういうことがあった。すると松川浦の漁港でももらっていた。もちろん今回の事故で漁業の補償がある。海で魚をとっても売れなくなくなったからだ。


ただ市町村全体が恩恵を請けたのは10キロ圏内である。その他はあまり恩恵を受けていない、ただそんな狭い範囲で原発が建てられる法律があるということ自体とんでもないということに気づいた。隣接県でも原発を建てるには許可が得るとか主張するようになったのもそのためである。一旦事故になったらその被害は広範囲なのである。へたをすると国を亡ぼすほどの危険なものだったのである。今は地位とか名誉とかは重んじられない、金を多くとるものが偉いのである。金で人も会社も報道も国さえ買える。何故なら一体今や国とは会社であり国より大きな存在となっている。

東電>国家になっていた。トヨタもすでに国家より大きな存在である。国家の拠り所は会社になっている。天皇すら東電の株主になっていたし東電は国家より大きな存在である。国家は会社を規制できない、会社が国家を規制している。それだけの権力をもっている。そして司法は必ず権力側につくというとき国策を推進する側につく、それだけ会社の力が大きくなりすぎたのである。会社が巨大化するまえからその危険性は指摘され法律で会社の巨大化を防ぐことがなされていた。でもグロ-バル化社会とは巨大化した会社優先の世界にしたことである。だから常にアメリカのロスチャイルドやロックフィラ-の意のままにアメリカは動く、原発が売り込まれたのもアメリカのそうした財閥の意向だったと陰謀説では必ず言われているのだ。会社の権限は大きくなりすぎてもはや規制できない、国も会社にのっとられた。


全国すべての選挙区の議員(政治家)たちを各選挙区で、実質的に選出する決定権限を持っており、その若い政治家たちが大臣になっていくことまでも左右する。さらには、市長や県知事などを差配(さはい)することなどはもっと当たり前のことである。
http://d.hatena.ne.jp/longtonelongtone/20110505/1304554653


国の力が大きいようでも今や違っている。会社が国となっている。そしたら巨大会社に逆らうことはできない、検察も軍部も会社のために動くのである。現実強制執行されるときはそうなる。
原発に反対しても最期は検察の命令で警察が強制執行するのである。ただその最前線は漁業権者にあった。でも簡単にその漁業権を東電に売り渡したことは否めない、さほどの抵抗はないし金をもらった方がいいとなった。結局今回の原発事故は様々な問題を浮き彫りにした。
漁業している人でもあなたたちは本当に海の恵みで暮らしていて海を大事にしていましたか?

農民は大地から実りを与えているのに本当に大地に感謝していましたか?それは別に漁業者や農民だけではない、国自体がそうした自然の恵みに感謝していましたか?むしろ電気の方が車の方が文明の便利な道具の方が大事で価値あるものとしていませんでしたか?そういうことが問われてもいたのである。江戸時代まで9割が第一次産業だからそんことはなかった。それが一割のみが第一次産業の従事者になったとき社会は余りにも変わりすぎたのである。
だからはこれは天罰だというのも一がいに否定できない、漁業権者は簡単に金のために大事な漁場を東電に売り渡した。農家もまた常に金にならないという不満だらけだった。なぜ金にならないのだばかりしかない、大地や神に感謝している人など一人もいない、絶えず金のことで不満だけなのである。そういうことに自然が怒ったのかもしれない、東電から金をもらっていた直接の利権者は漁業権者は天罰だったということを言われてもしょうがない面はあった。それは自分だけけが言っていることではない、磯部に住んでいた人も天罰だったと言っている。

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2011年06月23日

南相馬市原町区大原はなぜ放射線量が高い?


南相馬市原町区大原がなぜ放射線量が高い?


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3カ月間と一年の放射線量が図のようになっている。大原がなぜこれほど高いのか?大原でも八木沢に近い地蔵木は一番高い。そこで雨樋を計ったら113マイクロシ-ベルトあった。それはおそらく本当だろう。それだけこの辺は危険地帯になった。ストロンチウムも発見されたということでさらに危険になった。これも風が影響したのだろう。八木沢峠から北風が吹いて大原地域と橲原渓谷を通りぬけて橲原村に放射性物質が流れた。なぜ大原がそれほど高いのか、八木沢の麓の地域は飯館に近いし風が吹き下ろす真下にあった。それから平らな大原地域まで風通しが良かったのである。地形が影響したのである。そこからさらに台畑が高くなったのも地形の影響である。風がここまで運んだ。運びやすい地形になっていたのだ。信田沢も半分くらいに低下するが高い。この辺が高くなったのは風が運びやすい地形だったからである。

八木沢の麓の地蔵木から吹き下ろした風は橲原渓谷へも吹いた。それは大原より多少低いのは橲原渓谷はうねり曲がっていてそれなりに距離があった。一方で地蔵木から坂を越えて大原の前田の方に吹く風は通りやすかった。それが台畑まで風で放射性物質が運ばれた原因だった。

栃窪が低いのは大倉へは結構山で阻まれた。飯館の草野から八木沢へ出る坂道はそれほど高くない、吹き抜けやすい、大倉へは多少高くなって障害となったかもしれない、確かに風の影響が放射性物質の拡散には相当影響したのだ。

山側に近いほど放射線量は高くなる。鹿島区の西町では六号線の西側では1マイクロシ-ベルトだが六号線の海側になる鹿島小学校では0・5である。半分に減っているのだ。海側になるほどどこでも放射線量は減っている。鹿島中学校は鹿島小学校よりは倍は高いことは間違いないだろう。


伊達市でも小国が高いのはこれも地形だった。ちょうど山を下ると山に囲まれた平らな小盆地になっていた。小国というときそうした山間の小さな小盆地になっているような地形である。だから小国という地名は全国的に多い。あういう所に放射性物質はたまりやすい。それは福島市は大盆地だけどやはり盆地ということで放射性物質がたまったのである。

この図で見るとやはり年間で10ミリシ-ベルと以上になると危険が相当に増してくる。そこは避難地域になっている。10ミリシ-ベルが目安になるのか、5ミリシ-ベル地帯も相当にでている。
伊達の霊山地域は10ミリシ-ベルト以上になっているから避難した。


ともかく大原地域が高いことは意外だった。あそこの農家の人とは病院で知り合った人がいた。でも大病しているのだから5町の田などもうつづけることができなかった。だからかえって東電に補償してもらった方が得だったともなる。息子は市内に住んでいるのだから移り安いということもある。大原地域の山側は避難して人がいなくなってゆく。橲原でも避難した人がいた。子供がいる家は自主避難もしている。

 

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今回のことで火事場泥棒もでてきたし弱者を食い物にするものもでてくる。戦国時代みたくなる面もあるのだ。いい面としては協力することもあり悪い面では人間の醜さが露骨に現れるのもこうした混乱して無秩序になると時である。人間が野獣化する。人間はそうした恐ろしい側面をもっているのだ。食うか食われるかが戦国時代だったから油断も隙もない、下克上でもある。
そうして犠牲になる人もいる。三陸では津波の被害で身売りした女性もいたとか過去にあった。そういうこともすでに起こっているからやはり同じようなことか大災害では起きてくる。


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介護されているような人が避難したら死ぬ率は非常に高くなる。実際に自分も親を介護しているがここを出なければならないと言った時体がふるえていた。そのまま避難していたら確実に死んだ。放射能被害でもチェルノブエリでは老人で避難した人はかえって死んだり寿命を縮めたのである。だから老人は移動しない方がいいのだがインフラがたたれるといられなくなる。老人にとっては過酷である。弱者はこういうとき苦しい、病人もいるしそういう人はやはり死んでいった。30キロ圏外であり避難しなかったから命が伸びたとも言える。


 

posted by 老鶯 at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

夏雲雀(放射能汚染で水田がない自然)


 

夏雲雀(放射能汚染で水田がない自然)

夏の蝶飛ぶも線路に電車来ぬ


雨ぬれて夕べしきりに夏雲雀


今日もまた夕べ雲雀の鳴きにつつここにとどまる我が老いぬれば


紫の菖蒲を見しあと鮮やかに黄色の菖蒲夕べ見るかな

 


北海道から九州にかけての広い範囲の、草丈の低い草原や牧草地、河川敷で多く繁殖している野鳥です。ひらけた草原や川原、そして麦畑などに巣を作り、


田がないとか畑も耕されないとかこの風景は何だろうと思う。殺伐としているといえばそうなる。電車もすでに3か月来ない、線路にそって夏の蝶が飛ぶ、その線路は電車が通って活きていたものだっ。ただ北海道のように廃線にならないだろう。六号線の西側に迂回した路線を作る計画がある。それも数年かかる。するとこれから電車が来ない日がつづくのだ。田んぼないから白鷺も来ない、青鷺は河原にみかける。青鷺は川や沼の魚を餌にしているのだろうか。白鷺は田んぼの蛙などを餌にしている。青鷺は見かけるが白鷺は見かけない、生態系の変化のためだろう。田んぼがなくても雲雀は鳴いている。雲雀はそもそも水田とは会わないものだった。
白鷺はぴったりとあっている。雲雀は広々とした草原にあっている。北海道のような風景にあっている。そういう広々としたところで鳴き声がひびきわたる。水田がない草原になっても雲雀にとっては住みやすい場所になる。水田の蛙などを餌にしていないからだ。


食性は植物食傾向の強い雑食で、主に種子を食べるが昆虫、クモなどを食べる 地表を徘徊しながら採食を行う

雲雀の餌は燕とにている。水田とは関係していないのだ。もし雲雀の声も聞こえなかったら淋しいだろう。水田は第二の人間が作った自然である。縄文時代は水田はなかった。原っぱはあったから雲雀も鳴いていた。不思議なのは蝶は草むらを飛んでいる。その草むらは放射線量が高い。そしたら遺伝情報のDNAに影響して奇形が生まれたりするのだろうか?草むらは放射線量が高いからかなりの放射線をあびる。飯館辺りだとさらに10倍もの放射線量をあびる。その結果はどうなるのだろうか?津島で耳のない兎が話題になったが今の時期にそうした奇形は現れない。もっとあとからだろう。ただ明かに動物や昆虫に影響する。動物は放射線ををあびやすい所に生息しているのが多いからだ。そんなこと考えもしなかんたけどまず異常な世界である。


菖蒲だたらこれも梅雨の季節にあう、雨がしとしとふるときにあう、でも自然の文目は乾燥地帯に咲いている。土手辺りに咲いていた。菖蒲(しょうぶ)は水にあう花である。日本は湿地帯が多いから菖蒲があうのだ。湿地帯だから地盤が軟弱であり地震で液状化になった。
土を切って平らにしたところは液状化しなかったが盛り土した所は液状化した。土を切り取ったところは下の土が自然のままで残っていた。盛り土は元の自然の状態の土ではなかった。そういうのが液状化してしまった。何でも自然を人工化するときやはり危険なものになってゆく。それは津波で破壊された。


人間の生活は余りにも人工化してしまったのである。自然がないとき人間にも生きる喜びは湧いてこない、自然から余りにも離れた結果、自
然の大きさも自覚できなくなった。それが今回の津波で自然がいかに大きなものか自覚させられた。文明など簡単に亡ぼせる威力を自然は持っている。まさに「想定外」の力を秘めていたのが自然だった。それは神の力にも通じていたのだ。自然に逆らうものは自然に復讐される。それが津波でもあった。ともかく俳句でも自然がなければ普通は作れないだろう。もちろん都会に住んでもいい俳句を作っている人はいる。でも俳句でも短歌でも詩でもいいものは作れないだろう。自然を深く知らないものは自然と一体化しないものは詩は作れないだろう。詩にもいろいろあるが荘厳な自然を背景とした詩は作れない。自然から霊感を受けなければいい詩は書けるはずがないのだ。そうするとどうしても長く田舎に住まないと自然に通じることはできない、その地元が放射能汚染になったからショックだった。でも見た限り木が枯れたり花が咲かなくなったり蝶が飛ばなくなったりしないからあまり自然が破壊された感じないのだ。広島や長崎の原爆はあまりにも凄まじいからその恐ろしさが焼き付けられた。しかし今回の放射能汚染はそういう自然も人工物も破滅させたようなものを感じないから放射能の恐ろしさを本当に知ったとは言えないのである。それが何十年後に現れるとなるがその頃死んでいるからまたわからないとなる。

2011年06月24日

真野川のアユの放射能 (鹿島区西町は放射線量が高い)


真野川のアユの放射能
(鹿島区西町は放射線量が高い)

アユの放射能(一キロあたり)


夏井川(いわき)-620ベクレル

鮫川(いわき市)-2900ベクレル


真野川(南相馬市)-2900ベクレル

真野川河口の泥一キロあたりセシウム137が7800ベクレル


淡水魚がセシウムなど吸収しやすいという。いわき市も南相馬市の真野川も高い。セシウムは水にとけるが土とか泥に付着しやすい、だから粘土のようなところに付着するとなかなか水と一緒には流れない、流れるとしたら土と泥と一緒になって流れる。それで真野川河口にはそのセシウムが付着してたまった泥から普通より高い放射性物質が発見される。下水の汚泥でもそうだった。純粋に水に溶けては流れにくい、水にとけて流れだすなら真野川の真野ダムは相馬市が水道水としているから危険になる。南相馬市の水道水は全部地下水だからまだ安全である。地下水は深いし放射性物質はそこまでまだ浸透しない、その前に粘土などに付着して堆積している。水にとけて流れだして海に流れれば山に堆積したセシウムなどは減るからかえっていい。それがないから長く放射線を出し続ける、除染できないとなる。


チェルノブエリ近辺では今でも年間5ミリシ-ベルトで立入禁止


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鹿島区の西町が1・5であった。3か月の平均であり一年に換算すると4・9ミリシ-ベルトであり5ミリにはなっていないが危険地帯となっている。チェルノブエリで5ミリシ-ベルトで立入禁止というのは福島より相当に厳しい。日本はやはり人口が稠密だから避難させることができない、郡山市と福島市は南相馬市より高くても避難させないし避難地域にも指定されないのは科学的なものではなく政治的に補償できないからである。

鹿島区お西町が高いのはなぜだろう。寺内が1・2でねんでは3・6ミリシ-ベルトなのである。栃窪は5ミリ以上だからやはり危険なのか?
西町は橲原とか山の方から吹いてきた風が影響して高くなったとも思えない、これは爆発したとき一時20マイクロシ−ベルに南相馬市がなった。その辺の影響でホットスポットができたのかもしれない、今鹿島小学校は0・5マイクロシ-ベルとであり西町から離れて海側になるとまた低くなるのだ。だから鹿島中学校や保育所がある西町は注意が必要だとなる。なぜなら放射能は
胎児>妊婦>児童>成人女性>男性>老人の順に影響するからである。それは科学的に証明されている。胎児とか児童になると何倍もの影響があるから子供がある家は避難しているのが多い。

六号線の千倉体育館のある元の校庭の仮設住宅に10所帯くらい入居



やっと仮設住宅に入ってきた犬をかかえた老人や車もっている人が多い。どこから来たのか、小高だと津波の被害はないから車はもっている。小高は立入禁止区域になったから避難している人が一万以上になるから多い。車をもっているとそうかもしれない、あそこで暮らしがはじまる。何か急ににぎやかな感じになるのも不思議である。

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原町デイサ-ビスの車
介護するとなるとここでは大変になるか
部屋が二つしかないから
そもそも介護している家で被害にあったら大変


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この鴨は水田に放たれていた鴨だ、右田の松原にも近い所だった
水田のなかに食べるものがあった、水田の雑草を食べていた
稲は食べないから飼われていた
この鴨は津波にも生き残った
水には強いから生き残れたのかもしれない
いかにも水田がないな,探し回っている
水田がないと生きられない動物は鷺もいるし他にもいる

posted by 老鶯 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

簡単な掲示板を作りました



簡単な掲示板を作りました


相馬郷土史研究の互いの研鑽や津波の被害や原発事故についての
情報の提供交換に利用してください


何かサポ-トなどできればしたいと思います

不都合があればすぐに消しますのでよろしく

ここです
http://bbs.jp-net.ne.jp/01/01/soma.html

posted by 老鶯 at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2011年06月25日

仮設住宅入居優先順位

 
原発から北へ15キロの南相馬市の沖合い3キロの海で、プルトニウムが検出されました
松川浦ではいつ漁が開始されるのか?避難した人で再開しようとするやる気のある人はいた。原釜の人だった。ただとっても放射能で売れないから困る。5年位したら放射能が薄まると東電で発表した。その頃は正常化するのか、それまでも待っているから魚はとって売られる。結局放射能に余りにも神経質になるのも問題である。原発を作ったのは全国民の意向が反映したものだというとき多少の放射能汚染されたものを食べることはもう運命というほかない、自分だけは食いたくないという人は外国に逃げるほかないのだ。福島県だけが汚染されたから福島県を差別しているがこれも間違っている。原発は事故になれば必然的に全国に影響する。今は福島県でも次はどこかの県がなり全国に影響するのだ。だから多少の放射能汚染した食物を全国一様に食べざるを得ない、それが原発を作った国の運命でありその運命を共有せねばならない、犠牲を福島県だけにおしつけるのはずるいのである。これは全国民の問題であり責任だったのである。


仮設住宅入居優先順位


東日本大震災の影響により、自宅が全壊、全焼、流出してしまった世帯、および福島第1原子力発電所の事故による警戒区域、計画的避難区域に居住地がある世帯で、自らの資力により住家の確保が困難な世帯等となります。 


優先世帯(次のいずれか)に該当する世帯

 ・乳幼児(3歳未満)のいる世帯
 ・妊婦のいる世帯
 ・3歳以上15歳未満の児童が3人以上いる世帯
 ・高齢者(75歳以上)のいる世帯
 ・重度の障がい者のいる世帯


東日本大震災の影響により、自宅が全壊、全焼、流出してしまった世帯


半壊ではない全壊の人しか津浪の被害者は入れない?半壊の人が入れないのは厳しい。
半壊の家が多いからだ。半壊でも住めない人がかなりいるだろう。その間仮設に入りたいという人もいる。


・高齢者(75歳以上)のいる世帯
・重度の障がい者のいる世帯


原発関係では子供のいる所帯とか老人とか障害者が優先される。千倉体育館の校庭には中学生の女の子とかいたし車椅子の人を原町のデイケアセンタの車が迎えに来ていた。ハッピ-ケア-では自分も介護士用品を注文したことがある。原町区の人がここにも入っている。原発関係の小高の人はまだ入っていないのか?橲原の人が仮設に入りたいというのもわかる。
子供とかいるとみんな避難するようになるからだ。鹿島区には10カ所くらい仮設建ったのか、今三カ所はわかっている。桜平山と西町と六号線の千倉である。西町が一番戸数が多い。でもここは1・5マイクロシ-ベルとあり4・8ミリシ-ベルトに一年ではなる。あそこに保育所があるが問題ないのか?子供を仮設に入って大丈夫なのか?きめこまかな対応が必要になってくる。


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千倉の体育館の前

きめこまかなというとき今回の放射能問題は放射線量が狭い範囲で違っている。浪江の請戸でも原発の見える所でも0・2とかで低い、海側は海に放射性物質が流れたので低い。小高区などでも放射線量が低いから立入禁止区域の解除してくれという要求を出したのは当然だった。山側は高くても海側はみんな低いのである。だから津浪の被害にあった海側になぜものものしい防護服で警察などが死体を探したのか?そこが疑問である。政府にすると20キロ圏内と区切ると管理しやすいというだけなのか?それでは住民は困る。原町区の緊急避難準備地域の指定は本当に変だ。仕事がなくなり人が流出してゆく。鹿島区に人が集ることで鹿島は土地の値段とか空家の値段が上がった。30キロ圏内は下がった。そういう価値の変動も起きている。


廃業する人が増えた


橲原の風穴の湯はボイラ-が地震で破壊して廃業した。自分も温水器の配管が壊れて三週間風呂に入れなかったのは苦しかった。近くの整形の医院も廃業した。ここも高齢化が一因である。家族が東京なので帰ってこない。広い屋敷が残っている。新しく建てた診療所も残っている。鹿島区では他にも廃業している所がある。一般的に漁業でも三陸の方でも高齢化が廃業の大きな原因である。
原町区の大原の農家の人も大病して80にもなったら5町ある田をつづけることはできない、原発の補償があるとしたら補償して避難した方が楽である。ただまだ橲原でも勧奨地点として指定されても政府から避難地区に指定されないと仮設に入りたくても入れないということがある。そういう要望が大原や橲原地区で出ている。


今回の放射能問題など身近に起こったことはやはり身近に住む人のきめこまかな対応が望まれた。だからニュ-スも報道も地元のきめこまやかな報道が望まれたのである。例えばそれは福島県だけでもむずかしい。福島県となるとやはり広いからだ。元の相馬藩内でのきめこまやかな報道が必要とされたのである。その点相馬郷土史研究の範囲内ということで自分のプログも参考になった。昨日のNHKでも放送していたがおそらく磯部の人だろう。60才の人が孫も妻も失い一人になって避難所に取り残されたのは悲惨だし子供だけ残して家族が全部死んだとか悲惨である。ただ写真だけを見て思い出している。

 
 
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2011年06月27日

原発事故の情報の混乱 (5ミリシ-ベルトで立入禁止区域ではなかった)

 

原発事故の情報の混乱
5ミリシ-ベルトで立入禁止区域ではなかった
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週刊誌でチェルノブエリでは5ミリシ-ベルトで立入禁止区域だと書いてあったので驚いた。日本の放射線の管理は甘い、低く見積もられているというときそうかなと思った。週刊誌とかでも一般的に市販され活字になっているのは信用しやすいのである。今までのメデアの方が人は信じやすい、なぜならそもそも情報はそうしたマスメデアによって独占されていたからである。
テレビとか雑誌でも本でも一個人などだせるわけがないから情報はそういうマスメデアに頼っていたのが実情でありそれ以外知りようがないということでマスメデアが力をもった。その結果としてマスメデアも加担して原発の「安全神話」が作り上げられた。マスメデアは今はみんな原発を批判しているけど今まで原発が危ないなど批判したテレビや記事があったかというとないことでもわかる。新聞でもそうである。危険情報が全然知らされない、それを知らせるのがメデアの役割だった。でも全然なかったのは東電は宣伝費に莫大な金を使っている。おそらくどんな小さな地方誌にも金は多少なりともながれていたのである。マスメデアはそもそも金がかかるから宣伝費をもらわなければ成り立たない、会社の宣伝部隊でもある。とても公平なニュ-スを流すことはできない、それぞれ私的営利会社だから自分たちの利益にならないことは報道しない。

ただ以前として報道というとき今までのメデアを信用しやすいのである。インタ-ネットの情報を信じることはなかなかできない、そこでは無責任なデマが飛んだり何を信じていいかもわからないしあまりにも数が多いから選ぶのも大変だとなりどうしても緊急の場合はやはりマスメデアに頼っているのだ。それで最初はテレビばかり見ていた。そしたから放射能は害はない、健康にいとか言う学者がいた。これくらいの放射能そんなものかと自分も信じて平気で外を歩いていたのである。放射能のことを全然知らなかったからである。

ふりかえると原発が爆発したとき東電の現場の社員も学者も何が起こったかわからなかった。

結局そのことにつきている。現場の人もわからないのだからもう終わりだと思った人もいたしも逃げるほかないと逃げた人もいた。残ったのは覚悟した50人だった。その時もどうなったのか誰もわからなかったのだ。だからこそ情報の混乱が起きたのである。バニック状態になったから誰も正確な判断などできなくなっていた。これは津浪でもそうである。パニックであり情報を適格に判断できる人はいない、時間もないから判断できない、とっさに判断するとなるともはや考える余裕もないのだから混乱する。結果として車の渋滞で死んだ人がかなりいた。日頃歩く生活をしていたら歩いて逃げようとするが車で生活していたら車で逃げようとする。でも狭い街中では車はかえって邪魔になっていたのである。便利なものはあるとき不便なものになる。車はガソリンがなくて使えなくなった。車は極めて便利なものだけど使えなくなった。ガソリンがないと全く使えない、そのガソリンが全く入らなかったのだ。

かえって電気はとまらなかったから電気自動車なら充電して使えたかもしれない、実際に自分は電動自転車だから相馬市まであとから買物にゆくことができて助かった。相馬市でも店を開いたのはかなりあとだったがもし電気がなくても自転車なら行けたのである。原発事故でも電源が停止して原子炉を冷やすことができない、さらに予備の電源もだめになったとかその予備の電源も使えないとか結局電気に頼る他ないからお手上げになった。電動自転車は電気がきれても自分の足でである程度走ることができる、人力で動かせるからいいのだ。今はそれほど重くなっていないから人力で走ることができる。それが原発ではできないから致命的になったのである。そういう盲点が常に便利な文明社会にあったことをみせつけられたのである。


ともかく5ミリシ-ベルトで立入禁止区域だと週刊誌に書いてあったときそきまま信じた。週刊誌では嘘はないだろうと思った。しかし5ミリでは低すぎると今までの情報から思っていた。チェルノブエリではずさんだったのにそんなに高い設定をしていたのかと疑問だった。5ミリで立入禁止区域になったらその範囲は郡山市とか福島市とか拡大しすぎる。あくまでも1・3から20ミリは
管理区域であり危険なのは立入禁止区域になるのは20ミリ以上であるからそれは全体的には飯館村とか南相馬市の八木沢峠の麓は20ミリシ-ベルト以上になっているから明かに立入禁止区域の設定になる。でも年間で20ミリ以下は橲原がそうだし立入禁止区域にはならない、
そして20ミリシ-ベルト以下では害はないという見方が多いが子供の場合はそうはならない、

結局その設定も根拠となるべきものがないから混乱しているのだ。そして放射線の問題はスポットで違っている。ホットスポットがありそこは異常に高かったりする。側溝とか水たまりとかたまりやすい場所がありそこを何十倍もの放射性物質がたまっていた。結局様々な情報に踊らされる。混乱しているとき何が真実かわかりにくくなる。週刊誌を信じて前に損したことがあった。円安になるからドルを買っておけと週刊誌に書いてあった。それを信じてドルを買っていて損した。急激な円高になったのである。こうした経済予測は週刊誌だろうが専門誌でもあてにならないのである。インタ-ネットとこれに関してほとんど同じである。

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人間は心理的に「危険」という表示があると身構える、安全とあれば安心する
しかし原発という危険という表示は見かけることはなかった。一部の人が言っていても
安全という表示があまりにも多く危険という表示はほとんど見かけない

マスメデアでも週刊誌でも「原発は危険だ」と大見出しで書いたこと見かけました?
ほとんどみかけませんよね、今だから盛んに危険だと言っている。

これは津浪でも同じですよね、そんな津浪来るわけがないとかとりあわないことがある

原発は危険だとかここは放射能危険地帯だとか表示してあると危険を感じる
明かに安全神話は人間の心理的影響も大きかった。原発が危険だという表示がどこにもなかったのである。

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2011年06月28日

薔薇(仮設住宅に増える人)


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風そよぎいつも見し薔薇今日散りぬ


夏の日や仮設住宅に洗濯物


道すがら夕べ明るし鮮やかに立葵咲きなお遠き道かな


細道に昼顔咲きてでで虫の歩みの遅き雨しととふる


庭の隅大文字草大なりと咲きしもひそか隠されにけり

相馬市の方に行ったら全身の筋肉痛になった。腹も痛くなった。そういうことがでてきたのはやはり老化だろう。かえって老人になると車が必要になってくる。障害者にとって便利なものがいいように老人は人にもよるが軽い障害者になることは確かなのだ。この5年間遠くへ旅したことはなかった。一回だけ三陸の方に一日泊まった旅があった。それで驚いたのは釜石の駅まで津浪が来ていたのだ。海の方に行かなかったがあそこまで来たのかと驚いた。今回の津浪ほど驚くことはなかった。


人間はなかなか気持ちよく死ねないのが困る。いつも見ていた家の薔薇は今日風に散っていた。人間も風に散るように死ねれば幸せである。人間は死ぬにも苦しみが大きすぎるのだ。もう生きているのも嫌だと言っても生かされる、病院は二日ひくらいならいいが一カ月もいたら牢獄である。それでもまだ軽い方だったから良かった。重傷だったら悲惨である。腎不全だった。
腎不全は結構危険なものであった。55才くらいの医者が腎不全になり腎臓移植を暴力団に頼み一千万だましとられたという事件があった。腎臓の移植は成功率が高い。その人は医者だったからそういうことには詳しい。外国でできないので日本でなんとかしようとして犯罪になった。

医者だって命は惜しいから生きるためなら金も払う。一方でクロ-ズアップ現代で放送していた。肝臓癌の人が治療費が払えないとか薬を飲まずにいて悪化して62才くらいで死んだ。何かそのことがいつまでも心に残っている。金あったらまだ生きられたのかと今は健康保険ももてない人も増えている。そういう時勢だからそんなことも起こりうる。テレビを見てかわいそうな人を見て感じるとき感じないときがある。その人のことはいつまでも感じていた。最近津浪とかでかわいそうな人が毎日出てくるとなんかそれが当たり前となるのか、あまりにも数が多いと一人一人をかわいそうだと同情しきれなくなる。ともかく病気になると病気に関心が向く。60代は病気の世代ともいわれる。さらに70代ならもとそうなる。病気のことを話すサロンみたくなっているのがこの世代だとなる。


仮設住宅に20所帯くらい入ってきたのか?数が増えている。洗濯物を干している。するとそこに生活の匂いがでてくる。体育館のよう避難所だとそうした生活の匂いみたいなものはなくなっていたうもしれない、雑居だからただ食って寝てが仕事になっていたかもしれない、仮設になるとそれなりに個々の生活が成される。たいがい車もっている人が多い。車もっているとやはり豊に思える。もちろん電気製品も中にはそろっている。だから昔の長屋とは大違いである。昔の長屋だったら米びつくらいしかないからである。それだけ現代は贅沢なのである。
千倉体育館の仮設住宅は木陰があるからあれだけでも自然がある。西町も近くが川だから自然はある。
仮設住宅は今本当に東北でいたるところに建っている。仙台の長町の駅前にも建っていた。
5000億円分の仮設住宅が建ったのだからそうなる。


目標とする8000戸に対し、入居を済ませたのは1431世帯にとどまり、市は正確な戸数を把握するとともに建設を急ぐ。
 1万8560戸の住宅が全壊した同市は、3月26日に募集を開始。
 http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20110627ddlk04040040000c.html


 1万8560戸の住宅が全壊した、この数は凄い、石巻は家が海岸沿いに密集していた。それでもあらためてこの数はどれだけすごいかわかる。本当にその場所に立ったら焼け野原である。この辺も大変だがその規模が違っている。こういうことはテレビの画面からでは実感できない、あの辺には何回か実際に行っているからその場に立ったらその凄まじい破壊に茫然とするだろう。

マスメデアは警鐘の役目を果たせなかった (原発事故を防げなかった原因の一つ)


マスメデアは警鐘の役目を果たせなかった
(原発事故を防げなかった原因の一つ)

ムラの仲間や子分であれば可愛がり助け合うが、ムラ以外の異質な人間はよそ者として排除する。政策とか、正義とか、公正さとか民主政治にとって大切な次元からの批判ではないということだ。
http://blog.livedoor.jp/man_ji/archives/51718980.html


日本人に民主主義が向いていないというとき、村単位の社会が基本になっていることがある。
社(やしろ)に合う範囲がまさに社会なのである。その反対が会社になっているのだ。民主主義が向いていないというときムラ社会を作ればそこに反対意見とかチェックする側がいなくなる。
原発も原発村となり政治家、官僚、学者、専門家、企業、マスメデア、地元・・・あらゆるものが強固な原子力ムラを形成した。その中でチェック機能があったのはマスメデアだがこれも全然機能しなかった。原子力ムラの一員となっていたからだ。佐藤栄佐久氏が原子力ムラのことを盛んに言っていた。この強固なムラには対抗できないとそして検察までこの原子力ムラの一員であり濡れ衣を着せられて逮捕された。だから


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ということがどこにもみかけない、週刊誌などはコンビニに置くだけで目立つ、それだけで宣伝効果があるのだ。でも「原発は危険だ」という表示は見かけなかった。原発反対は左翼的な少数派のものとして議論にものぼらなかった不幸がある。反原発になると左翼のレッテルを張られるからだ。つまり原発に関しては国民で議論することなどなかった。議論すること自体タブ-になっていた。マスメデアの役目とか使命感は何かというと警鐘を鳴らすことである。危険なものがあれば危険だと警鐘を鳴らすことである。マスメデアで「原発は危険だ」と警鐘を鳴らしていればみんなも注目するし気づくのである。それができなかったのはなぜか?つまりマスメデアを責めるのもいいが国民にも責任があった。マスメデアにしても国民が育て作るものであり政治家にしてもそうだし民主主義そのものが国民が育て発展させてゆくものである。マスメデアにしてみれば営利企業でありもうからねばやっていけない、そのためにはどうするか?そのことが第一義になる。それには大会社を宣伝するしくだらない大衆向けの記事をのせて興味をひかねばならない、そうしなければ売れないのだから売れなければ採算がとれなければやめるほかないからだ。本当は真面目な記事を書いて真摯なものを追求して読者を得てその読者から金をもらって会社が成り立つのが一番いいのである。もし宣伝費の方が半分とかなると結局会社や特定の団体の宣伝のためのものとなる。


現実新聞などでも半分は宣伝になっているしテレビでもそうである。宣伝費が経営の主体となるともはや公平な報道は成り立たない、でも実際はほとんどそうなっている。他の報道は聖教新聞でも赤旗でも党派の報道は偏ったものとして見る。
新潮社は創価を批判しても阿含宗は宣伝しているからある団体組織を批判するとき公平にはならない、公平に見るというときいかにむずかしいことかわかる。実際は神しかできないことである。裁判でも公平にならないのはそのためである。人間の限界がそこにある。国と国の戦争などももはや裁けない、ただ勝った方が正しいとなっているだけである。組織団体そのものが全部利権団体だからかたよっている。宗教団体が震災復興のために課税するべきだというのもわかる。利権団体として自分たちの権益の増大だけに運動している。しかし宗教団体はこういうとき寄付はしない、やはりマスメデアに批判されないように莫大な金を使うのは東電とにている。マスメデアは警鐘の役割を果たせない仕組みになっている。それは国民がそうした警鐘となるものを育てないということにもある。国民にも責任がある。今回共産党では原発の危険性を度々警告していたが国民は関心を示さなかった。それが国民的議論にならなかったのは党派としての発言であり国民的なものとしての発言ではないからだ。党派は利権団体であるからその利権にとりこまれるから抵抗がある。党派を離れて原発の危険性を指摘するものが必要だった。それがなかったことが今回の事故を起こした要因でもあった。


結局公平な報道をしようとしたら利権とかかわらないことである。でも利権とかかわらないマスメデアはありえないのだ。一地方誌だってかかわっている。宣伝がない雑誌などないし何かしら利権とかかわっている。それがわかったのは左翼系をのぞいて原発の危険性を警告した記事がほとんどなかったことである。「原発は危険だ」という警告がそちこちにあればそれだけで影響する。そこは危険な場所だと原子力のむずかしいことなどわからなくても身構える。ここは危険な場所なのだとここに立ち入っては行けないと自覚する。ところがそういう警告の表示板でもなければ危険な場所に入っているのが人間の心理だった。そしてここは危険だと書いてあるのに入ってケガしたらその人の責任なのである。ところが原発には安全の文字しかない、危険だとはどこにも表示させなかったのである。強固な原子力ムラが形成されて危険という表示はさせなくしていたのである。危険の警鐘を鳴らすには利権としてかかわっているものはできない、でも実際はみんな利権とかかわっているのだから安全神話は作られた。

結局マスメデアに警鐘の役を期待してもできない仕組みになっている。それが致命的結果になった。貞観津浪のことを東北大の教授が科学的に証明して警告していた。その人が言うには結局千年に一回起きるようなことを忠告しても誰も聞かない、予言者と同じであり無視されると。福島の第一原発でも貞観津浪のことを言ったけど軽くあしらわれ無視された。福島原発では再三危険性を指摘されていた。佐藤栄佐久氏が言うように原子力ムラにはばまれてどうにもならなかったと言っている。千年に一度のことを言っても笑われるだけだった。聖書でもノアの方舟とかで大洪水が来るとして巨大な方舟をノアが作っても笑っているだけだった。それがもし今回の津浪のように巨大な方舟を作っていれば助かった。沖に出た船はは助かっていたのだ。巨大な浪ものりきっていた。もう逃げる時間がなくなったら方舟に乗れば助かったのである。今回の津浪はそれくらいスケ-ルが大きかったのである。だから神話とか伝説が蘇った、そういうスケ-ルの大きなものを実際に見たのである。

posted by 老鶯 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2011年06月29日

津浪で八沢浦の奥に寄せた浦浪 (今危機のとき日本人は万葉集を読み直すべき)


津浪で八沢浦の奥に寄せた浦浪
(今危機のとき日本人は万葉集を読み直すべき)

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朝日がさしてきらきら光りうよせてきた浦波

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今回の津浪で一番驚いたのは八沢浦だった。相当に奥まで水がたぷたぷと満たした。あれだけの入江であり浦だった。前にも想像図で書いていたけどそれを現実に見るとは思わなかった。よく夢で鹿島小学校辺りまで浪が来るのを見た。というのはあそこまであまり家がないから海の水が寄せてくる。それがちょうど鹿島小学校前だったのである。その通りに津浪が押し寄せてきたことには本当に驚いた。現実となったことに驚いた。夢で見るのと現実で見るのは余りにも違っていた。それは奇跡のようだった。津浪の被害で多くの人が死んだが自然現象としてこれだけのものを見れることはあと千年はないかもしれない、千年に一度の巨大なスケ-ルの現象を見たのである。
そして奥の方に朝にきらきらと波が寄せていた。春の朝であり鶯が鳴いていた。浦波というのが入江にはたちそれは何ともやさしい穏やかなものなのである。いつもみる荒々しい太平洋の波ではない、瀬戸内海辺りには浦が多いからこうした波は普通に見るけど東北では見れない、それで不満だった。


浦浪の光りよせにき春の朝八沢浦の奥の岸辺に


八沢浦奥の岸辺に浦浪のよせて静かに春の夕暮



玉津島絶えぬ流れを汲む袖に昔をかけよ和歌の浦浪(九条良経)


八島国 百船人(ももふなひと)の 定めてし 敏馬(みぬめ)の浦は 朝風に 浦波騒き 夕波に 玉藻は来寄る 白真砂(しらまなご) 清き浜辺は 往き還り 見れども飽かず(山部赤人)



浦浪が絶えず寄せている光景であるからこそこの歌ができた。浦浪にかけるのもやはり浦浪が日常的に見えるもの寄せているからなのだ。朝風に 浦波騒き 夕波に・・・というのもそうである。なぜこの浦浪にこだわるかというと実感としてこの辺では感じることができないからである。
それを今回の津浪で浦浪を一回だけだが現実に八沢浦に再現された驚きである。きらきらと浪が光り寄せて来たのを見たのは本当に奇跡的だった。それは残念ながら一回しか見ることができなかった。これは想像しても決して見られない光景だった。


ともかく今回の津浪は余りにも驚くべきものであり自然の驚異をまのあたりにした。この辺では相馬から双葉郡から久之浜とか故郷から離れて体育館などに避難した。これも信じられないことだった。故郷から切り離される大勢の人達を見た。故郷に住めなくなるという信じられないことが現実に起こった。そして今故郷に住むとはどういうことなのか、故郷を守るとはどういうことなのか?そういう根源的なことがこの辺で問われることになった。その時何を手本とするのか?
故郷とは何なのか?それは風土と一体となって生きた人間を基におくことである。そこに故郷があるのだ。万葉集はその風土と一体となり生きた日本人の魂を集大成したものであった。
日本人の原点がここにあった。故郷とというとき正に自然と人間が一体となった所が故郷でありそれを歌にして残したのが万葉集だった。だから万葉集は日本人の原点なのである。
故郷とは何かというとき東北という地をもう一度見直す、故郷を見直す作業が必要になっているのだ。その原点になるのが万葉集だったのである。


結局自分も万葉集を深く読んでいなかった。万葉集は単に恋だけの歌として見ると何か浅薄なものとなる。万葉集には奥深いものがある。日本の原点であり日本を再興させるような力あるものが秘められている。それは日本の風土と一体となったものだからである。それはもう生活が余りに変わったから失われた世界のことであるとあまり関心がなくなっている。それぞれの個人趣味で拾い読みして終わっている。でも万葉集はそれだけで終わっていいのかというとなる。

こういう日本人の危機の時、先人の残したものが蘇る。原発のような事故を起こして日本の清らかな風土をけがしたことは日本の神の怒りをかうとなる。日本文明を再興するには日本の風土を汚すようなものを作っていいのかとなる。根本的に日本文明を再構築するにはどうするかとなるとき、やはり万葉集を見直すということも大事である。万葉集は天地(あめつち)と一体となる歌である。それが今原発とかで全く日本の天地(あめつち)はけがされた。それはゆるしがたいことなのである。日本の風土がけがされ消えるとき日本も消えるのだ。原発がなくても日本の風土があれば日本は再興する。それが今福島県に課せられた課題なのである。今は福島県は受難の時である。しかし福島県から新しい未来の芽がでてくる、天地と一体となった新しい福島県の未来が生まれてくる。だから今もう一度万葉集を深く読み一体故郷とは何なのか心に刻む必要があるのだ。


津浪で死んだ家族の写真を並べて偲んでいる人があった。


太宰帥大伴の卿の京に上りたまへる後、沙弥満誓が卿に贈れる歌二首
真澄鏡(まそかがみ)見飽かぬ君に後れてや朝(あした)夕べに寂(さ)びつつ居らむ 0572


このうよな歌を読むとき何か慰められる。荘重に亡き人を偲ぶことができる。万葉集に真率な日本人の魂が宿っているのだ。文明化した人間にはない日本人の真率な魂がありそれが日本の風土ともにひびいているのである。

posted by 老鶯 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係