2011年05月27日

風のダイナミズム (海風と陸風-山谷風が放射性物質の流れを作った)


風のダイナミズム
(海風と陸風-山谷風が放射性物質の流れを作った)

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盆地は山に囲まれ風が少なく高温になった空気が淀んだままとなり、夜間にも寝苦しい高温が続きます

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成されることが知られている.
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/thesis/sokei.pdf

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成されることが知られている.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E9%A2%A8

 


風には大きくは海風と陸風に分かれる。昼は海から陸に吹き夜は陸から海に吹く、温暖の差でそうなる。海が冷えて陸が温かいと海から陸に吹き、陸が冷えて海が温かくなると陸から海に吹く、海が冷えて陸の方が温かくなる冬は北風、西風が吹く、陸が温かく海が冷える夏は海から陸に吹く、春になって東風が海から吹いたのは温暖差が生じたからでありその南東の海風が浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯に谷風と一緒になり吹き抜けて放射性物質をもたらした。

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成される。浜通りの平坦な陸地から阿武隈高原の山岳地帯の谷間をぬけて山谷風となり飯館までふきぬけて行った。碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風・・・・この海風が福島市の盆地まで到達したのだ。ここに大きな風のドラマがあった、風の不思議があった。

山谷風というのは確かにある。祖谷というのは四国の奥深い山の中の隠里である。山も2000メ-トル級の山がありその谷間から見上げると残雪でありのしかかるように聳えている。かずら橋がありその谷間はこの辺の山とは違い奥深い。そこから春風がその谷間を通り抜けて吹いてきた。春を告げる風はやはり海風が谷風となりはるか山の奥地まで吹いてきた。その時岸辺には桜も咲いていた。その風は谷間をさかのぼり吹き抜けるようにそよいできたのだ。海からの風は常に受けているがあのような山深い所に吹いてくる春風があることをその時感じた。この風を感じることは明かにその土地を感じることである。風は土地土地によって違っているのだ。だから明日香風とか風に特有の名前をつけたりしている。風は映像化できないからその土地に立たない限り感じることはできない、でも風を感じる時間がない、何かあわただしく旅しているとその土地のことが自然がわからない、歴史的なものもあり自然的なものも一度におしよせるから旅ではいろいろなものを見逃す感じないで記憶から消えやすいのである。


祖谷のかずら橋
http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&uid=SS000048


今回の放射性物質風が流された経過は地形によって変わり海風が福島市まで吹いたこと、それは風の不思議であり風のドラマがあった。好ましくないものではあったが風の思わぬ動きを知ることになった。福島市が放射性物質の影響をあれぼと受けるとは思いもよらなかった。でも実際はすでに東電でも研究していて予想していたのである。風の研究をしていればわかるからだ。そういう科学者がいくらでもいる。東電ではまちがいなく今回の危険も察知していた。そういう報告はされていた。ただ実際にその対策をとらなかっただけなのである。なんかこの機械が調子おかしいな、この車はどうも古くなってどこかおかしい、危ないなとか感で気づく人もいる。そうしているうち必ず事故になったりする。原子力の場合はそう思っても現場の人が感じていても余りにも巨大なるもの複雑になっているから古くなってもそのまま使うほかないとか危険を見過ごしていたのである。一部を直してもどうにもならない、全部直す他ない、廃炉にした方がいいかもしれないと思っても余りにも費用がかかるとか巨大なるが故に手をつけることさえできなくなっていたのかもしれない。そんな危険なものを人はもはや操作できないのだ。


ともかく風の流れは意外と大きな流れだったし予想しにくかった。福島市とか郡山市とかまで風が影響したことに驚いたのである。伊達市の小国とかは山間の小盆地でありそこが放射線量が高くなっていたり一部で避難するようになった所もある。盆地には風の関係で放射性物質が堆積しやすかった。日本では小国という地名が実に多い。山間の小盆地の地形が多いからである。そこが小さな国となったのもわかる。福島市も盆地だから放射性物質が堆積した。海風が陸の奥深くまで影響するというとき最近のアメリカのミズリ-州の竜巻はメキシコ湾の温暖化にあったというから海が関係していたのである。風には地球のダイナミズムがある。福島市まで海風が影響したとは思わなかったからだ。

posted by 老鶯 at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

風は地形の影響を受けて変化する (なぜ飯館方面に放射性物質が流れたのか?)


風は地形の影響を受けて変化する
(なぜ飯館方面に放射性物質が流れたのか?)

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原発事故があった3月15日の風の変化
http://ribf.riken.jp/~isobe/mon/sim/comp.pdf


浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯から谷間になり飯館村まで風の通り道ができていた。


同様に本流が南風という予報でも、全ての風が南に吹くとは限りません。
 風の流れは水と同様、地形に沿って流れます。例えば、山の斜面に当たった風はその地形に添って斜面をかけ上がり、その山の後側にローターと呼ばれる乱流を発生させます。さらに山と山の合間や山の切れ間には、吹き抜けと呼ばれる風が集束し、風速が急激に上昇するポイントを作ります
http://www.geosports.co.jp/pghtchikei.htm


吹き抜けと呼ばれる風が集束し・・・とは放射性物質も集束するということになる。


特に南と東よりの卓越風は,市街地や工業地域の汚染物質を内陸に輸送して,酸性雨や土壌pHの空間分布に影響を与えていることが推測される。

平の市街地の汚染質はこの東風によって,小川や遠野などの谷状地形の地域に入り込むことが分かる。
http://homepage1.nifty.com/albedo-kobayashi/wind-iwaki.htm


放射性物質の流れで常に不思議に思ったことがなぜ飯館村が放射線量が高いのか、浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯がなぜ高いのかという疑問だった。30キロ圏内の同心円には放射性物質は広がらなかった。その原因が風と地形とその時の気象条件にあった。そしていかに風というのが単なる方向だけではとらえられないもの、地形に影響されて風は吹いている。
だからなぜ南東の方向に風が吹いて飯館村や福島市に放射性物質が帯のように流れ高くなった。とはいえ風の方向が一定していることの不思議だった。風の方向は一定していない、常に変わっているのだ。ところが原発事故があった3月15日の風の方向は浪江の山中(赤字木(あこうぎ)地帯から飯館村に吹いた風の方向は変わっていない、これは地形が谷間になっていて風の通り道になっていた。その時ちょうど雪も降ったとなればそこに放射性物質が一番高く堆積した。谷間が放射性物質を風を吸い込み風の流れを作ったからそこに堆積しやすかった。

一方海側をみるといわき市でも南相馬市でも風の方向は一定していない、変わりやすいのである。南風は確かに南相馬市に影響して3月12日には放射線量が20マイクロシ−ベルになったときがあり上がった。でもそのあと1、2時間で急速に低下した。それは風の流れが常に変わっているからである。特に海側はその頃北風や西風が吹くから海に流れやすいのである。

そして浜通りは海側は平地であり風の流れは変わりやすい、一定していない、ところが浪江の山中から飯館に向かうところの谷間は風の通り道になっていた。だから南東の風の方向は変わっていない、津島の方向も風の流れがあり津島は相当に今でも高い。しかしそこから三春に行く方向は低いのである。それが不思議なのだがやはり地形が関係していた。高い山はないにしろ山がさえぎる働きをした。風の流れが違っていた。郡山の方に放射性物質が流れたのは福島市や伊達市方面からその時絶えず北風が吹いていて中通りを吹き抜けて白河までも高くなった風の通り道ができた。


風の流れは地形によっても相当影響される。飯館村の不運は地形のためだった。必ずしも風の方向によっているのではなかった。なぜなら海側では風の方向は変わりやすい、だから放射線量が高くなったのは2-3時間だった。あとはすぐに低下した。ところが飯館村から福島市や郡山市は放射性物質が堆積して徐々にしか低下しなかった。長い間高い放射線量を記録したのである。風の流れは時々刻々に海側だと変わっている、山は谷間は特に一定方向に風の通り道を作る。すると放射性物質も一定方向に集中したとなる。


福島県でも阿武隈高原がありそこは中通りから越えるとき風の分岐点になる。なぜなら夏は中通りは特に福島市などは盆地だから蒸し風呂のように暑くなる。でも阿武隈高原を越えると海からの東風が吹いてくるから涼しさを一段と感じるのである。これは車ではわからない、自転車で何度も行ったからその時の風を覚えているのだ。車は風を感じないから旅には向いていないのだ。風を感じることも旅では欠かせない、自然を感じることなのだ。鉄道とかも風を感じないから旅をしたとはならない、風をとらえて海を行き来した帆船はより自然を感じるものである。風というときどうしても浜通りで生まれた人は海からの風を東風を感じる度合いが多いから海からの風を受けたいともなる。その風は人の性格を作ることも確かである。海からの風は人間を開放的にもするからだ。ただ自然とはそこに長く住んでいないとわかりにくい、どういう風が吹くかなどそこに長く住んでいないとわからない、地形もわかりにくい、地理が一番わかりにくいのだ。大陸だと平坦であり河が運河のように流れていることでわかりやすい、境界は河になる。日本の地形は余りにも複雑なのである。

 
posted by 老鶯 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連