2011年05月18日

神奈川県の足柄の茶の葉から基準値を越えるセシウム発見(東京も安全地帯でなかった)

 

神奈川県の足柄の茶の葉から規制値を越えるセシウム発見
(東京も安全地帯でなかった)


ashigara111.jpg

東京から神奈川県や千葉県や栃木県まで風で放射性物質は運ばれた
途中に高い山がなければ遠くまで飛んでゆく



なぜ神奈川県の足柄まで放射性物質が飛んで足柄茶の葉からセシウムが出てきたのか?これも風と地形の影響だった。放射性物質が大量に放出されたとき北風が吹き茨城県と関東平野には高い山がなく神奈川県の足柄まで飛んだ。そこに丹沢などの高い山々がある。足柄茶を作っているところは山の斜面なのである。この山の斜面とか谷間が放射性物質が滞留しやすい、放射性物質が飛んできたときちょうど雨か雪が降っていた。それに付着して土にたまって根からセシウムが葉に蓄積した。浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯も谷間でありその時雪がふっていて放射性物質が土にたまってしまった。神奈川まで放射性物質が飛んだのだから途中の関東平野の東京にも放射性物質のホットスポットができた。それはビルが谷間の役割を果たして滞留したのである。神奈川まで飛んだなら東京もそうしたホットスポットができても不思議でなかった。それにしても放射性物質はずいぶん遠くまで飛ぶことに驚く。福島市が放射線量が20マイクロシ−ベルになりその後ずっと下がっていない、それもやはり神奈川の足柄と同じだったのだろうか?吾妻山などの高い山がさえぎり放射性物質が雪に付着して降ったためなのだろうか?

阿武隈山脈は阿武隈高原というように1000メ-トル級の山はない、低山地帯である。
飯館の役所のあるところなどが一番標高が高い地点である。飯館村でも放射線量の高いところと低い所がある。長泥などが高いのは浪江の赤字木(あこうぎ)地帯からつづいて高いのである。山が壁となり斜面のようになる所は放射性物質も滞留しやすい、その一つが霊山子供の村が高いのは霊山が壁のようにさえぎったからである。伊達市霊山町(原発の北西48キロ)で年間21.2ミリシーベルトと予測された。伊達氏ではこの辺の一部に避難指示を独自に出した。あの辺から今度は高い山がないから福島の盆地まで飛んで吾妻山などにさえぎられ放射性物質が滞留した。風と地形と気象に放射性物質の行方はかなり影響されることがわかった。同心円には広がらない、海側だと明かに海に風で飛ばされる割合は確実に大きくなる。

これから南風が吹いたとして仙台方向に飛んでも半分は海に風で飛ばされる。ただ山側は滞留しやい。その時の気象条件、雨や雪も影響した。それにしても神奈川まで飛んだということはその途中の東京も安全地帯ではなかった。風向きではそれだけ放射性物質は飛びやすいのである。距離だけでは計れない、東京も200キロ離れているから安心ではなかった。たまたま山がなかったから通りすぎて足柄まで飛んで滞留したのである。


放射性物質は同心円で計れない、浜通りでも海に接している所は低いのである。風で海に流されるのが多いためである。陸地から海に吹く風の季節は特にそうである。今回はそういう時期だった。福島は東京から離れているかと安全地帯ではないことがわかった。もしそうなら東京都民は福島に原発を建てても実際は安全でなかったのである。東京都民にとっても危険な場所にあったのである。実際にチェルノブリでは200キロ300キロまで放射性物質は広がり強制的に避難させられた人たちがいたことでもわかる。風向きと放射性物質の放出される量によっては東京もチェルノブリと同じになった。なぜなら途中にさえぎる山がない、茨城から関東平野には高い山がない、やっと神奈川県の足柄で高い山々がありそこでさえぎられたからである。風向きしだいだが3月は北風が多く吹くから明かに神奈川の足柄もその影響であり東京も影響があったのである。

 
 
posted by 老鶯 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連