2011年05月12日

立正安国論を読む-日本の国難(津波、原発事故が国の転機に)

 

立正安国論を読む-日本の国難
(津波、原発事故が国の転機に)

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今起きたことは何なのか?いくら考えても理解に苦しむ。こんなことがありうるのかということで何度も考える。一気に万単位の人が死ぬということも経験していない、こんなに一度に人間が死ぬものかとなる、そうなると個々人の問題は小さいものとなる。いろいろ個々人には悩み苦しみをかかえているが万単位で人が死に家族が死んでいるのだから個々人の問題などどうでもいい、目の前の大きな問題にエネルギ-は注がれる。今回の津波と原発事故は戦後の焼け野原から始まった日本とにている。戦後60年の幸運な日本の繁栄は去った。日本の技術もあんな脆弱なものだったのかと落胆した。著しく国位は喪失した。立正安国論というときまさに蒙古襲来とかの国難の時に書かれた。今はまさに立正-安国が必要なときなのだ。国が正しく立つ-そして放射能に汚染されない安国が求められる。現代はまさに国難の時なのである。個々人の問題もあるが国難となると個々人の利益だけの追求とは違うものが要求される。そういうことが確かに全国からの東北を支援するということで起きている。日本も一つの体であり傷ができれば白血球が集まりその傷と戦っているのと同じである。そういう中で外国人は危険だからいち早く日本を去った。やはり外国人はただ金だけであり愛国心は自分の国にあるから利がなければ去るのである。利としてしかかかわらないからである。
ともかく津波難民、原発難民とか立入禁止区域とか身近で起こっていることが信じられない、だからこれは何なのだと何度も考える。指針をどこに求めればいいのか?その時立正安国論が今の時期にはふさわしい指針として蘇る。別に宗教にこだわらない、日本の危機の時書かれた愛国者の書だから日本人には通じるものなのである。カルト団体が利用するときはまた権力的利用になってしまうのである。
posted by 老鶯 at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層