2011年05月11日

飯館村の価値は何なのか?


 飯館村の価値は何なのか?

スティムソンは1920年代、少なくとも三回京都を訪れていた。その美しさに魅了された彼は、その文化的・宗教的重要性を認識していた。ある日、もし自分が提案されている標的リストから京都を除外したら、君は私を「感傷的な老人」と思うかとマクロイ陸軍次官補に尋ねたことがある。(『アメリカの日本空襲にモラルはあったか 』235p)

人間の価値観はいろいろである。一定した価値観はない、常に東京の人などが言うのは限界集落みたいなものは何の価値もない、経済的価値がない、お荷物だからなくなってもいいという発言である。これは経済的価値からだけみている。一千万の大都会の方が経済的価値などからした比べようがない、ちっぽけな村など経済的には何の価値もない、だからこの世から消えてもたいして問題ないとなる。経済的統計的価値から見ればそうなる。それはあくまでも経済的価値かみ見たものであり文化的価値となると違ってくる。また自然的価値というものもでてくる。自然景観の価値は計りしれない、富士山は正に日本の自然的価値の最大のものである。

価値観は多様なものであり自然がない所は本質的に価値を作り出せない、だから東京には経済的価値はあっても自然がないから自然的価値からみたら価値がない、例え経済的価値があっても自然的価値はゼロに近いのである。アメリカが京都に原子爆弾を落とさなかったのは日本の文化的価値が京都に凝縮されていると知っていたからだろう。外国でも文化的価値観があり文化は尊重される。ヨ-ロッパに原子爆弾を使わなかったのはヨ-ロッパは歴史的にアメリカの故国にもなるからまた文化的歴史的価値がアメリカに通じているから落とさなかった。アジアはそうみていなかった。ただアメリカ自体に経済的科学的価値はあっても文化的歴史的価値にともしいということもあった。文化の面からしたらヨ-ロッパのように芸術も哲学も文学も何も世界だった。だから今でも経済的価値、金であり軍事的価値が突出して文化的価値はともしい、ないに等しいからアメリカという国は金持ちでも成り金であり文化的価値がない国だとなる。


人間の価値観は多様であるからこそ文化になっている。文化がcultureがcultivate-耕すからきているように土と関係しているのだからその土地土地に個性が耕す個性が生まれる。文化とは土地と密接に結びついているのだ。土地とは自然のことであり自然が作り出す景観などは人間には作り得ようがない、どんな価値も神から与えられた自然を基にしているのであり自然がなければ人間は美など作り出せないのである。高層ビルディングを背景にして美がありえようがない。そこには確かに経済的価値はあっても美は生じない、東京タワ-にしろ最近できたスカイツリ-にしろくだらない、エップェル塔には美はあっても鉄骨の塔でただ高いというだけで美が感じられない、京都にある五重塔には文化的価値がある。現代の文明に欠落しているのは美がないことなのだ。東京に美を見出すことはむずかしい。ヨ-ロッパの街には歴史的価値があり文化的価値がある美しい街並みがある。日本にはそうしたものが欠落している。街が猥雑するぎるのである。日本の首都である東京には文化的価値がともしい。全然ないとはいえないが経済的価値だけぬきんでいて文化的価値はともしい。ただ江戸時代だったら浮世絵のように美しい所が各地にあった。それは百万都市の江戸でも回りは豊かな自然にかこまれていたためである。だから江戸時代の江戸なら行ってみたいとなるが今になると東京にゆく魅力がないのである。ただビジネスとしては東京は価値がある。


飯館村なんか何の価値もない、限界集落であり日本から消えても何の痛手もないとなりうるのか?東京から経済的価値だけ見ればそうなる。逆に東京なんかなくなってもかまわない、あんな醜悪な街は消えた方がいいということさえ言える。文化的手自然的価値は東京にはないからこの世から消えても痛手にならないとさえ言える。それは極端にしろ文化的価値として東京には価値があるかといったら非常にともしいのである。前にも飯館村には俳句や短歌や詩に書いたけど人間として理想的にな住み方をしている村だった。一軒一軒が離れて森につつまれていて静かな村である。田舎でも街の中に住んでいると狭苦しい、隣が家でさえぎられる。それが悠々として一軒一軒が離れてある。ずいぶん贅沢だなと都会から来た人も思うに違いない、だからこういう所で暮らしてきた人はアパ-トなどに都会の団地などに住みたくないというのがわかる。あまりにも違いすぎる環境なのである。田舎は今では都会より豊かな生活をしている。車を一人一台もっているし持ち家をもっていれば農家なら悠々として暮らせる。今は専業農家は少ないから現金収入もそれなりにある豊に暮らせる。田舎でも団地のようなものが増えてきたけど持ち家が多くそれなりに現金収入があれば今は交通も発達して何不自由しないから田舎の方が暮らしやすいのである。田舎がすべていいとは限らないこともいえるが物にしろ情報にしろ今は都会と同じような生活をしているから都会自体にそんなに憧れる人はいなくなっている。


今回の原子力事故で飯館村が放射能に汚染されて突然住めなくなったということが信じられない、そこに住んでいる人も何でそうなったのかということが納得がいかないし何になったのだろうと今も理解できない人はいる。放射能自体理解することがむずかしいからだ。自然の景色は何ら変わっていない、緑は豊だし花も咲いているし水はきれいに流れている。放射能は一体どこに影響あるのだろうかと今も行ってみてもわからないのだ。広島や長崎の原爆だったらその衝撃は余りにも大きいからその悲惨さもこの世の地獄だから否が応でも原爆の恐ろしさを知る。ところが今回のような原発事故はその悲惨さすぐ目に見えて現れないのである。あれ、何にも変わりない、どこが問題なのだとなる。だから放射線は健康にいいんだといって信用する人もいるし別に村を出なくてもいいんだと思う人はいる。ガンになると言ったって今のことじゃないから10年後とかなると被害を直接感じられないのである。でも実際は放射能は恐ろしいものである。ただ原爆のようにすぐに大量の死にいたらしめるようなものではない、チェルノブリのように人も死んでいないから何か切迫感がない、住民にもそうである。ただ土が汚染されたことが致命的であり住めなくなるということが原子力の怖さだった。その土地が文化の基となるものが根こそぎ破壊されるのが原子力事故の放射能だった。だった。もう何十年も住めないということが信じられない、だから村を離れない老人はでてくる。人間そのものがそうなるとその土地の石や樹のようになっている人がいるからだ。だから村を離れろというのは一番酷なことになる。いづれにしろ限界集落のようなものは経済的荷物だから一つくらい消えてもいいという価値観は傲慢である。東京のような都会の方が消えてもいいということさえ言える。しかしこのような自然と調和した村は残されるべきだとも言えるのだ。

 


 

posted by 老鶯 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村