2011年05月10日

緊急避難準備地域は政府の都合で指定されただけ (相馬市(新地)も避難準備地域に入る)

 

緊急避難準備地域は政府の都合で指定されただけ
(相馬市(新地)も避難準備地域に入る)
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今回の放射性物質の図からは相馬市も緊急避難準備地域になる。最も放射性物質が堆積したのは今回は浪江の山中と飯館村と福島市だった。この図から南風だった場合の予測をするとこのようになる。この図からだと南相馬市だけではない、相馬市も緊急避難準備地域なのである。今回の爆発で浪江とかから相馬市に逃げた人がいたが爆発した時点で南相馬市が3時間くらい10-20マイクロシ-ベルトと高かった。南相馬市だけではない、新地辺りまで今回のような爆発で放射性物質か拡散したらそうなる。辛うじて山元町辺りに逃げれば安全圏とは言えなくても一応安全だとなる。でも風はどうなるかわからない、チェルノブリでは200キロまで飛んだ。大陸だから大陸の風にのった。日本でも海岸線は山がないからどうなるのかわからない、結局風次第であり予測はできない、ただ今回の場合がらシュミレ-ションすればこうなるのじゃないかということである。南相馬市と相馬市は完全に避難準備地域なのである。30キロ圏内で区切っているがそれで安全ということはないのだ。政府では保証するのは30キロ圏内だけだと言っているだけなのである。より安全圏を求めるなら山形とか会津や日本海側に逃げるほかないだろう。今回のことでわかったように福島市も郡山市も中通りも緊急避難地域なのである。だからその辺に移動するのは安全とは言えない、安全圏は風によって違うがまちがいないのは会津や山形や日本海側ならそうなる。今の状態だとまた爆発しないとも限らない、ふりかえると一機だけではない四機もあって三機も爆発なるなんていかに危険だったか今になるとわかる。
四機もあって燃料プ-ルもある。それらが不安定な状態にあるのだ。

津波でも災害の避難訓練をするが原子力事故の場合はその時の風向きに大きく影響されることがわかった。飯館村はそのために大被害を受けた。福島市も60キロでも南相馬市より実際は危険地帯になった。30キロ圏では決められないものだった。緊急避難準備地域とは突然双葉町や浪江町など20キロ圏内のように避難させられ立入禁止区域にされる。家にも戻れなくなる。緊急避難地域はそういう地域だから子供を原町区の学校に通わすことができない、医療も崩壊している。自分も相馬市の病院に移る他なかった。でも緊急避難地域のあいまいさは30キロ圏外でも相馬市から新地までも緊急避難地域なのである。なぜなら爆発したら結局逃げるほかないからだ。放射線量はほぼ同じ地域になる。ただ政府の都合で30キロ圏内にしているだけである。爆発したとき相馬市の人も逃げたということは正しかった。南相馬市から相馬市に逃げても放射線量は変わらないのである。だから緊急避難準備地域という政府の指定はただ政府の都合であり安全だという基準とは何ら関係ないのである。安全を求めるとしたら自分で決めるほかなくなる。


今回のことでわかったことはそもそも原子力事故ははじめてであり政府自体が混乱していた、もちろん東電もそうである。命令すべき人たちが混乱していた。そもそも東電の社員はいち早く危険を察して逃げた。残ったのは50人だった。つまり危険なときは誰も安全を保証しないということだった。事故を起こした当事者自体が何かわからない、制御できない、逃げるほかないとしたらその回りの人にどう指示していいかもわからないのだ。その混乱は今でもつづいている。
もちろん放射能のことなど全然わからない人たちは自分をふくめどう対処していいかなどわからなかった。要するに安全だ安全だとか教えられていない、危険じゃないですかと口に出すことも地元ですらできない、だから津波のように危険な場合、事故が起きた場合どうしたらいいのかとか何の対策もない、百億円かけたスビ-ディは何の働きもしなかった。それだけ安全安全というだけで危険な場合の用意はゼロだったのである。津波でも絶えず危険を言われても危険を感じなかった。


原発の場合はそういう危険を言うこともできないしそのために準備しろなどと言ったら誰も容認しないから言わないのである。それが事故が起きた場合の対策は何もない、ただ混乱があるばかりであり安全も自分で判断する他ないのである。しかし安全のためにどうしたらいいとか教えられてもいないから対策などないのだ。御用学者が放射能が異常に高くても安全ですと言えばそうかなと思うだけだった。素人には判断しようがないからだ。今度大爆発起こしたらどうなるのか?もはや政府でも命令すらできなくなるかもしれない、放射能を抑えることもできない、そして原子炉が爆発する。それも一機だけではない6機もあるのだから連鎖的に爆発したら東日本は人が住めなくなる。原子力事故とはそういう危険なものだということを今回の事故でみんなわかったのである。そんなときはもはや政府は指示すらできない、逃げる奴は勝手に逃げろとなってしまう。それともチェルノブリのように決死隊が人力で抑えるしかなくなる。
日本でそれができるのかとなるとそれも予測できない、英雄的な行為に出る人もでてくるかもしれない、それにしても六機もあるということは空恐ろしいことだったのである。これからもどうなるのかわからないから原子力は恐ろしいものだということを肌で感じたのが今回の事故だったのである。

 


 

posted by 老鶯 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

放射性物質の風と雨との影響は?


放射性物質の風と雨との影響は?

●福島市が放射線量が高かったのはやはり東風のため


燃料の余熱でプールが沸騰し、露出した燃料棒が過熱して被覆管が水と反応。水素が発生し爆発したとされる。その後、コンクリート圧送車で水を補給し、事態は落ち着いたとされていた。
ところが、今月12日に燃料棒の損傷度を調べるためプールの水を遠隔操作で採取した結果、水温が爆発前日の84度を上回る90度と判明。プールの約6メートル上空で通常の10万倍以上の放射線量が計測された
http://blc.dreamlog.jp/archives/51877962.html


放射線は水でさえぎられるとあるから水に入っていないと空だき状態になり放射線も空中に出る、放射性物質も放出される。浪江から飯館村から福島市に流れた放射性物質は4号機のものだった。その前に1号機であり3号機でもあったがこの時は相馬といわき市に流れても3時間くらいしか放射線量は上がっていない、あとは急速に低下する一方だった。爆発したときに南相馬市は南とあるごとく南風の影響を受けた。いわき市は北風の影響を受けた。そして最後の4号機爆発の時は東風の影響を受けた。それで浪江町の山中や飯館村から福島市が東風の影響を受けて放射線量が高かった。


福島市の放射線量の推移と風向きの図
http://www.rb.sss.fukushima-u.ac.jp/user/taka/radiation/
kazegraph1.jpg
これはだいたいの風向きの感じをグラフ化したものであり正確ではない
でも3月は北風と西風が大部分である。東風は吹きはじめても割合は少ない
すぐに北風、西風になる。陸から海の方に風が吹くのが多かったから陸地にはすくなかった。
チェルノブエリではすべてが陸地だから陸地に放射性物質が堆積したため
被害が大きかったともいえるのでは・・・

この図を見ても東風がこの時だけ多く吹いた。この時期はグラフでもわかるように北風、西風が多いのだ。東風はそれほど吹かない、南風はさらにめったに吹かない、自分でグラフにしたのは正確な数値のグラフ化ではない、だいたいの感である。風といっても東風といっても完全な東風はない、北東の風とか東と北の間の風が多い、東風が吹いてもこの時期すぐに北風に変わり西風になる。この時期は実際は圧倒的に北風、西風が多いのである。だから陸から海の方へ吹く風が多いから放射性物質が海の方へ流れたから良かったのかもしれない、南相馬市に吹いた南風はこの時期めったに吹かないから本当は南相馬市は風の影響を受けないはずだったのである。ただ夏になると南風の影響を受けるから爆発したりしたら福島市のようになるかもしれない、だから海から山へ向かって吹く、ヤマセが危険だというのもわかる。
4号機の爆発のときの影響で福島市方面が最も影響を受けた。そして爆発したときだけではなくその後も放射線量がさほどへらず持続したのか?東風はその後そんなに吹かないからだ。放射性物質は爆発したとき大量に放出され流れる。その時風の影響を受けたとなる。南相馬市は爆発のときわずかに流れただけだった。チェルノブリも風の影響だったのだろうか?するとその時の風しだいになる。特に4号機からの放射線量が特別高かったとするとそこから放射性物質が他の原子炉より多く流れたとなる。燃料棒が保管されていたしそこから出たものが大量だったとなる。


飯館村では長泥が10マイクロシ-ベルトくらいが平均して今でも下がらない、津島も高く津島から一山越えた葛尾(かつろう)村の柏原も8マイクロシ-ベルトくらいと今でも下がらない、飯館村の役場のあるところは3マイクロシ-ベルトくらいと低下している。やはり土に堆積したら下がらないのだろうか?これだけ日にちがたって放射線量が下がらないのセシウムなどが土に堆積してしまったからとしか考えられない、原発からは放射性物質は流れていないからだ。


●放射性物質は雨で流される?


福島県は1日、同県郡山市の下水処理場「県中浄化センター」で、汚泥と汚泥を焼却処理した溶融スラグから高濃度の放射性セシウムを検出したと発表した。県は、降雨により地表の放射性物質が混入したとみている。

 県によると、汚泥からセシウムを1キログラム当たり2万6400ベクレル、溶融スラグから同じく33万4千ベクレルを検出した。原発事故前の溶融スラグは同246ベクレルだった。


チェルノブイリでは雨はほとんど降りませんし、海からも離れています。
これでは撒き散らかされた放射性物質はそこに残ったままです。
日本では年間2m近い雨が、特にこれからの梅雨時に集中して
降ります。河川も短くすぐに海に拡散してしまいます。
原発周辺の汚染も意外と早く10年程度で洗い流されてしまうのでは
ないでしょうか?


東京の場合にはコンクリートやアスファルトで覆われていますので、激しい雨が降ればあらい流されるかもしれません。雨が降らなければ、原則的には道路や壁等に放射性物質がついていますので、なかなか放射線が減らないということに .


科学音痴でも風土的なもの地形とか地理に旅をして興味をもった。ロシアのチェルノブリは大陸であり日本とは全く違う地形であり風土なのだ。日本のような地形と雨の多い風土では放射性物質は雨に流されるものなのか?郡山市の下水処理場の汚泥から高い放射性物質が堆積していたのが発見されたのはそのことを裏付けている。そして日本は湿潤な地域であり雨が多い、これから梅雨にかけて大量の雨がふる。その雨が放射性物質を洗い流すものなのだろうか?それから日本の地形は海に直結している。川でも日本の川は滝だと外国人が言ったように滝のように海が近く山からの水が海に流れだしてゆく、その時土の中の放射性物質は流れだしてゆくものなのか?道路や壁等に放射性物質がついていますので、なかなか放射線が減らないということに ・・・これはわかるが土に堆積した放射性物質はどうなるのだろう?地中深く水で浸透してしまうこともあるのか?雨の影響がどうなるのかも注意である。

こうして科学でもいろいろな事象というものは歴史もそうだったが地理や地形や風土の影響を受けるのだ。日本人が海産物からヨウ素を十分にとっているから外国人のように甲状腺癌になるのはまれだろう。何かそういうとき信じてしまうのだ。日本人の腸が長いのは米食のためであり体が外国人と違っているから当然放射線の影響も一様ではないのだ。

そもそも日本のような地震国に原発を作ること自体風土にあわないことだったのである。
日本でトンネルの技術が発達したというのも当然である。山だらけの地形だからである。オランダとかは風車が発達したのも風を受けやすい地形だからである。技術的なものもその土地や地形にあったものが発達する。日本は地震国だから地震に強い建築は発達した。しかし原子力発電に備えるまでの技術力はまだ未熟だったのである。今回のような津波も想定されていなかった。技術もその国の風土に見合って発展する。アメリカや大陸のような所では巨大技術が発展する。だから原子力発電などには向いているのかもしれない、ただ完全に安全なものは人為的ミスもあるから作れないのである。

チェルノブリでもスリ-マイルでも自然災害で事故になったのではなく人為的ミスだったのである。風土にあった人間の生活を考えることは大事である。津波でも地形によって被害が違っていた。牡鹿半島の小竹浜では被害が少なかった。前の弁天島が防波堤の役割を果たした。
松島もそうであり塩釜も被害が少なかった。地形の影響が大きかったのである。地形と地理は宿命であり人間では変えられない、だからそれに見合った村作り街作りをする他ないのである。石巻市など海の前になんにもなくもろに海に接していて街になっていたから被害が甚大だった。海に接して前に島などないところはみんな壊滅したのである。

posted by 老鶯 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連