2011年05月08日

菜の花(飯館村の悲劇)



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春の日や牛の啼く村座る石

菜の花の匂いや村を離れざる


風そよぎ巌の堅く芽吹きかな


飯館の土に放射能春なれば鳥は知らずにさえづりにけり


飯館に長くも住みてあわれかな牛とも別れ悲しみ深し


飯館の石にしよりて春の日の暮るるはよしや村隠されぬ


二輪草の一輪残りひそけかりこよなく愛す我が庭にあれ


鶯にヨシキリ鳴きて我が里の季(とき)の移るや夏となるらむ



飯館村に起きていること、それが何なのか?住んでいる人も理解できない、長泥に子供も住んでいる。それが20シ-ベルくらいでありものすごく高い、土から近く計ればさらに高くなる。南相馬市に水素爆発したときも20マイクロシ-ベルトになっていた。これは非常に高いシ-ベルトだった。しかしこれは3時間くらいで急速に低下した。いわき市も一時期爆発したときそうなった。
しかし浪江の山中から飯館から福島市は長く高いレベルがつづいた。飯館はその後も長くシ-ベルトが高い。それでもなかなか離れられないのは農業とか酪農の村だからである。もう一つは高齢化が影響しているのだ。実際に102才の人が村から出るのが嫌だと言って自殺したことでもわかる。60以上になったら住み慣れた所を移りにくくなる。そこで若い人は子供をもっている人など移りたいのだが村長は移らせないように縛っていると文句を言っている。放射線とか60以上の人には影響しても5年後10年後にガンになるとか言われても危機感がないのだ。放射線については様々な学説もあるし何を頼っていいかわからない、現実に飯館村で講演した長崎の学者は体に何の影響もありませんと安心させた。でも放射線は20マイクロシ−ベルトととなったら異常に高いのである。今は3マイクロシ-ベルトくらいに落ちているがこれでも高いと言われる。飯館村はまちがいなく土にセシウムなどが堆積してしまったことが問題なのである。そこから持続的に放射線が放出されつづけているのだ。そして体内被曝も怖いからどうしても土の埃からセシウムなどを吸い込むから怖いとなる。


でも放射線の怖さをいくら言っても危機感をもてない、目に見えないしすぐに何か症状として現れないのだ。そして60以上とかなるとたいして影響もない、5年後10年後20年後にガンになるかもしれない、その確立はいくらだと言ってもピンとこないのだ。放射線をあびなくても60以上になるとガンになる率は高くなる。今60以上で死ぬ人はほとんど癌である。癌でし死ぬ人は増えている。放射線に関係なく増えているのだ。その増えている癌にわずかにまた増えるだけだとなれば高齢者はいくら危険を言っても危機感をもてないのである。そこに今の飯館村がなかなか避難できない理由がある。


飯館村はアルカディアであった。それが一転して放射能汚染の村となり世界的にも有名になってしまった。そして村を廃村にするとか信じられないことが起きている。村人も今の自体をどう理解していいかわからないことがある。放射能の影響が実際はどのくらい出るのか誰もわからない、だから鳥が知らずに同じように鳴いている。でもあとで奇形の鳥が生まれただとかチェリノブエリでもあった。しかしそれもどれくらいの割合なのか放射能汚染にはデ-タ-がないのである。いづれにしろ60以上とかなる気にしてもしょうがないということがある。だからそうした年寄主導の村だと若い人も村から離れられずに悲劇を生むかもしれない、それでも結果を見ない限り誰もあとのことはわからないのだ。

牛を育てて牛に恵みを与えられて生きてきたとか泣いて語るとき悲劇である。放射能の悲劇は汚染された土地に住めなくなることである。飯館村は悲劇の村となってしまった。土に密接にかかわって生きてきたときその土が最も汚染されてしまったことが致命的である。それは福島県の半分くらいにそういうふうに汚染された。その中に風評被害もあるが汚染されたから農家では困る。この辺でも土を耕さないでくださいと役所から言われること自体信じられないのだ。農業で生活している人が多いから困る。でも60以上とかなると汚染された食べ物を気にしないで食べる。5年後であれ10年後とか20年後ではいづれにしろ死ぬのだからかまわないとなるのだ。た40以下の人は怖がることはやむをえないが60以上の人はどうでもいいとあきらめがつく、だから村を離れられないのだ。


季節は夏になっていく、ヨシキリが鳴いたら夏である。そういう季節の変化は別に放射能あびても変わりがない、放射線というのはそれを知らされない限り何にもわからない、結果としてガンになった、奇形の子供が生まれてはじめて放射線の影響だったのかとなる。おそらく草が生えなくなったり木が枯れたりもしない、花は咲くし自然にも変わりないのだ。そのことがかえって怖いといえば怖いのである。木が枯れたり花が咲かなくなったり水が濁ったりすれば感じるのだが感じるものがないから困るのだ、ただ毎日数字だけを追っているのであり数字からしか危機感を感じないから困るのである。

今日は強風である、風が唸ってふきつけている。そしてまた原発で黒煙が出た。東電でも放射性物質を放出すると連絡した。黒煙が出るということは何か異常なのである。でもライブカメラはとめられた。以前として改善していないのである。午後から放射性物質を放出するとしたら今日はモニタリングポストで放射線量が増大するかもしれない、ただ風向きは西風だとすると
陸から海に吹くから影響ないのか?ただ放射性物質を放出するとなると多少はどこかで影響する。モニタリングポストの放射線量に注意する必要がある。それにしてもこんな日がいつまでつづくのだろうか?放射線は数字でしか感じない、それでも心労がでてくる。やはり絶えず注意していないと飯館村のように知らないまに大量の被爆をするかもしれない、自分も水素爆発があった時、この辺が20マイクロシ-ベルになったとき屋内退避が命じられたとき外に出ていた。危険性をまるで感じなかったのである。放射線は目に見えて危険を感じないのである。
だから学者が危険でないと言えば簡単に信じてしまうのが放射線の問題だったのである。

飯館村では本当に村から離れにくいだろう。長く住んでいると樹とか石のようになってしまう。菜の花とかなりににおう、長年親しんだ所を一カ月くらいで離れてください、ここには住めませんと言われても戸惑うだけである。放射線の問題は人間の五感では意識化されない、数字だけでは危機感を感じないから困るのである。

posted by 老鶯 at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

南相馬市は避難する必要なかった!(福島市は避難地域だった)


南相馬市は避難する必要なかった!(福島市は避難地域だった)

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●政府の支持は信用できない


南相馬市は12日の3時間くらい放射線量が高かった。最高20マイクロシ-ベルトになった。それも3時間くらいで5マイクロシ-ベル以下に下がりあとは下がる一方だった。
一方福島市はグラフで10日間の推移を見ても放射線量が高いのである。
この放射線量から見れば福島市が避難地域に指定されのが一目瞭然である。
飯館村は計られていなかったが飯館村も福島市以上に高かった。浪江の山中はもっと高かった。浪江は避難指示になった。飯館村と福島市はなっていなかった。
南相馬市はほんの一部が放射線量が高いところがあったがほとんど高くなっていない
3時間くらい高かったが急速に低下してあとは5-4-3マイクロシ−ベルトと低下する一方だったのである。これはいわき市も同じであり3時間くらい高い時があったがあとは低下する一方であり南相馬市よりさらに半分以下になって低下している。
すると同心円の30キロで避難地域を決めることは何ら根拠のないものだった
肝心の避難地域は飯館村や福島市になっていたのである。
でも南相馬市の人が避難した地域が福島市だったというのもおかしなことになる。
放射線の高い領域に避難したのである。郡山も南相馬市より高かったのである。
南相馬市は屋内退避とかいろいろ政府から指定されて混乱した。
それは実際は科学的には根拠のないことであった。
政府の一方的指示で混乱させられたのである。
もちろん風向きが変われば30キロ圏内は危険だからそうしたことはわかる。
でも南相馬市といわき市は水素爆発の影響を最初の一回だけ受けてあとは全く受けていない、放射線量は低下する一方だった。
それに比べ福島市は10日間からさらに10日間となかなか低下しなかったのである。
風向きしだいだから政府も避難指示をだしにくいことはあった。
でも明かに福島市は高いのだから避難指示が出ても良かった。南相馬市より高い日が持続したのだ。それをしなかったのとは福島市を避難指示にしたら人口が多いから混乱するからである。郡山市もそうである。中通りを避難地域にしたら大混乱になるからしなかっただけなのである。おそらくこれからもそうである。避難指示にしたら政府に保証問題が生じる。
人口が多ければ保証しきれないから避難指示はこれからもしない、
東京なんかもいくら放射線量が高くても避難指示は最後までしない
安全です、安全ですと言いつづけるだけである。
放射線量はガイガ-カウンタ-があれば個々人でも計れる。
そうした自衛手段も必要になってくるかもしれない、政府では危険でも避難指示をしない
30キロ圏内だけしかしない、でも実際は30キロ圏内の避難指示は全部必要ではなかった。
政府は放射線の後遺症とかについても責任はもたない、因果関係は今も証明されていないからもつよう必要がないからだ。


●放射線が一番高い地点

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南相馬市原町区の片倉村から横川ダムを通り原浪トンネルを通って浪江町の昼曽根に出て津島の方に行く椚平(くぬぎたいら)が一番放射線量が高い。原浪トンネルは原町区と浪江の境目にあった。ここのトンネルは新しいトンネルである。そしして今日NHKのテレビで浪江の請戸地区に入った人を見たが原浪トンネルを出たところが20キロ圏内の立入禁止区域になっていた。
あの辺が同心円で20キロ地点だった。あそこは何回も自転車で行っていたからわかっている。
梅林があったからまちがいないだろう。あの辺にもまばらに家はあることはある。もう誰も住んでいないだろう。あの辺は人が住めなくなってしまうのか?

南相馬市では横川ダム近辺の片倉村などが放射線量が高くなることがわかる。一番放射線量が高い椚平に近いからである。だからこの辺は飯館村と同じ計画的避難地域に指定されている。
 
posted by 老鶯 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連