2011年05月01日

花散る(全国から集る建設業者)

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仮設住宅を建てるために来ていた全国の会社の車

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花散りしあとの余韻に夕暮れぬ今日もこの道我が行きにけり


一時的に体育館などに避難した人が今度は仮設住宅に移る。その仮設住宅の数が凄いのだ。この辺でも千人くらい入るとしたら300個くらい作るのか?それで車のナンバ-を見ると大阪から青森から埼玉から東京からと全国から建設業者がきているのに驚く、大阪からまできているのだから驚く、この業界は人手不足におちいっているらしい。需要が急激に増大したから一社ではやれない、全国の会社が参加してやっている。建設業界は活気づいた。いくらでも直すところがある。今回感じたことは経済は普通だったら競争とかいくらうけるとかそういう冷たいものだと思っていたが実際は経済は助け合いが基本になっていた。東北で困っているから東北のものを買ってやろうとかそういう助け合いの経済が生まれた。互いに助け合ってやっていこうということが全国的な運動にもなった。そういう心がおしつけでもなく生まれたことは今までとは違っていた。他者を追い落としてでももうけるんだというのが経済だったけど一旦つくづく店がないことがいかにこまるか、そこにモノがあるだけで買えるだけでもありがたい、感謝するという気持ちにもなった。いつも空気のあるようなものは感謝しない、しかしそういうものでも一旦なくなるとこんなに大事なものだったとかのか気づいたのである。それを運ぶ人など普通注目していないがガソリンがなくなったときそれを運んだ人にもありがたいとなったのである。まあ、今回の津波やら原発事故は悲惨だったけどいろいろなものを見直す契機になったことは確かである。

原町区でもス-パ-が開店したからだんだん日常にもどってくるが医療、教育は戻らない、悲惨なのは飯館村とかで避難を強いられた人達である。農業や酪農は土地と密接に結びついているから移動しにくい、だから酷だったのである。

桜は散った、その余韻はつづく、でも騒々しいことはつづいている。これは落ち着くには一年はかかる。延々と津波と原発のことにみんな忙殺されるのである。だから何か疲れる、何もしなくてもこういう被災地にいるだけで疲れるのである。