2011年05月24日

原発と産業廃棄物の問題 (発展途上国は日本の地方と同じ?)


原発と産業廃棄物の問題
(発展途上国は日本の地方と同じ?)

桜井市長は、現在も、行政・法廷の命令で、産業廃棄への反対運動を煽ったとのことで「業務執行妨害」との判断で、給料の差し押さえ
http://ameblo.jp/azizaworld/entry-10887237207.html

共栄クリーンが念願の最終処分場建設工事に着工。(第1期工事200億円)


(株)原町共栄クリーンは既に処分場の第1期工事に着手しており、金200億円と言われている工事費用はNECが負担していると聞いていますが、(株)シンシアが中平から買い取った株券が偽造ということが事実であればNECにとって重大な問題となりますね。
http://keiten.net/articles/big_business/051_01.html


これももしかしたら原発利権とにていたのか?200億円としたら原発とは比べられないけど巨額だ。こうした巨額な金が動くときやはり人間の欲も動く。原発利権と同じ構図ができる。ここは20キロ圏内の立入禁止区域内に入り御破算になった。廃棄場以上の放射能汚染地帯となった。でもなぜ今頃になって桜井南相馬市長が裁判で敗訴して給料までさしおさえるような判決が出たのも解せない、今こんな問題にかかわっていたら市長自体が復興の仕事に集中できない、これも無関心だったけど明かに原発ではないにしろダイオキシンなどの毒を出す施設だからにていた。この産業廃棄物問題も文明そのものの問題だった。膨大な産業廃棄物を出すのが文明なのである。文明は結局様々な毒になるものを出すのである。電気を作るにも火力でも二酸化炭素を出して空気を汚すし原子力発電は二酸化炭素を出さないからいいと推進された。これもそれ以上悪性の放射性物質を出して福島県を塗炭の苦しみに陥れた。この毒は産業廃棄物だけではない、人間そのものから発せられていた。利権と欲がからみ背後に暴力団も関係していた。原発の作業員も暴力団が関係してホ-ムレスを働かせていたように危険な仕事をさせてピンはねしてもうけていた。それで作業員が放射能汚染で死んだ人もいた。原発で実際は千人くらい放射能汚染で死んでいるのではないかと疑われている。それも巨大な権力で国までかかわるのだから隠されていた。


用地買収に絡み7000万円の自作自演の強盗事件が過去発生している、電源開発側から自作自演の強盗犯である買収工作請負人に1億が渡され、そのうちの7000万円が”あさこはうす”所有者に渡る予定だったものを、急遽強盗と見せかけて奪取した事件だ。
(TBS報道特集)


これも買収工作請負人とか原発の用地買収には暴力団が関係していた。そういう裏の仕事は東電でも暴力団にまかせていたのだ。だから東電の前で右翼は街宣車を出さないのも不思議だった。やはり東電から金をもらっていたからなのだろうか?国民がこれだけ憤っているのに右翼もそれに便乗しないのも不思議である。やはり東電の巨額な工作資金が動いているのだろうか?右翼と暴力団の区別とつきにくい、とても愛国心とか崇高な志がある団体とは思えない、結局様々な団体や組織は利権で結びついているのだ。会社そのものが利益を追求する団体であり利益のためなら悪いこともする。会社が利益追求のみを目的化して肥大化することが原発事故の一因にもなっていた。東電は巨大な利益を生む会社であり政府もそれに加担した。学者も官僚もマスコミも加担した。


現代の問題は国より会社が大きな存在になっている。トヨタという一企業がすで日本なのかもしれない、そこに膨大な労働者をかかえるからトヨタがつぶれることは日本がつぶれることだとさえなりかねない、東電だってそうである、東電がつぶれたら国がつぶれるという感覚になる。だから労働組合も企業側にたつ、利益追求は経営者と同じだからである。マスコミだって一会社だから東電から宣伝費として金をもらっていれば東電の悪いことは言わない。すべてが利益追求から成り立っているからそうなる。組織団体はすべて自分たちの権益を追求している。そこにモラルは消失する、権益であり金がすべての社会になる。その利権のために暴力団も背後で動くことになる。これはカルト宗教団体も同じである。団体の利権追求でありモラルはゼロである。創価なども目的は権力奪取だと公然と言っている。まさに今権力をもって甘い汁を吸っている官僚やら政治家やら企業の代わりを自分たちもその利権にあづかりたいということなのだ。実際に公明党が政権をとればそうなるのだ。まず組織団体で本来の宗教があるところはゼロである。世間のどろどろしたものがそこに集る。そして誰でもこの世に生きる限りこの利権からは逃れられない、この利権から脱することが仏教で言う出世だった。今や国より巨大化した組織集団が国を動かしているのであり国はその付属品のようになっているのだ。だから会社の横暴を規制できない、保険会社でも何でも会社の有利に法律が作られている。社会とは社(やしろ)に会すものだったけど今や会社が国以上のものになってしまった。


共栄クリーンもNECの子会社だとするとNECもそんな土地売買とか産業廃棄物にも関係していたのかと思う。コンピュ-タ-の会社だったと思っていたからだ。いづれにしろ現代は会社国家であり会社の利益追求のみが優先され、それにお墨付きを与えるのか国や県の仕事になっている。国や県でもそうした莫大な利益を生むものに加担する。前にも言ったように国でそうしたものを規制したり制限することはできない、経営者だけではない労働組合でも加担している。
そこで最初に産業廃棄物問題でも一地域の住民が反対した。南相馬市市民が全部反対したわけではない、六人だけが裁判に訴えたのである。だから多勢に無勢となる。企業の横暴というときやはり原発でも金をばらまいて地元民を買収したようにとりこまれてしまう側にも責任がある。巨大な企業の横暴を許さないためにはどうするのか?双葉町の家族がばらばらにされた人がロウソクでも暮らした方がましだったといっていたけど極端にしろ個々人の生活を見直さねばならなくなる。江戸時代に帰れとは言わなくてもやはり地方の人が第一次産業を大事にした質素な生活でもいいから美しい自然との共生を計る道を選ぶ、そういう個々人の意識改革も必要である。結局これが絵空事として現実化するのが一番むずかしいから巨大な企業の利益追求にのまれてしまうのである。自分自身もそんな理想を言っているけど電気使わないで暮らせるかとかなるから同じ面はある。でも車がなくても暮らせないことはないのだ。現実不便でもわずかでも車なしで田舎でも暮らしている人はいる。全員にそうしろとは言えなくてもやはりできないことはないのである。文明は負の部分が必ずありそれが交通事故から産業廃棄物から原発の事故による放射能の問題だった。そういう負の部分を背負って文明がある。その負の部分を全くなくすことはできない、それが呪いのようにふりかかってきたのが原発事故だったのである。


現在のグロ-パル経済システムで得しているのは低賃金の零細下請業者に生産を任せ、原生林を伐採し、人件費削減のために新技術を導入して何万人もの従業員を解雇し有害廃棄物を垂れ流し、政界に圧力をかけて人間より会社を優先する政策を進めさせる大会社とそこで莫大な年収を得ている重役であるこのシステムでは彼らの行為にともなうコストはすべて弱者に押しつけられる。弱者は解雇されて収入を失い、森林に暮らす人々は生活の場を奪われスラムの近くに有害廃棄物が持ち込まれ会社のしりぬぐいに国民の税金が使われる、者の目にはコストは映らず、自分は単に新しい富を生み出していると思い込んでいるが実際は庶民の生活や地球環境を犠牲にした富の集中が図られている。
(グロ-バル経済という怪物-デビットコ-テン)


今回の原発事故は構図が発展途上国とG7の先進国の問題とにている。零細下請業者に生産を任せ・・は放射線で被曝して千人くらい死んでいるとかいう零細下請業者がいて暴力団がからんでいる。暴力団が脅しの役目を果たしている。政界に圧力をかけて人間より会社を優先する政策を進めさせ大会社とそこで莫大な収入を得ている重役である・・・・となるとまさに原子力村を構成していた政治家から官僚から学者から技術者からマスコミやら大きな収入を得ている人が多かった。そういう人たちが一番責任あったことはまちがいない、地元の人も発展途上国とは違うからやはり責任はあった。


森林に暮らす人々は生活の場を奪われスラムの近くに有害廃棄物が持ち込まれ会社のしりぬぐいに国民の税金が使われる


森林に暮らす人々(地方)は生活の場を奪われ・・・有害廃棄物(放射能・・)を持ち込まれ会社のしりぬぐいに国民の税金を使われる、国策としてやったことにしても会社が国よりも大きくなっているからそういうことが起きる。会社の力が国を圧倒するからそうなる。そもそもアメリカのGEが日本に原子力を売り込んだことが契機となり日本も原発先進国になった。アメリカに原爆を落とされて次に原発を売り込まれて第二の原子力による惨事が生まれたのである。それも国より巨大化した会社が世界をグロ-パル化して動かすようになったからである。グロ-パル化した世界では会社の力が圧倒する。会社が利益になることは国でもとめることができない、グロ-パル化した企業となり国より大きな力を持つようになっているのだ。先進国の原発は地元も利するから違ってるけど構図はにている。特に経済的疲弊した地域に産業廃棄物とか原発が持ち込まれることではにていたのである。

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2011年05月25日

放射能の影響は風+雨+地形

 
放射能の影響は風+雨+地形


放射能の影響はチェルノブリでは極端だったからその資料が参考になる。しかしチェルノブリと福島県の浜通りにあった原発と地形が余りにも違っていた。それでチェルノブリの放射性物質の拡散はあまり参考にならなかった。ウクライナの穀倉地帯の地平線が見えるような平坦な地形とは余りにも違っていたのだ。そこは日本のように雨もあまり降らない乾燥地帯である。ところが日本はこれから梅雨になり雨がふる。それもまた違った影響を及ぼすしどうなるのか先がわからない、梅雨の最初の時期は浮遊している放射性物質が雨と共に落ちてくるから放射線量は高くなるから気をつけるべきだという。また放射性物質は森のような所に循環するという、葉から幹へ吸収して土に入ってゆく、土からまた吸収されて葉に蓄積される葉が散って土に帰る。そうしてセシウムのような半減期の長いものは森の中で消えないという、一方で雨になると放射性物質は流れだすことは確かである。それは山や森から平地に流れだしてくる。それで山から流れる川を取水して田んぼに流れるから南相馬市では田植えをしなかった。でも相馬市では田植えをしている。飯館村の山が近いし放射性物質が流れ込むことはまちがいない、飯館の山中からは南相馬市が一番流れやすい、飯館村は南相馬市と合併しなかったがやはり地理的にも飯館の山や森にたまった水は南相馬市に一番流れてくるのである。だから真野ダムの水などはどうなるのか水道の水は放射能-ベクレルが高くなるのか?その辺が心配だが発表されていない。梅雨の時期に何かしらの変化があるのか注意したい。


いづれにしろ日本のような狭い国土では山と平地と海は一体化している。山から流れる栄養分の高い水が海に流れて牡蠣に影響していたというのもそのためである。それはいい面での影響だったが悪い面での影響が放射性物質だった。飯館村に向かう浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯とか津島とか30とか40マイクロシ-ベルトとかまでなっていた。そこから山や森にしみこんだ放射性物質、セシウムなどが流れてきたら平地も川も海もまた汚染される。ただ浪江や南相馬市の小高区は20キロ圏内で立入禁止区域になっているから人は今は汚染されない、田植えもしていないから水が流れてきても土は汚染されない、ともかく梅雨の時期に雨で放射性物質がどうなるのか、今一番高い放射線量の所から流れだせば低くなるのか?その辺はまた計ってみる必要がある。雨の影響もわからないのだ。チェルノブリでは乾燥地帯だから雨がふって流れだすことはなかった。日本は雨が降れば流れ出す、それかどういうふうに影響するかはわからない。そして雨がふると付着して放射性物質も土にふりたくわえられるのだ。福島市では高い山が壁となりちょうど雨が降った時がありその時放射性物質もふりつもり放射線量が高くなった。山の地形が影響した。それは栃木県でもそうである。茨城県は平地が多いが栃木県になると山国になる。その山が壁となりさえぎりそこに雨がふると放射性物質が土に堆積しやすくなるのだ。それで栃木県にも放射性物質は堆積した。神奈川県の足柄茶も丹沢などの高い山々がさえぎり壁となりそこにちょうど雨がふって茶にセシウムがでてきた。やはりその丹沢辺りまで高い山がないから風で流され雨がふり茶に出てきたのである。


放射性物質の流れはなかなかとらえにくい、風+雨+地形であり一定したものがない、変数として変化を与えるためにとらえられないのだ。中通りの本宮とか郡山から近い天栄村では放射線量が高かった。中通りが意外と高いことに驚いている。それは風と地形の影響が大きい。浜通りは30キロ圏内でも放射性物質は半分海に流れた。風向きが南風でもちょっとでも風向きが変わると海に流れてしまうのである。それは放射線量の測定で証明されている。山が壁のようになっているとそこにセシウムなどが堆積するが海に接していると海の方に流れやすいのである。それで海側の影響は少なかったのである。そういうことはチェルノブリではなかった。山がない地形だから日本とは放射性物質の流れは違ったものとなった。放射性物質の流れは気象条件と地形に影響される。風は一定方向に吹いていない、それなのに何故飯館方向に一直線に高い放射線量が広がったのか?チェルノブリでは帯状ではなくまだらに広がっている。
日本のように帯のようになっていないのだ。 風の影響もあるが地形も影響した。


やはり大陸だから山がないからそうなった。拡散の状態が違っている。日本では山や谷間の地形が放射性物質を吸い込むような働きをしたのかもしれない、日本の地形はロシアとか中国とか大陸と比べると非常に複雑である。その地形の複雑さが放射能汚染分布にも影響したのだ。海岸沿いは風の影響で海に流れやすいからそれほどどこも高くならないかもしれない、ただこれも地形による。半島のような所から流れたらどうなるかわからない、福島県の浜通りは直線的だから影響が少なかったとも言える。 つまり日本はどこまでも平坦な地形がつづく大陸とは違っている。フランスでもドイツでも山がない、アルプスをのぞいて山岳地帯はない、日本は山と海との複雑な地形だから放射性物質の影響も違ったものとなる。海に大量に流された放射性物質や日本の山や森に堆積した放射性物質が雨でどうなるのかとか被曝したあとの人の健康状態がどうなるのか?そうしたことがまだ未知である。放射性物質の影響がこれからどうなるのか結局未知の分野であり誰もまだ正確に指摘することはできない、だから結局学者でもいろんなことが言える。放射線は体にいいといえば信じる人もいるしこれは非常に危険だと言えば異常に危険だと感じる人もいる。それは誰も正確な知識などもっていないからだ。学者さえそうだとしたら素人などわかりえようがない。そこに混乱の原因があるのだ。

 

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3月15日の風向き


やっぱり図のように飯館村の方向に東風が3月15日に吹いた。それから福島市や伊達氏から北風が吹いていた。そのために東風で流れた放射性物質が北風に押し戻されて郡山市に流れた。霊山辺りが高いのはそのためである。郡山市まで北風で流された放射性物質はさらに東風で天栄村に流れた。天栄村が放射線量が高くなっているのは風の影響だった。
南相馬市は3月15日は影響がなかった。東風だったからだ。そして海側は風がちょっとでも方向が変わると海に流れていた。山の方は山に堆積してしまったのでその後も長く放射線量が低下しなかったのである。

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2011年05月26日

セシウムは雨で流れない?(土に付着したまま)


セシウムは雨で流れない?(土に付着したまま)



大枠としては、原発の現場での戦いと降着したセシウムの戦いになっていくと思うのでこの話題はウォッチし続けることになると思う
なんで放射線量高いのに水にでない。。


要するに雨がふっても全然流れないということだな。


セシウムを吸着しているバンドが地下に下がれば、空中線量は下がってくるはずです。また、耕耘によってバンドが上下に乱されれば線量は
下げられます。


道路や建物に積もった放射性物質が雨で洗い流され、側溝を通して下水処理場に流れます。

郡山市の下水処理場、「県中浄化センター」には広い範囲からの下水が集まります。

 


今日のNHKのアサイチで放射線のことをやっていた。セシウムは土に付着しやすい、だから土が一番の問題になる。セシウムは雨がふっても流れださない、土から離れにくい、だから雨がふっても土から流れてダムなどに流れ込まないから水道にさほど影響がない、下水道からは流れやすいのはコンクリ-トとかアサファルトからは流れやすい、側溝や下水管から流れて下水処理施設にたまった。なぜ学校の校庭が放射線量が高いのかというと土だからである。土に付着しやすいのである。土の面積が広いとそれだけ放射線の影響を受けやすいのだ。


セシウムが逆に雨に流れださないとなればいつまでも土に付着したまま残留する。つまり半減期が30年としたらなかなか放射線量は減らないから飯館村では村民は帰れないとなる。一方で南相馬市とか相馬市では飯館村からなど梅雨の雨でセシウムは流れてこない、放射線量はさほど上がらないとなる。泥とかと一緒にセシウムも流れだす、川の方には流れだすのか?でも別に田植えしてもいいのか、相馬市ではしている。ただセシウムは土に付着しやすく、とれにくい、表土をとるとかしか方法がない、土に付着しているから風で簡単に舞い上がらないともいうからこれもいい面と悪い面がでている。セシウムが土の下の方にしみこんでゆくと放射線量は低くなる。雨で多少はそういう効果がでてくる。

ただ結局この放射能問題は正確なデ-タ-が科学者でとれていない、どういうふうに影響するのか未知である。チェルノブリでは雨がふらない地域だからデ-タ-がない、すべてについてデ-タ-がないから各人の判断で決めろという人がいる。老人は影響がないから神経質になる必要はない、地元の野菜でも自分は食べる。原発はかえって東京のような都会の真ん中に作った方が良かったともなる。なぜなら土がないから洗い流すことができる。土に付着したら取り除くことは容易ではない、放射能は土を一番汚染することが今回のことでわかった。田舎だったら土の面積が広いのだから長くその影響を受けるのだ。今も放射線量が高いのは土からのセシウムから出る放射線なのである。
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河の港に佇みて・・・(ヨ-ロッパ-詩)


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これはイギリスの城だけどやはり河は同じである。運河のようになっているのだ。
霧がかかっているのはやはりイギリスらしいとなる。



 河の港に佇みて・・・(ヨ-ロッパ-詩)


長々とゆるやかに河は流れぬ

長々と川の港に船を待ちぬれ

河により結ばれし街と街、人と人

中世の街や石畳の道の古りぬれ

その路地を静かに我が歩めば

古き教会の鐘は鳴りひびきぬ

厳かに鳴り響きわたりぬ

主への祈りは長くもここに献げられぬ

ラインはロ-マとの境

中世の古城は点々とその岸辺に

フランスのロ-ヌ河やセ-ヌ河や

ヨ-ロッパの歴史は河とともにありぬ

穏やかな河の流れや悠々と

石の古城や教会も古りにし

石の橋もまた人の行き来に古り

秋の日さして旅人は中世の時に戻りぬ



旅をするとき、待つ時間が旅で長ければ長いほど印象的になる。人間は短い時間で何でも消化できない、特に外国のように変わっているとそこが何なのか理解しにくいのだ。ヨ-ロッパでは河が幹線のように流れているから河の文化があことは理解しやすい、ライン河のように国境になっている所もありまたロ-マの境だったこともある。河は国境になりやすいのが大陸でありヨ-ロッパであった。やはり旅して興味深いのヨ-ロッパになるかもしれない、ヨ-ロッパの中世は日本の江戸時代とにている。城がやたら多いのがにている。中世でもそうだが歴史があるということはそれだけその国に文化の厚みがあることなのだ。中国とかには歴史はあっても中世はない、かえって歴史がわかりにくいのも不思議である。大きすぎるからかもしれない、ヨ-ロッパは日本のようにちいさく分割されているから理解しやすいともなる。

ともかく津波原発事故のことで旅のことやら文化的のことを探求できなくなった。ここにきてまた旅を思い出して詩ができた。旅でも外国だとあとからじっくりイメ-ジ化しないと理解できない、やはり外国は変わっているからその場ですぐに理解することがむずかしい。時間のなかで理解されてゆく。要するに貴重なのは時間なのである。急いで旅したら急ぐことに比例して旅の記憶は残らないのだ。旅はやはり一人旅が旅になりやすい、自由気ままな旅が旅である。つまり道が分かれているときその時の気分でどっちにでもゆく、決められない旅が旅である。道は未知だからである。だから近くでも旅はできる、道にそってどこまでも行くのである。旅をしつづけたが今旅が全くできなくなった。5年間の内一回だけ三陸を一日旅しただけである。まあ、30年間くらい旅して来たのだから文句は言えないだろう。今やここは刑務所である。回りさえ立入禁止区域になっている。鉄道は通らないし六号線は遮断されている。刑務所の塀の中の生活のようになっている。毎日津波や原発事故のことが頭から離れない、それでもちょっと余裕ができたから詩ができた。旅を思い出した詩ができたのである。


 

2011年05月27日

風は地形の影響を受けて変化する (なぜ飯館方面に放射性物質が流れたのか?)


風は地形の影響を受けて変化する
(なぜ飯館方面に放射性物質が流れたのか?)

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原発事故があった3月15日の風の変化
http://ribf.riken.jp/~isobe/mon/sim/comp.pdf


浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯から谷間になり飯館村まで風の通り道ができていた。


同様に本流が南風という予報でも、全ての風が南に吹くとは限りません。
 風の流れは水と同様、地形に沿って流れます。例えば、山の斜面に当たった風はその地形に添って斜面をかけ上がり、その山の後側にローターと呼ばれる乱流を発生させます。さらに山と山の合間や山の切れ間には、吹き抜けと呼ばれる風が集束し、風速が急激に上昇するポイントを作ります
http://www.geosports.co.jp/pghtchikei.htm


吹き抜けと呼ばれる風が集束し・・・とは放射性物質も集束するということになる。


特に南と東よりの卓越風は,市街地や工業地域の汚染物質を内陸に輸送して,酸性雨や土壌pHの空間分布に影響を与えていることが推測される。

平の市街地の汚染質はこの東風によって,小川や遠野などの谷状地形の地域に入り込むことが分かる。
http://homepage1.nifty.com/albedo-kobayashi/wind-iwaki.htm


放射性物質の流れで常に不思議に思ったことがなぜ飯館村が放射線量が高いのか、浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯がなぜ高いのかという疑問だった。30キロ圏内の同心円には放射性物質は広がらなかった。その原因が風と地形とその時の気象条件にあった。そしていかに風というのが単なる方向だけではとらえられないもの、地形に影響されて風は吹いている。
だからなぜ南東の方向に風が吹いて飯館村や福島市に放射性物質が帯のように流れ高くなった。とはいえ風の方向が一定していることの不思議だった。風の方向は一定していない、常に変わっているのだ。ところが原発事故があった3月15日の風の方向は浪江の山中(赤字木(あこうぎ)地帯から飯館村に吹いた風の方向は変わっていない、これは地形が谷間になっていて風の通り道になっていた。その時ちょうど雪も降ったとなればそこに放射性物質が一番高く堆積した。谷間が放射性物質を風を吸い込み風の流れを作ったからそこに堆積しやすかった。

一方海側をみるといわき市でも南相馬市でも風の方向は一定していない、変わりやすいのである。南風は確かに南相馬市に影響して3月12日には放射線量が20マイクロシ−ベルになったときがあり上がった。でもそのあと1、2時間で急速に低下した。それは風の流れが常に変わっているからである。特に海側はその頃北風や西風が吹くから海に流れやすいのである。

そして浜通りは海側は平地であり風の流れは変わりやすい、一定していない、ところが浪江の山中から飯館に向かうところの谷間は風の通り道になっていた。だから南東の風の方向は変わっていない、津島の方向も風の流れがあり津島は相当に今でも高い。しかしそこから三春に行く方向は低いのである。それが不思議なのだがやはり地形が関係していた。高い山はないにしろ山がさえぎる働きをした。風の流れが違っていた。郡山の方に放射性物質が流れたのは福島市や伊達市方面からその時絶えず北風が吹いていて中通りを吹き抜けて白河までも高くなった風の通り道ができた。


風の流れは地形によっても相当影響される。飯館村の不運は地形のためだった。必ずしも風の方向によっているのではなかった。なぜなら海側では風の方向は変わりやすい、だから放射線量が高くなったのは2-3時間だった。あとはすぐに低下した。ところが飯館村から福島市や郡山市は放射性物質が堆積して徐々にしか低下しなかった。長い間高い放射線量を記録したのである。風の流れは時々刻々に海側だと変わっている、山は谷間は特に一定方向に風の通り道を作る。すると放射性物質も一定方向に集中したとなる。


福島県でも阿武隈高原がありそこは中通りから越えるとき風の分岐点になる。なぜなら夏は中通りは特に福島市などは盆地だから蒸し風呂のように暑くなる。でも阿武隈高原を越えると海からの東風が吹いてくるから涼しさを一段と感じるのである。これは車ではわからない、自転車で何度も行ったからその時の風を覚えているのだ。車は風を感じないから旅には向いていないのだ。風を感じることも旅では欠かせない、自然を感じることなのだ。鉄道とかも風を感じないから旅をしたとはならない、風をとらえて海を行き来した帆船はより自然を感じるものである。風というときどうしても浜通りで生まれた人は海からの風を東風を感じる度合いが多いから海からの風を受けたいともなる。その風は人の性格を作ることも確かである。海からの風は人間を開放的にもするからだ。ただ自然とはそこに長く住んでいないとわかりにくい、どういう風が吹くかなどそこに長く住んでいないとわからない、地形もわかりにくい、地理が一番わかりにくいのだ。大陸だと平坦であり河が運河のように流れていることでわかりやすい、境界は河になる。日本の地形は余りにも複雑なのである。

 
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風のダイナミズム (海風と陸風-山谷風が放射性物質の流れを作った)


風のダイナミズム
(海風と陸風-山谷風が放射性物質の流れを作った)

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盆地は山に囲まれ風が少なく高温になった空気が淀んだままとなり、夜間にも寝苦しい高温が続きます

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成されることが知られている.
http://www.dpac.dpri.kyoto-u.ac.jp/thesis/sokei.pdf

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成されることが知られている.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E9%A2%A8

 


風には大きくは海風と陸風に分かれる。昼は海から陸に吹き夜は陸から海に吹く、温暖の差でそうなる。海が冷えて陸が温かいと海から陸に吹き、陸が冷えて海が温かくなると陸から海に吹く、海が冷えて陸の方が温かくなる冬は北風、西風が吹く、陸が温かく海が冷える夏は海から陸に吹く、春になって東風が海から吹いたのは温暖差が生じたからでありその南東の海風が浪江の山中の赤字木(あこうぎ)地帯に谷風と一緒になり吹き抜けて放射性物質をもたらした。

関東地方では,関東平野に侵入した海風が中部山地の谷風と結合することによって,碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風が形成される。浜通りの平坦な陸地から阿武隈高原の山岳地帯の谷間をぬけて山谷風となり飯館までふきぬけて行った。碓氷峠を越えて,長野県に侵入するような大規模な海風・・・・この海風が福島市の盆地まで到達したのだ。ここに大きな風のドラマがあった、風の不思議があった。

山谷風というのは確かにある。祖谷というのは四国の奥深い山の中の隠里である。山も2000メ-トル級の山がありその谷間から見上げると残雪でありのしかかるように聳えている。かずら橋がありその谷間はこの辺の山とは違い奥深い。そこから春風がその谷間を通り抜けて吹いてきた。春を告げる風はやはり海風が谷風となりはるか山の奥地まで吹いてきた。その時岸辺には桜も咲いていた。その風は谷間をさかのぼり吹き抜けるようにそよいできたのだ。海からの風は常に受けているがあのような山深い所に吹いてくる春風があることをその時感じた。この風を感じることは明かにその土地を感じることである。風は土地土地によって違っているのだ。だから明日香風とか風に特有の名前をつけたりしている。風は映像化できないからその土地に立たない限り感じることはできない、でも風を感じる時間がない、何かあわただしく旅しているとその土地のことが自然がわからない、歴史的なものもあり自然的なものも一度におしよせるから旅ではいろいろなものを見逃す感じないで記憶から消えやすいのである。


祖谷のかずら橋
http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&uid=SS000048


今回の放射性物質風が流された経過は地形によって変わり海風が福島市まで吹いたこと、それは風の不思議であり風のドラマがあった。好ましくないものではあったが風の思わぬ動きを知ることになった。福島市が放射性物質の影響をあれぼと受けるとは思いもよらなかった。でも実際はすでに東電でも研究していて予想していたのである。風の研究をしていればわかるからだ。そういう科学者がいくらでもいる。東電ではまちがいなく今回の危険も察知していた。そういう報告はされていた。ただ実際にその対策をとらなかっただけなのである。なんかこの機械が調子おかしいな、この車はどうも古くなってどこかおかしい、危ないなとか感で気づく人もいる。そうしているうち必ず事故になったりする。原子力の場合はそう思っても現場の人が感じていても余りにも巨大なるもの複雑になっているから古くなってもそのまま使うほかないとか危険を見過ごしていたのである。一部を直してもどうにもならない、全部直す他ない、廃炉にした方がいいかもしれないと思っても余りにも費用がかかるとか巨大なるが故に手をつけることさえできなくなっていたのかもしれない。そんな危険なものを人はもはや操作できないのだ。


ともかく風の流れは意外と大きな流れだったし予想しにくかった。福島市とか郡山市とかまで風が影響したことに驚いたのである。伊達市の小国とかは山間の小盆地でありそこが放射線量が高くなっていたり一部で避難するようになった所もある。盆地には風の関係で放射性物質が堆積しやすかった。日本では小国という地名が実に多い。山間の小盆地の地形が多いからである。そこが小さな国となったのもわかる。福島市も盆地だから放射性物質が堆積した。海風が陸の奥深くまで影響するというとき最近のアメリカのミズリ-州の竜巻はメキシコ湾の温暖化にあったというから海が関係していたのである。風には地球のダイナミズムがある。福島市まで海風が影響したとは思わなかったからだ。

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2011年05月28日

セシウムは雨で流れるのか流れないのか? (セシウムは不溶性)


セシウムは雨で流れるのか流れないのか?
(セシウムは不溶性)


福島市で浄水過程でできる不純物から、20万ベクレル/kgを超える高濃度の放射性セシウム等が検出されたようです。


福島県郡山市の下水処理場の汚泥24000ベクレル/Kgもの放射性セシウムが検出された

 


屋根や舗装道路に降り落ちた放射能は雨水に洗い落とされ、洗い落とした水の中の放射能は排水溝中の汚泥と結合して不溶性となります

地では耕作を行いますので、その結果として耕土はかき混ぜられ土壌の遮蔽効果により外具線量率が著しく低下しました。
http://www.enup2.jp/newpage55.html


生体に吸収されるには水に溶けなければいけないので、不溶性の物質は植物に吸収されない。そのため、セシウムはピート(泥炭)地帯で一番よく植物に入り込む。
http://blogs.yahoo.co.jp/hatsugenya/3349264.html


森林や山岳地帯の土壌は泥炭土のような有機質土壌の上に腐植した落ち葉が重なっている。このため森林の草木や動物は放射性セシウムの吸収が特に高い。また森林生態系における放射性セシウムの永続的なリサイクルも放射性セシウムの蓄積を加速している。
http://www.enup2.jp/newpage31.html

 



今日の週刊新潮には梅雨になったら飯館からセシウムが雨とともに南相馬市に流れてくるから注意しろと書いてあった。一方で土に付着したセシウムは雨で流れないということも学者は言っている。週刊新潮では
「放射性物質で汚染された土壌や汚泥が濃縮して堆積されたものが雨によって徐々に流出することは過去のデ-タ-でも示されている。特に南相馬市と相馬市は水源が飯館村にあるから雨がふると放射能に汚染された水が平地に流れます、相馬市などの農業用水を使う場合は十分に注意が必要です」学者の名前もでている。でも過去のデ-タ-とは何なのか?これを知ることはここからはできない、チェルノブリしかないのが普通である。相馬市では田植えしているからやはり危険をともなうものなのか結果を見ないとわからない。

なぜ福島市とか郡山市の下水処理場か高濃度のセシウムが発見されたのか?それは都会のコンクリ-トととか舗装道路から側溝に流れ下水管を伝わって流れてきたセシウムではないか?

道路より側溝は10倍くらい高くなっていた場合を放送していた。下水に泥に交じり流れたのではないか?下水は糞尿など流れるようにそいうものについてセシウムは流れやすいと学者が言っていた。雨と交じって流れることはない、土に堆積したセシウムはなかなか土から離れない、その土の性質によるが粘土質になると余計に離れない、不溶性の性質があるからだ。だから山とか森からは汚泥炭のような土壌からセシウムが流れにくいだろうと言っている。ただコンクリ-トとかアサファルトからは流れて下水の水道管に流れ汚泥化したのが高濃度のセシウムとして発見されたのである。

土の塊りとともに付着して一体化して流れてきた。水に溶けては流れにくい、セシウムが不溶性だということがポイントではないか?

飯館の山中から流れるとしても泥のよう交じって流れて来たら高濃度のセシウムが発見される。でも田んぼに流れるのは水であり水に溶けてセシウムは流れない、だから田んぼの影響は少ないのか?やっぱり放射能問題はチェルノブリの報告を詳しく読むと参考になる。そこしか実際に実験場になった所はない、土への影響もそこで研究されたし日本人も放射線問題ならチェルノブリに実際に行って研究する。結局福島もそうなる、放射能の研究の場になるのだ。特に飯館村は一番放射能の研究の場になり研究所ができるようになる。世界中から研究者が来ることになる。チェルノブリになってしまうのである。


ともかくもし水に溶けてセシウムが流れたら水道が一番問題になる。水が飲めなくなるから大変である。一時期そういうことがありパニックにもなった。でもそうならないのだろう。多少の変動はあるかもしれないが梅雨の雨で大量の雨でもセシウムが雨とともに流れだすということはない、ただ実際のところはわからない、インタ-ネットからだけでもわからない、もちろん自分のようなのは科学ということが余りにも疎いからわからない、それでも自分なりに辻褄を合わせるとどうもセシウムは不溶性であり土に付着して離れない、泥のようなものに付着したら余計に離れない、セシウムの団子のようになり下水処理場からの汚泥に非常に高いセシウムが発見されたことがそれを証明している。

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白薔薇(長門裕之死す・・・)


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雨しととしみ入るごとく我が庭に白薔薇二輪咲きつつ暮れぬ


石二つ隠れてひそか塀の内誠尽くして長くありしも


石二つ隠れてひそか塀の内忘れな草のここに咲くかな


苧環の花のひそかにここに散るその静けさや石見守りぬ


●長門裕之死す


長門裕之もあっけなく死んだ。死後も南田洋子さんのことを認知症介護のことで演技しつづけた。認知症の南田洋子を晒者にしたという批判があったが死んだ後も売り物にして演技しつづけた。やはり役者は現実世界を演技にするのは良くない、舞台やドラマならいいが現実を演技化することはできない、人生は演技ではない、真摯に生きることは演技ではない。ただシェ-クスピアのように人間は人生の儚い一場を演技するというのも真実なのだ。人間はみんな何かしらの役を演じて死んでゆく。人間は一人一人がそれぞれのドラマを演じて死ぬ。長門裕之はそもそも役者だから現実をドラマ化してしまった。夫婦の愛といってもドラマの中の愛のように演じてしまったのかもしれない、最後に美人で聰明な俳優も余りにも無惨だった。それは身近に自分も経験したからわかる。認知症は最悪でありこれほど悲惨に人間が死んでゆくものかということをプログを初めてから書いた。その後は自分の人生は信じられない事件の連続だった。そこからすべてが狂ってしまったのである。最後は津波であり原子力事故による放射能被害である。田んぼは田植えされていないし鷺が消えた。蛙も田んぼに鳴かない、津波の無惨な跡はまだ残っている。これは一体何なのか?これが現実なのかということが未だに理解しにくいのである。


誠を尽くすとは愛とは隠れたところにあるというのは本当だろう。愛も隠れたところに発せられる。愛している人への心使いなどは女性の細やかさは目立たない、自分が台所家事をやっているから気づいたのである。人間が愛し合うとか信頼しあうとか長い時間がかかる。だから家の中で働いてもちうことはむずかしい。家の中なくても人と人が信頼しあうには時間がかかる。その時間が老人になるとなくなる。すでに家族を作る時間も消失していたのである。金だけの関係ははかなく一時的に消えてしまう。金では人間の心は買いない、だから介護なんか親ですらなかなかできないというのはそういう隠れた愛をもつことがむずかしいからである。


●金メダルリスト ワンジル(20才)転落死


これは成功しすぎて女性問題でもめて死んだらしい。一夫多妻制とかも影響していたのか?
結局余りにも若く成功しすぎた結果としてこうなった。貧乏だったらこんなふうな死に方をしなかったろう。余りにも若くして大金が入ったり成功すると失敗する。これもやはり短い一生の役者を演じて終わったともなる。人間どんな死に方をするかは大事である。死ぬときにその人の一生が集約されるというのも本当だろう。人のことを言うのは客観的に見ているのは楽だけどやはりそこから教訓を得るというのも必要だろう。スマトラであれだけの津波があったのに地震があったのに日本人が警戒もせずのんきだった。今になると他人の不幸を関係ないと思っていたのである。人間はいつ危険な目にあうかわからない、この年までただ幸運で生きられたのかもしれない、今になると自分の病気だ、介護だ、回りもろくなことがない、人間ともかく最後はみんな儚い夢として終わる。


●沁み入る・・・は独特の大和言葉


デジカメ時代とパソコン時代になりこの技術がまさに新しいart(技術)を生んだ。ただ加工している過程で芸術が生まれる。まさに絵は描けなくても加工技術で芸術を作り出しているのだ。
人間は生活した所に何か生きた証が刻まれてゆく、庭一つとってもそうだとするとき町々に村々にも刻まれた歴史がある。そういうものがもし避難した人たちが帰れないとしたら喪失する。そんなこと誰も考えない、延々と同じ場所での生活はつづくと思っていた。一つの町や村ごと鳴くなということがありうるのだろうか?確かにダムに沈んだ村とかがあった。でも一万人以上の町がそっくりなくなるということはありえなかった。だから想像もできないことだった。これからそうした村や町は復活するのか?そんなことを考えもしなかったろう。


しみいるというとき、岩に沁み入る蝉の声のようにしみ入るというのは大和言葉であり独特のものである。しみ入れということは他の言葉には
訳せないのである。日本にはしみ入れということが多い土地ではないか?雨でも土に沁み入るになる。芭蕉の岩にしみ入ると表現したことは極めて日本的な感覚だったのである。日本の風土から生まれた感覚である。したたるとかしみ入るとかは湿潤な風土だったからそうなる。それがセシウムが雨でしみいるとなるとは思いもよらなかった。原発が近くにあっても放射性物質がどう影響するかなど農家でも漁師でも想像すらしなかったろう。でも放射能を知っている人はシュミレ-ションできた。こういうことはありえた。日々放射能を相手にしている人はそういうことを想像できたのである。もしメルトダウンしたらどうなるのか危険を知っていた。それを近くの人に教えなかったのである。教えれば危険だから原発は建てられなくなるからだ。安全だと言っていた人が危険を知りながら安全だと言っていたのである。だから罪が重いのである。

 
 

2011年05月29日

南相馬市鹿島区の放射線量 (狭い地域でも違う放射線量)


南相馬市鹿島区の放射線量
(狭い地域でも違う放射線量)
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5-4-3マイクロシ-ベルトと色分けされる


「私たちの地区は隣の飯館村に負けないくらい放射線量の数値が高いのに、避難が求められる、『計画的避難区域』にも『緊急避難準備地域』にも入っていない、私たちの地区は安全なんでしょうか、ここは水道もなく、井戸水で暮らしているだけに心配です』
(南相馬市鹿島区橲原地蔵木地区に住む人) -FRIDAYの記事



これも地理(地形)がわからないとわかりにくい、地元の人なら知っているが八木沢峠へ通じる所が地蔵木であり橲原渓谷を下ってゆくと回りが山で囲まれた平地の橲原村がある。ここまでは結構距離がある。不思議に思うのは放射性物質はどういうふうに流れたのか?南相馬市に20マイクロシ-ベルトが流れてきたのは3月12日である。それも2-3時間で急速に低下した。その後確かに4-5マイクロシ-ベルトになったときが水素爆発したときになった。でもそれは少ない。

ここで5月9日のデ-タ-を基にすると地蔵木では地上一メ-トルから計って約4マイクロシ-ベルトあった。一センチだとプラス一マイクロシ-ベルトになる。地蔵木から橲原渓谷を下って滝のあるところの新しい橋の児頭滝では約3マイクロシ-ベルトになる。5月9日では高いのかもしれない、栃窪も1.42だから高い、町内(西町)は0.4である。鹿島区内でも高低がある。学校の校庭が比較的高くなるのはセシウムは土に付着するからその面積が広いと影響する。それから土よりも草と葉につきやすい。だから草とか葉からは高い放射線が出た。

南相馬市は立入禁止区域-計画的避難地域-避難準備地域-普通の地域と分断された。

不思議に思うのは放射性物質は風で流れてきたことを考察したがそれでは一体八木沢峠へ向かう地蔵木とか橲原渓谷を下って橲原村に出る所がなぜ高いのか?海の方から吹いた東風が浪江の赤字木(あこうぎ)地帯から飯館村に吹き抜けて高くなったということは前に書いた。
でも南相馬市の場合は海側から東風が吹いて山側に放射性物質が流れたとはいえない。
放射性物質は赤字木(あこうぎ)地帯を中心にして等高線を描いて広がっている。だから風は夜に山から海に吹くとしたら飯館方面から吹いた風が谷間などを吹き抜けて橲原の児頭橋付近が高くなった。南相馬市の場合は海側から吹いて高くなったとは思えないのだ。これは地理が地形がわからないとイメ-ジできない、浪江が高い高いと言っても地理がわからない人は海側ではなく山側だということをイメ-ジできない、そして橲原といってもまた地形は複雑であり地蔵木近辺と児頭橋付近は距離もあり違っている。やはり飯館の山側から吹いた風が影響して橲原の児頭橋付近も高くなっている。栃窪も1.4だから飯館村の大倉から真野川の谷間を夜に吹いてきた風が影響したのか?小山田は0.7で低い、これも山がさえぎっているからだろう。
原町区の大原もやはり風の影響なのか、八木沢峠から下ってくる風が影響したのだろう。?

ただこの辺でも海側から吹いた東風が影響して高いと思うのが普通である。でも等高線のように赤字木(あこうぎ)地帯から放射線が分布してしいるのをみると南相馬市の海側から放射性物質が広がったようには思えないのである。ただ風の流れを知ることは容易ではない、地形にそって流れるということも書いたように複雑になるからだ。風は天気予報でも今でも東風が昼間に多く夜になると北風になっている。山から吹き下ろす風になる。それが谷間をぬって橲原渓谷や真野川渓谷を流れでた地点が高くなることイメ-ジできる。結局風の流れは今は関係なくやはり放射性物質が一時高く流れたとき森や土に堆積したのが今も影響している。


いづれにしろ水道水だけでくな井戸水を利用していた。山からの湧き水を利用している人もまだ山の方にはいる。そうなると流れてくる水が放射性物質、セシウムなどに汚染されていると問題になる。FTIDAYでは雨水が樋から流れる場所で114マイクロシ-ベルト記録したという、これはどうしてそうなったのか信じられない、雨水にセシウムが交じってそうなったのか?それなら危険だとなる。葉とか草にセシウムはつきやすくそういう水が集ると高くなることは確かである。

ともかく酪農でも農業でも高齢者が多い、跡継ぎのない人もいる。大原の人はそうだった。それで廃屋になっている所もある。農業漁業は定年がないから長くやれることは確かだが労働は苦しい。そうなると保証してもらってやめるようになる。でも保証されないと避難もできないことは確かである。大原は計画的避難地域には入っていないが避難準備地域には入っている。鹿島区は30キロ圏内からはずれたら全然国の指定地域に入っていないのである。

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南相馬市で餓死を10人以上確認しました


「南相馬市で餓死を10人以上確認しました」 森まさこ議員


◇2011年5月28日

「南相馬市等で餓死」メールが来たのが20日。監察医の連絡先を調べ23日電話。
監察医「3月11日から5月2日までに餓死12名、自殺3名。・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/uwajima_sophia/9837843.html


これは衝撃的本当なのか?
どこの地区で餓死があったのか?それが問題だ。
津波の被害もあったからその時着の身着のままで避難した人がいた。
避難所に逃げたらそこで最低の食料があるから死ぬことはない
ところがそこまで行けない人がいた、車がガソリンなしで使えなくなっていた。
街から遠ければ避難所にも来れなかった。
でも食料がないということは信じられない
田舎だったら農家では米の貯えがあるからな


自分は15日間苦しかった。三食用意するのが大変だった。食料として餅とか米があった。あと海苔とかあった。米は一人分でもたける電気の炊飯器でたいた。30分くらいでたけたから助かった。一人は寝ていて何もできない、全部自分でやるほかなかった。電気は来ていたから米さえあれば餓死することはありえない、水道も出ていた。一部水道が使えなくなっいた地区があった。

10日間頃過ぎてから米の貯えがなくなった。その時ちょうど米の配給があった。でも南相馬市は一時物資が入らなかった。その時期が結構長かった。ちょうど米がなくなったとき鹿島区では米が配給されたので助かった。近くの農家の人は米をもっていた。借りようとしたが配給されたので助かった。米さえあれば死ぬことはないと思った。ただ電気がないと米を炊くことができないから大変なことになった。

ただ南相馬市は一時放射能汚染で外から物資が入らないことは確かだった。貯えもしていない人もいた。今は一週間分でも貯えている人は少ない、たまたま米をス-パ-で一袋買ってあったのが良かった。あと餅を一袋とか買ってあったので助かった。あとは缶詰が何個かあったくらいだ。でも餓死するとは考えられない、どういう事情でなったのか詳細がわからない。

南相馬市は一時物資が入らず窮乏した、でも餓死はありえないと思う。避難所に行けばおにぎりとかもらえたからな、これが本当だとしたら悲惨である。津波の被害でも小さな部落ではあるもので助け合っていた。水も井戸水とか湧き水とか山の水とか利用して協力してしのいでいた。
街だと孤立している人がいる。無縁死になる。自分も回りとつきあいないからそうなりやすかった。ざいの方で死んだのか?街の中で死んだのか?それが問題である。かえって街中で助けがなくて死ぬとういこともある。津波もあったから何が起きたのかわからない、それにしてしも10人は多いし自殺した人も3人もいたというのはショックである。それは津波に襲われた人なのか?
そもそも意外と近くのことをわからないことがあるんだよ、無縁死ということが田舎だった起こりえる。結局詳細がわからない限り信じがたい、ただ10日から15日間くらい外から物資が全く入らないときがあったからその間に餓死した人もいたのか?

爆発があったとき南相馬市では逃げた人が多い。でも残った人もそれなりにいた。逃げた人はつてのある人だった。また市で用意されたバスで避難した。残った人で食料がなく死んだのだろうか?それが信じられないというかイメ-ジできない、人間は水だけ飲んでいたって10日間くらい死なないだろう?原町区では米をもらいないから死んだのか?米はざいから避難所にもちこまれたはずである。都会と違うから米かなくなる、米に窮するということはありえないはずだが・・・

田舎はたいてい自分ちで食うくらいは畑に野菜うわってるので

その野菜だけど路地野菜は放射能に汚染されていたんだよ、その時知らないで食べた人もいるだろう。飢えて死ぬよりは良かった。

津波があり原発事故がありあの時何が起きたのか?異常なことが起きても不思議ではない・・・
でも十人も餓死するということはショックである。その詳細がわからないと信じられないだろう。
病人が死んだのか、介護さているような瀕死の人が死んだのか?そういうことはありえる。弱っているから食料もままならなくて死んだとなる。病院に置き去りにされた死んだ人もいるからそういう人たちだったのか?ともかく情報がないのでわからないが本当だったらショックである。

猫が一匹とりのこされていた。飼い主がいなくなっていた。餌をやっても食う気力もなくなっていた。あの猫は死んだのか?そういう人がいたのか、人間はそんな簡単に死ぬものなのか?
たいして食べなくても人間はそんな簡単に死ぬはずがない、いろいろ考えてもわからない謎である。こういう時は人と人のつながりがない人は窮乏するかもしれない、普通は金さえあればモノには困らない、でも物資が入らない、店もやっていないから金があっても役に立たなかった。

金で買える所がなくなったのである。緊急のときは金が役に立たなくなる。金で物資を譲ってほしいといってもみんなも今の食料を確保せねばならないとしたら売ってくれない、そういう状態に置かれたことも確かである。金で何でもできるわけではない、人と人のつながりをもっている人は助けてもらえる。その時金があっても役に立たない、そういうことが緊急時にはあるがあとはまた金がないと困る。仮設住宅に入りたくないというのは避難所だと三食は用意してくれるけど自前になり金がかかるからだそうである。とにかく緊急時のために10間くらいの備蓄は必要である。

人間はみんな助け合うとは限らない、津波で金庫が流されたとか金券などを探し歩いていた人がいたとか、立入禁止区域に入って泥棒していた人とかいろいろだよ、火事場泥棒が必ず出てくるんだよ、それも人間だよ、自分もそういう目にあったから人間がひどいやつがいるもんだとつくづく思った、遠くからも入ってくるし近くでもいる。結局こんな動乱の時は何が起きるかわからない、今も津波の被害で泣いている人が無数にいる。75日間たっても何ら解決していない、悲惨なままなのである。

posted by 老鶯 at 05:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連