2010年11月02日

病院を退院しました!



いろいろご心配かけました、昨日病院を退院しました
今回の入院は自分にとって大変な経験でした。
経験したことを随時書いていきますのでまたよろしくお願いします

病院を退院して短歌十首


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久しきや病院より帰り我が庭に山帽子の実なり手に触る

病院を退院せしも同室の人を思ふや秋深まりぬ


退院し我が寝しベッドや看護師の何か思うや秋深まりぬ


病室に日々に見ていし大原の方に広がる景色忘れじ


大原の方に秋の夕焼け美くしく病室に見て忘れがたしも


病室の窓に見にけり故郷の実りや農家の人とありにき


切々と妻は夫に絶えず語りかく声なき夫のあまりに悲し


病院に一カ月いしその日々の忘れががたしも故郷思ふ


我が家に帰り来るも耳聞こえぬ母と通ぜず家にしあらじ


病院に頼るべき人もなかりけり身寄りなき我悲しみをしる


病室に病をともに一カ月慰め合う人忘れがたしも


身寄りなき我をなぐさめし看護師や同室の人忘れがたしも



今回の一カ月の入院の体験は人生を変えるほどの大きな体験だった。一カ月ベッドに寝て思ったことは今までありえない経験であった。前に姉を介護に通った病院だったけど介護す身と介護される身、本人が入院して看護されるようになった場合とは全然違っていた。介護する方も苦しいが介護される方はもっと苦しい。自分は最初から食事は食欲あり食べられるし普通に歩けるし病気のように思えなかった。全部自分のことは自分でできたから誰も介護にきてくれなくても一人でやれたから良かった。ただ二週間すぎて退院近いとき40度の熱を三日だして寝込んだ。41度になったときもあった。この時は本当に病気になったのだ。心細く誰も頼るものもなく不安一杯で寝ているほかなかった。まず自分で自分のことをやれなくなったら身寄りがないということは悲惨になる。例え看護師が世話してくれるといっても家族が来ない患者は軽んじられる。


それより家族が患者となんらかでもやりとりがなければ自分で自分のことをできない人は悲惨になる。隣に寝ていた人はそうだった。94才で施設の人で身寄りがない、施設の人が二三回来ても家族は誰もこない、そして毎日鼻から栄養を入れられ痰が出るのでその時苦しいのか、毎日う-あ-うお-とか叫びわめく、それしかない、静かなときは眠っているだけである。
あとは何の反応ものない、こういう人は本当に生きているのだろうか?ただ無理やり生かされて死なされない、死ぬことができない、施設に入っていても金は入るから生かしておく、でも実際は死んでいる、でも死なされない、それは明らかに一種の過酷な刑罰のように見えた。今や長寿は祝福となるとは限らない刑罰の様相も帯びているのだ。その人は死なされないという刑罰を受けていたとしか思えないのだ。本人はただわめき叫びあとは眠っているだけで生きているとは思えなかった。

もう一人はしゃべることもできない、わずかに手を動かして妻が来たとき握るがこの人は死んだ人とは言えない、妻とは通じ合っているのだ。でも表情は出ない、笑う、ほほえむ、泣くという感情の表現が全くない、前には笑うことと泣くことしかない女性がいたがその人は言語のリハビリで言葉がわかっていたので回復していった。つまり感情は正常であった。この人は感情表出が全くないのだ。でも毎日妻がかたりかけわかっているんですよと言っているのも悲しい。


ともかく姉が認知症になってから自分に起きてくることは奇々怪々なことが多い。家に帰ってからもまた大事件だった。心配していたことがその通りになっていた。大金をなくしてしまった。額がかなり大きいからがっくりきた。でもこれも全く一カ月母とは耳が聞こえないので連絡がつかない、自分が死にそうだと言ったところでナニ・・・・わかんねえ・・・これですべて終わりである。このことが心配で急に入院させられたことががショックだった。脱水で何度死ぬと言われたので病院をでることができなかった。家とも連絡がつかないしどうにもならなかった。正直自分にはもう家はないと同じである。病院とかでも施設でもそっちのほうがましのようにさえ思えた。結局誰も頼りになるものがいないからだ。病院は自由はないから苦しかったが元気になれば自分も施設に入りたいとさえ思った。集団生活でも誰も仲間がいないよりいいなとつくづく思った。


あまりにもいろいろなことがあり病院からプログに書き込みたかったが今度はパスワ-ドを入れないと書き込めなくなった。古くても長く使っていなかったノ-トパソコンなのでそれかできなくなっていた。こういうときは次から次と問題が起きる。姉が認知症になってから今もその問題は解決していなかったのだ。最後は入院そして大金を無くすことで終わった。これもどうにもなない、運命だとしかいいようがないからあきらめた。額は大きいがこれも身から出た錆だったのだろう。
なくなるべくしてなくなった金だったとしか言いようがない、その原因は自分の家の崩壊からきていたのだ。誰も家を守るものがいない、その空白がそういうことをまねいたのだである。

これから病院で体験したことを随時書いていきます、いろいろ心配かけましたがまたよろしくお願いします

冬に入る別れ-短歌十首


冬に入る別れ-短歌十首


守の間に花は美しく咲きにしも人は悲しき永久に別れぬ


北風の吹きにしときに別れけりその女と会わじ冬に入るなれ


一時の出会いに別れあわざりきその厳粛さ人は思わじ


別れてもなお心の通じ合う人にしあれば別れの辛さ癒されにしを


短き日家族のごとにともにありその日もはやすぎ冬に入るかな


人生はその場その場過ぎ去る日軽く見しかな二度と帰らじ


頼もしと思いしその女去りにけり再び会わじ悲しかりけり


人と人別れは定めもその記憶心に深く残るべしかな


病室の人と別るもその人をなお思いつつ秋深まりぬ


病室になお残る人冬に入る大地を踏みつ我が思うかな



「さよならだけが人生だ」というとき老人になると痛切に感じる。どんなに人に会おうが結局、人と人は別れてしまう。例えそれが親密な家族でもそうだった。親子でもそうである。夫婦でもそうである。必ず別れがある。会うとは別れることを前提としてあるのだ。別れがあるから会うことに深い意味が出てくる。もし永遠に別れることがなければ会っているこの意味や重大さを認識することはないのだ。自分にも二つの別れがあった。病院で会った人との別れ、また家での別れがあった。一時は家族のようにあった女性とも別れてしまった。これもやむをえない、本当に出会いは病院では一カ月だったけどそれが一年とか非常に長く感じたのだ。一日同じ病室にいるから長く感じたのである。それだけ同じ病室の人は親密になる、家族の中で働く人も親密になる。しかしそれにもいつか別れがある。でも故郷との大地になお結ばれているということがまだある。農家の人が互いに親密なのは大地を共有する感覚からきている。病院も共同する意識が育つ、近くに住む人の別れはまた別なものになるだろう。漢詩にも別れの詩が非常に多い。当然あれだけ広いのだから別れがテ-マとなる、その広い土地で二度と会えなくなる別れだからこそあれだけ別れの詩が多いのである。


ともかく冬になってきているのだろう。寒い北風が吹いてきた。また淋しい冬がやってくる。晩年の自分の人生は本当に冬だった。自分は確かに世間の冷たい風や労働の厳しさを経験していない、20代に激しい労働をしたにしてもそのあと30年間は全く働かず生きてこられたことが不思議である。みんな営々と働いてきているからだ。そのつけが今回ってきたのだろう。自ら労働して稼がない金は身につかないのだろう。今や世間の冷たい風を一心に受けているのだ。これまでの五年間の経験はそうだった。ともかく人と人は常に出会い別れる、それは六十代でも七〇代でもつづいているのだ。むしろ老人になれば死ぬ人が多いのだから別れは日常的になってしまう。あの人も死んだかとか特別な感懐もなくなってしまう。遂にはこの世とも別れてしまうのが人生だった。この世の景色をもう見ることがないのだ。いろいろあった世間のことも断絶して終わりになる。死ぬときは何一つ持たず死んでゆくのである。死ぬときはこの世のものは何もいらないのだ。金も何も必要でなくなってくる。ただ死ぬとき己の成した罪を深く自覚する人もいるかもしれない、そういう内面的なものが死ぬとなるとき集中してでてくることがある。総決算としてでてくることがある。死ぬとはこの世との最後の別れなのだ。どんなにこの世に未練を残しても断ち切られるのが厳粛な死なのである。

2010年11月03日

初時雨


大輪の菊に小菊の調和かな


晩年ににじむ苦労や時雨かな


田舎には空き地の多し時雨かな


茶室への細道あわれ初時雨


石二つ隠されかすか時雨かな

今日はまさに初時雨だった。早く冬がきているみたいだ。病院は閉ざされた空間だった。外の景色が見えても一歩も外に出ることができない、刑務所と同じだった。だから病院を出て地に落ちた木の葉や自然にふれたとき新鮮だった。自然は病院の窓からしか見えない、風にふれたり花を見ることもできなかった。病院はもっと自然をとりいれたらすごしやすい、贅沢でも中庭とかありそこに花々が植えられていたらどれだけなぐさめられるだろう。点滴されるから歩くのも容易ではない、でも病院は殺風景だからそうした自然をとり入れてなぐさめられる場所が必要なのである。特に病院が死に場所になっている現在では病院の役割は大きくなっている。単にモノのように治療だけでない、死に場所としての環境の整備が必要になる。タ-ミナルケアの病院もでてきているからそういうところでただ人間を治療するだけのモノではない、最後まで人間として自然の中に人間の中に生きる環境が必要なのである。医療の問題は広く病気を直す治療だけではない、人間全般にかかわるものとしてとらえるべきなのである。


ともかく今日は本当に初時雨だった。病院では感じられない、自然を感じた。病院をでてきて自然が新鮮だった。一カ月間病院の窓から自然をみていたのであり今までのように普通に自然にふれられなかったのである。病院と刑務所はにている。鎖につながれないにしろ点滴は鎖と同じなのである。そして塀の外、病院の外には一歩も出れないことでも共通していたのである。

タグ:時雨

崩壊する農家(南相馬市の原町区の大原の人の話しを聞いて)


崩壊する農家(南相馬市の原町区の大原の人の話しを聞いて)


●大原は山と結びついていた

南相馬市の原町区の大原の人と病院で同じ部屋になりいろいろ話を聞いた。その話を病室で聞いていると不思議に自分も大原の人となるような錯覚に陥っていった。それは特殊な病室という環境からそうなった。その病室から原町の市街と大原の方が見えたのだ。そして毎日その大原の方を見ていた。見るべきものもそれしかなかった。そしてその大原に住んでいる人の話を聞いたときまるで自分も大原の人のようなってゆく不思議さを感じた。その人は大病になり同じ部屋に来たときしばらくしゃべることもできなかった。ところが突然しゃべることができるようになった。それを見ていて奇跡のように驚いた。二カ月間くらいは意識がなく何がなんだかわからなかったという。その人が急に正常にしゃべりだしたので驚いたのである。それからその人の話をいろいろ聞くことになった。話しやすい人だったし病院は暇だから親密になり話するのに向いていたのである。それで何度も大原のことを聞いた。意外だったのは山に近く猿やイノシシがでてきて農作物を荒すということを何度も言っていた。猿は柿を食い種は鳩が食うとかイノシシはマムシまで食うとか戦後は食い物がなく猿まで食った。脳味噌は傷を直すのに利用したとかいろいろ話があり興味がつきなかった。今でも薪を割って風呂をたいているのも燃料の節約になる。


●農業の機械化も昔からの大家族を崩壊させた


その人は一年前くらいに妻をなくした。それから一人きりの生活だった。近くに娘がいても息子がいても大きな家に一人暮らしだった。息子は市役所勤めで街内に住んでいる。でも市内まで車があれば大原が近いのに一緒に住まないというのは変だと思った。でもみんな今は親とは一緒にすまないという、そこで猫を飼っていて猫のことを心配していた。留守にしている内障子を破られていたとか言っていた。毎日息子か誰かしら親族が来て話ししていた。自分にはうらやましいと思ったのだが一緒に娘と息子などが近くにいても住まないというのは変だと思ったが今はこれが一般的だというのも時代である。みんな会社勤めが優先される、現金収入が優先される、金の時代となった。農村にも貨幣経済が入り込み金中心の世界になった。農業より土地より会社勤めで金を得ることが優先される時代になった。労働の単位も機械化により小さな家族単位になった。今高齢化とか小家族でも農業が継続できるのは農機具のおかげである。昔は大人数で協働しないかぎり農業はできないものだった。それで今でも農家は連帯することが多いが昔は協働労働だからさらに連帯感があった。この農機具が金のかかるものなのだ。部品を取り替えたりするのに一〇万とかいろいろともともと高いのに金がかかる。七〇〇万の使っていたとか15町分の田や畑をもっていた人は二千万だった。協働労働の人力より機械に頼る結果そうなったのである。機械貧乏で農業をつづけられない人もでてきた。これも工業化によって農業を変えてしまったのである。


●資本主義の金中心の経済でモラルは崩壊した


大家族制でありえたのは農業は多人数でしかできない、子供は労働力として貴重なものとして育てられた。当然会社勤めはないから働く場は村であり家だった。その中で老人もありえた。老人が家と別個になるということはなかった。大家族制が農業を生産の基盤にしたとき成り立っていたのである。工業化が大規模になり農村から人々が都会に出てきて団地に住む核家族が生まれた。農業の崩壊、家族の崩壊は社会の変化のためでありそういう社会作りを推進してきたからである。その結果として豊になった。でも人間はつくづく考えるけど豊になることと幸福の度合いは比例しない、そもそも人間にとって幸福というのは計れないものである。現代は確かに便利であり豊でありこれほどいい社会はないというのも本当なのだろう。貧乏を知らないからそういう人はノスタルジックに昔を偲ぶというのも本当である。でも幸福は計れないものであり豊になったからといって比例して幸福になったとはいえない、社会自体も良くなったとはいえない、社会は本当にモラル的に貧乏な時代よりも低下した、金中心となり義理人情など昔から人間が美徳としていたこともなくなった。ただ素へての人が金を追い求めているだけである。金の力が余りにも大きくなりすぎたのである。その前にモラルは簡単に無視される。人間の関係も金であり金で破壊される。


最近自分の家でもつづけてそのことを経験したからわかった。人に親切にするのもあくまでも金であり老人でも親切にする人などいないのだ。そのことを現実に目の当たりにした。あまりの衝撃だったが人間の関係も金であり金で破壊されてゆく、そして行き着く所は無縁社会だというのも本当にうなづける。資本主義の世界はモラルなき世界となり崩壊するのだろう。金は否定できないにしろ金がモラル的なもの人間がもともともっていた正直さや素朴さを完全に破壊したのである。人間は豊かさを求めて本当に心は貧しいものとなった。モラルも崩壊した。モラルというとき道徳というとき別にむずかしいことではない、義理人情も道徳であり嘘をつかないとか弱者には親切にしろとか人間として当たり前のことが崩壊したのである。奇妙な話だが刑務所や病院のようなところに人間の人情が残っているというのも現代を象徴しているのかもしれない、そこでは人間は辛うじて人間としていたわりあい助け合うということがある。だから世間に出ても刑務所に帰りたいという心境がつくづくわかるほど人間社会は金中心の世界となりモラルなき無縁社会となったのである。豊さ便利さを否定しなくてもそれ自体人間を幸福にしたかどうかは計れないのである。


いづれにしろ農家の跡継ぎ問題は深刻である。大原の人も土地があってももう跡を継いで農業を維持できなくなる。一人だけ大きな家に住んで病後の体で自分のことをするだけでももはやできない、そしたら土地も活かされないし家も空家となってしまう。農家も崩壊してしまい村も過疎化して崩壊してしまう。街の近くでもこうした農家がふえてゆく、農業は土地と密接に結びつき代々土地を耕し守るものであった。そういう人間の生活が崩壊したとき昔からあった助け合うとかいうモラルも崩壊する。都会の人にとって常に農業など生産的にあわないとか批判しているが都会の行き着く先は金だけが頼りの無縁社会となってしまう。別に農村がすべていいとかいうのではなくその差が大きくギャップも大きくなりすぎたから問題なのである。都会もあり農村も並行してあるのが理想である。それがかたよりすぎて農家が農村が崩壊してゆくのが問題なのである。

タグ:農家
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2010年11月04日

冬に入る南相馬市原町区大原村


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大原に二三羽見つけし秋の蝶


大原や朝水清く秋の蝶


大原やみな旧知の人や柿なりぬ


大原や日さし静かに秋薊


大原や家のまばらに刈田かな


大原や刈田となりてあわれかな我が知れる人の農家ありにき


杉の木の二本残りてあわれかな刈田となりて廃屋淋し


大原や確かに遠しも海近く桜井古墳秋の日暮れぬ



やはり病院で知り合った大原の農家の人の家は奥だった。すぐ後ろはまでゆきづまりであり新田川の上流の水が流れるところで水がきれいだった。すぐ近くは県道で車が通るからそこはにぎやかであり淋しいとはいえない、でも川の方に入ると淋しいのである。だから猿とかイノシシがでてくるということに納得した。猿とかは県道の家の多い所まででてくるというからずいぶんずうずうしいと思った。それだけ人を恐れなくなったのだろう。イノシシは川沿いに孟宗竹がありその竹の子を食べるから竹のあるところにでてくる。また川岸に竹が多いのは竹は根を強く張るから堤防を強化するからだといいうのもなくほどなと思った。相馬の宇多川でも川沿いに竹が多いし「竹の内」という地名が各地に多いのはそのためなのである。


それにしても大原ではなくても三キロくらい離れた地点で農家の人に家を聞いたのだがすぐわかって教えてくれた。入院したこともわかっていた。なぜかいうとこの辺で広く農地を請け負って仕事をしていたからである。ずいぶん広い範囲でザイのほうになると知り合いになっていることに驚く。どこでその人が何をしているかすぐわかるのである。それも相当に広い範囲でわかってしまう。でもそこに住んでいる人は孤立しているとは思えない、すぐ近くに娘の嫁ぎ先があるからだ。そしたら頻繁に寄れるのだから孤立した老人とは違う。家で一人で住んでいても孤立しているとは思えない、ただ意外と原町市街までは遠いことや家の作りが昔風のただ広いというだけで現代風ではないから若い人は街の現代風の家に住むようになったのかもしれない、あの辺でもすでに廃屋になったのが三軒あるという、一軒本当に幽霊が住んでいるのではないかと思うような淋しい廃屋だった。


人間は意外と自分の住んでいる場所のことがわからない、歴史は地理だと言ってきたけどその地理が地元でもわかったようでわからないのだ。例えは新田川の病院の近くに東北でも三番目くらいの桜井古墳があるけどやはりはやく開けたのは海側であり大原のような奥ではない、でもすでに江戸時代から大原村はあった。その距離感がわかりにくいのだ。大原はやっぱりずいぶん古代からすでに奥地だった。この距離感はやはり身近でもわかりにくいのだ。いつもあの道は通っていても大原を意識して通ったことがなかった。なるほどここは地名的にも広い原だったことが実感されたのである。郷土史研究というけど本当に地元のことがわからない、そこに住んで生活した人は自分より体でその土地のことを知っているのだ。特に農業していた人は回りの自然と一体となり住んでいるから余計にそうなるのだ。地理というとき全体を立体的に体でしることであり例えば国道とか県道を通っていてもわからない、そこから脇道にそれて全体の村の地理をしることなのだ。・・・・村というときその村全体が一体となり生活していたのであり地理的にも村の全体を知る必要があるのだ。現代はどうしても部分的な把握にあ終わってしまうのである。全体を見る努力が必要なのである。


まあ、なんとか電動自転車で行けたけどなかなか遠くなると辛い、でもこんなに動けることが不思議である。腎臓はそんなに悪くならなかったのだろう。でも正常ではない、小便袋ではなかなか大変である。でも自転車にのれたことは本当にうれしい、自転車に乗れなくなるのじゃないかと心配したからである。農家の人は冬は仕事しないとうのも不思議だった。今は会社勤めだから仕事している。だから冬は昔はみんな出稼ぎに東京に出たのである。自分は回りが農家でも農家のことをしらない、街の人は農家のことを知らないことがあるのだ。都会の人はもちろん農家とはなになのか知らないのである。この世には知らないことが非常に多いのだ。この年になっても回りが農家でも農家のことを知らないということ自体おかしな話しだったのである。

2010年11月06日

白鳥来る


大原ゆ街は遠しも冬に入る


この道や石に晩菊また通る


晩菊や一軒の宿我が町に


夕闇に白鳥来る飛行かな

大原は今ならそんなに辺鄙でない、県道がありひんぱんに車が通っている。すぐ近くには小さな町がありそこに店もいくつかある。ただ昔だったら相当街までは遠い、滅多に街には出てこれない。病院で知り合った人は一人暮らしでありオカズなどちょっと買うこと弁当などコンビニで買うことなど不便かもしれない、自分は辛うじて町内に住んでいたからそれが自転車でもできた。冬になれば昔はどうしていたのか?農家は冬は仕事しないとしたら暇にもなる。その辺がまたわからない、それでも薪割りとか自自足的生活だから仕事はあったのだろう。街にあれだけ遠ければみなそうならざるをえない、車がないときの生活自体が今では考えられなくなっているのだ。

白鳥が夕闇の中に五六羽は飛んできた。白鳥はいつも夕闇の中に飛んでくる。やっぱりもう冬になった。今日は体調が悪かった。まだまだ病み上がりということがある。それより心労が重なった。神経性胃炎になって夜に吐いた。これは病気ではない、ともかく小便袋では正常な生活ではない、痛むことが嫌なのである。


一軒の宿がわが町にもある。その前をいつも通っている。あそこに泊まる人はスポ-ツ大会があったときのような時しか泊まっていないのかもしれない、となりの街が大きいからそこにはビジネスホテルもあるからそっちに泊まってしまうし六号線にもホテルがあるからあそこに泊まる人はまれだろう。でも六号線のホテルより情緒的にはいいかもしれない、旅はやはり情緒が大事だからである。今あまりそれを考慮する人はいない、大きな観光ホテルは旅の宿としては情緒がない、なにかものものしい感じがする。騒がしい感じがする。その点昔の旅館とか江戸時代なら本当に旅の情緒があった。だからこそ「一つ屋に遊女も寝たり萩と月 芭蕉」が生まれたのである。今はこうした句はホテルに泊まってはできない、隣に誰が泊まっているかもわからないからだ。すでに情緒という点では現代は相当喪失している。旅の情緒を味わうことはなかなかできないのだ。便利になりすぎて旅の情緒が失われたのである。旅そのものが喪失したともいえる。

タグ:白鳥

邪心なきもの(野の一輪の花)-(詩)


邪心なきもの

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。マタイによる福音書 第6章25−34節 

美しき花に雀のよりくる

山帽子の実にヒヨドリのついばむ

何事もなけれど邪心なき姿

花は汚れなく咲き汚れなく散る

人は罪深く罪に汚れて死ぬ

エデンの園はアダムの罪の故に汚れた

人間の罪の大きさ

この世に悪と罪はなくならない

ただ自然はエデンの園のまま

邪心なき雀は花によりくる

何事のなけれど調和している

人間社会のみが調和しない

神の御意にかないて

罪なく汚れなく咲き散ること

それが幸いである

それがなければこの世の栄華も虚しい

この世の栄華も野に咲く一輪の花に及ばない

失われしエデンの園よ

来世では天国では回復して輝いているだろう

そこにのみ安住がありこの世にはない

この世は去るべきところなり

ただ来世の神の真の栄光を望むべし

タグ:エデンの園
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2010年11月07日

天の栄光の国へ (聖書と詩)


天の栄光の国へ



苦しみ悲しみの日は終わり

新しき栄光の朝は来たらむ

諸人こぞりて歓ぶ

神の栄光の朝は来たらむ

実りの平野に鳩の群れ飛び

主キリストを迎える朝の来たらむ

コスモスの花々はそよ風にゆれ

一面に花園はつづきぬ

苦しみ悲しみの日は終わり

その涙はぬぐいいやされむ

その新しい朝を待ち望め

天に成る影なき神の都よ

神の手になる栄光は隅々に満ち

諸々の才は活かされむつみあう

なべて調和して慈しみ愛に充たされし世界よ

絶えまなく力強き詩はわき上がる

清冽な泉のようにこんこんとわき上がる

まことに天使は臨在して詩い踊りぬ

無垢なるものの力の尽きることなしも

愚かなるもの悪しきものに未来はなし

我等は限りなき神の栄光に向かって前進す

天の都に我々の顔は永遠に輝く

大きく虹はなり神の約束は天に成る

天にこそ永遠に栄光の主をたたえむ


 

タグ:天国

晩菊


晩菊や故郷に暮らし落ちつかむ


晩菊や我が姉や父眠る墓


晩菊や我が墓の前悲しかな


裏切らる我が悲しみ深きかな誰に訴えむ墓に向かいぬ

つくづく人間は悲しい、人間の関係はすべて金になってしまった。裏切られたことが余りにも悲しい、信頼する人は自分には一人もいなかった。そこで姉とか父の墓に向かい信頼して愛情あったのは自分の家族だけだったと思い悲しくなった。これも世の無情、非情、無慈悲な世間なのだろう。結局訴えることもできない無情だった。本当に誰に訴えたらいいのだろ。神に訴えるのか?
しかし神は何かしてくれるのだろうか?神がどこに働くのかわからない、ただあきらめろというのが神の言葉なのだろう。世の無情に泣くこともなにか意味あることなのだろうか、多分そうだろう。世の中が人が無情であり非情だからこそ天国を求める、この世はそういうものでありとても天の国とはかけ離れている、だからこそ切実に天の国を求めるのだ。


晩菊となると故郷に落ち着き暮らしたい、年になればみんなそうである。でも故郷もみんないい人ではない、そんななかで落ち着き暮らせるのかともなる。でももうどこにいけないだろう。どこにいっても人間が落ち着いて心地よく暮らせるところはない、つまり人が問題なのだ。心地よく落ち着いて暮らせるそういう人に囲まれることはない、だからどこにいっても人の住むところ住みいいところなどないのである。それは故郷でも同じである。人はどこも変わりがない、そんないい人ばかりいるところなどいないのである。田舎の人の方が人が悪いというときそれも本当である。都会の人がみんな人が悪いとはならない、人自体どこでも同じなのだろう。だからどこに行ってもこの世に安住の場所はない、天の国にしか安住の場はないてのである。

タグ:晩菊

職業を金だけで計ることの疑問


職業を金だけで計ることの疑問

毎日問題にされるのは給料の問題である。働いていくら金をもらえるかが問題になる。医者はいくらだ、弁護士はいくらだ、公務員はいくらだ、恵まれているとか毎日が金の計算しかない、こんな金でこんなひどい仕事してられるかとかそうした不満が延々とメタンガスのようにふきだしている。それはそれでいいとしてでは人間はもしあなたは仕事しなくていいですよ、金は十分に与えますからとなったらどうなるのか?毎日安い金で働くことがない、遊んで暮らすというのも結構楽ではない、社会的にも認められない生活は結構楽ではない、人間はそもそも仕事しないでいられるものだろうか?農家の人にしても農業など金にならないからやりたくないといつも言っている。でもでは何もしないで暮らせる金を与えたらどうなるのか、あなたはこれから自分のやりたいことをやってくださいと言われたらどうなるのか?医者にしても看護婦にしても激務で給料が安いと言うとき、では医者をやめてどんな職業につけばいいのだろうか?金になるだけならいいのかとなる。医者は社会的にも尊敬され感謝される職業である。仕事は辛くても他の仕事とは全然違う。もっと金になる職業につきたいとして医者をやめたら他の仕事で生きがいを見出されるのか?社会的にも尊敬される職業なのであり他にそんなに尊敬される職業があるだろうか?ベ-シックインカムが導入されると働かない人がでてくるというけどそういうことは絶対にない、人間は仕事しないでいられないのである。


人生とは仕事が生きがいなのだ。本当に画家になりたい人は金にならなくても絵を描いているのに間違いがない、金にならないから画家はつまちらないとして絵を描くことをやめるような人は本物の画家ではない、別な仕事に向いているのだろう。ともかくどんな人でも能力があるにしろないにしろ人間は仕事が必要なのである。家事手伝いとか掃除の仕事でも立派な仕事だった。病院を掃除している人は60才すぎているけど金は安いけど緊張があるからしているという、シルバ-センタ-でも金を得るより実際は老人の生きがいを作るためだった。人間は六〇才で会社を退職させられることは残酷だというのは本当である。人生が会社とともにあったのにその会社から断絶し切られてしまう。地域社会などに生きがいを見出すのは至難である。なぜなら地域社会自体崩壊しているからだ。人間はまず金を計り金が優先される。しかし仕事をすべて金で計られるのだろうか?仕事の理想は仕事に使命感、ミッション、をもつことであり天職に従事することである。天職というと何か医者のような高級なものと思っているが家事手伝いのようなものでも立派な天職であり実はそれしか活かす道がない女性が結構多いのだ。掃除も天職なのである。


もしそういう仕事もないとしたら何をしているのか?ただ遊んで暮らすのかとなる。退職して何もしていないことは本当にかえって苦しいということがわかる。退職金をもらい、多額の年金をもらって遊び暮らせるからいいではないかとなるが本当に趣味などの世界で生きがいを見出せる人は少ないだろう。芸術家は別にして一般的にはそうではないか?人間に生きがいが必要である。生活は保証されても生きがいがなかったら淋しいものとはならないか?ただ毎日他人の給料をうらやみ仕事を金だけ計っていることは何か変ではないか?金からしか計算できないことが何か変なのである。仕事にはそれに見合った収入はあるべきである。でも仕事そのものにも生きがいがあるはずであり掃除婦にししても今日から病院の掃除はしなくていいですよ、家の掃除だけでいいですよとか言われたら淋しいものとなるだろう。病院の中で掃除することは患者にも眼をとめられ患者を励ましたりして患者とかかわる掃除婦なのである。つまり医者や看護師だけではない掃除婦も患者を助ける一員として共同で仕事しているのである。だから緊張感があり生きがいあるということになるのだ。

タグ:職業
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2010年11月08日

病院は一方で病気を作り長引かす場合がある


病院は一方で病気を作り長引かす場合がある

病院では必死に医者でも看護師でも病気を直そうとしている。そこに別に悪意がない、でも一方で病院は病気を作り病気を直すのを遅らす場合がある。病院にはどうししてもバイ菌が多い、病人ばかりだから当然といえば当然である。病院では耐性菌とかどんなに抗生物質を開発してもきかない菌が培養されている。病院は無菌ポックスにしてようとししているがその無菌ボックスこそ菌が培養されやすいという皮肉がある。そもそも無菌にすることはできない、細菌を絶滅させることはできないということもなるほどなと思った。人間が細菌に対して耐性をもつ意外防ぐ方法がないというのも本当なのだろう。今度一カ月も入院したのは実は二週間で退院できたのに悪性の風邪にかかり四〇度もの熱を三日間だして寝込むようになったためである。これは隣にいた人も尿路感染から四〇度の熱にうなされていたから自分も尿路感染したのかもしれない、四〇度の熱はものごころついてから経験していない、病院は病気を必死に直そうとしても病気を一方で作り病気を長引かせることもある。病院に入れば体力も弱っている病人ばかりだから院内感染しやすい、それでいつも老人がまとまって死んでいるのはそのためである。介護に来ていた同じ病室の人も熱を何日が出して風邪が治らないというのも自分から写ったのかもしれない、熱が出る風邪だったのかもしれいし何らかのインフレインザとか悪性の細菌のせいだったのだろうか?ともかく病院は外から来るものにも危険な場所だったのである。ただ外から来る人はまだ耐性があるからいい、病院内にある人は体力が弱っていて重体になりやすいのだ。


病院では必死に病気を直そうとしても病気を作り病気を長引かせることもある。そういう恐怖を味わったのが今回の一カ月の入院だった。これは別に医者や看護師が悪いという問題ではない、悪意があるわけでもない、ただ入院費を稼ぐために入院を長引かせたり病院から出したりということはあるかもしれない、でも医者や看護師は病気を直そうとしているのでありわざわざ病気を作り出そうとしているのではない、でも病院はすべて患者の病気を直すように働かないのである。

病院にはバイ菌が多くマスクをしても無駄だというのも本当だろう。菌に強くなる耐性を持たない限り無駄なのだろう。本質的に菌は絶滅できない、菌と共生しなければならない、動物も害があると言って皆殺しに死していたら生態系は死に人間生活にも影響するのと同じである。菌も一つの全体の地球の命として存在してそれを絶滅できないのである。この世に悪人がいて悪人を絶滅できないのとにている。悪人もこの世に存在する意味があるから存在させられているのかもしれない、だから悪人をこの世から絶滅できないと同じように細菌も絶滅できないのである。いくら絶滅したようでも新たな細菌が生まれてくるのはそのためなのだろう。


やはり病院よりは家という日常生活がある場所の方が患者にとってはいいのだろう。病院内は外の風が入ってこない、一歩も病院からでれない、外の景色は見えて良かったが外の自然を風を感じることはできない、死ぬ場所としても良くない、何か次々に病人が運ばれモノのように処理される感覚になる。看護師の仕事もたいがい人間を機械的に扱い処理している。それでも下の世話など大変なのだから看護師をやる人はみんな大変だと言って評価している。みんなそんな汚い仕事をやりたくないからである。でも忙しいから一人一人に注意を払うことはできない、次々に仕事をこなすだけで手がまわらない、廊下を走っていることでもわかる。だから死ぬときもそうしたあわただしい雰囲気の中で体はよく診てくれるのだが死ぬ環境を整えることはできない、在宅で死ぬのとはかなり違うのである。でも最後になると重体になるから在宅でみるのはできなくなる。それで最後は病院で死ぬことになるのだ。


病原菌とのいたちごっこ
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/d/20101108


ここは病気にも詳しい、看護師も指導しているらしい、こういうことを書けることはめずらしい、内容も深いものがあるのだ。

タグ:院内感染
posted by 老鶯 at 15:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2010年11月09日

晩秋(94の母の墓参り)


晩菊や94才の母墓参り


押し車墓にたどりつき冬に入る


その花の誰に向かいて咲きにしや無邪気な雀来たりて去りぬ


94の母墓参り晩秋や家族の営みなおつづくかな


94の母の勤めや墓参り落葉を踏みて我も参りぬ

なんとか息が苦しくても母は墓参りしている。お手伝いさんは一時家族の一員のように思っていた。なぜなら仏壇にさす花をもってきたり墓掃除もしたりと家族の一員のようになりそんな気になっていた。それが全然違っていた、詳細は語られないにしろ余りにもショックで寝込むような状態だった。その裏切りはあまりにもひといものだった。つくづく家の中に入るお手伝いさんとかヘルパ-は人選が問題である。自分には人を見る眼がなかった。田舎ではありま悪いことはできないと思っていたのだ。狭い地域だから特にそうである。でも悪い評判の人などやはり狭い地域だからわかる。自分は田舎でも回りとつきあいないし母もないしその噂とか評判を良くきいていなかったからこうなったのだ。もうどうにもならない、人間不信になってしまった。どうにもならない悪い一番身近にいたということのショックである。花は咲いてもそこに雀のように無邪気に来るものはいない、自然界では当たり前のことは人間界にはない、常に欲がからみであり金絡みでありそういう関係しかない、家族意外はみなそうなってしまう。
94の母も明らかに半ボケになったが墓参りはなんとかできた。墓参りが勤めなのである。そのまま墓に入ってゆくような状態でもある。墓参りも家族がなおつづいている家族の営みなのである。しかし他人は何か特別のことがないかぎり他人の墓などに無関心である。お手伝いさんとかヘルパ-にしても金しか動機がないから問題が起きる。すべてが金が働く動機じゃないかといえばそれまでだが「神が心をみている」というときその行動はいくらでも装うことができるからだと思った。老人に親切にする人はモノを買ってもらいたいとか知らないので証券を売りつけたとか老人自体を大事にして接する人などほとんどいないのである。老人のもっている金しか尊重していない、金をもらえば用はないのである。そもそもなぜこの縁もゆかりもない老人に親切にせねばならないのかという動機がありえない、家族ならありえるが赤の他人には全くない、こんな醜い老人なんか早く死んでしまいという感情しか今はない、子供ならかわいと無邪気さがあり無償でも世話したりすることがあるが老人を無償で世話する人なといない、ほとんど金目当てでありそれ意外老人の価値など誰も認めていないのだ。もちろんこれはすべての人にいえるのかもしれない、価値を認めるのはその人にではなくもっている金だけだとなる。金が手に入らなければなんら関係しないというのが現実なのである。金意外の動機があればなんらかの共同などありえるがその動機がないから心がないから問題が起きるのだ。その被害者が自分の家族でもあったというショックであった。


 

タグ:墓参り

母が交通事故で緊急入院!


母が交通事故で緊急入院!

母が交通事故になった。それも隣の人だった。その隣の人も日頃なんの関係もない人だった。手押し車で歩いていたら車がバックして転倒した。タンコブができて血がでていた。
すぐに救急車がきて近くの病院に入院した。明日にならないとどのくらいで退院できるのかわからない、ただ重傷ではない、なぜならポ-タブルトイレに自分でしたからである。動けないほどの重傷ではない、でもそれなり打撲であり腰をやられたようである。すぐに事故保険会社から連絡が来た。治療代と精神的に負担をかけた慰謝料は払うそうである。ずいぶん手回しがいいなと思った。自動車がパックして確認怠った事故は過失は自動車の方にあるからぶつけられた方には過失がないとされるのだろう。

ともかく退院して家を一カ月留守にしている間に大変なことが起きて寝込むようにガックリきていたらすぐに事故であり入院である。幸いたいした事故ではないので助かった。それから次から次と禍が起きてくるのは何なのだろう。これは姉が認知症にかかってからずっとそうだった。
なんだか不吉にもなるし呪われているのかとも思う。いい人がきたと思ったらとんでもない人だったり悪いことばかり起こる。 自分自身も気味悪くなってしまう。凶運は終わらなかったのだろう。凶運は二三年では終わらないやはり5年くらいはつづくのだろう。とにかくふんだりけったりでありなぜこんなめにあうのか不可解である。自分がなんとか退院してすぐこんな事故が起きること自体どういうことなのだろうかと思う、それも隣の人だったのである。隣など家族が困ってもなんにもしてくれないし、そもそも自分が入院したことさえ知らないのだ。自分に起きてくることは本当に何なのか不可解である。もう少し間を置いての事故ならいいが次から次と事件が起きてくるのだ。それがどうも解せないのである。

プログにも書いてきたが姉が認知症になったときも北風がびゅ-びゅ-吹いた時だった。それが不気味に感じていた。家をゆすり姉は暴力になった。自転車にのったらライトが落ちて壊れたりろくなことがない、だからなんでこんなことばかり起こるのか我ながら不気味になってしまう。
そんなに連続して悪いことが起こることが解せないのである。

タグ:交通事故
posted by 老鶯 at 19:05| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2010年11月10日

認知症(ボケ症状)の多様性-(金に無頓着になった人)

認知症(ボケ症状)の多様性-(金に無頓着になった人)

自分の母は明らかに半分はぼけた。軽い認知症になっている。でも認知症とかボケといっても一つの範疇にまとめられない多様なのかもしれない、認知症自体実際は何かわかっていないのだ。姉の認知症についてはいろいろ書いてきた。やはり典型的な認知症の症状だったのだろう。重い認知症だった。でもすべての人があのような認知症になるとは限らない、盗ったと騒ぎ暴れたりするとは限らないのかもしれない、姉は金のことがわからなくなり最後までこだわっていた。一方母もともと金にこだわって金をためるのが生きがいのうよな人だった。何も使わないのし趣味もない、店をやっていたときは一円でも無駄にしないような性格だった。ところが不思議なのは軽い認知症になったのか全く金にこだわらない、何回も大金がなくなったと言ってもそんな金があったのかとか金のことを言ってもわからないのだ。二三年前は百円でも利子の高いところあると金を自分で移しているような性格だった。それが金に無頓着になり自分の金のことについてわからなくなった。でも自分の金がどうしたとか騒がないのも不思議である。もともと性格がおとなしい内向きの人であった。だから暴力をふるような人ではない、姉はその正反対だった。


認知症はその人の性格が影響して様々な症状になるのでありすべてが姉のようにはならない、おとなしい認知症もいるのかもしれない、半分ボケているのだが性格がおとなしい人だったから穏やかなのである。認知症とかボケたとか言っても共通点はあるにしろ百人百様なのかもしれない、それはその人の性格が反映して様々な症状になるのかもしれない、とにかく
金にあれだけこだわった人が金に無頓着になっていることが不思議なのである。だから扱いやすいことは扱いやすい、だましやすいこともだましやすい、なぜならどんな人でも親切にすれば信用しているのだ。姉は信用しなかった。誰でも信用してしまうというのももともとそういう性格だったのかもしれない、人をあまり疑うことのない性格だったからそうなっているのか?お人好しだったからそうなっているのか?ともかく認知症はその人の性格がでてくるのかもしれない、だから扱いやすいボケと扱いにくいボケの人がでてくるのだ。ともかく母はあまりにもおとなしい静かな人であり友達なども作れない内向きの人であった。それは全く自分の性格でもあったのだ。
ただあんなに金にこだわることもないし趣味もないのとは違っていた。金をためることしか興味ない人が金に無頓着になっていることは解せないのある。

タグ:認知症

2010年11月11日

晩菊(なんとか母は起きて食べた)

晩菊に鳩や介護に病院へ

母はなんとか今日は起きて少しだけ食べた。やはり起き上がらないと食事もできなくなる。
手も動かしている。毎日やっと手を重そうに一日何回か動かしている人をみてきたからあの人よりはずっとましである。ホ-タブルトイレにもなんとか看護師さんの助力でやれる。レントゲンでは骨折はしていない、でもやっと歩いていた人だからちょっとしたことで動けなくなることがある。でも今日は起きて食べたことは少し良くなったみたいだ。ただあの年だと回復するのには時間が相当かかる。一週間くらい様子をみないとわからない、また回復して手押し車で歩けたら凄いとなる。とにかく年が年なのだからいつ動けなくなっても不思議ではないのだ。でもあれだけ動けていることは寝たり切りになるような状態ではない。リハビリしていけば回復するのだろうか?


打撲くらいでは保険は治療費はでてもあとはたいしたものではなかった。交通事故の死んだときかかわっていたのでそんなものかと思い期待外れだった。120万が上限であるから本当に保険としては少ない、全額など出ようがないからだ。でも老人のように入院が長引けばどうなるのか?全治三週間だったら免許停止なにとかありぶつけた人も不運だったとなる。交通事故は死んだりしたら大金が入る。ちょっとしたけがだったら治療費さえ払ってもらえないとか保険会社は法律で責めてくるから要求できないのだ。いづれにしろ金もたいしておりてこない、それより回復して歩けるようになれば不幸中の幸いだったとなる。あの年になったら常にどこで死ぬかわからない、交通事故でも老人はかなり死んでいる。とっさの危険に対応できないだろう。
その交通事故を起こしたのが隣の人だったということも何か因縁だったのだろうか?
自分の家など全く無関心の人だった、近所は今や隣のことに無関心になっている。こんな事故でやっと隣に老人がいたとか認識しているのもそのためである。

晩菊と鳩というとりあわせも変わっている。介護する人が介護される人が多くなってくる。市立病院は結構あいていたが近くの病院は満員になっている。4人部屋が6人になり一人はベッドに寝ていない、これからは病院にすら入るのが容易でなくなるのかもしれない、高齢化社会の歪みはいろいろな場所にでてくるし思った以上本当に深刻である。その大被害を受けたのが自分だったらその高齢化歪みを認知症の介護やらヘルパ-やらお手伝いさんやらその他孤立する老人の問題は深刻でありそれは社会をゆるがしモラルを破壊してゆく恐怖を感じた。介護されるような弱い老人ばかりではない、60代なら強い欲望をなおもっていてその欲望を充たそうとする。もう先がないので我慢などしない、刑罰の恐怖もない、もうあとがないからやりたいことをやるとか犯罪までゆく、犯罪の意識すらなくなる暴走老人がふえてくる。高齢化とはいろいろな面で実際は社会を破壊する恐ろしいものだと実感したのである。


 

タグ:晩菊

恐るべき高齢化社会の現実(孤立化する老人の暴走)

恐るべき高齢化社会(孤立化する老人の暴走)

●家族でも老人が居場所なくなる


老人問題を書いてきた。最初は自分の家族が重い認知症にかかった恐怖を延々と書いてきた。高齢化老人問題はそれだけではない、元気な老人も問題なのである。特に社会的問題として孤立化する老人がふえてくるのだ。経済的事情もあり二所帯で住めない老人もでてくる。
回りを見回してみたまい、娘夫婦や息子夫婦と一緒に住んでいる老人は少ない、所帯が別々となり孤立化しているのだ。老人に敬意ない社会とか軽く言っているがこれは非常に深刻な問題なのである。老人の居場所がないのである。その居場所は家族であり家族から分離される老人がふえている。家族の中でおじいちゃん、おばあちゃんとして居場所があるならいい、それがなくなるとそれは大きな問題に発展する。そういう孤立化した老人がふえることは実際は恐ろしいことである。このことを恐怖をもって自覚させられたのが自分そのものだった。その個人の資質もあるから全部にあてはまらないが老人の居場所がない、老人として価値を認められないというのは老人にとって大きな問題である。

昔だったら江戸時代とかになると老人は少ないし老人の価値は認められていた。居場所も家族の中にあった。それは代々職業が農民でも職人でも受け継がれてきたから老人の知恵が必要とされたから老人の価値は認められていたのである。ところが代々家の職業をつがない時代となると老人の知恵は無用となる、かえって時代が急速に変化して追いつけない、老人の技術や知恵も用なしとなる。その具体的例として病院で知り合った農家の老人だった。それなりの土地を所有して古い家に一人で住んでいる。街でも車ならそう遠くない、でも職場が街にあるから息子夫婦は街に移り住んでしまった。ここは街と言っても4,5万の都市であり小さな都市である。でもそういう小規模な都市でもその郊外の農家は跡継ぎがいないとかで老人が古い家に一人取り残されて遂には廃屋になってしまうのがふえているのだ。その老人の話を同じ病室で聞いていたとき面白かった。農民は実際に具体的に自然を知っている。竹が土手に植えているのは竹に根をはらせて堤防を強化するためだとかいろいろ自然のことを実地の経験から知っている。そういう知恵が活かされるのはやはり跡継ぎがいてこそなのである。その跡継ぎがいなくなれば活かしようがない、自分にとっては郷土史研究もしているから本当に興味深いものだった。こうした農家に住んでいる人も孤立化した老人なのだ。自分の経験したものが伝えられないことはその経験も活かされない、老人は価値のないものだとされてしまう。会社で長年勤めた人も一旦会社を退職するとその経験も活かされることがない、そして社会では老人は無用なものだ、早くくたばれなどとしか言われない、税金ばかりくう若い者にとっては無用なものだから特に団塊はくたばれと毎日罵倒している若者がいる。そういうのもわかるけど社会にとって居場所のない老人、価値の認められない老人の問題は実際は恐怖となる。バチンコ屋が今や白髪の老人ばかりだとか病院が老人の社交場になっているとか異様な風景が生まれたのもそのためである。高尚な老人は少ない、社会が低級なるものを根底にするとき当然高齢化も低級なものに支配されてゆくのだ。

●金だけが価値となる老人


現代の老人の特徴は物質的豊かさの中で高度成長の中で育ったから極めて即物的であり精神的価値、宗教心などをもっていない、老人になると淡白になるとかあきらめの境地になるとかそういう人はほんの一部なのだろう。むしろ最後の欲望をかきたててがむしゃらにその欲望を達成しようとする。愛欲もあるし金銭欲もある。老人になって様々な欲望がむしろむきだしになる。そして我慢できないというとき先がないというあせりがある。こつこつ働くの馬鹿らしいとかにもなる。今大金が欲しい犯罪をしてもほしいとかこの世の欲望を果たすため短絡になる。じっくり耐えてゆくということかない、その原因は孤立化し家族での居場所もない、個となった時、そういう欲望がむきだしになるのだ。それは野獣のようにさえなる。そこで恐ろしい犯罪も田舎のようなところでも他人の眼さえ気にしなくなる、歯止めがないのが現代なのである。家族の中でおじいちゃん、おばあちゃんとして価値を認められていれば精神的に安定しているが分離して孤立化すると精神が不安定になるのだ。特に夫婦などいればいいが単身の個の孤立化した老人は実際は相当に危険な存在になっているのだ。そういう独居老人がふえているのだ。ゴミ屋敷老人もそうである。必然的に社会に迷惑をかける老人がふえてくるしそれが少数だと思って害がないと簡単に考えるがそれは社会を破壊するほどの恐ろしをもっていることに気づいていないのだ。つまりモラルが破壊することはこういうことだったのである。

モラル(道徳)というときこれまでは嫁-姑の問題はあった。でも一般的に姑の地位が高く嫁は姑に従うというのが筋でありそれが社会道徳であったから嫁はしかたなく我慢していた。そのモラルも全く破壊されて姑は家から出され孤立化してゆくときどうなるのか?まだ60代では若いし欲望のある人はその欲望が自制されずむきだしになり社会にでてくる。それが暴走老人となる。

老人は金をもっている、老人は金を使わない、若者には金がない、老人は無駄に金をためこんでいる。そういうことは本当である。なぜなら老人の価値は金にしかないからだ。金をとったら老人の価値がなにもないとしたら当然金をためるしかない、例えば息子、娘夫婦に対して家を建てる資金を出す金があれば老人の価値がでてくる。金のない老人は息子、娘夫婦に対して価値のないものとされる。老人の価値は若者に伝えるべき技や知恵がないとするとき金しか価値がない、金のない老人の何の価値もないとなる。その時老人の不満は社会に向かって牙を向き爆発させる。それが恐るべき犯罪となってゆくのだ。社会を破壊する犯罪となってゆくのだ。
犯罪は個々人の資質があるにしろ社会的問題として常に犯罪は生まれてくるのである。


高齢化問題は介護とかだけではない、居場所なくなった、価値を認められない老人は社会に向かって反逆するという恐怖がありそれは社会を根底から破壊する。旧来のモラルが破壊されるということはこのように恐ろしいことなのだ。無用な税金ばかり浪費する老人は早く死んだ方がいいとか若者が言うとき老人は馬鹿野郎、俺たち簡単にまだ死なないぞ、犯罪をしてやりたいことをやるこの社会も破壊する、若者に喧嘩を売って若者を苦しめて死んでやる、俺たちは先がないからもう死ぬだけだから刑罰もなにも怖くないんだよ、死刑になってもいづれまもなく死ぬんだから同じことじゃないかとかはもなるのだ。この心境は老人にならないとわからない、この先人生は長い、がまんしても耐えていればいつかいいことがある、努力が報いられる。そんな流暢なことは言っていられない、今欲望をはたさなければまもなく死ぬんだぜ、今大金が欲しいんだ、そして欲望を果たすんだとなり淡白な諦観の来世を目指す宗教心のある世界とはまるで違う、それだけ即物的に金に価値を置いた社会だからこそそうなったのである。それが恐るべきもだということを実感している人はまだ少ない、社会が根底からモラルの面から破壊されるのである。そして国そのものも滅びる。中国に責められて国は滅びない、内部からモラルが崩壊して滅びてゆくのだ。

困った老人と上手につきあう方法
http://www.honzuki.jp/book/book/no10474/index.html

狂暴化する老人
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/200909/contents03/vol35.php

タグ:暴走老人

2010年11月12日

落葉(母は介護状態に)


目立たざる小菊や庭は冬に入る


晩菊に夕日のさして墓所の道


我が町の病院に介護落葉かな

どうも母の状態は思わしくない、前より痛みがひどくなったというからやはり打ち所が悪かったてやっと歩いていたのだからちょっとしたことで動けなくなることがある。食べることもまた起きてできなくなった。寝ながらでは食事もなかなかできないし胃がもともと悪かったから余計にそうである。もしかしたらあのまま病院をなかなか出れず衰弱してゆくのか?ケ-スワ-カ-がきたが明らかに介護状態になった。食べられないということはかなり重傷になってゆく。体力も落ちてゆく。

もしかしたら歩くのは無理になるかもしれない、病院が近いから今のところ一日三回も行っている。病院が近いと楽である。姉の場合は隣の街の病院だから毎日行けなかった。自転車で五分もかからないとなると楽である。家のつづきみたいになる。ともかく遂に最後が来たかとも思う。それにしてもなぜすぐ隣の人にぶつけられたのか、隣の人などなんの関心もない、ただ故意にではないにしろ車をぶつけて困らせるだけの存在だったのかとつくづく思う。

ともかく軽いと判断しても94ともなれば軽くても重くなる。家に帰れるのがいつになるのか、帰っても介護状態になっている。そしてだんだん死に向かってゆくのかもしれない、すぐに死にそうにはないがやはりちょっとしたことで弱って死に向かってゆくことになるかもしれない、ただ他の人は胃ろうでも二年生きている人もあるし今はどんなに年をとってもなかなか死なないというのが死なせないから今後はどうなるかわからないのだ。

タグ:落葉

2010年11月13日

秋深む(病院に作る俳句十句)


秋深む(病院に作る俳句十句)



我が庭の茶室の道や残る虫


茶室の細道いつも蜆蝶


夕日さし石に晩菊茶室の道


病院も旅路の宿や秋深む


看護師に一カ月接して秋深む


変な名なや隣の病人秋深む


病院に木枯らしの頼り一カ月すぐ


我がよりて一本松や秋深む


病室に4人の生や秋深む


大原に山の話しや秋夕焼

天高く街を下にし鳥の飛ぶ

height of heaven
in autmn
flight of a bird
under a city



病院に一カ月は長かった。病院は恐ろしく暇なところなのだ。特に日頃知的仕事をしていない人はそうである。大原の人と知り合ったけどあの人はすでに4カ月くらいいたから病院に飽き飽きしていた。でも二カ月くらいは意識不明だった。元気になってしゃべれるようになって暇になった。病室ではその人としか話すことができなかった。しゃべれるようになってその人と話できたから暇つぶしになった。あとは自分は狭いベッドのなかで家にいるときと同じように詩作していた。だからそれほど暇ということはなくなった。あのような閉鎖された空間は想像力をかきたてることがわかった。啄木が病院で名歌を残したのは病院は想像力をかきたてるところだったためだったことがわかった。刑務所などもそうである。閉鎖されているからそこでは想像力のみが知的活動となってしまうのである。だから熱を出したとき意外は結構短歌や詩を書いていたのである。

市立病院のいいところはビルの六階であり景色が広々と開けて展望台のような場所だった。朝日も廊下にでると太平洋から昇るからあのような光景はなかなか家の中では接することができないから新鮮だった。人間は田舎などでは高いところからの視界、展望を得ることはなかなかできない、六階は空中に住んでいる感覚になっていたのである。「天高く街を下にし鳥の飛ぶ」常に街が下にある感覚なのである。そういう感覚はなかなか経験できない、実際に今度母が入院した病院は景色は何にも見えないのである。あういうところは嫌である。見えるのは病人だけになるから嫌なのである。

隣の人は本当に悲惨であった。94才であり身寄りがないから一人も来ない、それは自分と同じだったのである。自分も唯一の母とは一カ月間連絡もつかなかった。その時来ていた・・・は
とんでもない人だった。家は我が物にされて恐ろしい結果となった。結局自分に同情した助けになる人は誰もいなかったのである。誰にも頼ることもできなかった。今になって家族のいないことがどれだけ大変なことか実感した。家族がいないということは金でしか頼る人がいない、金で雇った人など愛情などもっていない、ただ金をもらいたいだけでありなんら尽くすということがない、自分は家族のように思っていたが全くそんなことありえなかったのである。今は人間が家族のようになることはありえない、家族のようなつながりをもつことは社会ではありえないのである。一旦家族の外に出れば弱肉強食であり食うか食われるのか野獣の世界になるのだ。だからへたに家の中に人を入れるべきでない、自分の考えがあまりにも甘すぎたのである。
今や人間は空恐ろしいものだと実感した。もちろん10万くらいで殺されている人もいるんだからそれよりはましだったとなる。命があってよかったともなる。田舎も都会も今や犯罪では同じである。社会が変わってしまったのである。

ともかく秋深むを病院の中で経験した。その一か月の体験は結構貴重なものだった。病院に一か月はやはり長かったのである。その中でいろいろ想像して書いたのをこれからだしてゆく、これもその一つだった。
タグ:秋深し

冬薔薇

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二輪咲き一輪枯れむ冬薔薇


この世にそ何を残さむあわれかな刈田に残る草の花かな


山茶花のあまた咲きにき白々と夕べ静けくひそかなりけり

これも写生だよ、一輪は明らかに枯れそうになっている。そこが写生のポイントだった。前にも書いたけど俳句は写生こそモノの真実を示すのである。その写生の奥深さを知るべきなのだ。冬薔薇のなんともいえない味わい深さが写生の中に自ずとでてくるのである。

この世に残すものは何なのか?金であり財産なのか、つくづく何もなく草の花だったらいいのかもしれない、財産を残せば必ずその財産をめぐって争いが起こる。金をもつと金を目当ての人しか集らない、清貧の生活をしていれば金をめあての欲深い人はよってこない、こんなあばら家に住んでいては金もないだろうと泥棒すらよってこない、金があることは金目当ての人がよってくることがつくづくわかった。金がなくてはこの世の中今は成り立たないが金もやはりほどほどがよかった。突然に入ってくる大金はつくづく危険であると前にも書いたがそのことは自分にもあてはまった。その金をめあてによからぬものが集まってくるのだ。たいした金でなくてもそうなるのだろう。この世の中には今や金であり金のために人殺しも毎日起こっているのだから何の縁もゆかりもないところに来る人は金めあてだった。金はケチするわけではない、それ相応のものを払うが決して人はそれで満足しなかった。さらに百倍の金をもらうおうとしているのだから質が悪い、みんな金めあてによってくる人だったので嫌になった。別に庭作りのようにちゃんとした仕事をすれば金は払う、それは金めあてとはいえないのである。正当な仕事の報酬はあるべきである。そういう仕事もしないのにそれに見合わない金を要求してくるのはひどい。

だからへたに簡単に親戚とかでも援助を頼むことはできないとわかった。あとで借金だとか多額の金を要求されるからだ。自分にはそういう人しかいなかった。家族だけがそういう金銭ぬきでありえた。だから本当に世の中は非情であり残酷であるとつくづく思った。自殺する人が多いのもわかった。それほど金の世の中になってしまったのだろう。おそらく今の世の中まともに仕事をしてもこつこつ仕事をしてもたいした金にならない、その不満が労せずして大金をもっているものへの不満となる。金が欲しいのはわかるがあまりにも酷いものだった。まあ、殺されずにすんだというだけで助かったとなる。大金持ちの土地持ちで金をしきつめていたような人が殺されたことがあった。そんな金をもっていたらみんな命までねらうことがつくづくわかった。あまりにも金をもちすぎたということである。大金には常に危険があり呪われたものとなる。この世の残酷な事件はほとんど金に由来していることをあらためて思うべきである。それにしてもそんな人が自分のすぐ近くにいたということの驚きである。田舎でもそんな人が平然として親切を装い入りこんでくることへの恐怖である。そんなことまでできるのかと唖然とするばかりである。
タグ:冬薔薇