2010年09月01日

「政権交代」を目的にした民主党の崩壊


「政権交代」を目的にした民主党の崩壊

 
●操作される世論から判断する疑問
 
民主党は「政権交代」で一致協力できた。異なった相いれない思想の人でも「政権交代」のために一致協力できた。選挙に買ったのも「政権交代」が目的でありその後の政策は二の次だったのである。「政権交代」ができたときその目的は果たされたのだ。しかしそのあとは異なった考え方、政策の集団の集まりでありそれが今露骨な対立となり現れた。それは予測されていたことである。「政権交代」だけでは「政権交代」という目的が実現すれば今度は何を目的にしてわからない。今度は逆に党内の「政権交代」が目的となる。権力争い、主導権争いが目的となり管総理と小沢一派の争いとなる。これも「政権交代」が目的であり政策を実現させるためのものとは違う。政党とは政策を実現するための手段にすぎないというのと権力を得る「政権交代」を目的とすることがダブっている。この世の中自体、ジキルとハイドになっている。政策を実現する、国民の期待に答えるとかなると善人のように見える。管首相は国民に支持されているということで善人に見える。世論調査でも管首相は圧倒的に国民に支持されている。でもこの新聞の世論調査は信用できない、新聞社の意図で操作されているのだ。国民に支持されているというときその国民は何を根拠に支持するのかわかりにくい、マスコミの報道だったり検察は正しいという思い込みがあったりとそうした大きなメデアの権力の操作により国民は小沢を嫌っている。ダ-ティなイメ-ジが作られる。いつも悪役であり悪代官とされている。国民がどうして判断するのか?それは検察とかマスコミとかの判断であり国民自体の判断とは限らない、検察とマスコミの判断が国民支持に通じているのであり国民自体が自主的に判断できるわけがない、世論調査では国民の支持を受けているというのもだから信用できないのである。
 
●「政権交代」を目的にした小沢一派とは袂を分かつ運命に
 
「政権交代」という目的だけ一致協力してきた民主党はいづれ小沢一派と対立する宿命にあり党が割れる運命にあった。そのことは前々から言われてきたが「政権交代」が実現して現実化したのである。つまり「政権交代」だけを目的として政党はそれが実現してしまいばその目的が喪失してばらばらになる。次の目標がなくなる。そこで政党内での「政権交代」権力争いになった。多数派の小沢一派に役職がなく小沢さんはしばらくおとなしくしてくれ、何も言わないでくれとか言われたことに小沢氏だけではなく小沢一派の人々は腸煮えくりたっていた。全く「政権交代」しても政権の埒外に置かれてしまったからだ。数が多くても民主党内で存在意義する喪失しかねない、小沢氏はこうして小沢一派の下からの圧力、突き上げにあった。民主党で一番数が多い派閥なのに役職ももらえないのか?これは自民党時代の派閥的発想であったが人間は政治は特に権力闘争であり権力がなければ何もできない、そのことが自民党を見ればわかる。今まではなんのかんのと言われても政権党であることが最大の強みであり自民党内での政権交代劇が注目されていたのだ。今やその注目は民主党に移った。野党と化した自民党の影が薄い、もう自民党は政権をとれる党とはなりえない、民主党内で「政権交代」に移った。小沢氏が割れても第一民主党と第二民主党ととなり自民党はどちらかに吸収される運命にある。
 
●「政権交代」のあとの目的が民主党にはなかった
 
ともかく明治維新でも薩摩長州が連合できたのも「倒幕」で一致したからであり「政権交代」を目的として一致したからである。でもその後薩摩の西郷隆盛が功績があってもその後の政治の目的が武士階級をなくす四民平等の社会を作るという政策に変わったとき西南戦争になり明治の政権から離脱した。「政権交代」だけを政治の目的とすることはできない、薩摩と長州が「倒幕」で一致協力したように打倒自民党で小沢氏とりこんで民主党が「政権交代」を実現しても「政権交代」自体が政治の目標とはなりえなかったのだ。政策でも白と黒と違っているものが思想でも相いれないものか一致協力できない、それが民主党の争いで露になったのである。

やはり管総理一派と小沢一派は水と油のような面がありそれが自ずと乖離する運命にあったのである。最初から小沢氏が民主党に入ったときからそれは予測されていたのである。 つまり
「政権交代」を大義とすることはできない、いづれそれだけでは破綻する。とにかく小沢氏は政党は政策を自分たちのしたいことを実行する手段であると言うならそれを実行すべきときが来たのだろう。民主党でなくても自分のしたいこと政策を実行できるなら民主党にこだわることはない、でも政策を実現するには「政権交代」が必要である。権力闘争に勝たなければ選挙に勝たなければそれは実現できない、そこにジレンマがある。政治は権力をとることが目的となりやすい、この世の中、何でもその目的のために働くことがない、報道でも出版でも視聴率が第一とされ売れることが第一とされれば過剰な宣伝やらで国民の支持を獲得せねばならない、もはや中味の問題ではない、そういうふうに仕向けねばならない、本末転倒の世界になる。そういう矛盾はいたるところにある。崇高な目的をかがけでも実現できない、でも「政権交代」が目的になるはずがない、目的とすべきは別な所にあった。それが今民主党に問われているし現実化したのである。

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でんでん虫の平和(詩)

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でんでん虫の平和

口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します。悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、ののしりは心から出て来るからです。これらは、人を汚すものです。
(新約聖書 マタイの福音書 15:10〜20)

平和とは何だろう

平和とは他者を傷つけないこと

なぜ人と人は傷つけあうのか

なぜ人の世界に戦争が絶えないのか

それほどまでに憎しみあうのか

殺し合わねばならないのか

自然界では妄りに命は殺めない

人間だけがなぜこんなに殺し合いまでするのか

平和と何だろう

平和とは他者を傷つけないこと

遠き最果ての地にでんでん虫三匹ほど眠っている

線路が伸びているがしんとして電車はなかなか来ない

でんでん虫は他のものを傷つけることはない

己の平和の中に安らかに眠っている

そこを乱すものは誰もいない

清らかな流れを鮎がさかのぼり

涼しい木陰の淵に身を隠す

湿地帯に菖蒲が咲いている

何ものも乱すものがない

この世は外から汚れるのではない

あなたの口から出るものにより汚される

あなたは口をつつしむことができない

何もしなくてもその口から出るものが汚す

でんでん虫のように安らかに眠ることはできない

善とは悪を成さないこと

積極的に善行することではない

でんでん虫のように人を傷つけない

そこに平和があった

そうした単純なものが平和だった

しんとして北の果てでんでん虫は安らかに眠り入りぬ


 
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海は秋になった


松影の道を走りて夏あざみ


ひまわりや海からの風そよぐかな

幼子にひまわり大きく野の広し

涼しさや浪荒くして飛沫かな

海よりや松に秋風波たちぬ


街の方は今日も暑い、32度くらいあったからむしむしする。でも海の方はかなり秋めいてきた。今日は多少波が荒れて飛沫がかかる。でも夏だからやはり涼しいとなる。でも海の方は風も秋風だった。ひまわりにば海からの風がそよいでいる。山が先に秋が来るということがあったが今年は山も相当暑かった。飯館でも35度を記録していた。ただ山だから夕方になると涼しくなったのだろう。海すら海水温度があがり暑かったのである。海は確かにもう秋である。なんとなくもの淋しいものとなっている。もともとここの海は遊泳禁止となったのだから淋しい海となっていたのである。松原はいいが砂浜はないから遊泳禁止になった。とにかく実際今の二階の室内温度が31度になっている。今年の暑さの特徴は夜も暑いことなのだ。夜になっても涼しくならないのである。まあ、東北は楽になった、でも福島市はやはり35度くらいになっている。海から秋がきて風が涼しくなったから浜通りは福島市よりは温度が下がったのである。

2010年09月02日

秋めく

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涼しさや眠りに入りぬ夜の風

見上げれば秋めく星の二三かな

マンデビラ日々明るし陽ざしかな

台風に季節を感ず余波の風
 
 
昨夜は暑かった。30度を下がらなかった。それで下の方で寝た。二階は暑くなっている。今年の暑さは夜も温度が下がらないことなのだ。これも苦しい。今日は昼までは暑かった。やはり32度とかなっていたからまた暑くなるのかと思ったら午後から台風の風が吹いてきて涼しくなった。台風が風だけでも感じることはやはり秋は近い、というより秋なのだが夏なのである。星をみるとやはり夏の方とは違う、きらめきが秋めいたさやかな星だった。やはり秋が来ているのだが暑さはつづいている。マンデビラは蔓性植物で一杯花をつければ見応えがある。インタ-ネットに写真が出ていた。この花は育てやすいと説明してあった。確かに花が咲きつづけた。これだけ長く咲いている花はなかなかない、花は自分の場合育て方が悪いのかみんな一回かぎりでだめにしているのだ。とにかくこれはアメリカ原産だから大陸的な明るい太陽の下で咲くにふさわしい花である。今年の暑さにはあっていた。
 
こう暑いと秋の花も映えない、ここは32度でも暑い、今年は胃腸の調子もずっと悪いしこの暑さがつづくかぎりすっきりしないだろう。体が弱ってしまった。西の方に住んでいなくてよかった。この体力ではもたないくらいだった。今年の寒さも厳しかった。これも苦しかった。ここはなんとか暑さ寒さは極端にならない、気候的には浜通りは住みやすい、今度の夏には特に感じた。 もし毎年今年のような暑さがつづいたら体の弱い人とか高齢者とかは気候のよいところに移住を考えるかもしれない、暑いさなかに北海道に一時、移住したいと思った。長期滞在できるホテルがインタ-ネットにでていたのである。しかし今やそうした贅沢はできない、自分はそんなこと簡単にできていたがやはり恵まれていたからできたのだとつくづく思った。今やは北海道でも思い出して旅することが旅のつづきになったのである。
 

2010年09月03日

遠い幸せの記憶の無人駅(詩)

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遠い幸せの記憶の無人駅
a happy memorial station in the distance


 

遠い北の果ての無人駅

気ままにぶらりとおりたその駅が

心の中に記憶されていた

線路を歩むもなかなか電車が来ない

でんでん虫が何匹か眠っている

清らかな流れを魚がさかのぼり

木陰の淵に隠れて涼しも

幸せとは何だろう

でんでん虫は互いに傷つけあうことはない

樹々も石もそうである

生き物はみだりに傷つけ合わない

人はなんでこんなに傷つけあうのだろう

殺し合うまで傷つけあうのだろう

北の果ての無人駅

でんでん虫が安らかに眠っている

誰も傷つけることもなく

じっと動かず眠っている


光はしんとして静寂に満ちている


そのでんでん虫と清らかな淵に眠る

魚を乱し驚かすなかれ

揚羽蝶はまた別な花に移り飛び

立葵は真昼間明るく咲いている

旅人はまたいづこかへ去る

そういう自由な日々がなつかしい

思い出は遠い北の果ての無人駅に帰ってゆく

そこにいたことが私の幸せの時と場

私はいつもそこを思い出し慰められる

人よ、そういう幸せの思い出を持つべし

そこを思い出すと幸せに満たされる

何でもないそんな所に幸せがあった

そこにいつも私の思い出は帰ってゆく

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posted by 老鶯 at 13:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩全般

猛暑で稲の実り早まる

 
陽の落ちて秋の気配や実りかな
 
今日は福島市と同じ35度であり浪江は36度だった。浪江は結構海から離れているから暑いのか、同じ浜通りで磐城は涼しいのは不思議である。ともかく夜も30度とか温度が下がらない、今日一日ク-ラ-の部屋にいた。今日は無風状態であり暑いからいられない、本当に病気になってしまう。実際持病がこの暑さで悪化した。本当に死ぬほどの暑さなのである。ク-ラ-が体に悪いなどと言っていられないと思う。実際に命にかかわっているのだ。まあ、あと一週間くらんが山場だからもうそんなに長くつづかないと思うから多少は楽な気分にはなっている。
陽が落ちて確かに秋の気配を感じた。そして実りは早くなっていることは確かである。
 

猛暑で稲の実り早まる…「刈り遅れ」注意報
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100903-00000367-yom-bus_all

 
こんなこともなかなか農家でも経験しないことだろう。ベトナム辺りでは稲刈りしている隣で田植えしていた。三毛作まであるから米も質はともかく南国なら三倍もとれることになる。米はやはり南国向きのものだったのだろう。いづれにしろ今年のような気候を経験したことがない。秋だと言っても秋にならない、台風でも高気圧が居すわっているから日本に上陸しない、風の余波だけが吹いてきたのである。百年ぶりの暑さだとなるからこれは異常である。来年もこうした天候がつづくとしたらやはり地球温暖化なのだろうか?人間の活動が文明化が地球温暖化をもたらしたのか?とすれば自業自得だとなる。でも氷河期もあり暑いときも百年とか千年単位ならあったというならまた違っている。人間は百年とか五百年とか千年単位になるとわかりにくくなる。人間がなんとか気候でも想像できるのは百年前くらいまでなのだろう。その前は想像しにくくなる。記録も残っていないからわからないのだ。
 
まあ、とにかく東北はあと何日かが山場ではないか?でも残暑はつづく、30度以上にはなるが今日のような35度とかにはならないだろう。雨がふらないのも不安である。今頃秋雨の季節だったよな、毎日からりと晴れ渡って猛暑なのは季節感覚がなくなってしまった。

2010年09月04日

人格形成と盛衰(経済的豊さ)は一致しない


人格形成と盛衰(経済的豊さ)は一致しない

●人格形成の失敗者の顔

管総理と小沢氏の討論はさておきテレビ時代は今までも良く言われたことだがイメ-ジが先行する。見た目で判断する人がふえる。顔が大写しになるからその人の言うことより政策より顔からの印象でその人となりを判断する。小沢氏はいかにも悪役なのである。どうみても女性からすると怖い顔つきになっている。悪いがヤクザの親分みたいに見えるのだ。女性から人気がないのがわかる。でもそれだけに何かをできるやれる豪腕だとか頼りになるとかみる。それはその人の言っている政策を実行するかどうかではない、まず顔つきからイメ-ジとして判断されるのである。女性の場合は特にイメ-ジから判断するから余計に損だとなる。顔は偽れないものをもっているからどうにもならない、親戚の女性で最初長い間あっていなかったから顔を見てもわからなかった。ところが何十年と合わない間に実際は人格が全く変貌していたのだ。でも外見からわからなかったが今になるとその顔が奇怪なものになっていることがわかった。夫婦の場合は夫婦で顔が作られることがあるようだ。夫婦とも奇怪な顔だったなとつくづく今になると思った。
顔にそれまでの人生が刻印されていた。でもその顔は何を意味しているのかなかなかわからないだろう。あまりにも極端な異常な行動に出たのでその顔も奇怪なものになっていることをまざまざと知ることになった。弱者を踏みつけて平気でいるような顔つきになってしまっていたのである。その夫婦は自分達の異様さを気づいていないだろう。子供も育てているし別に借金しているわけでもない経済的には豊なのだがその夫婦は顔が奇怪な異様な夫婦となっていたのである。

一方下積みで働きづめの60代の女性は中卒だし貧乏なのだがつくづくしっかりしているなと思った。離婚して一人で子供を二人育てたことも影響している。奇怪な顔になった女性はたいして経済的には苦労していない。だから金があるからといってそれがすべての幸不幸を左右するわけではない、あんな顔になったことはやはり金があっても不幸だろう。本人は気づいていないにしろ金があっても人格形成に失敗したとなるからだ。でも外見では金のない人は失敗者にみられてしまうのである。人格的におかしいなという人はいくらでもいる。世間で尊敬されている医者に多いということが問題になった。余りにも持ち上げられすぎてそうなってしまったのだ。どうしたって世間で神様のごとくもちあげれば俺は偉いんだという意識が働き、傲慢になってしまうだろう。するとそういうことは下積みで働いている人より人格形成的にはいい環境でもなかったとなるのだ。もちろんこれも外見上はお医者様は金もあるし世間からも特別尊敬されるしといいことづくめなのだが人格形成的にはいい環境とはいえない、もし人を人とも見ない傲慢な人格になっていたらやはり医者という職業の特殊性が原因しているとなる。あのように崇められる職業はないからだ。人格形成などどうでもいい、金さえあるものが勝ちなんだと世間ではなるにしてもあんな奇怪な顔になるのはやはり悲劇ではなかったか?本人は気づかないにしろなんだかダンテの地獄編の中に実在する人のように思えた。つまり地獄ではそうして人格が歪んだ人々が顔の人がいるのだ。そんなところに行くほかないとしたらやはり人格形成は軽くみることはできない、この世ではそういうことは意識されない逆の現象が起きていても来世では奇怪な人は奇怪な顔の人々が集まっているということになる。夫婦は一連託生だから夫がいい人で妻が悪いとか妻が良くて夫が悪いとかにはなりにくい、二人して人格形成される。その人格形成に失敗すれば二人して地獄に行くようになってしまう。確かに外見上は金持ちでありそうは見えないにしても人格形成は内面的なものとして作られるのであり外見とは一致しないからである。


●人間の盛衰(経済的成功不成功)と善や義や仏の道は違っている

盛衰を以って、人の善悪は沙汰されぬ事なり。盛衰は天然の事なり。善悪は人の道なり。教訓の為には盛衰を以って言ふなり。(山本常朝)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/744

盛衰をもって、人の善悪は判断できない。盛衰というものは時の運である。しかし、善悪は人の道である。あえて教訓のために、善人は栄え、悪人は滅ぶというのである。善人だから金持ちになるということはない、人格が形成されるわけではない、人格者がみな金持ちになるわけではない、これは別なものなのだ。たまたま一致することがあってもこれは別なことなのである。
貧乏でも善の道を実行することが人としての道である。それは金持ちになるかどうかとは別問題である。ただただ金持ちになることを願い金持ちになれば人として成功したのだなる。盛衰は別である。これは国にとってもそうである。盛衰と善を成すことは別のことである。善を成したからアメリカが栄え他の国が衰退するとかならない、盛衰は世界史的にも平等に起こっているからだ。アメリカは日本の戦争に勝ったのは日本に義がない善がないからだとはならない、それはあくまでも盛衰であり善とか義とは関係ない、そのことが今でも錯覚されている。日本は人倫的にまちがった戦争をしたから負けた、当然原爆を落とされてもしかたない国だったとアメリカが言うのは傲慢なことである。戦争の勝敗は時の運もあるし盛衰であり善とか義とは関係ないのである。勝ったから義があったとかなかったとかではない、その時の運もあり国際情勢もありさまざまな要因があり戦争に勝ったものが正しいとはならないのだ。原爆を落としても正しいというのはあまりにも傲慢だったのである。

アメリカにその時盛衰の中の盛がありもし国全体が衰に向かっていたらそうはならない、今アメリカは衰に入り中国が盛に入っているからアメリカの世界覇権がいつまでつづくかはわからない、そういう力関係は世界史的に常に変わっているのだ。奢れるもの久しからずはアメリカにも日本にも起こっているのだ。経済大国だなどと奢っていたが今度は中国人の金持ちの観光客を呼ぶのに必死になっている姿がそうである。これも盛衰であり逆転したのである。盛衰は常に起こっても義とか善から判断はできない、人の道を行うことと善を行うことは一致しないのである。カルト宗教団体などは肝心の仏の道を実行することではない、常に盛衰だけをみている。他人の盛衰だけをみている。あいつは俺たちを批判したから金持ちになれない、病気になったりろくなことはないのだと喜んでいる。でもその内部では同じことが起こっている。盛衰はどこにでもありまねがれない、それと義であり仏の道であり人の道を行うことは全く違ったものである。でも盛衰だけを見て判断する。ご利益だけを得ることを願っている。盛衰がすべてであり盛衰で経済的にご利益があったかどうかですべてが判断されるのだ。人でも国でも会社でも団体でも盛衰だけで語ると見誤る。盛衰と善や義は別物であり一致しないからである。たまたまそうなっていたとしても人倫の道、義や善と盛衰は違ったものなのである。

2010年09月05日

虫の声

 
西日さし電線工事やあざみかな

花のみに寄りて舞い去る夏の蝶

墓のみそ残りてあわれ虫の声

今年の陽差しは暑い、光線がいつもの夏とは違っていた。この光線をまともに受けると顔が痛くなっていた。光線もあんなに暑いと殺人光線にまでなる。こんなに光線の強さを感じた年はないだろう。光線もなんらか地上に達するまでに弱められなかったら危険になってしまうのだろう。薊の季語は春である。何故なら夏だと夏薊となるからだ。西日のさすなかで外で働く人は今年は大変だとつくづく思った。今年の夏だけは良く外で働けると思った。政治家でも良く街頭演説などできるなと感心した。政治家は体力がないとできない、自分は半分病気のようになってしまった。でも今日は31度くらいだから普通の夏だったのだろう。ただ陽差しはやはり強いから外に出ることはなかなかできなかった。
 
マンデビラの花に今日も揚羽がよって去って行った。蝶は花だけを見て去ってゆく、他は眼中にない、その家の人とは関係ないのだ。どこの家にしろ人間であるかぎり汚いものがある。でも蝶は花だけをみてより去ってゆくだけだからいいのである。原町の実家の墓は墓だけで実家はない、墓だけが家がなくなってもしばらく残るのだ。おそらく自分の場合も他でも家や家族がなくなっても墓だけは最後の記念のように残っているのである。墓の意味はそういうところにあったのかもしれない、墓とは家という建物や家族という人間関係が失われてもしばらくは残るものでありそれで昔を偲ぶということがある。ただそうなると無縁化する。でも墓は家ではないから簡単に壊すことができないから困るのである。とにかく人間死んでしまうと生きているときはあれだけなにやかにやとあったものでも虫の声のようにかすかに鳴いているだけになる。どんな人もそれだけはかないのである。どんなに権勢を誇った人でも死んで墓に入ればあとはかすかに虫の声が聞こえるだけになるのだ。

2010年09月06日

無縁社会になった原因(3)


無縁社会になった原因(3)

 
●無縁社会と有縁社会
 
NHKの高齢者の行方不明、無縁社会の続編を放送していた。高齢者の行方不明も家族のつながりうすれた結果として無縁化して行方不明になっても家族すら生きているのか死んでいるのかもわからないとか放置される。そして介護とかなると負担が大きいから小家族になっていると三人くらいの家族だと家族が崩壊してしまうのである。経済的にもその負担に耐えきれない、年金だけがたよりとなり親のめんどうをみていて親が死んだら収入がなくなって死んだの隠して年金をもらっていた。介護のために仕事をやめねばならないというのも悲劇なのだ。これが大家族だったら人手が多いから誰かがめんとをみるということがある。それで働くということが端(ハタ)を楽にするがハタラクだったということなのだ。それは身近で働く人を見ているからそうなった。人間は村とか狭い範囲で生きていたからそうなった。それ故に無縁社会などありえない、有縁社会の中で生きる他なかった。だから前にも書いたように商売するとき村の外部から来る人は特別に神社などで市場を開かせて無縁の場を作ったのである。そういう無縁の場所をつくらねばならない限りよそ者がはいりこめないということ自体いかに有縁の中でしか生きられないかを物語っていたのである。今でも田舎でも町に住むものと村(ざい)に住むものは違っている。村や部落では昔のような強固な連帯はないにしろやはり共同作業があったりして町に住むものとは違った共同がある。それがわずらしいものとなっているのが冠婚葬祭である。毎日新聞をみて死亡欄を見て悔やみに行かねばならないとなる。本当に一週間に一回くらい葬儀に出ているかもしれない、それほど田舎ではそうした冠婚葬祭費が馬鹿にならないのである。
 
●地縁、血縁から脱することは歴史の必然
 
神社などで無縁の場を作り商売させたように村社会では貨幣経済がすべてではない、労働の代価を労働で払うということもあったし共同作業は貨幣経済とは違う。しかし無縁社会になると貨幣経済がグロ-バルに地球の裏側まで広がってしまったから貨幣の力が大きくなり貨幣が神とまでなるような力をもつようになった。貨幣が万能の世界になってしまった。有縁社会でしか生きられない社会であったのが世界的な貨幣経済で物は流通しても人間はその貨幣の一単位のようになりマルクスの言う貨幣により疎外されるという現象がグロ-バル化したのである。そもそも減反政策でも何でもグロ-バル化経済の結果でありそれはとりもなおさず無縁化社会に通じていたのである。貨幣が万能化した世界であり人間も貨幣で売り買いできる労働も売り買いできるマルクスの言う人間疎外がおきた。ただその無縁化によって経済をグロ-バル化することによって今日の豊かさをがもたらされている。そうでなければこんなぜいたくはとてもできない、小さな村の単位の経済だったら豊になることはできなかったのである。狭い有縁社会から無縁社会になるのは必然的なものでもあった。人間の社会は地縁、血縁があるが経済の原理はそうしたものを破ることにより発展してきたからである。それを否定したらよそ者は入ってくるなとなり閉鎖的な鎖国状態であり発展はありえなかったのである。ただ経済というのは今やグロ-バル化に展開しているから制御できない怪物になってしまった。恐慌がまるで天災のように起こる、株価がどうなるのか誰もわからない、人間の手を離れて怪物化したから誰もわからない、天災のように経済もあるとき崩壊するという不安をもつようになった。働く-端を楽にするという範囲をはるかに越えて経済は動いている。経済は否応なく無縁の中で動いているのだ。根底にはそうした大きな歴史的流れがありそれを否定することはむずかしい。みんなが豊になるためにグロ-バル化したのだから否定しがたいわけである。
 
●過去は参考になっても戻ることはできない
 

日本でも江戸時代までは基本的には地縁、血縁社会だった。その基となる生産単位が家族経営とかであり家族が拡大化したようなものが経営体となっていたのである。そして養蚕でもその産業が土地に根ざしていたから土地と結びつき大家族的経営となっていた。それは賃金だけをもらう賃金労働者とも違った側面があった。墓をみると一つの墓の前にいくつも名前だけが書いて埋められている。それはこの家の家族だけではない使用人もかなりいた。使用人も家族の一員のようになり一緒に働いていたゆえに一つの家族のように埋められていたのである。そういう経営体では家族のようになり互いに協力するということがあった。だから働くが端を楽にするということになっていたのである。つまり現代は生活する範囲がグロ-バル化に拡大化しても
物と生活が分離している。そもそもバナナを収穫するにも大変な労働だったと報告している人がいたがバナナを食べている人はそれをみることはできないのである。金を出せば何でも魔法のように手に入るとなる。貨幣の力が神のようになってしまったのである。実際に最近毎日ではないにしろ一時間ばかりお手伝いさんに来て家のことを手伝ってもらったら便利だった。特に料理してもらった時は便利だった。昨日は近くでとれたとれたての野菜のテンプラを料理してもらった。テンプラは料理できないし他にも料理できないものがあり時々料理してもらったので助かった。つくづく労働も金で買える。金があれば逆に無縁化にはならない、なぜなら毎日一時間でも掃除料理をしてくれれば一応様子もみてくれるから孤立化しないのである。こういうことは認知症で家族の介護をしたとき親戚でもしてもらえなかったからこんなこともしてもらえるのかという発見があった。もっと裕福ならお手伝いさんを常時侍らせておくことができるのである。

 
今は近所でも親戚でもましてや遠い親戚など何の役にも立たない、自分の親戚でも東京に住んでいてこっちも介護とかで苦しんでいるのにただ金だけをいくらでも要求してくる。お前は金さえだしていればいんだという要求には誰も答えられない、そこには助け合うということがまるでないのだ。全く一方的に金だけを要求されるのである。そして東京でどんな暮らしをしているかもわからない、そんな人とは協力できない、介護とか福祉は相互的なものであり近くでないとできないということがあった。原町でも車で通いば手間なのでできないということがあったのだ。やはり近くでないと助け合うことが無理なことがあとつくづく思った。近くだということが困ったときは大きなメリットになっているのだ。ヘルパ-とかお手伝いさんなどが頼りにするときそのためには金を払わねばならない、かえって金が縁を結び孤立化を防ぐのである。それだけ貨幣経済社会になったとき昔のような有縁社会に戻ることには無理がある。実際は過去は常にノスタルジックに志向されやすいのである。大家族がいいとしても現実の社会でそれが再生できるかとなるとむずかしい。別な新しい共同性を構築するしかないのである。それがどういうものになるのかは日々の生活の中で模索するほかないのである。ヨ-ロッパでは家族に介護などさせるよりも税金で老人を世話するというとき日本のように地域とか家族がすでに介護とかの負担をする力をがなくなっている。だからこそ社会で負担するほかないから税金が高くなっている。日本では地域だとか家族がめんどうみるのが筋だとかいっても社会自体が変わったとき無理になっているのだ。そういうことは現実にそぐわなくなっているのだ。
 

  

無縁社会となった原因(2)
http://musubu.sblo.jp/article/35507267.html

フィリピンの大家族
http://watami2008.blogspot.com/2010/02/blog-post_03.html

無縁社会における自由・孤独”と“有縁
http://charm.at.webry.info/201002/article_5.html

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ダリヤと蝶

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生き生きと形を変える夏の雲


海風あおられとぶや夏の蝶

また出会う日々の明るさ夏の蝶


この道に行く人まれに松の影ダリヤの映えて揚羽移り飛ぶ


鮮やかにダリヤの花の色々に映えて美し日々の明るさ


 

右田浜は遊泳禁止だし閑散としている。それよりキャンプ場は荒れてしまって草ぼうぼうになってしまった。今日も暑いから昼間は涼しくなろうとして海の方に行ったが海の風も涼しくない、何か暑い、そのなかで右田浜は松影の道がありあそこだけが気持ちいいサイクリングの場の道となっている。今年は暑いから毎日どうしても海の方へ行ってしまう。海からの風が涼しいと思うからである。でも昼間は海の風も涼しくなかった。入道雲がでてきて陽がさえぎられたとき涼しくなった。今年は光線が強いから光がさえぎられないと涼しくなれないのだ。
 

松影の道にはダリヤが色鮮やかに咲いている、外から来る人もまれであり閑散としてしまったが自然はかえって人が行くことまれなところに美しく映える。今年は夏が長い、だから秋の蝶とはいつまでもならない、雲も夏だし蝶も夏だし花も夏なのである。日本では毎日これだけ明るく乾いて陽がさしている天候はなかった。大陸だとこういう明るい陽がつづく、空気もしめぽっく明るくならないのだ。実際に今頃はしとしとと秋雨の季節だったのである。だから写真が良くとれないのである。輪郭がクリア-にならないからだ。ダリヤとかでも南国の花は大陸系の花はこのように毎日からりと晴れるところに鮮やかに映える。季節的にはもう暑いのは嫌なのだが南国系統や大陸系統の花はより美しく透明感のます光の中でその色が映えていることに気づいた。
でも秋という感覚がないから季節感が変になってしまう。秋には秋に映える花があるだ。