2017年06月28日

金庫が開き証書がなくなった謎 (泥棒のプロが入って来たのか?)


金庫が開き証書がなくなった謎


(泥棒のプロが入って来たのか?)


証書をとりごそうとしたらなかった、それはいつもの場所に置いてあいていたはずである他に置かない、何枚かあった、銀行の人が来たので出そうとしたがなくなっていた
それがなぜ忘れたのではないと自分で思ったのはダイヤル式の金庫が空いていたのであるダイヤル式の金庫は暗唱番号がわかなくなり閉めたままにしていたからである。
それを使わないで失敗したこともあった、そもそもダイヤル式の金庫は開けられないはずである、でもプロになれば開けられるのかもしれない、鍵屋だとできる
そういう機械があるからだ、ただその金庫には一銭の金も入っていなかった、書類もなにも入っていない空の金庫だった
今回は内部のものではない、第一金庫は開けられないからである。
外部のものだとすると物騒になっているとなる、ただ夜に入って来たとは思えない
それでも二階に寝ているとわからないということはある
証書は二階に置いていた、だからこれも謎である。どこか別な所に置いたとういことありうる
何か一人暮らしは物騒になる、不用心になる

別に今回は何の被害もない、小銭も盗まれてもいない、証書はめんどうでも再発行できるし通帳もあり印鑑もある、実際の被害はなにもなかった
だからなんとも不思議だとなる、第一証書をもっていても金を引き出すことは不可能だからである。ではどこか別な所に置いたのか?
そう思えないのはどうして金庫が開いてのかということである。
それで誰かかが物色したのかと思った
内部のものではないというときとてもダイヤル式の金庫は開けられないからである。

ただ一回も外には出かけていない、留守にしたことは昼間にあったが一日も外に泊まったりはしない、その間に戸を開け忘れたことはあった
それで入り安い面はあったがそこも謎である。
謎ではあるがプロが入ってきたとしか思えないのだ

別に被害がないから騒ぐこともない、ただ結局金は親族でもどんな人でも信用してまかせられないというのは本当だろう。

税理士も、親戚も旦那も妻も子供も信用してはいけない

「だまされるな」「警戒せよ」「用心せよ「「近寄って来た人間は信用するな」

税金恐怖政治が資産家を追い詰める(副島隆彦)

これが金に関してはこうなる、妻子でも信用できないのである。
タンス預金しているといつのまになくなるというとき家の者が使っているのである。
それが金というものなのである。だから万全の安全対策が必要である。
その安全対策をしていない人が悪いのである。自己責任になってしまうのである。
会社でも銀行だって横領事件が必ずある、だからこそ管理をする、調査することが義務なのである。信用するしないの問題ではないのである。

金に関しては人は信用できない、これは別に人を信用しないということではない、金がかかわるといくら信用ある人間でも別だと割り切るべきなのである。
いくら信用したって金に関してはそういうことが起きるからだ
今のように格差社会とか貧乏社会になると常に金は危険なものになる
これは覚悟してなけれはならない、副島氏も一千六百万相当が盗まれた
一千万くらい手元に置けと講演していたというから馬鹿だとなった
それも自分で経験している、タンス預金はするべきではない
盗難は巧妙になっている、仏壇の下に隠してもプロはわかる

そしてこんな有名な人でも警察はなにもしてくれなかったのである。本当に警察は何もしない、それが現実である。有名人でもそうなのだから普通の人は相手にもされない
そして昭和恐慌のとき(昭和5-8年)の時ものすごと泥棒が増えた、電気を夜もつけぱなしにしていたという、今もそういう時代にもどりつつあるというのは本当だろう
困窮している人たちが回りに増えれば必然的にそうなるのだ。
資産家にとっても格差社会や貧困化する社会はいいものではないのだ。
安心して寝ることすらできなくなるからだ。
資産家が高い塀で囲んでいるのもそうである。もう戦国時代のように要塞化でもしないと財産も守れないともなる、田舎でも困窮している人はいるし増えてくる

今は田舎も都会も同じようになっている、金に振り回されているのは同じだからである。資産家と小金もちは違う、この人は資産家だから被害も大きくなり不安も増大してゆく
監視カメラから金庫でも特大のものを用意するとか守るために苦労する
外国の資産家は警備員を雇っているからそうなる、日本ではいろいろなハイテクでも何でも利用して守るとなる
自分も今度は銀行の貸し金庫を利用することにした、いちいち出すのがめんどうでしなかった、なんとか整理できたから利用するようにする、金は妻子にもまかせることができないというとき別に一人暮らしだからではない、みんなそうなのである。
それが金というものなのである。

いづれにしろ自分は金の扱いとかわからないし大金を使うとかできない、そういう経験がないからだ、何か経験がないことをするのはめんどうなのである。
必ず失敗する、大金を使い慣れていなければ大金をもつと失敗することがある
日頃の習慣でそうなっているのだ。習慣の力は大きいのである。
いくら金が入ってたとしても金持ちのような生活はできないのである。
自分は資産家でもなんでもない、遺産でちょっと恵まれたというだけである。
でももっと困窮している人が増えていることで安心できない社会になったのである。

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副島氏


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責任は否が応でもとらされるのが人間 (金の多寡で責任の度合いも決まる資本主義社会) 責任は否が応でもとらされるのが人間 (金の多寡で責任の度合いも決まる資本主義社会)


責任は否が応でもとらされるのが人間

(金の多寡で責任の度合いも決まる資本主義社会)

●否が応でも」で、承知不承知に関わらず、何が何でも、という意味に用いられる

仕事や人間関係にトラブルが生じると、必ずといっていいほど始まるのが「責任の押し付け合い」です。誰がミスをしたのか、そもそも誰が責任をとるべきなのか、といったやりとりを見ると「責任なんて、背負いたくない」と思ってしまいますね。

自分が一度でもミスしてしまった場合、それがずっと自分の看護師としての人生についてまわります


ゴミみたいな給料で責任感持たせられてたまるかよ 
経営者が責任感の欠片も持ってないってのに


非正規は責任感が無い奴が多いよ 
実際、責任が無いからね 
要は投げやりなのよ

責任取らされたりするのが嫌で非正規選んでる人多いよ

非正規に責任はない 
正社員じゃないのだから会社の将来を考える必要もない 
やる気いらない、対価を稼ぐだけ 

派遣社員には責任感がない 
仕事に誇りを持って、その道を極める 
そういう日本人らしい労働姿勢こそが日本の誇りなんだよ 
責任感のない派遣社員増やしたの誰だよ

非正規は責任感ないっていうより、信用が出来ないから責任のある仕事は任されない。 
非正規採用である時点で会社から一線引かれてることに早く気付こう。

労働者側から見れば責任感やる気は対価に見合わないだろ。それがほしければ相当の対価を出せよ。



看護師とか医者はやはり厳しい、ミスを許されない職業だからそうなる
ミスしたら患者が死ぬこともあるから厳しいとなる
そのミスが一生つきまとうとなるのも厳しい
あの人はだめな人なのよとされてしまう。
それだけ責任をもたされている仕事だから待遇もそれなりのものになる


職業に貴賤はないというけどやはりそうして責任のある仕事と責任のない仕事に分けられる、掃除する人は多少汚れが残ってもそれが生死にはつながらないからだ
建築関係などでも手抜きしたりしたら本当は地震の時その結果が現れる
それは命にかかわってくる、タカタのエアバッグなどでもそうである。
その責任が問われて一兆円も損失となり倒産するようにもなる

例えば商品でも野菜でも安いならそんなものだろうとなる、高ければいいものでなければならない、電気製品でも三万のノートパソコンを通販で買ったけど壊れた、するとその値段だからそんなものだとなる、これが十万だったらあきらめることもできない
十万の責任がその商品にはあるとなるのが資本主義社会なのである。
値段によって責任の度合いが決められているのである。
家だって安ければそんなものだろうとなる、責任も問うこともできない
そのくらいしか払っていないのだからとなる

だから責任のある仕事にはそれ相応の地位と給料があってもしかたがないとなる
そうしないと本当はそんな重い責任の仕事を引き受けないともなる
非正規はそんな重い責任はとらないだろうしまかせられないともなる

ただ結局誰も責任から逃れられないようになっている、責任はまたカルマなのである。
その人が作り出したカルマなのである。そのカルマを果たすことが強いられる
そのカルマというときいろいろなものがある。
借金したということはすでにカルマを作ったことでありそれを他人に肩代わりできない
その人の家族のカルマとなってゆく、例えば子供をもつ人は持つ人で責任が生まれカルマをもつ、では持たない人は持たない人でカルマをもつ、身寄りがないとなるとそれも経験したように悲惨なことになる、それもカルマだった
ニートとか非正規とか責任ないからいいとなるが後で責任をとらされる
社会的に優遇されないし下流老人の最低限で生きていかなければならないとかなる
また金があっても身寄りがないとかなり苦しむ

要するに人間は生まれたことはカルマを背負うことなのである。生まれたこと自体責任を負わされているのである。子供が泣いて生まれてくるというときそのカルマを背負って生まれるからだともなる、
日本の国土に生まれたものは日本の国土のカルマを背負う、地震とか津浪が来るのもカルマだった、だからこいういう国土のカルマに原発は作るべきではなかった。

人間は責任をもてと言ってももちきれないこともある、裁判官などがそうである。
人が人を裁けるかとなったら裁けない、人は裁くなと神が言う時そうである。
それはあまりにも責任が重すぎるからである。
人を裁けるのは神しかないからそんな重い責任を負うことはできないのである。
最終的に責任をもっているのは神だともなる
なぜなら神は全能だから責任をもちうるからである。
人間は全能ではないから必ずミスがあり過ちがあるから責任がもちえないのである。

だから原発の「安全神話」などももろくも崩れ去ったのである。
そして誰も責任をとらないが責任を地元の住民は責任をとらされているのである。
責任は別に当人がとらされるとは限らない、事業に失敗すると家族でも親戚でも回りにその責任が及んでくるのである。だから事業は慎重にすべきであり回りの同意を得てやれともなる、失敗したら家族にその責任が回り親戚にも回ってくるからだ
それは原発ともにていたのである。
だから土地の所有者と県で許可するようなことをするべきではなかった
広範囲な住民との話し合いで対話してするべきものだったのである。
結果的には今や浪江の人でも他でも避難した人が住んでいるように広範囲なものとして
責任がとらされている、原発を作った町だけの問題ではなくなったからである。
もしそこだけで責任がとれればいいが回りにも波及しているからである。

posted by 老鶯 at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2017年06月27日

復興住宅に移り住んだ浪江の人 (真野川の橋の上で話す)


復興住宅に移り住んだ浪江の人

(真野川の橋の上で話す)


復興住宅に住んだ人は日立木に行ったことがなっかのか?日立木という地名がわからなかったのである。日立木に行ったのだがその地名がでてこないのである。
近くの鹿島の地名などは出にくいと思っていた
地名は意外と原町でも相馬市でも狭い地域になるとなじみがないのである。
自分にしても浪江などわかりにくいのである、室原の場所が山の方だと錯覚していたのもそのためである。小高も浪江も実際はわかりにくいのである。

その人は請戸の出身だというとき請戸は港だけではない、広い土地がある。だから南相馬市立病院で同室だった人は10町の畑で野菜を作り昔の平に売っていて財を築いた、表彰されるような優秀な人だったので習いに来ていた人たちがいた
その人は農家の人で大工をしていたという、何か話がちんぷんかんぷんな所があった
大工とか肉体系の仕事の人にはそういうことがある。
小高の一人親方は話がうまいし庭作りもできたし何でもできた、商売さえできる
そのなんでもできることで仕事を広げすぎたということはある

その人はこの辺の事情を知るために車で回っている、人間は浪江となるとまた近くてもわからないことがある。
何か川が木で覆われているので気にして市役所に連絡して木を切ってくれと頼んだ
川が狭いし土手のすぐ近くだから氾濫することを恐れたのかもしれない
でも真野川はもう氾濫しない、洪水にはならない、河川改修したからである。
それまで二回水害にあったから危険な川だったのである。
ここで問題になるのが浪江の人は南相馬市の市民ではないことである。
税金も払っていない、するとそういう要求が市にできるのかとなる
これは避難民が他の市町村に住んだとき起きたことである。
二本松市に浪江の人たちが住む一画を作る町を作るというときもそうである
やはり税金の問題が生じる、税金を納めないとしたら権利もないとなるからだ
そういうふうに今回はいろいろな問題がこの辺では生じた
実際に近くに浪江の人が家建てたり住んでる、でもおそらく南相馬市民になっているのかどうかはわからない、浪江町民になっていて補償金がもらえているからである。

その人は農家であり大工していたという、それで近くに立派な入母屋作りの家のことを言っていたのはそのためだった、その家は大きくて目立つ古風な作りの家だからである。
それは一目見ただけで相当に金がかかっていることがわかる、建売住宅がほとんどなのにこれは違っている、その家は建築関係の仕事しているから金持ちだったのである。
ということは特別注文できる家だったとなる

その人が言うには土地が誰の土地でもなくなってが利用できないようなことを言っていた土地の持ち主が死んだので利用できない、死んだ時点で利用できないと言っていた
でもその土地を受け継ぐ人がいないということはそれは市町村のものになるのである。
身寄りのない人などの財産は遺産は市町村のものになるのである。
なぜその土地のことを言ったのかというとそういう土地が避難区域では増えているということである。誰の土地なのかわからない、権利を消失したような土地が増えている
死んだ人もいて誰の土地かわからなくなっているのである。

空家が増えたのもそうだが土地でも誰の土地かもわからないものが増えたためだろう。
今日のテレビでそうして所有者がわからない土地が九州くらいあるというから驚きであるこの辺では特に増えた、その理由はやはり少子高齢化とか土地が安いとか土地を維持する利益がなくなっている、それで土地を受け継ぐ意志がない人が増えたためだという。
避難区域になったところはまず土地の価値はほとんどなくなっている
ただそこが放射性物質の処理場になるとき価値が生まれる
定期的に収入が入るからである。だからそうした所有者のわからない土地はやがては市町村のものになり国のものなり放射性物質とか廃棄場にされる可能性が高いしまたソーラーパネル場にされやすいのである。または中国人にいつのまにか買われていたとかも起きている、それは北海道で顕著なのである。

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土地に手をつけられないというとき土地所有者がわからなくなっているからだ
勝手に開発したりすると後でもめたりするからだ

そして明治以降土地の私的所有が認められて無数に細かく土地が分割されたのも問題だったのである。
それで開発するにしてもめんどうでできないという状態になったのである。

(所有権の取得時効)
第 162 条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その
占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得す
る。

誰の所有かわからないで放っておくとそれは誰かが利用しているとその人のものになる
何かそういうことがこの辺では空家や空地だらけになっているのだからそういう問題が起きる、市町村とか国で利用しても文句言う人もいなくなる
そこで勝手に放射性廃棄場にされたりするのである。


それから浪江の町長は本宮に新しい家を建てたとか言っていた、浪江に住まないでそんな所に新しい家を建てるのはおかしいとか言っていた、飯館村の村長でも福島市にマンションを買ったとか言われ批判されたこともあった
ただこの前のNHKのテレビではそうではなく狭い借りた家に住んでいるとか写していた
しかしNHKでもそういうことは装うからわからない、実際は違っていてもそうなる場合があるからだ。確かに本宮に新しい家を建てて浪江の復興をするというのも変である。
そもそも浪江の復興は人が住まないとはじまらないからである。
イノシシが街の中を歩いているとかなっているからだ
ともかく小高でもそうだが人が住まないと荒れるだけなのである
だから帰るのは老人だけにしろ住むことから復興がはじまる、だからこれはおかしいというのもわかる、とにかく復興を考えると人が住まないとだめだと思う
老人でも人が住んでいる町と住まない町には相当に差がある
浪江は街中が人がほとんど住んでいないからだ

何か市長村長でもいろいろ言われるのはやむをえないだろう。それだけこれも責任が重くなっているからである
なんとか復興しようとするときその指導するものが別な地域に家を買って住んでいるのかとなると指導される方もやる気がなくなるだろう。
浪江の人はすぐ近くに家を建てたりして住んでいる
空家に住んだ人もいた、浪江の人は今は目立つようになった
ただ浪江は本当に街中に人が住んでいない、小高はまだ住んでいる人がいるからましだとなる、浪江の復興ははじまったばかりである、でもやはりこの復興は長期戦になる
だから確かに近くになれば浪江まで見に行けるから二本松とかとは違う状態になる
身近に感じるからである。
ボーリングして井戸を掘っているのは水が使えないためである。
この辺でも水は飲んでいる人は少ないだろう、自分も飲み水はペットボトルである。
洗濯するにしても水が使えないとなると苦しい、浪江だと山の方が高濃度に汚染されているからだ、だから住むような環境にまだなっていないのである。
そもそも少子高齢化で水道のインフラ維持に金がかかりすぎてもう維持できない自治体が増える
だから浪江とかになるともう水道のインフラを維持できない、他でも人口が極端に減少すると維持できなくなる
そしたら井戸を掘って自家用でまかなうという昔にもどるともなる
原発避難区域ではこうして少子高齢化とかの日本の未来の極端なものとしてあらゆるものが現れているのである。


いづれにしろこういう思わぬ状態になったとき上に立つ人の苦労も大変だと思う
今までは公務員は楽で収入がいいとか地方では言われねたまれたけどここではそういうことはない、それで公務員をやめたいという人がいるのもわかる
様々な問題があり事務処理でも増えるし過酷だとなってしまったからである。
何か外から援助に来た公務員が自殺したなどがあったからだ
それほど追い込まれたということでもあった。
要するに放射能でもなかなか消えないのだから復興は長期戦になる
でも長期戦になるなかで離脱してゆく人も多いし現実若い人は帰らないのである
時間がたつにつれて復興するより復興から遠のいて忘れられてゆくということもある
ただまだ浪江から近くに移り住んだ人は浪江が近くなのだから身近になり復興を考えるということはある、そういう点では近くに移り住む効果はあるとなる

災害のときの公務の業務量は3倍から5倍になります。震災の前から、公務員を削り続けて、普段でも業務を回すのはギリギリの状態でした

クレーム処理のために公務員が存在するような状況になって、どんどん、どんどん、メンタル不全など体調不良が多くなって仕事ができなくなってしまう公務員が増えてしまう

公務員は恵まれていると言われてきたけどこの辺では違う、やめたいとなるのもわかる
特に避難区域になった所はそうである。
クレームが多いということは震災地域では不満が多くなるしその不満の捌け口が公務員になっているからだ。
でも公務員とは気軽な仕事ではなくもともとそういう責任があった仕事だったのかもしれない、市町村民を守る仕事で責任が重いから優遇されていたとなる

つまりこれも今になるとその責任の重さを自覚されたのである。
公務員が倒産することはない、でも市町村自体が倒産の危機になる、そうなるとその責任も重くなってくるのである。その責任を引き受けるからこそ優遇されていたともなる
だから公務員は楽だからとして入って今になって苦しいから嫌だというのは勝手だという意見もあるだろう。
ともかくこの辺では様々な責任が問われたのである。
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2017年06月26日

AI化と原発事故 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AI化と原発事故

 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AIの判断でも人間の判断でも必ず誤る、でもAIの判断は機会の判断はミスは責任が問われない、間違いましたとかで終わりである。人が死んでもそうである。
人が何万人とか死んでもAIの判断が間違っていても責任はとらない
責任をとるのはAIを作り操作する人間なのである。

医療関係では病院では医療ミスがさけられない、だからそのミスに備えている
人が医療ミスで死んでも責任が問われないようにしている
医者の責任はそれだけ重いから責任逃れをする体制を整えている
だから医療ミスがあってもたいがい病院が権力があるので逃れられるようになっている
医療ミスで死んでも裁判で勝ち目ないとなっている
それだけ医療ミスを恐れているからそういう体制をとっている

これを原発事故で考えると一旦事故が起きたらこれだけの重大な被害があり責任が問われる、でも原発事故では病院のように医療ミスが起こることを想定していない
「安全神話」が作られて事故は起きないとなっていたから病院のようにそうしたミスが起きたらどうするのかということは念頭になかったのである。

でもAIでも人間の判断は必ず誤る、ミスは起きる、これはどんな世界でも確実なのである確率的にも医療ミスでも交通事故でも飛行機でも工場でもなにかしらミスがあり事故が起きる、それはもうさけられないのである。
原発だけが事故が起きないなどありえないことだったのである。
でも事故が起きたらどうするのか?そういう対策は全くしていなかったのである。
なぜなら事故は起きない「安全神話」を作っていたからそれに備える必要がないからだ

これだけの被害にあったときその責任が70兆円も廃炉にかかるとかもう日本が傾くくらいの責任があった、となると原発を作るとき簡単にはできない
医者は医療ミスが起きても問われないようにしているから手術もできる
それだけ命にかかわるからそうしているのである。

ともかくAIが判断するにしても人間が判断するにしても必ず誤りがありミスがある
するとそのミスに備えることが不可欠なのである。
そのために保険をかけることもある。
でもなぜか原発はそういうことをしなかった、備えなかった
それは「安全神話」を作ったためにそうなったのである。
安全神話となればそれは宗教ともなる、信じるか信じないかになる
要するに事故のために備える必要をなくさせたのが安全神話だったのである。
それは政治とかマスコミとか科学者が一体となり作ったものだったのである。

そもそも原発は一旦事故が起きたらもう国が滅びるほどのものだからそれに備えることもできない、だからこそ安全神話が作られて行われた
それは戦争でも神国だから勝つというのではじめられた
負けることは想定しない、でも負けることもありうる、でもそれを想定しない
なぜなら神国だから勝つとなるからだ
だから負けたらどうなるのか戦争したらどうなるのか、その犠牲は甚大になるものを想定しないのである。
そういうことを想定したら戦争も原発もできないからである。

どんなことしたってAIであれ人間であれ判断は誤る、ミスはある

これこそ確実であるからこそもし戦争に負けたらどうするのか、その責任はどうするのかを考えねばならなくなる、現実に3百万人の死者の霊をどうするのか未だに議論されるのもそうである。その責任をどう果たすのかということが問われる
どこの墓でも戦死した墓があり階級が記されている、それは日本のために戦い死んだという誇りがあって当時は墓に記したのである。でも今それが誇りになっているかというとなっていないのである。

要するに何をしてもいい、でもその責任の重さを自覚してやるならいい、一旦事故が起きてもその責任とれるならいい、でもその責任がとれない、保証しないとなるとどうなるのか?AIだったら責任は問われない、人間は問われるのである。
戦争でなくても原発事故でなくてもAIが判断しても人間が決めるのだから人間は責任から逃れることができないのである。

だから人間の判断は誤る、ミスが起きる→それに備える

このことが必要であり保険が生まれる、もしそうしたことが備えもできないとしたら責任を負えないとしたらやるべきではないとなる
病院で死ぬのは社会的にその家族とか怒りになるだけかもしれない
でも戦争とか原発事故になると被害がその国土にも及び原発事故だと水も飲めない、土は汚染されて食料もその土地から得られなくなる、木材も使えないとか生活の基本になるのものが汚染されるから住めなくなるのである。
人は死んでいないと言っても人は住めなくなるのだからその被害は甚大なのである。
その責任をとれるのかと今になると問われる
もはや実際にその責任はとれないのである。元にもどるには何十年かかるとかそれよりプルトニウムの毒が放射線が消えるには二万年かかるとかなると住めなくなるほどの被害だったのである。

これからも日本で原発をつづけるというときこれだけの責任が負う覚悟でするのかと問われる、科学者は実際に原発にたずさわった学者は武田邦彦氏は今度は住民も原発を作らせるときその覚悟が必要だと言っている
この辺のようにもう故郷に住めなくなる覚悟で作らせて事故が起きたら今度は今回のような手厚い保証ないという覚悟でするべきだと言っている科学者がこういうのも無責任だが住民にもそういう覚悟で責任をとってもらうということなのである。
でもその責任の範囲は広範囲になるしさらなるもっと大きな被害になったら日本の国土が汚染されて住めなくなるのである。

つまり戦争の時のように日本国民がその責任を負わせられるのである。
その覚悟が国民にあって原発を継続するのかともなる
結局責任は戦争の時と同じように指導者は戦争をすると判断したものはとらない
国民がとらされるのである。3百万人の死がその責任だったのである。
国民自体がそういう重い責任があり覚悟しているのかとなる
責任が希薄だから戦争でも原発でもはじめる、でもその後に戦争に負ける、事故があり
その責任が国民にも回ってくるのである。

責任が比例して地位があり給料が高いのも仕方がない、それは責任ともなっているからである。政治家でも科学者でも官僚でも東電の幹部でもなんでも責任が重いから給料が高いのである。それは責任をとるということでそうしている
掃除している人とかいろいろな仕事があってもたいして責任がないものもある
銀行とか会社でも大金が横領すれることがしばしばある、でも責任はそれほどとらない
一方で百円盗んでも刑務所に入れられたりもする、江戸時代は五両盗んだら首が飛んだ
金の額でそうなっていたのである。
だから金をもっているだけでまた責任が問われる、遺産でもなんであいつはあんな金を親からもらえるのだとなり責任が問われる
実際に仕事でも10万で仕事させるのと20万で仕事をさせるとき20万の方が責任が重くなるもし五万で引き受けたとしたら何か手抜きとかまずいことがあっても5万なんだからしかたがないとなるのである。金の多寡によって資本主義社会では責任が問われているのである。

それで江戸時代の侍には庶民はなりたくなかった、侍は切腹して責任をとらされるからである。それを見ているから気楽な庶民の方がいいとなっていたのである。
いくら地位があっても嫌だとなるのが普通なのである。
現代ではそうした責任感覚が希薄になったがやはり以前として責任は必ず生じる
AIは責任をもたないが人間は責任をとらされるのである。
そこがAIと人間の根本的な相違だったともなる。

いづれにしろ人間には責任がつきまとっている、犬猫を飼うにも捨てないでちゃっと飼いとか言われるから簡単に飼いないともなる、発言するにもインターネットなどは責任がないとういけど何か読まれる数が増えると責任が出てくるとなる
それでマスコミでは大勢の人が見るから影響力が大きいからマスコミ自体が批判されるようになったのである。
報道するとか出版するとか何かを公にするとき責任が生まれる
ただ普通はそういうことはできないから発言もできないから発言できない人は責任もないとなっていたのである。

今になるとマスコミが批判されるのはそれだけ大勢の人に発言する権利をもっていたからである。マスコミはただの媒介するメデアではない、マスコミ自体が大衆を操作する洗脳するメデアだったのである。だからこそその責任が問われる
発言できないものは責任はないからである。
批判は自由である、でもまたそこに責任がともなってくるのである。
インターネットは責任がないという時代もあったがやはり責任を課せられるようになっている、発言する権利を得ればそれとともに責任も生じてくるのである。



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AIの判断と人間の判断 (データーの処理能力の相違なのか?)


AIの判断と人間の判断

(データーの処理能力の相違なのか?)


AI化はすでにコンピュターが生まれたときインターネットが生まれた時はじまっていたのである。コンピュターがインターネットが人工知能ではないか?
インターネットに接続して知識を吸収していることがすでにAI化した中に入っていることではないか?
インターネットは天文学的な膨大な情報がある、それも日々増加している
それは本の世界とも違う、ただ本でもインターネットのように検索可能にすると本の情報が利用しやすくなる、それも実際はできる

AIと人間の根本的な相違は情報の処理能力である。なぜ将棋でもむずかしいものがコンピュターにもう勝てないのか?それは人間の能力をはるかに超えた情報の処理能力だった
その譜面を記録しいるのが人間にはとても及ばないからだった
つまり人間の記録する記憶する能力はコンピュターと比べるとあまりにも小さいのである人間の記録する記憶する能力は非常に低いのである。

第一人間は忘れる、自分の書いたものも忘れる、それでプログでも何でも書いたものを記録したものを読んでこんなことを書いていたのと改めて発見しているのである。
人間ほど忘れやすいものはないのである。
旅行してもどこに行ったのかもわからなくなる、特に団体旅行だおしゃべりなどしていると回りの景色も心に残らないのである。
だから写真撮ったりメモすることも大事になる、そこから思い出す作業ができるからだ
つまり旅でも何か記憶していないと忘れて行ったということにもならないのである。
それで自分は旅を記憶したものを短歌や俳句や詩にしている、でも記憶していなければできない
でも時がたてばなんでも忘れることが人間の弱点なのである。

コンピュターの優れた面と人間の優れた面がAI化で浮き彫りにされる
例えば株式予想とか天気予報とか何かそうしたものは膨大なデーター処理することによって見えてくるものがある、何か予測するというとき過去のデーターが必要になる
ところが人間はその過去のデーターでも膨大であり一部しか目を通せない
その一部のもので判断するから誤るのである。

それは地震とか津浪でもそうである。その記録でも実際は膨大である、相馬地方でどのくらいの地震があったのか?江戸時代でもあったが小さいと忘れているしまた記録がわずかだからその記録から読み解くことがむずかしい
でもそうした過去の記録はあったが無視していたのである。

現代になると地震でも記録されるからその記録は膨大になる、そのデーターはもう人間では処理できない、大きな地震でも全国的になると震度5などいくらでも起きているからだそういうデーターを処理して予測することがコンピュターにできるようになるのか?
すでに株はAI化して予測している、その膨大な情報からチャートして図を形成すればわかりやすい、一秒感覚で売買して利ざやで稼いでいるいうから驚きである。
それは結局膨大なの情報の処理能力がコンピュターにあるからなのだ

それに比べるとあまりにも人間の情報能力は小さすぎるのである。
すると予測することも判断することも誤ることになる、そして人間の判断能力がAIより優れているとは限らないのである。
例えば戦争でもAIが判断したらアメリカと日本の国力とか総合的に膨大なの情報から判断したら負けるとでる、でも日本では人間が判断すると負けないとなる
その判断は人間だと政治力とか経済とか神がかりなものとか他にも恣意的に判断する
日本は神国だとなれば戦争にも負けないとして戦ったことでもわかる
それはカルト宗教団体ともにている、神の加護、仏の加護があるから負けない
そうして選挙運動している団体もあるからだ

何かそうして人間の判断は不思議に科学者でも非合理的な判断をする
おそらく科学者が科学的に合理的に判断すれば原発事故は起こらなかった
そこに政治的経済的判断が介入してきた、政治家は原発を作りたい、地元の人も金になる仕事が欲しいとして安全を無視する、それは科学的合理的判断ではない
一旦高く土盛りして原発を建てたのにわざわざ金がかかる経済的にコストがかかるとして土地を削った結果として津浪の被害にあった
高い所だと電源が下に置くからコストがかかったからである。
人間の判断にはそうした科学的ではないものが必ず入ってくる
そして「安全神話」が作られたというときもそうである。
それにはマスコミを加担して強力なものとなっていた、マスコミもまた判断を誤らせるこためにあった。

だから人間の判断がみんな正しいとは限らないのである。もちろんAIのコンピュターの判断も正しいとはならない、AIの判断に従ったら致命的なもの人類滅亡になるというのもありえないことではないからである。
ただ原発をAIが予測したらどうなったのか?
様々な見地から膨大な情報を駆使して判断したらどうなったのか?
まず日本だったら地震が多いから建てるべきではないと判断しているかもしれない。
人間の判断はそうはならない、政治的なものや経済的なものや他にいろいろな要素があり判断しているからである。

AIというより科学者が発明したものだから科学的思考が入っている
そして原発でも科学者が判断すれば事故にならなかったかもしれない、そこに政治的なものや経済的コストとか他の要素が入ってきて科学的に判断できなかった
それで湯川秀樹博士が原発を建てるというとき時期が早いと言っていたのはそのためである。現実にアメリカの旧式のお古のマーク1の原子炉を買わされていたから危険だったのである。そして日本ではまだ原発の技術が不十分だったからである。
だから日本では技術的に無理なのに政治的経済的なものでも判断してそれが事故につながった。

何かを判断するとき将棋だったら確実に膨大な譜面を記録してその情報から判断している駒一つどう動かすかの判断が膨大な情報からしている、すると人間が記録しているのは記憶しているのはわずかだから人間の判断は誤るとなる
それは将棋という限られたものゲームのなかだから解析されてもうコンピュターには勝てなくなったのである。
ただ判断をすべてコンピュターにゆだねることはできない
でも人間の判断も誤るとういことである。それが甚大な被害につながる、戦争でも300百万人死んだとか今回の原発事故とかなる、それは科学的な判断ではない
政治的経済的なもの神ががかりなものなどの判断が加わるからである。
また民主主義は大衆のファナテック(狂信的)なものが加わりナチスのようなものにもなってくる
そこではもう科学的合理的判断はできなくなり甚大な被害となる
もしかしたらAIだったらそんなあまりにも馬鹿げた恐ろしい戦争などするなと判断する
でも人間はそのAIの判断には従わないのである。


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2017年06月25日

女性の人格障害はなぜなるのか?吉田真由子衆院議員(42)の暴言 (この世に人を選ぶほどむずかしいことはない)


女性の人格障害はなぜなるのか?吉田真由子衆院議員(42)の暴言


(この世に人を選ぶほどむずかしいことはない)


この女性に興味をもったのは異常な女性とかかわってひどめいにあったからである。
一人はおとなしい女性だと思っていた、ただ母親が三人変わったという特殊なことで影響したことはいえる、実際はだいだいその女性とは20年間とかかかわらないからその間に結婚もしたし変貌しているのが当然なのである。
まず人間関係は10年とかでも一年でも疎遠になると連絡がないと事情がわからなくなる
親族でもそうである。だから何が事件があったりすると連絡が来て困るのである。
「便りがないのはいい便り」になるのである。

その女性の異常はどこから生まれたのか?女性は環境の影響を男性より強く受けるかもしれない,女性の場合は育ちが大きく影響するものかもしれない。
いい家柄の女性はやはりいい女性になっているかもしれない
ただ貧乏な女性でも性格のいい人はいくらでもいるからわからない
あまりにも裕福だと高慢になってしまうだろう。人の苦労もわからなくなる
それは男性でも同じである。

女性は一般的に感情的であり理性的ではない、すると感情が制御できないのできれやすいとなる、認知症になると感情が制御できない、怒ると暴力になる、それは病気だったのである。ただ病気と正常はどこが違うのかともなる
もうこの女性は異常の領域に入っているとみんなも感じているからである。
この女性はただ学歴があっても人を使うことができない人だった
そもそも人を使うことほどむずかしいことはないのである。
自分も一人の女性をほんのわずかなことをしてもらうのにも大変であり雇いたくなくなったからである。自分には人を雇う能力などないからである。
またそういう身分でもないからである。

ただこういう女性でもいい面を発揮すれば女傑とかなっているのだ。
何かできる人間なのである。自分の身内はそうだった、過酷な戦争体験もしているし異常に強気だけど何かをできる、実行できる人間なのである。
だから確かに人を馬鹿にするということで共通性がある
でも人生経験があるから違ってもいる

女性はやはり上に立つのは向いていないという意見もわかる、感情的になるとか理性的合理的に考えられないとか何か女性は経営者などはに向いていないから政治家にも向いていないとなる、ただ女性でも男性的な女性は普通にいるから政治家でも女性の首相が世界でいることでもわかる、その辺は判断しにくい。

でもあの女性はおとなしと思っていたのにあんなに暴力的にまでなったのか?
それが良くわからない、何かよ抑圧されていたことはわかる、親におさえつけられていたこと育ちではそうだった
そういう家族環境の影響があり次に夫が問題だったかもしれない、何か夫がおとなしい女性的な夫に見えたのである。そういうことも影響したかもしれない。
その女性は別に金に困ったことはない、世間的に苦労したことはない
経済的に子供から恵まれていたのである。

ただ人間はどんな人でも人格異常性がある、勝気な人が悪いわけではない、そういう人は人に負けないような強い意志をもちなにかができる人である。
一方で内向きな人は極端になると人と接することもできないコミ障となり引きこもることになる、でも内面を追求する哲学者とか思想家とか芸術家には向いているとなる
人の性格を見ていると自分でもそうだがいい方面に性格が活かされれば別にいいわけである。勝気だったら政策でも強い意志でもって通すということができる
ただ悪い方向に向かうと異常になり人格障害になるのである。

要するに人間はバランスがいいことが大事なのである。内向きな人は極端化するとひきこもりになる、だからある程度は社会と交わる工夫が必要になる
外向きの人は人で感情をおさえるとか謙虚になるとか必要になる
そのバランスがとれないと異常人格にもなる
女性一般の問題として感情的になるということがあることは確かである。
感情が制御できない、それは理性とか合理的精神となる前頭葉が男性より弱いということにあるかもしれない。
感情は前頭葉でおさえる,その前頭葉の制御がきかなくなるとき感情はおさえられなくなる、それが病気となったのが認知症だったのである。

この前頭葉は、「辛抱を重ねる」ことで大きく育ちます。

「辛抱すればするほど、辛抱強くなる」ということです。

これもそうだがおそらく勝気な人はその性格をうまく活かされればいいのである。
内向きの人は辛抱強くなる、でも内向きの辛抱強いといっても勝気な人のように何か成す実行力がないのである。だから経営者とか政治家には向いていないのである。
つまり人間には向き不向きがありそれは性格そうなのである。
自分は内向きだから経営者とか政治家とか商売には向いていない、だから内向きの仕事につけばいいとなるが、この世にはその性格にあった仕事など与えられない
文系だと営業にまわされるとなるとそれは外交的な性格が外向きの性格がいいとなるからだ。それ故に自分は環境に恵まれて無職に終わったとういことである。

いづれにしろ人間学歴だけではとうにもならない、現実に人を使うとなると容易ではないそういうことを学校では教えてくれない、学業成績と人を使うことはまるで違ったものである。それができるのは何なのか?それが学歴だけではないということは確かなのであるだから学歴からだけ見て人を見ると失敗する
理系は何かそもそもそういう素養を積んでいるが文系の素養はわからないのである。
文系の学歴は何か具体的に社会で役にたつように見えないし現実にそうである。

ただ人間ほどわからないものはない、

「子曰く、後生畏るべし。いずくんぞ来者の今に如(し)かざるを知らんや」

 (孔子は言われた。私よりも後に生まれた者には畏れをもって接しなければいけない。将来、努力次第で今の私よりすぐれた人物になる可能性があるからだ)

若者は上の人から軽く見られる、それは師でもそうである。師は弟子を奴隷のようにさえみる、自分をもちあげるものとしてしか見ない、優れた上の人ならみんなそうである。
つまり弟子でも師を越えるような人を絶対望まないのである。
権力者でも下の者は自分の地位を脅かすものとして恐れている
こんな人がこんなふうになるのかなど師にもわからないから会社でも人を採用することは本当にむずかしいのである。だからこの女性を政治家にした採用した人も人を見る目がないとなるがそもそも人を見ることがむずかしいから学歴とかで見るのが楽だから当たり障りないからそうしているだけなのである。 

要するに現代は複雑な社会だから膨大な知識が要求される、すると人格的な面が見逃される、人格的には普通の人がいいものをもっている、今回の女性議員のような人はあまりいない、40代の人をみているが性格が素直だとかこんな女性はまれのようにも思える
ただ一人はこの女性とにていたし異常人格になっていたので女性でもなんでもいろいろな人がいるから一般的公式のようなものないから人間の判断は誤るのである。
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長野県南部 震度5強 (あらゆることに地歴の学問が基礎にあることを知るべし)


長野県南部 震度5強

(あらゆることに地歴の学問が基礎にあることを知るべし)

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巨大地震が連続して起きた慶長時代とにている

(東北と九州(熊本)に起こり今度は関東へ迫る恐怖)

今回の長野県の震度5強の地震は熊本からつづく中央構造線と関係あるのか?

図を見ればぴったりあっているから不気味だとなる

中央構造線
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何かある時地理感覚が大事になる、地図を見てもなかなかわからない場合がある
長野県というとき長野県の範囲はどの辺なのかというのもわかりにくい、県からイメージするのがわかりにくい、県は広いからわかりにくいともなる
ただ地理はどこでもわかりにくいのである。
自分は全国を隈なく旅したからある程度イメージできる

木曽町が震度5だったのというとき中山道の木曽町に泊まったこともあるからだ。
そして長野県というとき松本市から糸魚川の塩の道は有名でありここを歩いたことがあるそれで糸魚川が火事になったとき長野県の塩の道からイメージしたのである。
でもそこが新潟県だということはわからなかった
富山県との境だった、県からはなかなかイメージしにくいのである。


7世紀に成立した。成立時の範囲は、現在の岐阜県南部と長野県木曽郡
木曽は古代から長野県の中心部だった
ただ木曽というと中山道でありそこから尾張へ名古屋へ出る
名古屋というと信長であり接して美濃があり斎藤道三が有名になる
秀吉の一夜城は美濃国へ向かう途中にある
ここにも名古屋から自転車で行ったことがある、その時夕月が一夜城の上に出ていたのである。

夕月や美濃に接して一夜城

これもなんか不思議なの感覚だった、これも地理の感覚がわからないと実感しない場所だったのである。

そして長野県と接して山梨県がありここは甲斐であり武田信玄の騎馬軍団である。
それで飯田線を一両の電車が走っている、あそこも線としては長いが本当に人が乗らないのである。
長篠駅がありここで武田の騎馬軍団が信長の鉄砲隊により武田は負けた
その長篠から豊橋にでると東海道であり名古屋なのである。
ただここまで出るには飯田線は長いから時間がかかった、長野県には相当に辺鄙な所がある、だからここも山深いからわからない所がある、御岳山がありそこに玉滝村があるが
ここが震度5だったとある

地理を理解するにはまず地図を見てもわからない、やはり鉄道でも旅するのが一番だとなる、ある程度の輪郭がわかり実感するからである。
地理がわからないと歴史もわからないしまた地震があった、どこだとなりそれがどういう地点なのかもわかりにくい、木曽町辺りから震源地となり回りに拡大した
ただ長野県は山梨県とは違う、それも混同しやすいのである。
静岡県まで影響があったがそこは徳川家康の三河である。
尾張と三河は接している、このように地理は歴史的なものからもイメージしているのである。

地震と何の関係があるのかともなるがやはりその場所がどういう場所だったのか実感するには地理感覚が必要になる、それは地図を見てもわからないのである。
だから長野県と富山県や福井県のことがわかりにくいのである。
おそらく歴史的に信長とかには興味があるからそこから美濃とかをイメージして長野県もイメージしているのである。
それで地歴という造語は的を得ていた、地理と歴史は一体なのである。
それは地震のようなものでも関係してくる

東日本大震災でも太平洋岸が地理的に一体の地域だと地理的にも歴史的にも認識したのである。古代に多賀城がありその時同じように大被害がこの地帯にあった
貞観津浪でありそれは相馬市でも海岸から奥にボーリンド調査で津浪で運ばれた砂が発見されたのである。それは今回の津浪が来る前の7年前のことだったのである。
その時そのニュースに注目している人は少ない
相馬地方では津浪など来ないという確信までになっていて逃げない人がいたからである。それは老人に多かったのである。

地歴というとき長い時間感覚で見るものである、それが欠けたいたから今回のように備えることができなかったのである。
ただこれだけ自分が旅しても地理の感覚を養うことはむずかしい。東北とかだとある程度わかるにしてもそこから離れると地理的一体感がなくなるからだ
そして日本の地形は山が多いから余計にわかりにくいのである
福島県の地理を知ることだけで容易ではないのである。

いづれにしろ地理は地図を見ただけではわからない、立体地図を見てもわからない
その地を実際に歩まないとわからないのである。
土地の高低などもわかりにくいからである。電車だと土地の高低はわからないのである。車だと電車よりはわかるかもしれない、電車だと峠でもトンネルを通るから峠を越えるという感覚がなくなる、福島市に出る所に峠駅がある、そこで力餅というのも売っている
それは峠を越えるために売られていたのもである。
その峠を越えると福島市に出るからそこではある程度峠を感じたのである。
でも日本で地理を知るには山が多いから峠を実地に越えてみないとわかりにくいのである
この地理はあらゆる学問の基礎を成すものである。例えば官庁に勤めていて全国の市町村のことを知るためには単に数字として統計として知るだけではなく地理を知る必要が出てくる、将来消滅する市町村とかあるがそれもやはりその地理的な場所がどういう所か知る必要出てくる。それを一回も行ったことがないならイメージできないのである。
自分は全国を旅したからなんとか全国の市町村でも地理的にイメージできる
だからこの辺で除染とか工事関係で全国から来た人とちょっと話したときその場所がある程度イメージできるから話して通じることができたとなる

それは外国でも一回行った所はイメージしやすいのである。ベトナムかとかネバールとかは行ったからそれでイメージしやすい、スリランカは行っていなくてもインドに行ったからイメージする、ヒンズー教の寺院が多いことも知っているから共通点がある。
ドイツにも行った、そこでケルンに裁縫関係の人がソビエト連邦時代に8年間とかいたというときも話をあわすことができたのである。
ただ日本でも広いし地形が複雑だから地理を知ることは容易ではない、ましてや外国になるともうお手上げだとなる、それでも大雑把な所を知っていれば実際に行っているとイメージしやすいのである。

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2017年06月24日

南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ! (供給過剰な住宅?)


南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ!

(供給過剰な住宅?)
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また新しい住宅地がすぐ近くに作られている



とにかくこの辺を見ていると家が次々と建てられつづけたし今も建てられている
津浪とか原発事故で家を建てる人が多いことはわかる
外からも家を建てる人が多い、最近は畑に小高の人が家を建てるとかある
大東建託は今も建てているし15棟くらい建っている
なんか多すぎる感じがする、そんなに入る人がいるのかとなる

今日見たらフォレストホームの建売住宅が1900万になっていた
前は2400万とか2500万だった、同じような住宅である。
500万も下がったということはやはり供給過剰になって売れないのか?
こんなに値下げするのはなぜだろうとなる

日本は全国的に空家も膨大であり近くでも四軒くらい空家があるが入っていない
それももったいないと思う。
実際マンションでもアパートでも建て売りでも供給過剰になっていないか?
税金対策で無理やり大東建託などがアパート経営しても部屋が埋まらないで借金をかかえたとかある、近くでも大東建託のアパートを建てた人は一億円かかるという
それを15年でかえす計画だというが本当に成り立つのだろうか?
この辺で家が建つのは特殊な事情であるからだと思っていた
でもここももう家が建ちすぎるのではないか?

だから500万も値下げして売り出している、入る人がいないから安くして売り出す
500万となると大きい、2400万だと高いな見ていた
でも1900万となると安いと今では見る、建物は同じだからである。
これなら買うという人が出てくるようにも思える

何か今は家でもなんでも供給過剰の時代になっている
高度成長の耳朶はマイホーム時代であり売れたが今は少子高齢化になれば家もあまってくる、現実に空家が膨大にあまっているからだ

自分はビルとか土地関係の投資信託を銀行に頼んでいるがなかなか経済とか株でも理解できない、ただここは具体的にわかりやすいからピンときた
500万も下げるとということは土地の価値とか家の価値が下がっていることである。
この辺は一時土地の値段が三倍にもなったとか言われた
それだけ家を建てる人が増えたからである。今になるとそれも一段落して値下げになった土地の値段も下がったのかとなる

前は西町の区画された土地は70坪で700万円だった、でもいつまでたっても売れなかったのある。それをいつも見ていたからわかる、今やそこは新住宅街になっている
鹿島では高級住宅地がありこうした安い建売住宅地ができた
安い住宅地はやはり庭がとれない、窮屈なのである。
高級住宅地は庭が広いし家も大きいのである。値段的には三倍はしている感じになる
それだけの金持ちが建てている、船主が多いとか言われるが誰が住んでいるかわからないここには子供に聞いたら烏の人なのか住んでいる
津浪の被害にあった人も住んでいる、外部から来る人も住むのでその辺はわかりにくい。
部屋を見ると狭いようで広いとも思った。居間が15畳もあるし6畳の部屋が三つに八畳の部屋もある。だから狭いようで広いのである。子供をもっていても住める広さなのである市営住宅でも狭いように見えても中が意外と広いのである
だから家は外から見てはわかりにくいのである。

場所的には小学校は近いし駅も近いとあるが駅は歩いて10分くらはかかるだろう。
でも遠いとも言えない距離である。そういう点では便利である。
でも2400万とかで買った人は今は損したと思っているかもしれない
値段は時価だからこんなに変化するのも驚きである。
株だってこうして急に値下がりするから怖いのである。
これは身近だから具体的にわかりやすかったのである
なにしろ自分は毎日街を巡り歩いてるので気にかかるのである。



posted by 老鶯 at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

なぜ復興がむずかしいのか? (Designの意味)



なぜ復興がむずかしいのか?

(Designの意味)


de-signでsignがドイツ語で存在するという意味でdeは否定する接頭語になるという解釈だ興味深い

この辺でなぜ復興がむずかしいのか?それはデザインすることの意味に通じている
今まで存在していたものがsignしていたものが消失した
避難解除されても街自体が空家だらけである。
つまりザイン(存在)していたものがなくなったからである。
ではその後どうするのかとなると街をどうデザインするのかとなるとお手上げだとなる
存在したものザインしたものがなくなった後にどうするのか?
それがDesign(デザイン)の意味だったのである。

浪江町とかでは廃炉作業員のための宿泊所のコンパクトシティにするとかある。
それは今まであったものがなくなる、ではどういう街をデザインするのかとなると
そうなったのである。
それは津浪の被害地でもそうである。
街が消失してその後にどんな街を作るのかとなるとき今までの発想では作れなくなったのである。デザインするとは今まであったものがなくなりその後にデザインすることであるだから復旧と復興は違う、復旧なら今まであったものと同じものを作ればいいとなる
でも復興となると新たに興す作業が必要になる、デザインすることが必要になる
だから復興がどこでもむずかしいのである。

つまり何もなくなった、この跡をどう活かすのかとなると今まであったものを復旧するのとは違うからとまどうのである。
人間の発想は今まであったものを基にして考える、それも必要だが歴史的継続としての復興もある、でもまたなんなにもなくなったときそこにデザインすることも必要になる
そもそもこのDesignという言語自体不思議である。
デザインとは今まであったものsign(存在)を否定することがデザインになっているからだ
ただ津浪であれ原発事故の被害地であれ現実にそういうことが起きているのだ。
今まであったものが存在したものザインしたものがなくなっているからだ。
そこに新たな街をデザインすることが要求されているからだ。

浪江町の駅前が壊されているというときそこに新たなものデザインする、それはどういうものになるのか?
復興とは前より良くなってみんな帰りたい住みたい街になることだというとき新地駅前は開発されてそうなった、人口も減少していないのである。
駅と駅前は新たにデザインされて復興したとなる

別に鹿島などは前より良くなっている、スーパーが一つ増えて古いスーパーも新しくなったとかツルハドラッグが二つできたとか最近新しいラーメン屋ができたとか
コモドインホテルができてランチが食べられるとか老人の施設ができたとか街には次々に新しい家が建ったとかある。
ただ津浪の被害地とか原発事故の避難区域になったところは今まであったものがなくなったからそこに新たな街を村をデザインすることが要求されているのである。


posted by 老鶯 at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年06月23日

車社会を見直すとき (車は効率的な乗り物ではないー車社会の異常性に気づけ)


車社会を見直すとき

(車は効率的な乗り物ではないー車社会の異常性に気づけ)
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車を考えるとき車をもっていない人は車のことがわからないのである。
それで原町のモスバーガーが車のない人も入れることが二十年間わからずに大失敗だったいつも喫茶店を探していたがあの辺になかったがあったのである。
こういうことは車がない人にありうることなのだ、車社会になっているとき車のことがわからないのである。
だから車社会で車をもたない人は弱者になり一段と下のクラスに見られる、車もない貧乏なのかとみられる、そして金持ちは車の善し悪しで判断される、いい車をもっている人は金持ちである。
この辺で原発避難者は多額の補償金をもらった人がいてそういう人はいい車を買ったりしたからわかり反発を受けたのである。

車をもっていない人は車が社会でどう活用されているわからないのである。
ただ交通というとき鉄道が全盛の時代がありバスも活用されていた時代があり車社会になったのである。
車がなぜこれほど普及したのかそれは家からすぐに乗れて行動範囲が広がるからである。ただ車を見るとき車で見落としているのは盲点は車は空間占有率が高いことなのである。一軒車は小さいが意外と場所をとる、車は一台に一人しか乗らないことが多い
すると50人乗って移動するとどうなるか、50代の車が連なり百人になると百台も連なるのである。百台の車がつらなるとき道路をそれだけの場所をとる
だから渋滞にもなる、それで津浪のとき車が渋滞して被害になったのもわかる

誰でも車を日常的に使っていると何かあったとき車をまず利用しようとする、それは習慣なのである。自転車を足としている人は自転車を利用しようとするのである。
車は津浪から逃れるのにいいとみんな思っていた
ところが早いから逃げられると思ったが渋滞になって車が動けなくなったのである。
それは車がその時一度に百人も逃げるというとき百台にもなるからである。
それは道路を埋めて渋滞になったのである。
車は場所をとる乗り物なのである。例えは乗り物でもバイクとか自転車とかなるとそれほど場所をとらないのである。自転車だったら百台置けるところを車だと十台くらいしかおけないのである。それだけ場所をとるのが車である。
だから歩いて生活していた通りがシャッター通りになったりしたのは車社会になったからである。駐車するスペースがとれないからである。
道にとめて買物しているが危険にもなるからだ。

車社会を見直すというとき、車をなくすということではない、お前は電気もなにもない江戸時代に帰れとかいうとき電気をなくすことではない、車をなくすことではない
電車とかバスでももっと活用して車を減らすということである。
車は実際はエネルギー効率が相当に悪いし二酸化炭素も出している
エコな乗り物ではない、そして金がかかるということである。
車をもたないと生涯で二千万くらいかかるとも言われる
自分は車をもたなかったからそれだけたまったのかともなる
車に金がかかりそれで貧困化している日本では車をもつことは苦しくなっている
皮肉なことは都会は車なくても電車があるから暮らせる、田舎は車がないと暮らせないという矛盾がある、田舎では車は一人一台もっているのも贅沢だとなる

また高齢化社会で運転できなくる人が増えてくる、すると社会的弱者になり買物すらできなくなる、そういう買物難民がすでに増えている
車社会だから近くに店がない、みんな遠くにスーパーなどを作ったからである。
それも車社会が作り出したものなのである。
それが高齢化社会になったとき不利なものとして働くようになった。
高齢化社会はスロー社会だと暮らしやすい

盲人が電車に乗るのは停車時間が一分とか短いからである。それだけ時間も効率化したのはいいが障害者にとってはそのスピードに合わせられないのである。
それは高齢化社会になるとそうしたスピードに合わせることが苦痛になるし事故にもなる車社会が見直さなければならないというとき社会を歪(いびつ)にしてしまったことがあるからだ。街の中心部がシャッター通りになったり街としての機能を失ったとかである。
手押し車で買物も苦痛だという老人が街中にいた、近くに店がないからである。
だから高齢化社会は車社会を見直すのにはいいのである。
それは老人だけではないみんなにとって住み安くもなるのである。

例えば広域化社会とかグローバル社会とかも社会を歪にしてしまった。
そんなに遠くと関係して生活するということがいいことなのかどうかである。
基本的なものは地元でまかなうというのが人間的な生活になるからだ
そして足りないものは補うのがいいのである。
外部からのもので買ってばかりいることは豊かなことではない
ただそうはいっても矛盾しているのは自分は買物は地元の店ではしない
それは買物が毎日結構手間だからである。いくつもの店を回るのが手間になるからだ。
だからそういう矛盾は常にある。

車の一番の問題は何かというときそれが場所をとる、空間を占有する率が高い、実際に道路を毎日埋めて走っているのをみればわかる、それも日常の風景だけどよくよく考えてみれば異常な風景にもなる、車がない時代の人が見たらこれはなんなんだとなる
正常とか異常の感覚はとにかく慣れてしまえばそれが正常なのである。
何か異常と思えるのも社会に存在して慣れてしまえばそれが正常になるのだ。
その異常性に人間は気づかなくなるのだ。
車があって当然じゃないか、何を馬鹿言っているんだと実際なっているからだ。
車社会が正常なものであり車がないことは異常なのである。
戦争ばかりしていたら戦争状態が正常になり戦争がないことが異常にもなる

現代に何が正常なのか異常なのかわからなくなっている
それで異常なものにたやすく席巻されるのである。
それがカルト宗教団体とかであり他にも様々な異常なことがあっても気づかないのである車社会を見直すというときそういう異常性があるんだということを気づかない
車がこれだけあふれて空間を占有して金がかかりエネルギーを使い効率も悪いということを考えないのである。

この辺では原発事故で故郷が捨てられて空家だらけになった、その時異常の世界が映画のようにな世界になった、そして今までありふれたものが見直された
田舎の農家に通じる一本の道がアットホームに人のぬくもりを感じたというのもそうである、そんなの当たり前じゃないかとなるけど現実に人が住んでいない家がどうなるか
その異常な世界を見たとき今まであったありふれたものの価値が見直された
そのありふれたものの価値を見いだしていなかったからだ。

原発も異常なものだったが異常と認識できなかった、科学の時代に原子力があるのが普通である、先進国なら当然だとなっていた。だから原発が日本でこれだけ増えて危機感も感じないでいたのである。
人間は異常性に気づかないのである。車があるのは当然であり車がない社会は考えられない、でも車社会はもう飽和状態である、何か別な交通手段、今まである鉄道でも見直すときなことは確かである。路面電車などが見直されたのは実際に運行するようになったのはそのためである。ただそれも都会として規模が大きくないとできない
規模の小さい市町村では交通をとうするかが課題になっている
posted by 老鶯 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

豊田真由子衆院議員、精神的に不安定となり入院 (人格形成の失敗、人格障害?)


豊田真由子衆院議員、精神的に不安定となり入院

(人格形成の失敗、人格障害?)


東大出でハーバード大学出でも人格がだめになるのか?学歴とかと人格は性格は違ったものなのか?
まず東大とかハーバードととなる普通の人はなぜそんなに利口なのかと考える
人間はどこの大学が出たとか一生つきまとっている
学歴を目安にする、学歴に一生こだわる人もいる
病院で入院して老人が学歴を自慢していたとかいる
いつまでも大学のランクにもこだわる、人間は何んでも比較して優越感をもちたいのである。

ただなぜ人間は例えば体力がありスポーツに秀でていてもまた人格が形成されるとは限らない、結局、人間が奢ること傲慢になることが人格をだめにする一番の原因なのである。一方で頭がいいとかスポーツマンとか優秀なことが悪いことではない
みんなそういう人に憧れているからである。
自分は体力も知力も普通よりだめだった、だから高校でも集団生活になじめないとかわがままであり体力もない、何かいいものがなかった
でも今になると三流大学でも良く入れたなと思う
高校では卒業もできないくらいだったからである。
ただ自分は勉強の仕方が悪かったこともあった。
やはり勉強というとき勉強の仕方がかなり影響してくる
でもやはり東大とかハーバード大学となるとなぜそんなに勉強ができるのかと理解できなくなる

人間は学歴だけではだめである。ただ理系と文系は根本的に違っている、理系はやはり何か頭がいいとみる、違ったものとしてみる、文系の頭がいいというとき文系はたいしたことはないとみる
ともかく人格形成を考えるとき若いとき成功しすぎるとかえってゆがんでしまうだろう。恵まれた環境でもそうである。
金持ちで遊んで暮らせるとかなるとまたおかしくなってくる
江戸時代の映画だと旗本の息子がとんでもない悪さをするがそうなりやすい
つまりあまりにも恵まれた環境も人格形成にいいとは言えない
社会で苦労した人間はやはり人格的にできてくる
でもまたむずかしいのはあまりにも苦労しすぎると人格がゆがむ
そういう人を知っているけど人の不幸を絶えず喜ぶようになっているのである。

ただ人間は狂気になって終わるというとき人格そものものがまともな人がいるのだろうか?
人格を見ると必ずいい面があるとするとそれは悪い面になる、勝気な人は意志が強く何かをできる人である。でもそういう人はまた他者に同情しないとか奢るということもある
でもそういう人は何かできる人なのである。
一方で性格がおとなしい人は控えめであり何かを成すことができないのである。
性格は老人になると極端化してみんな狂気になってゆく
もともとバランスのとれた人格になることはむずかしい
強気の性格で謙虚な性格になることがむずかしいのである。

ともかく自分のあった人間のことを書いたが人格障害者になっていた、すでに60近くでも年数を重ねてもかえって人格が悪くなっていて狂気化していた
それは子供時代しか見ていないからわからなかったがいろいろ人生の中であり異常化して人格障害になっていた、ただそれは外から見てわからないものである。
でもどこかでその異常性が露見する
人間はまともバランスをとれた人格をもつこと自体そもそも一番むずかしいだろう。
それは学問しても作れない、人生経験の中でしか作れないからである。

そもそも人間はこの人は極端だけど人格障害者が多くないか?
人格障害とは何かかたよってしまうことなのである。自分だって何らか人格障害をもつ
性格が内向きだからそれが極端になると社会とも人とも交わらないとなる
ひきこもりになるのである。実際自分は三十年間くらい社会と交わらなかったそうなる
それは家庭環境が恵まれたからそうなったのである。
普通だったら働かざるを得ない勤めざるをえないからである。

いづれにしろ人間の一番の危険は奢ることにある,だから若いときそういう立場にいると危険である。若いとき高い地位につくのは奢りとなり危険である。
また頭がいいと奢ることは危険である。事業に失敗した人は別に高校出くらいだからたいしたことはなくても理系であり資格をもっていたから自分は経営してもできると思っていたのである。ところが理系として技術者としては優れていても会社の経営となると全く別な能力が必要になっていたのである。
でも奢りがあり自分がなんでもできると思い事業に失敗した
そして人格的にもゆがんだものになっていった

確かなことは若いときは失敗したほうがいいし挫折した方がいいし下積みで苦労した方がいいということである。若いとき有名になったり高い地位につくことを望む
それが奢りになり人格障害になってゆく、自分は三十年間隠者になっていたけどそれで良かったともなる、ただその結果としてマイナス面があり介護とかなり苦労したとなる
人格形成というときそれだけいろいろな要素が働くからむずかしいとなる
神は砕かれた魂を望むというときそうである。若いときは一度でも徹底的に打ちのめされた方がいいのである。まず成功しすぎたりあまりにも恵まれすぎると人格が形成されない奢りになるのである。

人格障害というときこの世の中、偉い人と言われる人にも多くないか?
政治家でも弁護士でも医者でも理系の人でも人格から見れば異常的になっていないか?
医者はどうしても今では一番もちあげられるから傲慢になりやすいだろう。
看護師などもそうである。常に弱者を相手にしているから傲慢になってゆく。
すると必ず患者を見下すようになる、謙虚な心はもてないのである。
ただ底辺層でも絶えずおとしめられていると心がゆがむ、だからどっちにしろ人格形成がうまくゆくのがむずかしいのである。

世界は病院である


この世は狂気にいたり滅ぶ

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2017年06月22日

変わらぬ石(詩)-橲原(じさばら)への道 (写真からよみとれるもの)


変わらぬ石(詩)-橲原(じさばら)への道

(写真からよみとれるもの)

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今日はここに小さな石があった、これは孫石となづけた

そして一方の道は家に通じているのがいい

ここに人が住んでいるのがなんともいえぬ人間的なものを生みだしている

道が曲がっているのもいいのである。

人間が住んでこの石も生きているのである

それは写真を見て発見したのである。

だから写真には奥深いものがある

デジタル時代は写真の時代であり写真の芸術の時代である。

人間はなんでもない普通の場所に何か深いものがある

それがなかなか住んでいて発見できないのである。

これは英語にするとこうなるかもしれない

The stone on the way at home

在宅して、在宅日で、自国で、本国で、気楽に、くつろいで、(…に)慣れて、精通して、熟達して、ホームグラウンドで

この家に通じる道はそういう感じなのである。なんでもないがこれは人が住んでいるからなのだ
前に八木沢峠の下の大葦とかに住んでいた家の道も空家になったが
人が住んでいたということで at homeに感じたのである。
人のぬくもりを感じた道になっていたのである。
それはなんともいえぬ不思議な感覚である。


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立目石から菖蒲が咲いているのが見える

写真で見ると大きな石に見えるから不思議である。

違った表情の石に見える

そこに写真の不思議がある

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浪江の高瀬川近くの石-皺のように表面がなっている
それで皺石と名付けた
これは一回しか見てないけどいい石である。
これも人が住んでいないと活きないのである。

変わらぬ石

木陰の道が通じている
山の奥の村に
そこに一つの石がある
その石は変わらずある
確かに変わらずある
そこに安らぎがある
奥の村に変わらず
その石はある
どっしりと動かずある
そこに留まり安らぐ
菖蒲が木隠れに咲いている
昔のままにある村
そこに老いれば安らぐ
そこに石のように眠りたい
変わることに疲れる
変わらぬものに安心がある
深い安らぎがある


橲原の方に行った、木陰の道がつづいていて気持ちいい、ただあそこも変わった、高速ができたことが一番変わった、その影響も大きい、前の感覚は高速ができて相当に変わった隠された村のようにあったがそういう感じではない
一つの道路ができたりソーラーパネルとかできると相当に感覚的に変わる

最近この辺では変わることに疲れていないだろうか?
特に避難解除になった小高とか浪江とか変わりすぎたのである。
今まであったものがなくなる、街すらなくなる、村もなくなるということが信じられない想像すらできないことだった
津浪と原発事故はあまりもにも大きな変化であり対処できないのである。
特に老人は変化に弱いから対処できない

要するに変わらない石のように安らぎたいとなる
そこに変わらない石があることが救いなのである。
自分がテーマとしたの石が多い、だから石の詩は百くらいすでに書いているのである。

道でも木陰が反映される道は安らぐ、道が広いとまた違ってくる、木陰が反映しにくいのである。だから小池の道は脇道の方が木陰があり涼しい
でもあそこはダンプが通るから危険なのである。
道一杯にダンプが通る、この辺はいつになったら元の平穏な世界にもどるのかと思う

ただそれで小池のコモドインのホテルで今日もランチのカレーライスを食べたのである。橲原の立目石は鹿島区では象徴的な石である。
浪江では一回だけ見た石は「皺石」となづけたけどあれもいい石だった
でも浪江には人は住んでいないからその石も活きないのである。
自然でも人が住むと人間化した石になるのである。
それは庭の石がそうである。今避難解除された区域でも空家が多い
すると庭の石を見ると淋しい感じになる、なんともいえぬ寂寥感がある
それは近くの空家の庭の石でもそうなのである。
一端人が住む石まで人間化していたからそう感じたのである。

浪江の皺石(詩) (一つの石の存在感についての考察)

入国管理局に携帯で連絡 (外国人労働者が入ってきている)


入国管理局に携帯で連絡

(外国人労働者が入ってきている)

携帯でしきりに入管と言っていた人がいたので聞いてみた
入国管理局のことであり外人を労働者として斡旋している人だった
この辺には外国人がかなり入ってきているという、それはわかっていた。

ネバール人とベトナム人とスリランカ人とはこの辺であった。
スリランカ人は色が黒い、イスラム教徒らしい。
スリランカにはヒンドー教徒とイスラム教とキリスト教徒がいる
外国に行くと宗教で色分けすることになる
だから無宗教とは書けないのである。
宗教がアイディンティティになるからそうなる

スリランカは相当にすでに発展している、十数年前とは違っている
現代は十年たつとめまぐるしく変わる
中国でもそうだし遅れいてると思っているが中国では富裕層が日本より多いのである。
日本が貧困化しているのである。スリランカでは内戦が終わりGDPはタイの次になっている観光業も伸びている、英語が通じるので行き安いからである。

スリランカの人は外国人でもみんなスマホをもっているのが違っている
なぜスマホをもっているのか?それはアジアでは最初に携帯が普及してスマホになったのである。
こうして発展しているとなるとなぜ日本に来ているきかとなる
日本がそんなに稼げる場所にならなくなっているからだ
ベトナムとかネバールはまだ所得が低いから来るのはわかるが発展した国から日本に来て稼げるのかとなると今は疑問である。

つくづくこの世の中は変化している、「三日見ぬ間の桜かな」である
介護十年していたら一昔になった。その間に変化したのである。
介護しているとき介護している人に注意が向くので外に関心がもてなくっていたのだ。
インドには行ったがスリランカには行っていない
英語をしゃべれると外国人でもコミニケーションが多少とれるから楽になる
中国語は全く発音がわからないからしゃべることができないのである。
中学英語のレベルでも英語が通じると通じない差が大きいのである。
ただ英語の勉強するのには留学したからといってすぐに上達はしないというのもわかる
その前に英語の実力をつけていると相当に上達していただろう。

自分は暑いところが苦手だったから今になると行きたくない、何か暑い所にいると体が弱る、胃が必ず悪くなるのである。それでタイではひどい目にあった
だから暑い所には行きたくないのである。
なんか旅行もしたくなくなった、人ごみの中にいるのが嫌になった
介護十年して急に老けたとなる

最近駅ではあまり仕事がない、乗車証明書というのをとるのをわからない人がいたので案内していたがそれも地元の人は覚えた
盲人を導く仕事があったがその盲人とも会わない、昨日二時ころ行ったが来てなかった。毎日来るというわてではないらしい。
ただ盲人が東京辺りでホームに転倒して何人か死んでいる
東京だったら混んでいるから余計に危険になる

電車に乗るのに急ぐため危険になるのだ。もし五分くらいとまればゆっくり行ける
すると安全だとなる、早く乗らねばならないとなると盲人には危険になるのだ。
日本は時刻に正確だけど一分一秒も遅れないけどそれが盲人にとってはいいものではなかった。外国では時間にルーズだからである。
高齢化社会になるとスロー社会がいいというけどまさに日本の社会はスピード社会になっているから高齢者には住みずらいのである。

また認知症の人にも日本では本当に住みにくい、機械類が全く操作できないとか近くで迷うとかになり空間認識でとないというとき慣れ親しんだ世界にいるのがいいからだ
いつも見慣れた人とか見慣れた場だとわかるし迷わないからである。
認知症の人にとって変わることが一番苦手になるからだ
認知症になっても江戸時代だったらいつも見慣れた狭い世界で生きているから楽だったろう。盲人も都会では苦しくなる、棒をついて点として認識しているらしい
そういう世界に生きていることは健常者にはイメージできないのである。
試しに目隠して歩くとなると本当に恐怖になるだろう。頼りになるのがブロックを杖でついて点として認識してゆく、それを想像したら本当に怖いとなる

ともかくなんらか駅に行っても仕事がないとつまらないとなる、なぜボランティアが仕事も求めてもないのかとなると仕事をするとなるとやはり社員のように常時勤めていなければならない、時たまきまぐれに来るようでは仕事する仲間とならないからである。
ボランティアを受け入れる方でもめんどうだとなるからだ
それでただ祭りを見に歩いている猫背になて歩いている女性はボランティアを断れたというのもわかる、そもそもその人は何もできない女性だったのである
posted by 老鶯 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の鹿島駅(常磐線)

抽象画(山の千態万様)


抽象画(山の千態万様)

I am surprised at a mountain changing variously, the transforming mountain


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flaming mountain

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未踏の山-demon mountain   Untrodden mountain

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The mountain which shines in the setting sun after rain

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noble mountains

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twilight mountains



実際の山はこんなふうにいろいろあるものとして見ていない、考えてみれば実際の山は本当はどこの山でも違っている、山だけで地球上でも見れるものではない
ヒマラヤなどは一回見ただけあるし日本だって山が多くたって見れない
だから抽象画にするとこんな山があるのかと自分で作っていても不思議になる

これは一つのソフトから作ったものでありその行程は決まったものである。
ただこのソフトから一番抽象画が作りやすいのである。
だからこのフソトから技術から大量の抽象画が生まれるのである。
これはだからコンピュターが作り出した芸術なのである。


It becomes mysterious even if I make it with whether there is such a mountain when I do it to an abstract picture because the real mountain watched the Himalayas which are not the thing which can watch even the face of the Earth only in the mountain which even what mountain is actually different in once if I think, and there is it and cannot watch even Japan even if there are many mountains oneself who does not watch it as the thing that there is the real mountain in various ways in this way

This made it from one software, and the trip was decided.
It is easy to only make an abstract picture from this software most.
Therefore a large quantity of abstract pictures come out of a technique from this software.
Therefore this is the art that computer created
posted by 老鶯 at 09:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 抽象画の部(abstract)

2017年06月21日

格差社会で金持ちは日本に住めなくなる (金しか働くモチベーションがない時代の恐怖)


格差社会で金持ちは日本に住めなくなる


(金しか働くモチベーションがない時代の恐怖)


真面目に質の高い接客をしてほしいなら、バイトを正社員に変えてくれ!と要望するのが多分1番効果があると思います


バイトなんだから責任が重いものはさせるなとか質の高いサービスをさせてくれるなとか激しい労働はお断りだとか言える、賃金分しか働かないとなる、こんな賃金で働くの馬鹿らしいとなるのも当然である。
モチベーションがもてないのである。そういう人は社会に忠誠を尽くせない、ロイヤルティとか忠誠心は簡単に作れない、だから江戸時代とか戦国時代であれ主君に仕える侍がありえたのは今になるとうらやましいとなる
なぜなら主君とともに生死を共にするまでになっていたからである。
忠義とかの武士の道徳も生まれたからである。

今はそれだけの忠誠心を会社であれどこであれ得られない、ただ金で雇われ金で人を使い金が縁の切れ目で分かれてゆくだけの関係しかないからである。
人間のそうした強固な絆がどこから生まれたのか?それは経済的なものだけの関係ではなくなっていたからである。
そんな人間関係が現代では生まれようがないことを見ればわかる
正社員ではなくアルバイトとか派遣とか増えてくると余計にそうである。
派遣というのはまさに一時的に派遣される、時給でいくつもの会社に派遣されるだけでありその見返りは賃金しかないのである
派遣にはまたキャリアをつけることもできない、江戸時代の職人とかとも違う。
だから働くモチベーションがもてないのである。
ただ賃金だけがモチベーションになっている
もちろん資本主義社会ではみんな奴隷なんだよというとき労働は強いられたものでありみんなしたくないのである。

だから人を雇うことは特に家の中に入れることほど怖いことはない
その家に尽くすということなど微塵もない、ただ金が欲しいというだけである。
それで金をくれと来て家捜して金を奪うことも平気でされたからである。
今の時代働くモチベーションが金しかない、すると金のある者から奪うというのが一番効率的になるのである。
時代劇でも盗賊が強盗に入るために女性を女中として「引き込み女」として働かせて家に導かせるのが常套の手段である。
推理小説で家政婦が犯罪にかかわるのが多いがそれはその家の内情が詳しくわかるからである。家族の一員のようになるのが家政婦だからである。
だからこそ危険度が普通の会社で働く人より高くなるのである。
その引き込み女は女中してもただその家から盗むということしかないのである。

つくづくそういうことを実際に経験したからわかる、雇うにしてもそこには金しかモチベーションがないなら金持ちの家から盗むのが一番てっとりばやいのである。
なぜそうなったかというと働くモチベーションが現代では金しかないからである。
人間関係は家族意外は金でしか作れないとなまでなっている
それは親戚でも血縁でもそうだというとき金に関してはそれだけ厳しいものとして扱わざるをえないのが現代である。

税理士も、親戚も旦那も妻も子供も信用してはいけない

「だまされるな」「警戒せよ」「用心せよ「「近寄って来た人間は信用するな」

税金恐怖政治が資産家を追い詰める(副島隆彦)

こういう世界に生きることはこの世が金持ちでも地獄になる、心を許せる人もいなくなるからだ。家族さえそうなると金をもっていても安心できない、常に 疑心暗鬼で生きた心地もなくなる、そんな社会に生きたいと思うだろうか?

その人は毎日家で皿二三枚洗うのも嫌なのである。賃金は別にそれだけだったらわずかでいいのだか自分にしても三倍かくら払っている、でもその人は極力働かないですまそうとしている、家族だったらそうはならない、現実に息子がいてそのためには朝晩ご飯を作って世話しているからだ。その息子は働いていても金はそれほど出していないのである。
でも息子のためならそうして朝晩ご飯を作ってやっているのである。
それは自分もずっと親にそうしてもらっていたから今までは感じなかった
今やいかに皿に二三枚洗ってもらうことにさえ苦労しているか?
要するに自分のために何かしてやるという人はいなくなったのである。
だから皿二三枚洗ってもらうことなど今は必要ないからしてもらわなくてもいいのである
働くというときどうして働くのか働かせるのか?

●金のためだけ

●解雇される怖のため

●ミッション(使命)のため

●事故実現のため(work-作品の完成のため)

働くというとき雇用者はいつもやめさせられるという権力をもっている、それが雇われる人の恐怖となりやめたいのだがしかたなく働くとなる、それがブラック会社に多い
何か人間の弱みをつかんで働かせる、それはまさに恐怖政治とにている
人間を支配するのは恐怖を使う、マキャベリズム的手法である。
これはカルト宗教の支配でもそうである。宗教によって恐怖を与えるのである。
地獄に落ちるとかなんとか脅してやめさせないようにする、でもまたカルト宗教の場合は自らもその恐怖に呪縛されているのである。カルト宗教は地獄とか罰の恐怖しか与えられないのである。幹部も宗教に呪縛されているのだ。地獄と罰を恐れているのである。
精神的にも奴隷人間化しているのである。
なぜ創価が権謀術数の三国志を教科書としているのか?
宗教と何の関係があるのだろうとなる、そして世界平和のためにとか言っているのだから矛盾しているけどそれがカルトなのである。
権力とるために中国は何千年もそうしてきたからそれに学んでいるとなる、中国人はそれだけ権謀術数にたけているのだ。
それはあまりにも苛烈な社会で生きてきたからそうなったのである。

結局働くというときミッションのためとか自己実現の労働があまりにも少なすぎることなのだ。WORK(作品)がない。江戸時代の職人はWORKしていたが今はただ賃金のために金のためにだけ働いている、何かを消費するために働いている、それが労働のモラルを荒廃させているのである。
恐怖で働かせられているのもまさに奴隷だからである。
資本主義とか自由主義とか民主主義でもそこには必ず奴隷化するものがある
人間社会はいくら進歩した改革したとしてもそうなりやすいのである。
だからこの世は変わったようで一向に実際は変わらないのである。

前の親戚の人も事業に失敗したから要求するのは金であり借金だけだった
自分が病気とか介護で苦しんでいても関係ない、自分か困窮しているから他人のことなどどうでも良くなっていたのである。ただ金を欲しいということだけだった
だから荷物一つもつことさえ自分のために持つのを嫌がっていたのである。
それはみんなそうだった、金しかモチベーションがないからそうなる

もう一人の親戚の女性は自分の親に対して
おばちゃんは金があるんだから金にめんどうみてもらへ血相変えて去って行った
その女性は別に金に困っていない、金に恵まれたから何もしたくなかったのである。
金しかモチベーションがないというときどうなるのか?
例えば一人暮らしでも金しかもっていないとなると身寄りがないとかなるどうなるのか?
介護施設に入ってもモチベーションがないのだからすべて金になる
そこにはいたわりの気持ちもないのだから金をもらったとしてもその扱いはぞんざいになる、そういう人はこいつは金があるんだから奪ってやろうとも普通になる
なぜならモチベーションが金しかないからだ。
だからいくら金持ちでも今の資本主義社会では幸福になるとは言えないのである。
金持ちの親は必ず高額な施設に入れられるがそこで心のこもった介護はされないのである金で愛情とか心のこもったもてなしは受けられないのである。

現代が豊かでもみんなこんなふうに金だけすべてとなるとき不幸になっている
金持ちでも貧乏人でも不幸なのである。金持ちは金持ちで幸福は限らないのである。
回りを高い塀で囲んで泥棒から守ろうとしてもできない
日本では特にできない、狭い範囲で生活しているからできない
アメリカ辺りだと広いから黒人でも嫌なら近くに住まないとか棲み分けができているという、日本は国土が狭いからできない、特に田舎になったらもう徹底して平等を追求される金持ちは貧民に分けないと住んでいられないだろう。
そして今や格差社会になると金持ちはさらに危険になる
金持ちの家が貧民に破壊されることある、昔のように打ち壊しもある。
そういう時代になっているのだ。
太宰治の生家は高い煉瓦の塀を作り小作が暴動を起こすのを恐れていたのでそうなった
警官が警備員のようになっていた。今ならそうしていただろう。
つまりいくら金持ちでも田舎では安心して暮らせなかったのである

副島隆彦は千二百万盗まれてショックを受けたとあるがそれでも警察はとりあわなかった警察は殺人事件とか重要なものしか扱わない、一千万盗まれても扱わない
だから今どれだけの人がそういう被害があっても泣き寝入りしているかわからない時代である。わずかの百円盗んでも刑務所に入る人もいる
でもその何千倍なのかしらないけど多額の金を盗まれても罪は問われない時代になっている、盗まれ損なのが膨大になっているのだ。だまされた人もそうである。
警察は何もしない、そういう時代になっているのだ。

こういう時代はもう長く続かない、こうした資本主義も崩壊寸前なになっているのだ。
それは格差社会で決定的になる、暴動が起きたり打ち壊しになり金持ちも安心して住めなくなるからだ、金持ちも安閑としていられない社会だからこそ金持ちも格差があるのは当然だとか自己責任だとか言っていられない社会なのである。
なぜならそんなこと言っていると貧民の暴動が起きたりして財産を根こそぎ奪われたり殺されたりもする時代になっているからだ。
税金をとられるから海外で暮らせとかなんとか言っているけどそれも無駄である。
そんなことよりもう日本人を捨てる意外道はない
でも日本人として金儲けもできないし日本人として保護もされない覚悟はすべきである。もう日本では特別な金持ちの存在は許されなくなっているのだ。
小金持ちはなんとか貧民と暮らせるかもしらないけど五億円ももち資産まである人は一緒に生活できなくなる、非常に危険になる、命も保証できない時代になっているからだ。
それが貧困化した日本の実情なのである。

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posted by 老鶯 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

原発事故で問われた自覚された重い責任 (しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故で問われた自覚された重い責任

(しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故ほど責任が問われたことはない、責任の重大さを問われたことはない、それはあまりにも被害が大きかったからである。
戦争でもそうである。三百万人死んだのだから一体その責任は誰にあるのか未だに問われている

東電は原発をしたくなかったのである。でも国で責任をもつということで請け負ったのである。東電は原発は危険なことを知っていた、だから東電だけではしたくなかった
国で責任をもってくれるということで原発事業をはじめた
そして東京に作らずに福島に作ったのは危険だからそうしたのである

株式会社の責任というとき株主も責任がある、ただ株に投資した分だけの責任である。
会社が倒産すれば株はゼロになる、でも会社は借金するとその分の責任がまだある
中小企業では社長がその責任を負い家族までまきぞいになり悲惨な結果となる
事業して失敗した人など無数にいる、自分の身近にもそういう人がいて自分が苦しんできたことや事業で失敗して除染の仕事に流れてきた人もいる
中小企業だと家族までまきぞいになり家族も崩壊することが普通にある

何でも責任がつきまとってる、それで法律で契約するとき会社でも個人でも私たちは責任をもちませんということを明示しているのである。
あとで責任を追及されるからである。ただ被害を受けた人はその契約のことをあまり見ていない、そして会社でもその責任はとらないと条文に書いてあることを知るのである。

事業で成功する人がほんのわずかなとき二十人に一人とかなると本当は誰も責任とるとなると簡単にはできないはずである。その責任があまりに重いからである。
回りのものにも失敗したら迷惑をかけるし家族も塗炭の苦しみを味わうからである。
でも意外と安易な気持ちで事業をはじめる人が多いのである。
戦争でも三百万人も死んだというのは戦争の結果であり責任になった
その後始末をどうするのかと七十年たっても解決しないのである。
国で英霊として祀りその霊をなぐさめるとなっているがそれで死んだ人が報われるのかともなる、天皇も責任を問われたから天皇という立場、空恐ろしい責任を負わされていたのである。そしたら天皇になどなりたくないとなる

責任というとき一代で終わらない、戦争責任を中国や韓国で追求されるのもそのためである。個人的にも親の責任を子供がとらされる、自分にしても親がいていい長くいい思いしてきたが介護とかなり今度はいろいろ親が残したものの責任をとらされたのである。
親の代の責任が子供に課せられるのである。もともと原発だって誘致したのは親の代の人だったからである。でもその責任は確実に子にその責任が引き継がれるのである。
そして子や孫に恨まれることにもなるのである。
親の因果が子に報いになるのである。

責任の重い仕事は立場の人は責任の重さをしりその責任を回避しようとする
病院は医者は責任が重いから医療ミスも多いから組織ぐるみで医療ミスを隠蔽できるようにしている、そうしないととても医療ができないからそうなっている
医療ミスは実際は膨大にあり裁判にもならないのが多いのである。
実際に手術してガーゼが体に残っていて一年後にとりだしたとかした人を知っている
でもなんら病院から謝罪すらなかったのである。
そういうことは病院や医療関係では普通のなのである。それだけ医療ミスが多いから責任をとらない体制ができているのである。

医療関係では常に日々そうした医療ミスが起きているからその責任を回避するためにそうしていた。ところが原発ではそういう重大な責任があるとしても危険がわかっていても対策をしなかった、安全神話を作り必死になり隠蔽しようとしていたのである。
それは地元でもその責任を自覚しないことがあった
漁業権者は海を東電に売り渡したというときそうである。漁業権は北朝鮮では魚をとる船がないということで漁業権を日本など外国に売り渡して年に七十億とかの収入を得ている漁業権は大きな権利なのである。
だからこの辺では漁業権をもっている船主などは事故前も事故後手厚い補償金をもらっていたのである。それが今回りのものから反発される
なぜ漁業権など東電に売って補償金をもらっていたのだとなる
つまり責任が今になって問われたのである。

つくづくだから今になると責任は分担するのが一番いいとなる、漁業組合だけで漁業権をもっているからそれで利益を得るより市町村単位で漁業権をもっていればそうはならないみんなの責任だとなるからだ、ただその時は補償金はかなり少なくなるからそうしなかったのである。
ただ事故前に漁業権を東電に売り渡したことが責任を問われたのであり事故があったら補償を要求するのは当然である。その前から手厚い補償金をもらっていたことが問題だった権利を主張するのはいい、でもそこに責任もともなっていたのである。

ともかく責任というとき分担するのがいい、大企業になると大きいからもう簡単につぶすことができない、それで国が援助したりする、その影響が大きくなるからだ。
戦争は結局は国民の責任だとなり三百万人が死んでも国民の責任だとなれば誰も責任を負う必要もないとなる
原発でも国の責任だということは国民の責任でありその賠償金は国民の税金で払われることになる、本当は政治家や官僚や東電の責任が大きいにしても問われないのである。
学者や科学者や技術者の責任もあったが問われない
武田邦彦氏が一ミリシーベルトを守れというときそれが原発事故の前にそれだけ危険なものだと警告していればいいが今になってそんな厳しいこと言われてもできない
みんな住めなくなるからだ。それは科学的根拠があってもできないのである。
だからそんな厳しいことを言うならその前に原発の危険性を言うべきだったが言っていないのである。

責任というときどうしても上に立つ指導者が一番責任が問われる、それで侍はその責任を自覚していたから切腹した、切腹を覚悟して事にあたっていたとなる
そういう立場を自覚していたとなる、でも現代ではそういう自覚がない、上に立ちいい思いをして利益を得る、でも責任はもたない、現実に東電の幹部は何の責任もとっていないからである。裁判にすらならない、結果的に誰も責任をとらないのである。
責任をとらされたのは地元の人たちだったとなる
ただその責任として補償金を与えるだけだとなる、それも国の税金であり東電が全部ではないのである。

すると国民ではなんであんなに補償金を払うのかと不満になり原発避難者のいじめとかなる、お前たち事故前もいい思いした、金をもらっていたではないかとなり批判する
つまり地元の人たちへの責任論である。それがわかりやすいのは漁業権者への手厚い補償がわかりやすい。結局原発を作った方が勝ち組なんだよとかなる
何かこうして責任問題になると責任の転化になる、誰も責任を負いたくないからである。そして戦争のように誰も責任をとらない、国民が悪かったのだとなればみんな悪いのだから責任をとらないのである。赤信号みんなでわたれば怖くないとなる

それは集団組織が大きくなればなるほどそうなる、だれも大企業であれ巨大化したものは責任をとらない、カルト宗教団体でもあれだけ巨大化すれば責任は全員にあるから問われない、巨大な権力集団になったとき責任は問われないのである。
それが誤っていてもそうである。それがナチスのようになって国民にもその責任が及んでもその巨大な権力集団の前には何もできないとなる

原発事故はその被害が甚大でありその責任も無限大にもなってしまうものだった
なぜならプルトニウムが二万年消えないとかなる空恐ろしいものだったからである。
その責任を誰がとるのか?結局地元の人が一番とらされているのである
そういう重い責任となると人類的なものになる

 その地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
 さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました。しかししばらくして開放されたようです

このような過酷な刑罰が課せられていた、核を開発した原爆を作った人類にもその罰が課せられたともなる、三万年で解放されたというとき二万年プルトニウムの毒が消えないのとにているからだ。、放射線が遺伝子に影響すればその土地では生きていけない、子孫も絶えるとなるからだ。
アダムの原罪もありエデンの園から追放されたのもにている
それは人類的カルマだったのである。人間は個人的にも集団的にもカルマから逃れられないのである。集団に属していてもそれでカルマから逃れられるわけではない
責任を集団で分散してもその責任から逃れられないのである。




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2017年06月20日

夏の海(見晴らしが良くなった津浪の後の萱浜)


夏の海(見晴らしが良くなった津浪の後の萱浜)




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奇しけくも十一面観音の残りけり囲む木立の神寂びにけり

三本の樹高台に残りまばゆくも夏の花咲き海を望みぬ

広々と海の開けてハマヒルガオ都草咲き沖に船行く

萱浜に矢車草の一面に津浪の後や海の暮れにき

夏の海望みて墓地の萱浜の高台よりや沖行く船見ゆ

萱浜や海を望みて残る墓地沖に船行き夏の日暮れぬ



日々晴れて泰山木の大輪の花の真白に空に向き咲く

夏菊のエントランスに咲きにけりこの家新しく朝日のさしぬ


萱浜は津浪の後六年すぎて見晴らしが良くなった、海が広々と見える、この海が広々と見えるのは松原とかにさえぎられて見えないことがあった
萱浜の松原はいい松原ではなかった、何か陰気だったのである。
松がなにかぼそぼそと生えていて暗かったのである。
右田の松原は調ったいい松原だったのである。
あそこで女子高校生を殺して自殺した若い人がいたのである。
何かあそこは陰気な場所だったのである。
自分はだからあそこは好きではなかった
何かそういう場所だからこそそんな事件が起きたのかと思う
自然でも何か場所的にも悪い所があるのかもしれない
そういう場所で自殺が起こり安いかもしれない

ただ六年すぎて萱浜に行ったら見晴らしが良くなり気持ちよかった
広々と夏の海が広がり沖に船の行くのが見えた
雫(しどけ)の方は萱浜よりずっと高く高台に樹が残っていたりまた十一面観音堂は木立に囲まれ残っていた、あそこも津浪が来たが高台なので残った
墓地も高台なので残った。
十一面観音堂は泉が先でここに移されたのだろう。
雫(しどけ)という地名は謎である。ただ雫(しどけ)は高い所にあり家も残っていた
つまりそこは古くから人が住んでいたのである。
萱浜は江戸時代には住んでいてもその前には住んでいたのか?
雫の謎は雫(しどけ)とは山菜のことなのである。
とすると山菜が地名化したとしたら海ではなく山側に山菜とれて名になったのか?
そこは高い場所であり山の暮らしもあったのかとなる
ただ山といっても山とも言えないしここは謎なのである。

津浪で変わったのは景観を変えてしまったことなのである。萱浜は相当に変わった
見晴らしが良くなって気持ちいい、夏の海が広々と開けて沖に船が行く
ここで良かったのはソーラーパネルがなかったのである。
磯部や右田はメガソーラー場になったからここもなるのかと思っていた
これかるなるのかわからない、海側はソーラーパネルになってもどうにもならない
これから風力発電の風車が作られるからまた景観が変わる
それも景観を乱すものになるがこれもどうにもならないだろう。
海側は家がなくなったし開発しやすいからだ
ただ飯館村の森は保存してもらいたい、でも誰も住まなくなるとどうしてもソーラーパネルとかになりやすいのである。後は放射性廃棄物の捨てる場になりやすいのである。

これだけ景観が変わるということは思わなかった、自然はそもそも変わらないものとしてあると見ていたからである。
常磐線沿線は海が開けて高架橋になり見えることは観光的にはいいだろう。
矢車草の畑があったのも変わったことである。
菜の花の春に咲かせたが夏は矢車草である、これは海にあっているかもしれない
青い色が海をイメージするからである。
何か景観が変わると雰囲気まで変わる、萱浜というときこんな感じではなかったろう。

景観というとき泰山木の花が今さいているけどこれはアメリカ大陸に咲くのにふさわしい、ひまわりとか泰山木の花はアメリカ大陸が原産地だとなる
そこの気候は空は広く毎日晴れているのである。
今年の梅雨は空梅雨なのか毎日晴れているから泰山木の花がふさわしいことを感じたのである。
花は原産地がどこかということを知るといい、つまり花でも咲くにふさわしい風土が場がある、日本の花は南国系統が多いのである。
ただ北方系は北海道に咲いているのである。
今年の梅雨はどうなってしまうのか?紫陽花は梅雨にあう花であり日本原産なことでもわかる、紫陽花は日本の風土に咲くのふさわしいのである。


万葉集志賀の白水郎(しかのあま)の歌の解釈


万葉集志賀の白水郎(しかのあま)の歌の解釈

shiganoyamaa1.jpg

古代の対馬(つしま)は、対外貿易の中継基地として重要であった。時の政府は、年に一度、秋の収穫後に九州本土から食糧を送るよう命じていた。玄界灘を輸送する船団の人数は百数十人。その水先(みずさき)を務める船頭の腕には責任がかかる。
 その年、太宰府は、経験のある筑前の津麻呂(つまろ)を船頭に任命した。しかし、年老いて気力のなくなっていた津麻呂は、友で年若い漁師、志賀島(しかのしま)の荒雄(あらお)に頼んだ。義侠心が強く、友情に厚い荒雄は、同じ海に生きる男として、進んで頼みを引き受けた。

志賀の山 いたくな伐りそ 荒雄らが 
     よすかの山と 見つつ偲ばむ
     
(志賀の山の木を、あまり伐ってくださるな。荒雄の縁のある山として、見ながら夫のことを偲(しの)ぼうとおもいますので。)
 形が変わるほど木を伐らないでくれと訴えている。志賀島は山の島である。とはいっても、最高部の潮見公園でも166m。カシやマテバシイに覆われている。

官(つかさ)こそ さしてもやらめ さかしらに 
    行きし荒雄ら 波に袖振る


荒雄らは 妻子(めこ)の産業(なり)をば 思はずろ 
     年の八歳(やとせ)を 待てど来まさぬ

沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来(こ)ば 
    也良(やら)の崎守 早く告げこそ
    
 「沖つ鳥」は「鴨」の枕詞。防人とその地の民衆との関わりが推測できる歌。能古島にはいま狼煙(のろし)台が再現されている。


 沖行くや 赤ら小船(おぶね)に つと遣(や)らば 
     けだし人見て ひらき見むかも
     
(沖を行くあの赤い丹塗(にぬ)りの官船の小船に、包みをことづけてやったら、もしや夫が包みを開いて見はしないか。)
 沖の彼方、海の底に生き続ける夫の姿を思う。

 大船に 小船(おぶね)引き副(そ)へ 潜(かづ)くとも 
     志賀の荒雄に 潜(かづ)きあはめやも
     
(大船に小船を引き連れて海に漕ぎだし、海に潜(もぐ)って捜そうとも、志賀の荒雄に海中で逢うことができようか、いやできはしない。)




志賀の山 いたくな伐りそ 荒雄らが 
     よすかの山と 見つつ偲ばむ
     
これは何なのだろうか?漁師は山を目印しとしている、でも木を切るなというとき木があってこその山である、山をよすか(よすが)にするというとき山には先祖が眠る、死者が葬られているということもあった、海からながめた山はまた地上からながめる山の感覚は違っている、でも木が繁っていてこそ日本では山である。
山は神聖な場所だったのである。
だから最近飯館村とかで山がソーラーパネルとかになるとそのよすかとする山の森が消失する、それは経済的な問題ではない、精神に影響する問題である。
飯館村は森におおわれているとき一つの別世界を形成していたのである。
ここには景観問題もあった、景観を自分は常に重視したというときそれが心に影響するからである。

荒雄らは 妻子(めこ)の産業(なり)をば 思はずろ 
     年の八歳(やとせ)を 待てど来まさぬ

ここに八年待ったということに重みがある、いつも帰ってこないかと待っている
漁師というのは夫が無事に帰るか心配になるのは今でもそうである。
いくら待っても待っても帰ってこないとなる、こういうことはいつの世もある
戦争のときも戦地に出て帰ってこない息子や夫を待っていたのもそうである。
夫が去って暮らしするのにも苦しいからこの歌ができた

沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来(こ)ば 
    也良(やら)の崎守 早く告げこそ

海での暮らしは船を出して海に出ることは常に見送り帰ることを待つ場なのである。
当時の舟は遭難しやすいから余計にそうなる
待つ場所というとき鉄道の駅も出てゆき待つ場所なのである。
ただ鉄道だと安全であるが海は常に危険な場所だから違っていた。
そして海では今でも遭難した人がいて若くして死んだ人がいるのが普通である。
だから海での暮らしは変わっていない側面があるのだ。
海での暮らしは舟が無事に帰ってきたというとき大きな喜びがあったとなる
    

沖行くや 赤ら小船(おぶね)に つと遣(や)らば 
     けだし人見て ひらき見むかも
     
(沖を行くあの赤い丹塗(にぬ)りの官船の小船に、包みをことづけてやったら、もしや夫が包みを開いて見はしないか。)
 沖の彼方、海の底に生き続ける夫の姿を思う。

 大船に 小船(おぶね)引き副(そ)へ 潜(かづ)くとも 
     志賀の荒雄に 潜(かづ)きあはめやも

これらの二首は切実な夫への思いである。何かこれは現代風に解釈すると津浪で死んだ人を思うのともにている
実際に未だ死んだ人が行方不明になっていて探している人がいるからだ
でももう海の底を探しても見つからないのである。

ここで一番感心したのは

志賀の山 いたくな伐りそ 荒雄らが 
     よすかの山と 見つつ偲ばむ

志賀の山の森の木をあまり切ってくれるな、そこは心のよすが(よすか)にする山だからというのはやはり山が単なる木材を供給するだけではない「心のよすか」になっていたことなのである。つまり日本の自然が心のよすかでありその心のよすかがなくなったとき日本人の心も消失するのである。
飯館村ではソーラーパネルになりそういうことが起きている
他でも日本は戦後は高度成長で自然を破壊してきたのである。
そしてそこに現れたの殺伐とした風景だったのである。        
     
     
      
  
posted by 老鶯 at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 万葉集

2017年06月19日

隣の原町駅の駅員が盲人の補佐に呼び出されていた (障害者も特権化することの反発がある)


隣の原町駅の駅員が盲人の補佐に呼び出されていた

(障害者も特権化することの反発がある)


JRや私鉄の各駅に障害者用のエレベータが設置されるようになったのはここ数年です。
公共の場では道を開けてもらって当たり前。
エレベーターなどではボタンを押してもらって当たり前。
どこでも優先されて当たり前。

最後に彼らは自分たちが苦情を言うと何でも通るとわかっています。なぜならどの企業も障害者団体から訴訟を起こされると企業イメージを損なうため、障害者の苦情は1秒でも早く解決するからです。


駅で今日は原町の駅員がきていた、盲人が一人通勤している
その人を自分は電車まで導いた、でも時間がずれてしなくなった
2時半の電車で帰っているみたいだ

駅員はこの盲人に呼び出されてきたのである。すぐにまた電車で原町に帰った
あの一人の盲人のために誰か補佐する人がいないと盲人にとっては困る
それで原町の駅員を呼び出しとなる

盲人の団体では無人駅化に反対している、電車に乗るのは見ていると確かに危険なのである。だから補助が必要になる、電車の問題は長く止まっていないとういことがある
早く乗らねばないなとあせることになるからそれも問題なのである。
では一人の盲人のために電車を長くとめたりできないのである。
盲人にとってはスローな社会が生活しやすいのである。

ただ電車を利用しているのは一人だけである。その人のためにだけ補佐が必要になる
駅員がいれば別に補佐しても苦にはならない、一つの全体の仕事のなかでこなせる
でも駅員がいなくなると原町駅からわざわざ電車できて補佐してまた帰ってゆくとるなると時間がかかるのである。その一人の盲人のために時間をさくことになるからだ。
これも問題だなと思った。
自分は主に昼間よるけど駅にいつもいるわけではない、ただその盲人は2時半頃の電車に乗ることはわかったのである。だからその時間に行けば自分が導くことができる
でも定期的にその一人ために時間をさくとなると大変だなということもある

そこで問題になるのが障害者が優遇されているとかで普通の人からかえって健常者が逆に差別されるという問題が起きている、障害者でも何かそういう特権を得た者は今の社会では弱者ではない、強者になる
その不満も大きくなる、そういうことはこの辺の原発事故でも起きていたのである。
原発避難者は特別扱いになった、南相馬市では小高が仮設に住みいたりつくせりに手厚い補償がされたのである。
それに鹿島の人たちは不満だった、補償金も少ないし福祉関係でもいち早く打ち切られたのである。それで原町の人が鹿島に同情したというのもそれがあまりにも鹿島の人たちが差別されたからだとなる
福祉関係くらい平等にすれば良かったとなる
そしてボランティアが仮設には小高にはおしかけてきた、でも鹿島の人には何の援助もなかったのである。
その時自分は自分の病気と介護で四苦八苦していたから余計に不満になったのである。

ただこういうことを言うと小高の人であれ避難した人は集団化しているから怒る
お前は情もなにもないのか、そんな奴が今の社会で許されるのか、断罪すべきだとなる
何か現代社会はそうして弱者が特権化すると強者になるのである。
そういう人たちに対して何もいうこともできなくる
マスメデアもNHKでも原発避難者側にたちかわいそうだとして放送するから余計に特権者になるのである。

一方で格差社会になり派遣とか底辺層が増える、そういう弱者に対しては社会は冷たい
健常者である弱者に対しては自己責任だとかなんとか厳しいのである。
現実自分は弱者化したとき徹底して自分が病気で身体障害者になっていても一切同情はされなかった、ただその弱者化したことで責められるだけだったのである。
つまり現代は健常者に対しては弱肉強食の世界である。
でも一端障害者になると特権化するのである。
だからこういう社会になると障害者がうらやましいまでとなる
アメリカでも黒人などマイノリティがあまりに優遇されているから底辺化した白人層が逆に差別されているとかでトランプを支持したのである。

いづれにしろ一人の盲人のために駅員がいちいち隣の駅が来るというのもそれだけ障害者に労力を使っている、障害者用のエレベーターを作るのも金がかかる
もし障害者が多いならそれほど感じないが割合にしても鹿島では一人だけである。
その一人のために払う労力が大きいのである。

ただ江戸時代でも盲人は幕府から保護されていたから特権階級にもなっていたという。
それは今だけの問題ではない、ただ江戸時代にそんな特権を与えていたというのは意外だった、江戸時代はともかく盲人が全人口の八パーセントくらいいたとか多いこともあったそれだけ数が多いと社会問題になる、それで特権を与えたということはあるだろう。
栄養不良で盲人になる人が多かったのである。

ただ言えることはそうして一人の障害者のためにこれだけ労力を払うということは社会に余裕があるからである、一方で盲人団体恐れて企業イメージを悪くするということでそうするともある
やはり盲人団体とか今は背後に必ず団体がありそうした団体に所属していると保護されるとなる、それは圧力団体となるからである。

駅というとき鉄道でもこのうよに毎日のように何かあり来ている、維持するだけでも手間がかかり労力がかかる、その割には収入は少ないのである。
この盲人の一人のために何かするというとき駅前の暇な老人でも手助けすればいいともなる、そういう人がいるからだ、それはすぐ駅前なのである。
この障害者の問題も複雑なのである。
その障害者は何か仕事のために来ているらしい、だから社会にとって無駄な人は言えないあの人は30頃から目が見えなくなったので社会のことはわかっている人である。それでもその一人のためにさく手間と労力が問題になる
JRでは収入が少ないから人員を極力減らす、そのために無人駅を増やしているからである

障害者というとき老人も障害者になってゆくのである。そのことは前にも書いた
老人は病気でなくても杖ついて歩いたりと障害者とにてくるのである。
認知症の身内を介護したけどそれも精神障害者なのである。
その認知症が(2025)年には約700万人、65歳以上の5人に1人になると見込まれている
この数は空恐ろしい数ではないか?
高齢化社会とは障害者社会にもなるのである。
人間は最終的にみんな障害者になってゆく、だからつくづく介護していて障害者の問題は健常者のものだけではない、なぜなら健常者も老人になると精神的にも肉体的に障害者となってゆく、だから障害者と高齢化の問題は現代の縮図でもあるのだ

駅にエレベーターが必要だというときそれは障害者のためだけではない、老人は階段を上がりまた高架の廊下をわたってまた階段をおりて電車に乗ることが結構辛くなる
実際に老人は誤って階段から落ちて大けがしたのを知っているからである。
つまり障害者にやさしい余裕ある社会は高齢化社会になっても老人には住みやすいとなるのだ
ただ健常者からするとその高齢者の手厚い保護に反発するのは障害者特権に反発するのとにているのである。
障害者とうとき高齢化社会ではみんな最終的に障害者になる可能性が強い社会なのであるだから今や障害者の問題は極一部の人の問題ではない、国民全員の問題になるのである。
こうした障害者の反発と高齢化で老人に反発するのは同根なのである。老人だけがなんで死ぬしかない役立たずになんでこなんに税金を使うのかという反発は似ているのである。
だから高齢化社会の問題と障害者の問題は共通なものとして自分は認識したのである。

posted by 老鶯 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の鹿島駅(常磐線)

武田邦彦氏も原発推進派だった (でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)


武田邦彦氏も原発推進派だった

(でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)

生活を奪う罪と責任

武田は,原発推進派として日本国の原発行政に「協力」してきた過去を精算せずに,国民の前では耳ざわりのいいことを言い,合間の要所では,巧妙に原発を養護(擁護・・・)する,たとえば,プルトニウムは恐くない,連休明けの東京は安全だ,表土を削れ! 等々,武田邦彦は,日本の原発推進派のトップ・インテリジェンス(謀略知識人)なのだ.


1) このぐらいなら安全という合意点ができれば原発を動かす、

2) その代わりそこで約束したことを守る、

武田氏は文系の知識が豊かだから驚く、理系と文系の両方を備わっているから現代の知識人としては強みになる、現代社会は科学無しではありえない社会だからである。
それで科学技術者は現代の聖職者であり科学者は批判できない社会である。
カトリック社会と同じく聖職者は批判できない、神の使者となるからだ

今回これだけの大事故でも科学者は批判されない、確かに御用学者として批判はされたがでは科学の研究は常にすすめられるものとしてあることには変わりないのである。
だからいつかは原子力でも核でも安全に操作されるものとして見られている
そして死んだ人を生き返らせるとかの実験も行われたとか科学者が万能になることを夢見ているのである。
それはまさに科学者が聖職者だからそうなっているのである。

武田氏のことは原発に対してどういうスタンスなのかわからない、ただ原発を指導した人であることは確かである。
でも原発事故に起こしたことに対して謝罪はないのである。
今回の原発事故でも戦争のときと同じように責任をとった人はいないのである。
東電の幹部は海外に逃れ優雅な生活をしているとか言われているからだ。
実際は腹を切るほどの責任があった、これだけの被害があったらそうなる

そして不思議なのはこれだけの被害なのになぜ地元の人は怒らないのか?

それは東北人はおとなしいからだとか言われる、また東電で働いていて世話になったという人が多いから怒らない、追求しないとなる
人間はともかく利益を受けると弱い、それで急所をにぎられる
マスメデアでもほとんど会社の宣伝費で成り立つとすると批判はできない
東電は巨大な国並の会社だったからよけいにそうである。800億円とかをマスメデアに宣伝費としてつぎこんでいたからである。
それで朝日新聞まで原発には反対していなかったのである。

でもこれだけの被害があったら地元では怒りになる、それが賠償金だけで贖われるものではない、生活の場を奪われたということが深刻だったのである。
それは金で贖えないものを失ったのである。
ただ地元の人たちもそういう自覚がない、だからこそ漁業権でも売り渡したし自分たちが生きる場が何か?その価値を自覚していなかったのである。

だから武田氏が矛盾しているのは日本の森林は木材を伐採するべきだ、地球温暖化とかで森を守るということは地元の生活を奪うものだと言って講演して割り箸をもらったというこれも何か変だと思った。
原発事故で環境が破壊されてその木材さえ汚染されたからだ。木材さえ売れなくなったのである。樹皮にセシウムが付着して3マイクロシーベルあったからである。
今では減ったがそれだけ森林は放射性物質で汚染されたのである。
それで浪江が森林火災になったとき放射性物質がまた拡散したのである。

地球温暖化などと言って森林を保護するためとかで日本の木材を利用しないことがかえって地元の生活を奪った、そのことはわかる
でも原発事故では水すら飲めないとなり農業している人だけではない、生活の場を奪われたのである。
そういうことに対して地元ではもっと怒ってもいいはずなのだがそれほどでもない

ただ怒りといっても賠償金だけを要求するとあいつらは原発前も補償金をもらっていたし利益を得ていた、事故後もまた多額の賠償金を獲得した価値だと言われる
だから実際は本当に反対に効果的なのは賠償金などいらない、俺たちは自分たちの生活の場を奪われたことに心底から怒っているのだ。
賠償金もらなわくても俺たちは俺たちで生活するとかなれば一番効果的なのである。
でもただ賠償金をだけを要求すると逆効果になる
結局は金なんだよ、金ほしいだけなんだよと見られてしまうのである。
補償金でも内部でももめて一体感が失われたこともある
だから人間の問題は何でも金で解決できない
金がかえって逆効果になる場合もあるからむずかしいのである。

原発を推進した科学者にも責任があったが追求されない

地方の人の生活の場である森林を地球温暖化を楯にして木材をとらせないの間違っているということ言い割り箸をもらったと喜んでいる
これも矛盾ではないか?
原発事故を起こした責任は科学者にもあったのだから地元には謝罪すべきだとなる
でも科学者で学者で謝罪した人はいないのである。

その後に年間一ミリシーベルトを守るべきだと厳しいことを言っている、それは科学的根拠があってもそれを地元で守ったらもう誰も住めないのである。
移住しろというのならわかる、チェルノブエリのように移住地を与えてくれて移住しろとなればわかる、でも地元に住んで一ミリシーベルトを守れということはできない
だから科学的根拠があっても社会的現実の問題として通らないこともある
だから科学的なことですべてが人間の社会の問題が解決されるとは限らないのである。
医療でも最後は治すというよりターミナルケアでは痛みをやわらげて治療より精神的なものを重視するとかになる
つまり科学的なものもすべて社会に適合できないし解決できないのである。

ともかく人間は矛盾した存在である。自分だって株でもうけようとしたりしているから何か資本主義社会を批判してもその中で生きるためにそうする
武田氏は地方の地元の生活を奪うことは重大な罪だとうことを言うけど原発事故で地元の生活を奪われたことに対してはどうなるのかとなる
そこに科学者でも良心の呵責のようなものがあってもいいように思う
でも科学者にはそういうことはない、アイシュタインでも広島に原発を落としたことで反省した、原発の危険性を知っていてもそれを言わない科学者にも責任があったのである。責任というとき地元の人にもあった、自分にもあったともなる
ただ科学者の責任も重かったともなる、でも謝罪も反省もそれほどないのである。
それは医療ミスともにている、医療ミスは膨大でもあっても隠蔽される
そうしないと医療の発達はないからである。実験として科学があり医療もそうなのである原発でも危険であっても実験としてやる、それが科学の発達になるとして容認されるのである。
現代は科学の社会だというとき科学者の責任も重くなっているが自覚されていないのである。

それにしてもあれだけの文系までの知識があることには驚くし参考になる、「心に青雲」でも賛成できないことがあっても首尾一貫したことがあるので参考になる
人間は何か首尾一貫することが大事なのである。
それは右でも左でもいい、首尾一貫するものがあるとき何でも筋が通ったものとなる
対立するものがあっても首尾一貫したものがあると共鳴する
侍の果たし合いでも強力な敵になるとこいつはできるなとか一目置くことになる
だからあいまいな人よりそうした強力な敵の方が学ぶ方が多いのである。


posted by 老鶯 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年06月18日

少子高齢化社会が震災の復興をできなくさせている (南相馬市の高齢化率は53パーセントで一番高い方に)


少子高齢化社会が震災の復興をできなくさせている

(南相馬市の高齢化率は53パーセントで一番高い方に)

kaihamatunamiii1.jpg

40代以下津浪のの死亡者(南相馬市原町区萱浜(カイハマ)

年齢が判明している15,331人のうち 60歳以上の高齢者は10,085人と 65.8%を占めているまた、東日本大震災における震災関連死の死者数は、平成 24(2012)年 3月31日までに1,632人にのぼり、このうち66歳以上が1,460人と全体の89.5%を占めている。


例えば、母の実家のある集落は現在は約100人しかいない小さな村。昨年夏のお盆時期に1年ぶりに帰省したときには、そのうちの10人が他界していました。1年間で、村の人口の1割が亡くなっていたわけです。そして、その集落の最年少が56歳

宮城県塩釜市の58.0%。宮城県女川町55.1%、福島県南相馬市53.5%、宮城県七ケ浜町50.1%と50%以上は4市町。40%台は13市町村、30%台も13市町村あった。


ここのサイトの統計数はわかりやすい、本当に南相馬市が一番くらに高いのである。

高齢化率は六十五歳以下の人口が多ければ下がる、ただ老人の六十五歳以上の割合は三分の一となり30パーセントが平均である。
三人会えば一人は65歳以上である。
ともかく南相馬市53.5%は岩手、宮城、福島県のなかでも一番高いレベルである。
この高齢化が復興はばむ原因になっている

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小高の70以上の人は復興のことなど考えない、金をもらうこととあとは遊ぶことだけである。今度は沖縄に行くかなど遊ぶことしか考えない
かえって補償金で金に余裕ができたからそうなっているのである。

駅にいると鹿島の競輪の券売り場に行く人がいる、駅からタクシー利用してゆく
何もすることがないから老人が金あればパチンコだとギャンブルとかに費やしている
復興などなんにも考えていない、それは仮設に入っている時から変わっていないのである復興を考えて実際に実行しているのはほんのわずかなのである。
ボランティアが一番復興に熱心であるというのも皮肉である。
でもその人たちも一時的なものとして帰ってゆくのが多いのである。
第一そのボランティアも60歳以上が大部分なのである。
そこにもつくづく高齢化社会だと思った
74歳の人も来ていたし今に80歳のボランティアもいるようになるかもしれない
何か猫背になり歩くのも楽でない女性がボランティアで来たけどただ祭りを見に歩いている女性だった、それで土地の人から断られたというのもわかる
室原の人は何か地区の人が集まり拠点を作り復興しようとしているみたいではある。あそこはまだ街からそれほど離れていないからか養豚をしていた家である

浪江でも南相馬市だと近いから自分の土地を見に行っている人はいる、それで徐々に復興に向かうのか?それより老人が多いのだから復興に向かおうとしても苦しい
老人は苦労はしたくないのである。苦労する力もないのである。
この先どれくらい生きるかとなると苦労したくないし余生を楽に過ごしたいとなるからだだから小高や浪江のような所に帰りたくないとなる

この高齢化とは震災前から起きていたのである。それが震災でさらに打撃が加えられた
戦争で焼け野原になったときなぜ復興できたのか?
その時若い戦争引揚者が大量に帰って来た、その人たちが結婚して子供を産んだ、それが団塊の世代となり今は高齢化しているのである。
あのような焼け野原でもその時若い人が多く、子供もその時多かったのである。
それが今の高齢化社会とはまるで違ったものになっていたのである。
その若い労働力が高度成長になり日本は豊かになったのである。
今度は逆に団塊の世代が高齢化したとき日本は少子高齢化社会になり衰退しているのである。

津浪で死んだ人をみると本当に70以上が大半でありまた60以上も多い、その中でわずかに10歳以下がいたりする、20代も少ない、その割合が極端なのである。
だからそもそも震災がなくても津浪がなくても集落を維持できたかとまでなる
それだけすでに子供も若い世代もいなくなっていたのである。
それに津浪や原発事故が拍車をかけたのである。

なぜ復興が遅れているとかできないのかとなる若い人は流出したからである。
戦争のときあれだけ焼け野原になり何もなくなったのに復興できたのか?
それは若い人は多くその若い人は子供を作りその人たちが成長して高度成長時代の労働力となったからである。
復興というときいろいろあるがインフラの整備をまずしようとしている
でも復興が遅れているというとき人手不足とか資材の高騰とかありそれが足かせになっている、労働力がたりないというとき少子高齢化だからである。
老人ばかりで社会に活力が生まれない、介護で若い労働力を使われるようでは日本の経済も衰退してゆく

経済でもやはり人口が基礎のデーターになる、一万以下になると町が維持するのがむずかしくなると計算される、そういう町が増えてくるのだ。
そしてもう今までの町でも村でも同じように復旧するのはむずかしいとなる
別な新たな発想でコミニュティを作り直すということが言われる
それもそうである。小高とか浪江でも宮城県でも津浪だけの被害地でもそうである。
もう今まであったものを復旧することは復興ではない
新たな今までにない市町村の復興である。そもそも元にもどる復旧ができないからであるつまり前あったものを元にもどすのが復旧であり復興は新たなものを興すということである。それは農業は会社経営にしないと成り立たないとなっているようなことである。
それは今までのコミニュティ感覚の農業でなくなっているからだ。

そもそも高齢者が津浪で死んだ人が多かったというときそういう人口割合だったのである子供も極端に少ない、若い人も少ない、60以上とかの老人が大部分だったから割合として老人の死が目立ったのである。
新地の駅前開発でも工事がとまっている、やはり人手不足とか資材高騰とかなにか復興が遅れいてる、進まないのである。
新地駅は復旧ではなく新たに復興したから良かった、新地には若い人が住みたいというとき流出も少なかったのである。だから新地は復興に成功したとなる
他は遅れいてるし復興がなかなかできないのである。
高齢化率が25パーセントと低いからである。南相馬市の高齢化率はその倍だからいかにここが違っていて復興できないか一目瞭然なのである。




posted by 老鶯 at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2017年06月17日

原町区萱浜(カイハマ)、高平、北原、雫(しどけ)を尋ねる (津浪は高低差の影響が大きかった)


原町区萱浜(カイハマ)、高平、北原、雫(しどけ)を尋ねる

(津浪は高低差の影響が大きかった)


kaihamatunamiii1.jpg

赤い囲いは四十才以下の死者
今田家は三人いるから悲惨だった
あとはやはり七十以上が多い

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津浪にも残った樹、高台にあったから

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パノラマ写真
高低差が大きい、雫の方はかなり高い
車のある島商会まで津浪はきたが建物は助かった
hamahirugawooo1.jpg

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海岸にハマヒルガオと都草や野茨が咲いていた

でもマルハシャリンバイは咲かない、津浪で喪失

seatoom1.jpg

seatoom122.jpg

これは墓や地蔵を集めたが不思議である。
みんな笑っているのか?みんなで祈っているのか?
津浪の後の不思議の光景である
六年も過ぎだから笑っているというのも時間の経過のためだろう
死者は津浪で死んだ人だけでなく笑っているという感じになることがある
時間がたつと悲しいとういだけなく笑っているともみる
ただ津浪の被害はあまりにも大きいからその傷痕は消えない
これは若くして子供でも死んだ人をとむらう地蔵にも見える

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中世の板碑(津浪が来たのが青い線)


tanakajyoooooo111.JPG
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鹿島田中城(線が津浪の来た所)



萱浜(カイハマ)は北原とか雫(しどけ)からすると低い場所だった
だからあの辺は高低差が相当にあった、高い雫の方が津浪の被害がないから家が残っている、萱浜になるとそこは一番低い場所だった
今回の津浪はこの高低差が大きく影響したのである。

例えば海老を見るとそこは右田よりはずっと高いから津浪の被害がないと見ていた
実際に崖の上がさらに高いからそこに逃げた人が30人くらい死んだのである。
それはなぜか?
そこは高いのだがその高さより高い強い津浪がおしよせたからである。
でも海老は海に面してなければ村が消滅するようなことはなかった
海に接して面して集落があったから被害が大きかった
もし海より50メートルでも後退して集落があったら助かった、実際に10メートルくらい後退した高台の家は助かったからだ

それはなぜそうなったかというと海老は弥生時代からの住居が発見されたようにもともと住みやすい場所だったのである。そこは海が入り込んでいて魚もとれるような場所だったしもともとあとは湊となっていたのである。
そこは魚もとれる、帆掛け舟も出せる湊だった。
そういう場所は便利だから海に接して集落があり弥生時代からの住居跡さえ発見されたのである。
三陸などでもなぜ明治時代に今と同じような津浪の被害があったのに低い海に接した場所にまた住んだかというとそこが便利だから元の場所にもどってきたのである。
いくら津浪があっても魚介類をとって暮らすほかない時代である。
そうしたら海に接している所が危険でもまた住むようになったのである。

萱浜にも湊の機能が中世にもあったらしい、そこはかなり低い場所だった
湊という姓の墓もあった、鎌倉時代の海道の武士団という本でそのことが書いてあった。慶長津浪は戦国時代に起きていてその前に鎌倉の武士団が海道を行き来していたという
鹿島区の鎌倉武士の岩松氏も船で烏崎に来たという伝説がありそれは史実である。
ただ磐城から船できて鎌倉ではないらしい。ただ鎌倉時代はそれだけ船で運行する技術力が生まれていたのである。

いづれにしろ津浪は高低差が大きく影響した、萱浜の方が相当に低いのである。
雫の方になるとずいぶん高いと思った、だからそこは津浪の被害がなく家も残っているのである。
十一面観音の御堂も木立の中に残っている、かなり海に近くてもそこは高台だから残ったのである。
ただ島商会の車の置いてある崖の上まで津浪が来たのだから驚く、あの坂はかなり急だからである。
ただ辛うじて島商会は被害がなかったのである。あそこの高台に建てたことで助かったのである。低い所に建てたら根こそぎ津浪に破壊されたからである。
土地が安いということで高台に建てたのだろう。平地だと田んぼや畑になっていたので土地が手に入れにくかったためにあのような高台に建てた

それから津神社は高い所にある、あれは津浪とは関係ない、津(つの)神社でありツノガノアラシト系統であり渡来人系統なのである。
津浪に由来して建てられた神社は見つからないのである。
津浪にまねがれたとしてもそれは津浪神社とはならないのである。
ただ神社に古いものがある、また鎌倉時代にさかのぼると海側や低い場所は湿地帯であり人が住んでいないのである。
萱浜は越中などの移民が入ってきて開拓した場所だった。だからそこは湿地帯であり低い場所で条件が悪い所だったのである。
そういう条件が悪い場所に入るのは後から入って来た人たちであり前からいた人たちは住んでいないのである。

鎌倉時代の板碑がある地点からみるとかなり近くまで津浪がきている、おそらくその時代は湿地帯であり住めない場所だったのである。
鹿島区の田中城もこの板碑がある場所とにかよっているのである。
津浪がやはりかなり近くまで来ていた、その城は回りが湿地帯に囲まれていたのである。だから位置的に鎌倉時代の人の住める地点としてあったことがわかる

その板碑のある隣に氷川神社がある、これは埼玉県に多い、関東から鎌倉武士団が移住してもってきたものだろうか?中世に由来するとなるとなかなかわかりにくくなる。
高平と太田地域は相馬氏の支配下に早くからあったからそうかもしれない。
高平ー大内ー小島田が相馬氏の支配下にあった、屋形などは岩松氏の支配下にあったが後で相馬氏に属すようになった。

氷川神社の摂社に「門客人神社」があり、元々は「荒脛巾(あらはばき)神社」と呼ばれていたもので、アラハバキが「客人神」として祀られている。このアラハバキ社は氷川神社の地主神である[4]。現在祀られている出雲系の神は、武蔵国造一族とともにこの地に乗り込んできたもので[5]、先住の神がアラハバキとみられる[4]。

平安時代後期、平貞盛が平将門の乱において当社で戦勝を祈願し乱を平定したことから、関東地方の武士に幅広く信仰され、荒川流域に数多くの分社が建てられ、武蔵国中に広がった。

これはなかなか面白い、氷川神社がアラハバキ族の神社だった、このアラハバキは蝦夷とされているからだ。関東に蝦夷系統の神社が多い、それが東北にこの辺にも移されているのである
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湊氏は安藤氏の系統につながるものらしい、安藤はまた阿部の末裔ともある
阿部氏は日本海の秋田を通じて船で最初に来て蝦夷と交流があり支配した
湊氏は秋田と関係しているのはそのためなのだろう。
だからなぜ萱浜の墓に湊氏があったのか?それはそこに船と関係して湊があったからではないか?もともと古代には泉かんが跡があるからそこはすでに湊の機能としてあった。
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「相馬恋唄」で歌手デビュー 原町の湊清一さん(75) 震災で自宅流失

湊氏がいてこの人も萱浜なのか?

鎌倉時代の歴史書によると安藤五郎が鎌倉時代初期に津軽地方に置かれ蝦夷対応に当たったのが初めとされているが、正確なところは不明である。鎌倉時代末期には御内人として蝦夷沙汰代官職を務め、津軽地方を本拠地に西は出羽国秋田郡から東は下北半島まで一族の所領が広がった

安藤と湊氏の関係があり結ばれている、それは阿部氏とか蝦夷につながる系譜がある。
蝦夷というとき海老もエヒであり蝦夷であり萱浜もカイハマであり蝦夷はカイと呼ばれていた、他にエとつく地名が南相馬市や浪江の沿岸地帯に多い、蝦夷というのはやはり東北一帯に秋田とも結ばれていたとなる
つまり秋田とか津軽(つがる)とかなると福島県では古代からかかわりが感じられないが蝦夷ということでつながりが見いだされるのかとなる
鎌倉時代はまだ蝦夷いうときその歴史が継続していたこともある、古代の延長として鎌倉時代があるからそうなる。蝦夷はその時遠い歴史ではない、まだ歴史としては身近なものとしてあった、だから蝦夷とのつながりが平泉でも取り沙汰されているのである。


posted by 老鶯 at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

付加価値の時代は新たな文化の時代 (フラワーアレンジメントから考える)


付加価値の時代は新たな文化の時代

(フラワーアレンジメントから考える)


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「姉妹」

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「清楚」


何やっても実際は簡単ではない、フラワーアレンジメントもただいろいろな花を挿せばいいと思っていたがそうでもなかった
それを知ったのはスーパーで売っていたすでにフラワーアレンジメントされたものだったそれは400円とか安くても作品として作られていて花束として売っていたのである。
それは簡単なようでもフラワーアレンジメントされていたのである。
それでそれを写真に加工してプログに出した

この花は結局ただ花を売っていただけではない、フラワーアレンジメントをしたのを売っていた、ということは花屋はそうしてフラワーアレンジメントして売ることが商売となるとき花を売るにしてもフラワーアレンジメントできないと売れないともなる
そうして結婚式と葬式のときは作って売っていることは確かである。

今回スーパーで買ったものは安いからそういうものではないと思った
ただ花をアトランダムに束ねただけかと思っていたのである。
でも良く見ると単純なのだがすでにフラワーアレンジメントとして作られていたのである。
フラワーアレンジメントは花が高いので金持ちでないとできない、ただ安いものでも売っているからそれでたりならいい、花をいろいろ買ってフラワーアレンジメントすると高くつくのである。
そして壺もフラワーアレンジメントの要素として欠かせない役割がある
写真をとると壺もとるから壺の役割が大きくなるのだ
壺によて印象が違ってくるのである。

これからの商売はただ花だったら花を売るだけでは売れない、単純なものでもフラワーアレンジメントされたものなら買うともなる
それは単純でもただ花を売っているのではない創作品だったのである。
そこに価値が生まれていたとなる
花があってそこに付加価値としてのフラワーアレンジメントがあるから価値があった

付加価値というときもともと機能的価値が基本にある、土器でもそれは物を入れるものとして機能性を追求する、でも今度は装飾性を追求する、それが縄文土器となった
機能性に付加価値を加えたのである。それが芸術だともなる
何でも最初は機能性を追求する、茶の湯でもそうである。茶碗はただお茶を飲むものでしかなかった、それが茶の湯に発展したのである。
それが人間的なことであり文化なのである。

つまりこれだけ物があふれると物としての道具としての機能性より付加価値があるものが求められる、なぜなら機能的な面は今度は機械化され自動化されるからである。
でもそうしても駅でメカニカルなものとヒューマンなものとして分けて見た
いくら機械化しても自動化してもそこにヒューマンなものが必要になる
そこに価値が生まれる、機械化すれば自動化すれば余計にヒューマンなものが価値が出てくる、ロボットには愛などは生まれようがない、ただ高度な知性は備えるようになる
でもヒューマンなものは必ず求められる、それが付加価値になる

要するに今は物があふれているから物だけ売っても売れない、そこに何でも付加価値が必要になる、それは芸術的なものとなる場合もあるしその他人間的なものとしてあることの価値が高まる、もてなしというときとても機械だけでロボットにはできないのである。
機械にロボットにできても人間にしかできないことがありその価値が高まるのである。

情報化時代というときこれも付加価値なのである。情報といっても無限である。
それがインターネットでキーワードでひけるとき情報の付加価値が生まれる
本の弱点はキーワードで関連したものを引用できないことなのだ。
情報のデーターベース化が必要になる、それは確かに個人的にもできるようになってはいる、蔵書もデーターベース化できる、だから知的な環境として自宅に図書館をもっていることにもなる、図書館は何か調べるのにもめんどうなのである。だから図書館に行かなくなったのである。図書館も飼料でもデーターベース化すれば調べやすいのである。

もう一つは物語性というのも価値がでてくる、例えばヨーロッパの修道院で作られた菓子が売っているというときそこで修道院のシスターが丹念に作ったものとして歴史を偲ぶのである。そういうことは日本でもある。その菓子は中世とかなると貧しいから貴重なものだった。そういう物語性はむずかしい歴史書を読むとういのではなく誰でも感じることができる、庶民的なものにもあるからだ、確か北海道のトラピスト修道院の菓子とかあるがヨーロッパだと中世からはじまっているからもし旅をしてその菓子を味わうとき歴史を偲ぶことができる、その中世の街にあってこそその菓子を食べたとき本当の価値を知るのである。
ただ自分はヨーロッパを旅してもそういうことはできなかった、旅はなかなかそういうことを知ることがむずかしいのである。
その土地の表面的なものだけを見て終わっているのである。

最近駅に興味をもってお茶の水という駅があり地名の由来を知るとなるほどなと思った。もともとは寺があり江戸城で殿様がその寺の井戸の水で茶の湯のために使ったことがその地名の起こりである。
するとそこから江戸時代が偲ばれる、水道の水ではない、井戸の水を使っていた。
そして茶の湯をたしなんでいたのである。その時江戸時代の感覚だと悠長な時間があった騒々しい時代ではない、ゆったりとして茶の湯をたしなんでいたのである。
その感覚はあまりにも今とはかけはなれいるから余計にそう思う
お茶の水駅でもそこは騒々しいとても茶の湯をイメージする場では今はないからだ。
でもその物語を知るとき江戸時代はまるで違ったものとしてあったのである。

殿様の茶の湯たしなむ江戸の町静かなる時のかつてありしも

江戸にはそういう悠長な時間があったとなる、それを偲ぶ物語があり付加価値が生まれるのである。




posted by 老鶯 at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会問題の部

2017年06月16日

冬の貴婦人(詩) 死者はどこにいるのか?


冬の貴婦人(詩)

死者はどこにいるのか?


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夏蝋梅の広い葉陰に
ひっそりと冬の貴婦人
石によりそいもの言わず
あるとしもなく
患いもなく咲いている
それは母のようでもある
おとなしい静かな女
死んだけどまだいるような
その花のように
自分を見ているような
死んだ人はどこにいるのか
その長く親しんだ所に
まだ愛着を覚えているのかも
ならばここに安らかに眠るがよし
我もここにありしも
姉もまたここにあるがよし
争わずにこの家にあるがよし
今望むことは患いなきこと
ひっそりとして誰にも迷惑かけず
患わせずあること
それが幸いなりしを知る
夏蝋梅の花に
蜂が一匹ささやき去りぬ


人間は外部の環境でも日々変わっている、この辺は特に変わりすぎた、信じられない変わり方だった、津浪原発事故で田んぼが草原になったり環境自体がありえないように変わってしまった。
そういうとりまく環境も変わるが人間の心の内部も心境は実際は日々変わっている
介護をしているとき、十年だから長かった、でも死んでみるとまた違ってくるし死者への思いは時間がたつごとにまた変わってきているのだ。

なかなか最初は死者を死んだ人として受け入れられない、それは人によって家族環境によって違う、いつまでも死者のことを忘れずに思っている人はいるし忘れる人もいるからだ死者は骨となり灰となり消える、では一体どこにいったのだろうとなる
墓にいるのかとなるとそれもわからない、ただ一応墓にいるとしてお参りしているのである。

死者はだから花の咲く庭にいるとかにもなる、母はおとなしい内向きの性格だった
だから冬の貴婦人にふさわしいとなる、何かこの花は目立たない、でもいつまでも咲いていることに気づいたのだ、それで百歳まで生きた母にふさわしいと思ったのである。

自分の家族は複雑だった、だから母というとき何か普通の母とは自分にはならない
でも何か不思議なのはその方が自分には良かったのである。
母を嫌う子供がいるとき母のエゴがむきだしになるからである。
自分の母が一人だったらそうなった、でももう一人姉がいたのでそうはならなかったのである。だから母といっても普通の母ではないのである。

ただどうしても女性はその嫁ぎ先が家になるのではないか?嫁という字がそれを物語っている、実家を出たら他人の家が家になる、それでも「女は三界に家なし」とは

「三界」は、過去・現在・未来の三世のことをいい、女はそのどこにも安住の場はない、という意味です。

三界で三千世界とも云うこと、それは広い世界を意味し、この世の別名だと云うこと…。また、女にとって生まれ育った家は自分の家ではなく、嫁いだ処が家になる

これは時系列ではなく場所のことだろう。この広い世界に安住となる家がないということである。

だからまた嫁ぎ先の墓に入りたくないという人も多く夫が死んだら婚姻を解消して親戚とも縁を切り嫁ぎ先の墓には入らない、それが果して女性として幸福だったのだろうか?
今さら実家の墓に入るというのも時間がたったし別になっているのだから納得できない
そもそもまた実家で受け入れてくれるだろうか?
女三界に家なしとは嫁ぎ先にもなければもう実家にもないのではないか?

よくスピリチャアル関係では人が死んだらどうなっているかを言う、それはあくまでもイメージの世界でカルタシスのように作り出した世界なのである。
だからこれを信仰ととりちがえるのは良くない、それは勝手に死者をイメージしてなぐさめているのである。
死んで天国に行くとしても天国はそういう場所ではないからだ。

ただ人間は何か死者が何なのかいうとき死者とか語るというときそうなりやすい、自然の事物にも死者が投影されるのである。
だから葉山信仰では死んだ祖先は山に眠り春には田植えの時は里におりてくるというのもそうである。
死者が自然の中に生きているということで死者は死なずその土地に継続して生きる
つまりこの信仰は稲作かあって成り立つことでありそれは土地と密接に結びついて成り立っていたのである。土地から離れてはありえない信仰だったのである。
大和魂などというときも日本国という土着した魂のことである。
それは国土から離れてありえないのである。
一神教は砂漠から生まれたというときそうしたことはない、土地と離れてある信仰だからである。天に本当のホームがある信仰だからである。
地上では遊牧民のように家をもたないのである。

それはそれで死者を想うことでも人は年月がたつにうちに心境が変わってくるのだ。
だからプログというのはそうした環境の変化とか心境の変化を日々伝えることに向いている、一冊の本ではそういうことはない、あとからまとめて書くということになるからだ。日々変わることを伝えることに向いている、なぜなら環境でも心境でも日々変わっているからである。

死者でも二年目三年目とか5年目とか十年目とかで死者に対する思いは変わる
それで仏教では何回忌として供養したのである。
それで供養して金をとるというシステムを作ったのである。
ただそれも人間は死者を忘れられないということがあったからである。
先祖崇拝はそれで世界的に起きた最も古い信仰にもなる
でもその信仰とは本当の信仰は別なのである。

死者はどこにいるのか?それはやはり愛する人のもとにいるのではないか?
死者を想う人がいればその人の元にまだいる、そうなるのが自然だともなる
だから死者でも無縁仏とかなると誰も想う人がいないとなる
でも結局はみんな最後は無縁仏なのである。
子供でもやがては親が死んでも日常の生活に負われて忘れるからである。
ただそれでもなかなか忘れない人はいるから個々人によって違う
自分は特別な事情があって親を思っているのである。

ともかく死者も美化されやすい、生きていれば嫌な面があり一緒にもいたくないということが夫婦でも家族でもあった、死ぬとそうした嫌なことをなくなるから美化されやすいのである。
ただ死者がどこにいるかとなると墓にいるというよりは長く暮らした家の方にまだいるともなる、なぜなら家での暮らしが長いからである。
だから死んでも愛着をもっていることは確かなのである。

私は死んだ母親の遺影を飾っていますが、毎日話しかけている。
そうすると、そこに母親がいるのがわかる。

「その人がいる」と想い続ける限り、
 その人は「存在」し続けます。

これは単純だけど死者に対してどう対処するか簡潔に示している
死んでもその人を思っていればいるが想わなくなればいないのである。
それは死者に限らない、生きていてもその人を想わなければその人はすでに死んでいる、いないと同じなのである。
今生きていてもそうである。もしその人を憎むとしてもその人はいる
憎むということはその人にこだわっている、愛の反面なのである。
人は無関心になればその人は死んでいるいないのである。
生きていても死んでいるのである。

その人の逝きしもなおも面影の浮かびて見ゆる我が家にありて

どこに死者の面影が浮かんでくるかというとどうしても女性の場合は家になる
家が長く住んだ場所だからである。だから家がなくなることは死者も思いなくなるということがある。それが原発事故で故郷や家が消失したことの大きな精神的損害だったともなる

鉄道や駅を維持するのは容易ではない (鉄道は公共性が高く自治体もかかわり維持すべき)


鉄道や駅を維持するのは容易ではない

(鉄道は公共性が高く自治体もかかわり維持すべき)


車両だけでも数億円単位(費用の回収に1年数万円落とす定期利用客が1万人必要という計算にすらなってしまう)、しかもそれは導入費用だけであって、車両の整備にもお金がかかります。当然、電気設備にも費用がかかるし、安全対策なんかはなおさらお金が必要

地方鉄道の復活のためのシナリオ

(国、地方の適切な関与)

これなどに簡潔に問題点をまとめてある。
自分が駅のボランティアして感じたことである。
鉄道はその設備でも駅舎でも老朽化している
鹿島駅のトタンをとりかえるだけでも相当な費用がかかる
そして毎日誰かがJRの職員か委託会社の人が来ている
線路を点検したり建物を見ていたりする
ホームでも長いし広いから整備が必要になる
雪が降るところでは雪かきが仕事になる

そして駅は鉄道会社だけのものではないし運営もできない
公共的なものとして鉄道と駅はある
JRで作ったトイレは最新式のものであるがそれを利用しているのは
農協の葬祭事業をしている人たちであり他にもトイレだけを利用する人が車で来ている
ところがそのトイレの掃除は障害者団体のあさがおがこの辺では担当している
それはJRで費用を負担しているのである。
ここに障害者がかかわっているというのは福祉でもあるとなる
なぜなら盲人が一人通勤している、その手助けもしたがそれも福祉である。

昨日は小学生が駅を先生に連れられて見にきた、野外学習である。子供たちにしても駅はなじみがなくなっている、
親と車に乗るのが多いからである。
でも鹿島駅では必ず孫を迎えに駅に来る祖父母がいる
駅前広場は小学生とか中学生でも高校生でも通学があり世代を越えてまた外部の人も行き来する場なのである。
駅は外部から来る者にとっては街の玄関になるのだ
駅にかかわって思ったことはそこは今の社会は老人は老人しか集まらない
パークゴルフ場でもそうである。子供は子供で学校という場で子供と先生としか交わらない、そういう社会にずっとなっている
でも駅はいろいろな人が世代を越えて交わる、外部とも交わる場だいうことを認識した
これは一つの発見だった

鉄道は鉄道だけとして切り離せないインフラである。公共性が高いのである。
だから近くの区の人が掃除したり花を植えたりしているのである。
ただ鉄道はもともと国鉄であり国が管理していたから地方自治体ではかかわっていなかったという、財政的にも優遇したりもしない、となると公共的なものとして維持できないから地方自治体もかかわり維持しようとしないと維持できなくなる
それは駅の区の人がかかわっていることでもわかる
鉄道は鉄道会社でJRだけで運営するものではないその土地の人もかかわり運営しなければ維持できないものである。そうししないと廃止に追い込まれる

それがわかるのはトイレのことである。そのトイレは農協の人も利用しているし外部の人も利用しているし車で来る人も利用している、それはたいしたことではないようでも実際は公園のように市で運営にかかわるものになっている、それを肩代わりしているのがJRだとなるからだ。それを全部JRに負担させるのはやがては採算がとれないと廃止に追い込まれることにもなる
駅に対して市町村でもそうした自覚をもっている人は少ないだろう
なぜなら電車の乗り方さえわからなくなっている人が多いからである。
何でも結局利用されないものは廃れる、ただ鉄道や駅が公共的な役割があるときあらしめるときもっと駅や鉄道について関心をもち利用することを考えねばならない

そういう自分も鉄道は利用しない、なぜか?駅からのアクセスが悪いからなのだ
駅から目的地に行くとなると足がないからだ
それで高校生でも他の人も家から車で迎えに来るのである。
車の便利さは目的地から目的地まで直通できるこなのである。
電車はそれができない、駅まで駅についてまたそこから目的地に行くまで時間と労力がかかるのである。それが最大の問題なのである。

この辺は仙台との行き来がもともとありまた常磐線が開通してからは3倍に増えたというときそれだけ外部の人がまだ来たりものめずらしがあり来る人もあり増えた
ただ以前として鉄道が現代にそぐわないものとなっているから経営的に苦しい
でも駅にいると駅は鉄道は街と一体化したインフラだから駅を中心に街作りをすることが望まれるというのは実感である。
常磐線はいわき市まで通じないと復興にはならない、それは後2年くらいかかる
常磐線は廃止にはならないだろう。阿武隈急行などはもう維持できない状態になっている鉄道の旅が長いから鉄道には関心がある、バスの旅には旅情がない、バスは鉄道は根本的に違った乗り物なのである。

鉄道はすでに歴史が長く文化なのである。ただ移動する手段ではない、バスは移動する手段である。鉄道は地域の文化でもあり国の文化ともなっていたのが大きな相違なのである
文化というとき田んぼがただ米を作る食料として見ているが原発事故で荒地になり蛙が鳴かなくなったとき生態系にも影響したように田んぼは長い歴史の中で文化になっていて心に影響していたのである。
景観も長い歴史の中で文化として形成されてきたのである。だから田んぼがない田舎が田舎なのかという疑問になったのである。
文化になるときただ腹を満たすだけの食料ではないしただ移動する乗り物でもない
文化は心に深くかかわるものとして人間的独自のものとして形成された
茶の湯だってもともとはただ茶を飲む、喉をうるおす、水分をとるというものだったが文化に発展させたのが人間だったのである。
だから文化というとき鉄道がなくなることは単に移動する手段だけがなくなったというだけにとどまらない影響がある。
何か大きな喪失感が残るのはそのためである。

posted by 老鶯 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の鹿島駅(常磐線)