2018年04月25日

禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し (悪いことは良いこととなり良いことも悪くなる)


禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し

(悪いことは良いこととなり良いことも悪くなる)

災いと福とは、縄をより合わせたように入れかわり変転する。吉凶は糾える縄の如し。

人間でもこういうことは人生をふりかえればみんな感じている
苦があれば楽があるというのもそうである。
みんな金持ちに生まれていいとか美人に生まれていいとかうらやましがる
ではそれがすべて人間にとっていいものに働くかとなるならない
金持ちの家に生まれた人がみんな幸福なのか?
金持ちには金持ちの悩みがあり金を持っていることで災いをもたらされる
だから貧乏の方がいいというのではなく金持ちをうらやんでも金持ちがすべていいとはならないのである。

では貧乏がいいのかというとそうではないが貧乏でもそこにいいものがあるということはいえる,貧乏のどこがいいのかとなると反論はあるし普通は認めない
あまりにも金持ちの家に育ったら贅沢を覚えてしまうから節約などできなくなる
金持ちのお嬢さんと結婚したら夫は贅沢をさせてやらないと満足しないとなるからかえっていいものじゃないともなる

金持ちの家では介護になっても子供は直接介護などしたりしない,金があるから施設でめんどうみてもらうとなる,でも貧乏な家でも介護となれば困るが子供は苦労して育ててくれたからと親を直接めんどうみるということはある
だから何か良く働くかわからないのである。
いいと思ったことは悪いことになり悪いと思ったことがいい方面に働くことはいくらでもある
だたら禍福はあざなえる縄のごとしとなる

人間個々人を見ても多様な人がいる,みんな不満が多い,頭が悪いとか体力がないとか不細工だとか不満が多い,でも人間は何かしらいいところがあるし悪い所もある
何か人間には神がいいものを与えてくれのかもしれない
頭が悪いとしても体力があるとかあり女性なら不細工でも何か女性でも力があるとかで力仕事ができるとかある,ある人はコミニケーション能力が非常に高いのには感心する
なにか金をねだるのだがその説明が納得いくものでありうまいのである。
あんなふうにして頼めることが不細工でも何か良くされることがある
美人は何もしないでも良くされるがそれでも苦しい時があり美人だからといって何もできない人もいる,頼むこともできない人もいる
それも能力だなとつくづく思う,金持ちのお嬢さんに育ったら苦しいとき頼むこともできないのである。
それで地主が金持ちだった女性の兄弟が餓死したという事件があったのもわかる
金持ちの家に育ち処世術をもち得なかったのである。

いいと思われていたことは悪くなり悪いと思われたことはいいことにもなる
人間には何か絶対的にいいということはないのである。
いい面と悪い面が交互に来るというのは確かである。
自分は家族に恵まれたが最後は認知症などの介護でさんざんな目にあった
これも良くしてもらったからこそまたそれで苦しめられたもなるのだ
何か人間関係でもいいことだけはない,必ず悪いことも引き受けることになる
夫婦でもそうだろう,良くしてもらっていたら介護になったらひどい目にあう
子供でも親に良くしてもらったら今は必ず介護をさせられる時代だからである。
親孝行したいとき親はなしの時代ではない,長寿時代は必ず親の介護をしなければならないのである。

ともかく人間の運命は生まれつきで決められたわけではない,確かに兄弟でも差があった同じ兄弟でも一人は大学まで出された,それも別に能力があるわけではなかった
ただ金があったので三流大学に入り遊んでいただけだとなる
一方は中卒で集団就職の時代でありその差も大きかった
しかしそのことで恨んでもどうにもならない,そういう運命を呪ってもどうにもならない別に東京に集団就職してその後どうなったのか,それなりに自立して生活をしていて家族をもっている人も普通にいる

今は大学を出ても文系の三流大学では高卒の方がいいし高卒に使われる時代だとなっている,だから学歴でもそうである。それが幸福を決める訳ではないのである。
だから人間は悪いことばかりに目を向けていないで悪いところにもいいことがあるということに目を向ける必要がある

そもそも世界中の国でも地域でも見ればわかる,必ずいい面と悪い面がある
日本という国土は狭いが海の幸に恵まれているとか狭いながら工夫して稲作して食べる工夫をしたとか島国でも良い点があり活かしてきたのが歴史である。
それはどこの国でもそうである。砂漠でなにもないと思ったら石油が与えられていたとか何か神は公平なのである。公平でないと思うのはやはりそう思う人間側に問題がある
悪いことばかり見ているのである。
その悪いことばかり見ていたらもういいこともなくなる

例えばこの辺で原発事故とかで悲惨な状態になった,それはみんな悪いことだとなる
でもいいこともあった,原発事故なら多額の補償金をもらったとかある
そのいいことと思っていた欲しいう補償金でもそれがまた悪いものとして働き市町村は分断されたとかある
つまりここでも補償金は個々人にとって家族にとっていいことなのだが逆にそれによって市町村も家族もばらばらになったとかあり復興もできなくさせているとういことがある
補償金もらえばいいし復興など関係ないともなっているからである。
それも補償金が必ずしもいい面だけには作用しなかったからである。

原発事故で避難区域になったところは住めない状態になった
でもそこでさえいいものがあるかもしれない,それが発見されていないのかもしれない
どんな悪い状態でもいいことがありそれが見いだされていないとういこともある
つまり避難区域などでは何もなくなったとか悪い面だけを見ているからである。
ただ何かいいことがあるのか?
それは言えるがやはり悪いことにもいいことはありうる
ボランティアが来てくれたとかいろいろ援助があったとか何かある
ただ悪い面だけを見ている取り上げるから悪いことしかないともなる

ただ人が住まなくなって町や村を見直すということはあった
様々な外部の人がかかわり援助もあった,そして何が大事なものだったのか再認識したこともあった,いい方面に目を向ければそうである。
悪い方面に目を向ければもうみんな悪いことしかない,だからこんな所を出て行くしかないとなったのである。
もう絶望しかないとなったのである。それがわかるがそこでいい面を見いだしてゆく
そうでないととても復興などありえていからである。
こうなると悪いことばかり目につくし真っ暗な世界になる
そこにわずかの光を見いだすことでいい面を見いだす,そこに復興がありうる
そんなこと外部の人が言ってもどうにもなちらないというのも確かである。
だから自分は何も言いたくないとはなる

でも悪い事ばかり見える,そういう中でもいいことを見いだすことがなければとても人間は耐えられなくなる,生きていけなくなることも確かである。
介護十年で苦しんだが終わればこれにもいい面はあったなとか回想する
実際はこれまで書いてきたようにさんざんな目にあったのである。
その傷痕は簡単に消えないしトラウマになってしまったのである。
他人を信用できないとか他人が求めているのは金しかないとかである
ただ一番良くしてもらった自分だから家族に恩返しできて良かったとは回想するのである何かそれは事故の良心の満足となっているのである。

いづれにしろ人間は悪い方面ばかりを見ていたらもう生きているのも嫌になる
だからどんな悪いときでもいい面がありそれを追及することはある
そういうふうに人間はある,ただではシリアのような戦争にまきこまれたような国はどうなるのか,どこにそこにいい面があるのかともなる
そこには地獄しかないともなる,でもあれだけひどいめにあっているとういことはそこに何かいい面も将来的にあるのかもしれない,償いがあるのかもしれない
ただそこには悪いことしか見えない,それでもいい面を見いださないともう生きることさえできないだろう。

そういう深刻な問題はさておき平和な国でもやはりこういうことはある
良いことでも悪くなり悪いと見えても良いことがある
だから良いことを見いだしてゆくことが必要だとなる
ただ悪い方だけを見ていたら結局絶望しかないし自殺するようになるだろう。
お前は楽だからそんなこと言えるとかはある
でも他者をいくらうらやんでもどうにもならない,いいことにはつながらないのである。それは個々人の人生でもそうだし他の街はいいとかうらやんでもどうにもならない
いい面を見いだしてゆくほかないのである。
それが嫌なら結局他の街に住むしかないとなり若い人はこの辺では流出したとなる
そういうひういう人でありひきとめることはできない
でもそういう人達がではこれからいいことばかりなのかというとまたわからないのである困難の中にとどまった人達が今度は逆に称賛されていい方向に向かうこともありうるかもしれない,将来のことは人間にはわからないのである。
だから禍福はあざなえる縄のごとしとなるのである

2018年04月24日

鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい (鹿島は震災以後かえって良くなった)


鹿島区にできた「コバケン」の料理はいい

(鹿島は震災以後かえって良くなった)

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20席くらいあって座敷席もある

待つ時間が長いが料理はいい,昼間は問題である

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和彩   和の彩(いろどり)とある

和式の料理店である

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コバケンが六号線のダイユーの向かいにできた,今日はじめて入って焼き魚定食を注文した,これが活きがいいのでうまかった
魚定食は他では出していない,ブリの鎌焼きとかで結構食べる量があったし活きがいい
魚は活きがいいのがなんでもうまい,活きが悪くなるとどんなものでも味が落ちる
前は松川浦の石鰈を売りに来たのを食べていた
それは高かったからぜいたくだった,それを売りに来たのが小高の人だったのである。

魚定食はめんどうだから普通は出さない,自分は一人暮らしになって料理で一番困っていた,それで前はあつみで野菜料理が多いのでそこに通っていた
それも終わりになった,今度は仮設で一軒残っている食堂に週二回は行っている
そこでの定番は餃子定食(700円)とカレー(500円)である
ラーメンが主な店だが自分はラーメンは食べない

今度できた店はメニューが豊富である。まず焼き魚があることがいい,煮魚もある
これも日によって変わるという,だから魚を食べられることは貴重である。
定食で1000円は手頃である。実際に料理すると魚だけでも高いからである。

そしていいのは夜9時までやっていることである。この辺で夜までやっている食堂は一軒くらいである。それも飲み屋になる
あそこは酒も出しているがから9時までやっている
あれだけの食堂兼飲み屋ができたのは鹿島でははじめてである
中には20席くらいあり座敷も予約席としてある

ただ待つのが長かった,一時間近く待っていたのである。
昼間も行ったが一杯であり待つ時間が長くなる
それはやはりそれだけの時間をかけていい料理を出しているからだとわかった
長すぎると昼間とかなると困るだろう
昼間の休み時間が一時間としてそんなに待っていられないからである。

ともかく自分にとってはいいものだった,鹿島では食堂がレストランがない,ラーメン屋は二三軒ある,一軒は駅前にあるとしてもまずあのように多様なメニューはない
まず魚類はどこでも普通は出さないからである。
あそこでは飲み屋でもあるから魚類をつまみとして出しているのである。

ともかくあそこで天ぷら定食とかも1000円で出している,揚げたてが食べられる
スーパーで食べると揚げたてでなくなるからまずくなる
だからあそこには自分はこれから定期的に利用することになるだろう
ただあそこでも野菜だけは不足する,野菜を別に注文するようになると高くなる
1000円とまりでないと利用しにくい。

何か鹿島は震災以後かえって良くなったというのも不思議である。
小池にホテルができてそこでも食堂があり行っていたが今は行かない
今度で来たのは本格的な鹿島で唯一の料理屋だった
それも高いとは言えない,あれだったら原町とか相馬市からもくる
評判になるだろう,隣の席に座った人は原町の人だった
料理が良ければ原町でも相馬市からでも遠くからでも車だからくる
六号線沿いだから入りやすいからまたいいのである。

まず鹿島には原町でも相馬市からでも買い物には来ない,ただシシドスーバーに来た人はいた,それははじめの売り出しの頃だったろう
鹿島でも人は集められることがあの食堂ができたことでわかる
料理は誤魔化すことかできない,味はごまかせないからである。
だから評判になれば客がつく

つくづく小高のことをなんとかんとう自分が言ってきたけど肝心の自分がどうだとなれば小高には住みたくない,現実に70代の小高の人は小高に通っていたと思ったら小高には何もないから山下とか何か別な場所に通っていたのである。
今の世の中こうして便利な贅沢な時代である。
だからいくら金をもっていてもそうして便利なもの贅沢なものでも金があれば利用できる金があっても小高とか浪江とか避難区域では何のたしにもならないのである。

復興のことで自分はなんだかんだと言ったが誰も避難区域だったところには住みたくなくなることはわかる,いくら思い出があるとかいっても現実になると厳しい
第一車がない人は買い物もできないから住めないのである。

贅沢になれたらもう苦労はしたくない

これが人間の偽らざる現実である。
何か自分はかえって年とってから食べ物にこだわるようになった
それは健康のためもあるがうまいものが食べたいということが若いときよりある
若いときは腹を満たせばいいとなっていた
旅行してもほとんど金を使っていない,ありきたりのものしか食べていない
そういうことに金を使う余裕もなかったのである。
外国ではハンバーグを毎日食べていた,レストランは入りにくかったからである。
自分の目的は食べることではない旅行することだからそれでも良かった

今は食べることに気をつかう,やはり老人になると体が弱るから栄養をとらないとならないと思うからだろう,今は旅行しないし後は金を使うものがないということもある
食堂は近くにないと利用しにくい,車がないと余計にそうである。
食事しようかと30分もかかるようなところだと手間で行きにくいのである。
だから近くにないと利用しにくいのが相当にあるのだ

とにかく鹿島は前より良くなったというのも不思議である。
都会化してサービスするものが増えたのである。
一人暮らしだと実は都会の方が恵まれているのだ
そういうふうに何でもサービスするものがあるからである。

posted by 老鶯 at 20:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

AIが神になる日(松本徹三)を読んで (抽象画の創作からAIを考える)


AIが神になる日(松本徹三)を読んで

(抽象画の創作からAIを考える)

Read the day when AI becomes a god (Matsumoto Toruzo)

(Think of AI from creation of abstract painting)

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芸術の分野でもAIが影響してきている,具体的な例として自分がしている抽象画である。森の抽象画がなぜ大量にできるのか?
それはパソコンのソフトの作用で自動的に機械的にできるからである。
それはパターン化しているので大量にできる
その創作過程は人間がしているのではない,AIがしている,なぜならまずインターネット上にある無数の絵とか写真を基にして作っている
それがインターネット上では無限にあるから変化も無限になる
つまりコンピュターの強みはビッグデーターをもっていることにある
そのデーターから抽象画も無限に作り出されのである
色でも百の色があったらその組み合わせは膨大なものになる
それが可能にしているのがパソコンでありインターネットになる
データーが多いということは抽象画だけではない他の分野でも大きな力となる
ただ無限の知識でも人間は活用できないことに弱点がある

本だってせいぜいいくら読んでも理解できるのは千冊にも満たないし深く理解できるのは百冊だとか限界がある,そこでかえって膨大な知識を基に判断するAIが優れているとなる本でも何かのテーマがありそれについていろいろ語られる,一人一人でもその説明は違ったものになる,それで何かわかりやすい説明を読むと理解することがあるがそうした本とかデーターに出会うのがむずかしいのである。
なぜなら本でも膨大でありインターネットの情報も膨大だからである。
だからAIの有利な点はそうした膨大な情報を瞬時に検索できることである。

それは法律だと判例だとか医療の分野では膨大なレントゲン写真だとか症状だとかそれを瞬時に呼び出して検索して適切な判断をする,ビッグデーターがものを言うのである。
人間はその点で記憶することもわずかであり忘れるから劣るのである。
記憶の点では人間はAIが断然に優れているのだ
そもそも人間は自分がこれまで書いたもの創作したものでも忘れているのである。
こんなことを書いていたのと自分でプログなどを読み直して感心していることでもわかるだからこそプログの効用は忘れないように記録しているということにもある
でなければ自分の書いたことも忘れているからである。
コンピュターはそうして膨大な記録を忘れないのである。

ただ不思議なのは

AIは自ら作り出した創作品でも感動しない

抽象画をAIは作り出す,でも百作り出してもとれが芸術的なものなのか?
どれが優れているのか?それが見分けられないのである。
つまり感動しないのである。感動する能力がないのである。
これは何なのだろうとなる
千の抽象画を作ってもそれのどれを選んでいいかわからない
選ぶのは人間なのである。感動して選ぶのは人間なのである。
ただ抽象画自体がわかりにくいから人間だって感動しない人はいる
芸術そのものが感動する鑑賞することがむずかしいものだからである。
抽象画が具象画と違って評価しにくいのである。

ここではAIは人間の道具でありその道具を使って人間が創作している,ただ選択するということでもそうである。これがいいなと一つを選ぶのは人間である。
AIにはそれができない,ただ千の抽象画を瞬時に作り出すがではその中でこれはいいというものを選ぶことはできないのである。
なぜならAIは感動しないからである。

芸術の分野でもAIが利用されるしすでにされている,コンピュターが作り出している
でも森の抽象画を例にとればAIは森がどういうものか理解できるのか?
森が自然の中で意味するものが何なのか理解できるのか?
それが理解できないから感動もしないし芸術の鑑賞もできない
あくまでも人間が創作する道具になる

ただ音楽の分野でもAIが作曲することはあるだろう,なぜなら抽象画と同じく音の配分で音楽ができるからそれをAIは膨大に産み出すからである。
その中から偶然に人間が聞いてこれはいいとなれば感動すればそれで作曲したことになるそれはむずかしい音符などいらなくなる,すぐれた曲の変奏曲がいいくらでもできる
森の抽象画もそうした変奏曲であった
でもいくらそうしてAIが作曲したとしても感動して選ぶのは人間だとなる

ともかくARTは技術の意味だからコンピュターによりAIにより新たなものとして創作されることは確かである。
翻訳の分野でもすでに実用化している,ここでもすでに英語の先生になっているからだ
英語をいくら勉強しても日本語から英語に翻訳することは一番むずかしいがAIはすでにそれを実現しているのだ
英語の先生は語学の先生はAIになっているのだ,他でも先生がAIになることが増えてくるただ翻訳となると詩の翻訳は無理である。
でも骨格は翻訳できているからそれを手直しすることはできる
現実に翻訳家がすでにAIをそうして利用しているのである。


It is an abstract picture that I am doing as a concrete example that AI is affecting also in the field of art. Why can the abstract painting of the forest be mass-produced?
That is because it can be done mechanically automatically by the action of the software of the personal computer.
It can be mass-produced as it is patterned
Its creation process is not done by humans, AI is doing, because it is based on countless pictures and photographs on the Internet
Since it is infinite on the Internet, the change becomes infinite
That is, the strength of computer is to have big data
From that data abstract paintings are produced indefinitely
If there are hundreds of colors in color, the combination will be huge
It is PC and internet that makes it possible
The fact that there are many data becomes a big force in other fields not only abstract painting
There is a weak point in that human beings can not utilize even infinite knowledge

What's mysterious

AI is not impressed even by the creation product that he created by himself

AI creates abstract paintings, but is it one hundred, is it an artistic thing?
Which is superior? It can not be distinguished.
It is not impressed. There is no ability to be moved.
What will this be?
I do not know which one of them to choose even if I make a thousand abstract paintings
It is human beings to choose. It is human being to be impressed.
There are people who are not impressed because human abstract painting itself is difficult to understand
It is difficult to appreciate the art itself is impressed.
Abstract paintings are difficult to evaluate unlike concrete paintings.

Here, AI is a tool of man and it is so that it is just selecting it, which human beings create using the tool. It is human that chooses one if this is nice.
AI can not do it, but it instantly produces a thousand abstract paintings, but in that we can not choose something that is nice.
Because AI is not impressed.

Also in the field of art, AI is being used and already being done, the computer is producing
But taking the abstract painting of the forest as an example AI can understand what the forest is like?
Can you figure out what the forest means in nature?
I can not understand it, so I am not moved or I can not appreciate art
It becomes a tool which the human being creates to the last

Just in the field of music, AI will probably compose music, because AI can produce music vastly because it can make music with the allocation of sound as with abstract paintings.
It accidentally told by human beings that this is good If you are impressed it will be composed by that, it will not be necessary for difficult notes, no matter how many variations of excellent songs can be made
Abstract painting of the forest was also such a variation
But how much it will be to choose human beings when you do so by AI even if you compose it

In any case ART is a technical meaning, so it is certain that it will be created as new by AI by computer.
It has already been put into practical use in the field of translation, as it is already here as an English teacher
Even though you study English, it is most difficult to translate from Japanese to English, but AI has already realized it
English teacher is a language teacher is AI, the fact that the teacher becomes AI is increasing even if it is just translation The translation of poetry is impossible.
But since the framework  can be translated it can be reworked
In fact the translator already uses AI so.






タグ:AIと抽象画

2018年04月23日

強引な営業マンは客に逃げられる? (人の話を聞かずに銀行側の利益だけを考えていた)


強引な営業マンは客に逃げられる?

(人の話を聞かずに銀行側の利益だけを考えていた)

人間関係から生まれる成功と失敗


投資は分散だという方針は間違っていなかった,それでカナダの国債を買って,USリートを買った,カナダの国債は石油が安くなりすぎて損した
為替差益が大きいのも失敗だった,それが重なって失敗した
次にUSリートはもうかっていたがトータルするとそうでもなかった
自分は何か投資を知らないから定期的に利子のように配分されるのかと思っていたのである。これが最大の誤算だった
ただ分散投資するということでは間違っていなかったのである。

一番の失敗はリーマショック前からもっていた株である。それが元の値段にもどり上がっているときその株を売って投資信託に回したことである。
今度は為替差益がないということでJリートに回した
ところがその後株はどんどん上がっていったのである
自分はその時株はそのままにした方がいいのではないかと内心思っていたが
銀行の営業の人が強引に投資信託にその株を売り回したのである。
その理由が今になるとわかる

投資信託は銀行側にとってもうかる

営業する側にとってノルマがありそのためにすすめる

自分はその時銀行は金融のプロだからとまかせたのである。
それも間違いだった,銀行は投資に関して株とかに関しても素人ととたいしてかわりないのである。

要するに分散投資する方針は間違っていなかった,だから株と投資信託とか国債に分散投資していればよかった,株は売る必要なかったのである。
それを自分は株を売るときとうかなと言おうとしたが強引に投資信託に回した
その投資信託はもうかっていないのである。損しているのである。

だから銀行の言いなりになって投資信託をするべきではない
投資信託は銀行側にとっていいものでも客にとってはそうではなかったのである。

まずなぜこうなったのかというとき銀行が今や追い詰められているからである。
それでスルガ銀行のように悪徳な金貸しにもなっている,犯罪にもなる
地銀は追い詰められている,マイナス金利でもそうである。
こうして追い詰められた個人でも会社でも危険なものになる
余裕がないからである。余裕をもって相談にのれない
まず余裕がない人は相談にのること自体できないのである。

自分が介護で必死になっているとき事業で失敗したからと借金にきてどうだこうだとなってもそんな余裕がこっちにはない、でもそういうとき借金をしやすいとなる
脅迫のようになり弱みをもっているからである
自分の所に来た人はそんな余裕のない追い詰められた人だけだったとういことである。
ある人は泥棒であり大金を失ったとかなる

ただ銀行もまさか追い詰められて詐欺的な投資信託を売りつけるものだとは思っていなかったのである。
人間は追い詰められれば善悪もない,今腹へって食べるものがなくなればわずかの金でも殺してでも得ようとする,だからそういう追い詰められた人と会ったら最悪だったとなるだから下手にそういう人を招き入れることは怖いことになる
格差社会でも追い詰められる人間が増えてくれば治安も悪くなるのである。

余裕がないというとき野球でも必ずボールが増えてカウントが悪くなると追い詰められるとどうしてもストライクを投げざるをえなくなり打たれる割合が高くなる
逆に打つ方でもストライクが先攻されると追い詰められてボールで打たざるを得なくなるのである。余裕をもって対処できなくなり負けることになる
結局人間余裕がないということはすでにそこで敗北に向かっているのである。
まず余裕がない人に相談をしてもなにもできない,それは金銭的だけではない,問題をかかえて苦しんでいる人に相談しても何もできないからだ

ただ銀行がまさかそういう窮地にあるとは思わなかったのである。
もう銀行は金の出し入れでも使用しなくなりスマホとかの決済になると余計に銀行の役割がなくなる,銀行は投資先もなくスルガ銀行のように消費者金融のようにもなる
それも追い詰められているからである。
だから投資の相談などすべきではない
すすめられるのは銀行にとって絶対に損しないもうけになる投資信託をすすめるからである。これは確実に手数料がとれる,銀行は何をすすめようと損はしないものなのである。だから銀行は今は客のことを余裕がないから客のために何かをしてやることなどできない客からいかにして金を巻き上げるということしか頭にないのである。
営業の人はノルマを課せられているから余計にそうなる
ノルマを課せられと余裕がないから自分の利益だけしか考えられないからである

ただ別に投資がすべて悪いとはならない,客のためにしている人もいる,それは特別な金持ちができることであり銀行などはしてくれないのである。
友各銀行は今や窮地にたたされて危険なものとなっている
特に地銀が苦しい立場に追い込まれている,それで福島銀行と大東銀行が合併するということも言われるのもそうである。
ただこれも両者ともクラスとして下位になるから合併のメリットは少ないというのもわかる

営業の人が直接くるということで考えたことはやはり人に直接接することはインターネットとかでやりとりするのとは違う,営業の人が若い人だから将来銀行にこのまま勤めていいのか,こんな銀行でいいのかとか心配する
何かどうしても対面的になると人間的情が生まれる
それで頼まれて嫌々ながら営業の人に応じたというのもわかる
だからこそ本当は営業の人はその頼む人に対しても情をもつことが必要になる
ただもうければいいということだと人間と人間の関係はもうありえないからだ

つまり人間と人間のやりとりとなると簡単にはいかない,強引な人が押しの強い人がいいとはならないと思った,そういうことの方が営業に向いているとされるが必ずしもそうではない,つまり本当は相手のことを考え相手の言い分を聞く相手のことを思いやるということが基本にあり自分だけ会社だけが良ければいいではな商売にならないだろう
それは病人に接する医者であれ看護師と同じである。
ただ自分のもうかることを利益なることを売りつけるだけなら押し売りと変わりないのである。
それでも人間は追い詰められたらそうなる,売れなければ力づでも売りつけてやろうとなってしまうのである。
営業で成功している人はそうした強引な人ではなく人間の機微に通じている人かもしれない,それは若い人では無理だろう
ともかく人間が直接やりとりするとなるとそこには複雑な問題がありただ強引な手法だけではだめだと思った
銀行がノルマを営業の人に課するとそうなりやすい,カルト宗教団体でもノルマを課して会員獲得して一票を獲得するために一軒一軒回って歩く
それが押しつけになり嫌われるのである。

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政経東北3月号


地域のコンサルタントであれとここで指摘している
地銀とは地域の経営者の相談にのり地域を活性化する,それが本来の役目だとしている
だから投資信託などを中心にして収益を上げるのは邪道なのである。
一時的にはいいとしても自分のように銀行に不信感をいだき信用しなくなる
銀行から金を引き上げるという人もでてくる
地銀とあるごとく地銀は地域密着型であり地域と一体化してある
それは地域の人ととも一体なのである。
東京の証券会社はグローバルに展開しているから違う,でも地銀はそうういうものではない、その設立の動機も頼母子講とか身近な人達の助け合いから資金を出し合ったことではじまっているからである。


posted by 老鶯 at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2018年04月22日

水田の効用は米がとれるだけではない (風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の効用は米がとれるだけではない

(風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の役割はイネを育てることだけではない、日本各地に無数にある水田はダムの三倍もの貯水能力を持っている
森林につぐ第二のダムなのである。

水田に貯えられた大量の水は洪水を防ぐばかりでなく、土壌を保温することによって例外を防ぐ効果もある
微生物の活動を促進し,土の生命を守る
・・・他の作物と比べて非常に連作性が強いのが特徴である。
(農に還る時代-小島慶三)

この本でも指摘しているのは水田の効用である。自分は景観から田んぼを見ていた,でも水田は自然環境と融合したものであり様々な効用がある
水田というとき米というとき米を買う人は米を食料としてしか見ていない
だから米が高いとか安いとかうまいとかしか見ていないのである。
それは田舎に住んでいてもそうである。
ただこの辺では津浪とか原発事故で田んぼが荒地化したとき景観が変わったので自分も田んぼとはなんなのだろうと見た
田んぼは別に田舎で普通にある景色だからである。それがなくなったということが信じられないことだったのである。
田んぼは自然景観の一部のように見ていたからである。

俳句の季語で春田というとき春になって田になる前の状態である。
でも田んぼが荒地化したらそうはならない,そこは田んぼにならないからである。
田植えもしないしただ荒地になっているだけである。春田とあればこれから田んぼになるものとして生活感覚で春田となっていたのである。
俳句となると何か実際の生活と離れたような鑑賞するだけのもののように見えるがそもそもそうした稲作とかと深く結びついて生まれてきているのである。
だから芸術が実際の生活から離れてありえないのである。

「げんげ田」で春。「春田(はるた)」に分類。昔の田植え前の田圃には、一面に「げんげ(紫雲英)」を咲かせたものだった。鋤き込んで、肥料にするためである。いつしか見られなくなったのは、もっと効率の良い肥料が開発されたためだろう

この本でそうした農についてその重要性を指摘している,水田は保水能力、第二のダムというのもそうである。
これも意識しないがもし回りに水田がないと乾いた大地だけのもの,畑だけになるどうなるのか?
土があたためられて熱くならないか?水田は水だから空気を冷やすことになる
例えば海側だと夏は海の影響で涼しい,盆地になると福島市のように異常に夏は暑くなるのである。でも水田があると水で冷やす効果があるとなる
土壌を保温することそうである,畑は農作物は土地の温度に敏感なのである。
土の温度によって生育が作用されるのである。

そして連作できるというのがやはり稲作の水田の大きな強みである。
なぜなら麦とか畑を作ることはヨーロッパなどで連作できない,土の栄養分が維持できないから連作できない

農業には連作障害というものがあります。
同じ土地で、同じ作物を作り続けると作物の生育がだんだん
悪くなっていくという現象です。
これは別にヨーロッパだけでなく、世界のどこで農業を行っても
起きる現象です。
(現在の日本でもです)
そのために、一部の土地を休ませて地力を回復させようというのが
三圃制のポイントです。

今は化学肥料があるからしていないとここでは書いてある

日本の米文化は特殊
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牧畜は乳をミルクを利用する,そこからバターとかとる,そして麦文化と牧畜は一体である。なぜなら麦はパンとして食べるしかないし牧畜で利用する乳とかバターとかが食文化になるからである。麦文化は米文化より古い,文明が起きたのは麦文化地帯である
エジプトもそうでありすでに麦からビールを作っていたからである。
広大な麦畑が大陸には見られる,土地が広いことが三圃制農業などを発展させた
稲作は土地集約型農業でありそれが日本では山が多く森林が多く保水能力があるから適していたのである。土地が狭くてもまずどんな山奥までも田んぼがある
こんなところにもあるのか,それは隠れるようにあるからわからないのである。
それで隠し田として税金逃れしていたということを実感する
つまり日本の地形が複雑でありそうして隠された場所があるからそうなる

そして麦文化牧畜文化と肉食文化も一体である。麦だけではまかないえない文化であり肉食が必然的に発達したのである。日本の特殊性は邪馬台国の時代から馬,牛,羊がいないとういことだった,だからタンパク質は魚からとっていたとなる
魚と菜の文化だったのである。そういう風土であり大陸的な荒々しさのない文化がはぐくまれたとなる
例えば馬を飼い馴らすのと田んぼで米をとるのとは人間の気質まで影響する
それは今でも海で魚をとる漁師と水田で米を育てる農民とでは気質が違うのとにている
漁師の性格は荒っぽくなるし一攫千金を目指す,大漁になればそうなるからだ
そういうことは日本では各地で見られるのである。

自分は風土から世界を見るということに興味をもっていた,風土に根ざす生活から人間をみる,世界をみる,ただこれも風土というと世界を見ないとわからないし大陸のことは日本ではわかりにくいのである。
多少海外旅行して理解することがあったがなかなか日本人には大陸のことが理解できないのである。風土は一年を経験しないとまたわからないのである。
冬と夏ではまるで違ったものとなるからである。
最初に文明が発達したのは麦文化と牧畜文化が発達した所でありそこから都市が生まれたのである。川の側だったというとき川にもいろいろ効用があり貿易もあって都市が生まれたのである。

この風土に適合してこそ人間の生活がありうるしそれを無視すると今回のような原発事故とかで自然環境が破壊されて住めなくなった
文明は自然環境の破壊からはじまっている,焼き畑農業でもそうである。農業の一番の問題は肥料だからである。肥料をどうするかということで森を焼き払って灰を肥料にして畑にしたからである。土の栄養がなくなるからヨーロッバでは三圃制農業になったのであるだかち土というのを注目していないけど土が文明を作っているというのもわかる

それでソーラーバネルとかでも必ず自然破壊になっている,まずソーラーパネルで光りさえぎられるからその下の土が死んでゆく,すると農業はできなくなる
ソーラーパネルでは住宅地の側にあるものがあり反射して熱くなる
森の中に作ると土壌が雨で流出するとかになる
だからこれも自然破壊でありいいものではない,ところがなぜいたるところにソーラーパネルが作られるのか?

それはグローバル経済のためだったのである。森の木材はグローバル経済で外材を利用するから無用となる,すると山の森をも荒れる,山をもっていても金にならない,役に立たないとなりソーラーパネルにして金にしようとなる,それはグローバル経済が影響してそうなっていたのである。
つまりグローバル経済はこうした国々の風土とかに育てられた文化を破壊するのである。地産地消ではないからだ,グローバル経済になったのは高度成長時代からである。
自分の子供時代は炭がエネルギーだったからである。まさにエネルギーも地産地消だったのである。もちろん木材もそうだった,それで橲原(じさばら)のキコリから自分の家の柱を使ったとか自慢していたのである。
高度成長からグローバル経済になったとき風土に根ざした生活が破壊されたのである。

ただ江戸時代でも東北地方で飢饉があったのはグローバル化経済とにた現象が起きていたのである。
伊達藩では伊達政宗が米を江戸に石巻とから船で運び売っていた,米が商品作物となり
地元の人が米を食べることができなくなっていたのである。
まず米を売ることを第一にしていたからである。

伊達藩では藩をあげて北上川水系の改修と湿地の新田開発に取り組み,江戸への産米輸送に力を注いでいました。当時,伊達藩では「買米制」という制度をつくり,お百姓さんが年貢を納めたあとの余った米をも藩が買い上げ江戸へ送っていたのです。このため米どころであってもお百姓さんは満足に米を食べることができませんでした。「百姓食物常々雑穀ヲ可用食之事」(米を食わず雑穀を食うべし)という「百姓法度」が出されるほどでした。

ご法度(はっと)から生まれたから法令でそうしたとなる,こういうことはグローバル経済で起きている,タイでは海老養殖して売るために地元では食べないとかなっているしコーヒーだけを作らせて安くなって地元では食料飢饉が起きたとかある
グローバル経済は何かこうして外国からいろいろなものが入ってきていいようでもその肝心の地元で暮らすのに必要なものが喪失する
それで森林でも木材が利用されなくり荒廃するのである。それは日本だけではない世界的に起きている現象なのである。
アメリカでは売るものがないから牛をもっと買いとかオレンジを買いとかなる
それはもともとあったその国々の風土に根ざした文化を破壊するのである。

原発事故はまさにこうしたその土地の自然を破壊して住めなくしてしまったのである。
農業でも漁業でも金にならないと地元の人は東電と政府に金をもらってこうした人間の生活の根幹となるものを売り渡したのである。
それはこの辺だけの問題ではない,そんな農業や漁業より外国に売る車が大事だと国家ではなる,車を売れるからバナナでも食料も輸入できるのだとなる
だから都会では地方の農業などいらない,税金の無駄だとしている
食料は外国から輸入すればいいとしている,その時どうなるのか?
日本の国土は荒廃してこの辺のようになる,人が住めなくなるのである。
そして結果的に都会もやがて荒廃して廃墟化してゆくのである。
外国から食料も入らないということは別に国と国の関係が悪くなればある
何か工業文明がすべてのようになっている,そこに落とし穴があり遂には人間は住めなくなる,それをこの辺は原発事故で証明したのである。




2018年04月21日

東京から帰って来る老人が増える (駅で会う人から見える街の変化)


東京から帰って来る老人が増える

(駅で会う人から見える街の変化)


駅で会った人は東京で働いていて故郷に帰って来た人だった
一人暮らしで困っているらしい,風呂がないので福祉の湯を利用している
あそこは前にも自分が利用した,三〇〇円で利用できる
その人はなにもすることがなく暇だと言っていた
そういう人もまた老人で増えているのだ
小高に住んでいた老人とも良くあう,あの人は小高には帰らず鹿島に住んでいる
小高に通っていると思ったら山下とか相馬市とかに行っている
何かわからないが飲み屋とかに行っているのかとなる

ともかく前にも東京にいて故郷に帰った人とあっている,東京から故郷に帰る老人が増えていることは確かである。
するとどうなるのか?この辺では若い世代が流出して老人は取り残されている
さらに今度は東京などから帰る老人がまた増えてくるのである。
そして一人暮らしも増えてくる,近くに子供がいても一人暮らしが多いのである。
そこで一人暮らしだと問題が起きるのである。

でも近くの知っている人は苦労して若いときに家を建てた,立派な庭をも作った
それで妻をなくして十年とかたってもおくさん思いでありその家を離れたくないという
娘が相馬市にいて近くに家を建ててやるとか言っているが自分の建てた妻と住んだ家から離れたくないという,家にはやはり単なる寝起きする食事する箱ではない
長く住んでいるとそこは思い出がつまったかけがいのないものともなる
だから原発避難者でも老人が故郷に帰りたいとなり帰っているのである。

いづれにしろ高齢化社会の問題はいろいろある,東京で暮らした人たちが故郷に帰るというのもそうである。そこでまた老人が増えてくるのである。
人口が増えるからいいといっても老人だ負担になってくる
すでに六〇代で病院通いの人もいる,知っている二人は脳梗塞とかで病気になった
自分も前に病気になったが今はなんとか一人でやっている
ただ体が弱っていいくことが不安になる
霊山まで自転車で行って上ったのはいいが体ががたがたになった
あとから節々が痛くなるのである。

どうしても医療費がかさみ,老人は働かないから負担が増える
生活保護も増える,自治体で四分の一費用を払うから負担になる
老人はどうしても負の部分が大きくなる,負担になるのである。
東京で若い時働いて今度は田舎に帰ってくるというのも矛盾である。
ただ東京自体も実は老人が増えて老いてくるのである。
高齢化はこれは日本全国の問題であり世界の問題でもある。

都会では老人のシエアハウスをしているということもテレビで見た
それも一人暮らしが増えると一つの方法だろう
ただ団体生活になるとなじめない人もいる
自分は団体生活ができないから困るともなる
ただ一人暮らしは一軒の家を維持するだけで大変になるのだ
外出して遠くに出かけるのもむずかしくなる
家を留守にすると不安になるからだ

駅にいるとなにか人の流れがあり街にどんな人が住んでいることがわかることもある
ただそこでも老人が増えている,どちらかというとその東京から帰ってきた人も車を運転できない,車を運転できない人が鉄道を利用する
この前は新地の八〇歳の女性が車を運転をやめた
それは年で危険になるからそうしたのである。それで電車を利用していたのである。
だから高齢化社会になると電車を利用する人が増えるということはある
交通の問題がありそれに応じる政策も必要になる
そこで車社会を見直すということも必要になる

タグ:高齢化社会

2018年04月20日

春の日に霊山に行く(南朝を偲ぶ- 短歌十首と俳句十句)


春の日に霊山に行く南朝を偲ぶ

(短歌十首と俳句十句)

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木の根元石一つあり春日さしこの奥処にそ住める人あり
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かなたに見えるのは何の山だろう
会津の方にも見える山である。


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登山道で見つけた蝶
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霊山の苔清水
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桜は散っていた
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ここは桜が咲いて見どころがある場だった

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谷野原村

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ほとばしる滝のひびきや芽吹きかな

大岩に苔むしあわれスミレ咲く

山鳩や山間の道花の影

苔清水滴り春の鳥の声

岩黒く登山道に山の蝶

山頂の大展望や春の山

霊山の岩黒々と樹々芽吹く

朝桜顕家の像に映えて散る

真近にそ滝のとどろき山桜

山桜ここに散れるや滝ひびく

いづこへと道の分かれて春の暮

夜桜や老舗の味の菓子屋かな

道に出る狸二匹や春の月



川の面に波紋広がりあまたなる魚影を見るや春の奥山

木の根元石一つあり春日さしこの奥処にそ住める人あり

佐須の峠越えてそ望む残雪の吾妻嶺光り春は来にけり

残雪の吾妻嶺光り連なれりかなたになおも高き峰望む

(霊山城)

大岩の苔むし霊山に南朝の昔を語るや春の日さしぬ

春の日に霊山上りあわれかな束の間に消えし南朝の夢

花と散る南朝の夢今になほその傷痕の残り哀しき

南朝の落武者二手に分かれけり春の日あわれ城下にいでぬ

(金谷原村)

玉野村境の桜盛りなり相馬の城下へ我は急ぎぬ

金谷原寺の跡とて集めらる碑のあまたや春の日暮れぬ

碑の古りて椿の散るや誰がたずぬ我は二度ほどここをたずねぬ



五本松なお三本は残りけり帰りよりて春の星見ゆ

春の灯の街灯あわれ城下町古本屋によりまた一冊買いぬ

我を待つ人とてなしも我が家へ帰りゆくなれ春の夜かな




 山上にはかつて慈覚大師が開山したという霊山寺があった。「霊山寺縁起」によれば、三千六百坊を擁していたともいうから、大伽藍であった。南奥州の天台密教の中心であったと考えられる。今は山上の処々に大きな礎石が多数残り、当時の名残りを留めている。後醍醐天皇の皇子義良親王(陸奥国大守、後の後村上天皇)、北畠顕家(鎮守府将軍)らは建武4年(1337)1月8日国府多賀城を棄て霊山寺(霊山城)に移った。霊山城は南朝奥州政府の重要な基地(国府)となった。しかし霊山城は貞和3年(1347)8月ころに落城、霊山寺の建物群も全焼したといわれる

今日真野川をさかのぼり霊山まで自転車で行った
途中滑(なめ)の滝のほとばしるを見てさらに奥に進む
川の流れがとまり水面に樹々の枝の影を写している
その川を見たら百匹以上の魚影が見えた,この魚は何の魚なのか?
ヤマメだろう,なぜこんなにいるのだろうと思った
この辺は飯館村で一軒の家があり住んでいるみたいだ
でもしんとして人気もない,そして春の川面に水の輪が広がる
それがここでは活きているという感じになる
まるで人のいない所で神が遊んでいる感じにもなるのどかさである。

佐須までの道は前もほとんど人は住んでいなかったのである。
原発事故で一軒二軒くらい住んでる家は見かけた
でもなんとも不思議な感覚になった
人が住まなくなるとどうなるのか?そこには魚は住んでいるのである。
これだけ魚がいると食べたくなる,でも放射能汚染で川の魚は食べられないのだ
おそらく誰も魚をとらないから増えたのだろうか不思議である。
ともかく石一つあり春日がさしてここに居つくというとき人もここに居つくとなればいいのである。人が住まないとそういう感覚にならないのである

佐須を通り峠を越えると残雪の光る吾妻嶺が見える,その時春が来たと感じる
ただあそこの峠も道を直したから前とは違っている
なんか原発事故以降新しい道ができる
相馬市から福島市までの高速道路もできた,それで前の道は車が本当に通らなくなった
それで高速はバイクも通れないからバイクと自転車が通るだけである。
だからかえってのんびり見てまわることができた

霊山というと南朝である。霊山はもともと修験者の修行の場として古くからあった
そこに南朝の国府が置かれた,それも十年にも満たない短い時だったのである。
そして夢のように消えたのである。
ただそうであっても歴史的にこの辺では大きな変化だった
なぜなら南朝の落武者が山上の方と前にあった卒塔婆峠を越えて鹿島区の真野へ逃れたのである。そのことは史実であり先祖として明確なのである。
その祭りもある,それで同級生の只野一族が鹿島区に本当に多いのである。
その只野の先祖をたどると郡山近くの多田野村だったのである。
その一族が鹿島区の真野に逃れてきたのである。
それで只野氏はお浜下りの祭りで馬を先導する役目をになっていたのである。
そのように明確に先祖がたどれるのである。

お浜下りに「つづら馬」というのがある。つづら馬とは馬につづらをのせて荷物を運んだ
(お浜下りの祭りのおつづら馬の話)

こういう人が身近にいたという驚きである,だから南北朝の時代はわかりにくいけど確実に系譜として具体的にわかるストリー,歴史なのである。
霊山神社には顕家の像が祭ってある,この青年は二一歳で死んだのである。
特攻隊で死んだ若者と同じである。
朝に咲いた桜が一時映えた見ていたら散ってしまったのである。
そういう人もいたということである。

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朝桜顕家の像に映えて散る

前にこういう句を作ったのを思い出したのである。南朝は本当に束の間の夢のように
消えたのである。ただその傷痕は日本全国に今も残している
どれだけ日本全国を争乱の場にしたかわかる

そして新井白石が相馬の城下を縁戚を頼り訪ねていた,その途中に霊山に寄って詩を残していたのである。


  
    霊山鎮  白石   (「新井白石全集」所収)
  
  霊山開巨鎮、郷月照雄藩、
  鐘鼓千峯動、貔貅萬竈屯、
  出師資上略、刻日復中原、       ※上略は上洛の誤記か
  一夕長星堕、年年哭嶺猿、
  
   (読み下し)
   
    霊山鎮  白石
  霊山、巨鎮を開き、郷月、雄藩を照らす
  鐘鼓、千峯を動かし、貔貅、萬竈に屯す        ※貔貅(ヒキュウ)=猛獣
  出師、上洛を資り、刻日、中原を復す
  一夕、長星、堕ち、年年、哭す、嶺の猿 



学問岩とかありここで学んだ修行した僧とか確かにいたのである。
ただほとんどそれがどういうものだったかわからない,炎上して何も残らなかったのである。ともかく南朝の国府としても短すぎたのである。はかない夢と消えたのである。
ただこの辺では明確に残る大きな歴史の跡なのである。

帰りは玉野村から谷野原村によった,前にもここによった,それでいつも気になっていたのが古い碑のある所だった,神社だと思っていたが寺の跡だった
だから墓があり古い碑が集められていたのである。
ただここの碑は相当に古い感じだ,五輪塔の墓もあったが何か記してあるが読めなかった
相馬市では夜になった,六号線を帰ると夜桜が映えていた,そこはお菓子屋だった
船橋屋とかの店がある
老舗の味というとき最近良くテレビの推理ドラマを見る,そこで京都を舞台にして老舗の菓子屋のことをテーマにしていた
そこの老舗の菓子屋は茶の湯で出す菓子を昔から作っていたのである。
その味にこだわっていたのである。それが頑固なまでにこだわっていた
その味を変えてはならないとこだわっていたのである。

つまり京都ととかなると茶の湯が盛んであり歴史も古い,その茶席には生け花とか菓子とかを出す,そういうふうに一体化しているのが文化なのである。
そこに千年の都の文化がはぐくまれ受け継がれてきたのである。
ただそういう伝統はなかなか京都に住んでみないとわからないのである
ただ夜桜と菓子屋があっていたのである
相馬市の桜はみんな散っていたがここだけが残っていたのである

相馬市の六号線沿いの古本屋ではいつも変わったいい本が置いてある
それでまた一冊買った,あそこでは誰かが選んでいるのかもしれない
本も今はアマゾンで注文して買っているが本は無数にあるからどういう本があるかもわからない,偶然に見つけた「農本主義が未来を耕す」宇根豊著は共感した本だった
こんな本があったというのも不思議だとなる
アマゾンでこうして本との出会いがない,立ち読みもできないことが弱点なのである。

とにかくなんとか自転車で霊山まで行って登山もできた
体が弱ったので行けないと思った
でも今度のクロスバイクは意外といいものだった,バッテリーも長持ちするし早いし
何より安全なのである。まずロードは高くなるので危険である。
このクロスバイクは足がつくし小回りがきくしブレーキもかけやすいとかタイヤも太いとか長距離にかえっていいものだった
まずロードは危険である。近くで人がいないところでスピードを楽しむのはいいが長距離だと危険になる,なぜなら道を知らない所を走るからである。
スピードを出しすぎると危険なのである。
これだとまた遠くに行けるかもしれない,それで今度はもっと遠くへ行ってみたいともなる,ただそうなると一泊とするとかなる,ずいぶん長い間介護で自由に旅できなかった
またそれができるのか?それはしてみないとわからないとなる

今この文をプログにアップしようとしたとき春雷が鳴った,何かこれも自分の心と呼応する
天候により心は変化して呼応するのである。
天候は何か予兆なのである。夜ふけて鳴るというのも何かの予兆だとなる
やはり春になりまた新たな活動へ向かうのかとなる
プログの醍醐味はこうして変化する今をリアルタイムに報告できることなのである。
一日でも朝と夜では全く違ったものとして変化することがある
その天候の変化が俳句とか短歌の創作に影響するのである。






2018年04月19日

一枚の写真(祖父の写真)

一枚の写真(祖父の写真)

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一度も会ったことのない
祖父の写真がある
警察所長だった
俺は偉いと写っている
その写真は捨てるつもりだった
だが置いてあった
墓はあるが墓参りにも行かなかった
母は威張ってばかりいたという
警察をやめてから
機織り工場を経営して失敗した
それで一家離散にもなった
祖父なのに敬わないのか?
確かに不遜である
でも思うに祖父の人生は
ただこんなものだったのか?
もうその子もみんな死んだ
孫は残っているがちりぢりだ
実際に会った人は誰もいない
語る人も誰もいない
私は母から聞いたのは
いつも威張っているということだけ
その母も死んだ
もし祖父でも祖母でも
もっと語ることがあれば
その人生は意味があったのでは
いくら地位があっても今ははかない
捨てようとした祖父の写真が
まだ自分の家に置いてある
なにかわびしく悲しい
もう祖父について語る人はいない
・・・・・・・・・・

母の実家は複雑であった,父は警察所長をしていたが退職してから機織り工場を経営して失敗して一家離散のようになった,警察所長をしたくらいだからもともと経営の才がなくても成功すると思ったのだろう。
事業で失敗する人は何か甘い予測をして失敗しているのも多い
自分が優秀だからと奢りがあり失敗する,そして祖父について語られるのは母が言っていたのは威張っているだけだったということである。
なぜならそうして機織り工場で経営に失敗して母もまた辛酸をなめたからである。
つまりいくら肉親でもそうして子供がひどいめに合うと祖父母でも語ることすらしないのである。
現実にそういう人がいて墓参りすらしない人もいる,肉親でも父親でもしないのである。それだけひどいめにあった結果そうなっているのだ
だから死んでも子供が両親を思うということはあるとはならないのである。
血縁だからといって人間はそれがすべてではない
むしろ親でまともに生きない人は親とも見れなくなるのである。

いづれにしろ祖父にしても死んでから七〇年とかなる,そうなると会った人もこの世にはいない,誰か聞いた話になるが私の場合は母から聞いたが母は百歳で死んだのだから
あとは聞いたという人もいなくなる
するとどうなるのか?誰ももうその人について語らないということである。
自分でも会ったこともないから何か他人のようにその写真を見ているのである
ただ祖父の出自がわからないのが不思議である。
ここで生まれ育った人ではない,転勤してきた人だからである。
それは謎でありもうわからないのである。

人間は祖父母まではわかるがその上になるとまるでわからなくなる
ただ何か功績があれば残り語られる,それがないと全くわからなくなる
結局死んでから七〇年すぎると家族でも語られる人はまれだとなる
みんな忘れられるのである。それが無常の世だとなる

タグ:祖父の写真
posted by 老鶯 at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2018年04月18日

パソコンで自動生成される森の抽象画の謎


パソコンで自動生成される森の抽象画の謎

(The mystery of the abstract painting of the forest
which is automatically generated on a personal computer)


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forest in the evening

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森の抽象画がなぜこれだけ作れるのか?
それはパソコンのソフトで自動生成しているからである
そのパソコンの手順は決まっている
するとそこに無数にある写真や絵を自動的に森の抽象画を作る
それは人間がイメージするのではない
これもAI化した新しい芸術なのか?

これが大量にできるのは人間の頭でいちいちイメージして作っていないからである。
本当に機械的に自動的に変化させてできる
そこに人間が筆でいちいち描いてゆくのとはまるで違ったものなのである。

だから大量生産できる,ただ全部が森になるわけではない,それが森になるかどうかはパソコンのソフトで変化させてみないとわからない,一種のこれは化学変化ににているのだそうして実験しているのとにている

ともかくこのような芸術が生まれたのもパソコンが生まれてソフトが作られた結果なのである。
だから今までにない芸術なのかともなる,ただこれも評価が分かれるだろう
そんなものが芸術なのかともなる,二次三次創作になっているからである。
ただ写真とか絵が無限にあるからオリジナルなものを自分で作り出せなくてもいいから無限に自動生成されるともなっているのだ


Why can you make so many abstract paintings in the forest?
It is because it is generated automatically by software of PC
The procedure of that computer is decided
Then automatically create abstract paintings of the forest automatically in myriad photos and pictures
It is not human beings imagining it
Is this also a new art converted to AI?

It is because they do not make it with the human head to make it possible to mass produce this.
It can really change mechanically automatically
It is a completely different thing from human beings drawing with a brush.

So you can mass produce, not all will be forests, whether it becomes a forest or not can not be known unless you change it with the software of a computer, a kind of this is in chemical change I am experimenting with you

Anyway, such art was born as a result of the computer being born and the software being made.
So it becomes an art that has never been before, but this evaluation will be divided
This is because it is secondary tertiary creation, which can also be art.
However, because photographs and pictures are infinite, they are automatically 
タグ:abstract forest

小さな畑の効用 (荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑の効用

(荒地にしておくことよりはいい,金にならなくても)


小さな畑には自分は投資した,一〇万以上払った,肥料代とか種代とかこの前は道具を盗まれたとかいろいろあるのだ,鳥に野菜を食われたとかもありまず小さな畑をするだけで金がかかる,収穫してもらったものはほとんどないのである。

ではそんなものに投資してなになるのか?普通だったら銀行でも利益にならないものに投資しない,ではそれが全く無駄なものかとなるとそうではない
この辺では一時田畑が荒地化したのである。
今でも荒地化した所が多いのである。この小さな畑の回りも荒地化している
その荒地化していることが荒廃したものとなる

つまり農業は景観を作っているというときそうだった,その景観は田畑があって作られていたのである。その田畑がなくなるときそこは草茫々の荒地となる
ただ一時津浪でこの辺が原始の状態になった,湿地帯になったことには驚いた
八沢浦が元の入江にもどったのを見たときほど驚いたことはない
だからその入江を埋め立てて田んぼを作ったというとき実は自然の景観を破壊していたのである。
稲作も文明であり文明は自然を改造したりするから必ず景観も破壊するのである。

文明とはなんらかで自然に逆らうことなのである。
田んぼにしても湿地帯がある,森がある,自然のままだったらそのままだが開拓開墾して田んぼや畑にすればもともとあった自然は改造されてなくなるのである。
ただ農業は自然と深くかかわって成されるから第二の自然のように感じるのである。

小さな畑を維持することはそれは経済的効果としては利益を上げないのだから無駄だからするなともなる,そもそもその金を誰が出すのかとなる
利益にならないものをしているのは趣味だからである。
趣味でも自分が余裕があってしているのはいい,でも余裕がないのにできるのかとなる
でも経済的効果利益を上げなくてもこの世には有効なものがいくらでもある
第一景観でもそうだろう,景観自体が利益を産むということはないのである。
森だったら木材としてみればそこに利益があるが森自体が経済的効果を利益を上げることはできないのである。

でも森には癒しと景観をもたらす,そういう効果がある,でも利益にならないのである。でも最近資本主義がゆきづまり終わるということが盛んに言われる
それは投資先がない,投資してもうける先がなくなっているからだ
それで銀行で地銀でも利益う上げられないので追い詰められて詐欺まがいの投資信託をすすめている,それで自分も大損したとなる

投資先がないということやAIで人間の仕事がなくなるとか最近良く言われるのはやはりそうした資本主義が継続しても社会に大きな変化をもたらすのである。
スルガ銀行ではもうける先がなく何か不正して問題を引き起こした,借金させてアパート経営とかになる,もうもうける先,投資してもうけることができないのである。
だから今銀行は窮地にたたされているから危険なのである。
窮地にたたされれば人間でも会社でもなんでもするようになる,つまり余裕がない人間でも会社でも国でも危険状態になる

だから投資先がないというとき実は別にある,この辺では荒地化した土地を利用して畑にする,それは利益を産まないとしても一応収穫はあり役にたっているのである。
野菜が高いときはそれなりに役にたっていた
だから全く利益を産まないということではない
ともかく資本主義では利益を産まないものは金にならないものは全く無駄なものとされる芸術などでもそれが金にならないなら無駄なものとされる
その人間は無用なものとされ社会的に価値を認められないのである。

でも何かこれからは価値観が変わる,資本主義でもAI化で仕事がなくなりベーシックインカムのことが盛んに真面目に言われているのも不思議なのである。
ベーシックインカムになると一見無用と思われるものでも価値あるものを追及できる
金にならないものでも人間として価値あるものはいくらでもあるからだ
そういうものにむしろ価値が生まれる,ただ必ずしも金にはならない,利益にはならないただそれを認めるものがあれば価値があるとなる世界になる
そういう社会はイメージしにくい,でもそもそも人間の価値は多様であり金になるだけのものが価値とはならなかったのである。

オランダのチューリップバブルでもそうである。そんなものになぜ大金がつぎこまれたのか?これも投資先がなくなった結果なのである。
ただ一方でそんなのんきな社会が生まれるのかという疑問がある
貧困化している社会でそんな余裕があるのか?利益を上げなければ会社など成り立たないとかある
でもAIでもそうだが資本主義が終わりだというときもそうだが今価値観が変わる時代でそうなっているのだ

例えばこれも問題だが八沢浦を考えるとき自分はそこが田んぼであるより入江であった方が景観的に良かったともともとイメージしていたのである。
この辺はともかく荒い波が打ち寄せるだけの荒寥として海なのである。
でも津浪になって入江になったとききらきらと波が光り寄せていたのには驚いた
それはきれいな入江になっていた,古歌にここの入江を歌ったものが残っていたから本当にそうなったのである。
その時確かに死んだ人がいたのだからそんなことを言うのは余りにもひどいとはなった

これまでは米が生活の中心であり米なくしてはありえない世界だったのである。
でも米が減反政策でこれ以上いらないとなる世界は考えられなかったのである。
技術の発達とかで価値も変わってくるのである。
だから小さな畑でもそれが利益をあげなくても土地を活かすとういことでは無駄ではない,効用があるのだ

ともかくこういうことはなんかあまりにも現実離れしているとなるから実現しないともなる,でもベーシックインカムになれば今まで価値がないと思っていたものを追及できる社会になるかもしれない,すべて金にならないものは価値がないとされる社会だったからである。
つまり何か実用性ばかりを追及してきたのが文明だったのである。
むしろ今度は逆に非実用的なものに価値がでてくる,無用の用の時代にもなるのかとも思う
宗教だど禅宗になると瞑想と沈黙が修行である。それも人間的価値の追及なのである。
そういう社会もかつてはあったからである。
そういうものにただ沈黙して何もしないということはなまけものとして拒否される社会だった,資本主義は宗教からプロテスタントからはじまったというとき瞑想などはしない
積極的に働いて他者に奉仕するという思想からはじまった
その価値観が全世界に普及したのである。
どんなことでも勤労は善とされたのである。それがゆきすぎると資本主義は金儲けだけのものとなり害にもなるのである。

とにかく田畑というのは自然の一部でありそれは社会的効用を利益をあげなくても必要なものとして認識することはある,価値があるものとする
景観を維持するものとしてもある,だから利益を上げなくても必要だともなる
ただそうして維持するにも田畑でも労働が必要なのである。
だからその小さな畑すら維持できなくなる,その女性も年であり毎日腰がいたいといっているからいづれ維持できなくなる,この辺で田畑を原発事故以後やめたのは老人が田畑をしていてできなくなったからである。後継者もいないてからである。
前からそれは言われていた,漁業でもそうである。
だから原発事故だけの原因ではない,前から田畑を維持できなくなっていたのである。
それが事故後一挙に荒地化したのである。
現実に隣の畑は老人が這ってまでしていたのである。
家族が車にのせられてきて農作業していたのである,でも遂にやめて荒地化しているのである。こうして誰かが労働しないかぎり田畑は維持できないのである。
するとそこは荒地化してくるのである。景観も荒れたものとなるのである。

人間が平和に感じるのは自然と調和しているときである。

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この写真のように孫とばあちゃんが一緒に畑仕事をしている,これが本当に平和に感じるこの孫もこの畑を受け継ぐということで故郷の風景でも維持できるとなる
世代の継続が感じられるのである。
そういう風景がなくしたのが原発事故だったとなる

農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

これと同じことをここでも書いていたので共感したのである。




タグ:田畑の効用
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2018年04月17日

「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)


「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・

(原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

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仕事の相手としての生きもの(自然)との関係を意識していることです
それは近代化によって滅びてゆいくものの最たるものが自然だったからです

国益のために在所の人間と自然,人間と人間のつながりまで成長を求めるのはおかしい

農は食料を生産しているのではなく自然からの恵みをくりかえし引き出しているのに世間の人はわかっていない

農は過去から引き継いできたものを責任もって未来に引き継ぐことを重視しているのに
現代人は現世のことばかり考えている,それにこの継承は社会と共同責任を負うべきではないか

農は自然からの恵みの一部(食べ物)をカネに換えるが生き物,草花,風景など食べ物以外の恵みを繰り返し持続する限りにおいてそれをカネに換えることなく無償で国民に提供しているのに気づいてもらえない

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです


震災6年後にもどった故郷の景色 (ふるさとの秋(詩)

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


この本は自分の考えてと全部が一致していた,農本主義とかむずかしい思想のことではない、誰が読んでもわかりやすい,ほとんど知識が必要ないのである。
なぜこの本が手にとるようにわかったのはこの辺が現実にこの農が人間の基本となるものが原発事故で破壊されたからである。

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです

まさに現実としてこの辺はそうなったのである。今は避難区域になったところはそうなっている
でもそもそもこういうことは津浪や原発事故前から農民自身がそうした生活を嫌がっていたのである。金にならない農業などしたくないとなっていた
それで農業していた親から農業だけはやるなと殴られたという話を聞いた
その子供は原発とか建築現場で働くことになったのである。

そして今になって生業が奪われた補償しろとか抗議している,そもそも農にかかわる人達でも農を生業を大事にしていたかその価値を重視していたかとなるとないのである。
そもそも原発事故になる前にも農業をやめたいとなっていた,だから事故で補償金もらえればかえって都合いいとかまでなっていた
後継ぐ人もいないからこの際補償金をもらってやめた方がいいとなっていたのである。
すでに漁業で東電に政府に補償金をもらって海も売り渡していたことでもわかる
漁業も農業と同じであり金にならない,跡継ぎがないとかでやる人がいない
すると東電に補償金をもらって生計が成り立つ,船主などは特別補償されていて
原発御殿が建っていたのである。事故後も船主は格別であり補償金が海が汚染されたといっては抗議すれば確実に増額されてゆくのである。
だからいち早く新築の家を建てたのはと船主だったのである。

生業(なりわい)とは米の生産だけではなく,生活全般なのである。農業とういだけではない,昔の自給自足の生活はそうだった,納豆まで家で作っていたからである。
昔の農家は自給していて何かを買うということはまれだったのである。
だから何かしら絶えず料理するにでも水は井戸だし薪を燃料にしたり炭もそうだし自給自足を基本としていたのである。それが生業(なりわい)だった
そしてその生業を奪われたから補償しろと今になり農民でも叫んでいるのに違和感がある現実に何もすることなく仮設に住んだ人達はパチンコ通いだったのである。
それで回りから批判された,一部は仮設の前で畑を作っていた人はいた
ただほとんど毎日パチンコ屋通いであり昼間から酒飲んで何もすることがなくなったのである

生業より,金をくれ,一億円くれたら土地も生業もいらないよ

前からこうなっていたのである。生業といっても今は何かあいまいだからである。
原発事故でそれが補償金要求するのに見直されたのでありもともと一億円もらったら原発事故無くてもそういうものは価値がないから売り渡していたのである。
畑や田んぼがを道路になったり住宅地になって金になればいいと常に言われていたからである。

だからこの本で農本主義のことを熱く語るのは心から理解できる,でも肝心のその農にたづさわる人がそうだったのかというとそうではないのである
やはり農に関してはそれにたずさわる人だって田舎でも少ないし第一田舎に住んで農のことがわからない人が多いのである。
自分でも農業がわからないのである。ただ自分は自然と一体化するアイディンティティ化することを詩など書いてきてしてきた
それも農が基本にあって成り立つものでもあった

だからこの本で蛙でも雀でもなんでも自然と一体化して農があり農民にはそうした生き物への愛情があるというのには共感する
つまり農とは自然と密接に結びついているから自ずとそうなるのである。
生き物と蛙でもなんでも直接仕事の中で接するから愛情が自ずと生まれる
ペットでも犬でも猫でも直接接していると愛情が生まれる
なんか淋しいから猫を飼ってそれを経験したのである。
だから津浪や原発事故以後,蛙がいなくなり鷺もいなくなった
蛙の鳴き声も聞こえなくなったし鷺も飛んでいなかったのである。
そして蛙の鳴き声が夜空の星々に木霊したとき復興したなと感じたのである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ


それは白鷺が五〇羽くらい近くの巣に集まった時もそうである。
蛙でも白鷺でも田んぼがあってそこに蛙などの生き物がいて生きることができていたのである。自然と密接に結びついているのが農なのである。それは漁業でもそうである。
そして一番美しい光景は人間の営みが自然の中にあり調和していることなのである。
それは農だけではない,例えば海を見てなにも見えないと淋しと思う
でも船が航行していると海も活きて見えるのである。
だから農だけが自然と調和するということではない,風力発電などは風の力で回り電気を起すとして自然と調和しているのかともなる
でも森とかには風力発電は調和しない,ソーラーパネルだってそうである。
科学技術はなんらか自然を破壊するものなのである。

そしてこの本の著者は放射能に汚染された米を食べるべきだという,それを食べることによって農が守られ共同体が守られるからだという,そういう観点から汚染された米を食べるということをしている人はいない
でも農が共同体を維持していたときその米を食べないことは維持できないことになるからだ,だから老人などは食べるべきなのである。
ここでは放射能に汚染されることよりそうした共同体の維持の方が大事だとしているのだそのことは飯館村などを見たらわかる,そこで学者が放射能の除染して田んぼの表面の土などをとる必要がなかったとして自ら飯館村にすみついたのである。
自分も飯館村の惨状を見たら愕然とした,土ははぎとられて田んぼも畑もない,ただ放射能に汚染された土のフレコンパッグとかソーラーパネル工場とかになる
景観が壊されたのにはがっかりしたのである。
飯館村はまさに生業(なりわい)が根こそぎ破壊されたのである。
山菜をとって暮らしていたのが普通だったし所得が低いが自然との共生がまだあったからである。
ただ今では補償金で村は二分されているし人はほとんど住んでいないのである。

なぜこれほど補償金のことしか原発事故以後話題にならないのか?
もっとどういう暮らしがあったのか語られるべきなのだが語られない
ただ生業を返せというがそれ以上に補償しろ金をよこせとかしかない
そもそもそんなに生業を大事にしていたのか,そこに価値を置いていたのか?
それ自体が疑問なのである。
やっぱりそんなことより金だよというのが農民が求めていたものだともなる
第一農民というが田舎で農業している人は一割にもみたない,農業のことを知らないのである。ただ都会と違うのは農業しなくても田んぼや畑がありそれを見ているから違っているのである。別に農業しなくてもそれで農業と結びついているのである。
だから津浪や原発事故以後田んぼがなくなったから田んぼがない田舎は田舎なのかと思ったのである。

いづれにしこの本は深く共感した本だった,自分の追及してきたことでもあったからである。だからさらに検討してゆくことにした

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2018年04月16日

残る花(風荒く散る花)


残る花(風荒く散る花)

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この家の枝垂桜や庭に石建ちて四五年過ぎにけらしも

今しばし残れる花を惜しめども今日も風荒く散らしけるかな

朝よりし風の荒らしも残る花吹き散りにけり燕飛ぶかも

たちまちに花は散りにき風荒し残れる花も明日は散るらむ

残る花枝にゆれにつ風荒らし明日は散りなむあわれなるかな

一時の命惜しめど桜花夢と散りにき風の荒らしも

風に舞い散る花あわれ時はすぐ常なき世なり時はすぎゆく

あまたなる若き命の花と散る散りがたきを散りにけるかな

八重桜手折り仏壇にささげしとその女誰や土手の道かな

闇深くきらめき一つ春の星我が一人なれひそかに見ゆも


桜というときなぜか散る時は本当に美しいのである。だから散るときが最も印象的になるその華やかに散るということで戦争のとき若い人が死ぬとき桜にその命が託された
桜のように散り死ぬことは美しいことだとされたのである。
それは国家によってそうさせられたともなる
ただ桜というのは何かそうしてそう思わせるのである。
それは盛りと咲いてもたちまち散ってしまうからである。
その散るのが美しいからである。そこに桜の特徴があるからである。
ただ万葉集時代では山桜であり散るということがそれほど美しいものとは見ていない


吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな    源義家

桜が散るということで早い時期からその美は見いだされていた

何か今年は風が毎日のように吹いている,それが結構強いのである。
桜の咲くときの天候は毎年違っている,雨が多いときもあった
今年はなぜか風が強い,毎日吹いている
それが今年の桜の咲く天候だったのである。

それで今年は遠くに行っていない,近くの桜だけを見て終わったとなる
土手の道の桜は終わると八重桜が咲いている
仏壇にささげるには八重桜がにあっているとなる
ここの桜は川の土手の桜が美しい,でも河岸にはどこでも桜は今も咲いている
浪江でも小高でも河岸には桜は咲いている,桜並木がある
ただ相馬市にはない,やはり桜は桜並木となっていないと散るときでも華やかにならないここでは真野川の土手にしても十本くらいが成長した桜の木なのである。
だからそれほど見応えがある桜とはならない
ただ桜の季節も早くも終わったとなる

新しく建った家が多いがすでに枝垂桜が咲いている家は五年くらいすぎているのか?
いい石がありそこに枝垂れている桜がいい,やはり時間がすぎると何かそこに根を下ろすようになる,すると同じ桜でも違って見える
千年の都,京都の桜となるとこの辺とはまたその色合いが深く歴史を感じるのである。
桜には何かまた歴史を感じさせるのである。だから歴史のある場だとさらに映えるのである。

ただ桜は早く散るからいたるところに咲いていたとしても時期が短いから一部しか見れないのである。そこが残念なのである
今年は本当にすぐ近くの桜しか見ていないからである。
タグ:残る花

2018年04月15日

老々相続も高齢化社会のマイナス (もうその年では消費もできない)


老々相続も高齢化社会のマイナス

(もうその年では消費もできない)

相続人の平均年齢は67歳という「老々相続」になっているので、相続による世代間の所得再分配の機能も弱い。この問題は、2012年に団塊世代が引退したあとは、さらに顕著になるだろう。

 日本の金融資産1500兆円(本当はすでに1400兆円に減ったとも言われている)のほとんどは高齢者のものだ。普通、高齢者は活動しない。よって収入に関しては不安なので自分のお金を使わずに貯め込む傾向がある。

少子高齢化の問題はいろいろある,「老々相続」もそうである。六十七歳で相続するとなるとその金を使い方が消極的になる
もし五十歳とかで相続したら50代で貯金がない人が多いかとこの世代は子供の進学とかでも金がかかる,そこで相続して遺産が入ると余裕になる
この世代なら金を使うことができる,それも有効にできる,消費できる
67歳となると何かに消費するにしても限られている,そして投資などすると失敗するし経験がないのでするべきではない,でももし若ければ経験を積むからいいとなる
67歳になるとこれまでしてきたことはできるが何か新しく経験を積むことができないのである。

自分も新しい自転車買ったけど遠くに行こうかと思ったら体弱り節々が痛くなりできなくなった,もし体力があったら新しく出る電動自転車の遠距離用を買ってまた旅したいとなるができない,消費するものは確かにある,でも金だけではできないのである。
体力が必要になるからだ,登山をしようとしてリュックを買ったがこれもできないので無駄にてったとか何か今までしてきたことをしようとしたのだができなくなる
だから何か買っても利用できないとなるのだ

もしもっと若い時に40代でも50代でも相続していればもっと自分のしたいことができたとなるが親が生きている限りは金は自由にできないのである。
自分が自由に生きたとしても旅したとしても金は最低限しか使っていない,自転車旅行はテントを張ってとまったりしたから金を使っていない
自転車でも普通の自転車しか使っていない,10万以上にはなっていないのである。
でもその時金があったら何かもっとできたことがあった

本当は海外に留学もできたと思う,それも遺産を若い内に相続していたらである。
なぜならそうなると自分の自由に使えるからである。
何かその頃海外旅行は高い飛行機代も50万とか何か高い時代だったから海外旅行は金をかかるものとして敬遠していたのである。
そういうことで円高になったときみんな海外に行っていたのに自分は行かないで失敗したとなる,50代では遅かったのである。

ただ別に金がなくてもやりたいことはしたとなるから後悔はない,そう親がさせてくれたのだから別に親を恨んだりしない,必ずしも金があるからと何でもできるわけではないからだ
でも若い内に相続しているとさらに自分のやりたいことができるということはあった
高齢化社会の問題はこうして親の代が金をもっていても相続できない
それで若い世代ができることもできなくなるということはある
まず67歳で相続したとしても遅すぎるのである。
だから投資などで無駄にするのである。

これは個々人の家でもそうだが会社などでもそうである。若い人が何かしようとしてもできない,上が老人化して権力をもっているとできないのである。
やはり若い人でも権力をもてば何かできる,したいことができるのである。
でも権力が金でもなければ新しいことに挑戦できないのである。
67歳になって金をあるから何かしようとしてももうできないのである。
これも高齢化のマイナスの点である。つまり社会の新陳代謝ができないのである。

そうなるとどうなるのか?社会自体が停滞してゆく,変化に対応できない老人では社会を変革できないからである。
65歳以上の人が金融資産をかかえていることもそうである。
その人たちは貯金して長寿のリスクに備えるだけだとなる
その原因は人間は金をいくらもっていても減らしたくないのである。
老人の金は今は利子もつかないし増えないのである。
すると減るだけになると消費に回らないのである。
だから老人に貯蓄がかたよっているのは社会自体が停滞するのである。

確かに今の時代、50代でも40代でも孫の世代でも金がない,だから金をもっている老人が下の世代に金を回すと消費されるから景気が良くなるとういことはある
ただ消費の傾向が物からべつて物に変わっている,若い人が車をほしがらないとか安いのでもいいとかなる,消費するものが時代によって変わる
消費が非生産的な言葉だが消費は資本主義社会では生産的消費になるのである。
何か価値悪ことに金を使うことでありその価値を認めるから金を払うからである。
すると作る方でもそうした価値をあるものも作ろうとする売ろうとするからである。

でも長距離用の自転車を買いたいが高いとなると若者はそれを利用できるが金なくてできないとなると問題なのである。
メーカーが売りに出しても売れないとなるからだ
老人は長距離用の自転車を買わないとなるからだ
ただ長生きのリスクのために金を貯えているだけだとなるからだ
そうなると新しい製品を作ることもなくなりイノベーションもできないとなる
社会全体が高齢化で停滞してしまうのである。
それも高齢化社会で67歳で相続しているからともなる
自分もそうだが遅すぎたとなるのだ,もうその年になると消費できないのである。

タグ:老々相続

2018年04月14日

シリアの混乱と悲惨は誰が悪いのか? (欧米が悪い?)


シリアの混乱と悲惨は誰が悪いのか?

(欧米が悪い?)

なぜこう判断したのかというとトルコの宿でシリアに滞在した会社の派閥争いでやめた五十歳くらいの人がしきりに言っていたのである。
シリアの人達は素朴でいい,最高にいいとか何度も言っていたのである。
自分は行っていないからわからないがおそらく社会主義国でありあまり金,金,金の社会になっていないからだったのだろう。
豊かではないけどいい人達が素朴な人達がいたとなる
シリアは資本主義国ではないからだ
ロシアと同盟のようになっていたにしろそうだったのである。

その話を聞いているからなぜ今シリアがあのような悲惨なことになっているのか?
それがどうしてもわからなくなる,何もそうして資本主義国ではなくても平和で素朴な人達が外国の干渉もなく生活していればあんなふうにはなっていない
なぜあのような悲惨な国になったのか?

それはイスラム国もそうだがもともと社会主義国としてあっれば良かったのである。
イラクにアメリカが介入してイスラム国ができて民主運動を応援するとして欧米が介入して混乱と内戦がもたらされたのである。
欧米側からみるとロシアが悪いとなるがロシアやアサド政権側から見れば欧米が悪いとなる

こういうことは日本でも太平洋戦争で起きていたのである。
イギリスと最初に戦争して日本は東南アジアを占領した,でもイギリスにアメリカが加担して日本は負けたのである。
シリアでもフランスが加担したとか欧米の勢力が後押しして戦場となり内戦となる
日本も欧米側だから欧米側からしか見れないのである。
だからロシアは悪者になるのである。

もちろん日本は先の戦争でロシアを良く思っていないしロシアがいいわけではない
でもなんでもロシアが悪いと見るのは偏るのである。
それは欧米の見方でありかたよるのである。
そう思ったのはやはり海外旅行したこともなかった自分は現地でそのことに触れたことが原因している,もちろんシリアに実際に行ってみれば判断がすることが違ってくる
どうしても日本は欧米側につくからその見方がかたよるのである。

日本もかつて戦争のとき欧米側にこのように悪者にされて原爆を落されて三百万人も死んだのである。そういう経験があるから欧米がすべて善でも正義でもないことは確かであるもちろんロシアでもひどいめにあっているから単純に味方にはなれない
でも平和だった素朴に暮らしていたシリアの人達が地獄のようになったということがどしてもそうしたのは欧米側の勢力であり社会主義国として平和を保っていればあんなふうにならなかったのである。
その原因を作ったのはアメリカのイラク侵攻でありそこからイスラム国が生まれたからあのような地獄になってしまった

日本の戦争もまた最初はイギリスとの戦いだったがそこにアメリカが参戦して悲惨な敗北となった,それは欧米側によってそうなったのである。その時はロシアも参戦してさんざんな目にあって悲惨な犠牲者がでたのである。
要するに今度は中国が巨大化してくる参戦してくると小国はその狭間で分断されたりする
それは日本でも起きてくる,大国の駆け引きの狭間で分断されるのである。
だから欧米側からの見方ばかりしていると間違った判断することになる
イラクには化学兵器など発見されないの難癖つけて爆撃したのがアメリカだったのである
シリアは離れているから日本とは関係ないようにみえても日本もそういう立場になる可能性がこれからある,日本は超大国化する中国とアメリカとロシアの大国の狭間に置かれ分断されることもあるのだ
シリアはだから他山の石としなければならないとなる
遠いから関係ないとはグローバル化した社会ではならないのである。

ともかく世界情勢の見方は何かいろいろな見方があってもやはりじかに触れた人の話とかその場にいて実感することが大事なのである。
一番日本で気をつけねばならないのは欧米側の見方にかたよることである。
それは日米同盟があるからしかたがないとなるがでも欧米側は正義ではない
もちろんロシアでも中国でもそうである。
でも何か欧米側が悪いとは見ないのである

そもそも日本の戦争が良く右の人が口が酸っぱくなるほどしつこく欧米からの植民地解放戦争だったという,それが戦争の原因だったという,すると歴史的連続性では欧米が悪いのである。その欧米と戦ったのが日本の義だとしているのである
だから欧米一辺倒の見方になることは歴史的連続性がないことになる
でも右寄りだとどうしても欧米側になるのである。
一方左は中国よりになるとされる,だから政治勢力でも二つに分断される危険がある
日本の独自性は保ていないのである。
その独自性を保とうとするとき戦争のように日本が中国を支配して欧米と戦いロシアとも戦うとなってしまうのである。
そこまで国際政治で追い詰められればまた戦争の再現だとなる
ただ世界情勢を見るときどうしても欧米側の見方になることは注意すべきである。
そこで判断を誤るからである。
タグ:シリア
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白河、二本松の城の桜の短歌 (歴史がある所に桜が一段と映える)

白河、二本松の城の桜の短歌

(歴史がある所に桜が一段と映える)

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(白河)

松の間を殿の歩みつ草萌ゆる白河藩の栄えなりなむ

人柱城を守るとあわれかな乙女桜の咲きてなぐさむ

小峰城春の夕日のさして映ゆ車窓に見つつ電車すぎさる

小峰城電車に見つつみちのくをいずるや春の夕日さしぬ

(二本松)

城内に残れる花のあわれかなはるばる来る相馬よりしも

天守跡望みて遠くみちのくの山々映えぬ春の来たりぬ

城内に井戸の深しも散る椿守り城の古りにけるかな



根を張りて枝垂桜の三春かな織りなす錦桜に染まる

小浜城夕べ桜の咲きにけりたずねて遠く街のともしび

はや散らむ会津の桜我は見じ城を守りて少年死にぬ



日本は桜の咲く季節が一番いい,それは桜がきれいだとういこともあるが桜はなぜか城に映えるのである。
自然でも桜というときそこには歴史がありその歴史によって桜がより深いものとして見るただの桜だったらそれほど魅力がないかもしれないからだ
だからなぜ大坂城の夕日に映えて散った桜が他より美しかったのか?
それはやはりそこに歴史がありそこで織りなした人間のドラマを偲んでいるから違って見えるのである。
そうでなければそんなに桜に日本人がひかれることはないからだ
それで戦争のとき桜のようにいさぎよく散れとかの美学が生まれた,ただそれは戦争に利用されただけだという批判にもなる
桜はそれだけ日本人にとって生死を託すような花になっていたのである。

今日テレビで人柱伝説の乙女桜を見た,これは伝説というのではなく史実だった
人柱になりたくなくて逃げてそこを追廻しという地名として残っているというから人柱になりたくなくて必死に逃げたのである。
この物語が語るのは必死に城を守るということが侍では第一にされていたのである。
それは白虎隊でもわかる,城があってこそ生きることができる,そこから出て生きるという感覚をもつことすらできないのである。
そういう狭い社会で生きていたのが江戸時代だであり価値観だとなる
白虎隊が城をが燃えたとして自刀したのもそのためである。
城がなくななれば終わりだという価値観の中に生きていたのである。

桜咲く時期はやはり城を偲ぶ,でも江戸時代に城には桜が咲いていたのではない,それは明治になったとき城がある所が公園化して桜を植えられたのである。
だから今見ている桜は明治時代のものであり江戸時代のものではないのである。
その辺が不思議なのだけど桜に城は映えるのである。

花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよしの」、かの一休宗純師、若い頃はとんちの一休さんで知られたお偉い坊さんが残したお言葉である。

室町時代からこの言葉があったとすると桜は愛でられていた,ただこの時も山桜だったと思う,今見ている染井吉野の桜は江戸後期なのである。その頃から花見が行われていたのである。
まず城で桜を愛でることはなかった,ただ糸桜の歌は残されている
でもそれは今の桜とは別物である。

春高楼(こうろう)の 花の宴(えん) 巡る盃(さかづき) 影さして千代の松が枝(え) 分け出でし昔の光 今いずこ.

この詩も明治以降に作られたものであり江戸時代は城で花見の宴などしていないのである。

テレビで見た乙女桜で南湖の松の間を歩いている姿はいい,あの松が貫祿があるのだ
あういう松は相当年月がたたないとあんなに太くならないだろう。
その間を殿が歩むことをイメージすると江戸時代にもどるのである。
江戸時代をイメージすると何かその景色に街道でもとけこむからなごむのである。
車ばかりの道路を歩いていてもうそこには人間も旅人もいないのである。
車の道であり何かベルトコンベアーを車が流れているという感じになるからだ

白河藩は松平定信が一時殿様となり治めていた,それで民のために尽くしたとか言われるが失政もあったからその評価が分かれる,この辺は詳しくわからない
ただ何か情緒的になるとあの松の間を殿が歩む姿は絵になっている
あのテレビの構図は絵になっている,写真でもあの構図でとればいい写真になっていた
白河はやはり白河の関所がありみちのくに入り出る場所を意識する
それで電車から城が見えるのは貴重なのである。

二本松城は古い中世の山城から発展した,だから古い城の形があり山城なのである。
その頂上に上ると安達太良とか蔵王とかが見えた,高いから見晴らしがいいのである。
あういう山城はめずらしいと思う,青葉城があるが仙台市街が大きくなりすぎて城下町という雰囲気がなくなっないる
二本松城は城内に入ると深い井戸がいくつかあり椿が散っていた
そこで暮らした人を思う,ここでも城を守るということがありその城を感じる
会津の城は平城だから何かもう一つ歴史を感じないのである。
ただ会津で桜を見たことはない,会津は浜通りから遠すぎるのである。
二本松までは相馬から自転車で行ったとき,花は散っていたのも感慨深いとなった
そのことは詩にした,二本松までは相馬藩で松川浦から塩を運んでいた
その塩の道がある、だから二本松とは交流が江戸時代からあったとなる

とにかく桜もここでは散った,昨日は風が強く散った,ただ残る花となりこれも味わい深いとなる
自分は会津でも二十年くらいも行っていない,今年も近くを見るだけだった
風が強く風が冷たいから自転車でも行けなかった
そして何か体が弱くなくり変調をきたしたこともある
でも以前として回想の旅をしている不思議がある,ぐるぐる電車であれ自転車であれ走馬灯のようにあちらこちら巡り歩いているのである
それだけ旅していたということである。

我が里や遠くに行かじ残る花

我が街や花散る後の静けさやここに住みにつあわれ深まる



2018年04月13日

人間は日々地道に勤めて幸福を得る (幸福は突然に一挙に得られない)


人間は日々地道に勤めて幸福を得る

(幸福は突然に一挙に得られない)


不孝は突然やってくる

幸福は突然には来ない

不孝は思いがけなくやってくる,それを人生をふりかえればわかるし他の人のことを見てもわかる
事故があったり病気になるのも突然なのである。
60すぎるとみんななんらかの病気をかかえるようになる
でも老いが突然来るというのは本当である。
病気も突然来る,老人になるとそのリスクが高いし確実なのである。
なんらかの変調をきたすし病気になる

そして逆に幸福は突然に来ない,宝くじのようにギャンブルで当たるように来ないのである。突然に来るのは不孝なのである。
この辺を見ればわかる,突然に津浪で死んだ人もいるし家を失った人もいる,そして原発事故だった、故郷にも住めなくなった
この不孝も突然に来たのである。
突然に来るものは不孝なのである。幸福は突然にやってこない

これは何なのか?
幸福になるために突然に宝くじのようには来ないということである。
老人になって趣味がないとかすることがないという人も増えている
でも趣味だって時間をかけてスキルをは磨いていないとできないのである。
突然に覚えたりはできない,習得する時間が必要なのである。
そういう習得に時間をかけていれば他のものでも上達する
何かそうしたスキルは突然上達したりしないのである。

幸福になるためにはやはり幸福になる努力をすることが必要になる
それは人生では地道なものになるかもしれない,何か派手なものではない
こつこつ積み重ねる反復する作業である。
貯蓄でもこつこつためていれば金持ちでなくてもたまることはある
一挙に宝くじのように金をが入ることは普通はない,株とか投資でももうけている人はやはりそうした訓練を日々積んで来た人なのである。
素人は一挙投資でもうけることはありえないのである。それは自分の経験でわかった

人間は幸福になりたい,でも不孝はベートベンの運命のように突然やってくるのだ
それはさけることができないように必然的にやってくる
誰の運命でもそうである。まず人間自体がリスクである。病気になるからである。
それから老化することもリスクである。老化は確実に病気になることとにているのであるあらゆる機能が弱ってくるからである。機械が古くなり故障するのとにている
もう新しくしないとならないのだが人間にはそれができないのである。

ただ日頃から地道にしていることが幸福に結びつく,なぜなら幸福は天から突然降ってきたりしないのである。
仕事するにも普通はみんな地道であり地道なことの繰り返しである。
普通の仕事は投資とか株のように一挙にもうかるようなことはないのである。
人間には何らか運が作用していることは確かである。
これは否定できないにしろ日頃ごろごろして何もしないでスキルも磨かないなら突然何か幸運がいいことがやってくるのかとなるとならない

自分がしているパソコンの抽象画でもそうである。なぜ全く絵の才能がないのに絵を描けたのかという不思議があるからだ
それはやはりパソコンを長年していてソフトでたまたま発見したからだとなる
それも長年パソコンをしていたからだとなるのである。
そもそも仕事はそうして地道にしていてその仕事に熟達してゆく
突然に熟達したりしないのである。
富というのも実際は一代ではなかなか築けないというときそれだけ時間がかかる
先祖の恩恵で金持ちになるというのが多いのはそのためである。
一からはじめたら容易でなるなるからだ
一代で資本を蓄積して次の代でその資本を基に事業をして成功するとかなる

才能なども天才は別にして能力は地道に磨いていればそれなりのものを発見するかもしれない,人間の能力もまた発見されていない個々人でもどんな能力があるかわからないのである。
何か地道にし日々精進していればそうした能力も身につくとなる
一挙にそうした才能が天から降ってくるように身につくとはならないのである。

例えば遊ぶということも退職したから簡単にできるかとなるとできない,遊ぶ能力を磨いているできるが人生を勤め人として費やした人は遊びができないのである。
だから今度自由になったから遊べといってもとまどうのである。
遊ぶというときギャンブルとかではない,何か趣味とか能力にかかわるものである。
そういうものが退職してすぐに身につくかとなるとできない,将棋でも本当にできない
それだけ修練していないとできないのである。

反復によって手に入れた能力は深みもあり凄みもある

この意見はまさにそうである。反復によって能力が身につくのである。
長い時間のなかで楽器でも反復して習得するのである。
能力が才能が生まれつきでもそうして反復していなければ能力は身につかないのである。
つまり人間は虫がいいし本来なまけものだからそうした反復作業を嫌がって一挙に手に入れようとする,地道な努力を嫌うのである。
何か文学でも賞をもらいたいとか目立つことばかり目指す,地道なことはしたくないのである。そういう人はいつも目立っていたいのである。
でも普通の仕事はみんな地道なのである。
でもどんな仕事でもその道に通じたものは違っている,簡単に素人が一挙にできるものではない,底辺の仕事でもそうである。
仕事に通じるにはそれだけ修練が必要であり時間がかかるのである。

そんなことよりAIになればそういうことはコンピューターがしてくれるから人間はなにもすることがなくなる,遊んでいればいいという人がいる
でもこの遊ぶことが簡単にできないのである。
毎日パチンコ屋通いとかギャンブルとか酒飲んでいるだけでは遊ぶことではない
遊ぶとは人間だけができることなのである。そこに意味が見いだされるのである。

なぜ今これだけ観光するのにいい時代はない,でも旅人はほとんどいない,ただ移動してグルメ旅行になっている,旅人は見かけないのである。
ただ鉄道であれ車であれそうした便利ものもで移動しているだけなのである。
自転車旅行だとなんとか旅しているなと感じるから自分もしてきた
今の時代になると旅人になることは容易ではない,遍路でもずっと歩きとおしてはいない途中で電車にのったりするしずっと歩いて旅している人はいないのである。
途中で必ず乗り物に乗っているからである。
だから道をたどりきままに旅する人はいない,決められたコースを移動しているだけだとなる
旅は分かれ道がありそこでどっちに行こうかと選択する,そこに旅の醍醐味がある
決められた道を行っていたらつまらないのである。
だから今の時代旅人はいないし旅がなくなったともなる
観光旅行と旅はまた違っているからだ
近くでも自転車でぶらぶら気ままに行くとき旅だったともなるのである。

不孝は突然やってくる

幸福は日々築き上げるもの

幸福というとき家族でも結婚して作り上げてゆくものでありできあがったものではない
幸福は与えられない,それぞれの努力が必要になる
お互いに築いてゆくところに幸福がある
家でも建築でも土台を作り積み上げて完成する,一気には作れないのである。
どこの世界でもそうして積み上げて作られてゆく
それが発見につながり幸福をもたらすとなる

確かに不孝は突然やってきて幸福を破壊する,でももし強い絆で結ばれていた家族ならそう簡単には破壊されないだろう。
幸福を築いてきた歴史があるからである。
何事一朝一夕にはならないからだ,だからこそ強固に結ばれる
日本の国だって積み重ねられて築き上げられてきたものである。
日本の幸福を作ってきたのである。だから簡単には破壊されない

でもなぜ原発避難区域などではちりぢりばらばらになり町が村が崩壊したのか?
突然の不孝で一挙に崩壊したのか?
そういう絆がなかったのか,絆ということが盛んに言われたけど何かそういうものがなかったから家族も散り散りになり町や村が廃墟化したのである。
そこにも積み上げたものがありそれが幸福を作っていたのである。
それが一挙に不孝が突然来て崩壊したとなる
だから町でも村でも長い年月で築き上げてきたものがありそれがそんなに簡単に崩壊するのかというのがわからないのである。
実際はそれだけの絆もないし築き上げてきたものを尊重しなかったのかともなる

とにかく突然の幸福とかは運とかで入るものは失いやすい,遺産なども突然入れると失いやすい,宝くじでもギャンブルでもうけたものも失いやすい
なぜならそれは日々築き上げてきた幸福ではない,一時の運で思いがけなくもうけようとしているからである。
日々築き上げてもうけようとしているのではないからである。
何か自分もそういう経験をして金も失ったともなる
いづれにしろ人間を作るのは地道な活動なのである。一挙に何かを幸福でも得ることはできないことは確かである。
タグ:幸福論

大内村の人の話を聞いて(2) (文明とは自然に逆らうことであり自然に復讐される)


大内村の人の話を聞いて(2)

(文明とは自然に逆らうことであり自然に復讐される)


大内村の人の話を聞いて具体的にどうして袋村がなくなったのかわかった
まず高台に人は昔から住んでいた,平地には住んだ人は新しい人達だったのである。
大内村は地形的にわかりやすい,平地と高台に二分されているからである。
その高台といっても一段高くなっている場所である
その一段高くなっているだけでも津浪ではその差が大きかったのだ
なぜなら平地に住んいる人の家は津浪で流されたからである。
あそこまで津浪が来るとは思っていなかったろう。
ただあそこでは例え大きな津浪が来ていたとしても被害がなかったのである。
一段高い所に住んでいたからである。
だから津浪の被害があったとしても語られないことはあった

でもこの辺では慶長津浪とかの被害が相馬藩政記に二行だけ七〇〇人溺死と記されているだけであとは何も記録がないのである。
その謎も深いなと今でも思う,何か手がかりになるものを探して見つからないのである。
大内村では真野川の河口の度々水害になる土地を田んぼにしたが真野川の氾濫で撤退して袋村は消失したのである。
その土地の人がその場所で語ったとき何か実感として伝わる
なぜならその人は大内村に長く住んでいた人だからである。
この袋村は明暦から開かれて文久まであった、その時ただ人は住んでいなかった
明暦の頃開かれたとき元禄には一三軒の家があった
それだけ古い時から田んぼが開かれていたのである。

そういう土地としては悪い土地でも田んぼにしなければならなかったのが日本の稲作の歴史である。どんな場所でも米がとれれば生活が最低限成り立つということでそうなった
その苦闘の歴史が稲作にはある,八沢浦だって明治以降に武士が開拓したのである。
小高の井田川は大正時代になったからなのである。
日本の歴史と農業の歴史でありそれは戦後十年でもつづいていたのである。
戦争の引揚者がいたるところに入り土地を切り開き農業で生活していたのである。
結局仕事がないからそうなったのである。農業するには土地がないとできない
その土地がないとすると悪い土地でも埋め立ててでも田んぼにする他ないとなった歴史が日本にはある,日本の弱点は広い土地がないことである,だから一時東京で土地バブルになったのもわかる,土地の価値が異常に高くなるのもそのためである。

大内村でも一段高い所があるにしてもそこで田んぼを作るとなると土地がないとなる
すると平地に向かって田んぼを作るほかないのである。
そしてその高台の前を田んぼにしたらまた土地がなくなる,すると分家するにしても土地が必要になる,そこで真野川の河口の最悪の場所を苦労して田んぼにしたとなる
真野川は氾濫しやすい川である,だから二回も自分の家では水害にあってひどいめにあった,土地が低いからそうなった
堤防も整備されていなかったからである。河川改修していなかったからである。
津浪のときすぐ近くまで塩水が川を遡っておしよせてきていたのである。
近くの土手は氾濫していたから危なかった,河川改修したからあふれなかったのである。水害は河川改修すると起こらなくなるのである。その当時はそうした技術もないから袋村は消失したのである。

こうして苦労して干拓して開いた田んぼが今回の津浪で被害にあった
そこはもともと海だった所なのである。だから元の海にもどったともなる
自然側からみれば津浪はあまりにも無情だとなるが非情だとなるが自然側からみれば
ただ自然の作用であり人間を苦しめるために津浪が起きたということでもないのである。自然の作用に悪意はないのである。
ただそうした自然の大きな作用を無視して人間は営々ともともと海だったところを埋め立てて田んぼにしたり住宅地にしたりしたから被害にあった
つまり自然に逆らうことが文明なのである。それがある時自然から復讐されるのである。自然のゆりもどしがくる,それを考慮していない人間が悪いともなる
田んぼでもやはり文明の所産だったからそうなった
原発でも実は自然に逆らう科学技術である。原子核を破壊するということがそうである。本来そんな危険なことをしてはならないものだったのである。
そういうことをしていると自然側から反発があり復讐されるともなる
科学技術にそうした危険性が常につきまとっていたのである。

人間が自然に手を加えること自体がすでに自然を破壊するということに通じていた
ただでは科学技術がすべて悪いのかとなるとそうでもない
なぜなら米の収穫量は同じ面積で今は倍以上になっている
すると土地を広げて収穫量をあげるというより狭くても収穫量を上げることの方がいいとなる,それは技術が進歩すればできたのである。
だからいちがいに科学技術は否定できないということはある
袋村でも今のような河川改修した堤防があれば水害にならなくてすんだともなるからである。それだけの土木技術がなかったからできなかったともなる

それでもやはり今回の津浪の教訓は自然に逆らうことがいかに怖いことになるかということを否応なく示された,津浪は自然の作用でありそれは必ずしも自然にとって悪いばかりのものではない,自然の作用として起きてくるものだからである。
自然の山火事でもそれは新しい森を再生するものでありいちがいに悪いとはならない
津浪でも何か自然の作用であり海をきれいにするということはあったとかなる
つまり人間側から見た自然と自然から見た自然は違っているのである。
ただ自然に逆らうことが文明であり科学技術でありそこに何かしら問題が起きてくる
神話でも火を盗んだプロメテウスが過酷な刑罰にあったのとでもそうである。
神の厳しい罰が与えられたように津浪でも原発事故でもそういう側面はあったのである。

posted by 老鶯 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2018年04月12日

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南相馬市鹿島区の大内村で話を聞く (大内村で平地に住んだのは新しい人達だった)


南相馬市鹿島区の大内村で話を聞く

(大内村で平地に住んだのは新しい人達だった)

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地層が見えた,ここに津浪の痕跡はあるのか?

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津神社にあった金比羅と鯨大明神の碑



水路の工事しているの見ている大内の人と話した

「大内は高台に住んでいた人と平地に住んだ人の差が大きかった」
「高台に住んでいた人は昔から住んでいた人達だよ、そこから分家などして平地に住んだ平地に住んだ人は新しい人だよ」
「そうだったのか,かなり新しい時代に住んだ,その人たちが津浪の被害にあった」
「高台の人達は古くから住んだ人たちだよ」
「ところで袋村があったの知っていますか」
「知っているよ,あれは水害でだめになったんだよ」
「高台から平地に移り開拓したが真野川の水害でだめになっ」
「平地に出た人は新しい人たちなんだよ」

「真野川は堤防がないときは水害が多かった,あふれやすい川だったからな
自分の家も二回水害の被害にあったからな」

やはり土地の人とそこに住んでいる場で話すと土地の歴史がわかる,具体的に実感できるのである。
大内は館とつく地名があるから古いのである。古代からすら人が住み始めている
でも平地には住んでいなかったのである。そこは湿地帯だからである
だから平地に住むようになったのは新しい,明治以降ということもある
そうして新しく住んだ人が津浪の被害にあった

なぜこれほどの津浪の被害があったのか?
烏崎村でも高台に住んでいた人は被害がなかった,大内村でもそうである。
ただ海老村は一番古い,弥生時代の遺跡があるから古いが被害が大きかった
それもなぜなのか?なぜなら鎌倉時代に住んだ人の跡も出ているからである。

大内村の成り立ちはわかりやすいのである。
高台に住んでいた人たちと平地に住んでいた人達が明確に二分されていたからである。
そして今日聞いた話では平地に住んでいた人は相当に新しい,それがわかった
ただ烏崎村とかは鎌倉時代にさかのぼり古いのである
大内村ももともと古いのである。

それから津神社が大内村の公会堂に移されたがこれは津神社(つじんじゃ)ではなく津神社はツノ神社と呼んでいる,松川浦の津神社もツノミツ神社でありツ一字では呼ばない
原町の北原の高台にある津神社もツノ神社である
このツノはツノガノアラシトのツノであり渡来系が移り住んだ所なのである。
ツノガノアラシトは産鉄族であり鉄を求めてきた渡来系の技術者集団だったのである。
だから津浪とは何の関係もなかったのである。

津神社の裏側には碑があった,あそこにある碑は津神社にあったのか
別なものがあった,金比羅の碑とかあった
それらの碑は流されて不明になったのだろう。

工事は水田にするための水路である,斜面をなだらかにしたのは水が流れると崩れるからだという,それは最近急斜面の山が崩れたことでもわかる
地下水がたまり崩壊したのである。やはり急斜面になると水をふくんで崩れやすくなるのかもしれない,これは土木工学の分野になる
ともかくまだこの辺は工事がつづいているのである。

津神社の謎


津浪で再現した真野の入江 (大内村は山側に住んでいた人たちは助かった)

烏崎村の津神社にあった金比羅の碑と鯨大明神の碑


posted by 老鶯 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

最後に不孝に終わる人間 (三人の母親の結末)


最後に不孝に終わる人間

(三人の母親の結末)

母の実家は複雑であり不孝である。一人の母親は母のママハハだった,それで母が言っていたのは弁当を作ってくれたが残したらそれを自分が作ったのは食べれないのかと怒り投げられたという,それも少女の時でありこれもひどいなと思っていた
でもその母親は老人ホームに入り最後は目が見えなくなり誰もみるものがなく母が最後にみて死んだ,遺体は病院で解剖することにしていて骨はひきとり墓に納めた
最後は悪かったなと言って死んだ

もう一人の母親はその実家で育ったが五歳のとき別れて母親は家を出て別な裕福な家に後妻に入った,そして認知症になりその前に五歳まで一緒にいた実の母親がその子供とあった,それで老人ホームに入った,金はもっていたからだ
ただ認知症になっているからわからなくなっていた,それで嫁いだ先の子供と金で争っていたのである。
そして前にも書いたがその子供は信じられないい女性になっていた
子供はすでに大きくなっていた,大学生とかになっていた
だからいくらそんなことがあっても普通の大人だと思っていたがそうではなかった
まず全然人間の情すらなくなっていたのである
その実の母親をみるにしても金だけであり母親などと思っていないのである。
だから最後にこの実の母親は不孝だなとつくづく思った
他人に世話になるより不孝である。何の愛情もないからである。
結局この実の母親は楽して最後は不孝になった
楽な道を選んだ結果として不孝になったのである。
自分は子供をおいて金持ちの後妻に入ったからである。
その後は子供とは関係していなかったのである。

ただこの女性についてわからないのは一番世話した三番目の母親がいたがその女性にもひどいしうちをしたのである。
そして自分の所に「ひどい娘だわ」と言い残してすぐ死んだのである。
この母親とは一番長く生活していた,ただ娘を言いなりにしていたのすごく反発するようになった,それはあってもそれだけ長く一緒にいて母親となっていたのだからそんなひどい仕打ちをする必要はなかったと思う
ただ自分の家とはもめていたからその女性についてはわからないしかかわらなかった
だから何か言えるものではないがそれにしても問題があるにしろそれだけ世話したのに
病気になってもなってもひどいしうちをした

そして自分の家にきてもそうだった,自分の家の場合はしかたないとは思った
「おばちゃんは金があるんだから金でめんどうみろ」と言って血相変えて去って行ったのには驚いたいうか言葉もなかった
非情化した人間になっていた,だから「ひどい娘だわ」というのはそのことでわかった
普通人間はひどいめにあうと非情になることはわかる
その女性はまず金銭的には何不自由なく育ったのである。
別に子供のとき両親に別れたという人もいるがそうでもない,三人の母親にかわいがられたのである。だから外から見ると複雑でもかわいそうだとも見えないのである。
ただその原因は嫁いだ夫にもあったのかもしれない,その辺は長い間交際がないのでわからなくなっていた,だから自分はとやかく言える立場ではない

とにかく「ひどい娘だわ」と言って死んだ一番世話した母親の無念はわかる
ただ最初はその母親が悪いとばかり思っていた,自分の家では疎遠になっていたしその人のことがわからなくなっていたからだ
だから娘の方については悪いとは思っていなかったのである。
その娘は非情化したというより凶暴な女性になっていたのである。
とにかく人間の変わりようには驚く,全く別人になる,ただ子供の時しか知らないから何とも言えないが人間はそんなに変わるものかと思う

いづれにしろ母の実家,兄弟も姉妹も全部死んだ,そして物語となった
それはまた教訓ともなるだろう
別にママハハでも子供に愛情をそそげば実の親と変わりないものとなる
それをしないから不孝になったともなる
実の母親でも愛情がないとするとただ自分の幸福だけを思い裕福な家に子供を捨てて楽したのだから今になって子供に世話になろうとしたことが間違いだった
ただ他に世話になる人がいないなということもあった
そしてただ金を求められるだけだとなったが本人は認知症になっていたのである。
それも悲惨である。

みんな人の一生をみると最後に総決算になり不孝になっている人が多いのだ
それはそれまでの人生の決算でカルマの決算でそうなる
そもそも死ぬということが人間にとってどんな人でも悲劇なのである。
悲しみのうちに人間は死ぬとなるからだ
だから最後はどんな人でもあわれな最後となる
人間の最後はみんな悲劇なのである。
人生も物語として終わるが歴史も物語である,history-storyなのである。

人間の一生がどうなるのか?それは死んだからわかる
それも死んでからそれなりの時がすぎると自ずと解明される
それは歴史でも同じなのである。歴史となるとさらに時間がかかる
今になって明治維新が問われるのもそうである。
実家のママハハが死んだのは実際は十数年前だったと思う
二〇年くらいすぎていたかもしれない

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