2020年01月21日

(冬の城下町)相馬市が城下町であったことの価値 (歴史は全体であり精神も全体から育まれた)


(冬の城下町)相馬市が城下町であったことの価値 

(歴史は全体であり精神も全体から育まれた)

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冬の暮忠義の松や城下町


相馬市が城下町なのである、でも城の跡があるにしても何が城下町なのか?
城下町とは何なのか?それが意外とわからない
つまり城下町とは城があって侍が住んでいた町である
城下町の中心は侍の町でありその周辺に商人とか職人が大工などが住んでいた
でもその町の中心は侍が住んでいたことなのである

田町通りになるともともと田があったところでありそこから街に発展した
もともとは中村であり中村城であり中村駅なのが相馬に変わった
相馬氏がここに城を建てたのは戦国時代の終わり頃であり慶長時代でありその時慶長津波があった時代でもある

今になるとどうしても城があって侍が住んでいたということが意識しにくい
城下町というとき江戸時代ならそこは侍の町でありその周辺は田んぼであり畑である
農家になっていた、だからこそ田町とは田のある所であった
そういう地名は全国的にある、田から町に変化したのである
町とは一区画の意味でありだから村の中にも町(マチ)とつく地名がある
日立木の町場橋などもそうである、村の中に町場があった

かつては、町場の家大工は町内にある社寺なども手がけており、宮大工の技量もあった。そのため、野丁場の大工よりも町場の大工のほうが腕が良かった。

町場

ちょう ば ちやう− [3] 【町場・丁場・帳場】

@ 宿場と宿場との間の距離。ある区間の距離。 → 長(なが)丁場
A 夫役で、運送・道路工事などの受け持ち区域。工区。持ち場。
B 馬子やかごかき・人力車夫などのたまり場。 


町場とは建築現場であり大工が通う場所だった、ではなぜ日立木の薬師堂のある所が町場橋になっているのか?あの薬師堂を建てたときその地名がついたのだろうか?
宮大工とあるからそうかもしれない、でもなぜ日立木なのだろうかとなる
街道に由来した方かもしれない、なぜなら街道であり中村城と近いからである
この地名は江戸時代につけられたものだろう、つまり街道ができたときつけられた

ともかく相馬藩というとき江戸時代なら城を中心にして城下町がありその城の中心には侍が住んでいたのである、その人たちは戦国時代が終わると官僚になった
でも刀をさして城下町を歩いていた、ここでは確かに野馬追いがあるから侍の時代が再現される、でも野馬追いに出るのは農家であり今は城のある市内からは出ないのである
郷士として給人として農業していた侍が出ている
でも江戸時代は城下町に住んでいたのだから今の市内に住んでいる人が侍町となっている城の周辺に住んでいる人たちが野馬追に出ていたとなる

人間はなぜ時代がたつと変わると昔がこれほどわからなくなるのか?
それは時代とは部分ではない、全体なのである、時代をみるとき一つの遺物から見たり部分的にみる、そこに誤解が生じるのである
江戸時代というとき城下町があればそれは全体なのである
全体が時代を作っていたのであり部分ではないのである

だからなぜ何か残されたものでも芸術でも全体を時代を見れないから理解しにくくなる
城下町を形成するのはそうした時代の全体なのである
城だけでもない、その時代を作った全体である、周辺の農村もそうであり全体が時代を作っていた

それで侍が住んでいたという時、殿様が城に住んでいたというとき城が町の中心であり
それは生活そのものもそうだが精神的にもそうなのである
侍が君主に殿様に仕えて日々の暮らしがあった
すると町全体が君主に殿様に仕えていたともなるのである
今は誰に仕えているのか?役所だったら逆に住民に仕えているとなる
その相違が大きいからもう城下町のことをわからなくなる

それで侍屋敷があるとする、その庭に松がある、すると私の作った俳句のような感じになる、城には松がにあう、それが忠義の松なのである、侍の時代が全体を作っていたからそうなったのである
ただこういうことは旅しても良くわからないのである、二本松だって城があって城下町である、10万石であり大きな城があった、でも何かもう城下町とかになるとわからないのである
二本松とか白河城とか会津などは外から来てもなんとなくまだ城下町ということがわかる相馬市は城下町だということが外から来たらわからないと思う
城もないしどこが城下町なのだろうとなる
ただ細い路地が多いから碁盤の目のように区画されていてそれが昔のままになので城下町だと意識する、ただ歴史は時代は全体なのである
その全体を意識することは残すことはむずかしい、京都とかでもそうである
町屋があってもその前に高層ビルが建ったりするぱもうその全体の景観は破壊されるからである

要するに時代の景観は常に破壊されつづけている、だから時代の全体がわからなくなる
それが江戸であった、東京になって全く景観が変わった
東京から江戸時代を偲ぶことは至難である、そうなると歴史を偲ぶことができない
ヨ−ロッパになると石作りの建築が残っているからローマ時代でも偲べる
日本は歴史を偲びにくいのが全体がまるで変ってしまったからなのである
その時失われたのは景観だけではない、侍を中心にしてあった精神的なものを失われていたのである
だから侍とは何なのということがわからなくなる、その時日本は日本ではない、過去が歴史が失われているから何か外国の一都市のようになっている
それが外国でも同じだがまだヨ−ロッパ辺りだと昔の遺跡が石だから残っているのである日本は木の文化だから残らないのである

とにかく城下町の景観は時代が作ったものでありそれは全体である、だから全体が失われて個々の部分を博物館などで見ても歴史はわからなくなる
相馬市は城下町でありさほど景観が変わらないから偲べるともなる
でも外から来た人にはわかりにくいのである
だから現代では過去を歴史を偲ぶことがいかにむずかしいかわかる、日本では特にそうである、侍の時代が鎌倉時代から600年くらいつづいていても失われたことでもわかる
侍とは何なのか?戦国時代のみをイメージしている、でも江戸時代300年は戦争はなかったから刀をさしていても人を殺すということはなかったのである
でも侍中心であり城下町は殿様への君主への忠義として城下町があったとなる
それは侍だけではない、町民もそうした全体の中に組み入れられていた
それは侍を模範としていたのである、侍に倫理的にも習っていたのである
ただ力で支配するだけの存在ではなかったのである
それが町全体として回りでも時代を作っていたのである

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八重桜(相馬市から日立木の街道帰るー田町は新しくしたが昔の情緒が失われた)

相馬藩六万石-冬椿の城下町(随筆2-日立木の町場橋の情緒)


2020年01月20日

場が人間のアイディンティティの基礎 (調和の庭(詩)−田舎と家と土地)



場が人間のアイディンティティの基礎

(調和の庭(詩)−田舎と家と土地)

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この四つが場所がいい、最近磯部に絆という喫茶店ができたが場所が良くない
海も見えない、庭から道路が見えるだけだとなるからだ
パン屋は海が見える、でもそこは休む家がない、パンだけ売っているだけである
場所として海が見える所が良かったと思う

鹿狼山の下の花木山ガーデンからの見晴しは最高である
あそこにも喫茶店のような休む場所があるがかなり狭い、でも場所としてはいい
ただ私はこれらの喫茶店とか行ったのは二回ほどしかないのである


日本の庭はやはり一つの文化である、家庭というとき家と庭だからである
ただなぜ人間は調和しないのか?
自然は荘厳な調和の世界であり宇宙である
人間社会は別に戦争がなくても絶えず争っている
他人に対してなにやかにやでもめているし衝突している
つまり人間社会には本当の平和は永遠にないのである

田舎でも別に人間が調和しているわけではない
ただ田舎の相違は何度も言うが「場所の現象学」で深く場が考察されたようにその土地と深いアイディンティティをもっているからだとなる
ふるさとというとき故郷でもありこの故は祖父から親から子へと継がれるものがあったからだともなる、里は場なのである

それは農業社会だからそうなっていた、それで農家では三代つづいてはじめて仲間と認定されて部落に受け入れられたというのもそうである
それは土地と深く結びついているからそうなったのである
場という時、私が言う観念的なものとは違う、具体的に生産の場をもたなければ生きていけないからである、農家と土地はそうして一体化しているからだ
土地は血肉ともなっているからだ

やはり何代もつづく家はそこに何か表現できないが重みを増してくる
それは蔵がある農家とかがそうである
都会だといくら豪邸に住んでいてもそうした重みが備わらない
それは土地と一体化した場をもたないからである
田舎の家は農家だと大地に深く根付いた木のように見えるからである

現代人の生が何か希薄化する、浅薄になる、重みがないのは場を失ったためである
日本の神社が社でも深く場とかかわり生まれた、神社と小社でも場と切り離されずあったからである、その地域地域の場と深く関係しているからである
それは外国でも神殿が建つ所はその場と関係していた
不思議なのはイスラム教でも偶像崇拝を拒否してもメッカという場が信仰の場となっている、方角と場に祈っているともなるのだ
つまたそれだけ人間は場から離れてありえない存在なのである
その場とのアイディンティティを失ったとき生の意味ももていなのである

だから何でも経済的に金で今は考える、そんな田舎に住んで金にならない生活できないとなるだけである、では都会で大金持ちになってそれで生の意味が価値が意味がアイディンティティが作れるのか?
普通は今ならそんなことは考えない、でも最近い若者でも田舎に移住する人が増えてきた空家がありそこに住めば広い庭があり場を確保できるからだ
そこで生活するとなると贅沢はできないかもしれないが場をもつことができる

ただ正直田舎の問題はかえってそうして場をもたない、家をもたない、ある程度の資産がないと暮らしにくい、市営住宅に住んでいるような人は何か場をもたないということで余計にみすぼらしく見えてしまうのである
そして田舎だとその土地の有力者は住みやすいのである
何か狭い世界で序列ができて威張ることができるからである
でもそうでないと田舎はそういう序列が見えやすいから住みにくいとなるのである

だから相馬市の煉瓦の喫茶店のことを入ってそれも城下町で場を得て調和したと見た
特に広い庭があったから余計にそれを感じたのである
喫茶店でもレストランでも何か場所がいいと価値がある
海の見える喫茶店とか山陰の隠れ家のような喫茶店とか丘の喫茶店とかである
津波の後に海老村には山陰の隠れ家のような喫茶店が農家の納屋を改造して作られた
磯部の柏崎の丘には薔薇を咲かせた西洋風の喫茶店がある
その場所で価値がまずある、家でもその場所の価値がある
景色のいい所にある家は価値がある、だから都会だとそういういい景色の場所がないから豪邸でも価値あるものと見ないのである

人間は意外と常に場の影響を受けているのだ、それを感じたのは家の中でもそうなのである、二階と下では何か住んだ感覚が違うのである
二階だと空が広く見えているし冬だと廊下に日がさしてひなたぼこして本読んだりしている、すると何かイメージが湧いて詩でも創作する、アイデアが生まれるのである

それは一つの家でも場所が変わると気持ちが変わる

だから何か書き物したり創作したりする人は家が大事になる、家は画家ならアトリエだからである、そこが創作の場所になるからである
そして不思議なのはそこにただ座る、胡坐をくみ座るのとソファーにもたれるという姿勢で脳の働きが違ってくる、これも不思議だと思った
姿勢を変えただけでも脳の働きが変わるのである、だからソファーでも背を伸ばせるソファーが椅子がいいとなる
そこでくつろぐといいアイデア生まれるとなるからだ
その点自分の家は恵まれているとなる、ただ一人で広いから困っているのである

老後を考える時意外とこうして場が大事になる、なかなかもう旅もできない、じっとしていることが多くなるからだ、すると家が広くて余裕があり思索する空間があることが大事になる、だから老後は家が根城となり大事なのである
そこで書き物などもするし仕事の場ともなるからである
だから景色がいい場所にある家だと最高だとなる
ただ私の家は街中にあるから景色がいいとはならない、でも田舎だから回りに高いビルなどないからいいのである

相馬市がいいのは平屋が多い、高いビルがない、ただ田町通りは広く新しくしたから何か違和感が生まれた、公共の建築物のように入母屋式のようにすれば昔の感覚が生まれたかもしれない、ただこれは両論がある
とにかく価値はいろいろある、一つの価値だけてはない、価値を生むものはいろいろある場所も立地も大きな価値なのである、これが価値の基本にある
それが人間の基本的アイディンティティとなるからである 



調和の庭

一つの庭に
石と石は
調和してある
石と石は対等である
石はそこに
一つの調和の世界を作る
それぞれの場を得て
石はそこに落ち着く
場に根ざして石はある
そこに高ぶるものなく
低きものもなく
石は調和して
一つの世界を形成する
大きな石も小さい石も
高い石も一つになる
人に例えれば
兄弟の石があり
親子の石がある
夫婦の石とみるごとくに
祖父の石のごとくに・・・        






2020年01月19日

煉瓦作りの新しい中村珈琲店の不思議 (隣の広い庭が活かされて城下町にふさわしいものとなった)


煉瓦作りの新しい中村珈琲店の不思議

(隣の広い庭が活かされて城下町にふさわしいものとなった)

 相馬「ビートルズ珈琲店」台風豪雨の苦闘奮闘感涙記
2019/11/2(土) 6:00配信新潮社 フォーサイト

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これは八沢浦から見た蔵王

磯部から見た蔵王が近くに見える

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中村神社の池

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松のある玄関と隣の喫茶店の庭が広い

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長い藤棚がある、これは見ものである

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古い藤の木
この庭に池があった

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喫茶店の中から広い庭が見える

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これはアトリ科のシメである


一処(ひとところ)今年も暮れぬ冬木立

六万石城跡たずね冬深む

親子杉ここに根付きて冬深む

目白来て街中の家冬椿

錦鯉赤と黄映えて冬の池

城下町路地の細道冬の松 

松に映ゆ相馬の城下冬紅葉

路地細く相馬の城下冬の暮 


冬の鳥相馬の城下喫茶店

城下町枯木の庭や喫茶店 

いつよりや庭の古木や喫茶店

古池の跡や残りて冬の暮 

城下町庭の古木や冬深む


松並木街道帰る冬の暮


みちのくの蔵王は雪に閉ざされぬ磯部よりしも見えにけるかも

新年に新しき店と喫茶店我が入るかも趣き深めぬ


八沢浦を回り磯部から道の駅により街道を行き相馬市街に行った
蔵王は磯部から大きく見えていた、あれに気づかなかったのが意外だった
ここから蔵王は確かにはっきりと見える、蔵王の見える領域にある

相馬の城跡には日曜日なので何人かたずねる人がいた
中村神社の池に錦鯉が泳いでいた

それから煉瓦作りの喫茶店ができたというので見に行き入った
それがなんとも不思議だたのである
最初路地裏の細道を行くと塀があり松が立つ玄関の家があった
それでいかにも相馬市は城下町らしいと感じた
それは前から碁盤の目のようになっていて城下町の雰囲気があった

その喫茶店は煉瓦作りでありそれも手間をかけた感じである
中に入ると隣の庭が見えた、古木がありそれがこの喫茶店の家の庭だったのである
それが広いのである、なぜこんなに広い庭があったのか?
家は小さい、でもその家に住んでいた人がこの煉瓦の喫茶店を改造して作ったのである

こういうふうにして喫茶店を作ったのが鹿島の海老村の納屋を改造した喫茶店である
ただあそこでは予約注文しなと昼食は食べられない
今回の喫茶店は第一相馬市内のど真ん中にあるから便利であり入ることができる
そしてなぜここにこんな広い庭があったのだろうかとなる
もちろん相馬市内だと農家ではない、ただ原町でも六号線側になると農家があった
でもここは市のど真ん中なのである

そこに藤棚があり長いからこれは咲いたら見ものである
私は相馬市の花は藤の花としてプログに書いてきた
それは相馬市の城跡に藤の花が咲くからである
そして城下町には藤の花があっている、相馬市の特徴は細い路地があり碁盤の目のようになっていて一応城下町なのである
ただ城跡には城も何もない、最初は天主もあった城だったが落雷で消失した
何か城が落雷になりやすいのはもともと江戸時代とかなると高い建物というと城しかないからだとなる、一番目立つ建物が城だったからである
城から天主閣から一望に街を見晴らせるからである

その喫茶店は花屋も併設している、三人四人くらい働いているから一人でしてしいる喫茶店とも違う、何か記事では野馬追のとき外国から研究する大学生が一か月くらい滞在したとか、それは駅でフランスの小学校の先生と出会ったからそういう人がいても不思議ではない、日本の歴史を具体的に感じることがあるだろう

ともかくあそこの喫茶店の価値は煉瓦作りということもあるがあの広い庭である
第一市街にあれだけの庭があったということが貴重なのである
なぜなら喫茶店とかの価値はレストランでもそうだが見晴しがいい、景色がいいと
価値が高まる、だちゃごちゃした狭いとか暗いとか何かそういう所は嫌なのである
ただ場末の飲み屋がいいという人もいるからそれをとがめることはできない

そしてそこの女主人が城でも何もなくても感じるものがあるというときそうである
何か城は新しくしてもそれが本当に博物館に見えるし博物館になっているのである
だから何かそこから歴史をかえって感じなくなるのである
ただ城跡だけでも石垣だけでも残っているとかえって歴史を感じることがあるからだ
そして田町通りはもともと古い場所であった
それがあのように新しくされたとき何かそれも古い情緒が失われたともみる

そしてかえって塀があり一本の松の玄関がありその隣が古い庭でそれが広いのである
古い池の跡もあり井戸もありなんとも不思議だった
なんでもその池を直すのには5百万かかると言っていた
確かにそれくらいはかかる、でもあの庭を整備すれば価値が増す、あれだけの庭が街中にあることが価値がある
それでかえって田町よりこちらの方に城下町の趣(おもむき)感じたのは不思議である

確かに街起こしとして田町通りをあれだけ立派にしたのだからいいと普通は思う
でもそれがあまりにも過去の田町の風情はなくなり新しい別な街になった感じになる
だから必ずしも歴史の保存というとき新しくすることがすべていいものとはならない
ただそうはいっても田町通りが悪いとはならない
それはそれなりの価値を生んでいる
ただ歴史の保存というとき継承というとき何か違ったものになっている

相馬市で感心するのは主な公共的な建物をみんな入母屋作りにしていかにも城下町らしい街作りをしたことである、あそこに高いビルが建ったりするとそうした風情は失われるからだ、それは成功している
平屋だけの方がいかにも城下町らしいからである

ともかく冬の日の相馬市も城下町として風情がある、趣(おもむき)を深めたのがその煉瓦作りの喫茶店である
城下町にあったものとなっていたのである
ここが街作り地域創成で大事なのである、何でもいいとはならないしその場にあったものを作ることである、だから磯部にある薔薇の喫茶店もいいし鹿島の海老の納屋を改造した喫茶店もその場を活かしていたのである
ただ私自身は行っていない

もう一つ価値を高めるのが人間のサービスなのである
その喫茶店の女性は年配であり対応がいいからだ、何かいろいろな人と話すときは人生経験豊かな女性の方がいいのだ、若い子がいいとは限らないのである
やはり年が近いと話が合うのである、それは同じ時代を生きて経験しているからである
そこでビートルズの曲を流していたということはまさに同年代だともなる
学生時代とか青春時代はビートルズ一色だったからである
それで東京の武道館でビートルズが来たときそのライブ演奏を聴くことが自分にもできた切符が手に入ることチャンスがあった、でもできなかった
つまりそのチャンスは非常に貴重なチャンスだったとふりかえるのである
そういうことは本当に人生には多い、貴重なチャンスを逃して永遠にもうそのチャンスはめぐってこない、人生はもう終わりとなっているからだ
この喫茶店ではバンド演奏するというとき何かそういう世代なのかもしれない
ビートルズにうっとりするのは団塊の世代とかその下の世代だからである
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この時興奮して熱狂していた女性でも75以上にもなっている
もうおばあちゃんでありおじいちゃんなのである
だから時間が過ぎるのは早い、あっというまであり二度とそうした興奮した経験はできないのである
いづれにしろその頃はいつもビートルズの曲が流れていたのである
だからその曲とともに青春が甦ることがあるのだ
ある人はそうして泣いていたというのもわかる、なぜなら二度とそういう経験できないし返ってこないからである

また不思議だったのがその庭にアトリ科のシメが餌を啄みに来ていた

その鳥を見たのはここで初めてだった

これも本当に不思議だった、ヒヨドリとか常に見ているが目白を四十雀も見ている
でもシメとか見たことがこの年でもないのである
なぜあそこで見ることができたのか、市街にそんな鳥が来たのかも不思議だとなる
こういう鳥が来るということは自然がまだあるからである
これはなかなか街内には来ない鳥だと思うからである

アトリ科のシメ

まずこれに間違えないと思う、あそこの喫茶店の価値はその建物にもあるがあの広い庭なのである、あそこを整備するればもっと価値が増すのである
でも池を作り直すと500万となると厳しいともなる
人間はやはり常に新しい価値を作りださないと何でもダメになることはたしかである
でも何でも新しいものがいいわけではない
そこも古い広い庭を活かしたことが新しい価値を作りだしたのである
必ずしも何でも新しくしたからそれで価値が生まれるわけでもないのである
それがやはり何か新しいものを作る時問題になる
地域創成がむずかしいのはそのためなのである

youtubeの発言が新鮮-日本に迫る危機 (関心をもったものの解説ー老人がもっと参加するべき)


youtubeの発言が新鮮-日本に迫る危機

(関心をもったものの解説ー老人がもっと参加するべき)

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youtubeは私にはまだわからないものとしてあった、最近かなり見るようになった
youtubeとプログとかは違う、文章でないからテレビのように見れることである
テレビがこれほど見られたのは大衆的にわかりやすいように解説するからである
それがyoutubeだとテレビとにたようなものになっている

それでクリスタルスペインのスペインに何十年をも生活して今も生活している人の発言は新鮮だった、それはそこに長く住んでいて事情を深く知っているからだ
肌で知っているからである
だからニュースの解説でも何か今までにない新鮮さを感じたのである
マスメデアの特派員の報告とは違う、そこに住んでいての実感であり実況放送だからである

それでギリシャの島にシリアからの難民が集中してその人たちが人権もないのかと騒いで暴力沙汰にもなっている、難民をそうしてかわいそうだからとして受け入れるといかに危険なことになるかと日本に警告している
日本も中国とか北朝鮮の難民がおしよせることがあるからだ
中国でぱもともと飢饉とかになると人民が流民化する
一時10数年前は出稼ぎで鉄道で家畜のように詰め込まれて都市部に流れていたのである
実際に鞭をもって車掌はつめこんでいたのである
それだけ都市部への出稼ぎ者が流民となって流れていた

そういうことがグロ−バル化すると起きて来る
大量の難民で国もパニックになり国自体が混乱して崩壊するという危機にひんする
だから簡単に難民を引き受けることも問題なのである
それは野良猫でもかわいそうだとなるが餌をやると増えるから困る
難民もかわいそうだからとしてもではその人たちのめんどうを見れるのかとなると簡単にはできないのである、だから地域猫として管理することが求められているのだ

武田邦彦氏の発言に注目したのは何よりも科学者であり技術者である
その経験がありそこから見る目が違っている
マスコミではそもそも理系の人はいないから科学的なことがわからないからである
そして文系について歴史などにも造詣が深いから現代が生んだ知性だともなる

先日見たばかりの加持正一氏の発言をも新鮮だった
彼もアメリカで実際に長く生活していて仕事して来たということは強みである
つまりアメリカのことを深く知っている、肌で知っている
それで日本がを対象的に見れるのである
また同世代であり人生を語れるのである
人生を語る時どうしても若いと語れないのである
どんな人でも老人になると人生をふりかえり語れるようになるからである
それぞれの経験がありそれで語れるのである
ただyoutubeとなると団塊の世代とは極めてまれである
そこで世代間のバランスがとれなくなっていた
だから40代くらいのITで成功した人たちをITアイドルとして批判しているのも貴重である
いづれにしろ日本を知る場合でも日本だけから日本は見えないのである
客観的に見ることができないのである
日本で当たり前のことが外国ではそうではないからである、もちろん外国もまた日本と比べると見えるのである、だから知識人になるには今は外国に生活して深く知る人でないとなれない、だからこの発言は新鮮だなと感じるのはたいがい外国生活が長い人である
ここにとりあげたのもそういう人達だったとなる

自分自身は外国旅行したとしてもあくまでも旅行であり生活したことがない
それで30代くらいでそうすれば良かったと思った
でもその機会を逃した、そして人生ではもう二度とそうしたチャンスはなくなる
その時やるべきことをやらないと後は二度と経験できない
だから50代で海外旅行したので良かった
60になってから介護になり何もできなくなったからである

実は私は本当はアメリカでも留学とならなくても他でも外国経験はできた
でも田舎にいてその頃外国旅行は相当に金のかかる時代だった
航空運賃が50万とか見たことがあるからだ、そうなると行けないと思っていたのである
でも実際は家に金はあった、それは家族のものだったけど頼めば行けたかもしれないのである、でもそのチャンスを逃してしまったのである
そういうことが必ず後で後悔になる、だから若い人は老人の人の話を経験を聴くべきなのである
若い人同士で話してもだめなのである、同じレベルであり先をどうするかとなるとかえって老人の経験談を聴いた方がためになるのである
林秀彦もそうである、日本が見えたからこそあれだけ罵倒して覚醒させようとしたのである、どうしても外国生活が長い、深く知っている人は日本が見えるのである

この人の本を最近読んで日本を罵倒しているがやはり外国生活が長いから日本が見えるから日本人に対して腹正しくなってあれだけ罵倒しているとなる
日本をまた時代をみるというときこれも歴史を参考にするというときもそうである
今を見るには過去を見なければわからない、今を見るには江戸時代を知り対象的に知ることである
それで銀行が窮地に立たされている時どうするのかというとき江戸時代の金融に注目している、無尽とか頼母子講とか江戸時代にも金融があり江戸と大阪での取引があり米の先物売買もあったり今にあることが過去にもあったからである
明治になってからそうした江戸時代にあったいいものを日本人は省みなくなったのであるそれで今頃になって省みるようになったのである

とにかくyoutubeの世界も新しいメデアの世界である
もともとネット空間は対話的だったのである、それはパソコン通信時代からそうだった
必ずレスがレスポンスが必要なメデアだった
ただ最近はプログでも長文でありyoutubeでも対話的であっても何か独演場となっている
そしてやはり何かを語れるのは人生とかなると老人がもっと語るペきだとなる
それがインタ−ネットでは少ないのである
第一何百万のyoutubeの登録者は小学生とか高校以下の人たちを相手にしている
そういう若い人向きのツールでありメデアだったがスマホが普及してそうなったのだが
それとともに一般化してきたのでネット人口は増えて来た
だからどうしても新聞とかテレビとか旧来のマスメデアはすたれてゆく
そんなにいろいろ見れないからである 

テレビではこれから優れたコンテンツなら見る、それは別にインタ−ネットでも見れるのである、NHKではすでにインタ−ネットでも同時配信して一週間くらい番組を常時見れるようにするとかなる
もうテレビでもインタ−ネット時代になりつつある
だからインタ−ネットは日常的に利用するものとなる
するとマスメデアのテレビからの呪縛から逃れられる
マスメデアがあまりにも一方的力をもちすぎたのである
そこで真実は報道されなかった、それを象徴していたのは原発事故だったのである
これも加持氏が言うように既得権益で固められていて批判できなかった
結果的に大惨事になり放射能汚染で住めなくなったのである
日本もまた既得権益者に固められたシステムで日本がそれによって崩壊すると予告する
しかし原発事故のように大惨事とならないかぎり日本人は目覚めないのである
でもその時はすでに時遅しとなっているのである

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日本人は自ら考えない民族である、思考力がない、なぜ外国で生活した人がそれをみんな感じるのか?
それは外国ではそういう生活が日常的だから日本人が対象的に見える
日本は本当に教育からて自ら考える能力を養わないのである
自ら考えるということも訓練だからである
まず何か疑問にもつ、なぜだろうとなる、そうして自主性をもつことができる
だから宗教は考えさせなくなるからカルトになるとファシズムになる
また考えないことによってただ上の命令に従うだけだとなり
それで日本がいつのまに破綻しているとかなる
それを証明したのが原発事故だったのである
上の命令のままになっていたら故郷にすら住めなくなったのである

日本も日本に住めなくなる!

そうなるのは日本人が自主的に考えて日本をみんなで作るという意志が必要になってくるのだ
それでマスコミやマスメデアは既得権益者に組み入れられているから真実は報道しない
そうしているうちに

原発事故のように日本人は日本に住めなくなる!

その恐怖が自分の住んでいる場所で起きたのである、だからそういう危機感をもつべきだが日本人は自ら考えないし
危機感も希薄である、そしてはじめて津波だ、原発事故で故郷にも住めなくなったという事実をつきつけられる
その時はすでに時遅しとなっていたのである

2020年01月18日

式年遷宮の祭りの意味 (日本は生(き)の木の文化)


式年遷宮の祭りの意味

(日本は生(き)の木の文化)

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真新し柱を建てて遷宮の祭りのつづく日本なるかな

真新し宮の柱や緑映えいつかしの森の木々の古りしも

新しき宮の柱と選ばれてとうとし神に祈り切るかな    


縄文時代は鬱蒼とした森が日本をおおっていた、森の国だった
今でも森林が日本でぱ多い、日本の神は鎮守の杜とか三輪山が御神体のように山自体が神になったり木でも石でも神になる
木を伐りだすとき山口祭が行われる、この山口とは神聖な場所だったのである
山の入り口でありそこが結界ともなっていたからである

日本が木の文化だというときこれだけ森が多ければ当然そうなる
でもヨ−ロッパでもうっそうとした森に覆われていた、ドイツだと樅の木に覆われていたそれは黒い森として知られている
そしてその深い森があってそこは容易に入れない場所となり侵入できない場所であり
そこでロビンフットは森に逃れて時の権力者とか対抗できた
森が隠れ家になったのである、また森は国境にもなった

例えば日本でも相馬藩内の双葉とか大熊や富岡地帯は森で覆われていたし野でもあった
だから広野とか大野とかの名がついている
そして夜の森というとき相馬藩の殿様が余の森といってその土地が相馬藩の殿様の所領だと宣言した場所だったのである
明治になってその辺は新しく野とか森が開拓されて人が多く住むようになったのである
ここでも森は国の境になるように森が境界として閉ざされた場所だったのである
鬱蒼とした暗い森をぬけることが容易ではない、その森をぬけたときほっとするのである歩いてしか行けないとしたその森からなかなかぬけられないということになる

日本が生(き)の文化というとき木は呼吸しているし生きている、木材となっても生きているというのが石と違っている
だから大工は木をみて木材をいろいろな用途に使うのである
それで20年に一回の式年遷宮は宮大工の技を継承するためだともしている

生ものをサシミでも魚でも食べるのは日本の文化である、漁師は二日三日過ぎた魚を食べないという、日本でぱ魚でも生きのいいうちに食べなければならないのだ
だから生きたままのイカを食べたりする、活きづくりである、それも残酷だがそれが日本の文化なのである、日本でぱ新鮮なものに価値がある  
それでこの辺でぱ海の魚を放射能で食べなかった
でも松川浦とかでとれたカレイを汁も売っていたので煮魚として食べた
それがうまかったのは新鮮だったからである、これが古くなるとまずくなるのである
それで幸福な時を味わった
この辺では石鰈は贅沢品でありそれの新鮮なものを食べることは贅沢だったのである
それが放射能汚染でできなくなっていたのである
ただ日本人は家でも新築のものもを好む、外国だとヨ−ロッパだと古いものにも価値があり好む
その違いもやはり日本が生(き)の文化だからだとなる

ただ漁業は現実にそれだけでは生活できないと漁業権を東電に売り渡して補償金をもらっていた、そこが原発事故で明るみに出たのである
放射能という時これが残酷だったのは空気から土から森でも木材でもそうした生活の基本となるものが汚されたことが深刻だったのである 
もしそういうことがなければいかにこの土地の恵みは海の産物である
その生きのいいものを食べることでそれが最高の贅沢だったのである
それで会津のみしらず柿をもらって石鰈を送ったとき会津の人は喜んだ
会津の人はそうした新鮮な魚を食べられないからである

とにかく日本の文化というとき確かに木の文化だとなるが縄文時代は木の文化ではない
土器の縄文土器の文化である、森に覆われていて森を意識しない
つまりありふれたものであり意識しないということがある
木の文化ということを木を利用するようになって意識した 

森が豊富な日本に「木の文化」は育たない?

木がありすぎるときは木の文化が育たない、木が希少価値になってくるといかに木を丁寧に利用するかと工夫するというのも一理ある
いづれにしろ日本の風土は森とか木を離れてはありえない文化である  
ただ今は外材を使うから何か森林の木材が無駄になっている
近くの森でも深い森があった、その道は木材を切りだしていた道だった
でも今は放置されているからもったないと見る

自分の家でも姉がいつも自慢していた、橲原の木を切って柱にしたと自慢していた
その頃家を建てることは一大事業だった、三か月くらい家を建てるのにかかった
今は建売住宅で二週間くらいで組み立てて作る、そこに家の重みが感じられないのである人が住む箱のように見えてしまうのである
今はその土地土地から作られる産物が少ない、外から買うだけであり外から買うだけだとその土地独特のものは作れないし残されないのである
確かにグロ−バル化で外国からいろいろな物が入ってきても日本の文化が形成されるわけではないのである、むしろ文化から見れば失われてきたのである
地域創成ということが盛んに言われるようになったけど一旦失うと伝統的なものを回復するのはむずかしくなる
だから式年遷宮とはそうした宮大工の技の継承とかでも意味がある
大工でも十何代とかつづく人がいたりするが今は本当にそうした継続がなくなっているからである

我が家の柱によればふるさとの木にしあればありがたきかな

こんなふうになるのだけど今は外材だからこんなふうにならないのである
それがグロ−バル化で何でも外国から入ってきても便利でも何か充実しないのである
だから日本の森が活かされない、木材が活かされないのは淋しいとなるし大損失である
なぜなら依然として日本は森の国だからである
何か日本が貧乏になるというとき外国からばかり木材でも仕入れたりすることがつづけられるのか?それで豊かになれるのかということである 

第二話:式年遷宮の千三百年 〜式年遷宮の歴史と今〜(フジテレビ)

これを録画できなかった、ここには伊勢神宮の歴史が興味深く語られていた
一応見たのだが録画していなから再考できないのである   


伊勢神宮の式年遷宮とは?「20年ごとに行われる真の理由」
http://urx.red/oMVS(url短縮)

ここが詳しい、要点がわかる








2020年01月17日

格差社会の生まれる原因は技術の差 (歴史でも階級制は継続してなくすことができなかった)


格差社会の生まれる原因は技術の差

(歴史でも階級制は継続してなくすことができなかった)

格差がなぜ生まれるのか、そしてなぜ極端な格差がグロ−バル化社会で起きているのか?歴史をふりかえると平等な社会などこれまでなかった
わずかに日本の縄文時代が階級制がなかったとかいわれるし日本は階級制があっても
侍階級はヨ−ロッパの貴族とは違う、食べるものでもたいして変わらない
それは日本自体が平均すれば貧乏だったからである
日本はそうした極端な格差を作らない社会だったのである
日本の特徴はまた民族同士が絶滅させるような熾烈な戦争はしない
それで中国人が来て敵の墓まで作っている、敵味方塚があるのを理解できない
中国でぱ墓まで暴いて敵を罰しているからである

日本だけが世界からみて特殊な歴史を島国で作ってきた民族だったのである
大陸国家はみんな階級制社会である
そうなるのは民族同士の戦争となり負ければ奴隷にされるからそこに極端な階級制が生まれる、そしてどこの国でも奴隷がいる、奴隷は近代になっても黒人奴隷がいたようにアメリカという民主主義の国でもキリスト教国でも是認されていたのである
その奴隷をめぐってリンカーンが廃止することで南北アメリカが戦争になったのである

ただ人間社会に根強く階級制が金持ちと貧乏人がいるのか?
この階級制を生む原因は何なのか?
それは民族同士の争いで戦争になれば負ければ奴隷にされるということからも起きているそれで今の東欧はスラブというときそれはスレーブであり奴隷から来ていたとされる
ローマ帝国の辺境にあるからそういう名がついたのかもしれない。

階級制は必ずしも民族同士の争いから起きたとは限らない
人間が存在したときから何らか階級制を生むものをはらんでいた
例えば石器時代があるとする、その石器でも武器になる、石器をもたない民族はその石器をもつ民族に戦争して負ける、すると階級制を作る原因は技術力だとかなる
また騎馬民族が世界を席巻したのは馬を操作するのにたけていたからである
また鉄を作りだしてその鉄をハミを馬に装着して強くなった
そして青銅器時代があり鉄の時代になり青銅器は刀でも鉄の刀が強度が強いので負ける
ここに人間の階級制を作る原因が技術力にあることを証明している
日本の戦争でもアメリカが空軍が飛行機が主力となっていたとき軍艦主義で日本は負けたのである

現代型新人は石器の大量生産をはじめて以来、息てく上で必要以上の食料を得るために
殺戮を行います、実際は十頭程度した食べないのにもかかわらず、何百頭のバイソンを
谷に一気に落としているのです
こうした必要以上の平気で行うことができるのが現代型新人の特徴であるのです
(地球文明の寿命ー安田、松井)

何かヨ−ロッパとは大陸は戦争のために技術が発達して来た
それだけ戦争が多いからそうなった
まず戦争があれば奴隷が生まれるからそこで必ず階級制になるのである
そして戦争でも技術力は核で頂点に達した、核兵器をもてば北朝鮮のようなとるにたらない小国でもアメリカと対等になるからだ 
それで怖いのは石器時代にすでに大量の動物を殺す術をもっていた、それが技術が発達すると人間をも大量に殺戮されたのである
鉄が発明されたときもそうであり第二次世界大戦では何千万人が殺戮されたのである
遂に核兵器で日本は一都市が絶滅の危機になった
つまりゼウスからプロメテウスが火を盗んだ罰を自らカルマとして受けたのである

こういう歴史を人間が終わることなくつづけてきた
そして今のグロ−バル化による格差社会もまた国内の格差社会も階級社会もやはり歴史としての継続なのである
アメリカは一時はそうしたヨ−ロッパの貴族がいない平等の社会だったがやはりもうアメリカンドリームはない階級社会化している
そこでは学歴が階級を示すものとなってたりする

人間の歴史をふりかえれば格差とか階級制が不可避なのである
農民だと土地をもつものと持たない者で格差が階級社会が生まれる
戦前の地主と小作がそうだった、そういう格差は戦後はなくなった

でもなぜ格差は階級社会はなくならないのか?

現代のグローバル資本主義の格差社会はなぜこんなに極端になったのか?

金融資本主義で株を操作して極端な格差をうむ、またやはり技術力の差で格差をうむ
ITに通じていればアメリカの GAFA(ガーファのように富を独占する
アマゾンなどの会社が富を一人占めにしてしまうのである
つまり人間の歴史では技術力が格差を生んできたのだからここでも同じだったのである

一見現代社会は奴隷など生まないとみる
でも歴史は形は変わるのだが繰り返しだとなる、階級制とか奴隷とか格差社会はなくならないのである
グロ−バル化するとやはり技術力により世界的格差が生まれる
米中の貿易戦争もまたIT技術の競争でありそこで優位に立つための争いである
これに負ければアメリカはその世界を支配する地位を失うから必死になる

そして人間は民族同士の争いも継続している、それが武器をもった戦争ではなく経済戦争になっている、ここでもやはり技術力の競争なのである
グロ−バル経済になると人件費が極力省かれる、それはコストでありだからアメリカですらロストベルト地帯とか取り残されて格差が生まれる
日本でも国内から労働力の安くつく海外に工場をもち競争するのである
そうなると国内空洞化してゆく、そうして遂には日本人はあと何十年かしたら中国に出稼ぎに行くようになるというのもそのためである

人間社会から格差は階級制はなくならない

その原因は技術をもつものと持たない者の差だとなる
だからAIだと盛んに言われるときもそうである
人間よりAIが優れているから人間はコストだからいらないとまでなる
おそらくSF的未来はAIが人間を支配する、人間はAIのロボットの奴隷になるとまでなる
技術力が格差や階級制を作るとなるとそうなっても不思議ではないのである

マルクスの言った生産手段を持たないプロレタリア―トは資本家の奴隷になるというのもそうである、生産手段とは技術力なのである            
人間をただコストとして人件費のかかるものとしてそれを省くものとしてみる
それでなければ人間を奴隷としてみる、それが現代社会であり奴隷がなくなったのではない、形を変えた奴隷社会格差社会階級社会なのである

SF的未来になると人間はコストだからいらない、人間は無用だともなる、そしてそんな人間は抹殺しろとかまでなる、障害者は役にたたないからコストだから殺してしまいとまでなる、それがナチズムにもっていた
AI社会が人工頭脳社会がいいように見えてもそこにも恐ろしい暗黒が待っていたとなる
人工頭脳が無用な無能な人間はコストだから抹殺しろという命令を出してそれが実行されるかもしれないからだ

つくづくそうなると人間社会とは何なのだろうとなる
それを2000年前に予言してたのが老子だったのである

鍬とか鎌とか道具をもつことを否定した

小国寡民はグロ−バル社会の批判だった

つまり技術を否定してまたグロ−バル社会を否定していた
確かに日本でも江戸時代は中国とも朝鮮とも友好的だったのである
それは貿易は出島でしたとして現代のような極端なものではなかった
あくまでも自国の生産主体の社会だったのである
国と国はこんなに干渉しないから平和が維持できたのである
AIでもやはりバラ色の未来とはならないのである
何より人間はロボットではない、人間自体が幸福にならない社会はどんな社会であれ理想的な社会とはならないのである
そこに技術に対する科学に対する異常な過信が生まれたのが現代だったのである




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2020年01月16日

冬芒(写真と写生俳句ー写生が芸術の基本)


冬芒(写真と写生俳句ー写生が芸術の基本)

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冬芒老いて離れぬふるさとに

ふるさとの倉庫の脇の冬芒

冬芒遠くに行かじ垂れる雲

冬芒故郷に住み根付くかな

ふるさとにその場を得てや冬深む

それぞれの生を深めよ冬の暮

逢わずともその場を得てや冬深む

故郷に死者を思いて冬深む  

ふるさとに深く根を張れ冬深む

田母神のなお残りしや冬深む

ひなたぼこ蔵書を読みぬ広き家


毎日通っている道に冬芒を見る、これを当たり前の風景だと見ていた
誰も気に留めない風景である
だから写生俳句というときありのままを俳句にする
倉庫の脇に冬芒が伸びている、それが何なのだとなる
でもこれを写真にとったら冬の情景が絵のようになって心にしみる
それが一つの絵であり何か冬の心にしみる情景となっていた

人間は何か特別な景色を見ようとばかりしている、いつも見慣れたものをありがたいとも何か風情あるとか見ない、でも人間は老いると何か当たり前のものでも深いものを現しているのだと気づく
倉庫の脇に冬芒がなんなのだとなるからだ
ただこれは枯芒だとまた違った感じになる、
それは冬椿と寒椿では違っているのと同じである、
寒椿は相当に寒い時感じるものである
今年は寒くないから冬椿になる
冬芒はやはり今になるとあっている

芒は意外と強く根を張るのである、だから根を切ることはむずかしいということがある
それで芒を刈ってもまたその後に生えてくる、草は切っても切っても生えてくるのとにている

ともかくもう一月となると大寒にもなり本当はかなり寒くなるが今年はそうではない
だからストーブを今年は使わない、今もエアコンもしないで厚着しているとしのげるほどである
このくらいだと冬も楽だとなる、去年は一日ストーブを燃やしていた
だから今年は暖冬なことは確かである

とにかく冬は冬らしいのがいい、冬には何か思想で深める、ひなたぼっこして蔵書を読むのが幸福な時である、だから本というのは読まなくてもある量を集める必要があるのだ
私設の図書館のようにする、それが今はできる
安い古本をアマゾンで買って集めるとできるのである

介護になってから今も自分はほとんど遠くに出なくなった
去年でも仙台に行ったのは一回くらいしかなかったのである
こんなことは今までなかった、もう冬でなくても外にでない、冬ごもりになったのであるそしてただ石のように地中にひそみ黙しているだけだとなる

でも人間はそうして人と会わないにしても田舎だと実はそこで通じ合うものがある
それはアイディンティティ化する場所があることなのである
田舎だとそういう共通の場の中にある、それが孤独ということにもならないのである
だから都会は場がないから孤独なのである、群衆がいても孤独なのである
田舎の冬は何もないとしても味わい深いものとなるのだ

ただ田舎の問題は何か土地をもっていてまた家がないと落ち着かない、アパートとか住宅のような所だと合わないのである、住宅とは田舎では家のない人が住んでいる
貧しい人が住んでいる、そこに貧富の差が一番でている
私は親に恵まれて大きな家に住んでいる、だから悠々しているのである



2020 New Year(Abstract Flowersーcells of flowers)

2020 New Year(Abstract Flowersーcells of flowers)

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2020年01月15日

SBI証券と福島銀行の支店が郡山に開店 (地銀としての役割は消滅)

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SBI証券と福島銀行の支店が郡山に開店

(地銀としての役割は消滅)


ゆうちょ銀行は資金運用の高度化と多様化のため、外資系金融機関などから専門家を多く採用してきた。それに伴い、外貨建ての有価証券などのリスクの高い、いわゆるリスク性資産の保有を積極的に増やしている。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2018/06/post_23851.html
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そもそも大東銀行でも私がかかわってこれが銀行なのかと疑問だった
証券会社と変わりなかった、現実に大和証券との人も来た
つまり銀行はすでに証券会社化していてその証券会社の投資信託などの商品を売っていたのである
そこで証券会社と銀行で二重の手数料がとられる
そして投資信託など銀行自体がわからない商品だったのである
それでその大元の作り主であるゴールドマンサックスに勤めるハーバード大学の出の人がその仕組みを作ったのだがそれは詐欺に等しいとして良心の呵責に耐えきれずやめたりした
それだけこ投資信託とか月ごとの分配金はわかりにくいし詐欺的だったのである

ともかくSBI証券は伸びている、野村證券とがが伸びないのは経営も危うくなったのは個人の投資家が金をもっている人たち高齢化してきているからそこで伸びない
またIT化してくるからその対応もできない、それは地銀でも同じである
それで外資のSBI証券がやがて一局になってしまうのかとなる
手数料無料とかしているから別に地銀をとか通さないでできるから手数料の面では有利だからである

ただここで大事なのことは地銀はもその役割を終えたということである
支店の会見で福島銀行の対面販売が強みだ頭取が言っていた
地銀とかゆうちょとかは地元密着で対面販売で信用を得てきた
でもその対面販売でそうして築いてきた信用を失墜することになる
銀行はこれまで信用第一でありそれができたのは貸す先が探さなくてもあしり利子もとれていたからである
だから銀行は安定した就職先として地方だは公務員と同じだったのである

それが貸す先も投資する先もない、それでグロ−バル経済の中に組み入れられて証券会社とか化して信用を失う
でも背に腹は代えられないとして投資信託とかで手数料を稼ぐほかなくなったのである
でもそうなれば本来の地銀の役割は喪失する
まさに福島銀行が僧である、対等の合併ではない、SBI証券に吸収されてこれまでの銀行の対面で築いた信用を基に証券が売られるのである

地銀は地(地元)のことであり地元のために尽くす金融だった
それがグロ−バル経済に組み入れられて地域の金融資産がグロ−バル化してゆく
その金はアメリカに吸収されるとしている
それで農林中金の金が6兆円も危ない投資につぎ込まれてなくなると言われている
そうなったのは農林中金では上にいる人は天下りのような役得の人であり証券について知らないからだという、それと同じようにゆうちょの金でも年金でも投資として使われている、それがアメリカの証券会社など外資に奪われことになるという
それは日本がアメリカに戦争に負けた植民地だから小泉首相のゆうちょの民営化があり
それでその金がアメリカに貢ぐためだったとなる

地銀は信用組合より地元に密着していない、信用組合だときめ細かに地元に融資しているし関係を築いているという、地銀はそこまでしていないしそういうノウハウももっていない、だからSBI証券のようなグロ−バル証券会社に吸収されやすいものだったのである
そして地銀の生き残り策として江戸時代の金融を参考にしろというのもまた日本回帰の例なのである
無尽とか頼もし講とか金融があった、近くの同級生は古い家でそういう書類が残っていたという、何か主催者のようになっていた
ただそれは規模が極めて小さい、10人とかの規模だった
でも逆にそうした地域金融の小規模金融に返り金融を見直すということにもなる
そして地域創成のために農業を銀行員がじかにしていたりするのも時代の変化である

またクラウドファンディングもそうである、それは個人を全国の個人が賛同して金はわずかでも投資する仕組みである
何か起業するにも金が必要になるからインタ−ネットで金を集める
そういう小規模事業である、まずそうした小規模事業はインタ−ネットとかでやりやすいそもそもメデアになるとマスメデアでありテレビと新聞とか出すのは個人などできなかった
今なら無料でプログでもできる、せいぜい有料になっても一年で一万も満たない
そんなことでテレビ放送自体がyoutubeでできるのである
それで外国に住んでいる人が報告していたがあれは外国の特派員だと見た
そういうふうに報道とかでは変化している、巨大な会社とか資本はいらないのである

いづれにしろ福島銀行のようにもう地銀としての役割は終わった
銀行員は証券の会社員となったのである、そして銀行の半分は消えるというときまさに
そうなってきたのである
銀行が必要がなくなった、その役割が消失した
その象徴的な出来事がSBI証券と福島銀行の合併だった、吸収だったのである

posted by 老鶯 at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

小高の医療無料は2月まで (南相馬市もこれから福祉医療サービスは厳しくなる)


小高の医療無料は2月まで

(南相馬市もこれから福祉医療サービスは厳しくなる)

小高は医療がまだ無料だった、それで医者が無料だからたいしたことなくても医者に通っていたとか言われる
それは今までも病院が老人の社交の場だとか批判があった
それはここだけでない、もう医療でも保険でも維持できなくなっている

70歳以上75歳未満の高齢者は所得により2割または3割負担となります

医療機関の窓口では、かかった医療費の1割から3割を負担します。これに対してドラッグストアなどで薬を購入すると全額自己負担です。例えば、1000円の薬、医療機関で処方を受けると、自己負担が3割の場合ですと300円。一方、ドラッグストアでは全額自己負担で1000円になります。

医療費が削減されるのはやむをえない、これだけ医療費がかかっていたらそのために日本自体が国家が破産するとまでなっているからだ

でも薬を薬局で買うと10倍とかなるから問題である、もともと薬は高いものだったし医者には簡単にかかれていものだったから今までは恵まれ過ぎたともなる

小高の問題は老人ばかりが残されて世話する息子や娘がいなくなったことである
このことも疑問だった、では残された親は誰がめんどうみるのか?
子供たちはかえって姑と離れるし補償金をもらいたし別に住むようになっても良かったとかも言う、でも残された親は老人は誰がめんどうみるのか?
そしてあとは生活保護になればいいとしている人がまたいる
それは被害者特権化してそうなる、被害者なのだから今まで医療費も無料だったからである、その被害者意識はぬけないしそれを言うと今の社会は許されない
つまり韓国や沖縄のようになる、常に被害者だとして訴えるからである

でも南相馬市だと相馬市でも全部がそうした援助があったわけではない
30キロで区切られて不満があった、それで小高と鹿島の人はうまくいかなくなった
今も医療費で低所得層が苦しんでいるからだ
それが異常だったのは医療費無料は半年で打ち切られたことだった
やっと今になって鹿島でも高速無料になったのである
その差別がありうまくいかなくなったのである

でも小高はどうなるのかなっているのかわからない、医療費が二月で打ち切られることは大きいことかもしれない、病気とか介護になっている人が多いからである
ただ小高の場合、老人だけが残されてそういう町が成り立つのだろうかという疑問である限界集落のようになっているからだ
だから小高病院を元にもどすより南相馬市立病院に移すということで反対された医者がやめたのである

小高の人は原町に住んでいる人が多いのである、原町だと現代の標準的な生活ができる
鹿島で困っているのはいろいろある、、百円ショップでも大きな店がないのは不便であるそれがイオンにある、ココアの缶が50円でそこしか売っていない、そういうものがかなりあるからだ、ただ自転車だと遠すぎるのである

ともかく南相馬市は10年で援助が打ち切られる、10倍もの援助資金が県から国から入ってきたがなくなる、だから9年過ぎて10年目となると後一年なのである
そこから財政が相当に厳しくなる、福祉に回すのも厳しくなる、もちろん医療でもそうである
それは全国的な問題である、ここは極端な現象として起きているのだ
2025年問題がある、団塊の世代が介護とかになったり病気になる人が増えるからである
さらに苦しくなるのは団塊の世代の子供世代である
そこに氷河期世代とか非正規が多いからである、その人たちが1000万とかなんとか生活保護になるというからもう絶望的だともなる

そういう兆候は現実化している、その人は親を青森の施設に入れたのはいいとしてその後に備品などのため金を送っている
その人は土建関係の仕事であり非正規ではないにしろボーナスをもらっているにしろ楽ではない、自らがけがしたとかあり父母に仕送りするのも大変である
つまり今の非正規とかがそうして親の負担に苦しんでいるのである
それは団塊の世代とかが介護とか病気になるとそうなるのである
子供世代に余裕がない人が多いからである

小高でも老人は子供が引き取るという人もいる、でも小高に住みたいとして住んでいるがそれもできなくなるかもしれない、そういう人たちは青森の施設に送られる
なぜならこの辺では特に若い働き手がいないのだから余計にそうなる
そして青森に送ったからそれで終わりではない、備品のことなどで定期的に金を送らねばならないのである

だから南相馬市になると財政的にも相当に厳しくなり福祉でも医療でも簡単に受けられなくなる、その時どうなるのか?それは全国的問題でもあるのだ
posted by 老鶯 at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年01月14日

ゴーンの別な見方もあるーマスメデアにより一方的見方の危険 (日本にも商法はあり良いものを明治から捨てた)


ゴーンの別な見方もあるーマスメデアにより一方的見方の危険

(日本にも商法はあり良いものを明治から捨てた)

カルロス・ゴーン海外逃亡事件を解説します

世の中のことはいろいろな見方がある、マスメデアは一方的見方しかしない、
なぜかそして必ず感情的にあおることになりやすいのである
コーンはまず悪い奴だとレッテルはる
第一テレビに出しただけでその影響が大きいのである
映像だからその印象が大きすぎる、すると考える暇がない
第一印象の映像のインパクトが強烈だからそれで判断してしまうのである
それが何百万人が見るから何百万人がテレビの映像だけから判断するから
そこに偏った見方になる
そしてそれでまずバッシングするようになる

常にあいつは悪い奴だ

その前提から始まっている、そして国民がバッシングする、私刑にリンチにする
その印象操作がテレビでは抜群なのである
だからテレビは一方的メデアであることが問題なのである
それだからこそマスメデアは第3の権力になったのである

武田邦彦氏の言うように司法でもそうだと思う、警察でもそうである
何か検察でも司法でも日本には裁判がない、一方的権力の押しつけで決まる
日本には裁判がないという時原発でもこれほどの事故を起こしても誰も罰せられないことでもわかる
東電とかに検察でも天下りしているとか出世がかかっているとかで検察自体が歪められている、賄賂はないにしてもやはり権力機構の中で自らの利益を出世を計るために公平な裁判はないとしている

私自身も今回は感情的になったのはなぜそんな巨額の金が得られるのか?

そのこと自体が理解できないから庶民として責めることになる
それは武田邦彦氏も前に言っていることであり一方でこんな巨額の金自体得ていることが搾取だともなる、裁判の前にそれ自体が納得できなかったのである

武田邦彦氏は日本の司法は99パーセント有罪だから裁判はないとしている
それは商法が悪いのだとしている、江戸時代の商法の方がまともだった
日本にもそうした商法があり慣習がありそれが活きていた
そして日本では従業員のために会社があり株主のためにではないと度々主張している
だから欧米型の資本主義の経済は必ずしも日本にとっても世界にとってもいいものではないのである

その原因は明治維新の時、日本のいいものを取り入れなかったからである
何か今になってつくづく明治維新で江戸時代からあったいいものが失われた
ただただ欧米がいいものとして日本が昔からあったものを否定してしまったのである
それはそうした経済でもそうだし法律でもそうだし医学でもそうだったのである

全国に数多くの蘭医学塾があったのに医学部へ昇格することを許されなかった
当然日本独自の徒弟制度による教育システムも許されず医療ギルドが決定した方式で
「医師資格」と「医学教育」導入した
それだけでなく江戸の医療を支えてきた漢方医、鍼灸はあん摩はすべて西洋医学より格下とされいや奴隷であって正規の医療ではないと位置づけた
(人殺し医療ーベンジャミンフルホード)

医学でもいいものがあったがそれも否定してただただ欧米流のものをいいものとして優先させて国造りしてきたのである
一方で変なのは政治になる古代の天皇制を復活したことであり矛盾していたのである
ただそれだけ明治維新となると全面的改革になったから混乱したものとなったのである

銀行でも最近地銀とかが窮地にたたされている、すると江戸時代にあった無尽を見直して取り入れて立て直す参考にすべきだとか金融関係の人が言うのもそうである
銀行は何なのか?それも江戸時代に銀行の前進になるものがあった
江戸時代がなんでも遅れたものとして見捨てられたのである
そこで今資本主義でも金融でも司法でもそうしたものは江戸時代にあったとしている
そのことを日本では習うことがなくなった結果なのである
この損失がどれだけこ大きいものだったか日本人は自覚していないのである
また自覚させられななかったのである
つまり江戸時代は劣ったものでありこれをみんりて捨てて西洋流のものがいいということになり日本がにあったよきものを捨ててしまった
するともうその捨ててしまたっものは不明となり回復不可能になったのである

それで私が日本の歴史をふりかえり国風文化の復活を唱えるのもそうである
モラル的にも日本的なものがありそれが侍にあったとするのもそうである
そういうものは江戸時代から明治になったとき日本人は遅れたものとして捨て去ったから不明になったのである
そしてアメリカに戦争に負けて今度は戦前にあった日本的ないいものも捨て去りアメリカ一辺倒になった、物質主義であり金だけを価値とする社会にしたし会社だと株主だけを優先するとかになった
日本というのはそうして変わり身が早い、一面もともとあった日本の歴史とか伝統でも大切にしない、簡単に捨て去るという傾向がある
そういう国民気質は自然災害がこれだけ大きな国だからかもしれない
津波のように今まであったものが村でも全部一瞬にして消失したり火事でみんな焼野原になったり台風で家が流されたりとつくづくそういう自然災害が日本人の心に影響する
何か継続するものがない、災害でみんな一瞬にして消失するという経験からそうなったのかとも思う

ともかくインタ−ネットでyoutubeでも多面的に考察できるようになったのはいいことである、テレビとか新聞でもマスメデアは一方的メデアであり発言もできないからである
ともかく何でも自分なり考えて発言してみることである
それが民主主義に通じている、テレビだけを見るのは本当に危険だった
それはテレビ局によって主導権をにぎられ洗脳されるからである
そこで一番目立ち主導しているのは司会役なのである
そしてなにかまず映像だから女性だとかならず容姿を見る、あんなブスを出すなとかともなる、その人の印象が顔から判断してしまうのである
これが声とか文字だけだったらそうはならないのである

いづれにしろ事件でも何でも何かを判断することはむずかしい
いろいろな意見を言う人がいるがそのことについての知識を深めることだいうのもそうである、いろいろな見方があり一つではないがマスメデアだと一つになってしまう
そうして第一印象で判断すると間違うことがあるしできない
だいたい一つの事件でもその背後関係を知るには膨大な情報がこれまでのいきさつとがありそれを知ることができないからである
だからあいつが悪いとか即座に判断するマスメデアは危険なのである

自分自身はゴーンをなぜそんな巨額な金を得ることができたのか?
そのことが一番関心かありそれで悪者にしたのだし今でもそう思っている
そんな金を一個人が得られること自体納得できないからである
でもそこにはいろいろな見方がありそれを知るべきだということである
ただそうなると相当な暇人でないとできないのである
だからニュ―スでも他人の判断にまかせる、本人は考えないのである
一つの事件でも問題でもそれを追及するだけで一人では時間がとられすぎる
だから表面的なことだけ見て判断する
それよりそうなら簡単には判断してはいけないとなるし裁いてはいけないともなる
そういうふうに見ないとただマスメデアの言うがままになり危険になる

posted by 老鶯 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

日本が侍の国(復古する日本精神) (京都から東国の武士の文化への変化)


日本が侍の国(復古する日本精神)

(京都から東国の武士の文化への変化)

なぜ時代というのがわからなくなるのか?
芸術とかでも一つの短歌でもそれを知るとなると時代背景をみないと本当はわからない
でもその全体が変化したときその時代のことがわからなくなる
鎌倉時代でもそれがどういう時代だったのかを見るのはむずかしい
ただ宗教から見ると鎌倉時代は宗教改革の時代だった
奈良時代に仏教を取り入れたときは鎮護国家の仏教であり華厳宗でありそれが蝦夷の征服が大和国家となることで奈良の大仏が作られたのである
それはみちのくに黄金が取れたことで鍍金できたのである
それで聖武天皇が歌を作ったのである

天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 黄金花咲く

その時は仏教は民衆化していない、民衆化したのは鎌倉時代だった
平安時代でも貴族の仏教でありその仏像でも何か豊満であり貴族のための仏教だった
それから鎌倉時代になって仏教が民衆化した
それが日蓮宗であり親鸞の念仏であり一遍の踊り念仏であり中国の僧が伝えた禅宗だったのである
これらの特徴は平安貴族の仏教の仏像とは違ったものとなった
むしろ日蓮でも親鸞でも題目だから像は作らなかった
そこで偶像崇拝を拒否したものとして題目が生まれた、それは題目を唱えれば救われるということであまりにも簡素だから民衆は文字を読めなくてもわかるから日本中に広がったのである
その鎌倉時代の宗教が今日も続いていることでその影響が大きかったことがわかる
ただその宗教も現代ではカルト化して政治化したのである

鎌倉時代に焦点あてて歴史をみればこうして貴族中心の仏教から民衆への宗教へ変わったこと、また権力が京都から鎌倉に東へ移ったことが大きなことだった
それまでは蝦夷の延長として東(あづま)はあったのが政治の中心となったからである
つまり鎌倉時代から民衆の宗教となったと同時に武士の時代になった
五山文化は武士を中心として作られたものだったからである
禅宗と侍が結びついたのが五山文化だったのである

ただ武士という時、日本が侍の国だというときすでに鎌倉時代から侍が生まれていて侍文化が作られていたのである
それは戦国時代ではない、鎌倉時代に侍が東国から生まれていたのである
侍の時代というとき鎌倉時代から戦国時代から江戸時代までつづいていたのである
鎌倉時代が1200年であるからそれから600年とかつづいていたのである
なぜなら戦国時代になると信長が僧侶を腐敗しているとして比叡山で殺戮した
この時仏教の時代の終わりになった
侍の時代になり寺は侍の菩提寺になったのである

そして江戸時代には寺は幕府の役所の代わりのようになっていたのである
現実社会はやはり侍の社会だったのである
でも侍という時、何なのか?
仏教だったら教義があるけど侍には何を教義としているかわからない
主従関係に侍のモラルがあるとして説いている学者もいる
確かなことは侍が支配者となりそのモラルも民衆に影響して伝えられていたのである
だからこそ明治維新で江戸時代が終わっても内村鑑三などが侍の出身で侍のモラルを身についていた、それでキリスト者となった、また明治維新が成功したのは幕臣が優秀だったからだとしている、明治を指導したのは民衆ではない、やはり初期は侍だったとなるのである

侍は利己的存在ではない、身も心も主君に捧げるから家庭が成り立っていたと言う
すると日本の家庭の模範は侍にあったとなる
侍という時どうしても武に注目する、武術があり戦があって侍になる
でも戦国時代が終わると鎖国時代の三百年は戦争はなかった
そしたら侍は武術を稽古していたとしても官僚化していたとされる
でもその侍の力が発揮されたのは明治維新である
明治維新を成したのは庶民ではなく侍だった、それは最初は薩摩長州が幕府を倒したとしてもその後は幕臣が政治でも教育でも指導的役割として受け継いだのである
だから別に薩摩長州が幕府を倒さなくても明治維新はできたとされいるのはそのためである

ただ侍の主従関係のモラルは明治維新でなくなった、でも侍精神がやはり日本には残されていた、でも侍精神とは何かと問えば仏教のように教義もないから時代を経るについて不明になった、それは一部の武芸とかに残されたとしてもそれが侍精神を現しているとはならない、その時代のエトス{雰囲気}は消失するとその一部が残されても時代がわからなくなるのが常である、社会とか文化は全体の事だからである
ヨ−ロッパでも中世があるとしてあれだけ荘厳なゴシック建築がありバッハのような宗教音楽はそうした全体の社会の中で生まれたのであり音楽だけがあったのではない
それは現代になると芸術というのは社会全体から生まれるのではない、個々に切り離されて部品化したのである、絵画でも教会の建築の一部としてあったのが切り離されて個々人の絵となりその絵を所蔵するようになったのである
それが金で売買されるようになったた、教会の一部としてあればそれを切り離して売買などできないからである

いづれにしろ不思議なのは鎌倉時代から武士の時代になっていることはそれだけ長いのである、1200年から明治まで600年以上とか長いのである
この時仏教があっても仏教は鎌倉時代に最高潮に達してあとは侍の時代になったのであるだから寺は侍の菩提寺であり侍の寺であり庶民は葬られていない
村の共同墓地のホトケッボとかに葬られて個々人の墓はなかったのである
つまりこの600年は侍の時代であり侍を規範として模範とした時代だったのである
でも今になると明治以降はその侍とは何か不明となった
侍精神とは何かわからなくなった、ただ明治には内村鑑三が侍としてキリスト者になったそこに侍精神が受け継がれていた、明治は江戸時代のつづきでありその遺産が活きていたのである

日本が侍の国だったというとき戦国時代にフランシスコザビエルとかキリスト教の布教に来たけどまた秀吉がその布教を通じて日本は外国に支配されるとして拒否した
それとその時から日本は侍の国であり武の国だからとても支配できないと外国人は見ていたのである、侍にじかに接してその威厳を知ったからである
そこには今とは違って本物のの侍がいたからである
とにかく時代劇で「侍さん・・・」と庶民が敬意をはらうときそこには侍精神が活きていて庶民もそれに習っていたのである
誤解しているのは仏教とかは死んでいたのである、寺は戸籍などを扱う役所のようになって侍の菩提寺になっていたのである
そのために幕府から優遇されていたから明治になり天皇制になったとき神道派から廃仏毀釈運動が起きた、仏像は壊されたのである、その恨みは利権だったのである
こういうことは宗教争いで外国でもイスラムでもキリスト教でも起きているのである
利権が宗教とからんで熾烈な争いとなるのである

日本の歴史をふりかえるときそれだけ長い時間が侍の時代になっていた
それが日本の歴史の特徴である、でも侍とは何か不明になったのは教義とかなかったためだとなる、聖書だったら聖書がありそれによって今は活かされるがそういうものが神道にも侍にもないのである
でも600年も侍の時代としたときその歴史もわからないとしたらどうなるのか?
日本の歴史自体がかわらないとなるのである
明治になって内村鑑三などが出て侍とは何か知る手がかりがあったがその後はない
そして大東亜戦争になり日本の精神の骨格は失われてただアメリカの物質主義に染まり
日本精神は喪失したのである
子供の時ギブミチョコレートで進駐軍におねだりした人たちは成長しても物質主義でありただアメリカ人のように贅沢に暮らしたいという欲望だけの人間となったのである
そして高度成長時代があって拍車がかけられた、その経済成長で日本は世界に伍して自慢するようになった
でもバブルとともに高度成長は終わりその誇りも喪失したのである

これからの時代がどうなるのかというとき歴史をふりかえるとやはり必ず明治維新のように維新とはこれ改めるであり復古の精神である
日本精神の復古である、それは万葉集などにある大和心とかになるし侍精神になる
それと結合したキリスト教精神になる、それを具現化したのが内村鑑三などであった
そして世界外交的には 

東西両洋の間に介して西を招き、東を弁じ,両者の暴を和らげ,後者の迷を解き二者の配合を計るは日本をおいて他に国民あるを知らず余輩は信ず、泰東の六億の生民は我ら日本人の蹶起活動にうながしつつありと
日本は亜細亜の正門を守の国なり
我らの一挙一動は我らの威厳に関すること多し(内村鑑三)

つまり日本は米中にもまた中東でもどちらにも組してはならないのである
そうしなければ和は計れないからである、戦後70年はアメリカ一辺倒の時代の終わりでもある、2020年とか令和の時代はまさにそういう時代なのである
日本のアメリカへの隷属時代から日本の独立精神の高揚化する時代でありそこに再び国風文化が起きるのである
ただ現実は厳しいともなる、経済が衰退して貧困化する日本の問題がある
でも時代的には国風文化の再興の時代に向かっている、そうしなければ日本自体が精神の面で失われるから経済もまた復興できないともなる

世界の和を計るのが日本の置かれた立場である
それは日本がアジアで唯一ヨ−ロッパの植民地にならなかった独立の国だったからであるそれは侍の国でありその誇りがあり植民地化されなかった、それはフランシスコザビエルが来たときから侍の国でありその威厳があり外国人が侍をまじかにみて感嘆した
とても植民地化できないと思ったのである
その威厳は武だけではない、何か侍というのは違っていた、それを目の当たりにしたときとても植民地にできないと直感したのである
だから日本だけがヨ−ロッパの植民地にならなかったのは戦国時代からそうなのである
それが明治維新までつづいていたのである

外交的には中国とアメリカが争う時その狭間にあるのが日本である
その間にたって和を計るのが日本の立場になっている、それは中東でもそうなのである
中東でも日本はアメリカ一辺倒でないことで友好的なのである
日米同盟があっても日本はアメリカ一辺倒になるべきではないのである
そうなれば相互の和を計ることは不可能だからである
そのために日本は独立していないとできない、どちからに従属すれば和を計ることはできない、でも日本はアメリカとの戦争に負けて植民地化されたのである
つまり侍精神とか日本の精神とかはなく骨抜きにされたのである
その代りアメリカに習った物質主義になりただアメリカの暮らしをまねて豊かになりたいとういだけになった
その高度成長もすでに過去となり失われた30年が平成時代だったのである

では令和の時代は何なのか、それはやはり日本精神の復活であり歴史で培われたものを見なおされ国風文化の時代になる、それが侍精神であり大和心であり他に万葉集の心とかになる、つまり西欧化は物質面で十分になされた、ただ精神的面では日本精神の復古があるべきだとなる
ただそれは吉田松陰の大和魂ではない、本居宣長の大和心なのである
大和魂は戦闘的精神であり大和心は平和の心である、それはおそらく江戸時代の三百年で養われた心でもあったのだ
300年間戦争がないということは日本人の平和の気質がそうしたとなる
また外国と交わらないということでかえって日本人の心が養われた時代だとなる

これからは経済一辺倒の時代は終わっている、これから求められるのは日本人が歴史で培った日本人の心なのである、それを見直して復古する、それを世界に示すことなのであるそれがもともと日本の地理としての使命である
ただそれは日本が独立していないとできないのである
アメリカの植民地化されて精神まで隷属するようになった結果その独立精神もなくなったのである、それは戦争に負けたということもある
それによって根こそぎ日本精神までまさに大和魂まで奪われたとなる
その大和魂とは戦闘的なものではなく、まさに長い日本の歴史で培われたものだったのである、侍精神でありまた大和心だったのである
それは武力だけのことではない、平和の精神でもあった、令和の時代はそうした日本精神の復古でありそれが戦闘的なものではなく平和の使いとして世界に示すことである

もののふの心を知れやさもあらば日本を知らむ心つよしも

 新しき世にこそひびく歌にあれ大和心を世界に示さむ



2020年01月13日

鎌倉時代に東国の武士の時代になる(1) (鎌倉と隠岐島の後鳥羽院上皇の短歌十首)


 鎌倉時代に東国の武士の時代になる(1)

(鎌倉と隠岐島の後鳥羽院上皇の短歌十首) 



遠き世のすめらぎあわれ歌残し波の音ひびく隠岐の島かな

荒れ狂う波のひびきて上皇の都に帰れず島に死すかも

宍戸湖に秋の柳や常夜塔隠岐は遠しも旅人去りぬ 

浪荒れぬ誰か別れとたたずむや常夜灯古り秋の日入りぬ

世は移るその時争う鎌倉や武士の歌心にひびきぬ

武士(もののふ)の世にうつりける華やかな都はなしも五山の寺かな  

禅寺の門の重くも古りにけり落葉を踏みて五山をしのびぬ  

庭の石苔むしあわれ五輪塔戦いに敗れ冬の日さしぬ

武士の契りのかたし鎌倉に大仏まして冬の浪音

韓国の旅路を終えて鎌倉に伊豆の島々秋の海かな

浪音に実朝の無念こもりしや鎌倉暮れぬ冬の海かな 

無念かな宋へわたるとその船の砕けて沈むかなわざるかも      


NHKの番組で後鳥羽上皇と藤原定家のことをドラマ風に放送していた
百人一首とかのなりたち、新古今和歌集とか鎌倉の実朝などがかかわる時代だった
ただ実朝は写生として正岡子規とかが称賛していた
でも藤原定家とかなると古今集以後は作りすぎて評価していない
万葉集は写実主義であり平安時代になると何かイメージで詩のように作る
だから技巧になり真実が表現されていないとして評価ししていない
私はもともとアララギ派であり俳句も写生から出発した

この時代は平安時代から東国の武士の時代へ鎌倉時代に移る変わり目であった
それでしょうきゅうの乱があり後鳥羽上皇は隠岐島に流された
そしてそこで死んだのである
その時実朝生きていて定家が歌の師匠となっていた
でもその歌風は定家とは違っていた
定家は平安貴族の延長にあり武士とは違う、でも時代の変わり目にあって歌風も変わる
それを一番良く示したのが実朝だったのである

その定家の時代に後鳥羽上皇も実朝も死んだのである、それは同時代の人だったとなる
ここでは短歌の評価だが古今和歌集でも新古今和歌集でも評価できない
それは正岡子規の評価と同じである
ただ実朝の歌は評価できるのである

いづれにしろ何か海が関係している、鎌倉にも海に面して波がよせてくるし港もあった
一時中国から禅宗を伝えた僧が中国に渡る船を作るとか実朝がもくろんだ
それも挫折した、そして実朝の兄弟とかも権力争いで死んだ
ここで源氏の系統は切れて北条氏が支配する世となった

おほ海の磯もとどろによする浪 われてくだけてさけてちるかも  実朝

鎌倉時代というとき、みちのくと関係が深い、現実に私の住んでいる所にも鎌倉に住んでいた岩松氏が来て最初に支配した
東北では関東から最初は鎌倉から所領を与えられ先祖となった武士が多いのである
平泉の藤原氏を亡ぼされたがその頼朝がいてその後も鎌倉から関東から所領を与えられ武士が移り住んだ、相馬氏は千葉県とかから出た一族である
でも岩松氏は家臣に殺されて滅びた、それで相馬市内に岩松氏という姓が残っていないのである
これも厳粛な歴史の事実なのである、だから姓をたどる歴史も重要なのである

隠岐島には行かなかった、それは秋の日だった、宍道湖の岸辺に立っていてそこに常夜灯があった、柳がしだれて風に吹かれていた
その時、宍道湖が海に通じていると見ていたのである
だからここから隠岐島に行ったと思った、ただ宍道湖はもともと海に通じている潟湖だった、それがさえぎられて淡水湖になりシジミがとれるようになったのである  

承久3(1221)年、後鳥羽上皇の船は出雲国大浜湊(現在の美保関)を順風で出発し、隠岐国海士郡苅田の郷に向かいましたが、隠岐の島近くになると波風が荒くなり、大時化(おおしけ)となりました。その時化も次第におさまり、船をすすめていくと、一点の灯りが見え、その灯りをたよりにたどり着いた場所が崎だと言われています。

宍道湖と中海とは通じていてやはり海に通じていた、ただ方向が間違っていた
後鳥羽上皇が隠岐に渡ったのは美保関である  

浪間よりおきの湊に入る舟の我ぞこがるる絶えぬ思ひに

この湊に入る舟への思いは今では考えられないだろう、都も陸地も遠いとなる
だからこそその舟に乗れば帰れるのに帰れないとなったらその気持ちは計れないとなる
何か離れ孤島に波の音ばかりを聞いていたのかとなる

浪の音崖にひびきて上皇の都の思いたちきれぬかな

何かこんな感覚になったかもしれない、ただイメージして歌を作るといいものはできない現実その身になることができないからである
印象的だったのは韓国の旅をして吸収の宮崎から船で伊豆七島に来た時だった、それは秋だったのである
秋の海に伊豆七島が船から見えたのである

とにかく旅の記憶も消えてゆく、それでホームページに書いたものが貴重だった
そこに全国を旅して詩にしたものが未完成のまま残っていた
その時春だと思っていた、茶町とあるときそこは花街であり遊女の町だったとなる
それで春だと思ったが読み返したら秋だったのである
ただあそこが港となって隠岐島に渡ったのかと思って去ったのである


秋の松江

芒なびく日本海浪荒れて
松江に我は着きにき
街を歩みて茶町とあわれ
昔の賑わい思うかな
宍道湖に強風や波立ちて
大きなる常夜灯一つ古りて
柳しだれてそよぎけり
京橋に江戸町と偲ぶ都や
船のここに寄りて栄えし昔
今日は秋祭りや太鼓ひびきぬ 

この時宍道湖でも湖でも風が強く波が荒かったのである、ここに船は寄らないが船は寄る所だった
ともかくあの辺は情緒ある場所だったが思い出としては記憶が薄れてしまった
でもは日本の場合また行けるからその場所に立った時記憶が蘇るのである
またインタ−ネットとかでも写真を見たりして記憶が甦ってくるからこうして書けるのである、外国だと記憶は本当に消えてしまいどこにいたのかも定かでなくなっているのだ

松江と常夜灯
                           


posted by 老鶯 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 鎌倉-俳句短歌-随筆

記録されることの大事 (犯罪の記録が消えないことの恐怖)


記録されることの大事

(犯罪の記録が消えないことの恐怖)

昨日推理ドラマでAIDの問題を追及していた

AIDとは無精子症など絶対的男性不妊の場合に適用される方法です。 ご主人以外の男性ドナーの精液を使用し人工授精にて妊娠を試みます。

ここで一番問題になったのは誰の子なのかと特定できないことだった
ただ血液型とか顔が似ている似ていないとかで決めることはあった
DNAとか遺伝子でも決め手とはなっていた
だから何か方法がないわけではない、ただそれでも証拠となるものがない

つまり記録がない→証明されない

このことが一番の問題だったのである
それで最後は殺されたその事件にかかわった医者が残したメモが証拠となるから必死で探したのである、それが出てきて証明されたとなる
つまり犯罪には必ず証拠が必要なのである
犯罪も証拠がなければ立証できとないからである
結局証拠がなくて大きな犯罪でも殺人でも見逃されているのがこの世には結構多いのである

もし今後、万引きでパクられたら名前が出る。少年院じゃ済まねえぞ。間違いなく。姓名がきちっと出て「20歳」と書かれる。それだけはぜひ頭に入れて、自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる。それが二十歳だ

麻生大臣が成人式でこう言ったけどそうである
つまりこうして小さな犯罪でも記録されることが怖い、そしてその犯罪の記録が消えないのである
例えば島送りになった人は腕に黒い線の入れ墨を入れられた
それですぐに腕を見ればわかった、それは消すことができないのである
一つの記録なのである
これも怖いことなのである、一生それを消すことができないのである
そういう自覚がない人が多い、成人することがどういうことかわからない人が多い
ここでなんらか責任を持たされるということが成人だともなる  

インタ−ネットの記録も意外と電子だから消えるように思えるがいつまでも犯罪者の記録が消えないから消してくれと裁判にもなった
つまり電子の記録も消えないのである、そして今あらゆるものが電子時代になると記録される時代になったのである
そして人間は本当に忘れやすい、それで自分自身のプログでも自分で書いたものを忘れている
それで我ながら自分の文章を読んで感心しているのも不思議なのである

とにかくこのドラマでも数万で学生が精子を売った、それがあとでとりかえしのつかないことになった、そのために脅迫されたりして金を奪われたからである
必ず若い時でも過ちがありそれが後でカルマとなって現れて苦しむのが人間である

この記録が大事だという時、相馬藩内で今回の津波で大被害になった
過去にそういう津波があり被害がなかったとかと相馬藩政記を調べた
そしたら生波(いくなみ)で700人溺死と記されていた
それも二行だけだったがこれほど貴重な記録もなかったのである
生波とは津波のことであり慶長地震と津波の後に津波という言葉になったのである
それまでは津波という言葉はなかったのである
これほど記録が大事なことを知らしめたことはなかった
なぜなら他に伝説あるとしても一切記録がなかったからである
その記録も全く忘れられていたからである

歴史だって記録されていないければ不明になる
それでエジプトではヒエログリフで石に記した、それで歴史が解明されたのである
もし人間に文字がなかったら歴史はあっても解明できないものとなっていた
確かに柳田国男のように公式の文書の記録より言い伝えが語り継がれたことが大事だということもある、そこに真実があるというのもわかる
それで口碑が大事だとして民俗学を起こした
その功績は大きかった、しかしまた一方で記録も大事なのである
何か文書の記録は信憑性がでてくるから契約は文書になったのである
口約束は記録が残らないから破られることが多いのである

では記録がすべてかというとそうもなりえない、なぜなら犯罪でも殺人でもまた何億という金を会社でごまかしてもわからない人が結構あるからだ
そうしたら細かい金などごまかして盗んでいる人など無数なのである
ただどういうわけか小さい犯罪は万引きでもつかまりやすいのである
巨悪はつかまらない、大盗賊は英雄となり国を奪うものは正当化される
それか世界史でもあった、国を奪うなら人を殺しても罪にならないとまでなっていたのが歴史である

ただ人間の心から見る時、そうした犯罪の記録より恐ろしいのは「神は心を見ている」というときそうした記録のことではない、心に人間の一生のことが記録される、記憶されているのである
あなたが何を求めて何をしてきたのか何を思ったのかなどが記憶されている
だから老人になるとその人の結果が心に現れてくるのである
神は心を見ているというときとても現実社会では偽ることができても神に対してはできないからである
また顔にもその行状とか思いとか何か心の歪みとか罪が現れる
それは別に犯罪ではない、その人はいい人と社会ではされている
でも信じられない女性になっていた
心か曲がり異常化していた、なぜそうなったのか?
別に犯罪は犯していない、金にも恵まれていた、ではなぜそんな人格になったのか?
そういう人もまた多いのである、だから犯罪がすべて人間を歪めるものではないのである

エジプトでは死後にそうしてその人の魂を計りにかけて選別するというときもそうである魂にはその人生の行状とか思いとかが記憶されている
それこそ消えないものなのである、何か簡単に忘れて消えると思っているがそうではないだから犯罪が記録されないつかまらないとしても心に記憶されて消えず良心の呵責に耐えきれず自主した人もいるのはそのためなのである
ただ人間の犯罪は多様であり心悪いことを思っただけで罪だとなると罪を犯さない人はいない、また罪を犯したからと言ってそれで終生消えないというものでもないのである
ただ罪の軽重とか人間には計ることがでときない、裁くこともできない
なぜなら人間はみんななんらかの罪人だからである、
つまり犯罪者であり犯罪者が犯罪者を裁くことはできないからだ
第一この世を生きて嘘つかない人などいない、政治家などは特に嘘ついている、そういうささないことでも守れないのが人間なのである

国でも民族でもそうである、そこに正義があるのかとなるとない、ただ
強い国が弱い国を裁いているだけでありそこに正義などないのである
ただ国家の犯罪となると罰することもできない、アメリカの犯罪は誰もどこの国も罰することができないのである
それは長い歴史で神が裁くとなるしかないのである





2020年01月12日

2020 新春 常磐高速SA-セデッティ鹿島ー無人駅の鹿島駅


2020 新春

常磐高速SA-セデッティ鹿島ー無人駅の鹿島駅

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丸森の秘境(二輪草)

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常磐高速SAに飾っいた造花が良かった、何か森に隠された花に見えた
それは丸森の秘境で見た二輪草の群落を思い出した
ただあそこは洪水で流されて夏になっても咲かなくなっているだろう
あれだけの水が出たから流された
あそこは道があっても入りにくい場所だった
そういう所は田舎だったらどこにでもある
でも外から旅行に来た人は入りにくいのである
第一そういう場所は住んでいても地元の人すらわからないのである

常磐高速のSAも開通して四年とかになる、あそこでお土産を買うのはいいのである
良く駅でお土産買いたいという人にであった
それで香の蔵まで買いに行った人がいる
つまり駅とか何かお土産を買いたい場所なのである


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それでもう一つ買ったのがこれだった
年輪をうまく使ったものでありこれはいいと思い買った
これは新地の田村商会で作っていたものである
他にも木のお盆などを売っていた
やはり木という素材を活かしたものはいいと思う
それが新地で作ったとなると地元になるからいいと見た
何か特産物がこの辺でないからである

食べ物は何か放射能被害でだめになったとかある
ただ特産物を作ることは本当にむずかしい
なぜなら野菜とかにしてもそういうものは長年にわたりその土地を改良して作る
まだその土地の土が関係していたり気候が関係しているからむずかしい
雪の下キャベツとか会津にある
それは雪によって甘味がますという、それで今年は降らないので困っているという
そういう風土から作られた特産物はだから簡単に作れないのである

この辺で寄る場所は無人駅と常磐高速のSAくらいしかない
無人駅の方は最近案内していない、案内する人がいないともなる
春になるといわき市と通じるから外から来る人がふえるということはある
ただ常磐高速のSAのようにはいかない

何もしなくても一応駅の所は通るからそこにいたりする、何か駅が私は好きなのである
鉄道の旅行が長いからそうなった
ただ電車を待っているだけでもいいのである

寒雲や電車待ちぬ無人駅

こんな感じになる、何か駅自体が一つの人が交わる場所としていとしい場所になっているそれで廃線になるとき人々が惜しむのである
こういうことは車社会になるとなくなっている
人が交わる場がなくなっている、車は人が交わらないのである
ただ目的地に行くだけである
駅は何か待つということは人間的な時間を作り出していたのである

flower arregement 2020(生け花の心)


flower arregement 2020(生け花の心)

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定位置に石の動かず冬深む


一壺におさまりきれぬ様々の花のともにし映えにけるかな

我が手にそ挿しにし花やいとしみぬ花を活かして心いやさる

幸あれと千両万両我が家に飾りけるかな新年迎えぬ

我が家に大輪の菊十分に見てかえる悔いのなきかも
        

生け花とかも日本の文化である、茶道でもそうであり庭でもそうである
それは京都中心に生まれた文化である
奈良時代の平城宮にはまだそうした文化は生まれていない、万葉集は自然と直結した
素朴な時代であり京都になると文化の時代になったのである
そこで平安時代にかなが生まれたのもそのたとめである

生け花というと花嫁修業とかにしていた、生け花でわかったことは生けであり生きた花を活かすことなのである
だから花を自らの手でさして花をいとしむということが必要になる
ただ生け花というと女性がするものになっている、花はやはり女性にあっているからだろう

私のテーマは一つは花であり石である、花はだからずいぶん旅行しても山でも見たのである、生け花はまた家で飾って見るから違っている
それはいつも花をまじかに見るからである
それで毎日じきまえで大輪の菊を見ていた、それで十分に見たからまた変える
つまり花は十分に見られることでその美を認められた、だからまた次の花をさして見るとなる
生け花はこうしてまじかで日々見られることで花と一体化するのである

ただ花を知るには本当はその心が大事なのである
花でも心が汚れると見えなくなる、他でも美が見えなくなる
そうなるとこの世に生きることは何なのだろうとなる
美をみないとするとこの世は本当に地獄にならないか?
栄誉栄華があっても美が見えないとしたら暗黒しかなくなる
この世が救われているのはこの世に自然の中に美があるからなのだ
だから東京とかにはそうした美がないから索漠としている
そういう場所に住みたくないとなる
ただ科学技術とかビジネスの世界では東京がいいとなる

石も私のテーマである、人間はやはり定点が定位置が必要である
人間はみんなその定位置から場所から世界観を形成するからだ
定位置があってその場からアイディンティティかされる自然や世界がある
「場所の現象学」という本でではそのことを明確に述べられている
そのことを書いてきた、人間は場をもたなくなったから自然からも世界からも疎外される
アイディンティティ化されてないのである
グロ−バル化してもその場のことが実際にその場に立たないとわかならいからである
だから例え世界のニュースをみても表面的なことしかわからていのである
ゴーンが逃亡したレバノンとは何なのだろうとなるとこれも場について歴史的にも地理的にもわからない
なぜレバノンという国があるのだろうからしてわからないから理解できないとなる

いづれにしろ俳句短歌は日本の文化であるが俳句は短すぎてもう表現しきれない
短歌はまだ長いからそれなりに命脈を保つともなる

2020年01月11日

国際法が成りたたない (グロ−バル社会の限界ーゴーンは罰せられない)


国際法が成りたたない

(グロ−バル社会の限界ーゴーンは罰せられない)


ゴーンが日本を逃れた、それが莫大な金があってできた
そしてレバノンでその正当性を世界に向かって主張する
何も悪いことはしていない、悪いのは日本の司法関係者だとしている
そして治外法権の国に逃れそれで罰することもなにもできなくなる
そしてゴーンは二重国籍者でありフランス人なのか?レバノン人なのかわからない
そしてまたレバノンという国が国としても小国であり国とうし通用するのかも疑問であるそういう小国はゴーンのような金持ちは歓迎だとなる
結局盗賊なのだけど金があるから英雄となり次の大統領候補だとまでなっている

国際法が成り立たないという時、もう法律は通用しない
国際社会では国内で通用する法律が適応されないのである
だから外国で悪いことしても他国に逃れれば罰せられないとなる
そこに法律の限界がある

そして後に何が残るのかー何が世界で通用するのか?

それは力だけだとなる

つまり力が世界の法である、法律といっても強制力がなかったら意味がない
それでトランプ大統領がイランの司令官を殺害したのはテロだとう人もいる
それは正当な理由がない、大統領が殺害命令を出せば誰でも殺せるとなるからだという
アメリカは軍事力があり一番力をもっているからやり放題だともなっていた
イラクなど何も理由もなく一方的に攻めて壊してしまった

中国のウィグル族の迫害にしても中国が強大な力をもっているからとめることもできないチベット族でもそうである、チベット族がネパールに逃れて暮らしていた人たちがいた
そういうことにアメリカさえ今まで何も言わなかった
最近になって中国と貿易で対立するようになり言うようになったのである
でも国際法が成り立たないから強制力がないから世界で通用するのは力だとなる

現代の問題は法律であれ経済であれ政治であれグロ−バル化によって起きている
これだけ世界が複雑に交じり合った世界で起きている
経済でも絶えず陰謀論になるのはそのためである
誰かがグロ−バル化しした社会を支配している、それが必ずイルミナティだとロスチャイルドだとかユダヤ人だとか必ずなっている
でもそれで全部証明されるわ下でないのである
ただそれだけ複雑化しているからそう言うと何かそうなのかとなる

ただカジノとかにはラスベガスのカジノ王というか出資者がユダヤ人だとやはりそうなのかとかなる、そういうことはわかりにくいのである
カジノの問題もグロ−バル化国際化から起きてきている
カジノは何かうしろめたい金がそこで流通する、大金持ちのマネロンダリングの場だから問題なのだと指摘する
ギャンブルが正当化されてそこで金が合法的に流れてゆく
その手段としてカジノがある、だからカジノとはタックスヘイブンとかと同じだとなる
うしろめたい金が莫大な金がそこでカジノを通じて闇に流れる
その金は国でも把握できないとなるからだ

つまり国際法がない、そこで悪いことをしても罰せられない、特に小国がいいのである
キプロスとかでもロシア人の金が流入していたのである
それで一時預金封鎖になったとかある、ロシア人でも金をおろせなくなったのである
グロ−バル化は国際法がないのだから巨悪がまかりとおる
ゴーンにしてもそうである、金があるとして豪語している
金が現代の最大の力だからそうなる、金には国境がなくなっているからそうなる
アフリカの果てまでドルが通用するとなるとドルで世界が支配されることはアメリカによって支配されることなのである
だから中国でも他でもヨ−ロッパでもEUでも反発するのは当然なのである
それを許さないとしてアメリカが力でねじふせる、通用させる、ドルの基軸通貨を守るために戦争までになる
そこに国際的公平性はないのである、ただアメリカの利益が優先されるだけだとなる

そもそもアメリカの政府の重要な役職にゴールドマンサックスの人がなりウオール街と結託する、そして日本がゆうちょでも地銀でも農林中金の金がもうからない投資信託を買わされている、そういうことができるのはアメリカという国が背後にあってできることである、なぜなら日本は植民地だからである
なぜ植民地かというと北方領土が日本に返還されないかと言うとアメリカ軍が返還しても駐留することができる安保条約があるからだいう
それを知れば確かにロシアにして返還はできない
喉元にアメリカ軍が駐留される、それに対して日本は何もできない

つまりグロ−バル化して世界が公平に運営されるわけではない
かえって力あるものが世界から莫大な利益を得る、現実はグロ−バル経済でも帝国主義と変わりないとなる、実際は日本でも植民地化されている
奴隷というふうに目に見えていないが戦争に負ければ力の強いものの奴隷になるだけだとなる
現実の世界はグロ−バルになれば力が法であり法律はない、無法地帯だとなる
だからトランプがイランの司令官に殺害命令を出せば理由もなくできる
それが国際政治だとなる、国際法はそもそも通用しないからだ

国を越えた法律はない、力が法律だとなる、そして現代は金で何でも買うことができる
国さえ買うことができる、レバノンは小国でありゴーンのような大金持ちになれば他国から盗んだものでもかまわない、英雄となる、盗賊が国と国の関係ではほめられることにもなる、ではゴーンを罰するにはをどうするのか?
何らかの圧力をかけるほかない、それは外交になるとやはり力があるものに頼まねばならない、アメリカとかだったら外交で力があるから罰することができるともなる
つまりグロ−バル化社会は無法地帯なのである
力が法律であり正義であり富も力ある者に収奪されるのである

結局ここに人間社会の限界がある、人類に公正な法律はないし公正に治める者がいない

シオンは裁きをとおして贖われ
悔い改める者は恵みの御業によって贖われる。
背く者と罪人は共に打ち砕かれ
主を捨てる者は断たれる。
(イザヤ-27−28節)

神にしか世界を公平に裁くことはできないのである、最後の日に公平な裁きが全世界に民族に下るのである



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2020年01月10日

道を誤ることの怖さー人生は一回限りであり引き返せない (20代で決まる人生)


道を誤ることの怖さー人生は一回限りであり引き返せない

(20代で決まる人生)

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人間の一生とは何なのか?
これもいろいろいうけど実例から見ればわかりやすい
例えば同世代で赤軍というのがいた
その若者は日本航空をハイジャックして北朝鮮に逃亡した
そしてそのまま北朝鮮でずっと暮らすことになったのである
その人たちは親になっていたのである
それで日本がに帰りたいとかなった
帰ってきた人もいるがその行動が決定的結果になった
ではその行動が誤ったとして後で判断しても遅いとなる

なぜ遅いの?

人生は引き返せないということ

人生は二度ないということ

これが恐ろしいことだった、極めて人生の厳粛さであった
若い時だったら人生は長い、暇でしょうがいなと思っている
私自身もそんなものだった、仕事もしないことがありやけに長く感じていたのである
それが老人になるとこんなに早く時間が過ぎたことに驚くのである
まるで人生は一瞬だったと最後はなる

人生で道を誤るというときそれはすでにその人生の出発点の20代で起きていたのである
なぜ会社に入る時、大企業に入ることにこだわるのか?
それはそこで一生の方向が決まるということでそうなる
なぜ一流大学とかにこだわるのか?それが人生の進路を決めるように思えるからである
確かにどこの大学を出たかでその人を見ることがある
それは人間の価値が簡単に見分けられないからである
だから一流大学だったらやはり優れていると評価する
それはぞうでなくてもあくまでも平均的に見てそう判断する他ないからである

そして頭がいい人でも道を誤る
それがオウムだった、理系の頭のいい人が最後に浅原にだまされたとして刑務所に入り死刑にされたからである
これも本当に深刻なことでありその後悔は身にしみる
震撼ともする人生の実例なのである
私自身もそうしてカルト教団で運動していたから身にしみるとなる
カルト教団で人生を奪われてしまったということである
だから道を誤ることは本当に怖いことなのである

ただ人間は何かしら道をはずす誤る、後悔する、そればどんな人でもそうである
自分自身はひきこもりになり「小人閑居して不善を成す」となったのもそうである
ひきこもりとかは今は普通になっているが隠者とかなれるのはかえって優れた人であり
そういう人はめったにいなかったのである
百万人に一人とか特別優れた人しかなれなかった
でも今は経済的に豊かだからそいうことを一般の人でもできるようになったのである

20代で青春時代で何か決まってしまうというとき
例えば結婚でも誰かと結婚する、その人と一生暮らすことになる
それもたいだい20代で決まる、それも怖いことである
たいがい女性を選ぶにしても容姿でありその心を見なかったりするからである
男性にして恰好いいとか外見だけで決めたりするからである
それで三分の一が離婚するようになっているのだ
ただ選んだ人が悪いからと簡単に変えられないということになる

歴史でもあの時こうだったらこうなっていたとか見てもどうにもならない
日本でも戦争で死んだ300万人は返ってこないからである
これも歴史の厳粛な事実である、歴史では道を誤るとそれだけの犠牲が出る恐ろしさである、そこで有為な青年が大量に死んだのである
その人たちは生きたかったが生きられなかったのである

自分自身の人生も実際は30くらいで決まっていたのである
その後は余禄のような人生になっていた、その後は実際に旅ばかりして遊びだったのが自分の人生だったのである
青春時代は激動であり冒険でありそれが大事なのは一生の方向が決まるということなのである
何かすべてが決まるというのではなく方向が決まる
その方向が決まるから間違った方向に行くとそのまま後で間違ったとしても引き返せないのである
人生なんかいくらでも失敗してもやり直せるということもいう
でも方向が間違っていなければ多少の間違えとかあってもやりなおせる
でも根本的に最初に道を誤れば方向が決まってしまうから引き返せない
もう一度もとにもどってやり直すことができないのである

神を知るというとき別に聖書を読まなくても教会に行かなくても知ることができる
聖霊を受ければわかるとなるからだ、それは青春時代しかない
老人になれば誰でも人生はこんなものだったのかと悟ることはできる
でも神を知ることは不可能である
だから若きうちに神を知れということになる
その時期を逃したら神を知るチャンスを逃したことになるからだ
悟りと神を知ることは別なことなのである

もちろん別に無神論者でも立派な人はいる、すでに死んだ都築詠一氏とか武田邦彦氏などもそうである、無神論者でも人格的にも優れている
むしろ宗教者の方がおかしな人間が多いのである、何か一番この世で無用な者が宗教者になっている、それより一番害になっているのが宗教関係者だとまでなっている
その人たちは金を得る手段としてそういう稼業をしている
だからまともなのは市井で職人でも農民でもなんでも働いている人の方がまともなのである
そういう人達が宗教者が多いというときその国は堕落したのではないか?
イスラム教だと宗教者によって政治とかも支配されている
その深いところはわからないにしてもそれで経済的にも発展しなかったのかとなる
キリスト教でもカトリックの政治支配からプロテスタンとなったときマックスウェバーの資本主義の倫理を基にして働くことが奨励されて経済的に発展したとなる

自分も何か人生をふりかえると不思議になる
みんな一生をふりかえると不思議になるのだろう
その人生にしても20代にすべてがありあとの30年は余禄であり別にどうでも良かったとでなっていたのである
とにかく求道は青年の時にしなければもう無駄だとまでなる
確かに老人はみんな悟る、でも神を信じる時期はとっくにすぎている 
あとは諦念しかないのである

2020年01月09日

中東はイスラム世界はなぜ衰退したのか? (政教一致が原因だったーヨ−ロッパは政教分離で発展した)


中東はイスラム世界はなぜ衰退したのか?

(政教一致が原因だったーヨ−ロッパは政教分離で発展した)

中東というのはなぜわかりにくいのか?
それはイスラム教の国だからである
政教一致の国だからである

ヨ−ロッパの中世がカトリックの政治支配で暗黒の中世となったように
イスラム世界もそうなのである
イスラム世界は政教一致だからである

●カトリックと政治の一体化

●イスラム教と政治の一体化

●日本の天皇(国家神道)と一体化(明治維新ー大東亜戦争)

●共産主義(マルキシズムイデオロギー)と政治の一体化

宗教の面から世界を政治をみると何かここに法則がある
カトリックの政治支配からまねがれるためにルターの宗教改革があった
そこでヨ−ロッパもカトリックとプロテスタント派に分かれたのである
中世まではカトリック指導だった、その後はプロテスタント指導になった
ドイツとか北欧がイギリスが世界の主流となった
カトリックはラテン系統であり今の地中海沿岸のイタリアとかフランスとかスペインである、温暖な気候の国々である
経済発展したのはプロテスタン系であり寒い国だった
このイギリスを中心として派生したのがアメリカだった
カトリック系ではなくプロテスタント系だった
カトリック系はなぜか温暖な国々に広がった、南米はやはりスペインとかに征服されてカトリックになったのでありフィリピンもそうだった
そこは経済的に発展しないということで共通している

このように意外と宗教と政治は一体化している、そもそもマックスウェバーがプロテスタントが資本主義の基を作った、修道院で作ったというときもそうである
最初は道徳的なものがキリスト教の精神のもとに資本主義が生まれたとういう説である
経済と宗教と道徳が密接に結びついて資本主義が始まった説である
だからイスラムでは政教一致になるときイスラム世界独自の世界があり資本主義が受け入れられなかったのか?民主主義の基本である政教分離が受け入れられなかったのか?
何かそういう宗教がイスラム世界に宗教と関係している
そして王族が政治を支配しているとか近代化できなかった
石油の莫大な富も王族がにぎり王族とか部族支配なのである
アフガニスタンでも部族の争いがあり何か中村哲氏もそうした争いにまきこまれて殺された、そこはまだ部族世界だったのである、それはアフリカでもそうである

イスラム世界はオスマントルコでもそうだけで江戸時代の大奥のようなハーレムとかを作っていた、それも退廃した世界だった、それはイスラム教は一夫多妻を認めていたからそうなっていた
何か国際政治でも世界史でも宗教が意外と関係している、中東での最大の問題が宗派争いであることはカトリックとプロテスタンと同じである
それで分裂するから中東は一つになれないのである
明らかなことは政教一致であるとその国は経済的にも発展できないという法則がある
やがて行き詰まり国が衰退してゆく
ただ国が興亡したり衰退したりするのは他にも原因があるからそれだけとは言えない
ただ歴史をみればそういうことは確実にある

日本にしろ天皇を中心として国家神道化してそれが戦争に突入する原因ともなった
政教一致になったことは確かなのである
天皇は現人神(あらひとかみ)であり御真影として崇拝されていたからである
戦争が苛烈になったのは日本は神の国であり負けないということで妥協がなくなったからである、それは殉教と同じである
だから靖国神社に英霊とされて祀られているのである

中国だって宗教と関係ないようにみえても共産主義(マルキシズム)が宗教化していたのである、日本でも戦前から安保闘争あたりまでマルキシズムが宗教のようになって学者は崇拝していた、それでカンボジアでも二百万人が死んだしソ連でも一千万以上が死んだとか中国でも粛清されたとかなっている
それは宗教であるが権力闘争となり悲惨な結果となったのである
もちろん民主主義とか資本主義でも今やゆきづまっている
格差が数パーセントの国際資本家に世界の富が収奪されているということでもそうである
ただなぜ中東があのように紛争が絶えないのか?
それは政教一致とかが関係しているのである、宗教のくびきから解放されないからである政治と宗教が一体化するときどこでもそれは権力と一体化するから必ず権力闘争が起きて来る、それが宗教がかかわると熾烈になるのである
妥協できなくなるのである、今でも創価とか他でも政治とカルト宗教が一体化すると
常に逆らうものは地獄に落ちるとか呪詛したりする
それはイスラム世界、中東でも同じなのかもしれない

ともかくアメリカとイランの対立もそうした文明の対立とか宗教の対立もその底にある
政治(権力)が一体化すればどこでもそうなりやすいのである
宗教団体が政権をとったら御利益として大臣の地位とか社会の地位ある場につけることができる、それが御利益になる、逆に宗教団体に入らないものは世俗のそうした役得を得られない、かえって地獄に落ちろとか粛清されるのである
だから共産主義でもマルキシズムでもそれが宗教と化して悲惨な結果を生んだともなる
それは宗教自体が原因ではない、宗教を利用して権力化した結果なのである
だから宗教と政治は分離すべきだとして政教分離が法律になったのである

もともとキリストでも「心の中に天国はある」というとき政治とか社会を変えることを優先していなかったのである、仏教でもそうである
第一釈迦でもキリストでも家すらなかったからである
そういう人を見習えペというとき世俗の権力とかかかわらないことは確かなのである
イスラム世界は政教一致だから世俗と一体化するのである
それはそれなりの文明ということもあるがそこで社会が国が停滞するということもある
逆に中国はあまり宗教の縛りがないから共産主義のマルキシズムを基にしても経済発展したきかとなる
でも共産主義をイデオロギーにしているとやはりイスラム教世界のように政治と一体化しているからこれもどこかで行き詰まるともなる

ともかく宗教から中東を見ると世界史を見ることも必要である



posted by 老鶯 at 10:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年01月08日

2020 abstract painting


2020 abstract painting

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spanish Architecture
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waterway

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forest and earth

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winter sun

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underground city


地下帝国とは何かローマ帝国であり
中国の始皇帝の地下の宮殿である
それは地球の地下に千年閉ざされる
そこはまさに墓場なのである
帝国の栄華は墓となり埋もれる
それが人間の運命なのである

What is an underground empire?
It is an underground palace of the Chinese emperor
It is closed under the earth for a thousand years
It is just a graveyard
Empire's glory is buried as a tomb
That is human fate