2025年12月09日

青森で震度6強地震 気象庁「最悪のケースでは311のような地震」


青森で震度6強地震 気象庁「最悪のケースでは311のような地震」北海道・
三陸沖後発地震注意情報を初発表 北海道から千葉の182市町村が

地震の「大きな揺れ」と「小刻みな揺れ」は、揺れの周期(長周期・短周期)の違いによって生じます。大きな揺れ=長周期地震動で、ゆっくり大きく揺れるのが特徴。小刻みな揺れ=短周期地震動で、速く細かく揺れるのが特徴です。


10時過ぎ寝ているとき揺れを感じた。何かゆっくり揺れたのでそれほど怖くなかった。地震は急激に小刻みに揺れるのが怖い、これまでの地震はそういうものだった。
急激に激しく揺れて立つこともできない,物が落ちたり家が壊れるのではないかと感じた。今回は震源地が遠く長周期地震動地震だった。だから恐怖を感じないからテレビをちょっと見て寝たのである。ただ地震の大きさは長周期地震動の方が大きい
遠くでも揺れが結構ある。遠くまで揺れがあることはそれだけ規模が大きいとなる
ただ体感としては恐怖を感じなかった。
それにしても地震が多い、災害が多い、天変地異は何かを警告しているのか?
世が乱れるとき天変地異が起きるということで易姓革命が起きる

何か東南海地震も近いのかもしれない、ともかく悪いことは連続して重なり安い
私の場合は親の介護をはじめてからすでに20年近くになるが悪いことしか起きなかった。地震もありそれだけではないあらゆる災難が襲った、今も病気になりその余命がわずかだともなる。いったい何故こうなったのか、やはりカルマである。そもそも地震は定期的に起きるのだからカルマだからである。
いずれにしろ自然災害も人心の乱れとも関係しているかもしれない。

日蓮大聖人の教え:「天変地異は人心の乱れによる」と説き、社会の不信や誤った行いが災害を招くと解釈

人類が地上に増え、暴力や不道徳が蔓延していた時代。神は人間の堕落を嘆き、「彼らを創ったことを後悔した」と語ります。そして、大洪水を起こして地上のすべての生命を滅ぼすことを決意します。

しかし、その中でただ一人「正しく、完全な人」として評価されたのがノアでした。ノアは神に忠実で、日々の生活においても正義を守って生きていた人物です。

この災害は神の意志で起きた。科学的には証明できない、でも神の起こりの怖さを知らしめた。聖書の物語は神が良きにしろ悪しきにしろ人間に神が直接かかわったことの忠実な記録である。

ともかく今回の地震も次なる大災害の予兆かもしれない、中国ともめるのも内憂外患になる。モンゴルが攻めてくる日蓮の時代と似ている。貧困化でもそうである。
何か天変地異は世の乱れを正すためにも起きる。原発事故もどうである。危険なものでも人間の欲からやめられない、原発を増設するというのもそうである。これだけ被害があったのに反ししていない、地元でも補償金もらってかえって良かったと公然として言っているのも怖い、何ら反省していないのである。

posted by 天華 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 津波、災難の対処

2025年12月08日

石の倉の俳句【冬椿、冬の草、冬薔薇、冬紅葉、冬桜・・・】

石の倉の俳句【冬椿、冬の草、冬薔薇、冬紅葉、冬桜・・・】

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冬椿古木一本石の倉
狭き土地貧に苦しむ冬の草
古寺にそ今年も咲きぬ冬桜
冬薔薇一輪見つつ籠るかな
石の倉いくつかありぬ冬紅葉
定期的に我が家に来る人冬紅葉


南相馬市の鹿島区の北海老の宝蔵寺の紅葉は江戸時代から有名だった。相馬の殿様も見に来ていた。そこには冬桜も咲いている。
ともかく石の倉は多い、石だと重厚なものを感じる。日本には石造りの物が少ない、それで昔を偲べない、ヨーロッパだと2000年前でも石造りのもものは重々しく残っている。それで今でも歴史を感じる。倉でも日本では木と土壁の倉であり明治以降に石の倉になった。だから歴史でも新しいのである。

俳句は写生である。説明していたら短いからである。それで写真と相性がいい、写真は見たままを映すからである。それで【写俳】という分野が生まれた。現代は映像の時代であり写真は欠かせない、技術の変化進歩で新しいアートが生まれる
アートそのものが技術の意味であった。

冬紅葉もいい。何か人が信頼するには時間がかかる、定期的に来る人は親しくなり信頼するとなる、今年は晩秋がなく冬になった。冬が長いとなる





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2025年12月06日

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

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これは外国になったけど煉瓦の家である、石の家もあるだろう。


十数本根付き冬深む
姉と母我見守るや冬深む
冬深む古木一本に石の倉
石一つここに変わらず冬深む
冬深む桜井古墳に眠る人
冬椿垣根に咲くや街の裏
原町に新しき店冬椿
冬薔薇一輪咲くや籠る家


冬深むというとき一月頃かとなる。でも今年は晩秋がなく冬になった。11月も冬であった。すると冬が11月から2月までになるのか長くなる。だから冬深むというのが12月でも不自然ではない。紅葉でも冬紅葉になった。
姉と母とは60年とか一緒に暮らしたから忘れられない。人間は親しくなるというとき愛し合うという時時間がかかる。誰と一緒に暮らすにしろ一人の生きる時間は限られている。だから老人になって気づく。一緒に過ごす時間が貴重だったと誰と過ごすかも大事でも誰であれ限られた時間をともにする。
それで熟年離婚は損である。なぜならまた新しい人と共に過ごす時間がもうなくなってしまうからである。
人間は金のことは四六時中考えるが意外と共に過ごす時間のことは考えないのである
まず親子でも共に過ごすことが無ければ親子にも兄弟姉妹にもならない。
そして長く一緒に暮らした人は死んでも忘れられない、やはりいるように思えるのである。

ともかく冬深むというときなにか老人に似合う。しんみりとしていいいのである
やはり季節を感じるのは田舎である。冬は過去を回想するとか深く思考するのに向いている。
石の倉は石だから何か冬に向いている。石と木では感覚的に違う。石は重みがある
重厚になる。そこに古木が一本立ち農家がある。そこに存在感がある
冬椿もいい、まだ寒椿にはならない、でも寒いのである
冬には冬の美がある、簡潔な美がある

「簡潔」とは、無駄がなく分かりやすいことを指している言葉です。
「簡」には「省く」「減らす」、「潔」には「いさぎよい」「余計なものがない」という意味があり、熟語が持っている余計なものがなくすっきりとまとまっているさまを示しています。

「簡潔」であるためには、単に短いだけでなく明瞭さが必須です。無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残すのですが、削り過ぎて意味が分からなくなっては本末転倒となります。

女性でも何かそういうふうに見える。冬は無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残す
冬にはかえって花の美でも空気も澄んで映える。冬は何か彫刻的にもなる。無駄なものをそぎ落としてシンプルになる。冬も自転車で走ると気持ちいいい。でも風が吹くと苦しくなる。桜井古墳に眠る人は二人なのである。その二人が誰なのかとなる

2025年12月05日

社会とは何なのか―社会のために人は生きるのではない 【神から見れば人間の社会は罪の社会であり容認できない】


社会とは何なのか―社会のために人は生きるのではない
【神から見れば人間の社会は罪の社会であり容認できない】

●社会とは何なのかーsocietyは明治以降にもたらされた言葉

人間は常に社会のために生きろと教育されるがその社会とは何なのか?
実は明治になりヨーロッパから入って来た言葉でありその概念でもわからなかった
第一社に会すと感じで表せば村の小社の会すとなる。それは村の範囲でありその村の中でもさらに一地域になる。日本人が意識する社会の範囲は狭いのである
向こう三軒両隣にもなる。でもヨーロッパだと社会ーsocietyとは相当に広い範囲をさしている。

上流の人たちが集まり交際をする社会(=社交界)もsocietyです。ちなみに、社交ダンスはsocietyの関連用語である形容詞socialを使用し、social danceとします。

サイズ感をみてみるとcommunity < societyであり、ソサエティのほうがより大きく組織化されたグループです。
そして集まるための目的としては、communityは共通の関心ごとがあります。一方、societyは組織的に共通の制度であったり文化を共有しま

日本では社会というときcommunity の感覚になる。村となればcommunityであり社会となれば広いからでる。communityは日常的に常に意識される。社会は具体的に意識されない、範囲が広いからである。だから社会のために生きろと言われるけども具体的に結び付かない、それより江戸時代なら藩に所属して侍は藩のために生きていた。藩が社会であった。藩は常に具体的に生活の中で意識されるからである。
江戸時代に国家とかは意識されない。それで天皇のことでも意識されないし知らないのである。天皇を意識するようになったのは明治以降でありそこで過剰に意識されるようになった、上から強制されたとなる。第一日本国を意識できなかったからである。

ともかく社会というとき日本では何が社会なのか漠然としている。江戸時代は村が社会である。社(やしろ)に会す社会である。その社会が会社になる。会社も社に会するとなる
現代では会社が村の代わりにもなる。そこで日々顔合わせて共同して働くからである。
今は農村でも会社で働くから会社が社会にもなる。
でも会社は社会ではない、様々な会社がありそれは社会ではない、社会とは様々な会社を総合したものであり一つの会社のことではない、でも現実は会社に属して会社が社会にもなる。社会のために生きろというより会社のために生きろという方が具体的でありわかりやすい、何か社会となると抽象的になる
いづれにしろ日本に社会とは何かわからない。だから翻訳してもそれが理解できなかったとなる。それでも常に社会のために働き生きろとなったのが明治以降なのである
その社会が何なのか明確ではないのである。

●社会のために生きろではモチベーションが持てない

人間は家族のために生きるとなればわかりやすいし現実は今でもそこが基本にある
会社で働くにしても家族を養うためであり会社のために働くがすべてとはならない。
会社といってもABCDE,,,,と様々な会社がありそれは別々な存在なのである
社会となれば総合的にすべての会社も含まれるものが社会になる
とにかく社会のために働き生きろと言うのはわかりにくい。村のためとか市町村のために生きろという方がわかりやすい、その範囲は会社より広いし総合的なものになる。
会社のためにという時は一部分だからである。

人間はその一人の個人を見るときでもその属性としてどこに住んでいるか市町村を見る
また現代ではどこの会社で働いているのかを見る。会社名を見る。大企業に働いていれば一目置くとなる。また職業も見る。職業からその人を判断する
姓名でも職業が姓になる。それは外国でもそうなる。
とにかく社会というのは何かヨーロッパでもその言葉はなかった。上流階級、貴族が
societyになっていたのは社会を作る指導する人達だからだったからだとなる
奴隷は社会の一員にもなれないとなる。だから社会は貴族階級のためにあったとなる。
社会のために生きろと言えば貴族階級のために生きろ働けともなる
貴族の奴隷として働けとなる。それが社会のために生きろというときそうなってしまう

社会のために生きろというとき何かあまりモチベーションがもてないのは具体性がないし範囲が広すぎるからである。
そして人間の存在で欠落しているのが社会という前に神の存在があり神と人間の関係が最初にあった。なぜならこの世界であれ人間を造ったのは神だからである
神がなければそもそも人間は存在しないし社会も存在しない
最初存在したのは家族である。家族が社会でもあった。人間は家族のために働き存在した。社会の前にファミリアがありそれは広い範囲の共同体であり村のようなものだった。familiyとは家族であるが家族が拡大したものであった。国家自体がファミリーが拡大したものであった。ヨーロッパでもハウスブルグ家が広範囲な国家を形成したことでもわかる、江戸時代も豊臣家とか徳川家が藩が家族の拡大したものだからである

それで聖書でも家族の物語でありその系譜が常に語られる。その系譜で最も重要なのはアブラハムであった。聖書では神が存在して人間と神がじかに結びつく物語である
そこに社会は存在しない、だから社会のために生きろと言うこともなかった
神のために生きるとなっていた。なぜなら人間の作った社会は罪で穢れそれで神はノワの洪水とかバベルの塔を破壊して民族を離散させたからである
人間の作る社会は神の意にそぐわないからそうなった。

●社会のために生きろは欺瞞

だから社会のために生きろというのは悪に生きる罪に生きることにもなる。なぜなら社会であれ国家であれ罪にまみれたものであり神の意にかなうものではないからである。
だからこそ神が滅ぼすとなったのである。社会のために生きろというけど罪にまみれた社会でありそれが別に神の意にかなうとはならない。神の意にかなうとは社会とは関係ないのである。神に意にかなうことは逆に社会に反することにもなる。だから神の意にかなおうとした預言者は迫害されてきた。人間は社会のために生きることではない、神のために生きることが理想なのである。でも社会のためにとなるのが問題なのである。

なぜこれほど社会が言われるようになったのか、社会のために働けという時その社会とは誰のことなのかとなる。社会とはあいまいであり社会を意識するだろうか、むしろ
家族とかcommunityは日々の生活で意識する。だから社会のために働けというのは何か不自然なのである。反社会的となってもその反になる社会があいまいなのである
イスラム社会だとアラーの神を認めないことは許されない、社会が信仰共同体にもなっているからである。

いづれにしろ何かというと社会のためにというのはおかしいのである
社会が何か別に善を求めるわけでもない、一体社会が何を目的としているのもわからない、でも社会のためにと常に言われる。その社会という時今ならグローバル化しているから世界のために働けとなる。でも世界でグローバル化に反対する人が増えるのは誰も世界のために働くわけではない、それでアメリカファーストにな日本ファーストになる
様々な組織団体のために働き運動する。それは社会ではなくcommunityだとなる
利益共同体であり利権団体である。カルト教団もそうである。仲間内で結束して利益を利権を共同して求めている。会員ならない者はその利権に利益にあずかることはできないのである。それは社会ではなくcommunityだとなる

社会のために働けとかなると無職の人は社会にとって許されない人になる、それは反社会的になる。でも神と人間の関係から見ると神は社会を見ていない、人間の社会は神から見て罪の社会であり容認されるものでもない。だから神が直接かかわったのは個々人であり組織団体ではない。

●アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神の意味

イスラエル人に言え。あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主が、私をあなたがたのところに遣わされた、と言え。これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。」(出エジプト3:15〜16)

ここに社会とか組織団体はでてこないのである。それで別に社会が存在しなくても神と人は関係している。イノクは社会から消えたが神の下に存在した。神が取り上げたからである。つまり社会に存在しなくても神に選ばれた人は神の下にあり存在したとなる
神の国とは人間の社会ではない、神に選ばれた人達の国である。
人間は社会のために生きても理想の社会は実現しない、社会自体別に善なる理想の社会を目的にしない、便利な社会とかは目指している。でも理想の社会は作れないのである。共産主義社会でもそうである。それは理想を目指してもそうはならず暗黒社会差別社会になったことでもわかる。この世に理想社会ユートピアは作れないのである。
いくら努力しても作れない、神の国は神自らが造り治める国である

●この世で社会で無償で得られるものはない

例えばそこでは人間は労苦して働く必要はない。マナとして神の手から贈り物として無償で与えられる。人間は何か果物でも野菜でも誰かの手から買う時とにか苦労を言う
仕事としている人もその仕事が重大なこととして訴える。そしてその苦労に報えるべきだと強制される。それはマナとは違う。だから受け取る方も何か負担になる
これだけ苦労して作ったものを与えるからその報いを要求する、それは金になるが金だけではない、感謝であれ何かその見返りを要求するのである。
ただでくれる人はいない、ただより高いものがないというのはただで無料で与えられるものはこの世にはないのである。
そのために野に実る木の実を食べた時甘美だったのである。野の鳥は神から無償で与えられるものを食べているから幸福だとなる。

ともかく社会のためとか常に言われること自体負担になる。社会で得られるものに無償で得られるものはないからである。何かを得るとすれば誰かの労苦がありもたらされたものだからその見返りを要求される。だから人間の社会とは常に何か圧迫を感じる
社会のために生きるという時何かを暗黙の内に強制されているのである。そこに本当の自由はないのである。電車に乗るにも車に乗るのでもそこには人手がかかる。
何か社会で無料な物はない、水すら無料ではない、山の清水を飲むとき無料なのである。確かに文明化して便利でも無償でで与えられるものはないのである。人間は社会のために生きるという時社会から逃れられず生きるほかない、水を得るのにも代償がある
無料では得られない、だから社会のために生きろというとき無料のものはなく代償を要求される

人間は無報酬(金なしでは)では他者に何もしたくない―ただより高い物はないの意味 【神の国では神自ら無報酬で賜物として与えられる‐聖書の野の花の例え】












2025年12月03日

冬薔薇、冬紅葉、冬あざみ、の俳句と写真

冬薔薇、冬紅葉、冬あざみ、の俳句と写真

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冬薔薇蕾一つや開く待つ
冬薔薇庭に一輪今日も見る
冬薔薇ここに一輪散りにけり
道の辺の四五輪目にとむ冬あざみ
墓地の道広葉一枚散りにけり
雨の後夕月光り冬紅葉


今庭に見るのは冬薔薇である。その一輪を見ていたが散った
でも蕾が一つ出てそれがふくらみ咲く
庭に咲く花は経過を見る。何か冬はしんみりと見る
今日は午後から雨が降った、そのあと雲に月がにじみ光る
自然は変化する。
冬紅葉が映える。今年は晩秋がなく冬になった。

2025年12月02日

安倍首相殺害の山上の統一教会の恨みの背景 【その責任は広範囲になる、一個人の問題ではない理由】


安倍首相殺害の山上の統一教会の恨みの背景
【その責任は広範囲になる、一個人の問題ではない理由】

旧統一教会にのめり込んでいた母親の殺害を考えたかを問われ、「考えたことはあります」と語った。実際に行動に移さなかった理由としては「母の行動は教会の教義に従ったものですし、母個人というわけでもないと思いますので」と語った。【林みづき

母の行動は教会の教義に従ったものですし、母個人というわけでもないと思いますので・・・・

一体だれが悪いのか責任あるのか?カルト教団が悪く会員の個人は悪くないのか?
明かに強制されるわけでもないから選択したのはあくまでも個人である。
個人が責任がないということはありえない、自由社会では何でも自由に選択できる、拒否もできる、でも選択した判断したのだから責任は個人にもある
とにかく億の金を寄付すること自体異常である。別にそれは強制されない、税金とかと違うからである。ただそういう場にいるとそれが信仰の証みたくなりその場の雰囲気にのまれ寄付した。それにしてもそんな金を寄付することは尋常ではない

問題は会社であれ組織集団になるとその責任とか悪でも問いにくくなる
その組織集団に所属している人もその組織の意向に従わざるをえない、そうしなければ会社であれ集団組織から排除される。でもそうしたカルト教団は会員が逆らうことができない、それでオウムでもサリンをまくという暴挙でも従った。
創価でも選挙のために日々活動する。それがおかしいと思っても組織集団全体の意向であり反対できない、その組織団体の指針に従わざるを得ない、それがサリンをまくとかでも従う。それが国家規模になれば戦争でも従う。国家の場合は警察とか軍隊がかかわり強制力があるから余計逆らえない。

この場合責任は誰にあったのか?その標的は自民党の安倍首相に向けられた
統一教会と結託していたからである。統一教会は時の政権とかかわるということは庇護されていたとなるので狙われた。その責任は安倍首相にあるとなり殺された
自民党は統一教会の支援を受けていた。本来それはあってはならないことだった。
統一教会を容認することになったからである。国家が承認したからである。
それで安倍首相が狙われた。本当は統一教会の幹部を狙っていた。カルト教団は幹部の責任が重い。幹部が支配するために寄付金を得るために信者を増やして勢力を拡大する
それはカルト教団に共通している。宗教の組織化集団化が問題の根にある
それでカトリックは免罪符を売ったのと同じように巨大な権力を持つようになった
神の名を語りサタンにもなる。サタンに乗っ取られたのである

この事件が一個人の恨みとかから起きたとしても社会的問題になったのはカルト教団を時の政権が容認したことである。それは政教分離に反する行為であった。
民主主義社会では信教の自由はある。でも政教分離の法律もある
政治と宗教が一体化することは危険であるからヨーロッパの歴史から生まれた法律である。それはカトリックが政治権力と深くかかわる歴史があったからである
日本でも天皇を神として戦争で3百万人死んだから政教分離が戦後行われた
宗教はあくまでも間接的に政治にかかわってもじかに権力とかかわり権力を持つことは危険のである。創価が危険なのは権力を得ることが目的になっているからである
だから祈れば選挙に勝つ仏が味方するから勝つとなる。それは日本は神国だから戦争に勝つも同じである。
確かなことは組織集団になると良心とかなくなる。すべて組織集団の意向が絶対化する。それはナチスにもなる。ひたすら題目でも唱えることはハイルヒットラーにもなる
天皇陛下万歳で死んでもゆくとなる。

いづれにしろこの裁判も一体誰に責任があったのかを問うと広範囲になる
本人の責任が重大でもカルト教団を時の政権が容認したことで政府にも責任がある
ただ組織集団になるとその責任もあいまいになる。個人なら厳しく問われても巨大な組織集団になると責任を問いない。権力を持つから問いないのである
原発事故でも電事連の責任のことをマスコミでも言わない。電機連合となれば現代の文明を支えるものでもあるからそうなる。

何かこの事件が一個人の私怨ではなく公憤ともなった。それはカルト教団の悪を知らしめたからである。それで政教分離が強く言われるようになったことはいいことだった。





posted by 天華 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年12月01日

人間は生涯自ら自制して精進してメイクする存在 【そうしないと脳も退化して認知症になる】

人間は生涯自ら自制して精進してメイクする存在
【そうしないと脳も退化して認知症になる】



精進の意味

精進は『しょうじん』と読み、『1つのことに集中し、努力すること』『雑念を取り払い、修行すること』『肉食を断ち、心と身体を清めること』など、多くの意味を持ちます

あれこれと迷う事なく今日・今行うべき事を実行する事をいい[1、悪を断ち、善行を実践し、雑念を去って仏道修行にひたすら励む積極的な姿勢のことだが

人間は生涯精進するものをもつ必要がある。「仕事」とは、人が一定の目的や責任をもって行う行動や作業、またその結果として生み出される成果全般を指す総合的な概念です。

「仕事」は「仕(つかえる・し)」と「事(こと)」が結合し、「公的・私的に仕えるべき事柄」を示す熟語として成立しました。


人間はただ漠然と無目的に生きていては何ものかになることはできない
常に精進する必要がある、職業でも多様であり農民でも職人でも商人でも何でも精進して仕事をする、物造りでもそうである。より良いものを作り出そうとして日々努力している。何かあらゆるものが何の努力なしに生まれるものはない、人間は生涯仕事するものとしてある。もしそれがなければどうなるのか?人間は目的を失い人間として成長して人格形成もできなくなる。人間は何か仕事するために存在する
だから世界でもあなたは何の職業ですかと問われその職業から人間を見る

What is your profession?"

こう聞かれる。だから世界でも職業からその人を見る。職業をもたない人はその人間が何かを判断できないとなる。私は医者ですとなれば世界でも一目置かれる
私は日本人ですと言ってもそれでその人を判断できないのである
日本人であれアメリカ人であれそれは大勢いるからである
むしろ世界でも医者となれば医者同士で通じ合うものが生まれる。職業が同じだから通じ合うのである。それは人種とかの相違とも関係なく通じ合う

職業でなくても例えば音楽であれ絵画であれ追求していれば通じ合うのである
そこで求めているのは美でありそれは世界でも人種が違っても追求するもの目的が同じだから通じ合う。
ともかく人間は漫然として何か生まれることはない、常にメイクすることで人間は作られてゆく。それはいくら才能に恵まれた人でもやはりメイクしていかないと何者かにはなれない、つまり精進することが必要なのである。動物だと生まれてすぐ立って一人立ちできるが人間は相当に時間がかかる。訓練が必要になる。

Discipline is the key to achieving your goals. : 自制心が目標達成の秘訣です

英語で言えばこうなる。自制心というのも精進に通じる。目的がありそれを達成するためには気が散るとできない、自制心とか精進が必要になる。self-controlが必要になる
人間は欲望のままに生きたらどうなるのか?人間は必ず自制心とか精進をしなければ何者にもなれない、あらゆることでそうなのである。大工になるにも職人なるにも修行が必要である。自らをメイクしていかないとなれない、その素質が関係してもそうである。人間は確かなことは生涯メイクしてゆく、自らを作り上げてゆくのである
それは死ぬまで続くのである。それはどんな分野でもそうである

もしそれがなくなるとどうなるのか?人間は退化してゆく、そして脳すら退化して認知症にもなる、どうしても退職したりして仕事を失うとそうなりやすいのはみずからメイクすることがなくなる、またそれを強いられないからそうなる
別に何もしなくててもいいとなってもそれが危険になる。何か精進して励むものが仕事が無くなることは脳も働くなるからである。それが認知症にもなるから怖いのである
高齢化社会の問題は退職する仕事でも強いられることが無くなる。すると目的も失い自ら精進して成すものもなくなる、すると体でも脳の働きも鈍化して認知症になる危険がある、なぜ公務員とか先生でも認知症になるのか、それは仕事しているときはそれがマンネリ化しても頭を働かせる。ただ公務員とか教師とかは同じことをするパターン化する、創造性がないから脳が退化することはありえる

いづれにしろ人間は利益になる金になるから働くのではない、退職すれば金が無くてもいいとなればどうなるのか?何もしなくてもいいとはならないのである
何かやはり目的をもってメイクすることが必要でありそうしないと脳でも退化して認知症になる。勉強でも若い時から強制する必要もある。習慣化する必要がある
ともかく人間は教育されなければ人間になれないように何か自ら自制して自己開発してゆく。動物のように本能で生きるのではない。自ら自生して精進して作り上げてゆくのである。それがなくなるとき脳でも退化するのであり認知症にもなる
高齢化社会の問題は老人を無用のものとする、それが認知症にする原因にもなるから問題なのである。





2025年11月30日

冬の俳句−丸森、松島など【冬椿、冬の菊、冬鴎、冬の暮、冬の灯、冬の月】

冬の俳句−丸森、松島など【冬椿、冬の菊、冬鴎、冬の暮、冬の灯、冬の月】

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つつましく仕えし女や冬椿
塵つかず美しきかな冬椿
冬の灯や老舗の菓子屋村にあり
冬の灯や大内村を通り去る
(城の句)
城に松白壁に映え冬の菊
松島や障壁画古り冬鴎
鐘の音の魚も聞くや冬の暮
冬の月天守にかかり光るかな


冬の方が花が美しく映える。寒さの中で空気も澄んで映える。12月までは冬椿であり一月から寒椿になる。丸森の中心から離れた大内にも菓子屋があった。お菓子屋は原町でも街から離れた長野村とかにもある。それは老舗でありそこでしか売ってないものがある、その味はその店独特のものである。だから文化なのである
丸森の中心部から結構離れた所に街があり夜に自転車で通ったが冬の灯がともりそこは街を形成している。そこに死に絵の味を守り続ける老舗がある

松島の観瀾亭は松島を庭にしている。そこでお茶を飲める。安土桃山時代の障壁画があり秀吉の大阪の伏見城から移譲したものである。伊達政宗は武将であり文化人だった
松島は海も穏やかであり庭に見える。瑞巌寺の鐘が鳴りそれが海にひびく
冬に行くのもいい、仙台市から近いから気軽に行ける
冬には冬の良さがある。

2025年11月28日

何故歴史の国の中国に老舗がないのか? 【王朝が変わり歴史が断絶して継続しない―古典は廃れないもの】

何故歴史の国の中国に老舗がないのか?
【王朝が変わり歴史が断絶して継続しない―古典は廃れないもの】

中国は変化が激しい、大陸は陸続きだから他国の影響をまともに受ける、異民族が侵略してくる、そのために万里の長城を作った。漢民族が中核に存在しても周りの異民族の影響をもろに受ける、否が応でも受ける、だから王朝でも長続きがしない
王朝が変わるとこれまであったものが否定される、破壊もされる、劇的に変わる
そこに3000年の歴史があっても継続することがむずかしい、それで日本のような老舗とかない、歴史があるのにない、継続されないのである

日本の天皇が継続されているが中国の王朝は交代すれば前にあったものが否定される
権力を持っていたものも追放される、トップが変われば下々も変わる
強力なトップダウンの国である、それで文化大革命では文化財まで破壊された
貴重な歴史の宝物も失った。だから歴史の国でも継続するものがない
そのために日本のような老舗が中国にはない、継続されない、ヨーロッパだとローマ帝国であれ継続されるものがある。中国には歴史の国でも継続されるものがない
ヨーロッパではキリスト教があり継続されるものがある、一貫したものがあり継続されたものがある。

日本ではかえって古いものが保存され継続される。それが老舗だとなる
ドラマでも老舗の旅館を守るために必死になり犠牲があっても守り継続されることを第一にする。天皇でも一つの老舗にもなる。そこに継続して守るべきものがある
そのために多少の犠牲があってもいいとなる。天皇家も老舗でありそこに守り伝えるべきものがありそこに価値がある。だからいかに継承されるかが大事になる
そのために苦闘するのは老舗を守るために苦闘するのと似ている

つまり新しいものでも古いものを基にしている、全く新しいものはない
ルネサンスでもギリシャとかローマの再生のことでもあった。全く新しいものを作ることではなかった。常に人間は新しいものを求めるが古いものを見直す再生させることが
創造なのである。そこに継続されるものがあり古いものが装いを新たにして蘇るのである。

ルネサンス(英: The Renaissance)は、15世紀および16世紀にわたる歴史上の時期であり、ヨーロッパにおける文化運動(英語版)である。中世から近代性(英語版)への移行を画し、古典古代の思想と成果を復興し、これを凌駕しようとする志向を特徴とした。芸術、建築、政治、文学、探検、科学など、ほとんどあらゆる分野における大きな社会的変化を伴い、当初はフィレンツェ共和国を中心として、その後イタリア各地へ、さらにヨーロッパ全域へと広がった。

これは一部分のことではなく全般的総体的に起きた運動だった。そこにギリシャ、ローマが装いを新たにして再生したのである。確かなことは新しいことは古いものを見直す継続することでもある。全く新しいものはないのである。何か創造するのにも過去にあったものを基にしている。古典を参考にしている。温故知新がそうである。古典は時間が過ぎても廃れない価値がある。価値と言っても全く新しい価値を作れないのである。

ともかく老舗は建築があり料理なら味が伝えられる、ラーメンでも汁が肝心でありそれは秘伝として代々伝えられる。それは独自の味であり真似できないから価値あるとなる
その老舗も京都とか城下町とか街全体の中にある時活きるとなる
スーパーでは活かされないともなる。確かなことは価値は簡単に作り出せない、価値は継続されて活きてくる。現代が浅薄な文化になっているのは過去の歴史的な継続が喪失したからだともなる。
中国が歴史があっても継続されないから文化的には魅力がないとなる
政治的に権力の圧政でそうなる。中国は巨大な権力の圧政になりルネサンスとか生まれにくい、広大な国を統一する治めるためにエネルギーが奪われるともなる



2025年11月27日

冬深む老舗は文化【冬紅葉、冬深む、冬の鳥、冬夕焼け・・】

冬深む老舗は文化【冬紅葉、冬深む、冬の鳥、冬夕焼け・・】


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玄関に吹き散り入りぬ冬紅葉
老女来て玄関に散る冬紅葉
我が家に貧しき老女来て冬紅葉
京都なる老舗の味や冬深む
交差して朝に飛びける冬の鳥
みちのくの冬夕焼けや光る月


老舗という概念は、日本の商業や文化の中で特に重要な位置を占めています。
江戸時代には、同じ場所で長く商売を続けることが信頼や格式の証とされ、老舗は地域社会の中で特別な存在となりました。
老舗は、単なる商売人ではなく、地域の伝統や文化を守る役割も担ってきました。

この酒蔵は江戸時代から続く老舗です。
老舗の味を守り続けています。
伝統ある名店として知られています。
歴史ある企業の信頼性は高いです

long-established, heritage brand

和菓子伝統製法・地域密着
酒造長期熟成・家族経営
旅館おもてなし・歴史的建築
工芸品手仕事・技術継承


老舗は和菓子屋がそうである。これは辺鄙な村にさえある
そしてそこでしか買いないもので独自の味がありそれは代々伝えられたものである
だからスーパーができても残っている。商店街が廃れても残っている
その理由は独自の味を伝えるものを自家生産しているからである
ただ他から仕入れて売るだけではないためである
それで辺鄙な所でもお土産になる。その土地のお土産なのである
その老舗はやはり街中にあるのが似合う。それで京都とか城下町に似合う

スーパーでは何かそうした文化的価値が作れない、それは歴史と一体化してある
価値は様々であり複合的に作り出される。それがスーパーには作れない。
老舗は文化である。スーパーは便利でも文化は作れない、現代は街の魅力が失われた。
魅力を作るには文化を作ることである。それは歴史であり独特の味わいを作り出すことである。今はただ食べるだけではない、文化を求める時代なのである
茶道はただお茶を飲むというのではな生け花であれ建築であれ掛け軸を鑑賞するとか複合的な文化なのである。




2025年11月26日

冬の暮の俳句(2)−山寺の対面石【冬紅葉、冬の鴨、残る柿・・・】

冬の暮の俳句(2)−山寺の対面石【冬紅葉、冬の鴨、残る柿・・・】

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この薔薇はまだ散らないで咲いている





我が老いて対面石や冬の暮
冬の鴨今日も寄合いつ里に老ゆ
山寺の対面石や残る柿
姉と母我が家に偲ぶ冬の暮
茶を飲みぬ対面石や冬の暮

The one stationary stone
with no motion
a winter day close

誰か見る一輪赤き薔薇にあれ冬の暮我が庭に咲き隠れ棲むかな
根を下ろす冬の木々かな日々歩み心通じぬ木の葉の散るかも



この大石は対面石といわれ、貞観2年(860)慈覚大師が山寺を開くにあたり、この地方を支配していた狩人磐司磐三郎と大師がこの大石の上で対面し仏道を広める根拠地を求めたと伝えられている。自然の景観を生かし、山岳仏教の霊場を築きあげるため、動物を殺すことをやめてほしいという、慈覚大師の尊い心に感動した磐司磐三郎は、生業としていた狩猟をやめたうえ自ら仏道に帰依して立石寺開山の基礎づくりに協力したといわれている。狩人をやめたことを喜んだ動物達が磐司に感謝して踊ったというシシ踊りが、山寺磐司祭で奉納される。山寺の歴史を開いたこの大石に、左手をあてて願いをこめれば、良いことに対面できるともいわれている

山寺の対面石のある場所は言い、清流も流れている。料理だけではない場所が価値を作る、喫茶店は場所がいい見晴らしがいいいと価値がる
その景観を見てコーヒーを飲む、その価値は倍加する
あそこは最高に場所がいい、山形県も最上川があり日本海もあり温泉もあるから魅力ある、山寺で動物の殺傷を禁じたというのもそれだけ狩猟を生業とする人達がいたとなる。その頃は山で暮らすとなると鹿でもイノシシでも食べないと暮らしていけない、だから殺傷を禁じたしたら何で生活したのかとなる、これはそもそも僧侶とかが山で何を食べて暮らしていたのかとなる、それは他でもそうである。食べなければ生きていけない、その肝心なことがわからないのである。
第一あの高い所に食料を運ぶだけで相当な苦労である
それがイメージできないのである

冬の暮というとき何か1月以降なのかと思っていた。でも一日が暮れることである。冬深むとなると一月以降である
人間は基点となるstationから世界を見る。私の住んでいる場所は福島県の浜通リでありそこから周りを見る
福島県でも会津は別世界である。でもその辺まで地についてイメージできる。山寺は仙台から仙山線でいつでも行ける距離である
だから山形県は視界に入る。蔵王も見えるからである。

いずれにしろ俳句は季語に芸術であり季語を極めることである
だからが外国人は日本の四季を実感できないから俳句を作るのがむずかしい。季語の意味を深く知る必要があるからである。
残る柿とか木守り柿とかでもそうである。木守り柿などわかりにくいのである。

ふるさとの生家これきり残る柿 (執印寛子

これなどいい句になる。




2025年11月25日

冬の暮の京都の茶室 冬の暮の俳句ー京都の茶室

冬の暮の俳句ー京都の茶室

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京菓子に抹茶を飲むや冬の暮
代々に技を受け継ぐ冬の京
京都なれ老舗の暖簾冬の暮
客の去り茶室に一人冬の暮
京に住み交わる人や冬の暮
石一つ位置を変えずに冬の暮
茶室にそ交わり深く冬の暮

二上山姉弟や冬の暮(奈良)




京都は冬もいいだろう。やはり四季がありその変化を味わうのが日本である。ただ今年は何か秋でも晩秋とか秋深むが感じられず冬になった
今の京都は行きたくない、人を見に行くことにもなる
風情がなくなる。茶道はわび、さび、・・・とかの日本の風土から生まれた。そうなると枯野とか冬がいいとなる
でも京都でも枯野とかはない、何か京都は自然でも文化にした庭にした人工的空間を演出した場である。だから日本の文化を凝縮した所となる。
ただ京都をニ三回行ってもわからない、景色を見るより人間の作った文化を見るとなるとわかりにくいのである
京都はそこに住んでみないとわからないとなる

不思議なのは京菓子という時古いが全国になぜお菓子屋だけはスーパーがあっても残っている
小さな町でも必ずあり何か独特のものを売っている、大量生産されるものとは違ってその店独自のものを作る
生産するのが違っている、だから大量生産されるものではないから独自のものとして売れる
一様化した商品とは違うのである。それはまさに文化だとなる。日本の菓子は確かに文化である
中国にはない文化である。それでお土産にいいとなる
老舗となると京都とか古い城下町に似合う、ただ文化という時なかなかわかりにくい。料理も明らかに文化である
郷土料理がそうである。それは別に贅沢なものではなくその土地でとれるものを工夫して作り出したものである
でもそれを味わうとなると高くつく、でもそれはその土地の文化を知ることになる


2025年11月23日

冬紅葉の俳句【寒菊、冬の滝、冬深む・・・】

冬紅葉の俳句【寒菊、冬の滝、冬深む・・・】

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清流の大石にひびき冬紅葉
忠実に仕えし女や冬紅葉
石すえて色濃くなりぬ冬紅葉

【会津】

冬深む会津に古木根づくかな
寒菊や会津の城を守るかな
冬の滝轟き山の朝明けぬ

【盛岡】

北の城松に石垣冬紅葉

街中を冷たく流る川にあれ我が休みて古木に日のさす


土着的になるのは会津になる、盛岡市は外国人に人気があるのもわかる
市内を二つの川が流れ岩手山が真直に聳え迫る
また盛岡城の石垣は整然として魅力がある
会津と盛岡の感じは相当に違う、盛岡は都会である
その都会でも歴史があり自然がある
とにかく今年は秋からすぐに冬になった。それで季節感が狂った
冬は回想の時期である、家に籠り旅を回想する。この辺だと会津でも盛岡でも行ける、それで記憶が蘇る


2025年11月21日

冬の相馬の城跡【冬紅葉、冬柳、冬薔薇、冬の菊、冬の暮、冬の灯、枯野・・】

冬の相馬の城跡【冬紅葉、冬柳、冬薔薇、冬の菊、冬の暮、冬の灯、枯野・・】

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黒橋や相馬六万石冬紅葉
冬柳六万石の城下町
冬薔薇なおも散らずや庭に咲く
誰か行く木の根っ子に冬の菊
冬の暮何か残さむ木の根っ子
我が前に数枚散りぬ木の葉かな
誰か住む冬の灯二軒野は暮れぬ
相馬の街の老舗や冬の暮
みちのくの枯野に落ち着く我が老いぬ
みちのくの枯野に月や都跡


相馬の城跡と言っても見るべきものがない、ただ黒橋は上り坂になり急でありそこだけが城に行くという感覚になる
何かそこで語るべきるものもない、だからそこが城下町なのかとなるが
城下町なのである、原町と比べるとわかる。原町は明治以降常磐線の機関区として生まれた新興の街である。鉄道の開通によって生まれた街である。相馬市はもともと城下町でありその成り立ちが違っている
だから感覚的に原町と相馬市は違っている。でも外から来た人はその相違でもわかりにくいだろう。
雰囲気が違うのである。相馬市は入母屋式の建物で統一する、市役所でもそうである。それで歴史の街だとなる

でもなぜ相馬野馬追があれほど華麗なのにそんなものを相馬市で感じるものがない、第一野馬追はほとんど農家からでる郷士が馬を飼っていて出る。農家の郷士に鎧兜や旗印が伝えられ残されたからである
もともと相馬藩は貧乏な藩だったのだろう
ただ馬を飼い常に軍事訓練を原町の雲雀が原でしていた
それ強大な伊達氏に対抗するためだったのである。
でも六万石であり豊かな藩ではなかった。その軍事訓練のために金を使ったことで民の暮らしは楽ではなかった

ともかく冬となった。朝は相当に寒かった。そして枯野である
枯野の季節も好きである。何もないことで心休まる
東京とかでは一年中心が休まらない、それで江戸時代に枯野見というわざわざ枯野を見にゆくことになる。
自分に合っているのは人も見かけない枯野で瞑想することである
醜い人を見たくない、何か合いたい人もいない、どうしても醜い人が多いからである。
こうした枯野も必要である。そこで心が休まるからである
そして山眠るとなる。冬は休息の時になる。
冬の灯がともる二軒が見えその前は枯野なのである。そこに存在感がある。

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2025年11月20日

佐賀関の火事は空家が影響していた 【少子高齢化、人口減少で思はぬことが起きる】

 佐賀関の火事は空家が影響していた
【少子高齢化、人口減少で思はぬことが起きる】

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延焼拡大の大きな要因となったのが空き家の増加だ。市の2020年の調査では、同地区の空き家は561棟。避難した住民は「(火災が起きた)地域の半分は空き家だった」と証言する。

同地区の空き家は561棟

豊予海峡は瀬戸内海と太平洋の境界に位置しており、水温の変化が少なく餌となるプランクトンが豊富で、潮流が速いため、この海域で生育するサバは肥育がよく身が締まっている[2]。体色は金色がかり、腹部に線が入る。脂肪量の季節変化が小さい。

市の2020年度の調査では、市内の全世帯数のうち、佐賀関地区は2%程度にあたる約4200世帯。これに対して同地区の空き家は561件で市内全体の約16%を占めた。

 背景にはこの地区の急激な人口減がある。25年10月末時点の住民基本台帳人口は6937人で、10年前から3割近く減った。世帯も600近く少なくなっており、家主のいなくなった住宅がそのまま放置され、空き家になっているおそれがある。

急峻な山が海岸線へと迫るリアス式海岸 
特有の地形をしています。そのため、住宅地は狭隘な土地に形成され、特に漁港周辺地域は軒を連ねるように住宅が密集しています。急速な人口減少のもと、適切に管理されていない老朽空家等も増加しており、地域住民の生活環境に影響を及ぼすことが懸念されます


●地形的要因
●空家が多く木造で燃えやすい
●地域経済の問題ー漁業だけで成り立たない




なぜこんなに空家が多いのか?関鯖とか関あじは特産品として有名でありテレビのドラマでもそのことをテーマにしていた
観光旅館を舞台にしていた。
そういう場所でなぜ空家がこんなに多いのか、ということは観光だけでは生活が成り立たないとなる。
何か漁港でも魚を獲るだけでは生活が成り立たない
それでこの辺では烏崎では火力発電所がまずできて次に原発が作られた時住民は漁業権があり事故前でも補償金をもらい原発御殿が建てられたとかうらやましがられた。それで海外旅行が馬鹿高い時ヨーロッパ旅行に行っていた。もし漁業だけなら零細でありそんな金は稼げない
漁業だけでは稼げない、松川浦は漁業より火力発電所がありま最近はガス基地となっている。もともと漁業だけでは成り立たず半農半漁になっていた。だから漁業の町でそんなに空家があったのかとなる

つまり経済的にその地で成り立たないから他に移住するとか空家化したのか?その土地で生活できないと他に人が移り空家化する、また後継者がいないことでも全国的に空家が増える
それにしても空家が火事の原因になるのも意外というか危険とは見ていてもこんな大きな被害になるとは予想しない、だから空家は放置できないとなる。

もともと漁業は水物でもあり漁業だけでは生活できないから半農半漁になった。ただこの佐賀関は後ろが山であり平地が見えない、でも柑橘類を栽培しているから漁業だけが産業ではない
それにしても空家が多すぎる過疎化した地域であった。
この問題も漁業でも全国的な問題である。だからこそ原発であれ火力発電所であれ作られる、能登半島にも原発があり危険でもあった。原発から入る金は余りにも大きく魅力でありそれに頼るようになった

いづれにしろ空家も大きな問題であり放置もできない、地形的には狭い場所で細い道しかなく消防車が入れなかった。都会だとそういう住宅密集地が多い、だから家事になると延焼を食い止められない、それは神戸の地震でも大火事になったことでもわかる
地震でもありで怖いのは火事なのである、あのときアナンサーが焼けた人間の骨を手にとっていたのには驚いた、あれも凄惨な光景だった

ともかく人口減少少子高齢化は災害に弱くなる、消防隊員になる若い人もたりないとなる、ただ人口減少は予想もつかないことが起きてくる
熊騒動でもそうである、ハンターも減り跡継ぐ人がいないから問題になる。何か佐賀関の火事もこうした少子高齢化漁業だけでは生活できない現代の問題が現れたのかとなる
何か人間の生活が縮小してくると自然が襲いかかるともなる
なぜなら強風が吹いて燃え広がったからである。
ただ火事でも日本ではどこでも大きな火事があり記録されている
これもカルマである。何かカルマが次々に現実化しているのか、災難が多すぎるのである




posted by 天華 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年11月19日

自然は依然として驚異である 【津波からコロナウィルス、熊騒動が語るもの】

自然は依然として驚異である
【津波からコロナウィルス、熊騒動が語るもの】

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八木沢峠へゆく薔薇坂に出て来たカモシカ
ここの農家が原発事故で空家化した結果カモシカが出てきた
カモシカなどはこの辺で見たことがない
つまり自然に生きる野生の動物は人間がいなくなるとそれを素早く感じて警戒しないで
出てくくる

●人口減少で農山村が維持できなくなり熊でも出てくる

熊の問題が人口減少と関係していた。人口が減ると山村でも過疎化して熊が警戒しなくなり里にでて来る
この辺では原発事故で放射線被害がありそこに人が住まなくなった時
イノシシでも猿でも増えて田畑を荒らすようになった
イノシシは耕作放棄地の田んぼでも掘り起こしていた
驚いたのは空家化した農家にカモシカが出てきたことである
カモシカなど見たことがなかった。野生動物は何か人間に無関心なようで実際は自然に生きているから敏感なのである。人間の生息地域を避けていても一旦人間がいなくなるとその生息域を拡大するために出てくる
だから人口減少すると野生動物がその生息の場所を広げるために出てくる
それで人口減少がこうして熊騒動として現れたのは意外だというのもわかる。それは意外と誰も言っていない、予想していなかったからである
現代生活は都会中心になり地方の農山村は過疎化している。そのことが熊の問題として現れることが意外だったのである。

まず今はそうした農山村にもともと住んでいる人達も住みたくない
なぜ女性の流出がとまらないにのか?そこには仕事がなく何か現代の平均的暮らしを享受できない、自分の住んでいる町でも一万くらいだと足りないものが多い、でも隣の町が5万くらいあるから助かる、距離的にも8キロもないので自転車でも行けるからである

最近トライアルという店もできた。何か常に新しい店ができる
そこでは食料品から弁当から日用品から衣服類とかなんでも売っているから便利である。つまり現代の生活は昔の農山村ではできない
現実に一万の町で一軒の自転車やもなくなり修理に困るとかなった
最低5,6万の街が近くにないと不便になる
そういうことで秋田県でも秋田市とか市部に人口が集中する
東京に出るとかではない、県内でも大きな市に移住するとなる

●佐賀関の大火事は空家も原因

地獄絵みたい」大分・大規模火災、被害拡大なぜ? 住宅密集…初期消火難航か 離島にも“飛び火”
八割が空家だったことに驚く、漁村でもそれだけ過疎化になっている、漁業だけでは生活が成りたたないとなる

九州の佐賀関の大火事の原因に空家があったというのも現代を象徴して意外だとなる、家が密集して延焼したのだが空家があり密集した結果だった。空家が壊されて空地化していれば延焼しない、江戸の火事でも延焼を食い止めるのに空地を作った、ともかくこの空家問題もどうするのかそれが今回の火事の延焼にもなったから放置できない、でも空家でも必ず所有者がいるから勝手にできない、それで柿の木がありその実を熊が食べるから柿の木を切るとしても所有者がいるからできない
だから人口減少というのは思わぬことが起きてくる

江戸は火事になったら消火するのではない、家を壊すのは延焼をとめるためだった。家が密集すること自体が危険である。でもどこでも家が密集している場は普通にある。だから大都会では火事であれ大被害になるから怖い、道も狭く消防車が入れない、大都会は大地震で火事になると止められない、関東大震災も地震で火事になり大被害になった。
神戸の大地震でも火事で大被害になった

ともかく人間の危険は現代では文明化都会化することにある
でもどうしても便利さを求めそうなる
そこで壊滅的破局が起きる。それにしても空家問題がこうして火事の原因になるのも思わぬことにもなる。少子高齢化は社会全体に影響する。

●人間は文明化しても自然は驚異であり畏れるべきもの

人口減少、人間の営みが消失すると野生動物が人間の生活圏に侵入してくる。何か野生動物の方が自然に適応して生きるから人間より生命力があり強いのかとなる。文明化した人間は強いようで弱いともなる
一旦人が住まなくなると雑草に覆われたり自然が繁殖する
自然の繁殖力は強力である。人間が減少すると野生のものが勢いずく
草でも植物でも繁茂する、動物も人間の生息域に進出する
田舎では草取りが仕事のように何もしないと雑草で覆われる
いくら文明化しても自然の生命力は強力である。

文明と自然の戦いなのか、南米のマヤ文明の遺跡でも結局元の森に埋もれてしまった。つまり自然の繁殖力が強いから圧倒される
自然は何か無抵抗で弱いようで強い、だからまた森は復活して森に覆われる時代でも来るとなる。例えば田畑でも放置するとそこに雑草が茂り木が生えて森になる、そこに野生動物が棲むようになる

一見自然は人間により操作されているようでも自然が人間を操作する
自然の力にはかなわないとなる。何か今起きていることは自然の力を見せつけられているのかもしれない、自然から遊離して文明的生活で覆うようになった時自然の本来の力を見せつけられる。人間の文明に対して自然の驚異を知らしめられる。それが津波であり熊騒動にもなる
人間は文明化して自然を畏れなくなったけど依然として自然は未知であり自然は驚異である。













posted by 天華 at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年11月18日

津浪から原発事故からコロナウィルスから熊騒動 【自然と人間の関係から起きたことで共通するもの】


津浪から原発事故からコロナウィルスから熊騒動
【自然と人間の関係から起きたことで共通するもの】

●自然と人間の生活の乖離

これら一連の問題は関係あるのか?何か自然と人間の関係で生まれた
津波も巨大な自然から定期的に起きていた。その周期が何百年とかの間隔だと初めて起きたように見る、でも津波でも地震でも定期的に周期的に起きている。ただその時間間隔が長いから初めて起きたように見える
コロナウィルスでもウイルスの被害は過去に繰り返し起きている
だからこうした災難は人類から無くならない、でも時間の間隔が長いから初めて起きたように見る。それで災害は忘れた頃にやってくるとなる
人間の一生が百年になっても短い。その間で経験することは限られている
でもここ十数年でこれだけのことを経験した
いづれにしろこうした災難はカルマのように繰り返し起きる

人間と自然の関係から起きて来た災難である。津波でも甚大な被害となったのはそもそも人間側の自然に関わり方に問題があった
もともと海であった所を干拓して田んぼにした。その田んぼが津波で元の海になったことには驚嘆した。でも自然から見ればそれはただ海だったから海に戻したとなる、自然の再生回復だった。人間が自然を無視して田にしたことが問題だった。縄文人は津波の来る場所には住んでいなかったからである。だから縄文人は津波が来ても被害はなかった
その時代は自然に則って生きるほかなかった、その後人間側の力が増大して自然を改良するようになり問題が起きるようになった。
コロナウィルス、ウィルスもももと風土病としてあり一地域にしか広まらなかった。それが交通が発達してグローバル化すると世界に拡散されるようになった。交通がが発達して文明化した結果なのである
文明というのは自然に逆らうものでありそれが災いを産むのである

熊騒動でも人間と自然のバランスが崩れて本来は人間の生活圏には出てこない熊が出るようになった。これも自然側ではなく人間側の問題にもなる。自然に異変が起きるとき人間側の異変もあり起こる
熊の生息圏と人間の生息圏のバランスが崩れ起きる
それで森に餌がドングリが足りないからクヌギの木を森に植える

●くぬぎはドングリの木

「くぬぎ」は、広葉樹の一種であり、その実(どんぐり)は、熊が好んで食べるものの一つです。くぬぎのどんぐりは、比較的大きくて食べ応えがあり、栄養価も高いです。これらの実は秋に落ち、熊はその栄養を求めて積極的に集めます。

橡とは、ブナ科クヌギ(櫟)の古名。染め色に使われていたドングリ一種であるクヌギの実の色で、一般的には黒味がかった茶を指します。橡と一言で表しても、灰汁やアルミで媒染した黄橡や鉄で媒染された黒橡などがあり、昔から日本人と関わりが深い色として知られています。

 紅はうつろふものぞ橡(つるばみ)のなれにし来ぬになほしかめやも

「紅は 色あせるもの 橡(つるばみ)染めでも 着なれた衣に やはり及ぼうか」です。そしてこの歌の眼目は、紅と橡の染色の色合いと色持ちの違いです。

 クヌギ、またはその実のどんぐりの古名。〈和名抄〉
2 1の実またはその梂かさを煮た汁で染めた色。灰汁あく媒染して薄茶色、鉄媒染して焦げ茶色や黒色に染める。また、その色の衣服。
㋐奈良時代、家人・奴婢ぬひの着る衣服の色


明確に着る衣服の色も身分でも違っていた。ともかく自然のことがわからなくなった。自然からとれるものを自覚できない
日常的に自覚できない、ただ買うものとなったから自覚できない
それだけ人間は自然から遊離して生きるようになったためである
そこで自然と人間の乖離が生まれて様々な問題が生まれる

熊騒動ももその一つである、熊とは何者なのかわからないからである。
だから害になるものは駆除すればいいということにしかならない、
でも森に熊がいなくなったらどうなるのか?それが未知だから問題なのである。何か未知の領域がまだある。原発事故でも核を操作してエネルギーを作り出してもそこに危険があった。そこに依然として未知がありそれが災いを産んだのである
つまり自然であれ人間の体でも未知が残されていてわからないから問題が起きる。

posted by 天華 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年11月16日

冬薔薇、寒菊、山茶花の俳句

冬薔薇、寒菊、山茶花の俳句

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原町に映える三色の冬薔薇
散り残る花びら赤く冬薔薇
誰か知る月影さして冬薔薇
我が庭に愛しむむあわれ冬薔薇

前畑に朝働くや冬の菊
寒菊に日のさし農家に石の倉
寒菊や今日も生きなむ一人かな

ほの赤く山茶花ひそとはや暮れぬ


原町は原町の個性がある。やはり都市でありそこに映える花も違って見える。石の倉には寒菊が映える。山茶花のほの赤く咲くのも冬らしい
冬は深く見るのがいい、なぜなら外が寒く出にくいからである


2025年11月15日

南相馬市が原発事故で分断させた補償金 【鹿島町、原町市、小高町の歴史は長いが南相馬市は短いので一体感がない】

南相馬市が原発事故で分断させた補償金
【鹿島町、原町市、小高町の歴史は長いが南相馬市は短いので一体感がない】

原発事故で問題になったのは一つの問題ではない、複合的に起きた
第一に科学技術の核の問題があったがそれだけではない、あらゆる問題が噴出した。
その要因として南相馬市が合併してまだ月日が浅い

2006年(平成18年)1月1日、原町市と相馬郡小高町および鹿島町が合併して誕生した。旧市町の区域ごとに地域自治区となっており、各々「原町区」「小高区」「鹿島区」に移行して住所に名称をほぼ残している

それでも合併して20年くらいすでに過ぎたのである
それでもどうしても「原町区」「小高区」「鹿島区」がありその歴史が長いから南相馬市民という意識が醸成されない。
原町区はもともと5万くらいの都市でありそこでは原町市民意識があった
南相馬市になってもやはり原町区が中心になっている
でも小高町民とか鹿島町民としての歴史が長いから南相馬市民という意識が育たない、つまり簡単に共同性は作れないのである
南相馬市という命名も問題があった。相馬市の南となり相馬市に付属する感覚になった。何か市としての特性が感じられなかった
つまり簡単に名前を変えただけでは共同性は作れない
ヨーロッパの市民意識は中世から作られてきたものである
それでパスポートに国だけではない市の名前が記される
あなたどこの国のものですかだけではないどこの市の出身ですかが問われる、このことに違和感を感じるのはそもそも市民意識、シテズンシップが持てないからである
それはヨーロッパの歴史から生まれたものであり日本は村が共同の単位だったからなじみがないのである
そもそも村意識があっても町民意識すら明治以降に作られたものである
ましてや市民意識など持ちようがなかった
また国民意識すらもっていなかったのである。江戸時代は藩に属していて藩民意識はあっても国民意識はなかった。相馬藩があり伊達藩があり藩に属する意識が基本にあった。

明治以降はその藩がなくなり天皇の臣民とされ過剰に国民意識が上から強制されたのである。それは日本が国際社会の一員となるとき強制的に国民意識を持たされたのである。
それまで天皇のことなど意識されない、藩中心だから殿様は日常的に意識しても天皇のことなど知らなかったのである

そもそもこうした共同性は簡単に作れない、だから南相馬市と名前を変えても実質が伴わないのであ南相馬市の一体感が持てない
何かそこで原発事故でその不自然な状態の矛盾が表面化したのである

小高区は避難区域となったが補償金の額が大きい。それで他の土地に移住したとしても新築の家を建てた。それでいわき市とかではその移住した人達が多かったので問題が起きた
地元の人達は家を建てられないのに次々と家を建てた。補償金で建てたのである。だから反発されて暴力沙汰にもなった。
つまりもともと住んでいる人達が家を建てられないのに原発避難民は補償金で家を建てるというのは何かおかしいことにもなった
もともと住んでいた人たちは羨ましいとなったのである
そのことは南相馬市内でも起きている

補償金が30キロ圏外だと同じ南相馬市でも鹿島区は原町区の三分の一しかもらえなかった。この補償金の多寡で南相馬市は分断されたのである。だから小高であれ避難区域になった所では返って原発事故で得したとなる。それでその他の地域では羨ましいとなった
だから小高の人でも原発はいいものであり別に被害があったとも見てないのである

いづれにしろ南相馬市自体が合併して日が浅いのに原発事故で分断された。ただ小高区と原町区はうまくいっている。補償金で不満がないからである。鹿島区でも相馬市でも30キロ圏外になるとわずかしか補償金がもらえないから不満になる
たしかに小高の人でも原発は言いものだったあからさまに言う。でも30キロ圏外の人達はそう思っていない。
何か原発事故では避難区域になった地域では荒廃したので同情されるが現実はそこに住む人たちは返って良かったとまでなる
それは全部でないにしろそれもまた事実である

ともかく南相馬市として合併しても共同するには長い時間がかかる
そこに原発事故が起きて南相馬市の試練となったのである
これにどう対処するかはむずかしい。そこに利益利権が金がかかわり分断された。骨肉の遺産争いのようにもなったからめんどうなのである。
posted by 天華 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2025年11月14日

原発事故と民主主義 【原発を作るにも十分な議論はされなかった】

原発事故と民主主義
【原発を作るにも十分な議論はされなかった】

市民とは政治的な主体だ。 身の周りの世界が同組織されているかに、自分たちの生活がかかっていると折にふれ自ら言い聞かせる人間だ。使命は、常に、社会における自分たちの運命についても。 もっと理解を深めようと努める。 
時に不正に対して憤り自分で何とかしたと思い立って 社会問題に自ら深く関わっていく。 消極性は市民の立場の死を意味するのだ。
(カレルバアン ウオルブレンー 人間を幸福にしない日本というシステム) 



民主主義とは何なのか、まだわかっていない、それは別に知識人だけのものだはない、庶民レベルで民主主義が実践されることである
例えば原発でも何かこれが地元でその是非が議論されただろうか?
それがほとんどなかったように見える
原発事故になり庶民でも主張するようになった。
ただ主張したのは原発事故の補償金のことである
補償金をもっとくれということで主張するようになった。
原発が建つときはそれが危険だからとか地元でも議論はされていない
ただ金になるということで批判はしなかった

つまり人間は一番敏感なのは利益になる金になることである
だから避難区域になった南相馬市の小高区の人でも事故後も反対しないし東電であれ批判しない、ただ避難区域の人がみんなそう思っているのかどうかわからない、その人は特殊なのかそれとも原発事故は補償金をもらったから別に悪いものではなかったと見ているのかわからない
ただ極端にしろ民主主義ではそれぞれ主張することはできる

原発はいいものだった、補償金をもらって事故後悪いものではなかった。それで自分に対して原発のことで反対するとそんなこというなと食ってかかってくる。そして自分を責めてくる。
これは意外なのだがそうした主張は原発避難区域で一定数いることは確かである。浪江町でもまわりの田んぼでも草茫々でもその人は電気関係で原発でも働いていたから何か年金のように補償金をもらって良かったと言っていた

何か外から見ると常に原発の被害が放送されるが地元では極端にしろ原発はいいものであり批判しない、だから地元でも原発に反対すると怖いとなる。
ただ民主主義は誰でも意見は言える。だから別に原発はいいものだったとかでも主張できる
第一小高であれ浪江であれ原発はいいものだったというとき外部の者がとやかく言えるだろうか?
何か外部から見ると常に被害者として見ている。でもその地元の人は補償金をもらって良かったとなっている。
だから地元でも原発に事故後も反対できないとなる
すべての人がそうなのかどうかはわからない、でもそれがまた現実でもある。
それを主張するとき原発をもっと増設しろということでも原発は事故になっても十分な補償金が出ますから困ることはありません
それは福島の原発事故でも避難区域の人達が証言してくれますとかなる

でも原発避難区域の人達がみんなそう思っているのかどうかはわからない、ただ私に対して強くそういい私に食ってかかってくる
それは民主主義なのだから一人一人意見を言うことはできる
極端であれできる。それをとめることはできない。
それでもその自分の言っていることに責任を持てるのか
いくら一個人でも小高であれ浪江であれ何か代表して強く主張したのかと感じた。民主主義は何であれ誰であれ意見を言い主張できる

原発はいいものだった
原発には反対するな
補償金をもらってみんな喜んでいる

ただこの喜んでいるのは南相馬市なら小高区であり原町区である。鹿島区とか30キロ圏外は補償金では不満である。それで私は30キロ圏外だから原発に反対できた。もし補償金をもっともらっていたら反対を東電でも批判できなかった。人間はこうして金が利益が第一となり左右される
それはあらゆることでそうでありいくら正論のようなことを言っても利益になる金になることが優先される。

民主主義でも利益が優先される。それはそれで主張できる
金になるからいいじゃないかというこを主張できる
でもこの辺では何か原発に関して議論すらされなかった
だから何故新潟の巻町で原発を拒否できたのか、原発推進派の方が多かったも見るからである。そこでは議論もされた。それにしても反対できたのはどうしてだろうとなる。そこでは民主主義が機能していたからなのか、反対派が多く原発が建てられなかった。全国的に見るとそれは例外的なことである。どうしても利益第一になる、金になるとなれば反対できないのが普通である。

確かなことは原発問題でも民主主義が試されたのである。地方自治の方が何か民主主義でも身近になる。それぞれ住んでいる場所であり原発事故なら住めなくなることにもなったからである
それでギリシャの一万くらいのポリスで民主主義が生まれたことが理解できる。国単位となると大きすぎて身近にならないからである、それくらいだと一票の重みがある。そして責任も自覚する
国家レベルとなると責任も自覚できない。だから原発は言いもものだったと言うことはできる
でも責任は課せられる。狭い範囲だと反対であれ賛成であれ熾烈なものとなり昔だったら戦争にもなる
そもそも戦争が戦国時代であれ起きたのはやはり土地争いとか水の利権とか利益をめぐる争いだった
それは今の時代でも変わらない、血で血を争うのは利益利権をめぐってそうなる。

いずれにしろ民主主義と言っても利益第一主義になる。利益になるとなれば危険は無視される。そのことはあらゆる分野でそうでありカルト教団でも御利益追求しかないことでもわかる、つまり人間は利益になる金になるというとき反対はできなくなる。それは原発は危険だとしても目の前の利益が優先される。これは人間社会に共通している。









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posted by 天華 at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連