2022年07月01日

それぞれの土地と家の物語 (歴史も家と土地の物語から始まる)


それぞれの土地と家の物語

(歴史も家と土地の物語から始まる)

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歴史と言う時多岐にわたるから理解しにくい、むずかしいとなる
でも家族からみるとわかりやすいとなる、みんな家族が一番関心があるからだ
聖書にしても家族の物語からはじまり国の物語となり歴史となっている
アダムが祖となり綿々とつづいたその系譜の物語だった
何か中心となる家族がいてそれが分派する、一族となり家族が拡大する
今でも中国だと李氏が大きな一族を形成している、李氏朝鮮というときもそうである
李氏によって国が作られたとなるからだ、日本では逆に天皇に姓がないのはどこの氏族にも所属しないということで国を治めることができたとなる
たいがい力のある一族に属しているからどっちかに族していれば公平にならないからである、でも権力争いになると天皇は錦の御旗として持ち上げられて官軍と賊軍に分かれた
古代では天皇が兄弟で二つの勢力に分かれて熾烈な戦いとなる
南北朝でも天皇は二つに分かれて熾烈な争いとなりそれが国のすみずみまで争いとなり戦乱はつづいたのである、今の天皇は南朝の末裔だとしているのもそうである

家というとき土地があって家が建つのだから土地と関係している
その土地に土着するには土地が必要だからである、だから家と土地は切り離されずある
特に農家の場合は土地がなかったら生活もできないのだから土地と密着しているし
土地から離れて家も家族もありえないとなっていた
だから農家では土地を売るなとなっていたのである

先祖代々の土地を売って引っ越すと、先祖の祟りがあるというのだ
https://ameblo.jp/hirosu/entry-12281454084.html

これも土地と言うのが深く人間にかかわるものとしてあるためにそうなった
農民だと土地が命であり土地無くして生活が成り立たないのだから当然そうなる
そもそも農家の土地は代々その地域で先祖から耕して作られてきたものであるからだ
ある人は梨農家でも良い梨を作るには十年かかるとか言っていたからである
農家では跡を継ぐのが有利なのはそうして先祖が土地を苦労して作ってきたからだとなるたわけは「田分け」のことであり田を土地を分けること売る人はたわけになったのである
何が今住んている自分の土地もそうである、私の父親が双葉の新山で酒屋の丁稚であり暖簾分けしてこの地に来た、この土地はこの街で一番低い土地にあったがやはり土地を得たということで土着したとなる、土着とは土に着くことであるからだ
でも戦後二回洪水になり私の家は一番被害があった、今でも下水から水があふれ浸水しているのである、一番低いから水が集まるのである
その土地土地にはこうして悪い土地がありそこに住まざるを得ない理由がある
がけ崩れとか台風とか大雨で日本では常にある、そこはやはりもともとそういう悪い土地であり危険な土地なのである、でもそこに住まざるを得ない事情がある
日本は特に山が多く平地が少ないからそうなる、平という地名が多いというとき山間でも平な場所があるとそこに家も建てられるし農地にもなりやすいからである

日本で野というときは斜面のことだったのである、入野というとき山間の斜面の奥に入ることである、それで入野の歌が万葉の歌が残されたのである
そういう地形が日本の典型的な地形となっていたからである
そもそも平氏というとき山間の平な土地ということにもなる、極めて日本的な土地柄から生まれた姓だとなる

農民だとどうしても土地が一番大事になる、それで相馬地域では越中とか富山県から相馬藩が飢饉の時命がけで移住してきた、江戸時代は自由に移住できなかったからだ
それまでして移住したのは相馬藩が飢饉になり三分の一の人口が減ったからである
そこで欠け地が増えてその土地を与えるということで移住して来た、そこは余り土地としてはいい場所ではなかったのである
だいたい前田とあるところはその村の草分けでありそこが中心となって発展した
原町区の大原村だと前田という所がありその人がそこに住んでいて古い家だったらしい
その人と南相馬市の市立病院で入院して一緒だったので話を聞いた
そしてそこから遠田という地名があるがそれは前田から離れて山の方の遠い所で森の中に田畑があった、まさに前田からは遠い場所なのである

ともかく家と土地は切り離されずある、農民の場合は一体なのである、ただ商業とか工業が発達すると土地はそれほど重要でなくなったのである
だから浪江の人は回りの田んぼが草ぼうぼうになっていても無関心だった、かえって補償金もらって良かったとか言っていたのである
今は農業でも地方でも一割くらいしか生産量としてない、経済的に第一次産業のウエイトは減退したのである、それで意外と田舎に住んでいても農業のことがわからない人が多くなったのである、現実に農業していなければそうなる
給料もらえるのは会社だからである、それで藤倉ゴムとかではゴルフ用品を作っていた
それもグロ−バルに展開していたのである、そういうこともわからないことがある
農業だと一応見えるからわかるが商業とか工業になるとわかりにくいのである

家の物語もあるがそれと一体化して土地の物語がある、なぜなら土地無くして人間は住めないからである、そもそも争いが土地争いが必ずある、狭い地域でも必ず土地争いがあり領土争いがありそれが大きな戦争となってきたからである
なぜ土地とか家が人間にとって身近であり基本になるのかとなると農家だったら土地があって生活が成り立っていたからである
例えば一軒の農家があるとするとその農家がその土地の草分けとかなるとやがて城にもなる、掘りをめぐらして自衛するからそれが城の基ともなっていたのである

結局土地にしても家にしても先祖が苦労して得て作ってきたことに価値がある
そういう人間の苦労を偲ぶことが歴史にもなる、何の苦労もしないて得たものには価値がないとなる、私はこうして苦労して土地を手に入れ家を建て蔵を建ててきた
だからここを大事にしなさいとなる、田は売る奴は田分け(たわけ)となる
それは戦後の引揚者も仕事がなく不便な場所を開墾して住んだ
街の近くでも開墾して住んでいた、小池とかでもそういう場所があった

また飯館村とかでも木戸木などは本当に山にふさがれて不便な場所であったが開墾して住んだ人がいた、そこに共栄橋とかあるのはそのためである
共に栄えるとなるが今残っているのは二軒くらいである、もともと十軒くらいだったからそうなった
引揚者の数が多く仕事がなく不便な地域に開墾して住んだのである
浪江町の津島などは相当に山奥でありそこでも引揚者が開墾して住んだ
だから結束が強いというのもわかる、共に苦労した仲間だから結束が強い
でも原発事故で住めなくなったのである
そしてその土地は荒地となり放置されることになった

先祖代々の土地を売って引っ越すと、先祖の祟りがあるというのだ
https://ameblo.jp/hirosu/entry-12281454084.html

こんなこと関係ないとなるがそれだけ土地がもっている重みが農民社会では強かったからそうなったのである、日本は国土が狭いから土地の持つ価値が大きい
また山が多くて平な土地が少ないから余計にいい土地を求める、でもそういういい土地に住む人は草分けであり後は悪い土地に住んだのである、そういきう場所は災害にも会い
安いともなる、それが自分の家の土地だったのである
土地にまつわる歴史は家単位でもあるし藩単位でも国単位でもある
それが歴史だったともなる、ただ遊牧民だと土地にこだわらないから移動するから違っている、血族が強力な結束がある、日本の姓がどこかの土地の村に由来しているのとは違っているのである、日本では村かアイディンティティになっているからだ

そして満州に日本が進出したのは土地を得るためだった、広大な土地があり農民社会だったら土地が第一だから満州に移住したのである、そして寒い地域でも米作りしていたのである、農業だったら土地がないと成り立たない
だから農業だと土地の争そい土地の奪い合いになる、戦国時代でもそうである領土の拡大が第一になる
ロシアがなぜウクライナに侵略したのかとなるとロシアは広大な土地があるのにと思うがロシアは依然として農業社会の面があってそうなったのかと見る、ウクライナには広大な土地があり麦がとれる、それも輸出できるからだ
やはり食料とかエネルギーが石油やガスや石炭でも資源を持つ国は強い、金の裏付けとなるのものだったのである

ともかく原発事故で先祖が苦労して得た土地を捨てて他に移った人には祟りがあるのか?これも今はないとしてもやはり原発をこの土地に作らせたことが呪いになったことは確かである、そのためにその先祖代々の土地を捨てなければならなくなったからである
そして他の土地に移っても成功しなかったというのは祟りだったのかとなる
でも別に補償金をもらって仙台市の方に移った人でも成功していた人はいる
これはやはり土地と一体であった農民社会だから伝えられた
むしろ現代では成功者というとき篤農家ではなく工業であれ商業であれ農業以外で成功した人達だとなっているからだ
土地に執着した農民社会とは違っている、ただ放射線被害を受けたのは漁業であれ農業あれ林業であれ第一次産業の土地と一体化して生活する人達だったのである
でもそれらは現代では衰退産業になっていて跡継ぎがいなとか問題になっていた
そこに原発事故が起り壊滅的になってしまったのである

でも人間は親であれ先祖の苦労を偲ぶことが歴史でもあるというときそれを無視することはいいことがないともなる、それで先祖の祟りがあると言われたとなる
私の家でも水害で低い土地だから一番大きな台風被害の時、二階がなく逃げる場所がなかった、近くの二階のある家に逃れたのだがそれも水が押し寄せて危険だったのである
それでどうしても二階を持ちたいとなり二階のある家を早い時期に作ったのである
そこに苦労があったのである、それは地元の木を利用して作った
ハウス会社などまだない時代である、すると家とは土地を得て土着してその上に家を建てる、その家の材料が地元のものだとするときまさに土着したとなる
それがハウス会社になると地元とも関係なくなり一二週間で組み立てて建てる
そういうことで何か重みもなくなる、でも部品は工場で精巧に作られていて昔の家よりはいいものなのである

近くの人の石垣を積んだような庭が重みがある、それは20代ですでにそんな庭と立派な家を作ったのである、トラック運転手もしていて人の二倍の荷物を運んだ
その頃高度成長時代であり給料も高いから働けば働くほど金が入ったためである
つまりそうして自ら苦労して建てた家にいることで充実感がある
病院に半年くらい入院してかえって病気が悪化した、それは精神的な面もある
家にいれば自分で建てた家として重みがあり安住するとなるからだ
ただそこも街に近くても津波の被害があった、あそこまで床上まで津波が来たことには驚いた、それもまた家と土地の歴史となった
でも根こそぎ家も土地も消失した漁村よりは良かったとなる
でもあそこまで津波が来るとは誰も予想できなかった

こうして土地と家の物語があり家族の物語がありそこに苦労があり価値が生まれ
もし苦労がなかったら必ずしも価値は生まれないともなる
親でも子供を苦労して育てないとありがたみがなくなる、それで金持ちの子供が親自体が苦労しないとなり親のありがたみを感じないとなり放蕩息子が生れたりする
商家ではそうした放蕩息子がドラマになる、これは家だけではない、地域でも国単位でも歴史を忘れるということは先祖が苦労して築いた物を忘れるということである
それが先祖の祟りとなる、まず原発事故の悲劇は営々として築いてきた故郷に住めなくなったということである、それで放棄されて先祖代々の農地でも草ぼうぼうになり捨てられて神社でも捨てられてそこを幽鬼となった先祖が彷徨っている感じの荒寥としたものになったのである
それは限界集落とかでもそうである、村自体に人が住まなくなり村自体が山間に埋もれ原野化してしまったとことである、そこに神社にお参りする人もなく墓参りもなく捨てられて先祖は幽鬼となって彷徨うようになる、それがこの辺では原発事故で広範囲に起きた
だから原発事故の罪は余りにも深かったのである
でもそれをあまり深く考えない、誰も死んでないのだからたいしたことがないという人もいる、でも現実を見ればそうではない、原発の避難区域にはもう戻らない人が多く土地も家も捨てられて先祖も捨てられたのである、そこで先祖の祟りがあるということもありえる、だからなぜそうなったのか?これは深く考えるべきものだったのである





2022年06月30日

流動性知能と結晶性知能 (老人は経験でも知識でも結晶してゆく―万物の霊長としての人間)


流動性知能と結晶性知能

(老人は経験でも知識でも結晶してゆく―万物の霊長としての人間)

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この言葉がいい、結晶してゆくとはこれまでの経験知識でもまるで原子が多様に結合するように明確になりまさに結晶してゆく
そればどうしても若い時はできない、自分自身でも不思議に思えるのは本が千冊あったとしてもそれを読んでも忘れていた、でもその本の内容を深く理解して自分の文脈の中で解説したり表現できるようになった
洞察力とか考察力とかがついてきて何事深く理解できるようになった
それでそうして集めた本を読み直して引用できる
ただ本を集めただけだともなるがそれも無駄だとはならなかった
本とはその人の一生とかを語るものがある、なぜなら最近読み直した本の著者すでに死んでいる人が多くなっているからだ

となるとこの世に残した物は本でありそこにその人の人生が凝縮されて結晶したものだともなる、第一もう死んだ人とは直接会えないからだ
そもそも直接会える人は少ない、本を読んだとしてもその著者と逢うことはないからである、でも人間はたちまち死ぬ、すると何を残すのかとなる、その人と逢うことはないし
また生きていた時でもその人を知ることはむずかしい
そして死ぬと何が残るかとなると本とか何か作品だとなる

そもそも知識でも天文学的に膨大でありそのほんの一部しか理解できない
また経験するにしても極わずかしかできない、そこにどうしても偏りが生まれる
専門家でも象牙の塔にこもり何か世間離れしているとか弁護士とかでもむずかしい法律の理論をふりまわして煙にまくとかなる
膨大な天文学的知識がそれぞれ専門家して互いに通じあわなくなっているのも現代であるおそらくヨ−ロッパの中世社会とかだと社会全体があって石の大聖堂がありバッハのパイプオルガンがその大聖堂にひびきわたる、絵画でも部分化したものではなく大聖堂の中で活かされる、社会が一つの有機体としてあり結合していて分離できないものとして一体としてあることで人々は深い連関性をもって生きていた
それが部分化してばらばらになったのが現代である
田舎ですら一万くらいの町でも隣の人が何をしているのかわからないということがある
職業も多岐に分化して広域化してグロ−バル化して互いに意思疎通ができなっている
言葉が通じないという時、バベルの塔と同じである、文明はバベルの塔であり互いに専門家して言葉が通じなくなったともなる
理系とかなると複雑であり文系と分化して互いに意思疎通ができなくなっている

そこでどうしても現代社会は一体感をもつためにナチスのような全体主義、ファシズムになる、共産主義も全体主義として変わらないし人間を一様なものとして見るからである
カルト教団なども全体主義であり個々の人間には関心がない、その人がどんな人なのか
そんなことは考慮しない、どんな人でも一票としてかカウントしない、様々な属性は無視されるのである、一人の人間でも様々な属性がある、単純なものでは男女でもそうである男という属性があり女という属性がありそれは相当に違っている
でも一票にしたら同じ一票だとなってしまうのである
つまり民主主義自体が人間を統計的数字としてみているのでありその人の持っている属性など関係ない、一人の人間のもっている属性は多様でもそれは無視される
地域の属性も大きな属性であり、どこに生まれ住んでいるかでその人か基本的に形成されるからである、年齢の属性もある、世代間でも考え方は違ってくる

ともかく老人になるとこれまで蓄積した知識であれ経験であれ結晶して来る
一見無駄に思えた雑学的知識でも深く理解して結晶してゆく
知識とは膨大だから個々人によって貯えた知識も違っているのである
それが最後にその人なりのものとして結晶する、ただカルト教団とか組織団体でも会社でも社蓄とかなっているとそれはその人なり知識とならず知恵とならず表現ともならないとなる、共産党でも個々人は細胞という、創価でももうそこには個人としての生はない
だから全体主義は違っているようで同じ性質があり似通っているのである
マルクス主義も全体主義だからである、個々の人間はみない、経済人間としてしか見ないからである、政治化すれば人間は一票としか見ない、政治的価値はどんな人でも特別優れた人でも天才でもなんでも一票で同じなのである
どっちにしろ巨大組織集団になれば人は番号化されて数がすべてとなる
それぞれが持っている属性は無視されるのである

それでどうししても人間が万物の霊長となるときただ数字化されるときその存在感はなくなる、数字は番号化すれば様々な人間の属性は無視されて消失する
人間が万物の霊長となるには自然とアイディンティティ化する存在だということである
山があれば山とアイディンティティ化する、山のように沈黙するとか石のように沈黙するとかなる、自然を擬人化することにもなる、それはエジプト文明では動物が人間化していたことでもわかる、それは偶像崇拝にもなったが人間の顔が動物となっていた
原始人のトーテムでもそうである、動物と人間が一体化したのである
現代人はもう機械と一体化してロボットにもなる、そこに動物との交流がなくなり同じ生物として通じるものもなくなる

人間がアイディンティティ化するときどうしても狭い範囲になる、その常時住んでいる場所でありそこで自然と一体化する、土着して一体化する
第一狭い範囲でもその土地のことを知るのはむずかしい、それだけ狭い地域でも多様であり複雑だからである、そこにまだ発見されない神秘的領域がある
それは依然として隠されているのである
東京のような大都会ではすでに生態系とか自然を意識できない、ビルの谷間で蟻のようになり人間はただ数としてあり巨大な人工的空間で万物の霊長などはもうない、万物というとき植物でも動物でも自然と一体化した人間のことだからである
大都会では何とアイディンティティ化するのかすべて経済人間であり宗教でも自然とは無関係である、ただ数を集めて誇示するだけである
人間は図形的に□か○でしかない、その他の多様な万物の霊長としての属性ははく奪されてロボットのようにされるのである
そこにめいめいの顔もない、同じロボットの顔しかない、カルト教団になればその教祖とみな同じ顔になる、そして異様なカルト教団の教祖が獣の印を押すのである

それで不思議なのはエジプト文明である、なぜピラミッドのような幾何学的精巧なものを作りあげたのに動物と一体化したアニミズム的文明だったのかとなる
まさに動物とも一体化していた、動物をみて神とみてその性質から神と崇めたのである
それは偶像崇拝であってもやはりそこに自然と通じて万物の霊長としての人間があったとなる、鷺について詩を書いたが鷺を見ていると本当に不思議である、それはまさに自然と合一してある、自然を決して乱さず忍び足で細い脚で歩む、それは絶妙であり自然と一体化するのである、人間はこのように一体化しない、そこに道具とか機械とかが介在して
自然と融合しないのである、車という物体が社会を席巻していてもそれが自然と合一したものではない、自転車だと風を受けて走るから自然と融合するのである
車だと風をさえぎり光でもさえぎり自然を遮断するのである

なぜ現代文明から大都会などからカルト教団とか異様なものが生まれるのか?

それは自然と遊離してアイディンティティ化するものを失っているからである
そこでは人間は数としてしか機能しない、見れないのである
それでシュペングラーの西欧の没落が数の考察から始まっていることでもわかる
経済人間となればこれも人間の社会の数字化でありあらゆことが数字化なのである
放射線被害でもコロナウィルスでも数字化されるて見る、経済でも常に数字で見る
でも一個のリンゴがあるとしてその性質がありそれはただ一個ということではないのである、いろいろなものを数として表現するときその属性は失われるのである
果物でも野菜でもそうだがみんな違った性質がありそれで意味をもっている
ただ数として表現すればその性質は失われるのである

20世紀は全体主義の時代だった、全体主義とは価値の平均化であり組織化集団化して
人間の属性を無視して一様化することである、そして数字化することである
そうして共産主義でも一千万人とか粛清して殺されたとかなる時代だった
ナチスはまさに人間を人間と見ない、数としてしか見ない、個々に対することがあれば例え相手を軽蔑したりけなしたりしてもやはり相手は人間として認めてそうしている
でもナチスとなると相手は人間ではない、一つの物のようにしか見ないのである
無機的存在となりただ数としてしか数えられないのである
現代で数学が最重要なものとなり統計が重要となるのはそのためである
理系が優先されるのもそうである、もちろん文系は勉強もしないから当然だとはなる
でも理系優先すぎるというか科学技術がすべてとなった世界は問題がある
また経済としてしか人間をみない、グロ−バル化すると毎日の関心は株とかしかない
それも数字でありグラフでありそこに多様な属性をもった人間はいないのである
金が数字となり計られる世界である、そしてもうグロ−バルになると計りえない世界でありそれが陰謀論になるのである

経済的グロ−バル化の次は個々の国であれ地域であれ人間であれ文化を基にしたものとなる
文化とはグロ−バル化のように数値化して計る経済とは違う価値観である
数字化できないのが文化である、固有の文化である、物量の価値ではなく質の価値であるそれは地域地域の価値でもある、それは数字化して一様化できないのである
文化の時代になるとき固有の価値がそれぞれの地域で国で華開くとなる
フランス料理、中華料理、日本料理がある
でもアメリカ料理とかイギリス料理は貧弱である、量の料理にもなる、
こうした文化もアメリカに戦争に負けた時食まで一様化された
ハンバーグなどは料理ではない、でもその味にならされて一様化したのである
ロシアでもマグドナルドがあり味まで一様化したのがアメリカのグロ−バル化だったのである,グロ−バル化とは経済優先でありそこに個々の文化の否定があった

肉食はもともと日本では希薄だった、漁労民族だからである、でもそれもグロ−バル化して肉食化したのである、それで欧米人は肉を消化する酵素が出るということで肉食に体も適応して作られてきた、日本では漁労民族であり魚主体の米が主食の文化だったのであるそれで腸が長くなった、これもやはり人間はその土地と一体化するアイディンティティ化するから体もその土地の成分で作られるともなっていた
そういうことを外来文化で破壊された、本居宣長は唐心と大和心がありそれを分けたそして日本の精神を言葉から探求した
グロ−バル化でかえって日本の文化は見失われた、だから日本の文化の根源が言葉にもあるというときそこを見直すことが日本文化の再生、ルネサンスになるのである
万物の霊長としての多様な属性の中に生きることで人間回復する
これは組織集団ではできない、そこでは一人の人間は相手にしない、数としてしか見ない結局一票としか見ないとなる、どんな人でも一票だからはそれぞれの属性ははく奪されて抽象的存在となる、それで民主主義から多数決からナチスが生まれたことでもわかる
多数こそ正義であり力でありあらゆる多様な人間の属性ははく奪されてロボット化されるのである





2022年06月29日

人間の考えは老人になっても変わらない (世代間対立は常にあり避けられない、高齢化社会のマイナス)


人間の考えは老人になっても変わらない

(世代間対立は常にあり避けられない、高齢化社会のマイナス)

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人間はそもそも時代の影響からまねがれない、その時代の社会の影響で考え方が形成されてそれが老人になっても変わらないのである
団塊の世代は学校でも平気で先生が体罰していた、それは親でも認めていたからである

厳しい方がいい!

その女性は同年代で団塊の世代とかでも子供は厳しく育てた方がいいとしきりに言うのである、その考えは固定観念化して変わらないのである
でも実際このことに反発している人はいた、それはもっと前の年代だが先生になぐられたとかなんとか80過ぎても恨みに思っていたのである
その先生は死んだけどこうした恨みは残る、私自身もそういうことを先生にさせられたから恨みとなる、でもその時代は親でもそういうことは容認されていたからそうなっていたのである

それより戦前になると貧乏人でも子だくさんであり子供は労働力としてあり親に奉仕させるものとしてあった、だから子供を大学まであげないと普通ではないという時代ではない少年の時から10代で丁稚奉公とかに出された
大工でも12,3歳から親方について修行していた、18歳になるとすでに物にならないとして拒否されていたのである
そういう時代感覚で生きて来た人と今の人とは合わなくなる
だから逆に子供を労働力として親に奉仕させるものとしてみていれば別に子だくさんになってもいいわけである、ただ飯を食わせて後は親に奉仕させるとなるからだ

今子供を産まないというとき少子化の原因の一つに子供を育てるのにただ食わせるだけではない、教育に相当に金がかかり負担になるからである
だからそういう時代感覚でないから少子高齢化にもなっている
実際なぜ団塊の世代とか戦後の焼け野原で食べ物もないのに子だくさんになっていたのかそれが不思議なのである、まともに食えない状態で子だくさんになっていたからだ
そうなると必ずしも少子化とは経済的問題だけではない別な要因があるともなる

ともかく親に口答えするなとか口答えすると殴られたとか8人兄弟の人が言う
親は絶対的な存在であり口答えもできない、地震、神鳴り、火事、親父になっていたのだ家父長制でありそれは江戸時代からつづいたものであり戦前まではそうだったし団塊の世代でもそういうことがあった、子供が多いから子供は粗雑に扱われたということがあった兄弟も多いとそうなる
私自身は特殊な家庭環境になりそういうことはなかった、一人っ子であったことでもそうである

でも本当にひろゆきが言うように親が早く死ぬ時代は自ずと世代の新陳代謝ができていたそれができないのは例えば遺産相続でも60代にもなる、親は80代でも生きているからである、するとそこで代代わりができずすでに60になればもう老人なのである
自分自身も60代で親の遺産を受け継いだが遅いとなった
自分で金でも権力でももたないかぎり自分なりのこと新しいことはできないからだ
だから高齢化社会はとてもこれだけ老人が多いということは改革ができないともなる
それは社会全般のことであり個々に違っていても社会全体としては停滞する
なぜならどうしても老人は保守的になるからである

経済的にも年金問題でもこれだけ多い老人に費やされる金が膨大なものでありそれが下の世代を圧迫するのである、もう病院通いが仕事になっている老人も多いからである
そこで医療費も膨大なものとしり下の世代を圧迫するのである
またシルバー民主主義となり老人の一票も若者の一票も変わらないからどうしても老人の意向にそった政権ができるのである
そもそも多数決の民主主義は公平にならないのである、それが政治に歪みをもたらしているのだ、全部同じ一票にしていれば誰も責任などもたない、どうせ一票など投票しても何の変化もないとなるからだ、だから選挙にしてもすでに投票する前に組織利権団体票で決まっているとなる、創価などは確実に固定票がありそれは頼りになるが後は頼りにならないとなる、民主主義はそれで限界にきている

ともかく人間社会は必ず世代間の対立がある、親と子供は対立する、反抗期があるというのもそのためである、親に反抗して一人前になるとかなる
それでこれは問題にしろ親が早く死ぬ時代はそれができていた、新陳代謝が自ずとできていた、私の父親は明治生れて古い人間だったが中学生の時死んだから頑固親父旧人間だったから生きていたら対立した、でもそういうことがなかったのは早く死んでしまったからである、父親は酒屋の丁稚奉公だからおそらく自分自身もそういうことを子供の時訓練させたのかとなる、ただ上の学校に上げろと言ったのは苦労したためである

ただ相当に価値観が違うから深刻な対立となったことは確かである
これは私の家だけではない、どこの家でも起りうることである
それで幸福の科学の教祖の息子が対立していることでもそうである
普通はそうあるべきなのである、カルト教団にそまりまるでヒットラーユーゲントとなり結局親のためにとかなり一生はそのため費やされた人もいる
でもその一生をふりかえったかときどうなるのか?親に反抗して自分の道を進むべきだったと後悔してももう元にはもどれない、そういうことは親と子の間に必ずある
医者になれと言われても自分には向かいなと自分の道を行くことでもそうである
そこに必ず親と子の確執が生まれるのである、それが人間社会で普通のことなのである
それが無い方が異常なのである

何か引きこもりとか否定的に見るが確かにそういう面がありマイナスも大きいのだがもしかしたらこれも時代による生き方なのかもしれないとなる
というのは自分自身が引きこもりだったからそうみる、これは奨められないにしても
余りにも引きこもりとかニートとか多すぎるのである
それは当たり前のようにもなっている、田舎でもなぜか多いのである
だからこれは特殊なアウトサイダーとかではない、一般化した現象なのである
時代が作りだした現象だともなる、それを否定的に見るのは古い世代だともなる
私は引きこもりだったからそれを理解するのである

ともかく世代間対立があるのが人間社会では普通でありそれがないことこそ異常だとなるでも高齢化社会ではどうしても改革ができない、新しいことがしにくいのである
親が90までとか普通に射きる時代はなかったからである
すると親がいつまでも実験を握っていて子供は何もできないとなる
やはり金でも権力でももたないと実質は何もできないなるからである
そして経験も積めないことが致命的になる、なぜなら経験こそが人間を作るのであり
ともかち試してでもいいから経験させないと金でも権力でももって実際にやらせてみないと人間は成長しないからである
その金と権力が依然として90でも老人が持っていることで世代交代新陳代謝できないとなる
ハンコでもなくせないのは老人社会だからである、ハンコになじんでいるからデジタル化できないのである
どうしても老人はデジタル化は苦手だからである
私はパソコンをしていてもスマホとなるとめんどうになる、絶えず操作していないとならなくなりめんどうだったからである

ただ若い人はすべていいとはならない、老人は熟慮してあらゆることを深く理解してみる若い人にはそれができない、ただ経験を積ませることは大事である
なぜなら人間が生きる時間が限られている、たちまち時間は過ぎてしまうからである
それできついことは若い時にしておかないと後でできない
たちまち老いて金と暇があっても今度は体力がなくてできないとなる

結局少子高齢化は歪であり成長を止める、第一みんな優れた人でもない普通に生きている人達である、それでただ毒口をついて回りに迷惑をかけることで存在を示している老女がいたり迷惑老人となるのである、それは余りにも老人が多すぎることなのである
優秀な老人が少数だったらこういうことは起こらないのである
でもこれはどうすることもできない、早く死んでくれと言っても死なすこともできないしどうにもならないとなる、ただ団塊の世代でも死んでゆくことを待つほかないとなる
その後に新しい社会が作れるようになるのを期待するほかないのである
なぜなら老人を邪魔だとして殺すわけにいかないからである

2022年06月27日

組織集団化して平等にできない人間 (創価でも共産党でも個々の人間の運命カルマを無視して失敗)


組織集団化して平等にできない人間

(創価でも共産党でも個々の人間の運命カルマを無視して失敗)

●創価とカルト教団とは何なのか

日曜討論でNHK党の黒川氏が統一教会とか創価とかをあからさまに批判したことは驚きだった、そもそもNHK党などをNHKの場に呼んだこと自体驚きだったとなる
そこで確かに公正になっていた、でも司会者はその発言を懸命にとめていた
そこにいた議員も唖然としていたかもしれない、NHKでそんな人を呼ばないからである
黒川氏とかはyoutubeでなじみでありまた参政党でも武田邦彦氏がシンパになっているのでそういう政党なのか理解した
それはインタ−ネットがすでに架空のものではなく現実社会化していることなのであるすると自分でもそうだが浮動票が過激な党にも流れてゆく
そして浮動票が6割があるということの驚きである、その人たちの票が流れれば政治も変化する、NHK党がNHKに出たことでその影響は大きいのである
裏にあったものが表に出てきて現実社会を変えてゆくようになる

そもそもカルト教団とは何なのか?

それは本来の宗教とはまるで違ったものでありおそらく現代文明の混沌から生れたものでありナチスと似たものにもなる、何かそこでばらばらになったアトム化した人間が一体か感をもつものとして生まれたからだ
創価でも団地の宗教として相互扶助機能として生まれた、そうしたものが小規模なら問題はなかったのである、団地の宗教として小規模なら問題なかったのだが巨大化してナチスのようになったことで日本全体に影響するようになったのである
ナチスも現代文明の病的なものが現れた結果だとしてピカートが説いた
それと同じようにカルト宗教団体も本来の宗教とは違う、なぜなら本来の宗教はすべて自然と密着して生まれたからである、その宗祖を見ればわかる、キリストであれシャカであれモハメッドであれ大都会からではなく田舎からまた岩窟で悟りを開いたりモーゼのように砂漠のシナイ山で神と出合い啓示を受けたからである

団地の宗教とかはありえないのである、まず東京とかの大都会とはそもそも宗教とは無縁である、高層ビルを見上げて人間はもう卑小化してロボットのようになっているからだ
山伏などは何か胡散臭いものとみているが山を聖なるものとして修行したのだから六根清浄を山で心を浄化しようとしたのだからこっちの方が宗教的だったのである
天台宗とはそもそも中国でも山岳宗教なのである、ところが現代のカルト宗教団体はそうした六根清浄などは求めない、極めて政治的であり経済的であり社会的であり人間の心の問題とは関係しないのである、創価は極端であり眼中にあるのは一票をとることとそして権力と密着して利益を得ることしかない、みんな政治的野心があり経済的野心がありそういう人達が入ってくる、どんな欲望も是認される、むしろ奨励されるのである
もっと欲を出せそして祈ってかなえろしかないのである
煩悩即菩提となり煩悩でも欲があってこそ菩提になるとなる

いづれにしろ理論などどうでもいいのである、目前の欲を達成することが目的である
それは文明病ともいえるものから生まれたものである
ニーチェなどでも異常と見えるが自然の中で人間のアイディンティティを求め偉大なものを求めた、ニーチェが批判した大衆こそが現代人なのである
それはカルト教団に象徴的に現れてナチスとも共通していたとなる

●人間を平等にできないー創価とか共産党の思想

この世には底辺層が常にいる、富裕層と下層階級が常にいる、その不平等がどこからきているのか?
これも不可解なのである、人間を平等にすることは人間の歴史で達成しなかった
マルクス主義でもそうである、平等を目指したが結果的にはソ連でも中国でも結果的にはとんでもない格差社会になった、共産党の書記はまるでエジプトのファラオのように神のようにされて葬られた、中国では共産党幹部が兆の金を得るまでになった
つまり平等を目指してかえって不平等になったのである

なぜ人間社会に不平等があるのか?

それが不可解なのである、自分自身を例にとっても本当に不可解なのである
自分の父親違いの兄は自分の家に来ても不幸だった、愛されることもなかった
母親は後妻であったからだ、そして集団就職して40才で交通事故で死んだのである
家族ですら兄弟でも不公平があり恵まれる人は恵まれる、これは何なのだろうかとなる
つまり社会に不平等があるのではない同じ家族でも不平等があるのだ
兄弟間でも不平等がある、それで親の介護になるとお前は親に良くされたのだからお前は介護しろと言われるのである、それは自分自身がそうだった、自分は特別親に良くされたから結局これまで書いてきたように自分自身が病気にもなり二人の親の介護で四苦八苦して死ぬような苦しみになった、つくづくこれも楽した結果としてのカルマだったのである
だから不平等というとき人間がもってうまれた運命論になってしまう
インドではそうなった、人間は家族でも不平等なのだから社会自体も不平等なのである

なぜではそうなっているのか?

それはもってうまれついた宿命論にカルマ論になる

カースト制が根強くインドに残っているのはそのためである
そこに運命の不可解があるからた

それを理解したのが猫を飼っていた、その猫はなついていた、その猫がいるとき外から餌をねらって別な猫が入って餌を奪っていた、でも私はその野良猫をはたいたりして追い払っていた、でもなついた猫は死んだ、すると追い払っていた猫にこれもかわいいとか餌をやるようになったのである
人間の運命の不思議は誰かが死ぬと誰かに恩恵があるということである
私の父親違いの兄は私の母親の父が事故で死んだのである
だから後妻に入って私が生まれたのである、私は父親にも愛されたが兄は愛されなかったそして40才で交通事故で死んだのである、その経過はその本人にも問題があった
離婚したとか借金したとかいろいろあってそうなったからだ
ただ運命の不可解はこのように誰かが死ぬと誰かが恩恵があることなのだ

その女性は不運であり離婚を二回している、でも親しい男性がいてその男性の妻が死んだ結果としてその男性の所に通い助けられるということにもなった
もともと離婚して相手は何か病気になったときも助けることがなかったとかある
その時その男性が助けたということで恩を感じている
ただこうなったのもその男性の妻が死んだことによるのである
これも猫の運命と似ているのてある、ここに運命の変遷がある
私の所にもその女性が来るようになったのは親が死んだからだともなるからだ
だから運命とは一様ではないし不可解なのである

●人間の運命の不可解

それで共産主義であれ創価などのカルト教団でも不幸な人が比較的入るのだがそれで集団指揮組織的に運命を変えることは無理だともみる
それは悲劇的なことになった、カンボジアでは二百万が死んで骸骨の山になったとか記念館がある、ソビエトでも千万人が粛清されて殺されたとか中国でも共産党の文化大革命で毛沢東の命令で千万人単位が粛清されて殺されたとかある

それはなぜなのか?

人間の個々の運命を不運な人でも平等にしようと無理にしたからではないか?
人間とはそういうものではない、人間の運命は不可解であり一様にできないからではないか?
人間の運命は集団的組織的には変えられない、個々に複雑にからみあっていてみんな平等にはできないからではないか、創価とかでも宗教でも本質的には共産主義と近い
ある都会の住宅地では必ず創価か共産党に入っていてコミニュティを形成する
下層階級として共通だから意外と創価と共産党には似ているのである
そこで票の取り合いとなり争うのである、犬猿の仲にもなる
創価は宗教としてもそれは本来の宗教とは何の関係もない、でも宗教を標榜しているからやっかいなのである、何かというと地獄に落ちると罰当たるとか言うからである
何も経済を良くして貧困者の味方となるというならいいのである
宗教的救いとはまた別だからである、それでも常に宗教的呪縛があり政教分離できないことが問題なのである

すべてを宗教としてみる、信仰からみる、それも御利益が福運があればいいとなる
でも近くでも奨められて貧困家庭で入信したがその息子は若くして病気で死に次に母親も死んだのである、それは何なのかとなる
ただ創価でもどこでもそうして不幸の家は人はいる、現実に自分の父親違いの兄がそうだったからである、創価とかなると本当にそういう人はいくらでもいる
他の人達よりもともと不幸な人が多いのだから当然だとなる
要するに人間の不幸はそうしたカルト教団に入っても共産党とかの政治でも解決しないのであ、人間の運命が不可解だからそうなる

●平等を追求してもかえって不平等を作る

この世から不幸をなくしてみんな幸福にできるのか?

確かに科学技術であれ何であれそういうことは努力してきた歴史がある
でも人間は平等にならないのである、そして人間はある面では平等である
どんなに恵まれてもやはりどこかで苦しむようになっている
私は恵まれたが最後は親の介護で死ぬほどの苦しみを受けた、それもカルマだったとなるどんなに恵まれても何らか必ずカルマを持ちカルマを受けて苦しむのである
そういう点では平等だともなる、恵まれた人でも富裕な人でもそうしたカルマから逃れられないのである、カルマはめぐってくるからである、また恵みもめぐってくるからである金は天下の回りものだというときもそうである
必ず金は一か所にとどまらない性質がある、世界的にみても栄えた国があったとしても衰退して次に栄える国は移るのである、アメリカが繁栄してそれも衰退して次は中国が繁栄するとなる、そういう覇権国はヨ−ロッパでもポルトガルースペインーイギリスとか覇権国が変わって繁栄も移ったとなるからだ

人間の幸福は個々に運はめぐる、恵みはめぐる

悪いカルマもめぐり苦しめる

人間の運命ほど不可解なものはない、恵みはめぐるなのである、だからある地域が豊になるときそこに農業だったら篤農家が優秀な人がいてそれで特産物を作ったりするとそれが地域の他の農家もまねて全体が豊になることがある、そういうことは国全体でも言える
幸福とか富とか運でもめぐりめぐっている、逆に不思議なのことは誰かの不運が誰かの幸運になっている、誰かが死んで必ずそれで利する人もいるのである
それが猫とか人間関係にあった、確かに誰かが死ぬということは不運でありいいことではない、ても確かに誰かが死ぬと誰かが得して他者の運命も変わってゆくことがある
そもそも誰かの不幸が誰かの幸福にもなる
ギャンブルだと誰かが得すれば誰かが損する、宝くじでも同じである、なぜそうなっいるのか不可解なのである
また逆に誰かの不幸が回り回って自分の不幸になったり誰かの悪いカルマが自分に回ってきて苦しむ、悪いカルマも回り回ってゆくのである
それを介護になり嫌というほど経験した、なんでこんなに苦しめられるのかと考えたがそれも悪い他者のカルマが回ってきたからだと思った

何か殺人とかでもある人が被害にあうのはなぜなのか、全くの偶然なのかとなるとそうでもない、何か因縁があり他人の悪いカルマが回って来たのである
まず人間は一生を見れば楽に終わる人などいない、どこかで苦しむようにできている
意外と長く人生でも苦しんできた人でも最後は楽だったとかなりまた長く楽だった人が最後になって塗炭の苦しみにあうとかある、最後まで人間は楽に終わらないのである
人間のカルマは罪障というかそれは必ず現れる
ただ誤解するのはこうしたカルマとか罪障を組織して集団では解消できないのである
なぜならそのカルマとか幸運とか富は個々に回ってゆくからである
確かに国単位でもカルマがありカルマは回ってゆく、でも基本的にカルマというとき個々に回るものであり集団組織化して解消しないのである

組織化集団化して解消するときかえってそれが不平等になり全体主義が共産主義でもカルト教団でも宗教でも悲惨なことになった、かえって無理に平等にするために千万人とか粛清されて殺されたからである、それは何か人間の運命を人為的に人工的に機械的にでも解決しようとして失敗したともなる
それは人間についての考察が間違った結果ともみる、ただ極端な不平等は何らか社会全体を歪める、またそういう大金持ちはそのために莫大なカルマを持ち自滅するように思えるアメリカが衰退するのもそうである、どうしても極端な格差となり国自体維持できなくなり分裂して衰退する運命ともみる、富は今度は中国に回っているのかともみる
戦後は高度成長が日本がにあって日本に回ってきたのである
それもまた日本が貧困化して衰退しているのはやはりそうなったのは金は天下の回りもの富は恵みはめぐるだからだともみる

●神の選別も不平等である

そしてカルト教団などは

『また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。』(黙示録13:16-18)

たれがあてはまる、それだけではない人類はこのように二種類に分けられるのかもしれない、そして終末に最後の日にそれが実行される
獣の印を押された人達はカルト教団員でありまた多数の人達である
現実にそこにサタンがいて教祖がいてそれがその獣の印を押すのである
なぜならナチスでもそうだったがヒットラーがいてそのロボットとなるからである
創価でも池田大作がそのサタンでありまたオウムだと麻原だったりする、それは悪魔の化身だともなるからだ、その悪魔が獣の印を押すのである
人間は必ず偶像崇拝になる、どうしても目に見えるものが神となる
特に人間が神になりやすいのである、偶像になりやすいのである、それを神は妬む神として一番嫌ったのである、宗教の基は偶像崇拝の拒否になったからである
それは聖書を読めばそれがテーマでありイスラム教となるとそれが極端化したのである

とにかく世の中はすでにそうして天国に神の国を造る人とそうではない人ととに分かたれているともなる
なぜある人が神に選ばれてある人は選ばれないのか、それも不平等なのである
ただ選ばれる人は必ずしも優れた人ではないことは確かである
この世には天才とか心身ともに優れた人がいる、でもそういう人が神に選ばれない
「心の貧しい人」が神に選ばれたのである、心の貧しい人とは経済的に貧しいというのではなく常に足りないもの心に足りないものを感じている人なのである
それはまさしく自分でもあった、何か身体的にも弱いし能力も多少はあったとしても自分にはなかった、だからなぜそんな人を神が選ぶのかとなるき奇異だとなったのである

とにかく人間の運命を全員を平等にすることは不可能である、これだけは確かである
だからこそカルト教団であれ共産主義であれ人間の運命をどう見るかでそういう思想が生まれた、ただ宗教は平等を目指さないということではない、宗教の目指しているのものが世俗的な経済的な平等ではないことなのである
いづれにしろ宗教と政治は世俗的なものとは一体化できないのである

要するに創価でも共産党でも似ている、革命が達成したら権力と富を得ることになる
それも幹部なら中国のように巨万の富を手に入る
創価でも幹部になればそうなる、それを目指して運動しているからである
その最大の運動が選挙になっているからである
一票は権力に結びつきそこで御利益を得ることになるからだ、また政治権力を得れば御利益として福運として配分できるからである
大臣にもなれるからである、ただそれはあくまでも幹部だけなのである
下々の党員であれそういうことはないのである

事実私の叔父にあたる人は共産党員だったが赤旗を配達していたがその給料はわずかだった、ただ働きと同じだった、それも細々と生活していた、乞食に近い生活でもあった
これと創価でも似ているのである、貧困層がいても幹部が身銭を切って助けることはない金を出すことはない、ただ貧困層を利用して幹部になれば金も地位も女も手に入るとなるその見本が公明党の議員が逮捕されたことでもわかる
あの人がまさに御利益と福運を身に着けた創価の模範として推奨されるものだったのである、それはその団体組織の体質があり必然的に生まれたのである
こうしてそもそも人間を平等にすることはできないのである
平等にするというのは人間を単純にみる、数字のように見ているからでる
実際は人間は余りにも複雑でありだからこそ運命論になってしまうのである
宿命転換を説いてもそれを組織的に集団的にはできない、だからこそ共産主義革命はかえって大きな不平等が産んだことでも実証しているのである

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2022年06月26日

NHKの一人で最期まで家で暮らしたいの感想感想 (一人暮らしは病気になると地獄になる)


NHKの一人で最期まで家で暮らしたいの感想感想

(一人暮らしは病気になると地獄になる)


これがうまく作っていると感心した、一人で病気になって最後まで家で看取る
それを医者と看護師がグループでしている
一人暮らしの場合は病気が最大の恐怖であり在宅で死ぬことはさらに困難を極める
でもその人は癌でも死ぬ数カ月前までふらふらになっても障害者施設で単純な仕事をして
給料をもらっていた

なぜそんなことまでしているのか?

生きた証(あかし)を残したいという

そんなことが生きた証になるのか?でもその人にとっては最後までそう思ってその仕事をしていたのである、人間は最後は何か後世に自分の生きた証を残したいとなる

その人が何を生きたのか?

それを自らも問い他者も問うからである、この人の人生は何だったのかとなるからであるするとただ単純作業でも最後にした仕事が貴重に思える
体が死に近くにもなっているのに単純な仕事でもしていたということが貴重だとなる
それはとるにたらないものでも何か貴重なものとなる、金で代えられないものともなる
その人は息子とかがいても十年くらい逢っていず最後まで所在もわからず死んでしまった親子でもこういうことがある

それから小笠原先生はこうして一人暮らしでも在宅でも相当数の看取りを経験している
すると体の痛みとかとるモルヒネとかを与えるがそれ以上に最期をどう迎えるのか
子供にも教える、いつ死ぬかが問題ではない、死ぬ前に互いに了解するものがあり
ありがとうと言われて感謝されて死んでいけるようにすることだと言っていた
確かにこれは大事なことである

私は姉が認知症になり何もわからなくなったのかと恐怖だった、でも認知症でも死ぬときは正気になる、母もそうだった、そこに認知症の不思議がある
私は介護で一人悪戦苦闘したが姉でもしゃべることはないが「頭を下げた」何か自分が介護したことに感謝してくれたわかってくれたので最後に頭を下げたことで救われた
実際はわかってくれていたのだなと思ったからだ
その後すぐ死んで意識不明になった、でもそのことで自分は姉と心を通じて姉は死んで他界した、母の場合病院で死んだが死ぬときは毎日病院に行ったが母を看取ることはできなかった、でも写真に出したように母の死に顔は笑っているようだったからこれも不思議だった、何か自分が介護してくれたことを喜んでいたのである
死ぬ時よりその前に何か互いに意思疎通していることが大事だとなる

そして家で死にたいというときある人は子供が生まれたとき木を植えたのである
それは見事に庭に育っている、山茶花とか椿の木である
そういう思い出があり家で死にたいとなる、ある女性は家で死にたいというとき今まで感じないこと当たり前のことが家の周りのことでもその雰囲気を感じて家で死にたいと言っていた、今まで嫌っていたものが平凡なこと辺りの風景とか人が普通に生きて過ごしていることが貴重に見えたという、それは今までは騒音だったから嫌っていたが死が近くなり別な感じになったのである
病院という空間は無機質な空間だから生活の匂いもないから嫌だとなるのである

正直これらの例は恵まれたものである、実際は残酷である、こんなに手厚くする医者とか看護師とか自治体があるのかとなる
私は病院に入院しても看護師から虐待されたとかあるからだ
だからそもそも病院とか恐怖の場所なのである、そこには情もないし人間的なものが喪失しているからである、ただ物のように片づけられるからである
つまり医者でも最後は体を看るのではなくその人に応じた心を看るたとが大事になる
それで最期に逢いたい人がいますかとか医者が訪ねたのである
そして息子でもその人を探したがみつからなかったのである
何か人間が死ぬとき知人であれ近くの人を回って歩くということがある
また兄弟でも遠くてもあいにくとかある、それも不思議な現象であり
最期の別れに会いに行くのかとなる

ともかくこのNHKで放送されたものは恵まれた人達であり多くは違っている
もっと残酷であり捨てられて孤独死にもなっているのが多いのである
それだけ在宅で一人暮らしの人が看れることは至難だからである
ただ今は本当に一人暮らしが多くなっているのだ
あの人も家族と一緒だったのに離婚して一人暮らしなのかと驚くのである
熟年離婚も多くなっている、だから男女とも一人暮らしが本当に多いのである
そういう一人暮らしの家は空家になってゆくのが現代なのである

こうしてむしろ孤独死とか残酷に肉親からも捨てられるようになるのはとにかく介護とか看取りでも負担が大きすぎるのである
それで娘でも夫が脳梗塞になって親に手が回らないとしている、その親も病気なのに娘に心配をかけたくないとして考慮しているのである
こういうことも多いのである、そして余りにもこうした老人が増えすぎたことなのであるするととても手が足りない、みんなで医者と看護師が集まり人生会議とかしているのは
それは最期は身体を看るだけではない心の問題がかかわっているからである
でもここまで手厚い介護をすることはまれなのである
医者は身体を看ても心は看ないからである

要するに人間の最期は死はどうあるべきなのか?

これが大きなテーマとなる、でも数が多くてこんなふうにして看れるのはまれである
すると捨てられての垂れ死にのような人が増えて来る、ただ人間は死ばかり見ていてはわからない、その人が生きた人生が最期に問題になるのである
死が怖いというときもそうである、死を克服するには若い時神を知らねばならないからである、死ぬときそのことを思っても遅いのである
ただ人間の最期は厳粛である、どんな人でもそうなる
死んだら永遠に逢わないからである、それで親が子に恨みを残して死んだ人がいる
その娘は異常だから人間ではなく外道となっていたから人間としてもう通じない獣だともなっていた、もう親と意志疎通するところではない人だったのである
だから病気の時すら見捨てたからである

ただ親子でも絶縁状態になっている人も多いとみた
私には二人の母親がいて尽くしてくれたのである、仕事もしない引きこもりのうな状態でもそうだったのである、それで自由放任となりずぼらでありだらしいないということがあった、でもこうして生かされたことに感謝している、それで死んでからも供養しているのである、子供でも親にひどい目にあった人は親ガチャとかなって恨んでいる
墓参りするしないこともある、親の死に目にも来ないともなっているのである
だからいくら血縁でも親とることはただ子を産むとか食わせるとかではない、それ以上のことをしないと親に感謝しないのである
つまり子を産んだだけでは親にならないということである

一人で最期まで家で暮らしたい

2022年06月25日

親の背中を見て育つが活きていた時代 (身近な家業とかで職業を理解した時代)


親の背中を見て育つが活きていた時代

(身近な家業とかで職業を理解した時代)


どうして諺(ことわざ)が生まれたのか?
それは現実社会から必然的に生まれたのである、その諺は古代からでもつづいたものがある、それは人間の生活が綿々と継続されて来て残されたのである
諺を残したのは庶民であるがそれが依然として活きているのは人間というものが基本的な所で変わらないから活きている
もし人間がまるで違ったものになってしまったら諺でも通じなくなる

親の背中を見て育てというときもそうである、親は何も言わなくても日々の行動の中で子供に押しえるものがありそういう言葉が生まれた
また働くの語源が端を楽にするというのもそうである、それは身近で親が働くの見ていて子供ながらに辛いとも見ていたからで親を少しでも楽にしたいということで生まれた言葉である

ただ現代になると時代の変化で社会の変化でそうして伝えちれた諺でも格言でも様々な伝統でも失われてきた
「親の背中を見て育つ」ということでもそもそもそれは農民社会や職人社会で職住一体になっていた時そういうことを実感する
生業とか家業とかは代々その土地で家で伝えられたものを受け継ぐからである

ところが現代のように親が働く姿を身近で見ない、すると親の背中を見て育つというとき親は家ら分離して会社員になるのが普通となるとき親は家から出勤したらその背中は見えないのである、会社で何して働いているのかもわからなくなっている
身近な所でも働く姿が見えないのである
都会だと一時間かけて会社に通勤するとかなると余計にそうなる

そこで何が起きて来るのか?

子供は親から学べない、親の背中を見て育たつことにはならない
また戦後まもなくでも隣近所で何をしているから見えていた社会である
石屋は一日近くで石を削っていたとか塗り屋は一日漆塗りをしていたとか篭屋は籠を編んでいたとか何か仕事が近くで見えていたのである

それで子供の時でも何かこういう仕事があるのか見ていてそれでそういう仕事をしてみたいとかなっていた、近間でそういう職業が見えていたからである
そして農家でも子供は必ず働かさせられていた、人手がたりないので家業も多いので働かせられていた
私は毎日学校から帰ると店をしていたから配達をさせられたのである
自転車で卵買いにも活かされた、それで近くの橋が土橋でありゆれて怖かった
糠に卵子をいれていてそれが必ず割れるのである
その卵買いに行った場所は街から近い場所である、小池とかそんな近い所に戦後の引揚者が入って細々と農業をしていたのである
その時どれだけ戦争の引揚者が職がなく荒地を開墾したのである
でも厳しいので半分は撤退したのである
何か辺鄙な所に飯館村だったら木戸木となると山の狭間にあり平な土地がないのである
そんな所でも戦後引揚者が入って来たのである
それで共栄橋とかあればそういう名は地形と関係ないから戦後の引揚者の村なのである

ともかく戦後十年の生活は江戸時代からつづくまた古代からつづく原始的生活でもあった

まいにち、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに行きました・・
https://guzlog.com/shibakari-405

柴とは雑木であり小枝とかでありそれを燃料としていたのである、だから子供の時近くの裏山に本当に落葉拾いとか柴刈りに行った経験がある、戦後は燃料は炭であり柴であり薪だったのである、それで便所紙は新聞だったり風呂の焚き付けだったりした
紙もまともにない時代だったのである、電気は裸電球一つくらいしかなかったのである
水道もないしガスなども使っていない
そして街中でも本当に裏の堀川で洗濯していた、これも信じられないともなる
だから継続された原始的生活だったともなる、そういう状態で良く生活できたとも思う
だから家の中に一冊の本もないし鉄腕アトムとか鉄人二十九号とか読んでいたにしろそれも買ったものではない、貸本屋から借りたものだったのである
本とかは高くて買えないものでありせいぜい教科書を買うくらいだったのである
だから知的興味を育てる環境とはなっていなかったのである
そしてあまり貧富の差はなかった、そもそも物がなかった

農家の人の話を聞くと家で納豆を作っていたとか栢木(かやのき)の実から油を作っていたとか油まで作っていたのである、農家は自給自足であり買うことはほとんどない、物がない時代は買う生活ではないからである
そういう時代は農家の方が豊だったのである、なぜなら卵すら食べていないからである
私が子供の時卵買いに行ったのは店で卵を売るためだったのである
農家の人は卵を鶏を飼っているから食べていて恵まれていたとなっていた
バナナすら私の父親が病気になって仙台市まで行って買ってきた、バナナすら売っていなかったのである

ただ私の家で店をしていたとき私は嫌だった、母親は食事すらゆっくりできないのである必ず食事中にお客さんが来るからである、そして家事もしていたから暇なく働いていたのである、それが自分には嫌だったのである、親の背中を見て育つというのは本当である
それで店というものを自分は嫌悪していたのである、そういう職業につきたくないとなっていた、まともにゆっくり御飯も食べられないとなればそうなる
親の背中を見て育つというとき逆に親の仕事を身近に見るからそんな職業には着きたくないともなる
ある人は小高の人だったが親に農業だけはやるなと殴られたという、農業は実際は労働が厳しいから子供に継ぎさせたくなかったからだとなる
その子供は成長して原発で働きまた建築現場で働くようになったのである

ともかく現代は職業が見えない、近くで何をしているのかわからないのである
それでも地震で壊れた家を大工さんに直してもらった時、その人の職業を具体的に理解する、それは補助役もしたので理解する
職人とはどういうものか理解する、職人が気にするのは水平器で計る

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切りすかす長押(なげし)の子口すぢりくくいかに押せどもあわでこそあらめ

大工の仕事はこうして何か合わせることが多いからこうした歌が生まれた
今は水平器でも電子化している、精密に計れる
私の家は地震で沈下したり傾いているということでしきりに水平器で計っていたからだ

親の背中を見て育つというとき職人は親方であれ兄弟子であれ技を盗むとか見様見真似で仕事を覚える、だから下働きでも親方にでも兄弟子でもついて仕事をしていると自ずと覚えることがある
それで私自身が直接手伝ったので大工の仕事はこういうものかと多少はわかったのである
仕事をするときの職人の姿勢はやかましく言われた、それは職人のみだしなみであり見栄でもあった、結局正しい姿勢が正し仕事をするの不可欠なのである

年季は十二,三才から始まり、だいたい21才と兵役の年限にあける
そのくらいの年から入らないと仕事が覚えられない
一七,一八歳から始める者は中年者と呼ばれて歓迎されないし事実大成もしなかった
「職人」竹田米吉ー現代教養全集

何を志すにも早い時期にしないと大成しない、家を直した人は一五歳で親方に弟子入りしたという、それも早いようだがその位でないと遅いともなっていたのである
それで志すというとき「若き内に神を知れ」というのも同じだったのである
そのくらいから求道していないと神を知ることはできなくなってしまうのである
だからいかに若い時が大事なものが後でわかる、たちまち時間が過ぎてしまい何も身につかなかったとなってしまうからである
それで大卒でも新卒を会社で採用したいのである、なぜなら若い時期に仕事を覚えやすいからである
そして人間の一生は若い時の二〇代までその方向が決まってしまうから怖いのである
大工として大成するにも一五歳から始めないと遅いとなるのである
ここを肝に銘じないと後で本当に後悔する

それで今の学校教育というのは相当に問題がある、親の背中を見て育つはなくなった
学校という場で社会から分離した場で言葉と数字と記号ばかり習い試験ばかりさせられた優越を決められる、そこは社会と遊離した場所なのである
理系の場合はいいとして文系は何も身につかないのである
そこはただ遊びの場だったからである、それで文系はいらないとなるのも当然だとなる
弁護士の資格をとった人などはいいとしてもあとは実際は何ら社会に出て役にたつものを身につけていない、むしろ大工さんの方が現実社会でその技を発揮することができているのである
劣等生でまた性格的甘やかされたからでもあるが学校教育は問題が多すぎるのである
知識でも知恵となったり現実社会を生きるものが身につかないのである

それでもともと親方がいて弟子となり修行を積むのがいいとなる
学校は集団化して先生でも団体の世代のように五〇人学級とかなれば目くばせができないそこでは知識だけであり知恵として身につかないのである
親の背中を親方の背中を兄弟子の背中を見て育つことがないのである
何か抽象的記号の世界となりそれが現実社会と遊離していて興味も失うし実業として身につかないのである
そのために文系大学はかえって実業を専門学校化した方がいいというのもわかる
大学は遊びの場であり何も身につかないからである
もう文系大学はいらないとなる、文系大学出ても何の価値もないとなる
文系は別に独学できる、本を読んだり今ならインタ−ネットで無料でyoutubeでも勉強できるようになったからである

今の社会はとにかく活きた人間の姿を見て育つということがない、AIロボットに学べとかまでなる、そこに生きた人間が手本になることはまれである
そういうのは今度はカルト宗教団体の教祖とかなりナチスのヒットラーとかになってしまうのである、そうなるのは現代ではもう教育する場がない人もいないからそうなる
集団化であり組織化でありそこに模範となる個人は排除されている
つまり習うべき人はなく、独学するほかないのである
また師とかでも普通の人には必ず差が大きいので偶像化するのである
人間が偶像化しやすいのである、弟子とはただ師に従うロボットのようになってしまうのである、ほとんどの大衆カルト教団ではそうなっているからである
つまり現代では自己教育しかない、だから何か技術を身につけるにしてもそお模範となるものはないし学べないともなる、そこに社会の荒廃が生まれている

いづれにしろ人間は積み重ねである、知識でもそうである、何でもそうである
それで推理ドラマで悪いことを積み重ねた人は親からも実際は犯罪を犯していなかったのに犯罪を認めた、誰も日ごろの行動を見ているから悪い奴だとして信じてもらえなかったのである

人間日頃の行いが大事

家を直してくれた大工さんでも一五歳から修行して技を身につけた、それで原発避難地区から避難して別な街に来ても一応南相馬市内だがその技が優れているから認められるとなる、でも何も技もない特技がないとしたら歓迎されない
パチンコとギャンブルに明け暮れる、最初の内はうかたがないと見ていたが一一年も過ぎてもそういうことをしていたら回り人は嫌悪するとなるからだ

芸は身を助く

芸は技は身を助く

ともなっていた、老人でも何かを身に着けていれば敬われることはある
その一生で積み重ねた経験したことがありそれが参考にするということである


●本は理解しなくても買って私設図書館を作るべき

本を千冊くらい買っても消化していなかった
ただあの本に職人のことを書いたことがあったなと覚えていた
それでもう一度読んで引用したのである
ただ正直そこに書いてあったことは忘れていたのである
でも確かに職人のことを書いてあったなと探して読んでみたらなるほどと理解して引用したのである
本を理解するのは自分の文脈の中で引用したときなのである

でもとにかく本は理解しなくても買うことも大事だと思った
そして興味ある本をそろえるのである、私設図書館を作るのである
こうして時々拾い読みするとなるほどと理解するのである
だから本は買うだけでも後で役に立つとなることがわかったのである

家の修復も前半戦は終わってほっとした、でもまた直す所がありそれは秋になるだろう





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2022年06月24日

地震と地盤と家の修復 (様々な要素がある家の問題)


地震と地盤と家の修復

(様々な要素がある家の問題)

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地盤が悪いまま放置して建築をした場合、地震が起きた際の危険性については言うまでもありません。
ですが地震が起きなければ大丈夫ということではもちろんありません。
それが不同沈下が起きることがあるからです。
不同沈下とは、住宅が建築された地盤が不均一に沈下する現象のことです。要は家が地盤の脆弱さが原因で微妙に傾いてしまった状態のことです。
住宅が傾くと、窓や扉の開閉に悪影響が出たり、排水がうまく流れないなどの不具合が起きる可能性があります。
また家が傾いていると、住宅の地震への耐久力に悪影響を与えます。
https://ogawakenchiku-inc.com/2017/11/12/jiban-kairyou/


今回の大地震で地盤も関係していた、地盤がしっかりしていれば家も地震に強い
地震に対処するには地盤から始まるともなる、基礎工事として地盤を見て地盤の安定を計る、でも地盤は一つの家だけみても調べても安定しようとしてもできない
今日大工さんがそのことを言っていた、私の家は地盤も関係して沈下しているらしい

そして地盤でもその土地全体がかわり一個の家だけの地盤は良くすることができない
隣と土地はつながっているからだという
だから地盤を良くするにはそもそも全体の土地改造して一様に地盤を強くする土木工事が必要だとなる、それで自分の家だけの地盤を良くすることはできないと言っていた
この辺では新しい住宅地を作った、裏の畑だったところは住宅地になった
その時広い土地が改造されて地盤も全体的に強固にされた、つまりそういう全体の地盤を強くした場所なら地震に強いとなる
それは市なのか県で行い古い地域を移住させたのである、だから無料で土地が与えられ建物を建てられたから得だった
建物自体を移動した家もあった、その家は広い土地になり全体的に地盤も改良したとなると地震には強いものとなった

このことは日本の土地が私有権のために公共としてあった土地でも山でもその私有権が邪魔して公共的なものとして利用できなくなった、入会権だと共同があったが私有権になると山でも無数に個人によって分割されて公共的なものとして利用できなくなったのであるそこで山全体を利用することができなくなった、誰かの土地でありその許可がないとできないからである、極端なのは原発事故では海の前が俺のものだとして補償金をもらおうとしたことなどでもそうである、土地が無数に細分化されたのである
そもそも土地はつながっている海でもそうである、実際は不可分につながっている
だから土地でも山でも海でも細分化して私有できないものなのである
つまり私有になじまないものなのである

ただヨ−ロッパの都市などは土地を計画的に作り街作りをしているからきれいな街並みになる、日本の街が雑然としているのはそういう都市計画がなく作られているから何かただ無際限に増殖したような感覚の街になる、土地の計画的公共的利用がないのである
日本人にはヨ−ロッパのような公共感覚がないのである
ただ碁盤の目のように奈良時代でも平城宮とた平安京を作った、それは中国をまねたのである、それは計画的に作られたものである
だだ城下町とかでも碁盤の目のようになっていても街全体を計画的に作るという意志がない、日本の都市は雑然としているのである、混沌としているのである

それが日本的でいいと見る人もいる、日本の都市には中心がない、ヨ−ロッパの都市には広場があり大聖堂があり中心がある、日本には城下町でも城が中心にあっても一体化していない、その城は街から分離して孤立化している感じなのである
だからそもそもパスポートにシテズンシップが記される、市民共同体としての歴史があり市をアイディンティティとする歴史と文化があったからだとなる
ここが日本人になかなか理解できない、市壁があり市が壁で囲まれている
市を守るための壁で囲まれている、壁の外城壁の外に出ると危険になるのである
日本では城があってもそこで暮らしている庶民は侍とは別物なのである
だから会津で薩長に攻撃されていても庶民は無関心だったのである
かえって税に苦しんでいたからこの際だとしてヤーヤー一揆が農民で起
きたのである
そこにヨ−ロッパの市民社会などないし市民などいないからそうなった

建築という時建築だけが孤立してありえない、社会全体の中で建築が生まれたのである
その時代の社会から生まれたのである、だからその社会を時代を歴史を知らないと建築も芸術を理解できないのである、建築でも芸術でも不可分にその時代の社会と結びついているからである
中世だったら石の大聖堂にバッハのパイプオルガンでレクイムが荘厳に鳴り響いたのである、その時音楽と建築は分離していない一体だったのである
絵でももともと聖堂と一体化してあり部分的に分離していないのである
社会もまた時代的に市民社会があり都市とのアイディンティティが形成されていたのである
これが現代になると絵は絵で音楽は音楽で建築は建築と分離されたのである
ルネサンスもフィレンツの都市社会から生まれたものでありそこに建築と彫刻と絵と音楽でも一体化したものなのである、そこに荘厳なものが現出したのである

ともかく今回の地震の恐怖は今まで経験したもので最大のものだった、東日本大震災の揺れより強かったから相馬市と南相馬市の鹿島区とか福島県の国見町とかが被害が大きかった
相馬市と南相馬市の鹿島区などは未だに屋根瓦の被害があり修復されていないのが多いのである、そして新しい家は被害が少ないが古い家は被害が多かった
私の家は50年過ぎてやはり老朽化していた、見えない所で腐っていたとかある
一番怖かったのはベランダの上支える柱が一本で細いから良く地震で壊れなかったと思い恐怖した、それを強化しなければならないというのは素人でもわかった
そこでまた金がかかるのである、とにかく家は前ら増築とかいろいろ変えてきたから金がかかるのである、だからもう直したくないとなる

建築という時やはり安全が第一となる、古い家は耐震設計がしていないので不安なのである、つまり地盤が強固であることも大事である、建物だけでは地震は防げないのである
何か人間は全体としてある、全体と結合してある、土地でもそうである
それが分離して見ることが危険になる、そもそも地球自体が一つにつながっている
宇宙と地球ともつながっている、それを分割して分離して考えることが危険なのである
地震でも地球はつながっているから世界のどこかの地震でも日本に影響するとなる
スマトラ地震があったとき日本では警戒していなかった
日本がでは地震や津波が多いから逃げられたとか言っていたのである
日本の弱点は海に囲まれていて地球と体力とも分離している感覚になる
だから他国で起きることに以外と無関心なのである、他山の石とすることが苦手なのであるそれで鎖国があり孤立したとようになる

ともかく家というのは様々な要素から成り立っている、地盤とかとなれば地質学が関係して耐震設計とかなると物理的構造問題になる、どれだけ強度をもつか実験もする
家とはまた装飾も関係している、それは美的なものになる
平面的なものではなく角張っているので円い線のような棒をそえたのものそのためである若い人でいろいろな仕事をする人が仙台のデザイン科を出ていたことでもわかる
デザインのセンスも必要になる、つまり芸術家でもあるのだ
そして文系的なものとし私人が書いたように家というのは人間にとって生きる存在意義を持つことにもなる、それは親から家を受け継ぐと親が先祖が死んでも家には生き続けているような感覚になるからである、だから家は単なる箱ではない、そこに人間の心が物に憑くとまでなる、それで廃屋には依然として幽霊としてでも人間が住んでいる感じになるのである

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窓を広くしたので庭の木が映える

角張った縁(へり)を丸味帯びたものにした、この辺の気遣いはこまかい

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この柱は増築した部屋を支えていた、それも一本で細い
ここに重さがかかったとき素人で危険だと見た
でも今回の大地震でも壊れなかった

これが壊れたら家が傾いていた

それで恐怖した、ここは直さないと危険だった
増築した家は何か地震とかには弱い
本体に付け足しているから弱いのである
最初から全体的に耐震設計にしないと地震には弱いのである
私の家は古くなり家全体が沈下しているという
これも問題だがもう直しようがないのである


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2022年06月23日

歳には逆らえない (元気に見えた大工さんにも老いがあった・高齢化社会の暗黒)


歳には逆らえない

(元気に見えた大工さんにも老いがあった・高齢化社会の暗黒)

その大工さんは頭も禿げていないし体も頑丈でありとても老人に見えなかった
だから大工さんとしてばりばり仕事しているとみていた
何でこんなに元気なのか不思議でもあった
でも今日仕事を終えて調子が悪いと訴えた
それは昨夜が冷えたため体調不良になったのだ

もう一人の女性がしきり昨夜は寒かった、調子崩したと言っていた

その大工さんも見かけと違って意外とその寒さで調子を崩していたのである
だから疲れたとか体の不調を訴えたのである
それで明日は休んだ方がいいと言った

何か見かけだけでその人の体調もわからないものだと思った
その人は何か老化したように全くみえなかったからである
だから68才にしては元気だと不思議だった
でも実際は眠らないとか体調を崩していた
小便でも寝てから一二回あるというとき前立腺肥大症が関係しているかもしれないと言った、私自身が経験があるからだ
小便の異常になるのが多いからである

どうしても60代で必ず持病が出る人が多いと見た、でも今は60代は老人にはならない時代である、75才異常が老人となるべきだというのもわかる
そうはいってもどうしても60代で何らかの持病がでていかにも老いていない元気に見えても老いにさからえないとなる
ただ仕事をしているのを見ても老いたとは見えなかったのである

自分の場合熱中症になりやすいのである、外で紫外線を受けると悪い
それで春でも暑い時があり痙攣を起こすほどの熱中症になった、その時意外と危険があった、老人は熱中症になりやすく死ぬこともある
その原因が体温調節ができないということにある
その人はもともと太っていて汗が出ることを訴える、でも汗がでることがいいことなのである、老人は汗がでにくくなる、それで体に熱がこもり熱中症になりやすいのである

いづれにしろ大工の仕事は体あっての仕事であり力仕事もあり結構68歳でぱきついと見ていた、だから不思議だったのである
でもやはり老人だったのだなと共感したのである
老人はどうしても体の調子が悪いことを訴える、家に来る女性も72才にしてはもう80才にも見えて不調を常に訴えて実際話はできても何もできないのである
それで昨晩は寒くて調子が悪いと言っていたのである
それはその人を前から見ていたからそうなるのも当然だとも思っていた
てもその大工さんはとてもそう見えなかった、それが不思議だった
ただ今はガンになっても十年も仕事をしている人がいる、その人も不思議である
60代後半であり普通に仕事している、その仕事は大工よりは楽である
でも十年も癌になって仕事が普通にでききていることが不思議なのである

ただ癌の治療でも相当に進歩しているからそうなっている
何か医学的に老化しないことを研究しているから人間は百才まで普通に生きれる時代が来るとしている、それもそういう人をみると単なる空想ではないともみる
まず60以降は金がなくても困るが病気になったら終わりである
寝た切りになったりしたらいくら金があってもどうにもならない
そういう人が同年代でも増えている、また死ぬ人も増えてくる

とにかく現代の問題は高齢化社会であり辺りを見回すと老人と病人が多すぎることである子供などめったにみかけないのである、こういう社会は発展性がなくなる
日本が改革できないというときこうした老人が中年でも多すぎることでありそれは保守化して日本は貧困化しても回復できない、新しいことに挑戦できない老人社会保守的な社会になっているのもわかる
例えば以外と親でも90とかまで生きていると後を継ぐにしても財産をもらうにしてもそれが60代にもなるのである、私自身がそうだった、すると遅いから自分なりのことに金を使えないのである、また家を継ぐにしても遅いから自分なりのことができないのである新陳代謝ができないのである、それは家だけではない、社会全体で高齢化社会の問題は
若い人が社会で活躍するのが重要な役につくのが遅くなり経験も積めないとなる
大臣にしてもたいがい60代であり30代とか40代とかいないからである
そこでどうしても時代を変えることはできなくなるのである
未だにハンコとか使っているのはそのためであり日本は老人社会でありデジタル化できないのである

やはりこの高齢化や少子化が大問題でありこのために改革もできない、つまり家でも後継ぐことが遅すぎるのである、すでに60となれば老人にもなってしまうからである
そのことは社会全体でもそうである、若い人が第一線で活躍できないのである
もちろん老人には老人の役割があり無益だとはならない
ただ老人がこれだけ多ければどうしてもマイナスになる
それで毎日迷惑老人に悩まされている老人がいる、その女性は人に毒口ついてそれが生きがいであり存在を示す行為なのである
その迷惑老人の隣の女性は毎日訴えていてもどうにもならないのである
こうした老人が増えていることは間違いない、これからも増える
まさに高齢化社会の暗黒である、やはり世代交代とかしないと新陳代謝ができないのである

そもそも老人でも立派な老人になること自体がむずかしいのである、みんな普通に生きている人達でありおそらく長くなりすぎた人生に対処できずに迷惑老人となる
そして社会は会社を退職したりしたら社会で受け入れないのである
地域でボランティアなどできない、かえって問題を起こして裁判沙汰にもなった人が現実にいる、つまり社会の役に立ちたいとしても社会では受け入れないのである
それはたまたま無人駅のボランティアのようなことをして経験してわかったのである

余計なことはするな!

老人はひっこんでいろ

こうなっているのである、老人の居場所がないのである、老人がこれだけ多いととても立派な老人は少数である、あとは無用迷惑老人になりやすいのである
そして今の社会は消費社会である、老人がボランティアであれ生産的なことをさせないのである
ただ何かはやらない店であれまたどんな店であれ買い物すれば金を使えば喜ばれるのである、金を使う時誰でも歓迎されるのである
でも金がない老人は誰も相手にしないということにもなる
一二割はそれなりに金をもっている、だからその老人は社会に金を使えば歓迎されるとなる、あとは無用迷惑老人であり早く死んでくれとなる

つまりそういう老人は社会の害悪でしかなくなる、それはもう生きていることが辛いとなる、また社会にとっても自分自身にとっても地獄を生きることになるのかもしれない
高齢化社会はいい面があるとても暗黒面が大きいのである
でもこれはなかなか解決しようがない、おそらく人間が長生きするような社会を作れていないしまた個々人でも長寿を豊かに活力あるように生きれないとなる
だからこれから本当に百才人生をどう生きるのが金銭面でも個々人の生きがいとかの面でも大きな問題になるのである、それができなければ高齢化社会のマイナス面が目立ち暗黒になるのである

地震で自分の家を見て大工さんに見てもらったことでわかった、実際見えなかったが相当に中が痛んでいて危険にもなっていたのである
ここが崩れなかったなと恐怖を覚えた、そこが崩れたら家も崩れるとか指摘されて恐怖を感じた、私の家は築50年すぎて老朽化して痛んでいたのである
あちらこちら見たら痛んでいたのである、やはり耐震設計とか断熱材など使っていないので冬は寒いのである、怖かったのは耐震設計でないから地震に弱かった
こうして家も老朽化して人間も老朽化してくる、いたるところ体でも不調になり痛んでくるのである

家も年には逆らえない!

もしかしたら自分の家は今回の大地震で辛うじて耐えたのかもしれない
それはまさに人間が老化することと似ていたのである

abstract mountains なぜ抽象画が大量にできるのか?

abstract mountains

なぜ抽象画が大量にできるのか?

Why do you make a large number of abstract paintings?


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私の場合抽象画ソフトを使うにしても三つくらいの機能しか使わない
でも大量に作れるのはインタ−ネットの中に無数の変化させて抽象画にするものがあるからである
それは自分自身の創造ではない、他人の創造したものを変化させいるだけである
それで大量に抽象画が作れるのである
つまり自分の才能というのではなくソフトで機械的に大量生産しているからである
今まではこんな芸術はありえなかった、コンピュターとインタ−ネットが生まれた新しい芸術なのである
だからartとは技術のことでもあった、その意味を抽象画を作り出すことで理解したのである

Why do you make a large number of abstract paintings?

In my case, I only use about three functions when I use abstract painting software.
But I can create a large number of abstract paintings because there are countless things on the Internet that can be transformed into abstract paintings.
It is not my own creation, I am only changing what others have created.
That is how you can make a large number of abstract paintings.
In other words, it is not my own talent, but a mechanical mass-production by software.
This kind of art was never possible before, and it is a new art born of computers and the Internet.
Therefore, art is also a technology, and I understood its meaning by creating abstract paintings.

Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

2022年06月21日

戦後教育の失敗 (資本主義欧米の競争原理でモラルなき教育ー個々の利益追求で崩壊した―原発事故避難地域)


戦後教育の失敗

(資本主義欧米の競争原理でモラルなき教育ー個々の利益追求で崩壊した―原発事故避難地域)

●江戸時代から明治から戦前は道徳が科目でも優先された

戦前と戦後と江戸時代と明治時代の相違が余りにも大きすぎたのである
何が変わったかというと技術的な面とかいろいろあるが社会のモラルが変わった
道徳が変わった、また消失した、でも不思議なのは江戸時代で一番重んじられたのは
教育でも道徳である、塾の先生でもその人がいい人なのかモラル的に優れているのかで
判断された、医者だと医は仁術となっていた、道徳的なこと人情的なこと心が一番重んじられていたのである
それが可能だったのは塾など読み書きソロバンであり今のような複雑多岐なことを教えることがないから道徳が重んじられていたのである
医者にしてもそもそも患者にしても病気は治らないものとして医者に行っていたから病気が治らないとしても医者が責められることがなかった
だから医は仁術であり心の方が重んじられたのである
そういう時代背景があって道徳がモラルが重んじられていた
その模範となったのは武士であり武士道があった、武士は人の鏡としてあった
日本の侍は貧乏でありたいし庶民の生活と違わないのである
それはヨ−ロッパの貴族階級とはまるで違ったものだった

そのために明治にキリスト教が入ってきたとき内村鑑三のように武士道キリスト教にもなったのである、でも日本が取り入れた西欧文明とは技術文明だったのである
ヨ−ロッパに派遣されたエリートが注目したのはその科学技術でありキリスト教ではないキリスト教文明ではなかったのである
そしてモラルというとき日本では天皇を鏡として


明治23年に教育勅語が発布されると、修身科は、教育勅語の精神を学校教育において具体化する教科として一層重視されるようになった。

戦前は、「教育勅語」によって国民にわかり易く「教育の日的」が示されていた。
「国民として」「人としての道」を、家族から友人、社会、国家という広がりの中で具体的に示した。
修身の授業を通して「偉人の生き方」などを示しながら具体的に子供たちに教えた。

戦前の教育と戦後の教育


江戸時代も明治以降もやはり道徳をモラル第一にしていた経過があった
それが戦後アメリカに支配されて民主主義国家となったとき日本はモラルなき経済となりモラルなき社会と変質したのである
そしてやたら個人の権利を主張するのが民主主義となりモラルはない私益の追求となったのである、結果的に日本に道徳はないしモラルなき経済ともなった
ただ他者は利益を得るための道具のようになった、もう人間とは見ていないのである
それは教育でも私益の追求であり知識はそのために身につけるのである
それで団塊の世代から受験戦争となりただ知識は立身出世のためであり知識はそのための最大の力となったのである、それは福沢諭吉の学問のすすめから始まっていたのである
一方内村鑑三などはキリスト教を基にしてモラルを説いていたのである
でも日本全体は福沢諭吉の学問のすすめの方向に向かった
だから戦後もやはり学問とは立身出世の道具となった、受験戦争が熾烈であれそこで仲間でも蹴落として上位に立つ、仲間との競争に勝つことが第一の教育となったのである
そうはあっても依然として修身とかモラルが第一とされていたのである

●自己を他者と比べて優秀さを異常に競うようになった戦後の教

その人は技術的に優秀なことがわかるが必ず人と比べて体力でも技術でも自分が優れていると自慢する、それが尋常ではないのである、でもそうして人と比べて競って優秀さを競う教育が過熱したのが戦後教育だとなる
他人を蹴落として上昇志向をもつ、団塊の世代はとにかく人数が多いから椅子取り合戦になっていた、そういう熾烈な競争社会を生きて来たのである
それでスポーツでも常に競争でありオリッピックで参加することに意義があるなど全く関係ない世界である、一秒でも一分で早く走り勝ち抜く人が勝者だけが尊ばれる世界であるそれでスポーツのことを加治将市氏が批判するのはわかるとなる
「俺はお前より上だ」こうして異常なほどに他者比較してマウントするのか現代人であり戦後の人間なのである、それは戦前と戦後の教育が社会がまるで黒から白に変わってしまった結果なのである

それは一部の高学歴とかエリートとかだけではない、庶民でも同じなのである
上か下かと異常に序列を気にするのである、俺はお前より上だとなり必死になっている
その評価として学歴をみたり大学を序列化するのもそうである
これも戦後教育の悪しき結果なのかもしれない、本来のヨ−ロッパの文明を取り入れたのではない、それを悪しく取り入れた、だから個々人の権利が異常に主張するが肝心の個々人の責任は無視される、権利と責任は一体でもそうである
私益が全面にでて公益は消失する、だからこの辺で原発事故になったとき簡単に町でも村でも解体して崩壊したことが信じられないとなる
こんな簡単に町でも村でも崩壊するのかという驚きであった
そこには何かすでに公益と公共性とかがなくなり私益のみがあり私益だから補償金をもらうことが第一となったのである
それであらゆることに補償金を要求したとなる、家の前の海は俺の物だとか私道でもそうであり仏壇から何から物品も保証しろとなったのである
でも肝心の全体の町とか村とかを復興しようとする意志はなく多額の補償金をもらったら若い人は町や村を捨てて流出して老人だけが取り残されたのである

これも戦後の社会の変化とか教育の変化があってそうなったのかともみる
ヨ−ロッパではパブリックなものがありプライベートとは奪うということが語源としてある、つまりこの私益のみの権利の追求が戦後社会だったのである

アダムスミスは、人の本性は利己的であるという前提に立ち、自分の利益のために働く個々の人間の利己的行為が社会的分業を成り立たせ、市場はうまく機能すると考えました。そのことを著書で「見えざる手」に導かれるとスミスは表現しました。

人間はこの前に公共性とか共同性とかがあってこうしたことも成り立つ、なぜなら現実に市とか町とか村とかがなぜ成り立っているのか?もしアダムスミスのように私益を追求するばかりになると市町村は維持できなくなる
ある人は優秀だからあくことなく私益を追求する、それは確かに悪いことではない
だから立派な家を建ていい車でもった、それは悪いとはならない、資本主義社会では誰でもいい自転車であれいい車を買うことは奨励されている、それこそ社会を発展させるものとされたのである、そういう人がいてこそ社会は発展する進歩すると奨励されたのである

●原発事故で提起された全体の問題

でもこの辺の原発事故で起きたことはその人は苦労して建てた立派な家でも庭でも津波の被害もあったが放射線被害があり住めなくなって放置した
それも大損だった、それより原発避難区域ではそうした立派な家でも庭があってもその町に住む気になれない、寂れてしまだからである、すると家が確かにまだあるし住んでいるでもそこに住む価値が極端に低下したのである
つまり町全体が村全体から人がいなくなり住めなくなりいろいろな施設でもスーパーでもなくなり買い物もできないとか不便になったときそこにいくら立派な家があっても価値がなくなり放棄してしまったのである
つまりいくら私益を追求しても町でも村でも全体が寂れてしまって不便になったときその価値も極端に低下したのである

でも何か小高の隣の原町とか鹿島とか相馬市でも新地でも移り住む人が多いからそこでの価値が上がったのである、今でも移り住む人が家を建てているからである
全体の価値が上がったという矛盾がある
これは日本全体を見てもそうである、日本全体が高度成長のときは個々の価値も上がっていたのである、貯金でも退職金が一千万あったとしても銀行にあずければ7パーセントもあり十年も過ぎたら倍になっていたのである
今は例え二千万退職金もらっても実質は物価高とか利子がつかないということで半分の価値しかないのである、貯金も価値がないのである、目減りするだけであり最悪は紙幣は紙きれになるという預金封鎖を言われるのである
それは日本全体の価値が低下したからそうなっているのてある

別に個々人の私益の追求をとがめることはできないことは確かである
でもそれも全体の市でも町でも村でも繁栄があって個々人の繁栄もある
それがこの辺では問われたのである、教育にしても同じである、ただ個々人の私益のための教育であり個々人の立身出世のためでありそのために手段も選ばない、とにかく何としても競争に勝たねばならないとなる
もちろん競争が悪いとはならない、でも全体が落ち込めば個々人の競争も成り立たない
それが現代の落ち込んだ貧困化した日本の実態なのである
戦後教育の失敗は過度な利己心の追求でありそれがモラルを荒廃させたのである
戦前は日本全体を統制するモラルが修身とか一応ありそれで競争だけの世界とはなっていなかった、共同体が第一としてあったともなる
その共同性がモラルが崩壊した時どうなったのか、この辺のように簡単に町や村が崩壊して消失したとまでなる、それは必ずしも放射線だけではない、何か戦後社会の矛盾がマイナスの面が極端に現れた結果だともみる
だから戦後70年であらゆることが教育だけではない社会全体が行き詰まりになった
教育といっても社会全体の一部としてあるのだから当然荒廃するとなる

アダムスミスのように利己心の追求が繁栄させるとしても全体が衰退すれば個々の繁栄もありえないのである、それで不思議なのは原発避難区域に豪邸を建て立派な広い庭を作っても回りに住む人がいなくなり町自体が寂れてしまい様々な便利なものスーパーでもなんでもなくなるとそこに住む価値がなくなる
そしてその豪邸は価値がゼロにもなり放置されてそこに住んでいた人は別な地域に移住した、利己心の追求はいいとして全体が寂れればそういう町に住んでいてもその豪邸も価値がゼロになってしまったのである

●町全体と国とか全体を意識された原発避難区域

人間は自己の利益を見るが全体は見ない見えない

人間の弱点はここにあった、自己の利益の追求には熱心でも回りを全体を見ないのであるそれが原発事故で一挙に避難した人が帰ってこずに廃墟のような街になった
そしたらそこで苦労して私益の追求であれ建てた豪邸の価値もゼロになったのである
売るにしてもそういう家を買う人もいないのである
だから全体を人は見ない、突然この町はどうなったのだ、誰も住まなくなるのかとまでなった、こんな所に豪邸があっても住んでいられないとなり移住するとなる
そこで問題になったのは全体なのである、町全体であり村全体なのである
市でも町でも村でもその全体が寂れれば個々の利益は追求できないのである
確かに個々に私益でも追及することは是認される、しかし市でも町でも村でもまた大きくは国でも衰退すると個々の私益の追及もできなくなった
ここでいくらいい暮らしを豊かな暮らしをしようとしてもできないからである

ただ人間は全体を大きなことを理解することが苦手である

目先の金とか利益を常に意識するが大きな全体を意識することができない
それで原発事故の避難区域で復興しようとしたとき全体を町を村を全体を意識せざるをえなくなったのである、個々人だけではもう復興できないからである
ただ現代社会は個々に分解してアトム化しているから全体を意識できない
江戸時代やその後農村社会でもそういう500人単位の共同体だと全体を意識する
でも今は職業も多岐にわたり分化しているので全体を意識しにくいのであ
だから原発避難区域では何か突然もぬけの空のようになった
それは本当に不思議な光景だったのである、あっという間に町や村から人が去り戻ってこない、家があってももう誰も住まない、空家の街とも化したのである

一方でその回りにも人が移住して新しい街が生まれた、新築の家が50軒くらい建ち
原町でも鹿島区でもまた相馬市でも新地でもそうであり新しい街が三つくらいできた感覚になったのである、その相違も余りにも大きかったとなる
簡単に町でも村でも捨てられたような感じになったのである
その時みんな全体を見るから全体を意識せざるをえなくなった、個々の私益の追求は是認されてきたがまず全体の復興なしで個々の復興もないとなったのである

このように国家とか市であれ町であれ村であれ全体としてある、その全体は意識しにくいのてある、まず国家となると大きいからもうわからない、でも戦前は常に国家を意識して日本人は生きていたのである、全体が国家が優先された社会だったのである
でも戦後は個々人の私益の追求が資本主義社会で優先された、個人と私益の追求だったのである、それが極端になりそれぞれの個々の利益を追求することが良しとされた
だから教育でもそれはあくまでも個々人が立身出世のためであり個々人の利益のためであり他者は眼中にない、他者は個々人の私益のためにあり利用するものだとなってしまったその矛盾が原発事故でこの辺で極端なものとして現象化したので驚いたのである

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街はいろいろな色で埋まっている、でも空家化すると街全体が空洞化する
それが原発避難区域なのである
そこに立派な家を建てて住む気になれない、十億円もっていてもそこに家を建てようとする人はいない
そこに多様なものがあり人が住んでいる時価値があった
全体に価値がなくなると個々の価値も消失してしまったのである




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 新しき街の通や立葵

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新しき屋並つづきて夾竹桃


新しい街がこの辺では三つくらいできた感じになる、新しい家もまだ建っている
そこで立葵とか夾竹桃も活きて咲いている
新しい家並みに街にふさわしい花ともみる

小高の方に行って奇妙だったのは道の辻にある馬頭観音が目についた、それは別にどこにでもある
でも何か車もあまり通らないから昔あった馬車を利用していた時代に還ったような気がしたのである
街の中でも車が通らないのである、だから何か車のない昔にもどったような不思議な気分になったのである
今は人は歩かない、車は通っているからだ、車が通らないから静かになったとはなる
でも淋しく感じるのである

posted by 老鶯 at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、心理学など

2022年06月20日

原発事故、国の責任否定 「対策命じても防げず」―避難者訴訟・最高裁初判断 (東電に天下りした官僚は金を返すべきーそれが責任)


原発事故、国の責任否定 「対策命じても防げず」―避難者訴訟・最高裁初判断

(東電に天下りした官僚は金を返すべきーそれが責任)

東電などによると、「天下り」公務員OBは、8月末で51人。顧問3人中、国土交通省出身が2人、警察庁1人。嘱託48人の内訳は、都道府県警出身31人、海上保安庁7人、地方自治体5人、林野庁2人、気象庁2人、消防庁1人。電力業界所管の経産省からはゼロという。

   実は、4月末までは経産省出身の石田徹・元資源エネルギー庁長官が1月から顧問として在籍していた。

長期評価 政府機関の地震調査研究推進本部の地震予測。2002年、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いで、マグニチュード8級の大地震が30年以内に20%の確率で発生し、福島県沖でも起こり得ると公表された。東京電力は08年に津波高が最大15.7メートルに達すると試算したが、既に福島県沖での地震を想定していない土木学会手法を採用しており、最大5.7メートルと計算していた。

この長期予測は無視された、でもこれは科学者集団が算出したことであり科学的根拠があってのことでありこれが東電で無視した
東電でも科学者集団であり肝心の科学者が割り出した予測を無視したのである
科学を最も重んじる集団が科学を無視したのである、ここに大きな問題があった
これは伝説とか何かあいまいなものではない、科学者が科学的根拠があって警告していたのである

ではなぜ無視したのか?

コストがかかるからである、当時の社長はコストカッターとして社長までのし上がったとしている、コストが第一でありそれが大事故につながった
原発は最も安全を重視しなければならないものだった、だからこそ国がかかわる大事業となっていたその安全を計る国の保安院など何の役にもたたない飾りであった
ふれで不安員と揶揄されたのである

そもそもなぜ高く土盛りしてその上に作るものをわざわざ低くしたのか?

それもコストが関係していたのである、地下に電源を置くから高いと利便性が悪い
そしてそもそも地下に電源を置いたことが失敗の元だったのである
それは津波の警告があっても全く津波のことを無視していたからである
地下に電源を置いたのはアメリカでは竜巻がありそれから守るために地下に置いたのである、日本では竜巻などないのだから地下に置く必要もなかったのである
これも風土を無視して土着的でないことから起きた事故なのである
なぜなら東北電力では女川原発では三陸とかすぐ近くで明治時代に一万人死んだ津波を経験しているから副社長がもう10メートル高くしろとして高くして作ったからである
それがぎりぎりで津波からまねがれた、それでもぎりぎりであり危険だったのである

何か仕事は土着的であるべきだというとき知床の観光船事故でも土地の気候とか海のことを知らない人が外から来て船を操作していたからである
これもまず金儲けが先だとなり安全をないがしろにしたのである
現代の科学技術工業文明はそもそも土着的なものから離れている
またその土地の生態系など無視して巨大な工場であれ企業であれ世界の自然を破壊してゆく、ただ金儲けのためにそうなる、そこに災いが生まれてくるのである

原発事故の原因は一つはこうした科学技術の問題としてあった、理系集団科学技術者集団の問題としてあった
もう一つ大きなことは政治的社会的問題としてあった、これは文系的なものとしてあった裁判というとき司法があるがこの司法とは官僚でありこの人達が正義を基にして裁くとは限らないのである
権力関係があり権力によって操作されるのである
その背後に国家権力がありまた日本はアメリカの属国してあるのだからアメリカの巨大な権力によって操作されている、そしてアメリカといっても貧富の差が激しく実質のアメリカとはデーブステートとかユダヤ人だとか言われる
ただこれは明確なものとして実体があるのかどうかわからない、わかっているのは軍産複合体が巨大な組織営利団体としてあることは確かである

こういうふうに目に見えるものはわかりやすい、それは外からでもわかるからである
この世とは正義とか実現する場所ではない、巨大な権力によって操作されて動かされるのである、そして武田邦彦氏は裁判でもなぜ90パーセントが有罪になるのか?
外国では70パーセントだとしている、つまり逮捕される前に有罪は決定しているのである、もう権力によって決定されているのである、そこに無罪なのか有罪なのかの審理する前に有罪が決定されているのである、だからおかしいとしている
第一司法というのは別に法律に則って裁判する訳とかは限らない、政治的社会的大きな問題になると権力によって権力の圧力によって決められるのである
時の政権が自公政権ならその権力によって決められる、そしてその背後にはアメリカがいるとなる,アメリカの属国だったらその意向に逆らえないからである

そして私が追及してきたように権力側につけば既得権者側につけば得だ利益になるとしてマスコミでも全部朝日新聞であれ原発を容認することになる、その危険性も報道しないのである、そのマスコミに電事連が800億円も宣伝費としてありだされていたという
そもそも福島県のマスコミでも「政経東北」でも不正を追及しているようで悪徳業者の
相双リテックが幹部で何十億の除染費用山分けして批判された、それは犯罪でもあった
でも政経東北の裏表紙で堂々と宣伝していたのである

それはなぜなのか、金が入るからだとなる、他もみな同じである
福島民報などはもう県の出資が半分でありあとは創価の聖教新聞をすって経営している
そんな新聞がとても原発の危険性など追求できないのである
一軒一軒新聞を配ること自体莫大な金がかかるからそうなる
ネットだと自分がしていても金などかからないのである、影響力はわずかでも金はかからないのである、手間はかかってもほとんど金はかからないのである
こうなるとき確かに民主主義の言論の自由があるとはなる
個人がyoutubeのようにテレビ局にもなれる時代だからである

いづれにしろ東電に天下りした官僚などは責任があったのだから金を返すべきだとなる
津波は不可抗力としてもやはり責任があっのである、安全を計る役割があったからであるただそこで得すればいいというだけの地位ではなかったのである
でも正直既得権者が得するようになっているのがこの社会である
公務員は既得権者であり権力の下僕でありそのために得するようできている
私の家族の一人が公務員だから自分自身そういうことを知っているのである
何かいろいろと得するようになっているのである
そのために創価とか共産党とか野党でも革命という名の下に既得権者に成りたいというだけである、それは得する身分になるからである、下々で苦労して日々働いていても得にならないからそうなっている、それでなんとかしてそうした既得権者になりかいとして創価なら24時間365日選挙運動なのである、それが宗教と一体化している
また共産党でも中国をみればわかる、幹部になれば兆の金が入ってくるともなるのであるそもそも既得権者になって得したいということしかないのである
だからそこに野心家であれ一切のその人がどんな人なのか金を求めるのか女を求めるのか商売のために利用するのか、そんなこと一切問わない、一票になればいいとうだけであるあとは欲をかなえるために題目を唱えていろで終わりなのである

要するに原発とは科学技術の問題としてもあったが政治社会の問題としてあった
私は文系だから政治社会の面から追求したのである、科学技術というとき政治とか関係ないようである、科学の真理は変えられないとかなるがそれも政治によって権力によって歪められるし利用される、御用学者などがそうである、権力者の言いなりになり科学的に正しくないことでも言うことになる
会社でもそうである、政府という権力に逆らえないのである、それで大成建設が放射線を計るモニタリングポストでもその真下の土を掘って取り除き低くしていた
その回りを私か計ったら倍以上あった、だからモニタリングポストの放射線量は半分になっているのである、こうして常に科学も政治権力で操作されるのである

大成建設にしてもこれは創価が富士山のふもとに正本堂を建てたからその時関係があり
創価大学の人を就職させる枠がある、創価でもそうして権力拡大するのである
なぜなら権力奪取することが革命の目的であり日々運動しているからである
それは他の共産党でもみんなそうなのである、毛沢東が銃口から革命が生まれるというときまさにそれを実行して権力を奪ったからである
要するに権力を奪ったら既得権者になり御利益があるとなるからだ
宗教はただその権力を得るための道具のようになっている、それはカトリックでもそういうことがあり政教分離が法律化したのである

ともかく原発事故は様々なことを暴露したのである、また原発はまた人間の欲がそこに集中した、地元でも原発で働けば普通の三倍の金がもらえるとかなり自治体でも金が入る
それで個人的にも財を築いた人がいる、加藤建材などは大きいがその基は原発を建てるとき真野川とかの砂利を運んでそれが基となり今の大きい会社に発展したと聞いた
原発は金の生る木だったのである、それも桁外れであり何兆円でも除染で使うということなど庶民には想像もできない規模だったのである
その金に群がったのが地元のの人たちでもあったとなる
だから地元の人達がその金によって操作されて肝心の安全を無視したとも言えるから責任はあったとなる、だから国に責任がないというとき地元の人達は責任をとれと言うのも解かるか地元の人達も何らか責任があったのである

ともかく無罪ということはありえない

少なくとも天下りした官僚はその東電からもらった金を返すべきだとなる、これだけは言える、良心があればそうなる、ただ正直自分の家でも公務員でありそういうことはあったでもその額は少ない、天下りとなるとその額が大きいから返すべきだとなる

東電などによると、「天下り」公務員OBは、8月末で51人。顧問3人中、国土交通省出身が2人、警察庁1人。嘱託48人の内訳は、都道府県警出身31人、海上保安庁7人、地方自治体5人、林野庁2人、気象庁2人、消防庁1人。電力業界所管の経産省からはゼロという。

   実は、4月末までは経産省出身の石田徹・元資源エネルギー庁長官が1月から顧問として在籍していた
   
 海上保安庁とか都道府県警とかがかかわっていることは自衛隊でもかかわりまさ暴力装置を持つ人達が権力を既得権を持ち利益を得る構図がある
だから権力と言う時アメリカでも軍産複合体があり深く政治とかかわり戦争で利益を得る会社である、だからこうした人達が天下りして利益を得ていることは犯罪に近いのである第一司法とは裁判官も官僚であり既得権者なのである、そういう人が罰することなどできないのである、だから天下りは廃止すべきであり金は返すべきだとなる

結局責任を問う場合、権力を持っている人達なのである、権力をもっていない人には責任がないのである
なぜなら自分の本でも権力集団を批判したら図書館にも置けないということがあった
個人のものは置けないと断れられたからである、つまり公務員とはこうして権力をもって言論を封殺するのである
そういう権力をもっている、あらゆるものが背後に権力集団があってこの世は動いている、動かされている
マスコミもそうである、様々集団組織がありそれが権力集団を形成して一個人など逆らうことはできない
電事連とかは宣伝費として800億円とか出している強大な権力集団なのである
それでマスコミは操作される、必ず個人の背後に強大な権力集団がある、それはあらゆるものがそうである
在日がマスコミを支配しているとというときそうである、これも日本人に同化しているから優秀な人達だから力を持っているのである
宗教も集団化して組織化して権力集団となる、それは信仰とか関係ないのである

第一キリストとかシャカでも寝る場所もない、何の権力ももっていなかったからである
でもこうした組織集団の罪は問われないのである、強大な権力があるから批判するできないとなる
民主主義といってもすべてけはこうした巨大な組織集団によって権力集団によって決まるのである
一個人など何の力もないのである、相手にもされないからである
でもこうして原発マネーがばらまかれてそれに天下りして金を得た、だからその金を返すべきだとなる
それが責任なのである、司法も官僚であり裁判官も官僚でありこうして既得権者となり得するシステムなのである
だから公正な裁判などありえないのである
posted by 老鶯 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2022年06月19日

夏の朝のと俳句十句ー浜通りの場のエナジー(詩)



夏の朝のと俳句十句ー浜通りの場のエナジー(詩)


草深く老鶯鳴きて影深し

一本の木の影深し今日も行く

夏の海燕飛交う朝の海

海よりの風のそよぎて立葵

海へ行く道真っすぐや立葵

海岸や朝波ひびき都草

夏燕風車の回り朝の海

黄菖蒲や六号線を走る朝

釣り人に波の飛沫や夏の海

広がりぬクローバーの野夏雲雀

海近し浜昼顔を見つけけり

風涼し広き二階や我が家なり

雷鳴りぬ海に向かって浜通り

老鶯と夏鶯では感覚的に相当違う、老鶯と俳号にしたがそのあとは天華にしたのである


浜通りの場のエナジー

今日も愛用のヤマハのYPJ-XCで走った
真っすぐな道を海に向かって
スピード出す、夏雲雀がさえずる
今日も浪は轟き寄せて荒々しい
その波の音に合わせて夏雲雀が
一心にさえづる声がひびき高鳴る
気持良くこの辺でぱ東風(こち)が吹きそよぐ
大平洋から吹きそよぐ風
その風は涼しく心地良い
浜通りは南国的である
マルハシャリンバイの南限の地として知られ
スダシイ神社もある
これは沖縄の山原に自生して育っている
なぜかここには綿津見神社が多い
それは海の民の安曇氏の末裔が来た証拠
海に面して桜井古墳がある
そして鹿島区の寺内の古墳地帯から
十人ほど乗れる船の線刻画が発見された
マルハシャリンバイは奄美大島から種がながれついた
海とかかわり海人がやってきた地帯
そして巨大な津波が港の村を呑みこんだ
村は海にのまれ人々をさらった
いくつかの村は跡形もなく消滅した
そうして死んだ人達の霊が海に浮かぶのか
八沢浦はもともと入江であり海だった
津波で入江にもどり朝の光りに
きらきらと光り穏やかな入江の波が寄せた
まにで奇跡のように縄文の海が再現した
烏崎の方の船着に津波はおしよせた
そこは船が寄り市庭という地名があり
人々は交易した場所であった
そして江戸時代からあった右田の松原は一瞬で消失した
その幹は太く根を下ろしていたと見えたが
松原は自然の多様な森ではなかった
根こそぎ松は津波に流された
ここは太古から海と深くかかわる地帯
漁に出た船が帰ってくる
太平洋から東風が吹きそよぐ
山から吹く北風西風とは違う
広大な太平洋洋から吹きそよぐ風
常に荒々しく太平洋の波はひびき打ちつけ
津波の空恐ろしい記憶がここに刻まれた
それは百年二百年後も消えないだろう
人の力、人智を越えたものが大海にある
その底知れぬ世界が海にある大地にもまだある
そこに巨きなものを養うものがある
フタバスズキリュウがその姿を現して消えた海
サンゴの化石が山の方に発見された土地
千葉県から熱帯魚を追ってやってきた若者
浪立海岸に浪がしぶきあがり彼方の沖を船が行く
鴎が飛んできて鵜が飛んできて川をさかのぼる
今日も波はひびき荒々しく打ちひびき高鳴る


浜通りというとき海と切り離せずある、暑い時は必ず海に向かう、すると海からの涼しい東風が吹くのである、前は右田の松原があったが今は風車が回っている
その風景は余りに変わってしまったのである
ただ土手の道がサイクリングロードとして舗装されたので気持ち良く走れる
まず福島県となったら広い、浜通りとなったら中通りでも会津でも違った風土なのである中通りからは海が見えない、浜通りからは阿武隈高原でさえぎられて吾妻嶺は見えない
すると地理的風土的一体感がないのである、何か見えないということは人間にとって視界にないので認識できなくなる

それで不思議なのは物があり余って扉のある棚にしまっている、するとそこに何があるのか忘れるのである、認識できなくなるのである
そしてそこにあることを忘れるのである、これと同じで常に視界にあり見えるものは認識しやすいが見えないと忘れて認識できなくなる
そのことで津波では津波が襲って見えて来てから車であれ歩くことであれ見えてから逃げた人が結構多いのである、いろいろな人から話を聞くとそうなのである
つまり津波は見えてからでも逃げれば助かったともなる
八沢浦など海がすぐ近くだけど津波が来てから見えたので裏山にすぐに逃げて助かった人もいる、だから人間にとって見えることは大事なのである
津浪でも前に家が建て混んでいると見えないから逃げないということもあったのだ

ともかく浜通りは海と切り離せずある、日本も海に囲まれいるのだから海と切り離せずある、でも中通りでも特に会津とかなると山に囲まれた世界であり風土だからそこに住む人の意識は相当に違ってくる、山から太陽が昇り山に沈むという感覚が浜通りからするとわからないとなる、常に海から太陽が昇ってくるから一日は海から始まる
海から東風が吹いてきて涼しいのである、山に囲まれていれば山から風も吹いてくる
その相違は相当に感覚的に違ったものになる
そして浜通りからは高い山が見えない、阿武隈山脈はあくまでも高原のようなものであり山とという感じはしない、ただ飯館村になると標高が高く夏でも涼しいとなる
だから軽井沢のようにもなる

ハマ、ナカ、アイヅで福島県は風土的に分けられる

いづれにしろある土地のことは一年くらい住んでみないとわからない、つまり日本海とか会津とかだと雪に埋もれた冬を住んでみないと理解できないのである
それは外国でも同じである、日本だったら四季の変化が激しいから一年住んでみないとその風土でも文化でも理解できない、何故なら俳句の季語を理解するには一年日本に住んでみないとわからないからである、これは外国でも同じなのである
そこで文化を理解するのはむずかしいのである、その土地の風土と密接に結びついて文化があるからだ、それげオープンカーがヨ−ロッパで普及したのは風土の関係だったのである、陽射しは弱い地域だから日光浴にもなるのでオープンカーが普及したとなる
技術でも風土と関係しているのてある
基本的に風土とか地理から文化が作られるからそこをわからないと政治でも文化でも何でも理解できないとなる

木にしてもどうも大陸だと太い大きな木が育ちやすい、だから建築材として使いやすいとなる、松などがそうである、外国の松は太いし大きいから日本の松とは違っている
ただ北海道のトド松とか蝦夷松は松の部類に入っていないから利用していなとなる
日本の森と外国の森の相違を書いただ森とあっても同じ森ではない、その内容が相当に違っているのである、どこまでも平坦な地に森が覆っている大陸と日本の森は相当に違っているのである

浜通りは津波がありそのことでまた福島県でも中通りとかは会津とは違っていた
むしろ宮城県から岩手県でも海とのつながりがあり海と一体化していたのである
だからもっと海とのつながりを知るべきだったとなる
なぜなら津波は相馬地域には来ないとしていたが実際は慶長津波で700人溺死という記録があったそれは忘れ去られていた、でも宮城県から三陸岩手県では明治に一万人死んだ
津波があったのだから身近だったのである
つまり海岸線は津波が来るのである、周期的に大きな津波が来る場所だったのである

そしてなぜ相馬藩地域に特に南相馬市の原町区に異常に綿津見神社が多いのか?
これは海人族の安曇族の一団が海から入植してしきたからだとなる
そして飯館村に入り焼畑農業を伝えたのである、綿津見神社と山津見神社が対になっているからである、それはまさに海があるからこそであった
そして真野の草原の万葉集の歌は南相馬市の鹿島区が大和王権の境界となっていた
それは風土的地理的境界であったことを考察して書いてきた
海老浜の車輪梅が南限の地であるということでもそうである、そういう風土だったのである
フタバスズキリュウとか鹿島区の真野川の上流の山間からサンゴの化石などが発見されたのもそのためである、南国的風土でもあったのである

現実に千葉県から熱帯魚を追って波立海岸まで来ていた人がいたのである
それは小さなものでも気候的にいわき市辺りはあたたかい黒潮が流れる地域だからともなる、親潮と黒潮の境目だともなる
だからこそ海人族の安曇族が船で来たとかになる、どうも千葉県にも安曇族の跡が残されているからそこから移住してきたとなる、それは海伝いに来たとなるのである
それだけ海とのつながりがあるのが浜通りだとなる

今日も暑い、でもここは海の方に行くと海からの風で涼しいのである
それで右田浜の松原があったときはそこで涼んでいたのである
でもそれはなくなった、また松の苗を植えたが風車もあり風景がまるで変ってしまったのであ
私の二階は広いから涼しい風が入る、これはクーラーの風よりいい、天然の風だからである、でもさらに暑くなるとクーラーになってしまう、耐えられなくなる
でもやはり海からの風は天然のクーラーだとこの辺ではなるのである
そして今神鳴りが鳴った、やはり本格的な夏が到来したとなる

雷鳴りぬ海に向かって浜通り


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寺内の古墳から発見された
十人乗りくらいの船なのである
だから結構大きな船を操作した一団がいたとなる
それは海人族の安曇族でありその後継者だったとなる



2022年06月18日

地震で家を直すのに苦労 (優秀な大工さんの仕事を見る‐樹と人間の共通性)


地震で家を直すのに苦労

(優秀な大工さんの仕事を見る‐樹と人間の共通性)

●受け継いだ家で苦労する−50年過ぎて老朽化している

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地震で家を直すのに苦労している、いつもいる部屋を改造することになりそれが手間になる、何か地震で多少曲がったらしい、でも水平器で調べたら曲がっていなかったという
でもサッシを交換するとになりこれも金がかかる、どうしても一旦大工さんに頼むと
大工さんのペースで恣意で仕事がすすむ、頼んだ大工さんは優秀でも自分なりに仕事をすすめたい人だから何か言うこともむずかしい
そもそも家でも素人が何かを言うのは注文するのは難しいのである
なぜなら構造的な面とかで答えられないことがあるからだ
やはり建築はまず安全を計ることが第一だからである、今回の部屋はもともと玄関だったところを部屋にしたのて基礎とか良くできていなかった
それから一部の柱が腐っていたとか古くなっていたのである

私の家はすでに50年過ぎて老朽化していたのである、それで今回の地震でまた傷んだのである、すでに東日本大震災と次に一二年前の地震でもいたみ今回の地震で相当に傷んだ
この家には相当に金がかかっている、家を持つことは修復とかまた増築とかあると金がかかるのである、だから一軒の家をもつことはそこに大工さんだけではない様々なものがかかわる
今回は流しから水漏れがあり新し流しが必要になる、それも結構高いとなる
水を流す管も水もれしたり水がもれて木が腐っていたのである
こうして家は様々なものがかかわり金がかかる、だからそこに需要が生まれる
それで景気を良くするにはみんなに土地とか安くして家をもたせることだというのもわかる、そこから様々な需要が生まれるからである
家を持つことはそこからいろいろなものが必要になる、装飾も必要になる、するといろいろ消費するから景気が良くなるというのは確かである
だから高度成長時代は次々に新しい家が建ったからこれも好景気になった原因だったなる今は逆にそうして建てられた家が膨大なの空家化しているのである

●樹もゆっくり育った木は丈夫である、年輪を見る

大工さんの話を聞くといろいろ興味深いことがある、年輪が詰まっている木、ゆっくり育った木は丈夫でいい木だという、そういう木はゆっくり育っているからだという
これは人間と同じだとも見た、人間も自然のリズムに合わせてゆっくり育ったらやはり丈夫な木として育つということである
まず木が育つには50年とかかかるからそれ自体長い時間が要する、それに合わせれば人間も長い時間で育つのが自然の理に合っているということである
即製できないのが自然であり人間だともなる、即製したものは十分に育だたないうちに使うから使い物にならないともなる、人間もそもそも即製できない、本当に人間は成長するにしても何かを理解するにしても長い時間が必要なのである
私は何でも奥手だから詩とかの表現でもなかなかうまくいかなかった、でもだんだん自分なりの詩を作れるようになったと自ら思う、ただすでに死が近くなってそうなったのである

ゆっくりと時間をかけて成長した木は年輪が細かい
ゆっくりと時間をかけて育ってきた木は年輪も細かくなるので、比較手比較的固く締まっていて、年輪の見た目も均等に揃っていて美しいです。

濃く密に刻まれた年輪(経験)は自分の未来でとても重要な役割を果たしてくれると思います。

細かな年輪のようにゆっくりしっかり濃く、密に成長していったならば、固くしっかりとした芯ができあがると思うんです。

たくさん成長した年もあれば、ゆっくりとしか成長した年もある。それらがあって、今の自分がつくられていくんだと思います

将来、立派な木のようにどっしりとした自分という芯をもった人間になれるように毎日を大切に過ごしたいと思います

老人の顔は年輪を刻んだ顔
人生を刻んだ顔
そこに若い人にはない重みと深みがある
あなたは何の仕事であれ
年輪を積み重ねてその人なりの顔を作れ
風雪に一年ごと年輪は刻まれて
大木となることを知るべし

若い人が何でもいいとされるか老人はやはり何でも積み重ねたものがあり
人生の成果として実ったものがある、だから老人を尊ばないことはおかしいのである
ただ無駄に時間を重ねた者は評価されないのは当然である
その差も大きいから若い人は評価される老人になることを心がけるべきだとなる
つまり時間を無駄にしてはならないということである
たとえたいして能力がなくても積み重ねてゆくと成長してゆくのが人間だからである
ただ時間を浪費すると成長はしない、ともかく木から学ぶことがあると思った
私の場合は木とか石を詩にしてきたけど現実の場で木を利用する大工とか森林を相手とする仕事はそういうことを学ぶとなる

人間はとにかく何でも達成するのに時間がかかるのである、即製にはできない、インスタントにはいいものはできないのである、それで高齢化社会は何かを自分を伸ばす個性を伸ばすのにはいいとなる、十分な時間があるとなるからだ、それで60歳以降でも70歳以降でもその才能を発揮できるともなる
その大工さんも15歳から修行して技を身に着けた、ただ体力的には苦しいとなる
ただいろいろ仕事を見ていて補助役をしているから実地に知ることがある
外材でも外国の松は太いから大きいから加工して利用しやすいとして使っていた
松という時、日本の松というとき曲がりくねったようなものが目立つ、だから建材としては適さないのかとも見た、でも北海道だとトドマツとかエゾ松がありあれは太いて真っすぐなのである、そういう松があり外国の松だとまた違っているとなる
ただトド松やエゾ松は建築材料としては使われていないのである、加工しにくいためらしい


●松の長所

1、 粘りがあり、強度や耐久性に優れている。
2、 経年変化と共に、素晴らしい色艶を出します。
3、 成長が遅く、年輪の割合に肥大成長が小さく目のこんだ材ができるので、杢が強く浮いてくる。よって、銘木としても評価が高い。
4、 赤身材は水に強く、かつては水道管に松の赤身を使用していた地域もある。
5、 杭木として使用しても非常に強く、東京丸の内の区画造成にも山陰の地松が使われた。
6、 暑さ寒さに耐え、乾燥地や山の急斜面、風当りが強い場所でも育つ。
7、 節操や長寿を象徴する木として尊ばれている。
8、天から神々が降り給うのを“まつ”という意味から松という名前が付いたという様に、古くから神聖なものとされ、現在では松竹梅、鶴亀と共にめでたいもの(縁起物)とされている。

硬くて丈夫で艶が良いので、階段材・地板・床材など強さを求めるなら、真っ先に浮かぶのがマツでしょう。天然の地松が中心となるため、次第に希少性が出ています。中国地方はこのマツの自然林が全国でも豊かな地域なのです。気候風土や土壌に恵まれてマツ独自の強く硬く色艶の良い特色が色濃く出ています。構造材・階段材・敷居などに用いられる素材としてはこれに優るものはないでしょう。

マツ科の針葉樹。特にアカマツ・クロマツ・ゴヨウマツ・ハイマツなどマツ科の植物をさします。トドマツ(モミ属)、エゾマツ(ハリモミ属)、カラマツ(カラマツ属)は属が異なるので、通常は松の仲間に入れません。ハイマツなどを除き、多くは高木となります。雌雄同株で葉は針状で二本・三本・五本の束生。球果は「マツカサ(松ぼっくり)」と呼ばれます。マツは北半球全体に分布しており、現在把握されている総品種数は約93種にも上るとされています。その中でも建築用材として特に適しているのが、アカマツ・クロマツなどの日本のマツなのです。
マツ(松)という名前の由来ですが、日本では古くから神聖な木として考えられていたようで、神がマツの木に天から降りることを、待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子から、股(マタ)が転訛(てんか)して、マツ(松)という名がついたという説もあります。

松材は非常に丈夫な木材で耐荷重性にも大きな力を発揮します。 建物の梁桁などの横架材に採用されるのはその為で組み立て式ウッドデッキの土台や大引、根太には 最適な木材選択といえましょう。ウッドデッキに使われる松材は年輪の詰まった(目細)松材を 吟味して選別していますのでこの面でも安心してお使いいただける木材選択をしています

二方柾のような心去り材、断面が大き い梁材、無節材などの取りやすい大径木が、 国産材には少なくなった現在では、大径木 が多い外国産材に依存することが多くなり ました
あらゆると ころで使われている木材は、密閉したり、 厚い塗装で覆わない限り呼吸し、生き続け ています。
 木は切られて、挽かれても、割られても 生きています。
そして、その木の寿命分だ け働くことができます。

また日本でなぜ外材を利用するようになったかというと値段だけではなかった
こうして大きく太い木があり建築材として加工しやすいということがあったのだ
それで外材を利用するようになった、そして値段の面では日本の森は山にありそれを切り出すのが苦労でありそこで値段が高くなり外材と競争できないと言っていた
確かに山の斜面とかで切り出すことが容易ではない、運ぶことが苦労なのである
外国の森をみるとウクライナでもロシアでもどこまでも平坦な地が森なのである
その規模は余りにも大きいから森に遮られてそれが国境にもなり安いのである
つまりどこまでも暗い森がつづいていてそこから抜けられないという世界なのである
そのスケールは日本とは桁違いなのである


硬くて丈夫で艶が良いので、階段材・地板・床材など強さを求めるなら、真っ先に浮かぶのがマツでしょう。天然の地松が中心となるため、次第に希少性が出ています。中国地方はこのマツの自然林が全国でも豊かな地域なのです。気候風土や土壌に恵まれてマツ独自の強く硬く色艶の良い特色が色濃く出ています。構造材・階段材・敷居などに用いられる素材としてはこれに優るものはないでしょう。


マツ科の針葉樹。特にアカマツ・クロマツ・ゴヨウマツ・ハイマツなどマツ科の植物をさします。トドマツ(モミ属)、エゾマツ(ハリモミ属)、カラマツ(カラマツ属)は属が異なるので、通常は松の仲間に入れません。ハイマツなどを除き、多くは高木となります。雌雄同株で葉は針状で二本・三本・五本の束生。球果は「マツカサ(松ぼっくり)」と呼ばれます。マツは北半球全体に分布しており、現在把握されている総品種数は約93種にも上るとされています。その中でも建築用材として特に適しているのが、アカマツ・クロマツなどの日本のマツなのです。
マツ(松)という名前の由来ですが、日本では古くから神聖な木として考えられていたようで、神がマツの木に天から降りることを、待つ(マツ)という説と、松の葉が二股に分かれている様子から、股(マタ)が転訛(てんか)して、マツ(松)という名がついたという説もあります。


松材は非常に丈夫な木材で耐荷重性にも大きな力を発揮します。 建物の梁桁などの横架材に採用されるのはその為で組み立て式ウッドデッキの土台や大引、根太には 最適な木材選択といえましょう。ウッドデッキに使われる松材は年輪の詰まった(目細)松材を 吟味して選別していますのでこの面でも安心してお使いいただける木材選択をしていますhttp://www.hi-ho.ne.jp/shaka/matumokuhenn.html

二方柾のような心去り材、断面が大き い梁材、無節材などの取りやすい大径木が、 国産材には少なくなった現在では、大径木 が多い外国産材に依存することが多くなり ました
あらゆると ころで使われている木材は、密閉したり、 厚い塗装で覆わない限り呼吸し、生き続け ています。
 木は切られて、挽かれても、割られても 生きています。
そして、その木の寿命分だ け働くことができます。



●日本の森と外国の森

それで森の木を切るにしても日本の場合、山が森だからその木を運び出すのが苦労なのである、コストもかかるのでそれで外材との競争していけないと言っていた
日本で野というとき斜面のことなのである、原は平坦な地でも野は違っている
それで入野というときそうした山の間の斜面のことなのである
日本にはそういう地形が多いから野とは日本独特の言葉にもなった

我が恋は まさかも悲し 草枕 多胡の入野の おくもかなしも (万葉集)

ともかく大工さんでもこうして何かスキルを技術を身につけた人は強い、それは例え原発事故であれ津波であれ他の市町村に移住してもその技があれば尊ばれからである
何も技がない人は仕事もなく補償金でギャンブルに明け暮れているだけだとなり回りから良く思われないからである、みんな苦労して働いているのに避難民は遊んでいるいい身分だとなってしまう、もう十一年も過ぎたらもう被害者として補償してくれというのもなかなかできないし回りでも受け入れない、お前達は死ぬまで避難者であり被害者であり補償してくれということはそれは地元でも受け入れがたいとなる
だから会津の方に行った避難民でタンス職人とかがその技を示して歓迎されたとかある
やはり何も与えることができないものはそういう時困るともなったのである
ただ馬齢を重ねるだけでは尊ばれることはないのである


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2022年06月14日

グロ−バル経済の崩壊 (信頼無き、道徳なき経済の崩壊現象が起きている)


グロ−バル経済の崩壊

(信頼無き、道徳なき経済の崩壊現象が起きている)

デフレ時代には、「人間対人間の長期的な信頼関係」がないがしろにされてきたといえよう。

 だが、このように次々に相手を乗り換えるやり方は通用しなくなる。インフレ時代には売り手優位になるから、「(売り手との)長期的な信頼関係を持たない買い手」には、品物やサービスが回ってこなくなるのだ。

 インフレ時代には「信頼」がキーワードになるから、長い歴史を刻んだ老舗や、大企業(大船)が優位になる。

迫る『複合危機』――生き残るための教訓を「客家の教え」に学ぶ

グロ−バル経済は限界に来た、デフレ時代だととにかく労働力でも世界でも安い方に向かう、日本だと賃金が高いから中国とか東南アジアに労働力を求めて会社も移動した
その時円高でありメリットがあった
それがインフレになり円安になるとそのメリットがなくなって国内回帰している
そしてここで

デフレ時代には、「人間対人間の長期的な信頼関係」がないがしろにされてきたといえよう。

人間で一番大事なのは信頼関係である、信頼がなければ仕事でもまかせられない、でも信頼は簡単に作れない、時間がかかるのである、それでお手伝いさんでも十年勤めていれば信頼されるとなる、信頼関係を作るにはそれだけの時間が必要なのである
封建時代だと信頼関係が作り安い、たいがい農民だから土地に根ざして生活しているから代々つづく仕事でありそこに侍がいて農民がいて信頼関係が生まれる
また御家大事とかなり所属する藩で信頼関係が生まれる、それはそもそも変化しない
何代も臣従関係があって信頼できるとなる
それで農民だと三代つづかないと仲間になれないとか言われるのがそうである
農民だと草分けが前田とある所の家が中心になって村が存在する
その中心は農民だと土地に根ざして生活しているから変わらないのである
変わらなければ信頼関係が作りやすいのである
十年お手伝いさんでも働いていればその仕える家族と信頼関係ができる
一年くらいとかで変わっていれば信頼関係が作りにくいのである

まずグロ−バル経済となるとそもそも品物だけは入ってきても人との信頼関係とか情的関係とかはない、物だけが入ってきて心は無視される、物と心は分離するのである
つまり経済とはそもそも足りないものを補い合うものであり助け合いともなる
グロ−バル経済には助け合いというものはない、ただ利益をあげることだけが優先されるし必ずしも信頼関係から成り立つ経済ではない、第一外国から入ってくるものが誰が作っているかもわからないのだからそこで信頼関係もない、だから何か問題が起きると品物は入ってこなくなる、それが今起きている
ウクライナ戦争があり麦が入ってこない、他でも食料危機になると食糧を輸出しない
何か助け合うということなどない、自国優先でありむしろ他国とは信頼できないものであり何かあれば奪う存在だともなる、それが戦争なのである、戦争は国が行う強盗であり殺人でもある、でもそれが罪にもならないしとがめられないのである
それはロシアのウクライナ戦争でいくら残虐なことをしてもとがめられないのである
国と国の戦争になるとそこに人道もなくなり法律を通用しなくなるのだ
信頼関係など一時的利益を得るためでありそもそもないからである

また常に国家と国家の関係が平和で安定して信頼できるとはならない、中国でもあれほど田中首相が日中国交回復で中国は井戸を掘った人を忘れないと言っていたが今や日本は小国だから大国の中国に従い、領土でも尖閣であれ沖縄であれもともと中国のものだったとかなり奪われとなる
とにかく外国となるとこうして信頼関係などないのである、信頼関係は簡単に崩れるのである、だから必然的にグロ−バリゼーションは限界にきて世界は自国優先となった
まず食料がなくなれば他国に輸出などしない、すると過度に他国に頼ると日本がで自給していないから食料すら不足して飢饉にもなる

例えばコーヒーばかり作っている国は自国で食糧を自給することがなくなる
そしてアフリカなどではコーヒーの価格が安くなると影響が大きいのである
なぜなら自給できない、コーヒーという単一商品ばかりしかないとするとコーヒーが世界的変動で売れなくなると食べるものがないとなる、それで今では畑でいろいろな食料を作るようになった、日本もそういうことがあったのだ,アメリカはアメリカの食糧を売るために戦後パン食を普及したのである、コッペパンが学校の給食になっていた
他にもアメリカは自国の食糧を売るために強制的に日本人の食習慣を変えたのである
とういことは日本の文化を破壊したともなる、だから今麦が高くなり輸入できないとなるとき困ったことになる、それで米を食べればいいとなるが簡単に変えられないということにもなった

グロ−バリゼーションの問題はこうして日本独自の文化すら破壊したことなのである
日本は海の幸、山の幸の国でありそれが営々とつづいた文化なのである
それは風土にあったものでありそれで体さえ作られてきたから今になると長寿になったとなる、もちろん外国の物をすべて拒絶することではない、取捨選択することが大事だったのである、日本化することが必要だったのである、宗教だって仏教は鎌倉時代で日本化した宗教となったからである
文化というのはそもそも変えられないのである、地理と風土とか気候とかは変えられないからである、それを変えることは大きな弊害が生じて来る

最近世界で起きて来ることはコロナウィルスでもそうだし日本だと円安とかでも外国のものが馬鹿高くなり物価が上がるというのもそうである、それはグロ−バリゼーションが極端になりその反動が今起きている
だから食料などはもともと自給体制をとっておくべきだったのである
外国と信頼関係は築きにくい、何か事あると外国だと敵国ともなり攻めてくるからであるそれが中国をみればわかる、困った時は日本をもちあげていて豊かになると日本は小国なのだから従いとなるだけなのである
もちろん日本が困っても助けることはないのである
国と国の関係は常に信頼できるとはならない、いつ裏切られるかわからないのである
ロシアでも北方領土問題で援助したりすりよったりしたが裏切られたとなる
つまり実際はいつ日本を侵略してくるかわからない国だったのである

そして国際関係では隣国同士は仲が悪い敵対するのである、日本だと朝鮮半島であり
ドイツとフランスも争っていたしインドとパキスタンは核をもって敵対している
中国とインドでも国境を接して争っている、最近ではトルコとギリシャが険悪なものとなっている、つまり国同士は信頼関係がないのである、利害が衝突したりして信頼関係がないのである、だからグロ−バル経済とは信頼関係が成り立っていないのである
それで最近世界でコロナウィルスでもそうだし問題が続出している
グロ−バルに交わることはいいようでもそもそも信頼関係が築けないとしたら経済だってうまくいかないのである、人間と人間の関係は信頼関係があって成り立つからである
それでアメリカと日米同盟があってもいざ中国と戦争になったらアメリカは撤退するというときでもそうである、アメリカが日本のために血を流すことはしないとなる

武器くらいはウクライナのように送るが自らは戦わないとなる、そして武器でもうけるだけだとなる、結局国と国の関係はただ利害関係だけであり信頼できないのである
それは人間と人間の関係もただ金だけの関係であり利益だけの関係だと信用できないと信頼できないとかなる、何かあったら困っても助けない、ただ利害関係としてあるだけだからである、かえって苦しむ時戦争にもなれば武器が売れるとなりもうかるとまでなる
相手は多数死んでも高見の見物だともなる、ウクライナ戦争でもそうである
そこで武器を売ってもうければいいとかなる面があるからだ、日本はこの際ロシアに奪われた北方四島を取り返すべきだとなる、それはロシアに奪われたものだからである
つまりロシアに阿部前首相が友好的になり援助しても無駄だった騙されたとなったのである、つまり信頼関係が崩れたのである、それが国と国の関係であり信頼できないとなったのである

だからグロ−バル経済は限界にきてそれぞれの自国優先になる、貿易はあるとしてもこれまでのようなグロ−バル経済は終焉する、ブロック経済化してそこで信頼関係を築きその上に経済がありうる、そういう大きな変化の時代にきていてそこで産みの苦しみがある
グロ−バル経済自体が資本主義自体が崩壊する危機でもある
それは新しい時代には必要でありそこに産みの苦しみがあり今それが起きてさらに悪化するともなる

 ただし、うわべだけの付き合いの人々がどれほどたくさんいても意味が無い。調子のよい時は、どのような人々と付き合っていたとしても大きな不都合は無いが、大事なのは「危機」において頼りになるかどうかだ。

 これは個人的にもそうである、危機になったとき困った時助けてくれる人がいれば心強い、私が介護とか病気で苦しんだとき助ける人は一人もいなかった
ただ金を求めるだけであり金を奪おうとする人だけだったのである
それは国同士だとそういう関係が普通なのである、国が弱体化すると攻め入るチャンスだとなる、それは戦国時代と同じである、弱肉強食の世界である
マキャベリズムの世界である、そこでは相手が弱体化すると国であれ市であれ襲ってくるからである、国同士とかなる非情な世界になる
個々人でもそういうことがある、助け合うものとしての人間関係がない、事あらば弱体化すれば襲ってくる存在なのが人間である、それは隣人でもそうなのである
田舎などでも他人の不幸は蜜の味となる、田舎の人間が情があるなど今はない
かえって陰険であり他人の不幸を楽しみとしているのである
それは別に人間全般に言える、それが人間の正体なのである、だからこの世は地獄なのである、それはいつの世でも同じだった、だから親鸞の言うように地獄は一定の住処なりになる
そこで必ずこの世から戦争はなくならいし地獄が生れるのである

そしてグロ−バル経済ももともと共存共栄するということあっても信頼関係などないから崩壊する、それが今世界規模で起きている、アメリカのドル基軸通貨も危ういとかなにか世界全体がグロ−バル経済自体が崩壊しつつある、それが食料危機とかで具体的なものとなる、そもそも助け合うとかないのだから自国優先になる、麦が入らなくなるとあらゆることに影響する、パンだけではない麺類でも麦だからである
そうなると日本の食糧自体見直さないと食べることすらできなくなる、飢饉になるのである、そういう危機に直面しているのである

いづれにしろ今までのグロ−バリゼーションとか資本主義とかは終焉しつつある
今は次代のシステムを模索する混迷の時代になる、そこで産みの苦しみになる
アメリカの基軸通貨のドルとアメリカ一国支配も終わる、アメリカの一部のものに富が集中するシステムも終わる、そういう激動の時代に何が起きるかわらかいなのである
天変地異も起きて来る、それはこの辺で体験した、今回の地震は東日本大震災より強かった、だから恐怖だった、一身上でもそういう恐怖の連続だったのである
アメリカの覇権が終わる時そこに世界的激動が起きて来る、ウクライナ戦争でもわからなにしろ何かそういう兆候だともなる
それでアメリカ一辺倒の日本も危険だとなる、EUでも力が衰えてゆくときもそうである
一つではない、ドイツとかフランスは必ずしも一体化していない、イギリスとアメリカは一体だけどその他はそうでもない、だから世界がブロック化するのである

posted by 老鶯 at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2022年06月13日

雉、夏雲雀、ホトトギス、夏菊(庭の薔薇ー詩)


雉、夏雲雀、ホトトギス、夏菊(庭の薔薇)

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ソニーのα6000は古いとしてもきれいに映る
これは買い得だった、やはり映りが小さなデジカメとは違っているのである
あとはレンズの影響もある、私の場合自転車だと大きいカメラをもちにくいのが問題なのである



雉鳴くや日始まる夏野かな

ホトトギス朝鳴き一日始まりぬ

夏雲雀波音ひびき朝走る

大海に朝日まぶしく夏雲雀

夏菊の真昼明るし黄色かな

夏菊や流れひびきて走るかな

草深く老鶯鳴くや雨しとと


華やかに赤に緋色のバラの咲き黄色の蕾や我が庭に見る

一輪の薄紫の薔薇は散る我が庭にあわれしのびけるかな

毎日朝は海の方に自転車で走る、すると必ず雲雀が盛んに声の限りにさえづっている
海にに浪がよせてひびき朝の太陽がぶしい
これが浜通りの日常的風景である、海と切り離せずあるからだ
田舎だと雲雀がさえづり雉がなきホトトギスが鳴き一日が始まる、
サイレンも鳴るがそれよりこうした自然の生き物とともに朝を始めるのがいい
都会だったらこういうことはない、時計と車の騒音とか様々な人工的音からはじまる

要するにだから最初からそういう場所で人間は疲れるのである
最初から何かエネルギーが消耗するのである
題目とか念仏を唱えて始まる人もいるがそれもまた異常なのである
人間の感覚がおかしくなっているのが現代なのである
ただ山伏のように山に向かったほら貝でも吹くのはやはり自然と一体化することである
だから山岳宗教である天台宗などに惹かれるのである
都会から生まれた宗教はカルトであり自然とは切り離された異様なものとなっている

庭の薔薇は白と赤と薄紫の薔薇が一輪咲いた、華やかに赤とだいだいの薔薇が映える
そして薄紫の薔薇は一輪のみでありはかなく散った
そして今黄色の薔薇の蕾を見ている、薔薇は私の庭の土にあっているのか結構咲く
薔薇がいいのは色が多彩であり種類が多いことなのである
四季薔薇もあり四季を通じて楽しめるのもいい、狭い庭だから限度はある
ただ自分の庭に咲いている花でも薔薇でもそれはまたペットを飼っていて人間の情が移るようにもなる、植物にでもそうである、庭に咲く花は外の花とは違うのである

庭でも手入れしないと荒れる、剪定も必ず必要なのである、だから広い庭でいろいろ植えていたら植木屋に手入れを頼むことになるのでめんどうである
それで江戸では武家屋敷があり必ず植木屋があった、庭を手いれる松などを選定する職人がいたのである、松は必ず剪定が必要だからである

今頃の花としては桐の花があったがすでに散った、この花を神秘的である
何か紫色であり一輪だけ咲いた薔薇ともにていた、これもはかなく散ったからだ
源氏物語の夕顔とも似ていた、桐の花も薄紫でありこの花も神秘的である
何か自分の性格にあった花でもある、花にはいろいろある、それも余りにも多様なのである



庭の薔薇の花

赤色のだいだいの薔薇
狭い庭を飾る夏の日
先に一輪薄紫の薔薇は散る
白い薔薇も咲き散る
そして今黄色の薔薇一輪の芽が
ふくらんできている
それが何とも言えぬ
それぞれの色に咲き
個性的だからこそ映える
同じ色の薔薇はない
それぞれの色を尽くして咲く
狭い庭を彩りそこに幸福がある
狭き庭は美しい薔薇に充たされる
色とりどりの薔薇に充たされる
それぞれの色に咲き充たされる



人間でもこうなればいいのである、みんな同じ色であってはならない、そこで充たされることはない、それぞれの個性がありそれが集まるとき美しい神の園ともなるのである
だから組織集団には美はない、ただ同じ色でありスーツを着て制服を着て一色の色しかないのである、そこで心は充たされることはないのである

2022年06月12日

還暦までニートの人ー人生を語れない 〈二三ページしか自分の人生を書けないーこの世の価値は常に変化する)


還暦までニートの人ー人生を語れない

〈二三ページしか自分の人生を書けないーこの世の価値は常に変化する)

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職歴なし還暦ニートの俺、失ったものの大きさに涙が止まらないwww
https://www.youtube.com/watch?v=ydepfkmpVWA&ab_channel=%E3%82%86%E3%81%A3%E3%81%8F%E3
%82%8A%E7%AC%91%E3%81%88%E3%82%8B%E8%A9%B1

●経験しないと同情もできないし相手のことを理解できない

このyoutubeはこういう人が現実にいると見た、架空ではない、何か架空なものもある
それを漫画にしている、でも人間にはなんらかの真実があるときわかる
その真実とは自分の経験からその真実を察するのである
遠洋漁業で冷凍庫で働くことはその中が零下20度となるから辛いというとき自分もそういう経験したから理解できる、それはもう病気になる過酷な場所なのである
でも経験しなければわからないのである、そもそも零下20度でもそれがどういうことか
経験しないかぎりわからないのである
だから人間は経験しない限りあらゆることが理解できないのである
そういうことを伝えられても実感できないのである

その74才の女性は夫を脳梗塞で10年以上介護しましたとか言う時その苦労をどうして理解できるのか、その症状もかなり重かったみたいだからである
それを自分がある程度理解したのは自分自身が親を介護した経験があるからである
例えば認知症でもそうである、この認知症を理解することは至難である
身近に直接に接して介護してみないとわからないのである
それで自分自身がその体験を書いたのである、認知症のことがどういう病気が自ら苦しんで介護したから理解できるとなる
学校とか本ばかり読んでいても本当にわかるということは体験しないとわからないことが多すぎるのである、一回も外国に行かない人が本読んで外国を語っても変なことになる
それで50歳以後バックパッカーで世界を回ったからそれで外国に多少通じるようになったのである、つまり外国についていくら本を読んでも他人から聞いても一回外国の土地を踏んだ者の方が外国を知っているとなるのである

そして奇妙だけどニートとを生きて何も残らなかった、60までニートで語るものがないとこのyoutubeで言っている、このことはどこまで本当のものかわからない、でも自分自身がニートだったから変なのだけど理解して同感するのである
つまりニートを経験しないものはニートとは何なのとかわからないのである
社会で会社でばりばり仕事しているような人はわからないのである
この人は2チャンネルをしていた、パソコン通信でしていた、それがわくわくした経験だと言っていた、私もパソコンではなく通信機つきのワープロでしていた、だからあれは新しい経験としてあったことをふりかえる、文章だけで対話することは今までありえなかったからである、それは新しい経験だったのである

●時代が変わると価値観もがらりと変わる

だからその創設者のひろゆきとかに私は団塊の世代だけで親近感を覚えているのである
何か40代くらいの働かなくていいとかベーシックインカムだとかそういうことに同調するのである、自分自身が働くことがなかったから同調するのである
だからなぜ今になってそういうことを平気で言うのか不思議になる
団塊の世代はみんな企業戦士となって高度成長時代を猛烈に働いたからである
私はだから例外的存在であった、でもその後ニートとかひきこもりと非正規労働者とか
団塊の世代とは違った働き方が人達が社会で大きな割合をしめるようになった
それで働かなくていいとか堂々と主張するようになったのである

でも40年間くらいニートであってその人生で語ることが二三ページとかはありえないと思う、いくら社会とかかわらなくても相当な自由時間があるのだから何かをしていたとなるからだ、ただこの人はテレビくらいしか見ていなかったみたいだ
ただ人生を語る時別にニートだけではない、カルト教団に入ったような人でも人生を語るとしたらただ組織の一員としてロボットのようなっているから自ら何も語るものはないだろう、ナチス党員と同じだからである、そういう一生がみんな同じ制服を着て同じ色になっているだけだからである

庭に赤い薔薇白い薔薇が咲いた、そして黄色の薔薇が咲きだそうとしている、その時何かぼのぼのとしたものを感じた、それは違った色だからである、会社員でも何か他の人とは違った経験をして語るものがある、自ら社畜だというとき何か語ることがあるのかとなるに〜とひきこもりより語るものはあるとはなる
自分自身は自由時間を旅に費やした、だから旅のことを旅で見聞したことを語れる、それを膨大な詩にする作業をまとめとしている
また本を読んだりして蓄積したことをプログで書いている
奇妙なのは郷土史としてプログを書き始めたがそれが自転車で相馬藩内とか回っていた
それが意外と役に立っている、なぜなら自分の住んでいる場所する故郷すら地理がわからないからである、未だに知らない場所があり地理の発見があった
神社などでもそうである、何のいわれがあるのかわからなかったがわかるようになった
それで地名でも新しく発見して古代史でも理解が深まった
ただそれはただ自転車にのって遊んでいるだけでもあった
だから他者から見ていればあの人は何しているのだろうとなっていた
ただのごくつぶしに過ぎない社会にとって無用なものだと見られるだけだとなる
でも今になるとプログで故郷のことなどいろいろ書いているから役に立っているのである

●組織団体の価値は消失してゆく―金で計れない価値

そしてこれ意外と会社人間とカルト教団でもそこで会社員なら自ら社畜というように自ら何か語るものがない、だから退職すると用なしとなる
そして老後が長いから困ることになるのである
とにかくわからなのは人生の成果とは何かということである、また個々人の価値とは何かである、まずカルト教団だったらあくまで組織団体の価値であり個々人の価値はゼロである、それでその価値が認められるのは社会で権力を得て地位を得ることである
要するに共産主義革命が成功して社会で権力を握るとき価値はあるものとなる
それがなければその人たちは報えられないとなる、宗教でも内面とか精神的価値を求めていないからである、その一生は組織団体の奴隷とか家畜となって終わったとまでなる
なぜならそうした組織団体はこの世から消失してゆくからである

ただそもそも人間の価値は多様でありわかりにくいのである、それで生前整理となるとつまらないものでも思い出の品となりその人にとって価値あるものでも他者からみれば何の価値も見いだせない、だから捨てろとなる、それは金にならなくても人生の思い出でありその人にとっては価値あるものなのである、かけがえいのない価値があるともなる
とにかく金にならないものは価値を認めないのが社会である

でも人間の価値は何なのか?

この人は百億円残したから最大の価値があるとなるのか、他者はただその金が欲しいだけでありその人自体の価値等みていないのである

はたして全部金で人間の価値を計れるのだろうか?

それは死んだ時わかる、死んだ時点で人間の価値は明確化されることがある
私にとっては二人の母親がいてそれが大きな価値となっている
それは二人は家を支えて自分を自由に生かしてくれたということで自分にとっては
最大の価値がある、だから供養しているとなる、でも親でも全く絶縁している人もいる
近くにいい暮らししていても親が困窮していても挨拶もしない人がいる
その事情はわからないにしてももはや親子でもなんでもないのである

●金で計れない価値

価値と言う時、生前整理のように金で計れないもの思い出が大きな価値となる
でもそれは他者にとって別に何の価値もないともなる
ただ人間は価値を認めてもらいたいのである、庭作りでも壁ぬりでも大工でも何でもできる人は才能あることは認める、でもしつこく俺はこれを作ったと自慢する、それは俺は特別大工でも庭師としても優秀だと認めてもらいたい、他の者とは違うのだと認めてもらいたい、それで金を高くとっても当然だと主張しているのである
そして異常に自分の価値を高くしている、これも問題だがやはり優秀な人はそれだけ特別な価値をみとめてもらいたいとなる

ともかく人間の価値はあまりにも多様なのである、その人は何の取り柄もないようである梅をつけるのがうまいとかあったし他にも畑で野菜を作りしてあった
人間はなにかかにか取り柄がある、するとそこに価値があるとなる
ただその価値が認められないことがある、金にもならないことがある
するとその価値は無価値とされ無用のものともされるのである
そして時代が変わると価値観ががらりとかわる、戦争の時戦争一色であり軍人が威張っていて軍人が一番価値あるものだった、それはウクライナ戦争でも起きる、そこで命をかけて戦うのだから軍人の価値が一番高くなる、でも平和の時は軍人は価値がない、不気味なものななのである、だから価値が低いのが普通なのである
自衛隊だったら災害の時役に立つとかなっていて価値を認められない、でも戦争になったら戦争中のように価値が大きくなり社会で威張るということになる

それで最近働かなくてもいいとか40代くらいの人が言うのは価値観が変わったからである豊かになったことであえてがむしゃらに働くことがいいものとして認められない、ある程度の生活ができれば趣味に没頭する人生でもいいとかなる
金をとるためにがむしゃらに働くことはかえって嫌われるとまでなる
この世の中金があるだけものが何でも優遇されるというのはおかしいのである
金で計れない価値が確実にありそれが大事だともなる、そうなるのはやはりそれなりにみんなが平均的な暮らしができるときである、それでベーシックインカムが求めるようになったのである

金持だけが優遇される社会には問題がある、ホテルにしてもホスピタルが語源であり病院でもあった、旅で疲れたものを癒す場所だったからである
そこにホテルの価値があったが今や金持ちを優遇する場所にもなった
またインパウンドとかなるとこれも円安で金持ちの外国人だけを優遇して貧乏人の日本人は相手にしないとなるのもおかしいのである
ただそれは日本人が外国で景気のいいときそうしていたのだからカルマだったとなる
カルマは常にめぐってくるのである

●至高の価値が神にしか与えられない

そもそも人間の価値とは何か?

これは余りにも多様なのである、ある人にとって無価値なものも価値があるある人にとって価値があると思っても無価値だともなる、金ですべては価値は計れないからである
本当の価値は神が与えるとまでなる

神は心を見ているとか、心の清い者は神を見るだろう

これはなんのことなのか?これはこの世でどんな人であれ金持ちであれ地位があっても
そういう外見を見ないのである、神が見ているのは心だとなる
でもそんな心を見れるのかともなる、でも神には見えるのである
心が清いということはどういうことなのか?金持ちであれ貧乏人であれ地位があり才能があるとしても神が見ているのはその心だとなる
その心を見て神は永遠の命を与える、それが至高の価値であり人間には与えられない
神しか与えられないのである、様々な人間の価値を否定するわけではない、ただ至高の価値は神が与えるし神しか与えられないのである
要するにこの世の価値も常に変化して無常なのである
戦前なら国が最高の価値だったのである、それで国のために3百万人も死んだのである
でも戦後は全くそうはならない、だから国のために死んだ人は何の価値があったのかとまでなる、つまり価値観がまるで変ってしまったのである

何が価値とするのかこの世では常に変わっている、無常なのである
だからこそ不変の価値とは何かとなり求道することになる
そして意外と注目していないのが神が心をみるというとき動機が大事なのである
一体どういう動機で命をかけた戦争したのかとかどうして会社であれ何であれ仕事しているのかとなる、その動機は一体何なのかとなりその心をみるとなる
ただ金が欲しい金のためだとなるときその価値はないがしにされる、その時決して神はその人を評価しないのである、不純な動機ですることが問題なのである

カルト教団などは動機が不純なのである、何か知らないか金儲けになるとかいい女がいるのかとかそんな動機で宗教を求めている、それだから何百万の票を獲得することになる
その心を見ることなど全くない、ただ数が集まればいいだけなのである
それが権力になるからである、後は心とか動機など一切関係ないのである
本来の宗教など平気で踏みにじる場所なのである

結局引きこもりで60才まで過ごしてふりかえり泣いていたというのはリアルである
でも引きこもりだけではない、みんな老人になるとふりかえり過去がもどらないことに泣いている、ビートルズの曲を聞いて泣いていた人がいたのもわかる
もう青春も帰ってこない、人生も終わりだとして泣いてるのである
結局この世は一時の場所であり、さよならだけが人生として終わる、無常の世界である
liveはlieveであり去る場所であり永遠にいる場所ではない
束の間の夢だったとなる、本当の世界は神が治める神の国でありえるのである
それが希望なのである、この世に理想とかは実現しない、最後はハルマゲドンなのか何かなのかこの世は消滅する、また神によって滅ぼされる世界なのである

●老人になって明らかにされる人生の価値

明らかなことは最後に老人になってそれぞれの人生の価値が明らかにされる、それはささいなことまで明らかにされる
勉強したこと経験したことがまた罪でも明らかにされる、それで勉強しなかった人は後悔しているというのもわかる
老人になるととにかく後悔しない人はいない、こうすれば良かったとかなんなことして失敗したとか馬鹿だったとか後悔する
何が価値あることだったのか見えるからである、でもその時すでに時遅しとなっているのだ
求道することは老人では無理だというときこれは相当に深刻である、そんなこと重大に思っている人はいないからだ
私自身も思っていなかったけど父親が早く死んでなぜ人間は死ぬのかということが頭から離れなかったからだ
ただカルト教団に入ったとしても自分はそこを追求していたのである、でもそこはそんなこと全く関係ない場所だったのである
ともかく若き時神を知れということは重大なことだった、なぜなら青春など若い時などあっという間に過ぎる
そしてそのチャンスは二度と戻ってこないのである、それは女性が婚期を逃すと似ている
三十すぎたらおばさんとか言われるようになるからである
だからこそ婚期をうるさく言うのである、でも求道しろなどと言う人はいないのである

そして放蕩するとか青春が若い時がいつまでもつづくと思っているのである
でもみんな老人になる、それでも老いることがすべて悪いものかというとそうでもない
老いることは本当に賢者になれるさとでもある、もう愚かなことはしないともなる
悟ったような顔をしているのが老人だともなる、その差も大きいが老人になると誰しも人生はこうだったのかとかどんな人でも思い知らされるからである、でもその時はすでに時遅しとなっているのである

人生は一回しかない、チャンスも一回しかないとかなる、一回のチャンスを逃すともうチャンスが与えられないとなる
何度チャンスがあることなどないのである、それだけ人生は短いものだったのである
だから求道は老人になってから遅いとなる、一番盛んな若い時にするもなのである
それが人生の大きな盲点だったことを老人になり思いしらされるのである
なぜなら時間を元に戻すことができないからである、若い時に20代で方向が決まってしまうからである
それで現実に20代で引きこもりになった人は還暦までそうであり後戻りできなくなったとなる
それは自分のことでもあったが自分のしたこと旅でも勉強でも老人になって実っている
だから自分の引きこもり人生は無駄ではなかったと自分で自覚するようになったのである

2022年06月11日

今回の地震で被害が多かった石の倉のこと


今回の地震で被害が多かった石の倉のこと(蔵の物語)

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相馬市の大きな蔵の倉庫

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木の蔵と石の倉が並んでいる
木の蔵が古く石の蔵が新しいとなる
木の蔵は写真映りが悪くどういう状態だったかわからなくなっている
風邪が落ちたのか・ちょっとわからなくなっている


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ここは小高の城の近くである




石倉町

戦国時代頃からある地名である。江戸時代に入ると「内藤分」という地名になった。内藤分村ははじめ総社藩領、寛永10年に高崎藩領、元禄8年からは前橋藩領だった。

文字通り石積みの蔵である“石の蔵”には、 大谷石とともに歩んできた秘められた歴史があります。

大谷石は宇都宮市西部に位置する大谷町付近で産出される緑色凝灰岩のことです。すでに古墳時代の石室などにその利用が見られ、近世に入ると宇都宮城の改修に大量の大谷石が使われるなど、大谷石は古来よりこの地の人々の生活とともにありました。

大谷石の名声を決定的にしたのは、大正元年(1912年)に完成した巨匠、フランク・ロイド・ライトの設計による旧帝国ホテルでした。この名建築は関東大震災にも大きな被害を受けず、優れた耐火性が実証されました。

こうしたことから大谷石は蔵の建材としても使われることとなり、宇都宮の町並みには、大小さまざまな大谷石の蔵がとけ込んでいます。

そうした蔵のひとつとして、この東塙田の蔵はありました。65年ほど前に建てられたこの蔵は、砂糖や小麦粉などの食品原材料の業務用倉庫として長い月日にわたり、その役割を担ってきました。しかし、その後、倉庫が郊外に新設され、役目を終えた蔵はひっそりと休息の時を刻んでいました。


谷石の構造物が広く普及するのは、江戸時代になってからであり、最も多く用いられたのは蔵である。宇都宮市周辺地域における蔵の変遷は、大雑把にいえば板蔵から大谷石蔵である。板倉は太い木材を柱や梁として用い、柱と柱との間の壁は板材を用い、屋根は茅葺ないしは板葺きである。ところが板倉は、すこぶる火災に弱い。そこで、宇都宮市近辺では、防火性の高い大谷石蔵が建てられるようになったのである。

明治期になると大谷石の運搬が発展し、それとともに大谷石の利用目的が広がり、利用範囲も飛躍に拡大した。まず、明治初期に馬車が使われるようになり、従来、大谷石運搬の主役だった馬の背に比べ運搬力が約15倍にも高まった。それまでは厚さ3寸(約9cm)の石が基準であったものが、厚さ5寸(約15cm)のものでも一度に約30本が運搬できるようになった

。大谷石の防火性、および保温・保湿性が改めて高く認識されたからに他ならない。栃木県内に限って言えば、農家の米蔵のみならず、大正期以降は肥料倉庫や米蔵を始め各種倉庫が建造された。それとともに耐震性が求められ、側壁に控え壁(バットレス)を配したものや昭和20年代以降はコンクリート柱枠を支えにした倉庫が作られるようになった。中でも各地の鉄道の駅近くには、こうした大谷石倉庫群が目立つ。大谷石倉庫建築が最盛期に達した時期でもある。



今回のこの辺の大地震で目についたのが石の倉だった、こんなに石の倉があったのかと見た、注目していなかった、石の素材は古代から作られていた、古墳の石室などがあったからだ、石の倉も江戸時代前からもあった、江戸時代からあっても土蔵とか板倉が多かった石の倉が普及したのは明治以降である、それは防火のためである、石の倉だったら火には強いからである

でも石の倉は地震に弱かった、たいがい一部が壊れた、全部が壊れたということはなく石がずれたとかである、それで石の倉が意外と多かったことに気づいたのである
知っている農家だった家でも石の倉があり壊れた、石の倉は米等の保存に使われた

農家では、湿度が管理できる大型の貯蔵庫を用いて、低温(15度)または冷蔵(5度)でお米を保管しています。

何らかこういう役割が石の倉にあった、土蔵の倉より石の倉が効果があったから石の倉が普及した

ここはただの土蔵ではない。文庫蔵と呼ばれるものだろう。一階正面には天袋つきの押入二階にもきちんと押入がある。土台は石積み、二階の小屋組は和小屋とやらで、京間で桁行二間半、梁間は二間、柱は檜で梁は松。窓に嵌まった鉄格子は文化文政の頃のもの。扉は黒い漆喰で塗り固めて縦二メートル、横は七十センチ、その厚さは三十センチだ。壁も同じ厚みがあって、土壁の下地は普通は竹だが、太い木で組まれて棕櫚縄でしばって、その上から何層も漆喰を重ねて塗ってある。その上、屋根は置屋根じゃなく、土居塗りの上に直接瓦葺きをして、大棟ののし瓦は九段積み、鬼瓦は屋号の入った尾州産

ある蔵の物語

これだけこった作りになると見物であり文化財にもなる、竹というとき私の家は土壁でありそれ以後職人がいなくなった、最後の土壁として残った、中味は竹を組んで土壁にするすると竹で組んでいるから地震には強かったのかともみる
ただ現代の家の方が耐震設計で地震には強いのである
家というときこうして物理的とか構造物とかその材料とかが問題になる、建築の歴史をみればヨ−ロッパは石の文化でありあとは煉瓦である、だから石の城であり石の建築物が基本としてある、第一大聖堂にしても石だからである、あれだけの石の大聖堂になると圧巻になる、その石の聖堂を作る人達が結社となりフリーメーソンとかなったという歴史がある、それだけ石工は特異な技術集団であり力をもっていたのである

蔵とつく名前

これだけ蔵とつく名前が多いことは蔵は生活に欠かせないものとしてあった
喜多方市は蔵の市で知られている、会津は武家の街だったが喜多方は会津の北ということで喜多方になり商人の町として繁栄した、そして蔵が多いのは豊かになったとき競って蔵を建てたからである、だから蔵の街なのである
倉敷とかなるとまさに蔵だらけであり蔵の間の道を行くことになる、そこも商売で栄えたからである、大原美術館などもその栄があって建てられた

ともかく今回の地震ではこの石の倉が一部壊れてこんなに石の倉があったのかと気づいたそして石の倉は地震に弱かったということに気づいた、でもこれだけ地震がある国なのだから石の倉が多かったということはなぜなのだろうともなる
防火性があったとしても地震には弱かった、でも石の倉でも全体が壊れてはいない、一部なのである、だから修復できるのである、家自体も全壊したのはわずかである
地震より火事にそなえるために石の倉にしたのかとなる
今では蔵は喫茶店になったりしている、石の倉でもそうである、そこに何か重厚なものを感じる、黒々とした梁があり喜多方市でそこに入って外に積まれた雪を見ていたのが印象的だったのである、雪国の蔵はまた違ったものとなる

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会津の雪の詩


posted by 老鶯 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

家から考える理系と文系 (文系的なものも家に深くかかわる―土着的なものの必要性)


家から考える理系と文系

(文系的なものも家に深くかかわる―土着的なものの必要性)

家は物理的存在でもある、物としてもある、だから私の家は前に店をしていてそこが広いのである、柱もなく広い、それで危険だと指摘された、それで怖いと思ったのはその上に自分が寝ているからである
だから今回の地震は本当に怖かった、ゆれが激しく身動きもできなかった
崩れるのかと思ったから怖かった、構造をみれば地震に弱いことがわかった
柱がなく壁もなくそこはただ広い空間になっている、それで支柱もないので危険である
そして50年とかすぎて古くなり痛んでいることもある
それで一部の壁がくずれ中にシロアリがいたのである、これもショックだった
床下を一時シロアリ駆除してもらった、それも結構な金がかかった
何か家は金がかかる代物なのである、増築したりもするし金がかかる
近くで新しい家でも壊したのはなぜか、やはり住んでいる内に子供などができたりして
新しく建て直したともみる、家は確実に家族でも子供が成長したりして変化して家も変えざるをえないのである

そして家というのは確かに物でありでもそれは構造物として物理的なものとしてみる
だから地震で耐震設計するときは物理的に揺れに強い強度をもつらようにする
でもまた湿気により家が地震に弱くなるというのも意外である
それは化学的作用だとなる、つまり耐震設計は構造物として物理であり湿気とかは科学なのである
そして家はそれでけではない、文系にかかわるものがまたある
それは家の物語を語る時それが歴史なのである、そこに家族の生活があり継続された生活がありそれは歴史になる、歴史となると何か大きなもの国の歴史とかみるが実際は家自体一番わかりやすい歴史なのである
それぞれの家に必ずその家の歴史がある、そこで生活した物語があるからだ
そして故郷というときその家は深く郷土と結びついているのである

それで現代は何でもチェーン店として商売を展開するが何か生前整理はそうした全国的なものになじまないと思った、なぜなら生前整理するにはその家族のことをある程度知らないとできないと思った、遺品を整理するにしてもつまらないものでも人生の思い出がそこにあり簡単に捨てられないからである
ところが地元の人でも簡単に邪魔だ価値ないとして捨てようとする
その人にとってはそれはゴミにすぎないのである、ここに大きな問題があった
もし宝石類とかであれば金になるとして投げたりしない、その整理をまかされた人もこれは金になるとして捨てないだろう、でも粗末なバッグとかあったらこんなもの捨てろとなる、でも私の姉は従軍看護婦で戦友だった女性が手作りした粗末な布のバッグを大事にしていたのである、それは戦地で生死を共にしたからこそであった

また自分の家の歴史を語ったがやはりそれぞれの家に思い入れが生まれる、だから原発事故でも老人は愛着があるから残ったのである
家とか土地に愛着ができていたからそうなる、そして人間が生きる時、貴重なのは時間なのである、誰とともにして生きるかということは誰とともに空間と時間を共有するかとなり故郷がそういう場所だから老人になると他所に移りにくいのである
本当に時間は消失する、空間は死んでも億年でも残る、でもそこに人間が生きる時間は短い、終わってみればあっという間だともなるからである
それで熟年離婚というのは損だとみる、なぜならもう新しく共に生きるという時間がないからである、時間はとりもどせないからである

ともかく家というのは物としてある、物理的化学的存在としてもある、でも物と心は一体となる、色心不二である、色は物であるでも人間の場合は物と心は一体化するのである
それが東洋的思想だともなる、この物を探求するのが理系であり科学者である
でも物と心を一体化するのが文系だともなる、だから確かに家は物として見れる、でもそこで家族が生活して歳月を重ねる、そのうちに家という物は構造物は心と一体化するのである
現代文明はあるゆるものが物化して心と分離しているのである、大都会のビルを見てもそれはもう人間の心とは何の関係もない、人間の心と一体化できないのである

たとえばフィレンツのアテネの学堂とかの絵でもそれは人間の精神と一体化したものなのである、大聖堂でもそうである、そこには精神性があり荘厳な森をかたどったものでありそこに深い祈りの場ともなったのである
現代ではそうした心が精神性が喪失しているのである、物と心は一体化しない分離してしまったのである、つまり理系的なもの科学的ものがおおってしまい心はないがしろにされた、それはあらゆる場所でそうなのである
もう人間は心のこもらない物に建築物に囲まれて病院でもそこで機械に囲まれて遂にロボットにでも看てもらうとまでなる、患者は番号で呼ばれてもうナチスのようにガス室にでも送られるという無機質な空間なのである、それで病院に入院して恐怖になったのである
私が家にこだわるのはそこが人間的な空間なのである、そこには物としてだけあるのではない、家族の生活がありそこでまた家族は生きているのである、祖先が家にはまだ存在しつづけるのである、例えば空家になり廃墟のようになってもそこには何か幽霊になっても家が離れないとも感じる、でも壊されてしまえば何も感じなくなるのである
家にはだから死んでも家に死者は生き続けてるとかなる
借りる部屋にしてもそこで自殺したりした人がいるとそこにその人が怨霊のようにすみつくなり怖いのである、家に霊がとりつくともなるのである

そして大きな問題は家はそもそも土着的な存在である、土地をもつことは土着的になる
これは借りている家だと相当に感覚的に違う、一時的にいる場所だとなるからだ
でも土地をもって家を持つと土着したことになる、その土地と結びつくのである
それで人間の仕事が土着的であるべきというとき果たして現代のようにあるゆるものが広域化してグロ−バル化することはこれも物と心の分離になる
第一地球の裏側から食料が入ってきてもそこで生産する人たちのことなど考えないだろうただ物にも作った人の心が入っているとしてそれを感じない、ただ値段だけ見ているだけである、物と心は完全に分離しているのである、そこでマルクスは人間疎外を言ったのである
だから何でもチェーン店化しているのがいいと思えないのである、ただそれも車社会とかなってそうなったともなるかもしれない、コンビニがそうだからである
それはもう土着的なものではない地元とは分離しているのである
なぜなら別に地元の人が買わなくても成り立つ商売だからである
でもそこには本当にコンビニでありコンビニーエントなものであり土着的なものはないのである、商売にはそういうことがあるにしても極端だとなる
物がない時代を物を求めて来たが今になると心を精神的なものを求める
家(もの)と心はは一体化しているから家は単なる物と見れないのである
そして家は土着的なものがあり土地とも一体化することがある

そして意外とこの土着的な志向というのが大事である、原発事故でもそもそも土着的ではない、その土地の生態系とかなど無視して建てられる、その土地の風土とか無視して建てられる、その時自然がしっぺ返しがある、そのために地震があり津浪があったとなる
また知床の観光船の事故でも同じだったのである、そこで風とか潮流とか自然とその土地の風土を熟知していないと観光でもできないものだったのである
つまり土着的でないとできないものだった、でも土地の漁師が観光船を操作していない
外から来た人が操作していて事故になったのである、土着的なものとして仕事していなかったからである
だからなんでも全国展開するチェーン店でできるのかとなるとできない、確かに有利な
面があるにしても生前整理となるとその土地であれ家族であれ深くかかわるからただ整理だけすればいいとかならないからである
ただ経営的には土着的なものとしては不利になりできなくなった、でもそこに大きなものが欠けることになった、それは土着的なものではないと補いないものだったのである




天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

右は、聞かく「左大臣長屋王(ながやのおほきみ)の佐保の宅(いへ)に御在(いでま)せる肆宴(とよのあかり)の御製(おほみうた)なり」といへり。

奈良の山なる黒木もちということは土着的なことなのである、ただこの家は左大臣とかの家だからこそ立派だったともなる、おそらく庶民はこうではなかった、小屋のような家に住んでいたとなる、その後農民でもこのような家をもてるようになったのである

自分の家の歴史ー地震の後片付けで生前整理にもなった