2024年03月02日

歴史とは何かー聖書は神が人間にじかに関わった事実を記した ー記された人物も実在した


歴史とは何かー聖書は神が人間にじかに関わった事実を記した

ー記された人物も実在した

●地質時代から始まる歴史

歴史は何かというとき過去に何があったかを知ることである。だから地質学がありそれも時代によって地層が違っていたりなぜヒマラヤ山脈から貝の化石が発見されるとかそこに壮大な何億年何十億年の地質の変化の地球が形成されたドラマドラマがある。
つまり現在あるものは過去に遡らなければ今というのはわからないということである。地球自体が地形でも何億年とかなれば変化しているからである。さらに遡れば地球がどうしてできたのかは宇宙史にもなる。宇宙がどうして生まれたのか惑星がどうしてできたのかとなり壮大なものになる。

だから歴史というとき地質学がら始まっているのである。それでライン川がなぜできたのかというときアルプスが造山運動で押し上げられてできた。今度はドイツの陸地が分断されて地溝帯ができてそこにアルプスからの水が流れ込んでラインが生まれた。
そしてラインが境にしてヨーロッパは大陸は二つに分断されたとなる。ラテン系の民族は西側に住み東側はゲルマン人が住んだのである。だから歴史というとき地質学から始まらないとわからないのではある。

●聖書に記されたことは事実であり実在した人

ただ人間にしても歴史が始まったのは聖書に記されたものは歴史の始まりである。それはアダムから始まりそこから子孫が生まれてその家族の歴史を記したのは最初の歴史である。人間は誰しも親があって生まれてくるしその親にもまた親があってと連綿と続いてゆくのは人間だからである。動物には確かに親がいたとしてもその前の親とか先祖となると存在しない。動物はあくまでも種の保存は目的であり代々続く歴史というのは存在しないのである。

人間には歴史は存在する。聖書の前に歴史があったとしても神話伝説があったとしてもそれは歴史ではない。
聖書の特徴は何かというと事実だったということである。そもそもその事実を記したことが聖書なのである。なぜなら歴史というときそもそもはそれが事実なのかそんな人間が存在したのかそれすらわからなくなるからである。
だから聖書に出てくる人物は実在の人物でありそこに起きたことは事実である。それは神話とか小説とかとは違う。何か小説家ととかは確かに事実を元にしてもそれを脚色したりイメージしたものを勝手に作り出す。そこで事実でないことが事実のように見てしまうのである。

それで司馬遼太郎の問題は事実と想像したことが混同してわかりにくくなったことである。つまり小説は確かに事実をもとにしても作家によって脚色されたものであり本当のことはわからないのである。だから坂本竜馬にしてもいまだに何をしたのかもよくわかっていない。
なぜ暗殺されたのかもわからないのである。。するとさまざまにイメージして実際はなかったことも事実でないことも織り込む。
でもそれが事実であったようになったから問題だったのである。だから歴史を知るには何が事実であったのかまずそれを見るべきだとなる。そのそもそも歴史というとき勝手にイメージしたものをそれが事実だと思っているからである。

ところが聖書にしてもそれが架空のことに見る人もいる。モーゼが海を割ったのなどというのはありえないからそれは作り話だとされる。でも聖書というのはそこに起きたことを事実を伝えることを基本にしているのである。それが歴史の基本としてありその事実から過去を読み解くのである。

●歴史は架空のことではなく事実を記したもの

例えば地質学であり考古学でも何かものは発見されて具体的にあるものを調べてその当時の状態がどうであったか年代など作り地質学は発展したのである。それはものを中心にして現実にあるものはイメージしたものでもなく事実をそのまま記録したのである。
人間の場合は確かに何か物を残してその物から過去を見る。縄文時代だったら縄文土器を見て土偶などう見てその時代を見る。でも縄文時代にどういう人間が生きていたのかその名前すら残っていない。だから物を残しただけでわ調べただけでは人間の歴史があったとはならないのである。
つまり人間の歴史は親があり祖父母がありと連綿と続くものとして認識されることである。だから聖書になると必ずそこに生きていた現実の人間の名前が記されている。その名前に意味があって解き明かしているのである。その人たちは明らかに実在した人たちなのである。

だからアダムも存在したしアブラハムでも存在したのである。人間の最初はアダムであり人間の歴史というのはアダムから始まったのである。そのアダム実在した人間であり神話の人間とは違う。そして人間というのはそのアダムから始まったのでありそれがそれ以外の何か北京原人とかいろいろ言うけどもその人は人間ではなかった。猿人類とかであり人間にはなっていない。なぜアダムが食べてはならないという禁断の実を食べてエデンの園から追放されたのか?
それは善悪を知る者となり現在の人間になったからである。動物には善悪はない。例えば動物を他の動物を殺して食べるのもてもそれは生きるためでありでも悪もないのである。人間だけに善悪があるというのも人間の最大の特徴なのである。

また動物には歴史は無い。その親であれ祖父母であれそれは別にわからない。ただ一代限りであり種の保存があるだけなのである。つまりその種の特徴が遺伝されるだけである。ライオンはライオンとして遺伝されネズミはネズミとして遺伝されて続くだけである。そこに歴史は無いのである。
例えば植物にしても歴史はない。様々な無数の花はあるとしてそれも種の保存であり神のイディアがこの地上に具現化したものである。神の目的はそのイディアを示すことでありそこにも別に歴史はない。動物の種の保存と同じなのである。

●人間に起きた事実と実在した人間のヒストリーが歴史

歴史が事実を基にしているというとき日本の歴史でも皇国史観になっているがそれは天皇の歴史だったとなる。天皇家の歴史なのである。でも神武天皇とかは実在の人間ではない。神話化されたものであり神話と歴史は違っているのである。あくまでも事実を基にしたのが歴史なのである。実在の人物でないものは歴史にならないとなる。それでキリストにしてもそんな人はいなかったという人もいる。
でもそれは明らかに実在したことでありキリストが死んで蘇ったというのも500人くらいが現実に見たものであり事実である。。その他いろいろなことが起きたが奇跡も起きたがそれは事実であった。

なぜなら聖書というのは何かというと人間が神が人間に直接関わりそこに起きた奇跡でもそうでありそれを事実であったから記したことある。ただ想像して作ったものではないのである。だから事実というとき日本にある戸籍というのはそれは確かに事実を記したものなのである。それで死んだ私の母親の戸籍を辿っていったら二回も結婚していたのである。一人の人は知っていたが2回も結婚したことは聞いていなかったからである。でもそれは戸籍に記されていたから事実だったのである。だから親でも事実を伝えるわけではない、言いたくないことが必ずあるからである。

だから戸籍はその家族であれ事実であり実在したものであり歴史を知るにはその証拠ともなる。ただプライバシーがあり他人の戸籍を勝手に調べることはできない。でも歴史だと必ず事実でないことが事実のようにされることが普通である。そこで歴史が歪められててしまうのである。

とにかく歴史とは事実を基にしたものを知るべきなのだが想像したもの架空の話でも歴史となり混同されやすいのである。聖書の奇跡の話にしてもそんなことありえないとなり否定される。でも聖書は想像して作られたものではない。現実に起きたことであり現実に存在したことでありそのことしか記していない。人間どうして人間に神が直接関わったかも歴史である。そこに奇跡があっても事実なのである。

つまりそれは神というものは架空のものではなく人間が作ったものでもなく神自身が実在して人間に働きかけた歴史でありそれ記録されたのである。だからそんな奇跡がなかったとかいうことは現実にあったことを否定し神の存在を否定することにつながっているのである。そもそも聖書は神の実在を現実に神が現れたこと記したものでありそれを否定したら神は存在しないとなるからである。

ただ歴史といっても事実といっても無数の事実がありその歴史でも膨大なものになってしまう。ただ聖書の場合は人間にが生きた神が直接どうかかわったかを記したものでありそれはほかの歴史とは違っている。だから返って今になればそれは特殊なものだとなる。それぞれの家に歴史があり国も歴史があるがその歴史は膨大な事実の集積でありそこに神が関わったのなどは関係ないからである。だから今になると聖書の歴史というのは特殊なものに見えるのである。

●人間の歴史には終わりがある

ただ歴史というとき中国には歴史があり歴史を歴史を重んじる。青史に記されることが重要視されているからである。ところが不思議なのはインドには歴史がないのである。インドでは皇帝とかがいないからである。中国では代々の皇帝が記されている。日本でも天皇が存在して代々存在してそれが皇国史観となっているから日本には歴史があるとなる

歴史という時聖書は預言者が出てきて預言者の歴史であり未来を予言することがまだその特徴である。始まりがあり終わりがあるということも予言している。つまりこの世は終わりがありあるこの世は滅びるとしている。だからこの世は最後にハルマゲドンで滅びるとかとにかく終わりがあることは確かである。そしてそのこの世が終わった後に新しい天の国が神の力によって技によって作り出されるのである。

つまりこの世は終わりがあるということである。それはいつになるか分からないにしても確実に終わりが来る。そして人間の歴史は終わるのであるただそれで人間自体が終わるのではない。神の国で神の都で神に選ばれた者が永遠に生きるのである。それが神の約束であり契約でありそれは必ず守られるのである。だから聖書は約束の書であり神との契約の書でもある。それはあくまでも事実をもとにして神が現実に人間にかかわり人間に現れた記録だったからである。だから人間の歴史といってもそれも膨大なものでありそれも消えてしまうともなる。

中国何千年の歴史でもエジプトの歴史でも日本の歴史でもそれはいつかは終わりが来てその国自体も消失するということである。でもそれで人間が終わるわけではない。神の国で選ばれた人が永遠に生きるのである。
ただそうなると神の国では歴史は存在しなくなる。なぜなら歴史が家族の歴史だという時代々続くものでありそれがなくなれば歴史を消失してしまう。永遠に生きるとしたらそれは一代だけであり子孫というのもなくなるからである。つまりその時何らかで時間というのが消失するのかもしれない。人間はそこで老いることもないとしたらいつも若いとしたら時間を感じなくなるからである。

そして聖なるものとされた者のみが存在するともなる。その生命の書に記されていないものは皆消えてしまうともなる。歴史といってもそれは膨大なものでありそれを解き明かすことは不可能である。ただ聖書はそこに一貫したテーマがあり神が現実に人間にかかわり神の子でも現れることを予言していたしキリストは神の子として生まれてれることも予言されていたのである。

だから聖書は予言の書であり予言が確実に実現するということか聖書の特徴なのである。膨大な歴史があり事実がありそれがあったとしてもそこに一貫したテーマはないただ無数の事実は世界史にありそれをそれは何を意味しているのかもわからない。ただ人間の歴史を面白がって調べることもできる。それはただ人間の展覧会なのかともなる。聖書から見れば神から見れば罪の歴史でもあったとなる。
歴史がただ無数の事実の羅列だったら解き明かすことは不可能である。ただ聖書の場合は神が現実にいかに人間に関わったかということを記したのであり神の実在を示したのでありそれはほかの歴史書とは違っていたのである。


2024年03月01日

母親の戸籍をたどる(原発追加賠償から) 【前の夫の生まれは下谷区で台東区ーその歴史をたどる】


母親の戸籍をたどる(原発追加賠償から)

【前の夫の生まれは下谷区で台東区ーその歴史をたどる】

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東電の追加賠償金の書類を送るのにそのと戸籍が足りなかった。私の母親の前の夫の戸籍まで必要だったのである。それは郵送されないともらえない。ではその下谷区の戸籍が必要なのか?一度目の結婚が下谷区の人であり、それは上野がある浅草がある台東区だったのである。実際その夫が事故で死んだのは北区であった。そこには工場が多かったのかもしれない。それで工場で働いて事故で夫は死んだ。

ただなぜ私の母親がその人と結婚したのかよくわからない。上野と言えば東北人にとっては常磐線で東京に着く駅であり馴染みの場所でわであるある。だからその場所と関係して結婚したのかよくわからない。わかっていることは女中として働いていたのである。
そして二度目の夫と出会ったのが北区だった。その夫が働いていたのは北区である。ではなぜ下谷区の戸籍が必要なのか?それは台東区となり浅草が近い。そこは江戸時代から差別された部落の人が住んでいたとかあり明治になってから貧民窟であった。それから関東大震災がありかなりの被害があった。その近くに一葉記念館とかありその辺に長屋もあったとなる。
ただ一度目の結婚が北区ではなく下谷区であり二度目の結婚は北区になっている。とするとこれは何なのだろうか?
東京で二回結婚していたのかとなる。そのことは聞いていない。

そして昔の面影もなしというとき江戸時代にあったものが明治に変わってそうなりさらに大正になり関東大震災がありその昔の風景は喪失した。東京の街の変化もまた激しいものがあった。
私の母親は大正四年生まれであり関東大震災は1929年大正に起きた。原町市が実家であり十歳の時その関東大地震が起きた。それで私の母親はその揺れを経験しているのである。
その時前の夫の住んでいた下谷区今の台東区であるがそこの被害も大きかった。そこからそこに生まれ夫は北区に移り夫は工場で働いて事故で死んだとなる。
その時五歳の子供がいてその五歳が私の家の連れ子になった。その兄となった人も集団就職して40歳で交通事故で死んだのである。どうしてそうなったのか父親も事故で死にその子供をまた事故で死んだのである。

ともかく賠償金をもらうのに死んだ人は遺産相続となり面倒なのである。ただ戸籍からはこうしてその人の生いた地が判明する。それは江戸時代までも遡るのである。その戸籍を必要とするときその前の夫の戸籍が必要になったのである。それは郵送してもらわなければならない。だから何か面倒なのである。どうして郵送されるのかもわからない。南相馬市の区役所ではそれをしない。この戸籍は江戸時代まであるとしたらそこにその個人であれ家であれたどっていくとその先祖がわかる歴史のわかる。

それにしても前の夫が生まれた場所が貧民窟だったということは江戸時代は差別部落の人が住んでいて明治時代になってもそこは貧民の棲む貧民窟になっていたのである。夫が北区の工場に働いたということはそういう場所逃れて工場ができた結果そこで働くことができたということにもなる。何か一葉の小説にそうした貧民のことが小説にしたのはそういう場所だったからとなる。

下谷万年町は関東大震災で焼かれ、そこのバタヤ(屑拾)が大挙移住して、1960年当時の三河島丸六部落(荒川区)、本木のバタヤ部落(足立区)を形成したという。下谷万年町は戦災にもあい、芝新網とともに昔の面影はなくなっている
(秋山前掲書、p.103)。

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下谷区は多い
明治期初期の貧民分布

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私の母は東京で二回結婚していたのか?一回目は下谷区であり二回目は北区になる。戸籍ではそうなっている。このことは聞いていない。母の二回目の結婚相手から生まれたのが私の兄だっとなる。ただ下谷区の人は誰だったのか不明である。その人は北区の人であり同一人物ではない、その辺のことが聞いていないのでわからない。

1872年5月2日(明治5年3月25日)- 1896年(明治29年)
1886年〈明治19年〉2月20日 - 1912年(明治45年

2人とも樋口一葉は24歳で死ぬ石川啄木は27歳で死んだこの2人とも肺結核だったのである。また正岡子規上の2人に上野に住んで35歳で肺結核で死んだのである。そして私の母親の実家の墓には25歳で死んだ母の兄にあたる人のは埋まっている。この頃いかに結核で若くして死んだ人が多いかということである。結核は国民病とも言われ若い人が死ぬので悲惨だったのである。戦後でも肺結核になり半分肺を切除した人がいたから悲惨だった
母の実家にも肺結核になり25歳で死んだ人がいる。。
肺結核は伝染病だとわかり治療できるようになりワクチンもできたから死ぬことがなくなったのである。そこに医学の進歩があった。

とにかく私の母親がやせていたけど結核にもならず百歳まで生きたというのは不思議である。体力もないしひ弱な人人に見えたからである。何かなよなよした竹下夢二の絵に描かれた女性のように見える見えた。だからなぜ百歳まで生きたのか不思議である。ただ血管が丈夫でありそれが長生きした理由だと思う。血管が悪くなると脳卒中とかになるからである。何か百歳まで生きて老衰で苦しむこともなく死んだ。その人生もまた変遷したが苦しいものであったが自分自身でも楽に死にたいって常に言っていたがそのとうりになったのである。

いずれにしろ戸籍からは江戸時代までも遡れる。それは明らかに架空のものではないし現実の歴史になる。それで戸籍をたどっていくとそれがその人とか家の歴史を知ることになるのである。その人の一生の履歴が分かるのである。ただそれも原発事故の賠償金のために調べた結果そうなったのである。それで人が死ぬとその人のことについて家族でない限り不明になってゆく。

でも戸籍には確かにその履歴が出ていてその人の一生でもたどることはできるのである。ただその生まれた場所とか分かってもその人のことについて知ることはできない。前の夫については私は母親から聞いてないからである。だからその夫がどういう人であったか全然わからないのである。ただ人間死んで月日がたてば歴史化してゆく。それにしても母が死んでから8年過ぎたのも早いし東日本大震災原発事故からも12年すぎたのである。

戸籍からh意外なことがわかる

墓を見てもこうした履歴はわからない、名前しか記されていないからである。戸籍にはかなりそこからわかるものがある。そこに意外なことがわかる。私の母親が東京で二回も結婚していたのか?そのことは聞いていないからである。
posted by 天華 at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2024年02月29日

Japanese gerden and lakesaide with no man


Japanese gerden and lakesaide  with  no man


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lakesaide  with  no man in winter




一日潟湖の奥に
人は踏み入らず
枯葦の岸に
足跡はない
蟹が這いのぼり
水に沈んで消えしのみ
冬の太陽のみが
美しく輝き昇り沈む

In the depths of the lagoon for a day
No one steps in winter
on the dry reed banks
There are no footprints
Only crabs crawled up
Only to sink into the water and disappear
Only the winter sun
Rises and sets in beauty and splendour



2024年02月28日

明治天皇の短歌の鑑賞―隅田川に浜離宮は東京ではいい場所 【天皇は家の柱国の柱中心として必要だった】

明治天皇の短歌の鑑賞―隅田川に浜離宮は東京ではいい場所

【天皇は家の柱国の柱中心として必要だった】

●天皇は日本の心を受け継ぐ

神路山みねのまさかきこの秋は手づから折りてささげまつらむ

自ら榊を手折るというとき店で買ってささげるのとは違う、その山を想い自然にじかに触れることである。だから何でも金を出して買うという時人間はその物の貴重さがわからなくなる。スーパーに行って金さえ出せばなんでも買えるとなる。でもその物のはどうして作られたのかそれがわからない。それを分かっているのはそれを作った人なのである。

一つの果物でも梨であれりんごであれそれを育てて作っている人はまさに自然と直に触れている。その人こそその果実のありがたみを知るのである。また一つの果物でもそれを作るには一から始めするとうまいものは作れない。なぜならその土地に通じて十年くらい試しにでもやっていないと実験していないと作れないからである。だから農業の場合親の後を継いでするのが向いているのである。一から始めることは難しいものとなる。

目に見えぬ神のこころにかよふこそ人のこころもまことなりけれ

神は目に見えない。それはキリスト教でも同じである。そして神は人の心を見ていると言う時人の心が神には見えるのである。だからこの短歌は深いものがある。

●馬が活きていた時代の短歌

うちのりて雪の中道はしらせし手なれの駒も老いにけるかな
春風にいななく駒の声すなり花のした道たれかゆくらむ

この歌は馬が現実に生きて活用された時その馬が人間のようにもなる。長年この駒に乗ったがこ老いたな感じるとき人間のように見ていたのである。この時代はまだ馬が活きていた。馬が活用されていたのである。今は馬は見かけない。競馬場で見るくらいになってしまった。
でもこの辺では相馬野馬追はある馬を飼う人がかなりいて馬が身近にいる。ただそれも野馬追に出るためだけに飼っているから馬が活かされているとはならない、費用もかかるから馬を飼うのも大変なのである。

でもそういう土地柄だから馬に関心あるとなる。でも全体的には馬というものは何かわからなくなったのである。春風が吹いて馬の鳴く声が響いてくるとき馬も社会全体の中に自然の中に生きていたのである。
だからこそ時代時代に人はその感じることも違ってくるのである。今はもう馬のことを身近に感じない。ただ車だけが行き交う機械社会になっているからである。そのために馬と情を交わすということもなくそのために人間は情が育まれなくなったともなる。機械とかコンピューターには情が持てないことが問題なのである。相手が動物だと情は通じるからである。
ただいくら餌やっても外で勝っている猫はなれない、やはり相当に外でひどいめにあったからかもしれない。


●真木柱の歌ー家が老人には大事になる

まきばしらたちさかゆるも動きなき家の主【あるじ】のあればなりけり


まきばしらと言う時

かみかぜの伊勢の内外のみやばしら動かぬ國のしづめにぞたつ
神風のいせの宮居のみや柱たてあらためむ年はきにけり

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

この歌に通じるものがある。私の家を作ったのは姉と母であり特に姉は地元の木材で同級生の人がいて柱を立てたと何度も自慢していた。そしてここに私が住んで居られるのもそのおかげなのである.家の中心なる者がいて家も治まる。その家を拡大したのが国家になる。天皇は象徴でも神祇を司どるものとしての役割があった。ただ戦争がありその神が戦勝を祈るものともなった。神道が国家神道になった。それで昭和天皇は戦後戦いの神ではないとして平和の神として全国を回ったのである。

桑折代官所は天和三年(1631)に設けられ桑折藩時代の後に明治維新後に廃止されるまで宅200年間この地を治められた
桑折から北畠家顕家のの居城なりしと霊山を観て

【古へを忍ぶの山の時鳥、木かくれて啼く声を聞ゆや】

の歌を残した。桑折という姓は霊山の滅びた時この南相馬市に落ち伸びた一族である。桑折とは郡役所の郡のことであり郡山も古代の役所が置かれた場所である。南相馬市だと鹿島区では霊山が滅びて落ち伸びた武士の一群が多い、有名なのは多田野村を由来とする只野氏である。そもそも明治になって天皇は南朝を正統として受け継ぐものだったからである。ただ霊山には直接来ていない。遠くから見たということである。この歌はいい歌である。
何か天皇となると皇統を継ぐということで代々の思いがあるから違っている。ただそういう思いも平成天皇であれ令和天皇であれ受け継ぐのが難しくなっている。時代が変わりすぎたのである。

從二位伊達宗城の邸に立寄らせたまひてあくる年二月十三日に下し賜へる

花ぐはしさくらもあれどこのやどの代々のこゝろをわれはとひけり

これは家という建物ではなくその家の成り立ちとか家訓とかありその心を見たのである。代々の心とはまさに天皇にはあったとなる。明治になってからも伊達家はあったのか、侍はなくなっても上級侍は氏族になり俸禄が国から支給されていた。だから生活にこまることなく屋敷を持ちいい暮らしをしていた。
士族と平民に分かれたのだが下級武士には支給されず自力で生活するほかなかったのである。

ともかく年取ってくるとつくづく住む家が大事になる。家に居る時間が長くなるからである。そこが住みやすくないと老後は安住の地にはならない。それが自分にわ与えられていたのである。だから私は特別親に感謝しているのである。

しづかなる所えたりとうぐひすもみやまがくれの花になくらむ

こうした場所があるといいのである。

●家の中心となる者が必要―国家の中心が天皇

とにかく家というのは何か中心になるものがないと維持できない。それは私の家のことでいやというほど経験している。 2人の親がいたようになっていたが争っていた。それは嫁と舅の争いでもそうである。そこで中心となるものはいないと治められない。天皇というものも実はそれに似ている。日本という大家族の中心に天皇がいて国民は赤子となっていたからである。つまり天皇が親であり国民はその子供となっていたからである

江戸時代の徳川幕府でもなぜ長男を跡継ぎとして大事にしたのかそれは徳川家を維持するためにまとめるために中心となるものが必要でありそうしたのである。その跡継ぎとなるものは必ずしも優れた人は言えなくても跡継ぎにしたのである。そうでないと権力争いがあり家がまとまらないからである。そのために南北朝の争いは2人の天皇が生まれて争うことになったからだ。その争いは全国民に波及して隅々まで二つに分かれて日本は争い続けてきたのである。

だから天皇は一人でないと収まらないということである。その天皇は必ずしも優秀でなくてもいい。飾りであってもいいと思う。それは国民をまとめるために家をまとめるためにただの象徴でも必要だとなっていた。それはもしかしたら子供でも良いし極端になれば人形でもいいともなってしまう。それだけ家でも国でも一つにまとめることが容易でないからそうなったのである。だから戦後まさに象徴天皇となったのは飾りでもいいから国をまとめるものとして必要だからそうなったのである

明治天皇は偽者だという説もあるなそれも別に血統とかではなくまさに象徴として必要なのである
それにこだわることもないとなる。国をまとめるのに必要だから作られたのであり血統とかそういうものでもないのである。天皇の血統が果たして続いたかどうかなどわからないからであるだから象徴となれば人形ですらいいのかもしれないともなる。
日本の天皇は権力をもたない。だから外国の王様とは違う、天皇も中国から取り入れたとしてもそもそも中国の王の権力は絶大であり民衆を奴隷のようにもみていたからである。それで民にも権力争いでも熾烈になり恨まれたのである。日本の天皇はそうした絶大な権力を持つ王様とは違っている。江戸時代などは短歌の短冊を売って貧乏な暮らしをしていたのである。でも一応徳川幕府が天皇認めていて待遇はしていたのである。

ただ明治天皇というのは何か顔を見ても威厳がある。それは江戸時代から明治になった人たちは育った人たちは何か威厳があった侍であった人たちは違った人たちであった。
やはり人間も時代によって作られるのである。10年20年違っていても何か人間が変わってしまったといわれるからである。だから明治は偉大な時代であったのである。
でもその後は明治の後半でも何か侍というものはいなくなった。だから人間そのものが変わったというのは時代の影響でそうなっていたのである。今でも世代によって人間が違っているからである。それで時代によって顔つきまで違っているのかとなる。江戸時代の人と明治時代の人は相当に違ってしまった。顔つきまで違ったことは言える。でも明治時代はまだ侍は存在してその顔つきでもやはりその後の人とは違っていたのである。

●思わぬことが人生には起きる

思わざる事のおこりてよのなかは心やすむ時なかりけり

このことは自分自身でも痛感した。 2人の親がいるときはこういうことはなかった。 2人が死んでからは自然災害があり津波があり介護に追われ自分自身も病気になり家に来る人には責められ自分自身が病院に入院しては虐待されたり散々な目にあったのである。心休むときはなかった。ただそれも楽をした自分のカルマであったのである。人間は例えいくら恵まれていても必ずこうして苦しむようになっていたのである。つまりこの世に生きる限り思わざることが必ず起こるのである。

わがためにこころつくして老人が教へし事は今もわすれず

老人の言うことなどうざいとか聞きたくないとかなるかやはり老人が語ることは経験したことであり重みがある。必ず老人はその生きたことをそれぞれに生きたことを語る。その苦しかった頃などを必ず語るそれが教訓となるのである。そこに必ずこれから生きる人にも参考になることがある。老人というのは必ずそうして苦しかったことなどを語りそれがのちの人のためにもなるのである。ただ老人にもいろいろあるから全ての人が語ることにはならないのである

●浜殿ー浜離宮の歌

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江戸城から皇居からそんなに遠くないのか、あまり遠いと行きにくい、江戸城でも意外と海に近かったのである。

はまどのの庭の池水あさしおのみちたるうへに散る桜かな


浜離宮春の潮の充ちて入る松の静かにここに会すも【自作】

東京湾から海水を取り入れ、潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭
園内には鴨場、潮入の池、茶屋、花畑やボタン園などがある

家宣のお成りを祝い観覧式が行われた、飾り立てた船を浜御殿に繋留し、家宣の命令で舟は一斉に漕ぎ出した[。公家たちは中島の茶屋に集まり、大泉水を眺めながら和歌を詠み、大泉水に船を浮かべて船上で演奏をした[7]。
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東京では自然を感じる場所がまれである。浜離宮は海からの潮を取り入れる離宮である。だから珍しいとなる。それで浜離宮で春の潮の入ってくる。東京で自然を感じるというとき隅田川があるそこから海へと注ぐから自然を感じる。他は自然を感じないのである。

でも江戸時代になると水路がめぐらされていて舟で船で行き来していた。それがなんともいい風景なのである。ベネチアのようにも見えるのである。でもそういう光景はは全く東京から消えた。それでただ殺伐としているだけなのである。だから私はずっと東京には行きたくないとなったのである。浜離宮とか明治神宮は自然がありいい場所である。百羽の鴎が隅田川を飛んでいたときは隅田川らしいと思った。

隅田川百羽の鴎や春の日に飛びきて近く海に出でるも(自作)

隅田川かかれる橋のいくつかなその名の良しも春の日渡る





2024年02月27日

空間軸と時間軸と理解する世界 【時間軸が地質時代から始まるから理解しにくい】


空間軸と時間軸と理解する世界

【時間軸が地質時代から始まるから理解しにくい】


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●福島県の地理―ハマナカアイズで一体感がない

人間は空間軸と時間軸の中に生きている。必ず人はどこかの場所に生まれそこで育ち育つ。そこに長く住んでいればその住んでいる地点から世界を見る。それは狭い範囲でもそうである。福島県の浜通りでも海に面しているが山々も山川がありその住む場所によって見方が違ってくるのである。

それがさらに空間を広げると福島県の地理を知ろうとしたら東京から仙台まで通じる中通りではなく浜通りから会津の方まで行くとその地理が地勢がわかる。でも大概は遠くからになるとそういう旅をしないで東京からだったら中通りを通り仙台方面へ行くとなる。そうしたら福島県の地理はわからないのである。つまり福島県の地理はハマナカアイズなるが浜通りから中通りを横断して会津に行かなければわからないのである。

そしてなぜ福島県が地理的一体感を感じないのは阿武隈山脈に遮られて中通りの吾妻連峰とか磐梯山は全く見えないからである。不思議なのは蔵王は明らかに南相馬市から鹿島区からはっきりと見えるのである。するとむしろ山形県が近く感じて地理的一体感も感じるとまでなる。それから山に登ると牡鹿半島は意外と大きく近く見えるのである。だから浜通りになると宮城県の方が身近になる。

●ライン川がヨーロッパを二分した地殻変動で生まれた

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それは外国でも同じである。ライン川ができたのは大陸は押し上げられてスイスの高山地帯ができて地溝帯ができてそこがライン川になったのである。つまりライン川とはすでにそうした地殻変動でヨーロッパ大陸二つに割るようなものとして生まれたのである。
だから空間軸で見ればヨーロッパ大陸はライン川を挟んで二つに分かれた。その境界を作ったのは自然の作用でありそれが歴史でも作ったとなる。なぜならライン川を挟んで民族も違って発展した。東側にドイツ民族ゲルマン民族が住んでそこはローマ帝国でも侵略的なかったからである。

逆にゲルマン民族がローマ帝国内に侵入して一時的にゲルマン民族にローマの中心部がに入り占拠したことがあったからである。そして文化的にもゴシックという様式がローマ帝国内にはいゴシック建築は交流したのである。それはフランスでも同じでありフランスにもゴシック建築がありゲルマン風のゴシック建築や芸術が普及したのでだからヨーロッパの歴史を見る場合ライン川というのは実は重要な役割を担ったのである。

そしてヨーロッパの地理と歴史を見るとピレネー山脈がありそれに遮られてスペインはまた異質な国として形成されたのである。そしてドイツのケルンの大聖堂から塔に登った時それがオランダからイギリスまで見張らせる感覚であった。
ライン川オランダに流れ海に出るからである。だから実際はゲルマン民族のドイツが中心になっていた。イギリスは辺境だったのである。英語の基はドイツ語でありアングロサクソンが基になったのである。それでカトリックという時それはラテン系であり地中海沿岸とフランスとかがそのラテン系になり言葉もそうである。
でもカトリックからカトリックに反抗してルターの宗教改革でプロテスタントが生まれた。つまりこれも地理的にライン川を挟んでその地理が影響したのである。

地球の歴史とか壮大なドラマはまず神がその地理を作りそれが舞台となりそこに人間の時間軸の歴史が形成されたのである。だから空間軸と時間軸で世界を見る。ただそこで問題なのは空間軸だと太古からの変わらないものがある。時間軸で形成されたものは地質時代からありそれだけ遡るとなるとなかなか理解できないので。
でもその地質形成の時間軸の歴史を見ればライン川を作ったのはまさにその地殻変動で地溝ができてヨーロッパ大陸がまさに二つに分かれたようになりそれが人間の歴史を形成したとなる。だから空間軸があり時間軸がありそれが一体となり地歴が見る必要がある。

●時間軸で形成されたものはわかりにくい

でも時間軸空間軸だとそれが何億年とか前になり理解しにくくなる。第一その地層から地質から時間軸で見るのは容易ではないからである。まずこの世界を理解するには空間軸で見る。それで何か事件が起きるとtake placeでありその場所は最初に問題になるのである。それは場所は一応理解するからである。でも時間軸になるその場所の歴史を理解することは地質時代までさかのぼり簡単にはできないのである。
それは日本に住んでいても東京の江戸時代のことを理解することは日本人ですらもはや理解不可能になっているからである。まして外国になったらさらに理解することは難しくなる。

とにかくなぜ世界の歴史でも今起きていることで分かりにくいのかというときそもそも空間軸の地理でも分かりにくいしまたさらに時間軸になるとわかりにくくなる。でも地理から見るのは人間の歴史が始まってからそれほど変わらないからわかりやすいのである。
例えばロシアとウクライナの戦争でもドニエプル川を挟んで攻防があった。やはり依然として陸上戦になると川が障害となり争いとなっていたのである。それは古代からそうであり川が障害となりそこは境界となったのである。だかriverはライバルになったのである。

最近テレビで見たのだが地中海を巡って攻防があり地中海がイスラム世界に支配された時ヨーロッパはイスラム世界に対して閉ざされた世界となりそれが中世となって閉鎖された歴史が長く続いたとされた長く続いたという。地中海がやはり大きな役割を担った。ヨーロッパの歴史はイスラム圏との攻防でありそれを見ないとわからない。イスラム圏の方は文明的にヨーロッパより優れていたからである。だからイスラムが遅れたように見えるがヨーロッパの方が遅れていたのであ。そのイスラムのことは何か文明的ではない野蛮なものとしても見るようになったのである。

特にイスラムの過激派のテロなどがありそう見るようになった。でも実際は歴史的にはイスラム圏の方が先進国であった。それが誤解しやすいのである。それは十字軍がイスラム世界と対立して戦ったが何か十字軍とはかえって野蛮なものでもあった。その時はその時代はイスラム世界の方は先進国でもあった。また地理的にはイスラム圏が仲介となりアジアと結ばれたともなる。

●相馬地域でも時間軸の歴史が津波のことが忘れられていた

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いずれにしろ地理を理解するとき地質時代から始めればならない。それは時間軸の歴史でありそこにさらに人間の営みの歴史が形成されたからである。そうなるとこの世界を理解することがいかに難しいかである。特に空間軸としての地理を知ることは今も現実に変わらずあるのだからなんとか理解できる。

でも時間軸となると今はそこで営まれた人間の歴史でもわからなくなるのである。それで相馬地域でも400年前の慶長時代に確かに津波が来ていた。それは相馬藩政記に生波【いくなみー津波】で700人溺死したと二行だけ記されているていたのである。それがどれほど貴重なものだったか記録だったか実際に今回の津波で知るしめられたのである。それは学者さえ知らなかったのである。今回の津波が来て調べた結果判明したのである。

だから災害が忘れた頃にやって来るというときまさに400年過ぎたらそのことが全く地元でも忘れられていたのである。そのように時間軸ので起きた起きる歴史は忘れられやすい。人間の存在自体死んでしまえばすでに死んだ時点で普通の人は全く忘れられる。そんな人のいたなかとまでなる。ただ何か記録していればその記録をたどるたどり過去のことが分かる。たった二行だけ記されたことで過去にここに大津波が来ていたのでだがそれを見逃していたのである。そしてかつて海だったところは海になったことにも驚いた。

この辺では八沢浦は江戸時代は浦であり田畑はなかった。それから烏崎から塩崎の方までは元々そこは海である船が通っていた。それで塩崎には実際に船着という地名は残っている。その近くまで津波で海になったということは本当に驚いた。そこで判明したのそこは低い土地だったということである。だから時間軸で見る時地質時代からの歴史を見ることが見なければならないのである。つまり歴史とは地質時代から始まるのでありその上に人間の営みが始まったのである。

その船着でもそうだが大内村でもそこに曽我船と言う地名が残っていてそれは船が遡ってきてそれを見ていてその名がついた。つまり大内村は船の通り場所だったのである。そこはまた古代の800年頃の坂上田村麻呂を祭った御堂があり古い場所だったのである。ただ船といっても今の火力発電所のある一帯が鉄の生産をしていてそれを運んだのが船が通っていてた。塩崎まで海となっていたところだったのである

例えば阿武隈山脈ができたのは日本列島が海の中に形成されはじめたときすでに作られていた。だから阿武隈山脈高原というのは地層的に相当に古いのである。それで地盤が安定しているから核廃棄物を貯蔵するには向いているともされたのである。
つまり核廃棄物は一番が安定してあまり地震の起きないところが良いからである。地盤が安定しているのがいいからである。
でも日本では地震が多いからなかなかそういう場所が見つからないのである。だからこの地理を見る場合時間軸で見て見ることが不可欠なのである。能登半島でも海が隆起して陸になったという驚きがあった。それも自然の営みである地球は変化するのである。特に日本は火山列島でもあり依然として地下のマグマが活動していて噴火もするし新しい島も海にに作られたりするから変動しやすいのである。









2024年02月26日

近くの医者で認知症の脳形態画像検査(CT、MRI)で脳が委縮していた? 【脳画像検査で認知症はわからない―何のためにするのか?】


近くの医者で認知症の脳形態画像検査(CT、MRI)で脳が委縮していた?

【脳画像検査で認知症はわからない―何のためにするのか?】

脳画像で認知症を診断できると誤解していませんか?

「このMRIで見られる脳萎縮は年齢相応ですね」とつい口から出てしまうことがあります。その時にいつも自問するのは、「年齢相応の脳萎縮とはどのような状態だろうか」ということです。そもそも、脳画像検査において年齢相応の脳萎縮の定義はないのです。また、脳画像検査でこの所見があるから認知症と判断する明確な基準もありません

70才くらいの人が近くの医者で認知症の脳写真を撮ったという。そしたら脳が萎縮していると言われた。その人は全く認知症などの気配もない人である。ただ職人であるが最近熟年離婚して一人で暮らしていることで何か暇になったり生きがいを失ったりして問題だったことを知っている。
ただその人は認知症になる気配もない。認知症はどうしても80歳以上になると危険度が増してくる。 90歳以上になると半分は認知症になるのである。だからその人がなぜ認知症になると自分で判断して近くの医者に来たのかわからない。何か不安になって見てもらったのかもしれない。

脳の写真をMRIとかで取ったとしても実際はその写真を見てもわからないはずである。だからここで脳が萎縮しているといってもそれは認知症とは繋がらない。そもそもそのMRIでも脳の写真を撮るにしても精密に撮れるのは福島県には二台しかないとされる。私の家族でも認知症になった人がいて隣の大きな病院で見てもらったのである。そしてMRIで脳の写真を撮った。私の家族はすでにかなり重症になって認知症だった。

でも何も写真を撮ってもわからない
なぜ写真を撮るのか
医者自体も写真をとってもわからないことを知っている

それはMRIで機械で写真を撮ると金になるからだともみる。私の家族の場合3万払ったとしたら実際は80歳以上になっていたから一割負担で三万だとすると保険料で30万ともなる
だから医者にとっては稼ぐものとなるそもそも近くの一万くらいの街の医院でそんなMRIの写真を撮るような機械があるのだろうかという疑問もある。何故ならその機械は高価なものだからである。そしてそもそもは認知症などわからないのになぜ写真を撮ったのか?それはやはり保険料を稼ぐためにしたのかとなる。

医者というのはその機械にしても設備費に金がかかるから金を稼ぐために実際はわからないことでもあえてMRIの写真を撮る。も脳が萎縮してる写真を見せられてもそれは認知症とは限らないのである。それを認知症については医者すらよくわからないのである。
むしろ私自身は重症の認知症の家族を介護していたから認知症はどういうものかわかったので認知症に関しては直接介護した人が一番知っているのである。介護した人はどういう認知症がういう症状でありどういうものなのか分かっているのである。だから介護できるとなる。

認知症の初期症状はわからない。介護して買い物して同じものを買ってくるのだが必要ないものも買ってくるのだが自分自身が買い物してやはり冷蔵庫に同じものがあっても同じものを買ってきていたのである。
だから正常な人でもそうなるのだからそれが認知症になるとも限らない。だから認知症を最初のうち見分けるのは難しいのである。それはMRIの写真を撮ってもわからないましてや脳の精密な写真を撮れるのは福島県にも二台しかないというからである。この判断はおかしいと思った。

医者というのは必ずしもすべてがわかっているわけではない。でもなぜそうして無駄な写真を撮るのか?それは写真を撮るということは相当に金になるからである。また機械とか設備費にかかるからそのために必要のないMRIを取って使っているともなる
だから確かに医療費は増大する。特に高齢化でこうしていろいろと病気でも心配になりまるで病院医者に通うことがその不安を解消するものとしてまた安心するためだけに行っている。そのための金が膨大になり国が破産するまでにもなるという恐怖である。そのために老人はみんな自殺しろというのもその金がかかりすぎるということである。

それは問題にしろ老人は老人でそんなことを必ずしも心配しない。それで一時軽い脳卒中になった人は女性は体中が痛いとか歩けないとかリハビリとかして医者通いになっている。そもそも脳卒中の兆候があったのにその診断もできなかったのである。だから医者というのも無駄に金をかけすぎる。金がかかりすぎるということがある。

ただこうして医者を信用しないとか医者にかからないことも危険なのである。それは自分自身が経験している。家族もいなくなり体の調子が悪かったのだが医者に行かないで死ぬところだったからである。腎不全になって死ぬところだったのである。それで胃カメラを飲んで調べた結果腎臓は悪く腎不全になり死ぬところだったのである。

そしてすぐに近くの病院に入院したのでそれは私自身が相談する家族もいないのでまた家族がいなくなりいろいろ自分で家のこと全部しなければならないので医者に行くのが遅くなったのである。だから医者のことをいろいろ言っても医者に行かないと言うことは非常に危険なことにもなるのであ。
だからすべて医者が悪いとか金がかかりすぎるとかと言えないのである。

ただ確かに認知症については私自身の介護したので経験から言っているのである。やはりなんでも経験した人から聞くことが大事である。私は認知症については介護したから詳しいのである。 認知症は直接介護してみないと何か分からない。私は直接家族を介護したので認知症についてわかったのである。そのことを延々とプログで書いてきたのである。それを読めば分かる。

それはまたそういうことはインターネット時代で書きやすくなったからである。だから認知症についての情報を共有することができる。私の経験からすればほかの医者も言っているようにMRIの写真を撮ってもそれで認知症はわからない。脳が萎縮したといってもそれもわからないと専門家も言っているからである。

その人には何ら認知症の症状など無い。それなのになぜ医者に行ったのかもわからない。60過ぎて熟年離婚して何か状況は変わり不安になって一緒に行ったのかもしれない。認知症はやはり70代でなる人は少ないと思う。ただその人は何か職人としての仕事から離れて熟年離婚して一人で住むようになって不安になり医者に行ったのかもしれない。その人の衝撃は60以上になって離婚したことなのである。その結果として何か会話もなく不安な状態になったのだと思う。

とにかく夫婦でも一方は死んだりするとまた離婚したりすると精神的に不安状態になるのである。私自身も家族が全部死んでそうだった。でもそれも時間がたつにつれて慣れて来たことは確かである。もともと自分は人づきあいもなく一人でいたからである
ただそのときはまだ家族がいたから良かったのである。

ともかく高齢化社会とは色々な問題がある。金がないとか生き甲斐が無くなったとか孤立化したとか熟年離婚もあり病気になる人もオ多くで社会全体の圧迫されて社会自体が停滞してその負担も大きくなるから問題なのである。
でも老人にしてみれば子供に少子化だからといって子供に予算を使うのを批判しているのである。政府にしても老人が多いのだから票になるのだから老人に冷たくもできないのである

正直医療費にあまりにもお金を使うということは日本が貧困化したとき耐えられなくなり日本全体に大きな影響をもたらすことは確かである。でもその対策となると簡単にはできない。それで老人は自殺しろとかいう若い世代が出てきたのだと思う。それだけ老人が増えてそれで病人も増えてくるから問題なのである。

とにかく医療費が増え介護とかばかり増えてくる。近くの人は糖尿病でありしょっちゅう入院しては退院して一人で暮らしている。それは社会を圧迫して社会自体が維持できなくもさせる。2025年問題でもそうである。現実に73歳の人は脳卒中になり介護状態に介護になった。介護度2なった。そして息子は52歳であるその人も今度は腰が悪いとか建築土木関係の仕事にいけない。すると経済的にももともと苦しいのにさらに苦しくなる。すでに2025年問題は現実化しているのである。その時日本社会はどうなるのか医療費と介護とかで社会でも維持できなくなるともなる。それはすでに現実化しているのである

2024年02月25日

原発事故と民主主義 【無責任国民大衆社会でも必ず責任はとらされる】


原発事故と民主主義

【無責任国民大衆社会でも必ず責任はとらされる】

●原発の安全神話の傲慢さが問われた

原発事故で問われたことはいろいろあった。そのことを追求してきた。そもそもどうして原発が作られたのか?そのことから追求する必要がある。その原発を作ることに色々な人が関わった。政治家であり官僚であれ科学者であれ地元の住民であれさまざまな人が関わって作られた。
地元の住民でも原発が作られば豊かになれるとして積極的に誘致した。そしてその危険性は無視された。金になればいいとして無視された。おそらく原発というものはどういうものかよくわからなかったこともある。それより知ろうとしても知りえないし教えて送れない。それは核のことがわかるのかといえばわからないからである。それは専門家しかわからないとなっていたからである。

だから素人は関われないものにもなっていた。そしてその専門家政治家と官僚でも科学者でもまた東電も一体となって安全神話を作った。日本は技術が優秀だから事故にはならないとそう吹き込まれたのである。
その安全神話が強固だったから危険だとは言えなかった。その安全神話は実際はそれを隠れ蓑としてさまざまな安全のことを安全対策をしないでもすんだとなる。もし懸命に安全対策をしていればそれを言えたかもしれない。
でも事故は起こらないと安全神話に頼りさまざまな安全対策もしなかったのである。現実に東電に対して科学者集団が十数メートルの津波が来ると指摘していても東電では無視した。なぜなのかといえばコストがかかるからである。

それで東電の社長はコストカッターとしてのし上がったという。安全対策もしないでただ安全神話を作り日本の技術は優秀だからほかの国とは違って安全だと言っていたのである。それは宗教で言えば題目を唱えていれば安全だと言うのと似ている。それで現在の医学の医療の手当もしないでただ題目を唱えていれば安全だとしていたのである。科学者集団なのにただ安全神話を作り実際は安全を怠り金をかけたくないとしてごまかして安全神話だけを信じさせた

そして安全神話を作り原発は核のことは素人はわからないからアンタッチャブルな不可侵な閉鎖された世界になり地元の人も分からない。その中で安全対策は怠ってそれもわからなかった。
でも現実に内部で働いていた人は配管が老朽化して危険だと指摘していたのである。でも東電では無視した。そこはブラックボックスとなりただ安全神話だけが作られたのである。そしてその内部で働く人にしても東電に逆らえば仕事がもらえないとして何も言えなかったのである。

●原発の安全神話と太平洋戦争も類似

何かそれは太平洋戦争で天皇を神として日本は神国だから負けることはないとしたのとも似ている。それは創価などでも仏法が勝利するのだから選挙に勝つという政教一致とも似ていた。それで戦争では300万人が死ぬ責任を取らされた。では原発でも安全神話を作り日本の技術は優秀だから事故は起きないとされていたのである。
つまり安全神話でも天皇による神がかり戦争も仏教による信仰も実際は崩壊するのである。原発もやはり安全神話を作り現実を隠していたのである。でもその安全神話も崩壊したのである。その結果として住民は故郷にも住めなくなったのである。
なぜ原発事故が起きたのかその経過をたどると最初からその歴史をたどる必要がある。そもそもなぜ原発は作ることができたのかそのこと自体が明確にされていない。というのは民主主義社会だったらまず原発が本当に安全なのかどうか検査してそれを住民にも公表してみんなで検討するのが民主主義になる。

でも一方的に政府とか東電とかで安全神話を作りそういう危険はないとして何も調べることさえできなかった。そこにマスコミでも電事連から800億円とかの宣伝費をもらっているので何もその危険性を指摘することはなかった。住民にしても金になればいいとしかなかった。
ただ確かなことは民主主義の機能していなかった。特に原発は常にその情報が隠される。それは内部の人でも科学者でも実際は危険なことを知っていた。でもその危険を言えば原発は作れない。だからその危険を言うことに異常なほど過敏になっていたのである。その結果として安全神話が作られた。それはまるで神がかりになり日本の技術は優秀なのだから事故は起きないとまされたのである。
そしてそもそもどうして原発は作られたのかそこになぜ住民でもど働きをしたのかよくわからない。住民自体が運動した人の話もほとんど聴かない。

●原発は情報が隠蔽され強力な権力で不可侵になった

でも原発というのは別に住民が反対すれば作れなかったのである。それは新潟県の巻町でもそうだし今回のと地震があり珠洲市では原発を作らなかったのである。だから住民が反対すれば原発を作る作ることはできなかったのである。するといくら権力があってもそれで押し通すことはできなかったとなる。そのために今回の地震で志賀原発でも相当な被害があった。
でも福島原発のようには辛うじて大事故にならなかった。それは福島原発事故があって原発を停止していたからである。それで助かったのである。だから本当は原発を作動していればやはり危険な状態になったかもしれないのである

原発はそもそもそも原発はどうして作られたのか、その経過が明確ではない。そこにどういう民主主義の手続きがあったのかもわからない。不思議なのはほとんど反対する人がこの辺ではなかった。その原因は政府や東電などによって安全神話が作りそれを信じさせられたとなる。
そして何ら原発の危険性について検討されることもなかった。その危険を言えば反対する人もいたそれもなかった。また地元の人も経済的理由で経済が優先されて反対しなかった。むしろ積極的に誘致したのである。そこはまともな仕事がなく出稼ぎに出る人も多く地元で住みたい働きたいということでそうなったのである。。

ただ結果的には一番責任を取らされたのは地元の住民だったのである。地元に住めなくなったからである。今でも水道の水でも井戸の水でも何か放射線に放射性物質に汚染されているのではないかと飲みにくいのである。確かなことはその責任は距離に比例して賠償があり大小があった。原発から近いければ近いほど被害が大きかったからである。ただその距離に比例して補償金も配分されたのである。でも南相馬市だと原町区は別にそれほど被害がなくても多くもらったと思える。それは鹿島区の3倍ももらっているからである。

もちろん避難区域になった小高は一人240万でありそれは桁外れであるただ小高には住めなくなり町自体が維持できなくなるようにもなった。だから補償金をもらうのは当然だとなる。
でも逆にその補償金が多いということで地元に住む責任というの感じなくなった人もいるのである。この辺では津波の被害も大きく小高で津波の被害に遭った人は原発の補償金で助かったと言う人もいるからである。なぜなら津波の被害者は原発の被害者と違って自腹で損害を払う他なかったからである。

そこで問題なのは原発を作った責任者の主な人があまり責められなかったことである。するとどうなるか?原発事故は大したことはない返って補償金で助かったとなり原発事故に対して非難することがなくなったともなる。
もし補償金もさほど払われず故郷に住み続けろとなったら原発事故の責任者に怒って責めていたとなる。激しい攻撃にもなった。そのことで原発はそれほど悪いものではないと国民に示すことにもなったとな。それもまた危険なことになる。
放射線被害が津波など被害と違って万人が死ぬとか目に見えるものとなってていないのも批判が抑えたのである。

要するにこの原発事故の重大な責任が誰にあったが曖昧にされまた福島これだけの事故があったにしろ国民も原発を作るべきだとなっている。それは電気社会であり石油だけはまかなうことは危険だとして原発を作れとなっているからである。それは原発の被害を受けた地元の住民でもその被害を国民にそれほど訴えるものとなっていないからだとももしそこで死者とか何千人とかでも出て入れば国民もそんなことは言わない。でも実際は故郷に住めなくなったのだからその被害は大きかったのである。

いずれにしろ日本では民主主義社会になっても実際は機能していない。それは原発事故でもそうだったのである。原発の情報は公開されないし隠蔽されていた。ただ原発神話が作られて事故は絶対に起きないとされていたのである。それは神がかりとなりそれに反対するものは神に逆らうのかとまでなっていたのである。その罪もまた大きかったのである。

●責任は必ずとらされる

それは太平洋戦争で天皇を神としてまさに絶対に神の国だから勝つとして300万人が死んだということとも似ているのである。いったいその責任は誰が取るのかというとそれもあまりにも重大であり実際は誰が責任者だったのかもそれもわからないのである。広島で天皇が戦争の責任を問われてたじたじとなっていた。
その責任があまりに巨大でおそろしいものだった。原爆を落とされて苦しみ死んだのはあなたのせいだと問われたらショックである。ただその責任でもアメリカにもあった。
つまり国民国家になった時その責任は国民にありとなってしまう。江戸時代だったら国民はない。侍が支配して全ての責任は侍がとっていたのである。だから侍は常に責任を自覚させられたからもし失敗したりしたら切腹して責任を果たしたのである。それだけの責任を常に自覚していたとなる。
でも国民国家になり民主主義になればその責任は誰が取るのか?あいまいになそれで無責任体制になり300万人死んだ。それがなぜそうなったのかも明確にされていないのである。要するに誰も責任を取っていないということである

ただ責任は必ず取らされる
それが300万人も国民が死んだということである
また原発事故で故郷に住めなくなったということである

無責任体制でも責任から逃れられないのは人間である。民主主義だからすべて数で決めてその責任は誰が取るのか?誰も取らないとしても今度は全員がとらされる。赤信号みんなで渡れば怖くない。それは最も怖い事だったのである。なぜならその赤信号を無視してみんな渡ったものが戦争なら全員死んだしまた原発事故でも故郷に住めなくなったからである。
つまりいくらみんなで渡って赤信号を無視してもそのみんなが責任を取らされるとなるのでは。だから貴族社会であれサムライ社会であれ日頃から責任を自覚させて国でも運営していた方がましなのかもしれない。

それがノーブレスオブリージである。そういう人が貴族であれ侍であれ責任を持って社会を運営して行った方が責任が明確なのだからその方がましだともなる。
そしていくら責任がないとしても必ず責任はとらされるからである。その自覚がないままにみんなで赤信号みんなで渡れば怖くないとなっていることが一番怖いことなのである。
でも民主主義とはただ数は正義であり無責任社会であり誰も責任を自覚しないしないし責任も取らないのだ。でも赤信号を無視してみんな渡った人たち全員が過酷な責任を取らされることにもなる。その責任の自覚がないことが危険なのである。民主主義でそういうことを自覚しろと言っても自覚できないシステムだともなる。

一切誓いを立ててはならないとキリストが言った時誰でも全能の神でない限り誓うこと果たすことはできない、人間は全能ではないから誓うなと言った。安全神話を作り事故は絶対に起こらないとし誓ったが破られたからである。だから安全神話自体が人間の傲慢から作られたものであり破られたのである。人間が神かけて誓ういっても信じられないということである。何故なら人間は神のように全能ではないからである。

●原発の距離に比例して責任が課せられていた

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責任者は誰なのか?

政府なのか、東電なのか、その幹部なのか

専門家の科学者なのか、国民なのか、地元の住民なのか

不思議なのは原発の距離に比例して地元の人の場合責任があった。なぜなら原発に近ければ近いほど被害がありそこは人が住めなくなったからである
そしてまたその補償金も原発の中心地から距離に比例して額が決められ払われたのである。それで地元ではその補償金の額で分断されたのである。小高の人は小高の人で浪江の人の方が補償金の額がずっと高いとか羨ましがっていたのである。
それより南相馬市だと小高は特別高い。それは避難区域になったためにそうなった。現実に小高は一時ゴーストタウンのようになってしまったからである。そして隣の原町区は一番人口が多いが追加賠償は一人50万であり多かったのである。前の賠償でも原町区の隣の鹿島区は一人70万であった。とても原町区なるなるとその3倍でもあった。一人200万にもなっていたということである。その差も大きい物だったのである。

でも放射線量からすれば別に小高であろうが原町であろうが鹿島であろうがほとんど変われないものだったのである。現実に私が相馬市で市街を測ったら鹿島区より高かったからだ。でも相馬市では一人6万とかあとは8万とかもらって終わりだったのである。それは放射線の被害は30キロまであるとして30キロで区切られたからそうなった。
でもそれは必ずしも根拠のあるものでもなかったのである。原町区は確かに一時避難区域になって避難した。でも隣の鹿島区でも半分は避難したのである。だから原町区と鹿島区はそれほど差をつけたということは納得いかないということで抗議したが受け入れられなかった。

ただ原発事故の責任というのは原発のあるところから距離にして比例してあったというのも不思議である。 30キロ離れていた鹿島区は確かに補償金は少ないものであったがまた責任それだけ少ないものとなっていた。現実に私は30キロ離れているから原発とは関係ないものとみていたからである。だから危機感も感じていなかったのである。それは結局原発に対しての無知から起きていたのである。事故が起きたらどうなるかなど誰もわからなかったからである。

なぜ私が原発について地元の人でも批判できるのかとなると30キロ離れていたからだとなる。原発の影響などないと見ていたからである。それで補償金の額もすくないから批判できたとなる。もし原町区のように鹿島区の三倍の補償金をもあっていたら批判できなかったからである。なぜそれだけの補償金をもらっているにに批判するのかとなるからである。それはマスコミでも原発の危険を追求しなかったのは電事連とかから多額の宣伝費をもらっていたからである。大企業からでも宣伝費をもらったらその会社のことは批判できないからである。

そして福島市まで放射線被害があったしそれは意外と大きなものだった。それは風の流れで飯館から福島市の方に東風が吹いたために放射性物質が流れたからである。福島市といえば県庁のある場所であり原発を実質的に決めたのは福島県の知事だったされるからそこを直撃したとなる。

責任が福島県の知事にある、責任をとれと直撃した!

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だから不思議なのはこうして原発の責任が距離に比例してあったともななり福島市まで被害が大きかったのはそれもやはり責任を知らしめるためだったのかとまでなる。だから何であれ人間は必ず責任を取らされるようになっている。それから逃れることができないのである。
posted by 天華 at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年02月24日

亡き姉と母を偲ぶ短歌十首−癒されない別離の悲しみ―報いのない死者への愛 【死者が真夜中に残っている雪のように見えた】


亡き姉と母を偲ぶ短歌十首−癒されない別離の悲しみ―報いのない死者への愛

【死者が真夜中に残っている雪のように見えた】

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この世にそ何故逢うや人死ねば永遠に逢わざるそを知るべしかな
別れてそ永遠に逢わざる寒きかな姉と母とを想いて悲しも
姉と母今はなしかも我が一人大き家継ぎ寒き夜かな
姉と母死して慕いぬその想い尽きぬものかも我が一人かな
世間とは冷たきものと身に沁みぬ姉母なしに寒き夜かな
遺影にそお茶を献ぐも答えなし大き家に一人寒き夜かな
姉と母今はなしかも夜の更けて冷たく雪の残りけるかな
夜の更けて冷たく残る雪白し死者を想いぬ我はいねにき
我が家に姉と母との争いぬそれも昔や今は淋しき
悲しかな姉の暴るは病なり母苦しめど許すべきかな
家々に悲しみのあり寒きかな貧に病に争い尽きじ
人と人傷つけあうや何故にカルマは消えじ世の終わりまで

●人は死ねば二度と会えないのが深刻―癒されない悲しみ

姉にしても死んですでに13年くらいすぎた。母は母は八年過ぎていた。これも早いと思った。でも私の場合悲しみが尽きることはなかった。なぜなら人間は一旦死ぬと永遠に逢いなくなる。それが深刻なのである。どんなことしても人が一旦死んだら会えなくなる。それは不思議なことでもある。
もし自分が死んだら別に自分自身は悲しいとか苦しいとこあってもそのこと自体自分自身の消えてしまえば終わりである。でも愛する人が死ねばその人とは永遠に会えないのだから生きている限り悲しみは続くとなる。要するに悲しみが癒えるということはないのである。恋とは死者への愛だという、折口信夫は恋は乞うであり乞い願うだとなる。確かに現実生きている人ではなく死んだ人ならいくら乞うても会えないから深刻になる。

ただ時間がたてば忘れていくということである。でもなぜかこれだけの月日が過ぎても忘れられない。それは私の場合特殊な事情で60年間も一緒にいたからかもしれない。親から離れて暮らしていればこうはならなかったかもしれない。
とにかく死んだ人は二度と会えない。それは本当に厳粛なことだった。どんなに会いたくても会えない。それを考えれば合っている時共にいる時そのことはどれほど貴重なものだったかと振り返る。
でも人間は一緒に暮らしているにしろ会うにしろ会うにしろあうそれがそんなに貴重なものだと思わない。それより争っている不満な人が多いのである。私の家でも別に愛しあってるとかではなかった。常に争っていたのである。でもなぜか一緒に暮らしていた時間が争っていても憎みあっていても一つの家族となって暮らした時間が長いことで家族となっていたのである。

最後は実際に姉はは認知症になり母に暴力を振るった。それはあまりに悲しいことだった。それからの自分の家は本当に悲惨だった。そのことこれまで書いてきた。同情する人もなくただ一人自分自身が面倒みるほかなくなっていたのである。確かに介護というのは苦しい。でもなぜ死んでからもっと良くすればよかったとというのはやはり人は死んだら二度と会えなくなることである。それで死んだ後に後悔するのである

いずれにしろこの永遠の別離の悲しみはいやされないのである。それはは絶対に会えないからである。会えないからこそまた余計に思いが募るのである。ただ別に二人が優れた人に同情する人とも言えない。でも家族というときは別なのである。特に私は良くされたからそれも60年間も一緒にいたことがほかの人とは違って強い思いが残り続けたということである。

ただなぜか涙も出なかった。前は泣いていたのである。やはりそれが時間がそうさせたのである。どうしても人間には時間の作用がありそれで心も変わってくる。とても愛が消えることがないというとき時間の作用にも変わらず愛があるとなる。それは愛する人が死んだとき永遠に会えなくなるから余計にそう愛は変わらず作用し続けるのである。ただ愛したからといって何の答えもないのである。

●死者への愛とは何なのかー返答も報いもない

でも愛は消えることなくあり続けるので死者に何ら返答がなくても愛されなくても一方的に愛は継続される。何か人は会いと言っても愛するというという時必ず相手に対してその何かしてくれる何か与えてくれるということを望むのである。でも死者は何か与えてくれる何かしてくれることはもうないのである。だからお茶を捧げても何の返答もないのである

それで何か虚しく徒労に思えてくる。キケルゴールがが死者を愛しなさいというとき本当の愛は相手が何かしてくれる何か与えてくれるそういうものではなく何も与えてくれなくても愛し続けることが愛だとしている。それが死者への愛に現れるとしている。
確かにそれこそ相手に何も期待しないから報いを望まないから本当の愛だとなる。子供を愛するにしても何か必ず親のためにしてくれるということがある。何かを期待するのである。死者に対してはもや何ら報酬も得られないのである。ありがとうとも何の返答もないのである。猫すら餌を与えれば喜んでいる。それも全くないのである。
だからそれは相当に難しい。なぜなら何か与えたら何かもらえる何かしてもらえるとなっているからである。恩とか義理人情とかでもそうである。何かを与えればしてやればそれが恩になり返さねばならない。でも返さないとしたらその人は責められるのである。

ともかく愛といってもニ三人の愛は可能である。そのくらいだと家族の愛になる。でも十人とかなればそこに愛があるあり得るだろうか?それが百人千人万年増えていけばそういう人たちを愛するということはどういう風になるのか?
そこにはすでに愛はなくカルト教団のように会員を増やして操作してこの世で力を持つというだけになってしまうだろう。たとえ愛といっても会員を増やすということを目的にすれにこの世で力を持つことだからである

現実は何か与えればそれで与える方で必ずしも何も与えられないとしたらどうなるのか、現実に自分が経験しているその人はいくら与えても必ずしも自分が困ることはあっても何もしないとなったらどう思うだろうか?でもそういうこともありうる。いくら与えても何の報いもないとしたらそれはなんなのだろうともなってしまう。理想的にはそう言えるのだが現実となるとまた難しいのである

だから死者を愛し続けることはいくら愛している人のことでも難しいと思う。また別の人を愛するようになればおのずと死者のことは忘れられるのである。ただなぜか私は死者を思って悲しくなったのである。でも涙が出ないということはやはり時間が経てそうなったのかもしれない。なぜまた姉と母をまた思ったのかとなると死んでから自分が相当ね世間の冷たさを知り苦しんだからだと思う。

●家族がいないことの悲惨ー悲しむ者である人間

そして家族がいないということはどれだけ苦しいことか悲しい事か知ったのである。それでが親に捨てられた子供のことどれほど苦しいことも思うようになった。そのことはなかなかわからないだろう。ただ私の兄は父親が死んで私の家に来ても愛されなかったから辛いことだった。だから私はそのことで心の痛みをいつも覚えていたのである。ただその後もさらに不幸でありその娘からも捨てられた。交通事故で死んでも墓参りにも来ないからである。それはやはり同じように娘を捨てるようなことをしてしまったからである。それもカルマだったのである。なんだかこうして常に人間はカルマを背負い苦しむようになっているのである。

何か冷たい雪が夜更けに残っていたがその雪がまるで死者のように見えたのである。冷たくなって死んだ死者のように見えたのである。やはり死者になればどんな人であれこの世からこの世の欲が消えて妄念も消えて雪のように白くなって見えるかもしれない。
つまりカルマから解放されたのかもしれない。母の場合は眠るように死んだがただ姉の場合は認知症になり悲惨な死に方であった。それもやはりカルマだったのかと思う。人間はいずれにしろカルマから解放されない限り平和はありえない。人と人が争うのも国と国を争うのもカルマなのである。そのカルマは消滅しないのである。

それぞれの家にもカルマがあり苦しんでいるのである。その苦しみはただ貧困だけではないさまざまな家の事情があり解消できないのである。何か社会的にも解消できない。例えば障害者を持った家庭は大き苦しみを背負いその苦しみから解放されない。ただ死んだとき解放されるとなる。ただ一生迷惑を迷惑かけて人生きたということはどういうことなのかそれもよくわからない。

なぜ悲しむ者は幸いであるとキリストが言ったのか?その涙は拭われると言ったのか?愛する人が死んだときまた会うことができるのかそれもわからない。ただ天の国で愛する人はもはや別れることはない。それは確かである。愛する人は必ずしも家族ではない。神に選ばれた人たちでありその人たちは永遠に結ばれて別れることはない。家族といっても結局は死ねば別れることになる。
でも天国でわ死ぬこともないし別れることもないのである。そういう悲しみはもう無いのである。ただそこでは家族とは違って肉で結ばれたものとも違っている。だから現世の家族とは違ったものでありそれを永遠の家族だとなってしまう。それは神の家族であり永遠に別れることはないのである。

ともかく寒戻るであった。この寒さは影響してこういう想いになったのかもしれない。季節ごとに天候ごとに何か人間は感じることが違ってくる。特に日本人は四季の変化の中でその傾向が強いのである。だから寒々として夜更けて残っている雪が死者のように見えたのである




2024年02月23日

Snow and swans


Snow  and swans

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Train go in Switzerland 

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 by being image creator


2024年02月22日

コロナウイルス騒動とはなんだったのだろう? 【グローバル化して世界が情報化して過剰反応した?】


コロナウイルス騒動とはなんだったのだろう?

【グローバル化して世界が情報化して過剰反応した?】

閉鎖性が強い地域はこのまま「衰退」するか…コロナが進めた「社会の老化」の深刻な影響

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【武田邦彦】ここへ来てコロナ騒動の「真の黒幕」が判明!すべてはこの男から始まった・・・


●コロナウイルスとグローバル化

コロナウイルスについては世界的に過剰に反応したのではないだろうか?。それは確かに恐怖するものであった。現実にかなりの死者も出た。アメリカなどはそれで相当の死者が出た。ほかの国でも死者は出た。だから警戒するのは当然だった。
でも日本でわ死者といっても老人が多く実際は外国から比べるとかなり少なかった。でもワクチンを打つとか警戒した。そのの影響が大きく今でも尾を引いている。

でも日本の場合は過剰反応したのではなかろうか。外国でも中国でもロックダウンとか厳しい処置をした。その結果として中国人のアメリカへ脱出するという原因になっている。中国政府の厳しい処置がそうさせたのである。中国では特に厳しかった。中国のは感染元になっていたということで中国自身も恐怖したし世界でも中国語問題視した。

でも今になるとコロナウイルスが収まるとそれもなんだったのだろうと省みる。何かやはり世界中でも過剰反応したのかとなる。その原因は何かとなると必ずしもコロナウイルス自体に問題があったのではなく世界が狭くなりグローバル化と情報化したということが原因でもあった。なぜならイタリアで意外とコロナウイルスの被害が早く拡散した。それはグローバル化して中国人の関わっていた。中国人はどこにでも今はいるし入り込んでくる。グローバル化とはやはりコロナウイルスでも拡散しやすい世界になっていた。

つまりコロナウイルスとグローバル化と情報化社会により過剰に反応してその結果として閉鎖的世界の生まれたと思う。日本の場合はもともと世界的に閉鎖的な国だから過剰に反応した。同調圧力も強い国だからである。確かに死者も出たし被害があったがその多くは老人だったのである。だからコロナウイルスとは陰謀論出て薬剤関係の会社が引き起こしたものだとか言う人があった。

マイクロソフトのビルゲイツなどはもともとウイルスのことを言っていて薬剤会社に投資もしていたからである。するとコロナウイルスで儲けようとしていたのではないかとも疑われた。そういうことを日本の科学者でいう人が結構いたのである。コロナウイルスのワクチンに疑問を持つ人がので実際にコロナウイルスのワクチンを買うためには政府は相当の金を出したからである。
そもそもマイクロソフトは情報を操作しやすい通信を世界化しているからそうなる。それでアメリカでも中国が通信で世界を操作すると恐れたのである。情報戦争ともなっているからである。ウィルスはまた情報であり情報によって攪乱される。またコンピューターにも感染するから情報化社会と関係していたのである。情報はフィクニュースを拡散してそのために現実に被害者が出ている

私も何かこのコロナウイルスの騒ぎは過剰だと見ていた。だから地方でもみんなワクチンを打ったが私は打たなかった。ある人はワクチンを打ったが眩暈をしたとか体の調子を悪くした。そういうことを見ていたしこの騒ぎは何か過剰だと見ていた。もちろん過去にはウイルスで被害が大きかった

●怖れられた天然痘―疱瘡―若木神社の由来

天然痘(てんねんとう、variola, smallpox)は、天然痘ウイルスを病原体とする感染症の一つである。疱瘡(ほうそう)、痘瘡(とうそう)ともいう。医学界では一般に痘瘡の語が用いられた。

この疱瘡(ほうそう)の被害大きなものだった。それでそれは古代から伝えられていて若木が疱瘡を防ぐものとして信仰の対象になった。若木神社は相馬市の玉野村にも祀られている。最近私海に近い高平で若木と江戸時代の碑を発見した。だからこの疱瘡を防ぐ若木神社というのも結構多いのである。

独眼竜」こと伊達政宗は幼い頃、疱瘡(ほうそう)と呼ばれた天然痘に冒され、右目を失った。 紀元前から世界中で恐れられた天然痘は、1796年に英国の医師ジェンナーが考案した種痘によって、ようやく根絶へと動き始める。

國學院大學ー若木祭

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南相馬市下高平

それより一番身近なのは結核である。これは未だに生々しいものであり戦前は国民病とも言われそれが若い人が死ぬので深刻だったのである。正岡子規とか石川啄木とか文学者でもかなり死んでいる。戦後でも結核になり半分肺を切った人を知っている。
でもそれも伝染病だとわかり治療する防げるようになった。私の母の実家でも25歳とかで兄が死んだとかどうしてその墓に記されている。何らかで戦前はこの結核で死んだ人がかなりいる。ただその時これが伝染病だとわからなかったのである。伝染病は感染症は細菌によって移るものであり伝染するから恐怖なのである。

このように感染症は怖いものであることは確かである。一番怖かったのはヨーロッパで1/3が死んだというペストである黒死病である。でも医療が発達してこの感染症は過去にわ恐るべき死者を出したが現在では医療や衛生観念が発達してまたワクチンも作られるので確かに撲滅はされていないがかなり被害を抑えることができるようになった。これはやはり人間の科学の発達の勝利だったともな。未知のウイルスがまた出てきて大きな被害になるとも警告する人はいる。

●過剰反応したことは否めない

でも何か今回のコロナウイルスは過剰反応したのではないか。それは世界が情報化社会になって余計に過剰に反応した。もちろんグローバル化して人は人と人は世界的に交わるということでもコロナウイルスに対して影響があった。つまりグローバル化による人の交流の増大とそれともう一つ大事なことは世界が情報化されたということにもある。

世界が村になるとマクルーハンが言った。世界で事件が起こると隣で村に起きたように感じるのである。だからイラク戦争の時一羽の海鳥が油まみれになった写真が世界に放送されたときイラクは世界中の人から責められたのである。それはたった一枚の写真がそれをそれほどの効果があったということである。だから一枚の写真でも世界へ影響することがありそれが情報化社会だったということである。

とにかくさまざまな事件があるがそれが報道されれば例えば子供への性被害とかもありすると子供に声をかけることもできなくなっている。実際は学校の先生が性被害を犯人だったりするのである。だから情報化社会は過剰反応をする。事件があれば全国放送されればそれが隣の村で起きたように感じるのである。それが情報化社会の弊害なのである。

だから今回のコロナウイルスは過剰に反応してそれがかえって社会に経済活動にも影響したのである。社会活動を極端に留めるようなことはするべきではないという議論があった。もそれは少数者でありコロナウイルスにワクチンは必要であり極力人と交わらないようにすべきだということになったのである。

ただワクチンを打たないものは暗黙のうちに攻められていた。伝染するからみんなワクチンをすべきだと打つべきだとなっていたのである。確かに強制はされないが暗黙のうちに強制されていたのである。私はワクチンを打たなかったがそれは何か過剰反応しているように見たからである。もちろんそれにはあったしそれでワクチンを打たない人は少数派でなっていた。

でも現代でわやはり衛生観念が発達しているし医療も発達しているしそれで感染症でもそんなに拡散しないと見ていたのである。それはやはり世界がグローバル化して情報化して過剰反応したとも見ていたのである。
過去に被害が大きかったのはやはり衛生観念も違うし医療も発達していないワクチンも打てないそういうことがあり被害が大きくなったのである。ただワクチンに関してはどれだけ効果があったのかまだわかっていない。でもそれも過剰反応があったことは確かである。だから少数派でもワクチンに疑問を持つ人がいたし科学者でもいたし医療関係者でもいたのであるただそれは少数派となり異端となってしまったのである。ただコロナウィルスが何であったのか科学的にもまだ解明されていない。ただ科学だけの問題ではない医学だけの問題だけでなく社会的問題があった。つまりここでも原発事故のように社会全体として問題の解決を迫られたのっである。科学だけの問題ではない必ずそれは社会全体の問題になる。理系だけでなく問題ではなくそこに文系でもかかわる問題になる。








posted by 天華 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2024年02月20日

カルト宗教の偽善の悪質−カトリックが免罪符を売ったのと似ている (創価と共産党の類似)


カルト宗教の偽善の悪質−カトリックが免罪符を売ったのと似ている

(創価と共産党の類似)

人々は法王の代理人から直接強奪されているという感じに加えて教会に関係するものは何でも貨幣の音がする

法王のの鉢に金を入れれば法王はその罪を赦す天と地の力を持っておられる。もし法王は許してくれるなら神様も許してくれなくちゃならない道理
金がチャリンとなれば払ってもらった魂はまっすぐ天へ昇ってゆく(愚行の世界史ーバーバラタックマン)   

●免罪符を売ったカトリックの堕落
  
カトリックの堕落は頂点に達していた。何かヨーロッパの歴史はわかりにくい。あれだけの教会があるのだからキリストの信仰を基にして社会があると見る。でも日本だってどこにでも寺がありそれで仏教は盛んなのかと見る。でも仏教などでも既に死んでいる形骸化している。この辺でもミャンマーの人が来ていて寺があるのでそこに集まっていた。それはミャンマーで熱い仏教信仰があるから日本でもそういう場所だと思って集まったのかもしれない。
でも実際日本の寺などはただ死者を祀る場所であり何か仏教を教える場所でもない。だからヨーロッパであれほど教会があるとしてもそれがそれでキリスト教は盛んであるということにもならない。むしろ現代でわ教会に行く人が相当に減っている。カトリックはその堕落があまりにもひどいものだったのである。だからそれに反抗してルターが激しくローマ教皇に対して抗議したのである。そしてプロテスタントが生まれキリスト教会は二分されたのである。

ヨーロッパのキリスト教の場合社会の中枢に入って土地を持ったり財産を持ったり政治化した。。そこはこの世の権力をもつ場所となった。そしてなぜ宗教が権力を持つようになったのか。それは免罪符を売るという極端なものとして堕落したのである。それは宗教関係者またはカルト教団でも同じである。カトリックが堕落したように同じことはカルト教団に言える。

ただ違うのはカトリックといえば千年以上の歴史があり日本の仏教とかは違っている。その千年以上の間にカトリックは協会は社会の中心となって存在しつづけたのである。カルト教団には戦後竹の子のようにでてきたがそうした長い歴史はない。だから一時的なものとして泡沫的なものとして消えるのである。

●カルト教団は宗教を現世の欲望を実現するために利用する

そもそもはカルト教団となればその最初から宗教となっていても宗教的要素ががない。宗教はあくまでも隠れ蓑であり宗教を追求しているわけではない。ただ看板が宗教にしているからそれで騙されるのである。共通しているのは御利益宗教だということである。
とにかく御利益があればあとは何も無くて何も言わない鯉俊だとか悔い改めるとかそんなことは一切言わない。そこで言われることは御利益でありすべてが御利益に始まり御利益に終わる。創価などは極端であり権力奪取を目的としている。御利益を具体的に得る為に御利益を配分するためにそうなる。このことは大衆にとってわかりやすいからあれだけの会員が増えたのである。それは誰でも理解するからである。

教会(カルト教団)に関係するものは何でも貨幣の音がする

まさにこれである。御利益とかねのことだからである。

例えばその人はあらゆることにあからさまに主張して求めている。その欲でも金のことでも女のことでもなんでも何でも得ることであからさまなのである。職人でもあるの一方でそうしてあからさまに金になればいいとしてそれを恥じることもない。でも一面から見ればその人は偽ることもないし正直だと思う。いいとは言わないけどその欲望でも否定しないしあからさまに言うのである。

でも実際はカルト教団などでもその欲望を達成するために宗教を利用しているのである。カトリックは堕落したのはまさに宗教を求めていたのだがそれはこの世の物に魅せられて自分たちの欲望を叶えるために信者から金を取るようになったのである。
それが悪質なのは地獄に落ちるとか罰当たるとかいいそれからそれから逃れたいなら免罪符を売る商売にしたことである。そういうことはカルト教団でも普通に行われている。何かというと地獄に落ちるとか罰当たりひどい目にあうとかそういうことはカトリックの堕落と似ていたともなる。

●食い詰めてにわか僧になったホームレス

それはテレビドラマだが表面上は形は僧になっているが実際は稼ぐ力もなく食い詰めていって僧にになり施しをしてもらう。その僧はただ普通の人であり女性に対しても欲をむきだしにしている。その人は別に本当は乞食なのだが経文を唱えることによってありがたいと思わせて施ししてもらう。カルト教団でも四国の遍路でホームレスになった人はにわか僧になったのと似ている。
わいそうなので金をやると言ったらお経を唱え始めたのである。私は恵んでもらう乞食ではない。お経を唱えてやるからありがたく思い私を尊敬しなさいとなっていた。

その人はそんな仏教と何の関係もない人だったのである。ただ四国遍路をしていて経文を覚えた。そいう場所だからまねてそうなった。恵んでもらえるとことを知ってそうなったのである。だからカルト教団というのもこれと似ている。
なぜならそこで金になるし寄付金が入ってくるからそれで生活しようとする人がいるからである。そもそもその人たちは御利益しかも求めていない。自分自身のまたは家族の御利益を求めて信仰しているとなる。小言う人は人はまさにこの世から現世利益として具体的に権力を得て金も得ることになるからである   

そこに宗教など一切関係ないのである。そもそも宗教など求めていないからである。ただ御利益だけを求めているのであり権力を求めているのである。だからこそ会員に対しては何か心を清めるとか修行しろとかそんなことは一切言わない。
また人がどんな人でも選ばない。数は集まればそれは民主主義社会では権力化して行くからである。結局ハイルヒトラーとなりナチス化して行くのである。そもそもなぜそうして一介のあくどい人間が人に対し他人に対して地獄におちるとか罰当たるとかいうのは言うことができるのか?その事が一番罰当たりになっている。

その人は死後裁かれて地獄に行くのである。それは確実である。その罪の方こそが恐れるべきであるがその人自身恐れもしないし他者に対して地獄に落ちるとか罰当たるとかいうのが信じられないとなる。その人を見ればわかる。一体その人がそんなことを言う資格があるのかとなる。その人自身が真っ先に地獄に行くような人が他者に対してそんなことが言えるのかとなる。ただそういうのは会員として一票を入れさせるるために止めるためにそうしているだけなのである  
  
自ら親鸞のように私は地獄に行く人間であり地獄が一場の住処であり私は罪深い人間であるという人が本当の宗教家なのである。それを他者に対して地獄に落ちるとか罰当たるとか常に言っている人はどういう人なのか?
あなた自身は地獄に堕ちる人間なのである。その宗教を利用して現世利益を得て権力を得てこの世の王となる支配者になるということを目的としている。それが信じられないとなる。カトリックの堕落はあまりにもあからさまだった。それと同じことがカルト教団にある。だからなぜそれが宗教として認められ税金も免除されているのか分からないとなる。

●不遇なのは恵まれないのはすべて社会のせいなのか?

ただ底辺層は頼るものがなくカルト教団である共産党であれなんでも頼るのである。だから市営住宅とかに住んでいる場所で必ずそうかと共産党は二つに別れて支持者になっているのである。何か似ているのは自分たちが不遇なのは貧乏なのは社会のせいだとしていることで共通している。
だから社会を変えねばならないそうすればご利益を得られるとするのである。ただ貧乏であるとか病気であれば同情することはある。でもすべてが社会のせいなのかとなると問題である。障害者を抱えることは不遇である。
でもその障害者を持つということは社会のせいでもないのである。またその容姿が悪いとかでもそれは社会のせいでもないのである。でもすべてが社会のせいにしているということで創価と共産党は似ているのかもしれない。一見相入れないもののようで社会の最底辺層は頼るということでは似ているのである。

それよりそうなっているのは親の因果が子に報いという方が多いかもしれない。どうしても親からの遺伝がありそれが不幸をもたらしている。それは社会のせいではないのである。私は美人に生まれなかったから社会のせいだとはならない。何かしら以前によってその人の幸福もある。
何か自分の場合は蓄膿症で2回も手術したから頭が冴えない。今でも何かそれは治っていない。鼻腔が狭いからそもそもそうなっているのである。何かこの遺伝というのは宿命であり一生つきまとう。それは治ることもないのである。私はやっと三流でも文系の大学に入ったのである。 60以上になるとそうした遺伝的なものがあり必ずまた病気になってくるのである。
それは社会のせいではないのである。でもこれがこれは親のせいであり社会のせいではないのである。それで社会のせいにして社会に恨みを持つということはできない。でも創価と共産党の共通点は何かそういうふうなことでも社会のせいにするということがある。もちろん社会の不平等ということはあるしそれを是正することは必要である。でもすべてを社会のせいにはできないのである

いずれにしろ親の因果が子に報いまたは遺伝的なもの病気などでもそういうとがある。それは社会を変えてもその遺伝的なものを変えることはできないだろう。いくら仏教で宿命転換だからといって変えることはできない。私が蓄膿症の手術を高校の時2回している。やはり老人になっても直らない、そもそもは鼻腔が狭いのだからそれが治しようがなかったということである。
そして何ら必ずそうして遺伝として病気になるのは人間の宿命なのである。頭の良し悪しとかも遺伝と関係している。ただ人間は環境も大事であり環境の作用によって良くも悪くもなるのである。

●カルト教団と共産党は熾烈な内部の序列争いがあり似ている

人間は不完全でありどこか足りないしどこか不具合がありそうした遺伝的なものは一生背負っていくほかない。そのカルマが消滅するのは死ぬほかないともなってしまう。生きている限りそのカルマに苦しみ苦しめられるということにもなる。それは変えられないからどうしようもない。ただそういう弱みにつけ込んでカルト教団などは会員にして免罪符を売ったように商売にする。また共産党などにしてもやはりそうした底辺層支持者にして自分たちの勢力を拡大して権力を持とうとしているのである。

あくまでもその個人に同情するということでもなくやはり勢力を拡大して権力を得たいということがある。ただ純粋に自分の利益を求めずに同情して何か与えるならそれは責められることはないと思う。
でも実際はそんな人は居ない。そういう底辺層を集めて一票でもなればそれは勢力を拡大することになる。仏教でも御利益があるとしてそうしているのである。要するに自分たちの御利益になるからそうしているのである。そういう人たちに同情するというわけでもない。むしろ幹部とかはそういう人たちを利用して勢力を拡大して権力を得ようとしているだけなのである。

御利益が得られる権力が得られる欲望が達成できるそのために異常な熱気となっている。では創価などは本当に革命になりその信者が社会の高い地位につくと本気で信じて運動していたのである。それは中国の共産主義でもロシアの共産主義でも同じだったのである。その結果として独裁者が生まれそれに反対するものは粛清されてその殺された数も膨大なのである。そして宗教団体になると反対するものやめるもの地獄に落ちるとかバチ当たるとか言って会員にして奴隷として引き留めようとしているのである
だから意外と創価と共産党にているのである。団体化して組織化して序列化しているのも似ている。

オウムではサリンをまいた大学を出ていない人は組織で上にあがるためにあえてサリンをまいたとしていると言っていた。組織内で序列がありそのためにそこまでしたのである。組織内でも必ずその権力をめぐって争いがある
これは創価であれ幸福の科学であれ人間の組織となるとそこで熾烈な序列争いが起きている。共産党でも同じである。それが人間の業(カルマ)だとなる。俺の方がお前より上だとなり争う、下僕になりなさいと弟子の足を洗ったキリストとは大違いである。足を洗わせたい方なのである。
つまり人間は自分が優れている自分が上だとして争っている。花ならそれぞれ違った色であり調和する。争うことないのである。

何か人間社会にはそうして時代が違っても同じこと繰り返す、それは人間が持っている業(カルマ)がありそうなる。それはいくら科学技術が発達しても社会制度を変えてもなくならないのである。社会の問題ではなく人間自身に内在している業(カルマ)がありなくならないとなる。だから共産主義であれ社会を変えても人間そのものの持っている業(カルマ)が消えないのだから変えようがないとなる。社会をいくら変えようとしても人間そのものが変えられないから変えようがないのである。







                                                                   

2024年02月19日

戦後民主主義の問題 【権利ばかり主張して責任とか義務がないがしろにされた】


戦後民主主義の問題

【権利ばかり主張して責任とか義務がないがしろにされた】

●原発事故の責任問題

戦後民主主義の問題として一番欠落したのは確かに権利を主張することは肯定された。でも問題はその権利にを主張するのはいいとしてもそれには必ず責任と義務があった。それがないがしろにされたのである。なぜか人間というのは責任から逃れられない。何であれ責任がつきまといその責任が問われ現実に責任をとらされるのである。
この辺で起きた原発事故はまさにその具体的な例である。そのことを私は追求してきた。その責任は故郷に人が住めなくなるほどの大きな災禍をもたらしたからである。その責任が誰にあったのかということを追求して追求した。
そうなるとその責任の範囲は広く国民全体であり政治家でも官僚でも科学者でももちろん東電でも地元の人でも責任があった。その濃淡はあるにしても責任はあった。ただ責任にしても現実に責任を取らされたのは地元の人たちである。故郷に自分の住んでいる場所に進めなくなったことが最大の責任を取らされたのである。

でも原発を推進した人たち政府や官僚の科学者でも東電の幹部でもその責任はとっていない。天下りした官僚でも金をもらっても何ら責任を取っていない。普通100円であれ1000円であれ盗んだらそれは見つかったら厳しく罰せられる。でもその警察関係の官僚が天下りした東電でわ多額の金をもらっても事故を起こしても罰せられることもないのである。
要するにそういう役得があり地位がある人は責任も重くなるはずなのであるがそうならない。おそらくその責任の重さに比例して金もその分大きなものとなっているのかもしれない。東電の幹部はその責任が重いのだけどそれも対して問われることなく見逃されたとなる。一時は財産没収しろなどと言われたがそんなこともなかった。

●ノブレス・オブリージュの背景

責任というときなぜ王族とか貴族に責任が持たされたのか

ノブレス・オブリージュ
『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族は(それに比して)より多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが最初である

王族とか貴族は特権を得る人たちだったからこうなった。そもそもヨーロッパの貴族というときその基となったのは都市国家があったとしたらそこに騎士がいたら騎士はその都市国家の住民守らねばならない。そういう義務がありそれで特権を得ていたのである。農民は城壁の外の農地で暮らしていて敵が攻めてきたら城壁の中に入ったりして命を守らねばならなかった。そこで騎士は都市国家の住民を守るために戦う人でもあった。だからこそノーブレスオブリージュという義務が課せられていたのである

ところが日本では侍が特権階級として支配階級として存在してもそこに住んでいる住民とは別である。確かに戦争になれば敵が攻めてくる。でもその戦争は侍と侍の戦いでありそのそこに住んでいる住民は関知しないのである。日本とヨーロッパの違いは城壁に囲まれているとしてもそれは侍が住んでいるところだけであり最後は城に籠る。戦争に負ければ切腹して死んで終わりである。住民は別にそのために敵が来ても殺されるということもないのである。

それで会津であれだけの悲劇があったとしても住民は関知していなかったのである。会津ではその時やーやー一揆が起きた。その理由は侍は税金を取るものだからこの際敵が攻めてきた時一緒になって一揆を起こしたのである。
だからそもそも日本では街を取り囲む城壁はない。ヨーロッパではそこに都市国家があれば城壁で囲まれているし街自体が囲まれてその城壁の外の農民でも敵が攻めてくれば城壁内に入って市壁の中に避難して命を守らなければならない,そういうことがありシティズンシップが仲間意識が生まれたとなる

だから不思議なのは会津の悲劇のことを語られるがそれは住民とは関係してない。ただ日本では戦争があるとしてそこの住民が領民が奴隷のようにされることは無いのである。外国では常に戦争に負ければ奴隷にされるという歴史がある。だから敵が攻めてきたときは住民も一体として戦わねばならない。それはシティズンシップなの生まれたゆえんである。
日本でわ村がアイデンティティの場でありそこには村意識があり共同意識があった。でも城が作られてもそれは侍が支配する場所であり住民とはそれほど関係なかったのである。だからこそ会津で城が燃えたとしても白虎隊はそのために自刀したとしても住民は何の関知していなかったのである。だからこの歴史を見ればヨーロッパでの人は理解しがたいともなる。日本では城が燃えているのを見てただ見ているだけだったのかとなる。それで恐怖もしなかったのかとなる。

●赤信号みんなで渡れば怖くないー無責任民主主義

確かなことは特権を得ればそれに対して責任と義務も生まれていたのである。民主主義はそうした貴族などはいない侍もいない
戦後民主主義が入ってきた時何を一番重点におき理解したかとなると権利を主張することだったのである。権利だけはみんな平等であり主張するべきだとなったのである。それに付随していた責任と義務とかはないがしろにされた。

赤信号みんなで渡れば怖くない責任はない

つまり法律違反であれなんであれみんなで渡れば怖くないその責任を持つことはないということである。それが戦後の民主主義だったのである。誰も赤信号を無視しても法律などを無視してもそれが多数になれば正しいことになったのである。法律があったとしてもそれも投票で決められるとなる。数が多ければ正しいのでその結果として別に日本だけではない数で決まればどうなるのか?ただみんなで赤信号を渡ってみんなが責任を取る必要がない永遠ならない。やはりみんなが責任を取らされるである。その責任のことを感じたらそんなこと普通は出来ないのである。つまり民主主義とはで責任を感じないシステムなのであるでありそこから過ちが起きてくるのである

ドイツでわ民主主義から投票からナチスが生まれたのである。別に数が多ければそれが力となり社会を席巻してしまったのである。戦後のカルト教団が興隆したの政教分離という法律が機能しない。結果的に何か言うと信教の自由だとかなんとか言ってあらゆる自由があるとしてその自由を主張する。でもそこに権利を主張しても責任とか義務は無視されるのである。そのことは民主主義の大きな欠陥であり最大の問題だったのである。

つまり民主主義とは全体主義ファシズムになりやすい制度だったということにもなる。それは数が集まればそれが正しいとなり権力となり社会を支配してしまうからである。それで戦後宗教でも信教の自由がありそれが過剰のなりカルト教団でも許される。それは政教分離という法律があるのにそれも数が集まれば無視されるからである。だからこの問題は日本だけの問題ではない民主主義の欠陥最近は顕著になってきたのであるその本場のアメリカでも内戦になるとこまでなっている。

民主主義自体が行き詰まっているのである。それはそこに権利を主張してもそこに責任と義務があるのに権利だけが主張されるからそうなる。だから貴族の方が責任と義務が課せられていたからその方が良かったと思う。それも問題にしても民主主義も欠陥があったことが顕著になったのである。
つまり現在の権力は誰が握っているかというと貴族ではない一部のものではない大衆だとなるその大衆は権利は主張してもそこに責任とか義務は感じていないのである。また法律的に責任を課せられていないし責任を感じないのである。ただ権利だけは主張するのである。

●責任とは神が与えた良心にそむくのが責任

そもそも責任というときこの世に生まれたときから責任を課せられている。それで生まれてくるとき泣いて生まれてくるのはその責任が課せられているからだとなる。何か人間というのはそもそもはその生まれたこと自体人間として生まれただけで人間としての責任が課せられている。
そのために人間には神が良心を与えて悪いことをしたら良心の痛みを感じさせる。動物にはそうした良心はない、だから別に他の動物を食べても良心の呵責など感じない、善悪もないのである。例えこの世で罰せられなくても裁きとあるというときこの世に生まれて悪いことをすればそれはこの世で罰せられなくても死後裁かれて罰せられるとなる。そういう責任が人間に課せられていて逃れられないのである。

別に勝手にすればいいそんなことでいちいち責任等とる必要もないと思っているが必ず責任を取らされるようになっている。その責任の重大さはこの辺の原発事故でもそうだったし振り返れば戦争でも莫大な人間が死んだのやはり責任を取らされてそうなったとも見る。確かに自然災害による被害も大きいがそれより戦争の被害は何千万という人間は死んでいるのだから比べようがないくらい大きい物なのである。その罪は問われ罰せられるとなれば人間にはそうした責任から逃れることができないということである。

私は何も悪いことはしていませんと言っても神の目から見ればやはり人間は罪を犯しているから罰せられるとなる。それを民主主義だから数を集めれば何でも許されるとか何でも主張できる権利を権力を得られるとかは許されないのである。
でもこの世では数を集めればそれが権力となり正しいとなりそれがナチスになってゆくのであるその結果として莫大な人間が死なねばならなかった。その責任を取らされたのである。責任というとき戦争の責任は誰にあるのか日本の戦争でも300百万人も死んだ。
その責任は誰が取るのかとなるそれで天皇は広島に訪れた時その責任を問われた時たじたじとなった300万人も死んだ原爆落とされて死んだ

その責任は問われたらもし天皇がその戦争を決断で決めたとしたら天皇が責任を取れとなってしまったからである。また原爆にしてそんなものを使って本当に利用して人間を殺戮したということはアメリカにも相当な責任がある。だから東京裁判などという勝者による一方的な裁判などは正当なものでもないしただ勝者の力を見せつけたというだけなのである。そもそも神が裁くなと言った時裁く力があるのは神しかないのである。人間には裁く能力はない。喧嘩両成敗となるのもどちらかにも非があるからそうなったのである。

太平洋戦争でも日本だけに非があるわけでもない。アメリカが攻められないのはただ力があり権力が持ってっているからだけなのである。そもそも悪である日本をアメリカは裁いてやるということ自体どれだけ傲慢なことなのか?
またアメリカでも戦争は力による一方的なものでありそのために多数の人が死んだそれもやはり戦争犯罪でありアメリカでも裁かれるべきものだったのである。ただ戦争となると誰が裁くのかとなると勝者が裁くだけだとなる。だから裁くものは人間でないし神しかありえないのである。
歴史とは人間の罪の記録だというときもそうである。だから最終戦争がハルマゲドンがあり人類が滅びるというのもそうである。
人間のカルマが罪が最終戦争になり人間は滅びるとなる。罪の総決算としてそうなる。それで人間の業(カルマ)が消滅するとなる。





2024年02月18日

蠟梅と家の詩ー老人は家が大事になる 【少年老い易く学成り難し―本は理解しないと読んでも無駄】

蠟梅と家の詩ー老人は家が大事になる

【少年老い易く学成り難し―本は理解しないと読んでも無駄】


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蠟梅長寿の家

蠟梅百歳間
野鳥来花啄
大工熟練技
家修理庭整
石黙災厄避
口慎生養深
虚飾排素心
祖親供養厚
苦労偲感謝
自家栄成継
温和福徳家
貧者家産分
故郷協働友
自然意神意
考究深化昭
隠棲居安定
余生静観務
万巻書貯蔵
学問研鑽進
心不乱成就
長寿尽学事

我が母の百歳生きて
その部屋に我がありぬ
庭に蠟梅咲きて
野鳥の花を啄む
大工が家の修理して
我が家の庭を整える
庭の石は黙して災い無し
口を慎み生を養い
虚飾を排して素心を保つ
死者となる親の苦労を偲び
我が家の栄を開け継ぐ
温和にして福徳あり
近くの貧者に家産を分け与え
故郷に協働すること願う
自然の意を神の意を
究めて明かにする
隠棲の住まい与えれて
余生は閑静に自然を観て
その意を深く究める
千巻の書のあり自宅で学問奨む
心乱れず成就する
学ぶこと尽きず長寿の世の良し



少年易老學難成
一寸光陰不可輕
未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声

「Art is long, and life is short.」はことわざと同義
「少年老い易く学成り難し」と同じ意味合いを持つ英語の言い回しとしては、「Art is long, and life is short.」をあげることができます。

「芸術の道は長く、人生は短い」という内容で、芸術の完成には長い時間が必要だが、それに比べると人生は短いものであるということから、時間を惜しんで精進せよという教訓として用いられています。

「The day is short, and works is much.」は「日暮れて道遠し」
「The day is short, and works is much.」を直訳すると「1日は短く、仕事は膨大だ」という意味です。


人間は人生は長いと思っている。でも老人になれば誰でも時間は過ぎるのが早かったと思う。それで40歳頃にその時間の短さを感じるのである。あれ40歳になったのか白髪も出てきたのかとなる。時間が長く感じるのは20代までだろう。それから時間が過ぎるのが早くなる。ある意味で加速度的に速くなり老人に向かっているとなる。それは40ぐらいで感じるのだから人間は限られた短い時間を生きているということを自覚させられる。

なぜ少年学成り難しとなるのか。この年になってつくづく思うことは本を読んでもそもそもが理解していなかった理解できなかった。本は膨大にあってもその中身を理解していなかった理解できなかったのである。理解するとは自分なりに解釈して自分の文脈の中でその著者の本を利用したとき理解したとなるのである。だから著者の本を生かすということはその人が理解力をすでに持っていなければ生かすこともできない。それが読書の問題だったのである。

私の母は百歳生きた。今私がいる部屋で私が介護したのである。だから百才の間と名付けた。人生百年時代というときその時間どう理解どう使用するのか問題になる。その時間を持て余す人もまた多い。みんな別に学問をしているわけではないからである。でも学問というのはつくづく理解するのに時間がかかる。特に日本であれ外国であれ古典となっているものを理解することは容易ではない。だから本は買うことはできるでも理解することが簡単にできないのである。
だからすでに70過ぎてから私の場合読んだ本理解してするようになったとなった。だから遅すぎたのである。大器晩成などというかやはり早い時期から理解できれば学問でも大成するとなる。

私は大学時代をほとんど勉強していない。三流の文系私大であり授業にもまともに出ないし何もほとんど学んでいない。ただカルト宗教に団体に入って時間を虚しく費やしたとなる。大学という場所はただ暇だけが時間だけが与えられそれを活用できなければ何も身につかないという場でもあったのだ。
そもそも学問とは自発的な興味とか自発的にしなければ身につかない。だから私が一番勉強したのは大学を出てからである。そしてなぜ私が旅ばかりするようになったのか?それは大学を卒業して職にもつかず流れ作業のような仕事ばかりさせられてそのそのことで嫌になって引きこもりになった。
ただ私の場合は家に居るというだけではなく旅をしていたのである。そこから地名とか地理に興味を持つようになったのである。それが私の学びの始まりだったのである。

とにかく私は家族に恵まれた結果としてそういう生き方もできたのである。だから私は人一倍親に感謝しているのでは。こうして老人になっても別に生活にも困らず家も与えられて独学であれ学びを継続していたのである。
ただ残念だったのは田舎であり自分の探求する本が買えなかったことである。やはり独学となるとどれだけ本を読めるかにかかってくる。ただそれでも本を読むこと理解することはできないから無駄にもなる。

ただ今になると確かに理解できるから前とはは違っている。それにしても遅すぎたということである。なぜならもうすでに死ぬ時期にも入っているからである。ただ百才生きる時代になると別に70歳からでも学問を進めることができる。これまではそんな悠長な時間はなかったのである。

漢詩もどきものを作ったが何か日本人は中国の文化から離れてしまった。とはいえ漢字そのものは中国文明を取り入れてこそ漢字があった。だから漢字というものは重要なものであった。でぼ西欧化してヨーロッパのことばかり学ぶようになった結果中国は遅れたものとなりそれで中国について学ぶことが少なくなってしまったのである。確かなことは日本人は中国文化について文明について深く理解していた。なぜなら日本人でも漢詩を作った人が多いからである。その漢詩でも明治時代に一番興隆したのである。

その理由は江戸時代に日本人の学問の基礎にあったのは儒教を元にしていたからである。その儒教のことはよくわからなくなったのである。でも武士道でも儒教を基にしたもであり日本独特のものでもなかった。戦後も儒教のこと基本に勉強していたのである。江戸時代の基本の学問とか倫理教育とかでわ儒教がありそれが武士道に発展した。でも儒教でも授業でも武士道でもそれが何か忘れられたということもある

人間は勉強する時家が大事になる。子供の頃は一冊の本も置いてなかった。それで自主的に興味を持って勉強することができなかった。その時読んでいたのは漫画だったのである。その漫画でも借りて読んでいたのであり家に備わっているわけでわなかった。勉強と言う時やはり家に勉強するものが備わっていると有利である。
なぜヨーロッパで天才が多く出たのかというと貴族でありその家に勉強教える言葉があり家庭教師を雇っていたので学校とは違っていたからだと思う。そこで一律的に同じことを教えるのではないからである。

勉強する環境としては都会の方がいと思えるが自然の意神の意を知るには田舎の方がいい。知的作業でも自分の家があり書斎がありそこで探求できるのはいいのである。今はインターネットが書斎ともなるから図書館ともなるから有利な面はある。でも依然として本は専門的であり本を読まないと学問は進まない。

とにかく長寿で有利なのは70歳からでも学ぶことができこれまで学んだことを深化させるということができる。この世で知らないことはいくらでもあり理解できないことはいくらでもある。グローバル化するとその知識天文学的になり理解できなくなる。でも長寿になればそれだけ長く生きるのだから理解できるようになる。これまで理解しないことが必ず理解できるようになる。理解するということは未だ時間のかかることなのである。だから現在は長寿社会になりマイナス点もあるがそういう点では有利なのである


My mother lived to be a hundred years old
I am in her room
In the garden the wax tree is in bloom
Wild birds pecking at the flowers
The carpenter repairs the house
My garden is in order.
The stones in the garden are silent, no harm comes to them
Be careful what you say and nourish your life
Keep your heart pure and free from falsehood
Remembering the hardships of our dead parents
Open the door to our family's prosperity
Be gentle and virtuous.
Share my family's wealth with the poor nearby
I wish to work together with my hometown
To study the will of nature and the will of God
I will study it and make it clear
I have been given a place to live in seclusion
I shall spend the rest of my life in peace and quiet, watching nature
I shall deeply investigate its meaning.
There are a thousand books to study at home.
I shall never be disturbed and I shall attain fulfilment.
There is no end to learning, and long life is good for the world.

Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

2024年02月16日

インターネットの怖さ―レンタルサーバーに支払いはできない 【新しいカード番号を登録できないーさくらの会社に連絡できない】

  
インターネットの怖さ―レンタルサーバーに支払いはできない

【新しいカード番号を登録できないーさくらの会社に連絡できない】

この事の始まりはカードが不正使用されてカード会社から事前に連絡がありそれで新しいカードに変えた。それは番号を変えただけで同じ会社のものだった。でもその番号を新しく登録しようとしたができなかった。その理由がよくわからない。それをさくらのレンタルサーバーに直接聞こうとしたが電話するにも予約制であり1週間先とかなってしまう。でも予約したのだがその電話が来ると思ったら今日来なかったのである。

この原因が何なのかわからない。銀行の発行しているビザカードの番号を変えた時それがさくらのレンタルサーバーの方に変更されていないのか何なのかわからない。アマゾンでは別に簡単にカードを変えられたからである。さくらのレンタルサーバーでもその方法は簡単である。
でもなんの原因がなのか分からないけど変えられないのである。ただ時間の余裕は一年分払っているからすぐに止められることはない。

一番怖かったのは私が入院して支払いをしていなかったのにその日に消されるところだった。でも日曜日でも電話で連絡が付いて消されることはなかったのである。
でも今回は支払いができないということで困った。その原因がカード会社にあるのか何なのかわからないからである。自分の操作が悪いということもある。それでその操作を聞こうとしても直接電話で聞くにしても予約制であり1週間後とかな今回は時間的に余裕があるとしてもやはり早く番号を書いたカードを登録したい。それができないのである。

何もさくらのレンタルサーバーに電話が通じればそれは簡単にできることなのであるなぜ電話でもう予約制になり面倒になったのか?それは電話で答えているとそこに人が必要になり人件費がかかるから予約制にしたり直接電話では答えないようにしているのである。
でも緊急の時はどうしても電話が必要なのである。ただそれだけの人を雇う金がないということでそうなった。アマゾンで簡単に新しいカードが登録できたのだからさくらのレンタルサーバーでもできるはずである。
だからこの原因は何なのかわからない。でもそれをさくらのレンタルサーバーに相談するのも直接にはできない。確かに予約制で電話で相談できるではなぜ予約したのに連絡もなかったのか?

これも怖いことである。今回は一年分を払っているので充分に時間があるからすぐには消されることはない。でも緊急の時連絡ができないということは怖いことでチャットの窓口もあるが土日とかは休みらしい。
とにかくインターネットというのはこのようにまどろっこしいものでありすべてが機械化してそこに人間はいない。このことは何も会社の人が出てきて電話で相談できれば簡単に解決するものだとも思う。

でも電話予約するにしても土日はできないし予約はいっぱいに埋まっていて一週間後になってしまう。だからもし支払日が迫っていたらこれはどうにもならなくなっていた。
要するに全部消されてしまうので連絡がつくことが連絡できずにそうなってしまうのである。こういうことがインターネットの怖さである。だから記録でも必ず自分用に取っておかないとみんな消えてしまうのである。正直インターネットというのはそこに弱点がある。その操作ができずにお手上げになってせっかく記録したものも消えてしまう

そうなったのは電話で受け付けなくなったのはそこに人件費がかかりすぎるからそうなったのである。でもデルとかは電話で相談を受け付けている。それは大きな会社だからできているのかもしれない。電話が良いのは即座に通じて困ったこと相談できることなのである。電話一本で救急車が呼べるよう便利なのである。
急を要するときはそれが必要なのである。もちろん今ならスマホでも連絡はできる

とにかくインターネットは通信でも便利なのだそこに落とし穴がある。さくらのサービスが悪いということではない。何か手続きが面倒なのである。ただその不具合はが何が原因なのかわからない。新しいカードはアマゾンでは簡単に登録できたからである
そもそもカードが不正に使われたということが問題が起きたことが事の始まりである。それを連絡したのは銀行の人であり事前に連絡されたからよかったのである。銀行の人がこれは不正に使われているのではないかと連絡があってカードの番号を変えたのである。ここに人が介在してできたのっである。だから人間には人間の役割がる。安全を図るのは人間になる。すべて機械化児童かコンピューター化できないのである。chatGPTでもできない。そこに人間が必要なのである。だから人間の役割がなくなることはあいのである。

ともかくさくらのレンタルサーバーでそのカードを新しいカードをに登録することができなくなったのである。ただその原因はわからないし私の操作はまずいのかもしれない。でもそういうことはインターネットでは起こりやすいともなる。そしてその解決方法はなくなってしまうことも困る。支払い方法を変更して銀行とかで通じて支払いするというのもまた面倒になるなぜこれほど面倒になっているのか?

一人の人間が仲介しないからそうなった

人間はなるべく省いて全て自動化して機械化してそれが大きな問題を生むことが。生身の人間が応対しなければ解決しないこともある。なぜならさくらレンタルサーバーの会社の人が出てきて電話で応対すれば解決することだからである。でもパソコンとかインターネットの問題は何かの不具合で手続きまでできなくなる。そういうことが起きるのである。それなら直接さくらレンタルサーバーの人が応対して手続きしてくれれば解決することである。

でもその電話連絡しようとしたが一週間後になってしまうのでそれより予約したのに電話連絡されなかったのである。そうしたらお手上げになり支払いもできずに記録したものは一瞬で消されてしまうのである。何かこんなにややこしくなったのはそこにインターネットとか機械が自動化とかしている問題がある。それは人件費を節約するにしても何か危険な面もある。すべて機械で自動化できるかパソコンかコンピューター化できるのかそれは疑問である。
そこに何か大きな落とし穴があるともなる。なぜなら電話でも予約して通じない。当日は通じない。聞く人もいない。チャットとかあるにしてもそれもどこでするのかちょっとわからなかった。だから電話と言うのは必要だと思った

いずれにしろインターネットとかこの通信の世界はやはり何か危険な面がある。カードが不正に使われやすいとかウィルスが入って破壊されるとかさまざまなリスクがある。だから安全を図るためにはさくらのレンタルサーバだけではだめである。もう一つ安全のためにサーバーを頼みそこで発信する。それしか方法がないと思う。
インターネットの最大の弱点はこうして安全を計れないことなのである。本当に安全を図るとしたらやはりそこに人間が介在しなければならない。もちろんその人間も安全というわけではないでも連絡すらできなくなるということは何かインターネットの通信の弱点だったということがわかった。それは前からもそういう問題があり言われたことである
            

ロシアでは中国産の車が売れているが不満も大きくなっている 【ロシアを中国の関係-ウクライナ戦争の影響】


ロシアでは中国産の車が売れているが不満も大きくなっている

【ロシアを中国の関係-ウクライナ戦争の影響】

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このユーチューブは興味深かった。ロシアについてはわかりにくい。ウクライナとロシアが戦争になってヨーロッパとロシアの貿易がなくなりロシアではヨーロッパから自動車の部品などを輸入できないから自家生産できなくなった。それで中国産の車を輸入している。ロシアのメーカーで車を生産してもそれは中国の車会社に依存している。それで中国の車が今は80%ぐらいにもなっているという。

でもその中国産の車がいろいろと問題を起こしている。それはドイツであれ日本の車が優秀であり中国産はいろいろと作りが悪く不満が出ている。ヨーロッパから日本からもウクライナの人の戦争で輸入できない。だから仕方なく中国産の車を買っている。もともと日本車のトヨタの車などでも人気があった。日本の中古車も実は南相馬市にあるシマ紹介は中古の車の販売会社がありロシアにも売っていたのである。

中でも「輸送用の機械およびその部分品」については、今回新たに排気量1900cc超の自動車(ガソリンエンジン車、ディーゼルエンジン車)、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車(EV)なども輸出禁止品目として追加された。ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシア向けの中古自動車輸出は増加傾向にあったことから

日本政府は輸出禁止措置を拡大、中古車も輸出禁止に
(ロシア)

こいうこともありウクライナ戦争はここでも影響したとなる。

今中国車が売れているのは中国特需が起きたのはウクライナ戦争した結果ヨーロッパ側と西側と断絶した結果そうなったのでだからウクライナの戦争というとき中国側から見ればそれは中国にとっては特需となり漁夫の利をえたと思う。性能が悪い中国産でも売れているからである。でもロシア国民にとってはそれが大きな不満となっている。またなぜロシアで車などでも製造業が発展しなかったかというと軍事産業に力を注いで民間に力を注がないからそうだった。

何かロシアでは日用品すらなかなかいいものを生産していないらしい。それで私がロシアから中国の国境の満州里に来た時そこで見たのはロシア人が買い物をしてすごく怒っていたことである。何かその買ったものに対して不満だったのだろう。それが電気製品なのかなんなのかわからない確かなことはロシアにはウクライナ戦争前でも民間でまともなものを作っていなかったのである作れなかったのである。ロシアでは天然資源が石油とかガスが取れるからまた製造業とか民間の産業が発展しなかった。
日本では天然資源がないから技術力を発展させた。ロシアというのはアメリカと並ぶような核を持っていてそういう面では強いのだが民間の産業は発達しなかったのである。

外国を知るというときいろいろな情報があるまた学問でもでも外国を知るというときはやはりその国に行ってみるその土地を実際に踏まなければ実感というのは得られない。だから別に学問がなくても一回でも外国の土地を踏んだ人は知っているとなる。
だから一回でもウラジオストックから満州の方に回ってきただけでもそれは実感としているものがあったから良かったのである。ただロシアとかはは旅するには苦しい。観光旅行するようにできていないし受け入れていないからである。それで鉄道でビデオカメラを撮っていたら警察の人だったのかひどく責められた。それはおそらくスパイかと思ったのであろう。ロシアでそもそも外国人旅行者を受け入れていないからである。

でも旅行できないことはなかったのである。最初ロシアに行った人はウラジオストックからシベリア鉄道に乗って行っていた。パリに一年住んだという人もそうだったヨーロッパに行くにはなぜシベリア鉄道のような不便なものを利用していたかというと飛行機代がバカ高いからだった。だから安上がりなシベリア鉄道利用してヨーロッパに行ったのである。それもは40年50年前の話になっている。とにかくロシアには簡単に入れないからその内部のことが分かりにくいのである

ともかく我ながら50にもなってバックパッカーで世界を旅行したことは貴重な経験だった。それは本など読んでも外国のことなどはわからないからである。百聞は一見にしかずなのである。外国というときその場に立ってこそ実感するものがある。芸術でもドイツの大地に立ったときその音楽でもベートーベンでも理解できるというのはそのためである。その大地から湧き上がるようなものが文化だからである。だからこそcultureとはultivateであり耕すその土地を耕すということから起きているのである。ただ正直ロシアというと広すぎるのでロシアという国を理解することは至難である。ただ一回でもその土地を踏んだということは貴重な経験だった

とにかく世界を知るということは容易ではない。アメリカでもグランドキャニオンを見たときそこがそこが地球なのかと見た別の惑星に来たのではないかとまで見たそれほど異質な風景であり日本では絶対に見られない風景だったからである。それをいくらテレビなどで見てもわからないのであるそのスケールが実感できないからである。
ロシアでもそのスケールが大きいから実感することは難しいのである。中国から満州里に出てそこから鉄道で北京の方に出て外はトウモロコシ畑だけだった。だから中国というのは広大だけど単調になってしまうのである。中国ではトウモロコシが主食になるのも理解できる。むしろ米は揚子江周辺とか南のほうでとれるものだからである。

いずれにしろロシアと中国はウクライナ戦争を通じて結びつきを強くした。それは中国産の車が電気自動車がロシアでドイツの車や日本のトヨタの車ではない中国の車が売れるようになったということでわかる。でもその不満が大きく問題にもなっている。だからウクライナ戦争というのはこういうところでも身近に大きな影響は出ているのである。

posted by 天華 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2024年02月15日

原発事故の責任問題−責任から逃れられない人間 【原発からの距離に比例して補償金の額が決められた】


原発事故の責任問題−責任から逃れられない人間

【原発からの距離に比例して補償金の額が決められた】

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原町区は確かに一時強制避難させられた、でも鹿島区と比べると多いと思う


●原発は地元の人たちが反対すれば作れなかった

原発事故でいろいろなことが問題になった。その問題になったことで原発事故の責任は誰にあるのだろうか?それが明確にされなかった。その責任は東電にもあり政府にもあり国民にもあった。
また原発を誘致した地元の人にも福島県にも南相馬市にもまた浪江にも双葉にも大熊にもあった。なぜなら原発というのは地元が認めなければ建てられないからである。
それは結局政府の力で国の力で強制的に作られたというふうにも見えた。でが新潟県の巻町でもまたは今回地震の地震の被害があった能登の石川県の志賀原発でもそこは地元が許可した。それでも珠洲市では反対して作られなかったのである。だから地元の人が反対すれば作れなかったともなる。それで珠洲市では助かったとしているのである。

だから責任というときそこに住む地元の人も深く関係して責任がとらされていたのである。でもそれを地元の住民が自覚していたかとなるとなかなかそうでもなかった。この辺ではむしろ原発を積極的に誘致したのである。それは経済的に発展しない場所であり南相馬市でも相馬市と前の原町市ではそれなりの人口規模があり働く場所もあった。でも浪江とか双葉大熊で働く場所がなく出稼ぎにも行っていた。それで地元で働きたいとなり地元に住んで働きたいとなり原発は積極的に誘致された。

そして確かに原発で働いたことで生活も豊かになった人も相当にいる。原発で働くと3倍の給料が得たとかあるからである。だから飯館村の人も原発で働いていたのである。それだけ原発というのはとてつもなく金の出る金のなる木だったからである。それがわかったのはその補償金の額の大きさであった。除染だけでも6兆円とかの金が湯水のように注ぎ込まれたのである。それで相双リテックとか除染を事業で幹部が何億というお金をもらい山分けしさとかされる。だから原発事故以後その使われた金の大きさにに驚いたのである

●金の多寡で責任が問われた

一番地元で金が入ったのは漁業関係者であり特に船主は巨額の金が入った。それは別に事故前補償金をすでにもらっていたのである。漁業権というのは大きな権利であり漁業者の許可がなければ原発は作れなかったからである。それで原発御殿は建ったとか周りの人が羨ましがっていたのである。
というのは港に住んでいてもみんなが漁業に携わっているわけではない。漁業者はやはりの農業と同じく少数者になっていた。とてもその漁業権というのは大きな権利だったのである。だからこそ政府でも東電でも補償を手厚くしていたわけである。

でも原発事故で問われたのはその責任が誰にあるのか?

そのことが厳しく問われたのである。ただその責任にしても明確ではない。それは政府にもあり東電にもあり地元の人にもありまた国民自体にもありマスコミにもあり県のの行政にもありとその責任の範囲は広いからである。でも漁業権持ってっていたところが事故前でも補償金をもらっていたからその責任も重く問われることになった。
つまり責任と権利とは一体だったのである。権利を持つことはそれと責任が一体であり大きな権利を持つとなるとその責任も大きなものになっていたのである。また権利とか権力でもそれを持つものはもともと責任は大きなものであった。

それで江戸時代でも侍が偉いとして上に立つ者として指導するものとしてあったからその責任は侍にあった。下々の者は責任を問われるということはない社会でもあった。
でもそういう社会は階級社会であり差別社会だともなる。一般庶民は何ら権利も権力ももっていないからである。でも逆に責任はもたされず責任があるのは侍だとなっていた。それで侍はその責任を果たすために切腹をさせられたのである。それで庶民は切腹などさしたくないそんな責任を負いたくないとして侍になりたくなかったのである。さすがに切腹のことを考えたらそんな責任を持ちたくないというのは理解できる。

●民主主義時代の責任はだれがとるのか?

民主主義時代になると責任はどうなったのか?いったい誰が責任を持つのか?その指導者を選ぶのは誰なのかとなると投票で決めるとなれば国民一人一人にあるとなる。でも戦前は女性は投票権がないから責任もないとなる。
民主主義では全員が一票という投票権を持っているのだから一人一人が責任があるとなる。でも実際は投票するにしても国政選挙では100万分の1とか10万分の一の責任しかない。すると投票するにしてもほとんど責任を感じない。どうせ一票など何の力もないと思っているからである。だから票にしてもまとまったものが得られられなければ何の力もない。

だからこそ実際選挙は様々な団体の票によって大方は決まっていて国民全体の半分くらいしか投票には行かないとなる。
でも宗教団体とかはまとまった票がありそれで創価などは力を持つのである。創価とは利権団体であり票でもって団結して権力を得ようとするからである。でも金にしてみればまとまった票得られるから頼りにするのである。一票などはほとんど何の力もないのである。だから責任も感じないのである。

いずれにしろ原発事故ではいろいろと考えさせられた。その大きな問題として誰が一体責任があったのかということである。その結果として地元の人は責任を取らされた。南相馬市だったら小高区は一時避難区域になりその後も人が流出して衰退して回復していない。浪江とか双葉とか大熊でも回復していない。だから誰に責任があるという前に人間というのは必ず責任を取らされるようにできているのである。

●責任から逃れられない人間

つまり人間は責任を逃れることができないということである。権利があり権力がありそれを言えたとしてもそこには必ず責任のつきまとっているのである。そして人間は責任から逃れることができないのである。いくら逃れようとしても逃れられない。だからもし江戸時代のような侍が指導者になっていた時代なら原発事故のような事故を起こしたらその幹部は切腹させられた。これだけの事故を起こして東電の幹部は刑務所に入るわけでもない罰せられないのである。

もちろん政府にも責任があったがその人たちも罰せられることはない。そこには実は検察庁とか警察とか自衛隊から海上保安庁の人も東電に天下りしていたのである。でもそういう人たちは何の責任を取ることはなかったのである。その人たちは飾りだとしてもやはり大きな責任があった。だから侍のように切腹をとれともなる。

たとえば太平洋戦争でも300万人も死んだのにその責任が誰なのか責任を取る人がいない。その責任は政府の政府にもありまたマスコミにもあった。なぜなら朝日新聞は一番戦争を煽ったとされているからである。もちろん政府自身にも責任があり国民にもあったとなる。国民も実は戦争を望んで熱狂していたとまで言われるからである。
でもその結果は重大な責任もたらしていてその結果が300万人も死んだということになる。つまり300万死んでその戦争の責任をとらされてそうなったのである。だからその責任も空恐ろしいものだったとなる。

それで天皇陛下が広島を訪れてその責任を問われた時たじたじになっていた。そんな重大な責任を天皇が負えるのかとなったからである。でも天皇が最高指導者になればその責任も問われるのである。そしたらそんな重大な責任を持つ天皇に就きたいとなるだろうか?
だから侍は責任を問われて切腹させられたから庶民は侍にはなりたくないとなっていたことも分かるのである。

●原発の距離に比例して責任が問われた

ともかく原発事故以後も今度は補償金問題がありそれでもめた。一回目の賠償金がありその次に追加賠償があった。その賠償金で原発事故周辺はもめた。不思議なのは原発の距離に比例してその補償金の額が決められた。南相馬市なら小高区が一番高いのは避難区域になったからである。
だからその額が大きいのは当然だとなる。でもなぜその賠償金で不満になったのか。それは南相馬市でも鹿島区は原町区に比べれば三分の一だったのである。原町区などは別に放射線の被害が放射線量が高いというわけでもなかった。ただ30キロくらいで賠償金が決められたから決められたに過ぎない。鹿島区は30キロから外れたから原町区の1/3になったのである。そこで奇妙なことは距離に比例して補償金の額も決められ高かったのである

だから追加賠償では小高では一人240万とか非難したり介護したりした人がいればさらに高くなり一人300万にもなったとされている。原町区は一人50万とかであ鹿島区は16万だったのである。だからそこに不満が生まれた。でもそれを抗議しても変わることはなかった。確かなことは原発のある所からの距離によって補償金が決められたからである。また避難区域になったところは特別であり小高区はそのために特別高くなったのである。その理由は理解できる。

でも責任問題を考えれば原発事故の責任は不思議なのは距離に比例して責任があったとなる。双葉とか大熊とかはすぐ近くなのだから一番危険でありそれで廃墟化して双葉などは十年間くらい誰も住まなかったのである。
でも責任問題を追求して行くとそれは双葉町などは原発と共に栄えるとかいう横断幕を町に貼っていた。だから積極的に原発を受け入れて豊かになろうとしていたのである。浪江でもそうだし小高でも近いからそうである。今度は小高に東北電力の原発が建つ予定だった。それも工事が開始されるようになっていたのである。とても事故が起きて中止されたのである。

だからそれを考えると空恐ろしいものだったとも思う。小高に原発が建つということ私自身を知らなかったのである。意外とそれで騒ぐ人がいなかったのも不思議である。報道関係でも地元の新聞でもテレビでもその危険性を伝えたということもなかった。そもそも原発の危険性を指摘する報道関係はあまりなかったのそれで事故が起きたとき朝日新聞をはじめすべての新聞社がの幹部は中国に招待されていたのである。

だからマスコミにも責任はあったとなる。なぜならまたこれも報道というのは誰もできない。テレビだったら六局しか報道する権利を与えていないからまた責任も重く問われるのである。でも今のようにインターネットで誰でも放送できるようになれば今度はやはりインターネットでも報道すれば責任が問われるようになる。
ただyotubeでもプログでもその視聴者が極端に少ないからその責任もその視聴者に比例しているのかともなる。ただ前とは違って誰でも報道できるとなるとやはり報道する人に責任が生まれてくるのである。

●権利と権力と責任は一体

ともかく民主主義とはみんな平等になり責任も平等になる。でももし一つの箱に真っ赤な色を入れれば真っ赤になっている。それでもその一つの箱大きな箱に入れてしまえば水で薄めてしまえばその責任もまた同じように薄められてしまうとなる。
投票しても百万分の一か十万分の一くらいしか責任はないのである。でももし十票分投票できるとなると責任は増大するのである。
民主主義の問題は誰もが責任を取らないということになりやすい投票しても一票など何100万の一ともなればそんなものに何の責任もないとなるからである。また赤信号みんなで渡れば怖くないというのも現代である。結局それがナチスになったのでありカルト教団でもただひたすら数を集めてそれで社会に働き掛けて権力を得ようとする。それが理屈に合ってるとか正義とかでなくても票を集めればそれが力となり正義にもなる。

その結果としてナチスが社会を設計して莫大な死者が生まれたのであ。だから民主主義でも大衆社会になりそれがただ数は正義となるとき空恐ろしいものとなるのである。誰もそこでは責任等自覚できないからである。烏合の衆となり大衆がは社会を支配してしまうとなるその人たちは何か責任等自覚しをしないからである。でも必ず人間も人間社会でも責任を取らされるようにできているのである。責任から逃れることができないのである。

だからむしろ責任を負わないなら権利も権力も与えるべきではないとなる。でも現実はただ権利と権力を要求してそこにつきまとっている。権利と責任は一体としてある。必ず責任を取らされる。 300万人死んだ戦争でもそうだった。戦争はどうして起きたのかよく分からないにしてもその結果として300万人が死んだという責任を取らされたのである。

また原発事故の結果として故郷に住めなくなったり街がゴーストタウンになったり廃墟化した。そうなったのは誰の責任なのか。その責任は地元の人にもあり東電にもあり政府にもあり国民にもあった。また天下りした高級官僚にもあった。でもその結果として一番責任を取らされたのはそこ原発の近くに住んだ人達だったのである。でもそれも積極的に誘致したのだからやはり責任があった。それでもなぜまた責任がそれほど自覚されないのか。

●補償金が少なかったらどうなっていたのか?

例えば逆に原発事故で手厚い補償金もらった人はそれでそれで良かったと言う人もいるのである。 1億円くらいもらった人もかなりいるからである。その金を持って外部に流出したともなる。そういうことを考えると逆に責任を自覚させるにはそんな補償金を払うこともなく復興しろいえばどうなるか。
そこで原発事故の被害者はなんでこんなに酷い目に遭うのだとしてその理由を追求するようになる。それは自分達にあったにしても政府や東電や厳しく追求することになったのである。でも補償金が手厚い結果としてそういうこともなかった。ただこの南相馬市でわ鹿島区であれ相馬市であれもっと補償金をもらいたいとなった。それで不満なのである。。

だから補償金等さほどもらえずに苦しんだらどうなるか?

政府であれ東電であれ天下りした官僚であれその人たちをなぜ起こりが向かっていたかもしれない。それが無かったのは補償金が手厚かったからだとなる。だから補償金っていうのは全て良いようには作用しなかったのである。よそからは原発乞食だとか言われるようにもなった。いくらでも補償金がもらえるとか見てそれは国民の税金だから国民はそう見たのである。ところがこのその国民で原発を作らせたので原発は反対ならやはり反対運動をするべきだからである。それは国民の責任にもなっていたのである。

だから責任というのは何でも問われて誰かがその責任を負わされるのである。地元の人が金が入ればいいとして原発を誘致しても事故になったら故郷に住めなくなったという責任を取らされたのである。ただまた補償金をもらったからそれでその責任をあまり自覚しないともなった。だから逆に補償金というのを少なくして苦しめば原発事故に対して根強く恨みを持ち反対して原発を作らせないようにしたとなる。それがこの辺では補償金が手厚くされてそれで原発に対して極端に恨みを持ちで反対するような人もあまり出なかったということである。

結局現在の責任とは金になる。それは今だけではなく江戸時代でも五両盗んだら打ち首になったとか金の額でその罰も重くなったりする。でも五両くらいで打ち首になるということは厳しいとなる。またドラマでも五両もらったから人を殺す事を頼まれて殺したとかあ金というのはこうして具体的な責任となっているから分かりやすいのである句句点
特に現代になれば責任は何かとなれば金になるの多寡でその責任が問われる。金を多く持てば持つほどやはりその人は金に比例して責任もあるとなる。

●なぜ遺産問題でもめたのか?

だから私が遺産が入った時なぜその遺産盗まれたりそのために攻められたりしたのか。額としても大きな額だったがそれを警察に言っても取り合わなかった。周りの人も自分を責めるだけだったのである。なぜそうなったのかというと金というのは必ずしも自分だけのものではない。だから遺産というときそれは必ずしもその人が働いて得た金でもない。だからその金は別に他人でも得る権利があるとまでなってしまう。

現実に盗んだ人は何の咎めもない咎められたのは自分だけだったのである。おそらく金というのはその人のの役割とか仕事があってそれ相当のものを得ていればそういうことはなかったろう。それはこの辺の原発事故の補償金問題でも金でもめたというときやはり正当に分配されなかったからそうなった。小高区は確かに避難区域になり荒廃したからそれなりのお金をもらっても当然だとなる。
ただ距離に比例して責任があったというとき原発から近いのだからやはり責任はあった。ただその責任はとらされて町は荒廃してしまったのである。そして小高に東北電力の原発たち工事を始める時だったということも大きな問題だったのである

ともかく現代社会の責任問題は金になる。金を多く持つ人はその金に比例して責任が課せられているとなる。だから東電に天下りした官僚などはやはりその金も返還するべきだとなる。でも全然そういうことは話題にもならないのである。そして現実に東電の幹部でも何か罰せられることがないしそれは検察でも天下りしているからできないのかとも見る。
何であれ人間は責任から逃れることができない。恋愛だから別れても別に責任はないが結婚して別れるとなると大変な労力が必要になる。そこで財産があればそれが責任として支払わなければならない。だから結婚というのもやはり責任を持たせるためにそういう制度ができたのかもしれない。何であれ責任は問われるのは人間社会だということである。



posted by 天華 at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

白鳥去るー雪野の白鳥の詩


白鳥去るー雪野の白鳥の詩

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白鳥の隊列組みて朝清しシベリアにそ一路帰りぬ

ハクチョウの渡り シベリアへ渡る2つのルート【写真】

今朝いつものように真野川の土手の道を自転車で行くと川に白鳥がいなかった。でも突然後ろから白鳥が隊列を組んでとん遠くに去った。あのように空高く隊列を組んで飛ぶのは観ていない。だから近距離を飛ぶのと遠くへ飛ぶのは違っている。一瞬写真を撮ろうとしたがその時は飛び去っていった。

最近昨日昨日でも春のように暖かくなったからシベリアへ帰るのが早くなったのかもしれない。シベリアに行くにはまず北海道に渡る。北海道からシベリアへ向かうのである。いずれにしろ白鳥が飛来する時と去っていくと飛び去っていくときは感動的である。白鳥が飛ぶのは本当に感動的である。結構重いように見えるから何故あんなに飛べるのかとも見るからである。だから白鳥が飛ぶということはそれを見ることは感動的なのである

白鳥には見せられる。その純白の穢れ無い姿、それがなんとも魅力的なのである。そこにまさに神の造形の妙を見るのである。だから毎日のように白鳥を見ていたのである。だから白鳥が去るのは寂しいとなる。今年は暖冬でありそれも影響して早く去ったのかとなる


雪野の白鳥の詩

白鳥は群れて白に白映え
冷たい北風の吹き白さを増しぬ
しんしんと雪が降り雪の白さのつつむ
雪野に白く覆われその足跡は消える
神の造化の妙、至純なるもの
白鳥はこの地を汚すことなしのも
神の奇跡の技のこの地になりぬ
白鳥のまとうは人の手になる衣にあらじ
神が着せし汚点なき純白の衣
それは大空に野に映えにけるかな
かなた大いなる山も雪に閉ざし
人を寄せつけず北の冬は長しも
白鳥の純白の白さは映えつつ
遂に今朝白鳥は隊列を組み
空高く飛び去りゆきぬ
そが故郷はシベリアなりしも

Poetry of the swans in the snowfield

Swans flock together, white on white
The cold north wind blows and the whiteness increases
The snow falls and the whiteness of the snow embraces them
The snowy fields are covered with white and their footprints disappear.
God's marvellous creation, the purest of all
The swans do not pollute this land.
God's miraculous skill has become this land.
The swan is not clothed in man's handiwork.
God has clothed it in pure white, without spot.
Is it reflected in the sky and the fields?
The great mountains beyond are covered with snow
The northern winter is long and inaccessible
The pure white of the swan is reflected in the sky and the fields.
At last this morning the swans formed a line
High in the sky they flew away.
Even though your homeland is Siberia

Translated with www.DeepL.com/Translator (free version)

2024年02月14日

豆腐屋だった老女と土手の道で語る 【老人の語ることが郷土史になる】


豆腐屋だった老女と土手の道で語る

【老人の語ることが郷土史になる】

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共に老い枯木に鳥二羽陽の没りぬ

とまっていたの烏らしい


いつも川の土手の道にいる女性と会う、その人は私の家で店をしていた時豆腐をおろしに来た女性である。私は店で仕事をしているということではなかった。でも店にいたことがあるからその女性のことを知っていたのである。また私の母と姉のことも直接接していたからそのことを語る。 母と姉が死んでから何か母と姉について語る人はいない。だからその人があ母と姉のことについて語るので親しみを覚えた。何か死者でも語られるとき生きるものとなる。でも人間は一旦死ぬとたちまち忘れられるのである。だから死んでから語られる人はやはりそれだけ何か意味があるということである。

なぜか近くの医者のことを常に語られていたがその人について語る人もいないのである。そして家は残されているのだがその息子は東京で住んで医者をしていたから地元はあまり関わらなかった。そしてその息子も死んだのである。そしてそれで家が残されている。それも自身で屋根が壊れたままになり家が傷んでいても直していないのである。何か地震で壊れた家がこの辺にはかなりあり家を直さないで放置して空き家になっているのもある。ということは跡継ぐ者がなくなりそうなったのだと思う。

その医者は口が悪いとかいろいろ語られたが今は一切語る人もいないのも不思議である。ただ私の母はその口が悪い医者に行かなかった。それで別な親切な優しい医者のところに行っていた。でもまたその医院が空き家となっていたがそれも壊されたのである。私の隣は四軒あったがっ更地になった。

とにかく人間は死ぬとたちまち忘れ去られる。でも死んでからも何か語られる人は生き続けていると思う。何か死者というのは十年とか過ぎても簡単に忘れられない。その理由が分かった。死んだ人はもう二度と会えない。だから会いたいなと思ってあいないから余計に会いたいとなり悲しくなるのである。それが切実なものになる。そして悲しくなりその悲しさも会えないのだから消えることもないのである。だからいかに深刻かわかる。恋というとき実は恋願うあり死んだ人ともう一度会いたいということから恋という言葉が乞うという言葉から出ていたのであることがわかる

ともかく豆腐屋だった女性は85くらいになり体も弱っている。 80すぎると体が弱ると言っていたから自分自身も恐怖である。その人は息子が医者になり恵まれている。ただ何かすることもなく土手の道を散歩している。そこをいつも私が通るので声をかけてくるのである。それでつくづく老人は必ず昔のことを語るようになる。それで心が通じるようになる。そこでこの街で共に生きたということを振り返り懐かしむのであえる。

その人は豆腐屋だったのでその苦労を語る。人間は老人になれば必ずその一生を語ることになる。別に語ってくれと言わなくても語りたいのは普通である。その豆腐屋だった女性豆腐を販売して水を売って儲けているのかと言われたそうである。
なぜそんなことを言ったのかよくわからないそう言われればがっかりすることは確かである。仕事でも商売でも何か嫌なこと私必ずある。だからかなにかを必ず老人になると振り返り語るのであるそのことを語るのである。何も語らない人がいる。そこには何か訳があり語りたくないのである。何か不正をしたり悪いことをしているからしたから語らないのかもしれない。ともかく老人はその一生を必ず語る。

別にどんな仕事であれ豆腐屋であれそのことを語る。語れない人が何か訳があるということである。そこに問題がある。豆腐屋という仕事は別に悪い仕事でもないしそれはほかの仕事と比べて劣っているということでもない。むしろ何か公務員とか金融関係とかそういう仕事はいいよで返ってモラル的には何かいいものではない。政治家でも官僚などもそうである。宗教関係でも何かいかがわしいのである。だから別に豆腐屋でも正直に生きればそれは立派なことだったのである。

ホイットマンが讃えたのはそうゆう普通の仕事を持っている手に職がある人などのことでを讃えた。それは常に普通に身近に見ているからわかりやすいものだったのである。それが現代になると職業が複雑に分解して人は何をしているか何が意味あるのかがわからなくなったのである。
とにかく老人になれば必ず何かを何かを語る。その一生を語る。そのそこで同じ町に生きて共有する感覚が生まれる。その人が私の家で店をしていた時豆腐を販売して私の店で豆腐を売っていた。

それだけのことでもやはりともに生きたということだったのである。老人だから老人というのは長く生きた場所に離れ土地から離れにくいのである。もし離れてしまえばその人が過去に何したかわからなくなるいくら過去のことを語っても共感する人がいなくなってしまう。
そしてそういう共同性が強いのは農家だったと思う。それは同じ土地でともに共同して働いてきた年月が長いからそうなったのである。それで農家でわ三代続かないと仲間になれないということもそれだけ農家というのはその土地と一体となっているからそうなった。でも今になると農家は全体の1割ぐらいになってしまったので存在感がなくなったのである。

人間は最後に必ず問われる。何をしてきたのかを問われる。何も特別なことをしないでも別に豆腐屋でもそれは立派なことであり別に仕事として悪いものでもない。意外と悪いことに関わるのは政治家とか官僚とか偉いと言われる地位のある人が悪いことに関わりやすいのである。そういうとこところでは金が集まりやすい。だから公務員とかでも何か得する仕組みがある。るでも下々の者そういうとこがなく地道に真面目に働くほかないのである。結局人間というのはいろいろ仕事でもあっても何か悪いことはしない正直に生きるということが基本にあるとなる。それが意外と難しいのである。

みんな豆腐屋にしてもそれは得な仕事ではない報われない仕事ともその仕事に携わっている人自体が思うからである。でも実際はそれも立派な仕事であり正直に生きるということは立派なことなのである。でも面何か得をしたい楽をしたい贅沢をしたいとかになるのでは。そんなこと仕事をしないお前が言われるのかとなるがとにかく人間は自分の言ったことを必ず語る。私が旅のことばっかり語るのはやはりたびに一生が費やされたからそうなったのである。そんなもの無駄だと言えば無駄ではあるがそれもやはり人生だったのである

郷土史とは一人一人が郷土史になっている。 だから老人が語ることが郷土史になるのである。人の話を聞くことから民俗学を起こした柳田国男とか宮本常一などがそうである。それが学問になったのは聞き方がうまかったからである。
インターネットの効用は庶民でも気軽に語ることができることである。これを本にしようとしたらできない、出版とかになると出来合ない、売れるかとか問題になるからである。その点インターネットなどは売れるかどうかなど関係ない私的な日記にもなっているからである。何でも気軽に書けることが強みなのである。だから私の書いたことはすでに全集にもなっている
そいうことは有名な人しかできなかった。でも今では誰でもできるのである。学者でなくてもできるのである。だから聖書がグーテンベルグによって出版技術が生まれて普及したように膨大な庶民の記録も残されれう時代になったのである。ただインターネットの問題は怖さは一瞬にして消えることがある。それが大問題なのである。また通信で問題が起きたからである
posted by 天華 at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2024年02月13日

グローバル経済の矛盾-経済競争に負ければ奴隷化される 【観光でも外国人優先で日本人は無視される―失われた旅】


グローバル経済の矛盾-経済競争に負ければ奴隷化される

【観光でも外国人優先で日本人は無視される―失われた旅】

●カンボジアでは5ドルで若い女性が買える

グローバル経済とは何か?それは競争に負ければ奴隷化されるということである。それは確かにあからさまではないが戦争の時のように奴隷にされるのとは違っている。でも実質的にはやはり経済というグローバル経済というのは世界的な競争でありそれは戦争とは違っていてもやはり勝者と敗者がいて奴隷化されるということである。

信じられないことはイスラム社会とヨーロッパのキリスト教社会があったがイスラム社会が進んでいて強かったのでヨーロッパの女性が白人が奴隷として売られていたのである。今から考えると信じられないことだが現実にそういうことがあった。そこで極端な話になるとヨーロッパの白人女性が五ドルぐらいで売られていたとかありそれはグローバル社会でも起きている。

カンボジアでは本当に五ドルで若い女性を買える。カンボジア共産主義のポルポト政権で200万人が死んだとかなり経済的にどん底に陥っていたからである。そこでカンボジアでは若い女性が五ドルくらいで買われるということにもなっている。だからグローバル経済でも経済競争に負ければそうなってくるのである。日本でもそういうことで外国に女性を買いに行っていた人がいる。それは日本が経済競争に勝っている時だったのである。逆にグローバル経済で競争に負ければ今度は日本人が安く買われるのである。つまりそれもカルマだったのである。日本人もグローバル経済の勝者になっていた時はそうなっていたからである。

●インパウンド観光でもてなしする奴隷となる日本人

日本は経済的に負けてくるとグローバル経済ではその逆の現象が起きてくる。それが今インバウンドの外国人観光客が円安で押し寄せてくる。日本は安い安いと押し寄せてくる。日本のおもてなしがいいとか評判になっているが実際はそうしたおもてなしすることを女性でも嫌がっていた。でも金が欲しいのだから仕方なくおもてなしをしているのである

そして東京の築地市場でで倍の値段で観光客用に売っているという。そうなると日本人は貧乏になりそこで食べることもできなくなる。グローバル経済と金がものをいう世界であり金を持っている人がとにかく優遇される。それは別に外国人でもいいわけである。だから一泊10万のホテルでも泊まるのだから優遇されそして全般的にホテル料金が上がりビジネスマンなどが安く泊まれないので困るとなる。

ホテル料金もどうしても円安になると外国人旅行客が多くなると上がってくる。そうなれば貧乏になっている日本人は旅行しにくくなるのでは。円高の時は貧乏人でも若い人でもみんな海外旅行していたのである。一ドル80円とかの時代がありそのときは若い貧乏人でも別にヨーロッパでも海外旅行でしていた。それが今一ドル150円にもなったらとても海外旅行することは簡単にできなくなったのである。

それも時代的に損だとみた。私は海外のことがわからないから海外旅行を馬鹿高い物だと思っていた。でもヨーロッパでも円高であれば意外と安く旅行できたのである。ヨーロッパではユースホステルなど多くスイスは高いがそういう場だと本当に安いものだった。老人でも普通に泊まっていた。そういう安い宿は結構多いのである。今になると海外旅行はヨーロッパであれアメリカであれ高嶺の花となってしまうかもしれない。

確かなことはグローバル経済とは経済戦争に負ければ戦争に負けたような奴隷とは違っていてもやはり奴隷化されるのである
これまで日本は電器製品とかが売れていたのでグローバル経済でわ勝者になり他国の人間を奴隷のようにすることもできた。でも一旦経済競争に負ければ今度は逆の現象が起きてくる。日本は他国の奴隷にもなってしまうのである。いやでも外国人をもてなすほかないのである。日本人はお金がないということでないがしろにされる。それがグローバル経済の厳しい現実なのである。

●ホテルの起源は何だったのか

そもそもホテルというのはその語源がホスピタリティから来ている。巡礼者などをもてなすものとしてホテルが生まれた。でも今はそのホスピタリティも金がある人と金がない人は区別され金がない人は泊まることさえできなくなる。私は人生を旅に費やしてきたからそのことを考える。
現代というのは旅というものは喪失したのである。旅というものは近くでもありえる。それは歩いて移動しているときは近くでも旅になる。だからその旅人をもてなす茶屋が必要になる。江戸時代なら宿とは旅人をもてなす場所であり旅の疲れを癒す場所としてあった。それは歩いてくるから疲れるからもてなすということはあった。

でも車とかで来るなら確かに神経的には疲れるが歩いてくる人は違う。それより現代の旅はそもそも旅というものは喪失した。だから温泉旅館の推理ドラマがあるようにそこでもてなすというとき必ず料理が問題になるのである。ホテルや旅館でうまい物を食べることが目的化しているのである。それは旅ではない。移動が簡単にできるようになれば旅は喪失したのである。そして温泉街とかは高度成長時代に会社が団体旅行する場所であり旅人をもてなすというのは全然まるで違ったものになっていた。そこはまた歓楽街にもなり高度成長時代が終わった時寂れて廃墟になってしまった。

ホテルとはその起源はホスピタリティであり旅人を癒す場所として生まれた。それが今はただホテルでうまいものを食べるとか何か別なものになったのである。要するにそもそも旅というのは喪失したからそうなったのは車がない時代はやはりどうしても歩くとなると必ずそれは旅になっていた。それが鉄道ができて車時代になると歩くたびはなくなったそのために旅人向けの旅人をもてなす宿も変わってしまったのである。

このhostelの語源は中世ラテン語の「hospitale ホスピターレ」であり(あるいはhospitaliaであり)、(カトリックの巡礼の旅の途中の人々をもてなし、眠るためのベッドを提供するための)「(無償の)もてなし施設、宿」という意味

現在では歩いて旅することがないから旅人をもてなす宿もなくなる。ただどれだけ早く目的地に着くかが問題になる。それで途中が省かれるので旅というのは喪失した。だからホテルとか旅館は旅人を客をもてなすというときうまい料理出すことになってしまった。江戸時代あたりの旅人だったら宿は疲れを癒す場所でありうまい料理を食べる場所とはなっていない。ただそこでも郷土料理などは出されたかもしれない。それは高いものではない土地の人が食べているものでありそれを食べたということである

いずれにしろグローバル経済というのは矛盾をもたらした。グローバル経済の競争に負けたものは奴隷化されるということである。外国人をもてなすのは嫌だとしても金のためにはもてなさざるを得ない。そして円安になれば経済戦争に負けたことにもなり奴隷となり他国に仕えるものとなり使われるものとなるのである。ホスピタリティにしても金のある外国人は優遇されて日本人は泊まることさえできなくもなる。グローバル経済とはそうした差別が歴然として現れるのでは。経済競争に勝っていれば上客になり外国でももてなされる。でも一旦経済戦争に負ければ海外旅行もできずに一方的にもてなす方にされて奴隷化されるのである。

●湯治場も癒しの場だった

ホテルがホスピスホスピタリティから由来しているというときそれは日本でも例えば湯治宿などは農民が農作業の疲れを癒す場としてあった。それはまさにホスピタリティであった。それは農民がそんなに金を持っていないから高いものではなかった。長く滞在するから自炊もしていたのである。でも温泉に浸かり日頃の農作業の疲れをいやしていたのである。

「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」芭蕉

修験道の霊場でもあり修行する者が向かいますが、その詳細については「語るなかれ、聞くなかれ」とされており、謎が多い状態です。

そういうものではなく語られるとは何か苦しいことがあるが耐え忍んでそのことを言わない。そういう人が大正生まれとかには多かった。 苦労しているのだがその女性はその苦しさを語らない。ただ忍耐しているのであるそれは東北的なのかもしれない東北人は寡黙だからである。
確かなことはその湯治場は癒しの場でありホスピタリティの場所だったのである。現代のホテルとか旅館はそういう側面はあっても全ては金持ち優遇であり湯治場ようなところではない。金持ちにはうまい料理を出すが金がなければそういうホテルや旅館には泊まることさえできないとなる。ただでは旅はそうした金をかけるうまい料理を食べる場でないとしても粗末な宿でも別に旅はできたのである。

●失われた本当の旅

旅はただ早く目的地に着くことではないからである。周りの景色を見て移動しながらその土地の風景や風物を見るということだからである。そして記憶に残る旅人は車とか鉄道とかただ早く早くと移動するだけのものが旅ではない。確かに鉄道なら私は日本の鉄道の8割くらい乗っているから鉄道マニアではあるけども本当の旅は歩くことにこそあったのである。

要するに人間というのは何かを得れば何かを失う。グローバル化経済も得るものもあるがまた失うものもあった。移動するには便利になってもそれで失われたものもまたあった。その失われたものは何であったかをやはり見なければならない。それは旅だけではない社会自体が時代が変わり失われたものがある。グローバル化経済でも得たものもある失われたものはその失われたものが意外と貴重なものだったと思う。それに気づかないこともありれはそれは観光旅行にもありもはやそこにはホスピタリティとかは喪失していたとなる。

第一自転車旅行などは嫌われるし泊まることもできないからテントが必要であり野宿になっていた。でもそれも旅の醍醐味だったのである。だから貧乏でも旅ができないということはなかった。むしろ自転車旅行は思い出になっているのである。だから旅に関してはむしろ不便な方が歩いて旅した人の方が記憶に残っている。もちろんそれぞれの旅があり車でも鉄道でもあるからそれを否定はできない。

ただ本当の旅というのは失われたということはある。またホテルの起源であるホスピタリティも喪失した。グローバル化すれば今度は外国人優先であり日本人はただもてなす方でありホテル代が高くて泊まることさえできなくなったならそれがグローバル化の矛盾であり経済競争に負ければ奴隷化されるということである
posted by 天華 at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2024年02月12日

本の整理ができないー活用されない本 【自分の文脈で引用されると本も活きてくる】


本の整理ができないー活用されない本

【自分の文脈で引用されると本も活きてくる】

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●本は集めても活用しないと無用の長物になる

本をどう利用するのか?本は活用しないとただ本棚に並べてあるだけでそれがただ飾りとなり無用の長物になる。だから本を集めることは必要ではある。それは自分自身が関心があったものを集めているからである。だから読まないにしてもいつか読むということで無駄になるとは限らない。
でも全く読まない利用されないこともある。一度読んであとは読まないという本もある。でもそれはいつか読まれるものと思って読んだものでもまた読むものとしてあり本が溜まってくるのである。
そして本は重いしかさばるから集めた本によって二階だと大工さんが家は傾いたとまで言われた。それでなんとか本を整理しようとしているができない。何か本というのは捨てられないのである。本で大事なのは本は物体ではないその中に書かれているものが大事なのである。

だから本というのは書斎にきれいに並べて収めているだけは見栄えはいいのだがそれはただ飾りとしてあるともなる。それで書斎から出して整理しようとして箱に入れたそれをバラバラに取り出して読んでいたらそこに私が追求している文が内容があった。それらをうまくつなぎ合わせるとそれは編集するとそれ自体で新しいものとなりその文は生きてきてその本も生きてくるとなる

また本全部を読むのではなく部分を読むだけでもそれは役に立つ。自分が追求している関心がある
それは自分が追求しているテーマがその全体の本の中に一行にでもあった。そこから自分なりの考えや思想をを発展させることができる。そもそも本というのは全体を読み切ることは難しい。でも自分自身が追求している一部分がその文章にあるときそれを引用して自分なりに発展させることができる。それはただ引用しているというのではない。自分自身の文脈の中でその引用したものが活きる。何かつなぎ合わせ組み合わせることでやはりそれも創作となる。

●すべてが流動して固定しない―無常でもある

固形でない氷が存在しないように流動的でない詩も存在しない。流動的というのは詩の生命である。
【星の歌】上野霄里(しょうり)

この本も厚いし全体を読んで理解することは難しい。でも読み返してみたらこの一行は私のこの文章の中で引用して活きたものともなった。だから不思議なのは一行であれ二行でありそんな短い文でもそこに注目したのは私は今書いている文脈の中でそれがちょうど当てはまって活きてたのである。
流動的ということは何一つの本であれ知識であれ文であれそれで固定化して変わらないものではない。それは一冊の本があったとしても人が感動するのは全部ではなくその一部分ということもある。
第一本というのは厚いしそれ全体を読み取ることも難しい。人間というのはそれぞれの見方が違ってくるというときその時代もありその人の個性もありその人の住んでいる場所もありそういう総合的なものとして人間は存在している。個性というときその人自身から作られるというものもあるがその人の生い立ちとか環境とかは影響してその個人を作っていく。

みちのくという場に住んでいればやはりその感覚はみちのく的なものになる。ただ不思議なのはなぜ芭蕉は一回だけみちのくに来て奥の細道であれだけ深い句を作れたのか不思議である。それは江戸時代という時代が影響して作られたものでありその時代の感覚はその時代に影響されていたのである。何かその時代でしか作れないものはあった。そもそも平泉まで新幹線で2時間ちょっと来て感じのものと何か世界の果てに行くようにみちのく来たのとはその違いは相当に大きい。

●時代により人に寄り感じ方も変わる

だから「5月雨の降り残してや光堂」とい句はるかに旅をしてきてからからこそ感じたものなのである。それは私自身も自転車で旅して感じたのである。それは船岡の一目千本桜を自転車で見に行った。そのとき残念なことにその千本桜はみんな散っていたのである

はるばると千本桜を見にくるもはやみな散りぬ我が帰るかな

これははるばる自転車で行けば遠いところだった。せっかく遠いところを苦労してきたのに千本桜をすでにに皆散っていた。それから二本松の城までも桜を見に来たことがあった。それも自転車だと相当に遠かった。でもなおわずかに残る花を見たので桜を見たのである

はるか来て二本松城の余花あわれ我がまた遠く帰りけるかな

つまりここに来るのも遠いし帰るのも自転車だと遠いのである。すると感覚的に感じ方が違ってくるのである。

●本を読むとはそれぞれの人の文脈で活かされる

ともかく本を読むということはただ読んだだけでは活きてこない。自分自身の文脈の中で引用して活かされる時その文も活きてくるのである。だから確かにこの世に固定されたものはない。常に流動してゆく。無常の世界でもある。知識もまた作品でも固定されたものではなく様々に解釈されて生きてくるのである。だから本を読む時全体を読んでそれそれを理解するとすることはなかなか難しい。

でも二三行でも自分の文脈の中で活用するとき生きてくるのである。つまり自分自身が主体でありその本はいかに著者が有名であり古典となっていてその人自身が主役であり利用するものは引用するときは脇役になるのである。
でもこうなるには相当にその人なりの独創性があり見方があり鑑賞できないと引用もできない。だから本というのは相当にその全体を理解すること自体が難しい。でも何行かでも自分の文脈で活用したとき理解したともなるのである。ともかく芸術という観賞すること自体が難しいだから批評することも難しい。批評することはやはりその芸術を深く鑑賞していなければ鑑賞できなければできないからである。

いずれにしろ本を整理することは難しい。何か必ず何回も読んでみるとそこに新しいものを発見したりするからである。その発見するということはその人自身が理解力がついたからである。老人になれば皆人生というものはこんなもんだとか否が応でも思い知らされるのである。それは別に特別な人でもない。ブルーカラーの人も自分は何をしてきたのかわからないとかいう人もいるからである。それは人生をそれぞれの人生で誰でも感じることだからである。